よう実 √松下   作:レイトントン

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原作でも松下ちゃんの出番増えてほしい。
アニメでの出番楽しみっす。


第1話

 周囲からの刺すような視線。

 この高度育成高等学校に入学してから最も強い悪意ある視線を感じながら、オレは教室までの道を歩いていた。

 

「綾小路くん、顔色悪くない?」

「オレはいつもこんな顔だ。気にしないでくれ」

 

 隣の松下から心配の声をかけられる。顔に出していたつもりはないが、悪意に晒されて居心地が悪かったのは本当だ。とはいえ、顔色が悪くとも体に異常があるわけではないので、否定しておく。

 松下はそれならいいけど、と視線を前に戻した。やがてすぐに、オレたちのクラス、1年Dクラスの教室へ辿り着く。

 扉を開ける。何人かがこちらを向き、池や山内なんかは露骨に顔を顰めた。昨日までそれなりに仲良くやってきたつもりだったが、彼らにとってオレは裏切り者らしい。昨日と比べて、とんでもない掌返しだ。そんな中、平田と軽井沢の2人が、俺たちの姿を認めるや否やこちらへ歩み寄ってきた。

 

「おお〜、朝からお熱いね、2人とも。私たちほどじゃないけどね」

「綾小路くん、すっかり松下さんとお似合いだね」

 

 そんな言葉をかけられるのも当然かもしれない。

 オレと松下は、登校の際にずっと腕を組んでいたからだ。

 

 そう、このオレ、綾小路清隆と、隣で腕を組む松下千秋は、現在男女の交際関係にある。

 

 見目麗しい彼女、松下と手を組み歩く。カップルとしては自然でも、入学して数ヶ月の間もない今そんなことをすれば、嫉妬の視線が針の筵の如く突き刺さるのも納得というものだ。

 

「まあ、付き合いたてだし。このくらい許してよ」

「付き合いたての男女はこんなにベタベタするものなのか?」

「もちろん。軽井沢さんと平田くんを見てみなよ」

 

 確かに、平田たちも付き合って日が浅いはずだが、最早熟練のカップルであるかのような自然体で腕を組んでいる。そこに羞恥心や躊躇いのようなものは全くない。

 付き合ってから腕を組むのは、比較的普通のことらしい。勉強になったな。

 

「それにしても意外だったよ。綾小路くんはその気になればモテるだろうとは思っていたけど、その気にならない人だと思ってたから」

 

 平田から、褒めているのかそうでないのか微妙な評価をいただく。軽井沢も「そうだよね〜」と同意しているが、これは内心馬鹿にしている表情だ。大方、朴念仁っぽいしね、とでも思っているのだろう。軽井沢が朴念仁という言葉を知っているかは分からないが、似たような感情をオレに抱いているはずだ。

 

「確かに、ウチの綾小路くんは本気出したらモテモテだろうからね。早いうちに付き合えて良かったよ」

「あはは、見てみたいかも。綾小路くんが本気出してるとこ」

「確かに、それは僕も興味あるな。綾小路くんは物事を淡々とこなすイメージだし」

 

 平田はともかく、軽井沢は好き勝手に言ってくれるな。

 それにしても、「本気を出したら凄い」なんて前置きをしておく辺り、松下も目的のための下準備に余念がないな。いや、オレのためだろうか。もしくはこれも契約内容の履行の1つなのか。あるいは、それら全てが含まれているのか。

 

 兎にも角にも、オレと松下千秋が交際を始めるに至った経緯は、数日前まで遡る。

 

 

 冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターがもうないことに今更気が付いた私は、小さく溜め息を吐いた。

 この学校のシステムが茶柱先生から通達されて早数日。ポイントの節約のために、ミネラルウォーターもいつも飲んでいたラベルのものではなく、学校側が無料で提供しているものに変えた。水は命に関わるということで月当たりの購入制限はないものの、一回で大量購入が出来ないせいで、こうして足りなくなったら都度買いに行かなければならない。重いし、面倒だし、億劫だ。

 

 私はエレベーターで一階まで降り、無料のミネラルウォーターのボタンを押した。喉が渇いていたこともあり、その場で蓋を開けて喉へ流し込む。

 冷たい感触が体の中に落ちていくのを感じる。ふう、と満足げに一息ついて、逃避していた現実について考える。

 中学まではそれなりに上手くレールの上に乗れていた私だったけど、この学校を選んだのは失敗だったかもしれない。Aクラスで卒業できたならこの上なく正解ではあったのだろうけど、私が配属されたのは1番下のDクラスだ。

 正直、このクラスがAに上がる目はないと思っている。勉強ができる、できそうな生徒はそれなりにいるけど、下から数えた方が早い生徒の方が多いのが現状。おまけに須藤くんのような、生活態度で足を引っ張る生徒までいる。

 

 勝ち目がない勝負ほど、やる気のでないものもない。私だけでもAに上がれるような手段はないものか、そんなことまで考え始めているのが現状だ。

 ……加えて言うなら、私は私自身で今のクラスをAに持って行くつもりはない。その自信もないし、クラスメイトに頼られ過ぎるのも正直面倒だ。たまに勉強を見てあげるくらいはよくても、クラスのリーダーとして陣頭指揮を執る気にはなれない。

 

 どこかにいないものかな。

 成績優秀で身体能力に優れ、リーダーシップもあり……とにかく、このクラスをAに上げられる実力を持つような人。

 ……いるわけないか、そんなスーパーマンみたいな人。いたとしても、Dクラスには所属してないと思う。

 

「松下? こんな時間にどうしたんだ?」

「えっ?」

 

 考え事の最中に声をかけられ、思わず声が裏返る。

 振り返った視線の先に居たのは、私と同じDクラスの男子、綾小路清隆くんだった。

 入学して一ヶ月以上が経つけど、綾小路くんと話したことは殆どない。

 

 私の彼の印象としては、目立たない生徒という感じだ。

 勉強も取り立ててできるわけではなく、身体能力も平凡らしい。コミュニケーション能力に関しては乏しく、自己紹介で失敗していたような気がする。あまり覚えてはいない。

 顔は悪くない、というか整っている方だ。1年生女子の間で開かれたイケメンランキングでも、5位に着けている。けど、それ以外がお粗末。そんな生徒。

 

 私のことを覚えていることも、正直意外だと思ったくらいだ。もっと言えば、この状況で話しかけてくるのも意外。

 

「綾小路くんか、びっくりした。こんばんは」

「ああ、こんばんは。松下も自販機か?」

「うん。ミネラルウォーター切れちゃって」

「面倒だよな。生徒の部屋の階にも自販機があればいいのに」

 

 そう言いながら、綾小路くんは学生証端末を自販機に翳してジュースを一本購入する。彼も夜に喉が渇いて、1階まで買いに来たクチというわけだ。

 

「甘いの好きなの?」

「いや。とりあえず寮の自販機にある飲み物はコンプリートしておこうと思ってな。左上から順番に買っていってるんだ」

「おお、なにかオススメの飲み物ある?」

「そうだな……やっぱり無難に緑茶だな。ハズレがない」

 

 面白味にかける回答。やっぱりコミュニケーション能力は低めだなと、改めて実感する。

 綾小路くんは特段足を引っ張っている生徒というわけではないけど、何かに貢献しているわけでもない。これ以上話していても得るものはなさそうだし、そろそろ部屋に戻ろうかと考えたところで、綾小路くんがエレベーターの方を見ていることに気付いた。

 エレベーターは7階へ再度上がっていったらしい。また誰か降りてくるのかな。

 

 この寮にはエレベーターの内部が映るモニターがある。素行調査、例のSシステムってやつのためだと思う。ともかく、それを見てみると、降りてくるのは堀北さんらしい。

 堀北さんといえば、綾小路くんに唯一特筆すべき点として、彼女と仲が良いということがあった。

 いや、仲が良いというと語弊がある。クラスで唯一、孤高の少女とまともに会話が出来ると言った方が正しいかもしれない。

 

「堀北か。こんな時間に、しかも制服で。なんか怪しいな」

「隠れて様子見てみる?」

「ああ。面白そうだ」

 

 冗談半分でそんなことを口にすると、綾小路くんは意外にも同意を示した。

 冗談とはいえ私から言い出した手前、止めることもできず、私と綾小路くんは奇妙な探偵ごっこを始めることになった。

 

 自販機の陰に隠れ、夜中に寮を抜け出す堀北さんを尾行する。ワクワクしないと言ったら嘘になる。

 

「なんかこう、ワクワクするね」

「……そうだな」

 

 綾小路くんは口ではそう言ったものの、無表情で感情が読めない。堀北さんは彼にとっては比較的仲の良い女子だろうし、誰かと会うのかもしれない、とヤキモキしたりはしないんだろうか。

 

 幸い尾行は長くは続かず、寮の裏手で堀北さんは立ち止まった。

 暗闇の中に人影が見える。目を凝らすと、堀北さんの目の前には、彼女のお兄さんである堀北生徒会長が悠然と立っていた。

 

「なんだ、お兄さんに会いに行ってただけだったんだね」

「こんな時間にか? 兄妹で会うには不自然だ」

 

 綾小路くんとそんな言葉を交わしながら、堀北兄妹の会話に聞き耳を立てる。兄に追い付きたい、今はDクラスでも必ずAに上がってみせる。言葉は強いけどどこか弱々しい堀北さんの決意表明と、それを突き放す生徒会長。そんな内容。

 厳しいお兄さんなんだ。見た目通り。

 

 そんな呑気な考えを抱いていると、生徒会長は堀北さんの腕を掴んだ。私は格闘技には疎いけど、これから堀北さんが暴力を振るわれるんだろうことは察しがついた。

 思わず、助けを求めるように、この場にいる男の子の綾小路くんに目が行く。しかし、彼は私の視線を受けるより先に、既に物陰から飛び出していた。

 そして、信じられないくらい素早く生徒会長に近付いて、堀北さんの手首を取る彼の腕を、掴んで止めた。

 

「何だ、お前は?」

「綾小路くん!?」

「ここはコンクリだぞ。投げたらどうなるか分からないわけじゃないだろ」

 

 驚く堀北兄妹をよそに、綾小路くんは3年生相手にも一歩も引かずそう主張する。不覚にもカッコいいじゃん、と思ってしまった。

 

「盗み聞きとは感心しないな」

 

 その時、一瞬だけ生徒会長がこちらを見た。バレていた、とドキリとする。

 綾小路くんも私の方を一瞬見て、出てくるな、と言いたげなアイコンタクトをしてきた。それに従って、私は物陰で息を潜めたまま、事の顛末を見守る。

 

「いいからその手を離せ」

「やめて、綾小路くん」

 

 いつもと違い、弱々しい堀北さんの声。

 それに油断したのか、もしくは堀北さんの言葉に従ったのか。綾小路くんの腕の力が緩む。

 その瞬間、速すぎてよく分からなかったけど、生徒会長が腕を振り、そして綾小路くんを蹴ろうとした。

 悲鳴をあげそうになったけど、綾小路くんは機敏な動きで、それを全て避けていた。ちょっとだけ焦ったように「あぶねっ」なんて言ってたけど、全然余裕そうだ。

 

 運動なんて全然できないと思っていたのに、今の綾小路くんの動きは、素人の私から見ても普通じゃない。

 

「良い動きだ。何かやっていたのか?」

「ピアノと書道なら」

「ユニークな男だ。……そういえば、今年の1年生には面白いやつがいると聞いた。なんでも入試、直近の小テストで全科目50点で揃えたとか」

「……偶然って怖いっすね」

「数学では正答率3%の問題を正答し、76%の問題を誤答しておいて偶然か? 面白いこともあったものだ」

 

 そんな会話を聞いて驚愕する。

 この間の小テストのことを指しているのは私でも分かった。正答率3%っていうのは、最後の3問のどれかのことだと思う。でもあれは、はっきり言って高校1年生で学習するレベルのものじゃなかった。

 

 それを正答していた? 綾小路くんが?

 

 生徒会長から告げられた、思いもしない真実に動揺してしまう。

 彼らは一言二言話した後、生徒会長の方からその場を去っていった。

 

 一方、私はといえば、その場で立ち止まって考え込んでいた。

 綾小路くんの先程の身体能力。そして、テストを50点で揃えるという行為と、正答率3%の難問を正答していた事実。暴力も辞さないような先輩に対しても、全く物怖じしない強気な態度。

 それに、今堀北さんと話している彼は、話す内容をしっかり筋道立てて論理的に話している。それはつまり、コミュニケーション能力はともかく、弁論にも長けているということ。

 話す内容も、須藤くんたちを切り捨てようとする堀北さんに対しての叱責だ。本心はともかく、失態を晒した生徒を切り捨てるのではなく、長所を活かそうという考え方も持っている。

 

 たった今手に入った諸々の情報を受け止めた私は、綾小路くんの評価を完全に改めていた。

 彼は平凡を演じているだけで、非常に有能な生徒だ。それも、Dクラスで優秀な方である、堀北さんや平田くんとは比較にならない実力を持っている。もちろん、私よりもずっと上のはずだ。

 私たちのクラスがAに上がるために、利用しない手はない。

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