試験開始の朝。
優待者の通達メールが届く8時の少し前から、私と綾小路くん、堀北さんは3人でテラステーブルを囲んでいた。
「今回の試験、オレは自分のグループに集中する。全体の指揮や戦略の策定はお前たちに任せる」
「ちょっと、それは」
「うん、分かった」
立ち上がった堀北さんの反論を止める。
私たちに任せて、成長を促そうってことだね。
綾小路くんの示した方針に対して、彼女の私を差し置いて文句を言うことは、さすがの堀北さんにも憚られたらしい。彼女は渋々椅子に座り直した。
「駒として指示があれば働くし、求められれば意見も言おう。それとも、自分の力で勝つ自信がないか? 堀北」
「言ってくれるわね。いいわ、私一人でなんとかする」
「ちょちょ、堀北さん。私も居ますって」
敬語にして言葉を柔らかくしたものの、今のは正直イラっとした。
綾小路くんの言うことを聞いてなかったのかな。それとも、必要ないと思われてる?
「ごめんなさい、そういう意味じゃないわ。綾小路くんの手は借りないと、そういうこと」
「分かってるならいいよ。じゃあ、これからの方針、とりあえず考えてみる?」
この場で話し合えば、もし間違いがあっても綾小路くんが軌道修正してくれそうだし。
「そうね。理想としては、Dクラス以外の優待者を全て的中する。Dクラスの優待者を全て誤認させる。もしできたなら私たちはクラスポイントを600獲得し、一気にBに上がれる。けど、これは現実的じゃないわね」
その通りだと私も思う。
優待者を当てる方はまだ可能性がある。でも、誤認させるのはなかなか難しいんじゃないかな。
端末に届いたメールは改竄不可。無人島試験のように優待者をリタイアさせて、他の生徒を優待者に変更することもできない。
たとえば、優待者がレッドカーペット級の演技派で、他クラスの生徒に極めて怪しいと思われたとする。それでも、真に確証を得られない限り、優待者当てが行われる可能性は低い。
外したら自分たちはクラスポイント50を相手に献上してしまう。やはり、確信を持つに足る材料がほしいと思うはず。
「誤認させるのは難しいと思うから、他クラスの優待者を当てる方向がいいんじゃないかな」
「そうね。それともし可能なら、やっぱりAクラスのポイントを減らしたいところ。このまま独走状態を許すわけにはいかないわ」
「それは多分、他のクラスも同じだよね。場合によっては共闘もできるんじゃない?」
「共闘? 今回の試験はポイントの奪い合いよ。結果1を目指すならともかく、結果3狙いでそれは……いや」
堀北さんは顎に手を当てて考える。
「そうね。優待者が各クラス平等に割り当てられたとしたなら、Aクラスの優待者は3人いることになる。例えばそれをB〜Dで分け合うのであれば、協力関係は結べるのかもしれない。少なくとも、成功すればAクラスはマイナス150、その他のクラスはプラス50のクラスポイントが得られる」
「優待者が各クラス平等に割り当てられる。私もそう思うけど、堀北さんの考える根拠は?」
「……平等性の観点からかしら。4月のクラスポイントの仕組み、それに無人島試験。学校側は私たち全てのクラスに、平等に機会を与えて特別試験を行ってきた。今回、優待者の持つ試験における優位性はかなり高いわ。今回だけ、どこかのクラスに肩入れするとは考えづらいわね。それを裏付けるように、ルールを説明した際に先生はこう言ったわ。『優待者は公平を期し厳正に調整される』とね。これが根拠よ。どうかしら、松下さん」
はっきり返ってきた答えに、私は頷きで同意を示す。
私も昨日、綾小路くんと試験のことを話しているうちに同じ結論に至った。けど、ここまでスピーディーに、かつ即興で答えを組み立てるなんて、やっぱり堀北さんの能力は相当に高い。
「共闘の話は一旦おいておきましょう。それより問題は、優待者当ての方法よ。グループ単位で分けられている上、他グループに干渉する方法は限られているわ。特に他のクラスの生徒にはね」
各グループの話し合いの場所、時間ともに指定されている以上、直接話し合って優待者を見抜くといったアプローチは、自分の所属するグループでしか行うことができない。
そう考えると、竜グループが各クラスのリーダー格を集められたように、ある程度実力が近いと判断された生徒が同じグループに集められているのかもしれない。そうしないと、場合によってはあっさり優待者を見抜かれてしまう可能性があるから。
……私がいる牛グループのクラスメイト、佐倉さんと須藤くん、池くんなんだよね。
…………ちょっと手を抜きすぎたかな……アハハ……
ポジティブに考えよう。相当擬態が上手くいっていたんだ。うん。そうに違いない。
「私たち自身のグループはともかく、他のグループをどうするか、ってことだね」
「ええ。私たち自身も、グループの優待者を見抜くのは容易ではないでしょうし」
そこまで話したところで、私たちの端末に一斉メールが届く。
優待者の選定メール。それぞれメールを開き、内容を確認。画面を見せ合う。
「全員、優待者じゃないみたいだな」
「ありゃ、残念」
「実力のある生徒を優待者にしているわけではないみたいね」
さすが堀北さん、自信たっぷりの発言だ。
……けど、この文面。少し気になる。
他の2人を見ると、やはり気付いているみたいで頷きを返される。
「『厳正な調整』よね」
「うん。さっきの堀北さんの話もそうだし、坂上先生も同じことを言ってたよ」
「真嶋先生も言っていたな」
3人の先生、そして学校側が送るメールで同じワードを使用している。それはつまり、生徒たちに与えられたヒントということ。
「優待者の選定には、何かしら一定の法則がある。そう考えてよさそうだね」
「まずはクラス内の優待者が誰なのか、把握するところからね……」
コミュニケーション能力の低い堀北さんは気が重そうだけど、案外これは難しくない。
女の子は軽井沢さんが呼びかければ、基本的に素直に応じてくれる。このクラスでそうじゃないのは、それこそ堀北さん自身くらいのものだ。
佐倉さんは内向で言い出せないかもしれないけど、彼女は綾小路くんを信頼している。もし優待者になったら、彼に相談を持ちかけるはず。綾小路くんの彼女としては許し難いけど、試験なら許すしかない。
男子も、無人島試験で綾小路くんの能力を高く評価している。平田くんと綾小路くんが呼びかければ、試験のクリアに必要だ、と応じてくれるはず。問題は高円寺くんが優待者だった時くらいかな。
でも、高円寺くんは、他のグループの生徒からだったら、聞けば案外素直に答えてくれそうな気もする。「はっはっは、隠す必要などないねぇ」とか言いそう。
ともかく、優待者の情報を集めること自体は、特定の場合を除き、それほど難しくない。
「優待者の情報は、平田と軽井沢に集めてもらう。問題はその後、その情報を……」
綾小路くんが言葉を止める。
「よう。こんなところで3Pか? 隅に置けねえなあ、綾小路。俺も混ぜてくれよ」
品のない煽りを交えながら、龍園くんが姿を見せた。
その隣には伊吹さん、後ろにはハーフの山田アルベルトくんが控えている。高校生らしからぬ体格に、さすがに気圧されてしまう。まるで龍園くんのボディガードだ。
「よう、龍園。どうだ、お前は優待者だったか?」
「ああそうだ。……と言いたいところだが、残念。俺は優待者じゃない」
「なんだ、違うのか。びっくりしたぞ」
「クク、このくらいの揺さぶりじゃあ毛ほども動じねえか」
もはや綾小路くんの弱気な発言はすべて冗談やフェイクだと受け取っているみたいで、取り合うことすらしない。
別のテーブルの椅子を持ってきて、勝手に私たちのテーブルに交ざる。
「お前らもその様子じゃあ優待者じゃねえみたいだな。無駄足を踏んだぜ」
「それを確かめにきたの? ご苦労なことね。話し合いが始まるまで『待て』もできない駄犬なのかしら?」
「骨をしゃぶるのは好きだぜ。自分が死んでいるとも分からない奴のは特にな」
堀北さんと龍園くんは、どうも犬猿の仲らしい。激しい煽り合いを交わしている。確かに、龍園くんのやり方は真面目なタイプの堀北さんには受け入れ難いものがあるのかも。
「そうそう、こいつだぜ伊吹。お前がスパイだってあっさり見抜いた切れ者は」
龍園くんが私を指差す。切れ者、ね。伊吹さんがスパイじゃないかなんてのは、誰でも考えることだ。功を焦って無茶な質問をした私を嘲っている。無礼な指差しといい、隙あらば煽ってくるな、龍園くん。
「あんたのお陰で船でゆっくり休めた」
伊吹さんの話す内容は穏当だけど、言葉には不穏な感情が宿っている。
私のせいで龍園くんに折檻されたりしたのかな。いや、見える範囲では傷はない。
「そう? それはよかった」
「あんた名前は?」
「一回無人島で自己紹介したんだけど、まあいいや。松下千秋。よろしくね」
「伊吹澪。よろしくしないけど」
ぶっきらぼうだけどちゃんと名乗り返すあたり、龍園くんよりは好印象だね。でも、素知らぬ顔でスパイをやってた子だから、あまり信用はできない。
「くく。良かったなあ伊吹、友達ができて。クラスでも一匹狼だからな、お前は」
「はあ? 誰がいつこいつと友達になったのよ」
「龍園くんって意外にお節介なんだね。心配してたんだ、伊吹さんのこと。もしかして彼女?」
「それはない」
伊吹さんが即否定する。そんなに嫌なんだ。
「クラスの連中は全て俺の駒だ。伊吹も、後ろのアルベルトもな」
多分、これは龍園くんの本音だったんだろう。伊吹さんとの関係性を否定するのと同時に、自らのCクラスへの影響力、支配力を誇示する発言。
それを聞いた瞬間、私の頭にふとある考えが湧いた。
それを口には出さない。それは、龍園くんが立ち去ってからだ。
「これ以上は何も出なさそうだな。邪魔したぜ」
「本当にね。邪魔をするならもう近寄らないでもらえるかしら」
最後に堀北さんが皮肉を浴びせて、龍園くんがにやりと笑う。彼は背を向けた。
私は、早く綾小路くんに自分の考えを聞いて欲しくて、身を乗り出して話しかける。
「綾小路くん」
しかし、綾小路くんは私の唇に指を立て、話を止めるよう促す。
彼は龍園くんの座っていた椅子を退けると、裏に置いてあった端末を拾い上げる。どうやら録音モードになっているみたいだ。
龍園くんの仕業か。やってくれるね。
「龍園、忘れ物だ」
綾小路くんは龍園くんにそう呼びかけ、端末を放り投げる。
振り返り、投げられたものを反射的に取る龍園くん。それが自分の仕掛けた録音状態の端末だと分かると、彼は今までにないほど好戦的な、歯を剥き出しにした表情で笑う。
「ククっ……クハハハハハ! 面白ぇ、面白ぇなオイ! いいぜ、最高だ綾小路。お前とやり合う、その時が楽しみで仕方ねえ」
綾小路くんは完全に龍園くんにロックオンされてしまった。綾小路くんなら心配いらないかもしれないけど、須藤くんの件からみても、Cクラスは平気で卑怯な方法に訴えてくるようなクラスだ。もしかしたら、暴力だって振るってくるかもしれない。
山田くんのような、高校生離れした体格の生徒もいる。挑発しすぎるのは危ないんじゃないだろうか。
「目を付けられてしまったな」
「当たり前でしょう。龍園くんの策を見破ったと、その場で示したのだから」
「綾小路くん、もしかしてちょっと楽しんでる?」
普段の綾小路くんなら、あんな風に端末を投げ返すような真似はしなかったはず。
それどころか、録音されてるのを逆手に取って、情報操作をするくらいはしたと思う。
でも、それをしなかった。私たちに試験の方向性は任せているから、っていうだけの理由とは思えない。
「……そうかもな。龍園の戦略は興味深かった。オレの考えに似ているところがあると感じた」
「龍園くんの考えが、あなたに? そうは思えないけど」
堀北さんは否定する。龍園くんの普段の態度や、暴力的な面だけで判断しているのかもしれない。けど、私には少し分かる気がする。
正攻法とは違う、ルールの裏を突くようなやり方。
龍園くんは学校内では暴力行為が禁止されているけど、監視カメラのない特別棟でなら関係ないとばかりに罠を仕掛けた。それに対抗して綾小路くんは堀北さんに偽のカメラを設置させ、訴えを取り下げさせる。
無人島試験でも、ポイントを全て吐き出すことでデメリットを全て踏み倒し、追加ルールで勝利を狙った龍園くんと、それを読んでリーダー変更という荒技でカウンターを決めた綾小路くん。雨を予備の戦略に取り入れていたところも同様だ。
2人のやり口は似ている。
「綾小路くん、堀北さん。ちょっと聞いてほしい考えがあるんだ」
そして、そんな風に思う私の考え方も、もしかしたら2人に寄っているのかもしれない。綾小路くんの影響かな。
といっても、ルールの穴を突くようなやり方じゃない。あくまでルールの範疇での戦略だ。
私は今後執りたい戦略の話をした。
綾小路くんの表情は変わらないけど、堀北さんは少し驚いたような顔。
「なるほど。成功すれば、かなり安定してポイントを伸ばせそうね。Aクラスのポイントも大きく削れる……悔しいけど、さすがね松下さん」
「……あはは、それはどうも」
やばい、褒められてちょっと嬉しかった。
堀北さん、私なんて眼中にないのかと思ってたから。
「場合によっては綾小路くんに一番大事なところ任せるけど、良いよね?」
「ああ。駒としては働く。そういう話だったからな。その範囲内だ」
綾小路くんはどう考えてくれているんだろう。この戦略は及第点?
でもまあ、却下されていないんだから、大丈夫かな。
「さあ、まずはDクラスの優待者の把握から始めようか」
ちなみに牛グループには一之瀬クラスの渡辺くんや龍園クラスの時任くんもいたみたいですね。