よう実 √松下   作:レイトントン

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第14話

 兎グループ、1回目の話し合い。

 

 Aクラスの町田は、Aクラスの全員が話し合いに参加しない意向を示した。それに対抗し、Bクラスの一之瀬が場を取り仕切る。

 彼女の人柄のおかげか、グループはAクラスの面子を除いて、表面上は良好な関係を築いている。

 

 ただし問題が一つ。

 

「ねえ、綾小路くんは誰が優待者だと思う?」

 

 軽井沢がオレの隣で聞いてくる。優待者である自分から、優待者の正体を探る質問をすることで容疑者から外れようとしているわけだ。

 それはいいんだが、相変わらず距離が近い。他のクラスの生徒に不審感を持たれかねないことを懸念する。

 

「話し合いを拒否したAクラスの誰かが怪しい、と言いたいところだが、他のグループのAクラスメンバーも同じ対応だって話だ。現段階だと情報が少な過ぎてなんとも言えないな」

「そっかー、でも試験は始まったばかりだし、そのうち情報だって集まるでしょ。頑張ろ! 綾小路くん!」

 

 自分が優待者だと言うのに、この演技力は大したものだ。

 オレはふと、嫌な視線を感じてそちらを盗み見る。Cクラスの女子生徒で、自己紹介で真鍋志保と名乗っていたな。

 なにかヒソヒソと同じくCクラスの薮、山下と話している。オレたち2人の関係性へのものかは分からないが、なにか疑惑を抱いているような目を向けられている。

 

 他のクラスの生徒も、オレと松下が付き合っていることは把握している。目の前でオレと軽井沢の距離感に、どうコメントしたらいいか分からず苦笑いしている一之瀬が良い例だ。

 変な噂を流されると困るな。

 

「真鍋たちはどう思う?」

 

 話を振ってみる。幸い、今は特別試験、それも話し合いの場だ。オレから彼女に話しかけるのに、なんの不都合もない。

 

「え、ええっ。私?」

 

 突然名指しされた真鍋は慌てた様子で、上手く言葉を続けられずにいる。

 

「いや、こっちを見ているみたいだから、もしかしてオレが優待者だと思っているんじゃないか、と思って聞いてみたんだが」

「綾小路くんが? えっと、たしかに綾小路くんはバレーも上手いし凄いけど、優待者って能力で選ばれるわけじゃないと思うし。私は、綾小路くんが優待者だと思ってないよ。全然」

 

 少し早口で、真鍋は捲り立てる。

 口ぶりから、クルージングの前に行ったプールで、オレたちがビーチバレーをしていたところに居合わせていたと推測する。

 それに、彼女の言葉に刺々しさは感じられず、むしろ好意的な雰囲気があった。

 

 なら、真鍋が疑惑を向けていたのは、オレじゃなく軽井沢か?

 

「優待者が能力の高さで選ばれていたら、優待者はAクラスだらけになるだろうしな。そういうわけじゃなさそうだ」

「うんうん。私もそう思った!」

 

 真鍋は、オレの同意を得られてなんだか嬉しそうだ。

 

「綾小路くんって、バレーすごく上手だよね。この間、プールでやってるの見かけたんだ」

「あ、それ私も見た! ジャンプ力も凄かったよね」

 

 やはり、あの場にいたらしい。さらに、真鍋の言葉に一之瀬も同意する。当日プールにいたし、見られていてもおかしくはないと思ってはいた。

 真鍋は時計をちら、と確認した。もうまもなく話し合いの時間が終わる。

 

「実は私もちょっとだけバレーに興味あってさ。もし良ければこの後……」

「綾小路くん! この後ご飯行こ!」

 

 すかさず、と言っていいのか。真鍋がオレを誘おうとしたタイミングで、無神経を装って軽井沢が言葉を被せてくる。

 

「ちょっと、今私と綾小路くんが話してるんだけど!」

「だからなに? 元々、私たちよく一緒にご飯食べにいくし。それに、あんたあたし達と違うクラスじゃん。スパイなんじゃないの?」

 

 強い言葉だ。元々競い合う別クラスの人間。スパイでないのか、そう言われると否定する証明が難しい。

 

「ていうか、軽井沢さん。あなた夏休み前にリカと揉めたでしょ」

 

 真鍋もそれは分かっているのか、別の話題を切り出した。リカ、か。聞いたことのない名前だ。

 

「はあ? 誰それ、いきなりなに?」

「諸藤リカ。うちのクラスで、メガネ掛けたお団子頭の子よ。カフェで順番待ちしてたら、あんたに突き飛ばされたって聞いたんだけど」

「……知らないし。人違いで因縁つけてこないでくれる?」

 

 これは覚えがある反応だな。他の連中は気付いてないかもしれないが、僅かに間があった上、目が泳いだ。

 しかし認めるつもりはないらしい。お互い一歩も譲らず、口論はヒートアップしていく。

 

「リカに確認してもらうけどいいよね。犯人じゃないならさ」

 

 真鍋が強硬策に出た。写真を撮り、リカという生徒に確認するつもりだろう。

 

「いや、やめて!」

 

 突然、軽井沢は拒否する。しかし、拒否感のあまり真鍋の手のスマホを弾くような角度で手が出ている。これは火種になるな、と思ったオレは、間に入って軽井沢の腕を止め、ついでに真鍋の端末のカメラを手で覆う。

 

「あ、ありがと」

「ありがとう綾小路くん」

 

 2人同時に、オレに礼を言う。どちらもオレに助けられた認識らしい。

 

「真鍋、写真を撮るのはやめてやってくれないか。軽井沢も嫌がってる」

「でも……」

「まだ軽井沢がやったと決まったわけじゃないだろ? 今度、オレと真鍋たちで諸藤さんに一緒に話を聞きにいきたいんだが、いいか」

「う、うん!」

 

 丁度いいタイミングで、話し合い終了時刻のアラームが鳴る。

 修羅場に立ち会って戦々恐々としていた周囲も、ほっと息を吐いていた。見てたんなら助けてくれ、とは言うまい。オレも本当なら、こんな争いに巻き込まれたくはない。

 

「じゃあ行くか、軽井沢」

「……分かった」

 

 不満そうだが、結局選ばれたのは自分だと、自分なりの落とし所を見つけたらしい。

 軽井沢を引っ張って、オレは早々に退室した。

 

「ごめん、綾小路くん」

「何がだ?」

 

 部屋を出た途端聞かされたのは、軽井沢からの謝罪の言葉。

 

「さっき真鍋さんが言ってたの、あれ、あたしかも」

「そうか」

「軽蔑する?」

「反省はすべきだが、そのくらいで軽蔑なんてしない。相手に謝る意思はあるのか?」

「……謝りたいけどさ。あたしが頭を下げたら、相手とか、他の子も『あ、軽井沢さんって頭下げさせられる相手なんだ』ってなっちゃう気がして……」

 

 なるほど。非を認めること、謝罪することで自分の地位が揺らぐのを危惧しているわけだ。

 たしかに、強いと思っていた相手が非を認めることで、謝られた側が増長する例は多くある。怯える軽井沢の様子からして、そんな例を身をもって知っているのかもしれない。

 

「大丈夫だ。悪いことをして謝るのは必要なことだが、それによって相手が攻撃的になるようなら、それはまた別の問題だ。もし謝ることでお前がなんらかの危機に陥るとしたら、オレや平田、松下が全力で守ってやる」

「……ほんと? ほんとのほんとに?」

「ああ。約束する」

 

 平田も松下も、それについては拒否することはないだろう。

 

「……分かった。あたし謝るよ、リカって子に」

「もちろん、その時は真鍋たちは別の場所にいてもらい、一対一の状況を作る。周りに誰かいたんじゃ謝りづらいだろうしな。ちゃんと謝れば向こうもきっと分かってくれる」

「……なんか綾小路くん、お父さんか先生みたいだね」

 

 それは……なんかちょっと嫌だな。

 お父さん、先生というワードに若干の嫌悪を覚えながら、オレは軽井沢を連れて松下と合流した。

 

 

 平田とともにクラスに呼びかけ情報収集を行なった結果、Dクラスの優待者3人が判明した。

 竜グループ:櫛田

 馬グループ:南

 兎グループ:軽井沢

 

 正直、3グループ分の情報だけでは優待者の法則性は絞り込めない。堀北は「あなたなら絞り込めるでしょう。絞り込みなさい」と無茶振りをしてきたが、それではあまりに確度が低い。

 

 優待者の指名に踏み切る程度に確信を持つには、あと3グループ分、つまりもう1クラス分は情報がほしい。

 おとなしく待っているとするか。

 

 松下にメッセージを飛ばしたりしながら、オレはデッキでゆっくりと過ごす。最近はずっと誰かしらと一緒にいたし、1人でいるのは久しぶりだ。

 が、その時間は長くは続かないだろう。

 オレは船のデッキから、最下層……人気のない場所へとふらふら降りていく。

 

「あれ? 綾小路くん?」

 

 やがて周囲に人の気配が完全に消えると、孤独を満喫する暇もなく背後から声をかけられる。さっきから尾けられているのは分かっていた。

 櫛田桔梗。Dクラスの女子の中で、軽井沢と並び大きな発言力を持つ生徒だ。

 愛らしい見た目、仕草。しかしオレは知っている。その仮面の下に隠す、裏の顔を。

 

「櫛田か。一対一で話すのは久々だな」

「そうだねっ。綾小路くん、最近は頭角を現してきたっていうか、注目の的だもんね。入学した時とは大違い!」

 

 嬉しそうにはしゃいでいるように見える。が、内心穏やかじゃないだろう。自分の秘密を握っている相手が取るに足らない地味な男子だと思っていたのに、無人島試験以降、学年でも注目される存在となってしまった。

 クラス内での発言力は、互角とは口が裂けても言えないが、それでも最低8:2くらいにはなっている。

 それも個人の話だ。平田や軽井沢がこちらにつけば、完全にオレの優位。そしてオレは、櫛田に比べて遥かに2人の信頼を勝ち取っている。

 

 もはや簡単に排除できる存在ではない。

 堀北と同じか、それ以上に目障りな相手。そう思っていることだろう。

 

「入学当初は目立ちたくなかったから手を抜いていた。だが、クラスポイントが毎月振り込まれるプライベートポイントに関わるとなっては、オレも本気を出さざるを得ない」

 

 あえて俗物的に振る舞ってみる。オレが金で動く人間だと認識すれば、櫛田からの悪意を抑えられるのではと期待してのことだ。

 が、それも無駄だった。

 

「それで一気に何百もポイントを得られたら苦労しないよ。綾小路くんって何者?」

「何者、か。難しい問いだな。櫛田は聞かれたら答えられるか?」

「うん。私は優しく穏やかで、皆と仲良くなりたいと思っている可愛い女の子だよ?」

 

 そこまで言い切れるのは凄いな。まあ、オレが櫛田の裏の顔を知っているからこその答えではあるか。

 

「綾小路くんは?」

「松下の彼氏。これじゃダメか?」

「あはは、ふざけてるの?」

 

 ダメだったらしい。

 人気がない場所とはいえ、誰が通りかかるともしれない船内でこんな会話とは、櫛田も不用心だな。

 ストレスを発散しているところをオレに見つかってピンチに陥るくらいだ、今更か。もう少し周りに気をつけた方がいいと思うけどな。

 

「彼氏、ね。松下さんの眼力も恐れ入るよ。誰も綾小路くんなんて見向きもしていない段階で、恋人になっちゃうんだから。知ってる? あの子の好みのタイプ、スペックの高い男なんだって。絶対中学の時パパ活してたでしょ」

「そうなのか? 松下からは聞いたことがないな」

「あはは、それ騙されてるよー。綾小路くんには分からないだろうけど、絶対あの子脂ぎったオッサンに端金で股開いてるよ。あーこわ、ビッチ怖いね。綾小路くん、そういうところは全く駄目なんだからしっかりしないと。もしかしてもうポイント毟り取られてた? かわいそー」

 

 聞くに堪えない罵詈雑言。裏の櫛田の語彙力は中々のものだ。

 

「はあ、ちょっと吐き出してすっきりしたよ。そろそろ本題に入ろうかな」

「本題?」

「堀北を退学にしてよ。アンタならできるでしょ?」

 

 オレに接触してきたのは、それが目的か。

 オレが実力を発揮し、厄介に思ったのは事実だろう。だが、同時にこうも思ったはずだ。

『脅迫材料を持つ相手が、堀北鈴音を退学にでき得るほどの力を持っていた』

 例の指紋を採取したという制服。あれを丁寧にクローゼットの中に仕舞い込むなどの無駄な努力を続けているのだろう。哀れなヤツだ。

 あんなもの何の証拠にもなりはしないというのに。

 

「悪いが断る」

「アンタ、例のこと忘れたの?」

「なんのことだったかな」

「アンタに私がレイプされそうになった、ってこと」

「冤罪だろ、それは」

「あはは! 馬鹿なのかな? たとえ冤罪だったとしても、あの制服が物証になる。アタシが訴えたら、アンタ終わるよ?」

「訴えの内容は真っ赤な嘘。証拠は捏造したもので、しかも保存状態の悪い制服のみ。こんな状態で訴えを起こしたとしても、オレが負ける要素はない。須藤の時に生徒会の審議には一度立ち会ったが、生徒会長は公平な男だ」

「……証拠がなくても、アンタにレイプされかけたって言いふらすことはできるんだけど? アタシとアンタ、皆はどっちの言葉を信じるかな?」

「やってみるか?」

 

 オレは録音モードにしていた端末を見せつける。これまでの話の流れを知れば、どちらに非があるかは誰にでも分かる。

 信用の勝負になれば、この録音は櫛田にとって致命的だ。

 

「な……なんで! アンタ、録音する素振りなんて一切なかったのに!」

 

 オレはデッキで櫛田に見つかり、尾行を開始されてから一度も手をポケットに入れるなどの動作はしていない。櫛田もそれが分かっていたから、さっきのように裏の顔を出せたのだろう。

 

「お前がオレを尾行していることなんて最初から分かっていた。デッキでメッセージを打ち終わった後には録音は開始していた」

「……ッ!」

 

 櫛田は手を伸ばし端末を無理やり奪い取ろうとするが、無駄だ。身体能力でこの女がオレに敵うはずもない。

 身をかわすと、櫛田は無様にも床に転がった。

 

「相変わらず迂闊だな。切り札が機能しなくて焦ったか?」

「綾小路ィ……ッ!」

 

 今すぐ叫び出したい気分だろうが、それをすればこいつは終わりだ。

 

「お前はオレを抑え込めると考えていたんだろうが、お前には無理な話だ。分かったら3年間おとなしくしているんだな。そうすれば、こちらからは何もしない」

「……後悔させてやる。絶対、絶対に!!」

 

 地獄の底から湧き出るような怨嗟を残して、櫛田はふらふらと去っていった。

 後悔か。

 オレは今後、心の底から後悔することなどあるのだろうか。

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