よう実 √松下   作:レイトントン

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第17話

 クルージングから帰ってきたあとのこと。

 私と綾小路くんは、いつものように休日のデートを楽しむつもりだった。外で待ち合わせて映画でも観に行こう、という話。

 

 待ち合わせ場所に着くと、既に待っていた綾小路くんと、もう一人。見知らぬ女の子が何やら話し込んでいる。

 また言い寄られているのかな。

 

「綾小路くん」

 

 声をかける。さすがに彼女の前で話を続けたりしないでしょ。

 ……と思ったけど、彼女はこちらを一瞥したあと、改めて綾小路くんに向き直った。

 

「とにかく、この後寮の裏手に来て。すぐに」

 

 いやいや、寮の裏手って。まさか告白するつもりじゃないよね。

 

「あなた誰? 私の彼氏に何か用事?」

 

 彼氏部分を強調して問い詰める。女の子は、面倒臭そうに眉を顰める。舌打ちすらしそうな雰囲気だ。

 

「神室真澄、1年Aクラス。あんたの想像しているようなことはないから気にしないで、松下」

「神室さん、ね。うーん、それでも彼氏と勝手に約束するのは、ちょっと遠慮してもらっていいかな」

「……なら、あんたも一緒ならどう? 本当にそういうのじゃないし、なんなら話があるのも私じゃないから」

「オレはまだ行くとは言ってないぞ」

「いいから来て。じゃあ」

 

 綾小路くんには言うだけ言って、神室さんは去っていってしまった。

 

「松下、悪いな。変な奴に絡まれた」

「ううん、いいのいいの。寮の裏手だったよね、一応行ってみようか」

「いいのか?」

「うん。確かに甘酸っぱい雰囲気ではなかったし。Aクラスの生徒らしいし、それ関連の話かもね」

 

 私も一緒に来てもいい、ということだったので、遠慮なくご一緒させてもらう。

 寮の裏手に着くと、そこにはまだ誰もいなかった。なんだ、悪戯かな。そう思った直後、カツ、と杖をつく音が聞こえてくる。

 

「こんにちは、綾小路くん、と……」

 

 小柄な少女。銀の髪に小さな黒い帽子を被り、手には杖が握られている。

 まるでお伽話から飛び出してきたみたいに、可愛らしい女の子だった。

 

 彼女は綾小路くんと、そして私の姿を認めると、失礼、と一言おいて端末を取り出した。

 

「……もしもし、真澄さん? 指定してない方もいらっしゃるようですが……はい、はい。そうですか。まあ、今回はいいでしょう。ですが次から仕事は正確にお願いします」

 

 なにやら不穏な雰囲気を醸しながら、通話を終える。

 

「失礼しました。あなたとは初めましてですね、松下千秋さん。私はAクラスの坂柳有栖と申します」

「オレともはじめましてだろ」

 

 にこやかな笑み。けど、私はその名前を聞いた上で警戒を解くほど楽観的じゃない。

 坂柳さんといえば、葛城くんと並びAクラスのリーダーに挙げられる人だ。いや、葛城くんは坂柳さん不在の無人島試験、船上試験で十分な結果を残せなかった。今や坂柳さんの方が実質的なリーダーといえるのかもしれない。

 

 そんな人が、私たちを……いや、綾小路くんを呼び出した。

 宣戦布告。そんな言葉が頭を過ぎる。

 

「おまえがオレを呼び出したのか?」

「はい。この夏休み、クルージングが終わるのが待ち遠しくて仕方ありませんでしたよ。お久しぶりです綾小路くん。8年と210日ぶりですね」

 

 ところが、坂柳さんの口から出たのは、再会を喜ぶ言葉だった。約8年半ぶりの再会。綾小路くんの幼馴染、ってことだろうか。あれ、でも今、綾小路くんは坂柳さんとははじめましてだって言ってたけど。

 

「悪いが、オレはおまえを知らない」

「そうでしょうね。私があなたを一方的に知っているだけですから」

 

 坂柳さんの言葉の意味が掴みきれず、混乱する。綾小路くんと直接の面識はない。昔の彼を一方的に知っている?

 綾小路くんが幼少期なんらかの成績を残した時、例えばピアノの賞を取ったのを見たとか、そういうことなんだろうか。どうもしっくりこないけど。

 

「頭角を現すのが遅かったためか、捕捉が遅れてしまいました。気付いた時には、あなたは海の上。もっと早い段階であなたを見つけられれば、夏休み中をこれほど待つこともなかったというのに」

「言いたいことはそれだけか? 悪いがこれからデートなんだ。帰らせてもらう」

 

 綾小路くんは淡白に告げ、踵を返した。

 坂柳さんは、綾小路くんの冷たい態度にも動じず笑っている。そして、その小さな唇から言葉を紡いだ。

 

「ホワイトルーム」

 

 ホワイトルーム……白い部屋?

 ありふれた英単語を組み合わせただけの、それでいて聞いたことのない単語。しかし、それがもたらした効果は劇的だった。

 歩き出した綾小路くんの動きが止まる。

 

 こんな綾小路くんの姿は初めてみた。そう、動揺している綾小路くんなんて。

 傍から見たら、いつもと変わらないかもしれない。けど、相手の言葉に反応できず、大きな衝撃を受けて意図せず立ち止まってしまっている。

 

「ぜひ、ご挨拶の続きを聞いて行かれませんか? 私も他人の目がある中で、うっかり口を滑らせたくありませんし」

「……お前は誰だ」

「さっき名乗ったではありませんか。坂柳有栖。Aクラスの生徒です。でも、それだけでは不満でしょうから、ひとつだけ」

 

 坂柳さんは口元で人差し指を立て、不敵に笑う。

 

「偽りの天才を葬る役目は私にこそ相応しい」

 

 偽りの天才。綾小路くんをそう呼んだ。まるで、自分こそが本当の天才であると誇示するかのように。

 

「さて、今日はタイミングも悪いようですし、お話はここまでにしておきましょう」

 

 坂柳さんは私に視線を向けながらそんなことを言った。ここで彼女を帰したら、綾小路くんが次に彼女に一対一で接触できるのがいつになるか分からない。なにせ彼女はAクラスのリーダーだ。

 

「綾小路くん、私はお邪魔みたいだから、帰るね」

「ふふっ。聞いていた通り優秀ですね、松下さん。しかし……彼の恋人であるなら、もっと堂々としていればいいものを。所詮は優秀止まりですか」

 

 なんとでも言えばいい。綾小路くんの足を引っ張るわけにはいかない。

 そう思っていたけど、綾小路くんは去ろうとする私の手を掴んだ。

 

「別に松下が気を遣う必要はない。オレとあいつが勝手に話をしているだけだ」

「う、うん」

「坂柳。一つ聞きたい」

「なんでしょう。私がなぜホワイトルームのことを知っているか、ですか?」

「いや、違うな。そんなことに興味はない」

 

 問いかける綾小路くんの瞳は、深淵のように深く、怖い。

 

「おまえにオレが葬れるのか?」

「……ふふふ。その時を楽しみに待っていてください」

 

 坂柳さんはカツ、カツ、と杖をつきながら、ゆっくりとその場を去っていった。

 

「よかったの、行かせちゃって」

「同じ学校、同じ学年なんだ。話す機会は作ろうと思えば幾らでも作れるさ」

 

 綾小路くんは、なんでもないことのように言う。坂柳さんに聞きたいことは山ほどあったはずなのに。

 ……いや、それは私か。

 

 綾小路くんに聞きたくてたまらない。

 ホワイトルームというのが何なのか。偽りの天才っていうのはどういう意味なのか。坂柳さんは何を知っているのか。

 綾小路くんは、何者なのか。

 

「……松下。さっきの坂柳の話だが、聞かなかったことにしてもらえないか?」

「うん。いいよ」

 

 でも、聞かなくていい。

 それはきっと、綾小路くんにとって触れられたくない場所だから。

 

「いいのか?」

「私は良い女だからね。詮索はしない。綾小路くんが話したくなったら話してくれればいいよ」

「そうか……助かる」

 

 綾小路くんは、どこかほっとしたような表情をしたように見えた。

 

 

 夏休みが終わり、授業が再開する。

 1年Dクラスの教室で茶柱先生から通達されたのは、近づく体育祭に向けて体育の授業が増える、ということ。そして、体育祭ではポイントの増減が発生するということだ。

 

 だが、平田からの質問『体育祭も特別試験なのか』について、茶柱先生は肯定も否定もしなかった。

 

 体育祭のルールについて記載されたプリントが配られてきたので、目を通す。

 

 1〜3年生のAクラスとDクラスを紅組、BクラスとCクラスを白組とする。

 負けた組に所属するクラスはマイナス100クラスポイント。勝った組には特にプラスはない。

 学年ごとにも競い合いがある。1位のクラスはプラス50クラスポイント、2位が変動なし、3位がマイナス50クラスポイント、4位がマイナス100クラスポイント。

 

 要するに組対抗で勝ち、なおかつ学年でトップを獲らないとポイントはプラスにならない。旨味のないイベントだ。学校側がポイントをばら撒きすぎたからと回収しようとしているらしい。

 

 一応、個人でも多少の報酬は貰えることになっている。各個人競技で好成績を収めれば、たとえば1位なら5000プライベートポイントか、テストに補填できる点数3点を選んで貰える。全員参加の競技が9、推薦参加の競技が4。13の競技中、個人競技は6つか。

 

 全部で1位を取っても、せいぜい3万。しょっぱいな。船上試験なんて優待者を当てるだけで50万も貰えたというのに。だが、このくらいの方が各生徒のサイフに入れるにはいいのかもしれない。大金すぎるとクラスの金庫に徴収されてしまうだろうしな。

 

 あとは一応、全学年で最高成績者には10万、学年ごとの最高成績者には1万がもらえるらしい。やはりしょっぱい。

 だが、しょっぱくてもポイントはポイントだ。オレも多少の小遣い稼ぎをさせてもらうとしよう。たまにはデートで行く店のグレードを上げたいものだ。

 

 また、この学校の体育祭では生徒の出場順を全て記載した参加表というものを事前に申告しなければならないらしい。

 流出すれば一気に不利になるリストだ。たとえば、オレや須藤が出走する回には運動神経の悪い生徒をあて、そうでない生徒には確実に勝てる生徒をあてる。そんな戦略が容易に取られてしまう。

 

「次の時間だが第1体育館に移動し、赤組全クラスの顔合わせとなる。ああそれと、授業時間の残りは話し合いなり雑談なり、好きに使っていい」

 

 連絡事項を伝え終わり、茶柱先生は退室する。相変わらずクールな先生だ。

 黙って座っていようかとも思ったが、堀北は早速オレの後ろ襟を掴み、平田の下まで連行する。いてててて。

 

「さ、話し合いを始めましょうか。何か意見のある人はいるかしら?」

 

 堀北が教壇に立ち、オレと平田、あと堀北に呼ばれた松下がその左右に広がる。

 意見を募る場ということだったので、とりあえず挙手してみる。

 

「綾小路くん? 意外ね。いいわ、言ってみて」

「皆さえ良ければだが、オレは全個人競技に出たいと思っている。ちょうど小遣いが欲しいと思っていた」

 

 クラスメイトの声は、歓迎9割、反対1割といったところか。大多数はクラスポイント増加のため、また推薦競技にまで出たくないため、反対はしない。が、少しでもチャンスは多く得たいという生徒もいる。

 

「決まりね。綾小路くんは全種目に出てもらってポイントを荒稼ぎしてもらうわ」

「いや、個人競技だけでいいんだが。あとやっぱり全員納得した上で決めてくれた方がオレとしてはやりやすい」

「須藤くんも全種目に参加してもらおうかしら。できる? 須藤くん」

「おう! ようやく俺が役に立てる試験が来たんだ、俺に任せとけ堀北! 綾小路も、やってやろうぜ!」

 

 オレの小さな叫びは、誰も聞いてなかった。

 クラスのために駒としては働くって言ってしまったし、仕方ないか。

 

「あなたの分は全部1位で計算しておくから、負けないでね」

「おい、無茶振りが過ぎるだろ」

「あ、でも他学年も出場する最後のリレーだけは難しいわね、兄さんのクラスもいるし。ここは2位で計算しておいてあげるわ」

 

 ブラコンかよ。

 そんなツッコミを心の奥に仕舞いこみながら、クラスメイトたちの主張を都度精査する堀北を眺める。こいつもかなりクラスに馴染んできたな。

 さて、どんな采配を見せてくれるのか、見ものだな。

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