よう実 √松下   作:レイトントン

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第18話

 2時間目にAクラスや他学年との顔合わせを済ませ、Dクラスは戦略の方向性を決めようとしていた。

 

 先日宣言した通り、オレと須藤は全推薦競技にも参加することが決まった。それ以外にも能力順で組み合わせを決めていく、という方針はあっさりと受け入れられた。

 クラスポイントを大量獲得した立役者である、ということになっている堀北の意見に反対しづらかったのもあるだろう。が、やはりクラスポイントが600を超え、毎月60000のプライベートポイントが手に入ることになったのが特に大きい。

 金がある者は心に余裕ができる。これがポイントも少なく、財布がカツカツの状況であったなら、もっと議論が長引いたはずだ。

 

 結果、堀北がクラス全員の参加表を作ることで話が纏まった。

 

 まずはある程度、生徒たちの身体能力を知った上で作戦を立てたいという当然過ぎる要望の結果、急遽簡易的な体力テストが行われることとなった。体力テストといっても、体育祭の競技は種類が限られている。足の速さは普段の授業である程度知れているので、握力をさっと確認する程度だ。

 

 平田が学校から握力測定器を借りてきてくれたので、それを使いクラスメイトは握力を測っていく。

 トップバッターは須藤で、握力82.4キロを記録した。

 

「っし。綾小路、お前もやってみろよ」

「ああ」

 

 オレも実力を隠さなくなってきたが、これで須藤よりも力が強いとなれば、また話は変わってくる。……と松下から助言を受けたので、須藤のちょっと下くらいの数値を目指すことにする。

 測定器を握りしめ、力を調整する。79.8で止めた。

 

「うおお、綾小路もバカだ! 馬鹿力だ!」

 

 今さりげなく罵倒されなかったか?

 

「よっしゃあ! ちょっとビビったぜ、さすがに力でもお前に負けたらどうしようかと思ってたからよ」

 

 須藤の反応を見るに、やはり全力を出して須藤を越えるような握力を見せていたら、やり過ぎで引かれていたり、能力差を感じて距離を置かれていた可能性がある。ありがとう松下。やはり松下の助言は聞いておくべきだな。

 

 クラスメイトたちの握力は、須藤、オレ、平田、三宅と続く。この4人で推薦競技四方綱引きへの参加が決まった。

 

「よろしくな、三宅」

「ああ。それで綾小路、弓道部に入る気にはなったのか?」

「いや、まだ覚悟はできていないが、今度見学に行ってもいいか」

「もちろんだ。歓迎する」

「おいおい三宅、こっそり綾小路の勧誘なんてずりぃぞ。握力もジャンプ力もダッシュ力もあるならバスケ部に決まってるだろ」

「そっちも見学させてもらう。バスケはやったことないから楽しみだ」

 

 小野寺にも水泳部に誘われていたし、そっちの見学にも行かないとな。

 

 

 そんな一幕を挟みながら、堀北は着々と参加表の作成を進めていく。

 オレと松下は、頭を悩ませる堀北に協力するよう声をかけられた。なんでも良いから意見を出せ、とのこと。

 

「そうだな……オレと須藤、高円寺は全て別の組にしておいてくれ」

「あなたと須藤くんは分かるけど……高円寺くんも?」

「おまえもあいつの身体能力は分かっているだろう。どこで本気を出してくるかは読めないが、体育祭がそうでない保証はない」

 

 本気を出してくれるのであれば楽で良いんだがな。高円寺の行動については読めないところも多い。全て棄権として0点で計算しておき、実力を発揮してくれたならラッキーと考えておけばいい。

 

「松下も今回は本気でやるよな」

「うん、もちろん。あ、あと二人三脚は私と綾小路くんのペア入れておいてね」

「また直接的に惚気てきたわね……まあいいけど。あなたたちペアなら1位も取れるでしょうし」

「息ピッタリなところを見せてあげるよ」

 

 松下は身体能力も相当に高い。女子には櫛田や小野寺もいることだし、当然堀北も参加はする。まともにやれば十分に勝てる勝負だ。

 まともにやれば。

 

「堀北。参加表の流出に対策は打っているのか?」

「ええ、一応。3パターン作成しておくことにして、どれにするかはギリギリで決めることにする」

 

 悪くない策だが、内部から裏切り者が出た時には対応し切れないな。

 まあ、裏切り者なんて想定していないだろうから仕方がないか。オレの方で櫛田は抑えておいてやろう。最悪録音を使って脅せば簡単に言うことを聞く便利な駒だ。

 ストレス管理に気をつけないと迂闊な真似をしかねないのが面倒なところだが。

 

「分かった、お前に任せる。それはともかく、まだ空欄があるみたいだな」

 

 堀北が作成する参加表に目を落とすと、最終競技のリレーだけが空欄になったままだ。

 得点も多く、また別学年の生徒と競える唯一の機会。

 

「……綾小路くん、松下さん。私にリレーのアンカーを任せてもらえないかしら」

 

 堀北はオレと松下、それぞれの目をまっすぐに見て言った。

 

「兄貴と競いたい。そういうことか?」

「誤魔化しても仕方ないから言うけど、そうよ。兄さんに私の成長を見てもらう、唯一の機会。これを逃したくないの。お願い」

 

 唯一とは大袈裟だが、堀北の言っていることは理解できる。しかし、それはちょっと違うな。

 

「堀北。お前がこの学校に入って磨いてきたのは足の速さなのか?」

「……何が言いたいの」

「戦略上、もっとも勝つ可能性が高いから堀北がアンカーとして走るのなら、オレから言うことはなにもない。だが、兄貴の隣で走ることがおまえの成長を見せることだと思っているなら、それは間違いだ。多分だが、おまえの兄貴がおまえに期待しているのはそういうことじゃない」

「……なら、どうすればいいの。私は兄さんに認められたいのに。私自身の力はどうしようもなく足りない」

「仲間を頼ればいい。オレも、松下も。クラスの連中も仲間に引き入れて、リレーでくらい堀北学に、おまえの兄貴に勝ってみせろ」

 

 兄に勝て。オレのそんな言葉を聞いた堀北は、信じられないというように目を大きく見開く。

 崇拝する兄を超えろ、なんて言われるとは、今の堀北にとっては青天の霹靂だろう。

 

「無理よ。あなたは兄さんのことを何も分かってない。あの人に、私なんかが敵うわけが……」

「いつまで孤高を気取っているつもりだ? 人間1人の能力なんて限界があって当然だ。オレから見ても、堀北。現状のお前が兄に優っているところなんて皆無だ。だが、周りはどうだ? お前のクラスには優秀な人間なんていくらでもいるだろ」

「他人の力で勝っても、それは私が実力で勝ったとは言えないわ」

「本当にそう思うのか? 他人を味方につけること、他人の実力を最大限に引き出すこと。それは紛れもなくそいつの実力だ。たとえば、いつもやる気を出さないが、学校でもトップクラスの身体能力、学力を持つ高円寺。こいつのやる気を出させ、特別試験に真面目に取り組ませるようなやつがいるとしたらどうだ。そいつはとんでもなく大きな戦力だと思わないか?」

「それは……」

 

 Dクラス内でも悩みのタネの1つでもある高円寺。もし高円寺がポテンシャルを最大限に発揮したら、体育祭はDクラスがもらったも同然だろう。

 そんなことを想像したのか、堀北は悔しそうな顔でオレの言葉を認めた。

 

「ええ、理解した。あなたの言う通りね」

「このクラスは十分なポテンシャルを持っている。須藤や平田、三宅に小野寺といったメンバーもいるし、当然、オレと松下も協力してやる。これで勝てないとは言わせない」

「……そうね。この体育祭は、私だけの戦いじゃないもの。私なりに考えてみるわ。このクラス最強の組み合わせを」

 

 堀北は参加表を1から考え直すつもりらしい。シャーペンを持ち直し、紙に向き合う。

 空気がヒリつくような集中力。ここからはオレたちがいても邪魔だろう。こっそりと退散することにする。

 

「……ありがとう、綾小路くん」

 

 去り際の背中に、ぼそっと声を掛けられる。それを茶化すような真似は、さすがにできなかった。

 

「堀北さん、良い顔つきだったね。なんか吹っ切れてたっていうか」

「兄への想いが鎖になっていたんだろうな。まだ完全に断ち切れたわけではないが、これで兄貴の方も妹を無視してはいられないだろう」

 

 堀北は確かに成長への一歩を踏み出した。それはきっと、Dクラスを大きく躍進させる一歩となるだろう。

 ……そんな風に考えていると、松下がじとーっとした目でこちらを見ていた。

 

「なんだ?」

「やっぱり、綾小路くんは堀北さん兄妹のこと特別視してるよね」

「そうか? 自覚はなかったが」

「堀北さんも、生徒会長さんも、綾小路くんのことは認めているみたいだし」

 

 たしかに、堀北学からは生徒会書記になるよう誘いがあったな。あの男も相当な実力を持っている。この学校で比肩する者もそうはいないだろう。

 ……確かに、オレは堀北兄妹には、他とは違う何かを期待しているのかもしれない。現にオレは、堀北学と勝負してみてもいいかもしれない、なんてことを考えている。

 

 

 体育祭に向けた練習が始まる。グラウンドで準備体操をしていると、他クラスの生徒たちが偵察に来ている様子が窺えた。BやCクラスだけでなく、Aクラスの生徒にまで見られている。味方の戦力を把握するのは確かに重要だ。

 さて、こうも見られている状態である程度本気を出して取り組むべきか迷うところだ。

 他クラスへの情報戦を考えるなら実力を隠す方が良いのだろうが、あくまでこれは特別試験でなく体育祭。ここは楽しませてもらうとするか。

 

「綾小路。100メートル走で勝負しようぜ、勝負」

「いいのか? 力では負けたが、足の速さにはかなり自信がある」

「おっ、言うじゃねえの。綾小路が言うなら相当なもんなんだろうな。だが、俺だってバスケ部で一人だけの1年生レギュラーなんだ。そう簡単には負けねー」

 

 クラスでもトップの運動能力を持つオレと須藤。いきなりの好カードに、他クラスの生徒だけでなくDクラスの生徒たちも、練習を止めて注目する。

 

「じゃあ、僕が合図を出そうかな」

 

 平田の言葉に頷き、スタートラインの前に立つ。

 

「じゃあ行くよ。よーい、スタート!」

 

 平田のあげた手が振り下ろされた瞬間、オレは地面を蹴り勢いよく駆け出した。周囲の景色がグンと後ろに流れていく。

 

「うっそだろ!?」

 

 背中側の須藤の声が聞こえるが、気にしない。どんどん加速していき、100メートルを示す白線を悠々と越えた。

 全力とは言わないが、これほど力を込めて走ったのは久々だ。風も心地良いし、悪くないな、走るのも。

 

「おまっ、速すぎだろ綾小路! 今までの授業手ぇ抜いてたのかよ!?」

「まあ、ポイントにならないからな、普段の授業は」

「このヤロー、憎たらしい奴だぜお前はよっ!」

「いててて」

 

 須藤にアームロックを掛けられる。言葉とは裏腹に、須藤からは暗い感情は感じられない。

 やはり握力……力で勝っている、という精神的な余裕が大きいのだろう。

 

「綾小路くんすっごく足速いね! 陸上部に入ったら!?」

「須藤くんも相当速かったのに、ぶっちぎりじゃん!」

 

 そんな声をかけられながら、他クラスの生徒を見る。彼らは大慌てで端末を弄ったり、何やら手帳に書き込んだりしている。

 偵察班も大変だな。

 

「力の須藤くん、速さの綾小路くんって感じだね」

「2人が体育祭でリーダーやってくれたら安心かも!」

 

 おい櫛田、余計なことを言うな。

 なんて思ったのも束の間。須藤は、「俺が、リーダー?」と呆気に取られた様子だったが、堀北からリーダーとして指揮を執るよう声をかけられると、俄然やる気を出した。

 ここまで須藤にやる気を出されて、オレだけ嫌だとは言いづらい。

 

 仕方なく、オレは須藤についてサブリーダーのような肩書きで体育祭に参加することとなった。

 

 さて、せっかくの練習だ。1人でいつでもできる100メートル走などではなく、綱引きや二人三脚なんかを練習したいところ。

 特に二人三脚は全員参加で同性同士のもの、推薦競技で男女混合で走るものの2つ競技がある。推薦の方は松下と走ることは確定しているが、もう片方はどうするか。

 

「綾小路くん、よかったら二人三脚、一緒に練習しない?」

 

 悩んでいると、平田から声を掛けられる。平田なら相手として不足はないな。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 平田が自分とオレの足を結んでいると、女子の方から黄色い声援が飛んでくる。おい、まだ走ってないぞ。

 

「さすが、人気者だな平田」

「あはは、僕なんかを慕ってくれるのはありがたいね。でも、綾小路くんが走るからこそ注目されてるんじゃないかな」

 

 確かに、クルージングでは松下に自覚を持つよう促されたばかりだ。ほとんどは平田へのものだろうが、オレに対する声援もいくらか含まれているらしい。

 女子らの声、男子からの鋭い視線を背に受けながら、オレと平田は息を合わせて走る。

 これは……走りやすいな。さすがフォローの鬼。二人三脚での相手へのフォローも完璧というわけだ。

 

 初めてにしてはかなりの速さで、オレと平田はゴールした。それだけで大歓声があがる。

 

「ちっ」

 

 一部男子からのドス黒い感情が肌に突き刺さる。

 平田と組むと競技には勝てそうだが、周囲からの反感が凄いな。ペアは保留にするか。

 

「綾小路くん、私とも走ろうよ」

 

 松下が駆け寄ってくる。周囲の女子への牽制も含んでいるのだろうか。

 平田と別れ、松下に紐を結んでもらう。

 松下も隠してはいたが相当足が速いようだ。気を抜かないようにしよう。

 

 互いに相手の腰に手を回す。

 

「細いな。松下、ちゃんと飯食ってるか?」

「……あはは、嬉しいこと言ってくれるね。大丈夫大丈夫」

 

 まあ、デートの時も食事の量は普通だし、無理なダイエットをしているわけではなさそうだ。

 互いに先に出す足、歩幅をある程度決めてから走り出す。

 やり易い。平田もオレに合わせるのは上手かったが、松下はそれ以上にオレのことを理解している。そして、オレも松下の能力を十全に把握できている。

 息も完全に合っているし、転んだり苦戦する要素がない。なんのストレスもないまま、規定の距離を走り切る。

 

「速ぇ〜……」

「俺が1人で走るより速ぇじゃん……」

 

 池たちがそんなことを呟いている。とりあえず、オレと松下のペアに関しては負けはなさそうだな。

 

「いぇーい」

 

 松下がハイタッチを求めてくるので、それに応じる。

 本番が楽しみだ。

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