体育祭本番の日がやってきた。
私たちDクラスはAクラスと同じ赤組。組対抗、学年対抗の両方で勝たなければクラスポイントはマイナスになる。厳しいイベントだ。
とはいえ、全く希望がないわけじゃない。一部のDクラスの生徒の運動能力は相当に高いからだ。
綾小路くん、須藤くんを筆頭に、平田くんや三宅くん。女子も堀北さんに小野寺さん、私、櫛田さんに前園さんと言ったメンツが揃っている。
高円寺くんがやる気がなく、早速棄権してしまったのは手痛いけど、組み合わせ次第では十分に勝ち目はある。組対抗に関しても、1年Aクラスの坂柳さんが体の事情で競技に参加できないため、1名分のハンデはあるものの、2、3年のAクラスには現生徒会長の堀北さんのお兄さんと、次期生徒会長筆頭候補とされる南雲雅先輩がいる。
開会式を終え、無駄なく競技が始まった。
100メートル走からのスタート。Dクラスの主力生徒たちは、どんどん好成績を収めていく。
「平田くーん、かっこいい!」
「綾小路くーん、こっち向いて!」
……軽井沢さんと私にとっては面白くない部分もある。
「綾小路くんも洋介くんも、またファンが増えちゃうかもね。困ったなあ」
「ほんとね……って、軽井沢さん、今平田くんのこと」
「え? ああ、最近下の名前で呼び始めたんだ。ちょっと距離縮めるのに躊躇してたけど、周りへの牽制のためにもね?」
どこか慌てたように軽井沢さんが言う。確かに、軽井沢さんと平田くんは付き合って長いのに、距離が縮まってない気はしていた。
「松下さんたちは? そろそろ名前で呼び合ってもいいんじゃない?」
「……そうだね」
仮の恋人契約だからと、その辺りの関係性を進めることを疎かにしていた。
そうだよ、付き合ってもう何ヶ月も経つのに、いい加減そっけなさすぎたかもしれない。
綾小路くん……いや、清隆くん。そう、呼ぶぞ。呼ぶぞ。
……やばい、めちゃくちゃ緊張する。下の名前で呼ぶことなんてなんでもないことのはずなのに。
「あ、あと。松下さんのことも下の名前で呼んでいい?」
「う、うん。私も呼ぶね、恵」
「改めてよろしく、千秋!」
軽井沢さん……恵に対して下の名前で呼ぶことは簡単なのに。
よし、決めた。この体育祭中に、清隆くん呼びを達成してみせる。
固い決意を持ちながら、私は100メートル走に挑んだ。比較的余裕を持って1位を取ることができた。
Dクラスは出だしからかなり好調だけど、相方であるAクラスの結果は振るわない。元々、身体能力で言えば他3クラスに比べて一番下だ。仕方ないといえばそうなのかもしれない。
清隆くんは変わらず1位で、須藤くん、Bクラスの柴田くん、堀北さんや私なんかも同様だ。私はさすがにこのまま全勝なんてのは無理かもしれないけど、ぜひ彼氏に最優秀賞を獲ってもらいたいものだね。
続いては男子の棒倒し。ここで初めて、個人競技ではない団体競技となる。不振が続くAクラスとの共闘。どうなるかな。
◆
棒倒しが始まる。2本先取の3回勝負だが、回ごとに作戦を変えていくことでAクラスとは合意している。1回目はAクラスが守り、Dクラスが攻める。単純だが、付け焼き刃でクラス間の協力体制を整えるよりは有益だと判断された。
オレたちDクラスが敵陣に向けて走っていくが、その前にCクラスの生徒たちが立ち塞がる。
特にオレと須藤に対しては重点的にガードを固めているようで、他の生徒たちに関してはほぼスルー。
オレたちを足止めしている間に、山田アルベルトが棒を倒す作戦か。合理的で良い作戦だ。
だが、オレたちも止まってやるつもりはない。オレはスピードを緩めずCクラスの連中に突撃する。
囲んだといっても素人のやることだ。加えてオレの突進に怯み、腰が引けている状態。避けるのは難しくない。
間をあっさりと抜けて、オレはBクラスの生徒が守る棒の前まで辿り着く。Dクラスの生徒たちがこぞって棒に手を伸ばしているが、Bクラスの連携はかなりのもので防がれてしまっている。
後ろを振り返ると、須藤はまだ妨害を突破できておらず、乱戦に乗じて肘打ちなど地味な打撃を受けている。オレを担当していた生徒も引き受ける形になってしまったようで、申し訳ない。
一方、山田は葛城を始めとするAクラス何人かで防いでいるが、このままでは突破されるのは時間の問題だな。
そうだな……山内が丁度いいか。クラス内ではまあまあ背が高い方だしな。
「すまん山内。背中と肩を借りるぞ」
「んあ? なんだよ綾小路、今忙し……うおっ!?」
やる気がないのか、程々にBクラスに立ち向かっていた山内の背中を駆け上がり、肩からジャンプして一気に棒を掴む。
「俺を踏み台にしたぁ!?」
山内がなにやら喚いているが気にせず、そのまま全体重をかけて棒を倒す。
一本目は赤組が先取した。
「よっしゃあ! さすがのジャンプ力だぜ!」
「山内を踏み台にしたおかげだ。助かった」
「ふっ……最強の踏み台と呼んでくれ」
何か山内が戯言を言っているが、気にしないことにする。
「須藤、悪い。お前に妨害を全部押し付ける形になった。体は大丈夫か?」
「そりゃ痛えけど……いいってことよ。ガタイの良い俺が相手を止めれば、その分お前らがフリーになる。バスケと一緒だ」
本当に良い男になったな、須藤は。オレは須藤とハイタッチを交わす。
ワイワイとDクラスの面々に囲まれていると、
「くっ、やるな綾小路。だが次はこうはいかん」
B組男子の指揮を執っているらしい神崎がそんな声を漏らす。
悪いが次は俺たちはディフェンスだ。
自陣に戻ると、Aクラスの面々が温かく迎えてくれた。
「よくやってくれた。さすがだ」
「おまえたちAクラスが山田を止めてくれたおかげだ。あいつの力は相当なものだっただろう」
「ああ。やはり根底から骨格、筋力の差を感じた。お前や須藤のことを信用していないわけじゃないが、気をつけた方がいい」
「忠告感謝する。だが、これでも空手や柔道をやっていた経験があってな。技量でなんとかしてみせる。負けるつもりはない」
「ふっ、敵だと恐ろしい相手だが、味方だとこれほど頼もしいものもない。背中は任せるぞ」
葛城に頷きを返し、攻守を入れ替える。
今度はウチが守る番だ。対して白組は構成を変えていないようで、やはり山田を主体に攻めてくる。
「うおっ! やっぱあのハーフが突っ込んで来やがった!」
「どどど、どうすんだよ!? あんなん止められっこねーって!」
Dクラスの面々からそんな叫び声が上がる。たしかに、一般的な高校生が止められる相手じゃないな。むしろAクラスはよく止めてくれたものだ。
「オレが時間を稼ぐ」
「あ、綾小路くん!? 無茶しない方が……」
さすがの平田も慌てるが、大丈夫だと視線を返す。
重戦車のように突っ込んでくる山田。対してオレは腰を入れて、真正面からぶつかる。
衝突の瞬間、山田は少しスピードを落とした。優しいな。龍園に従ってはいるが、無闇に誰かを傷付けるつもりはないらしい。
圧倒的な強さ故の配慮。だがそれは今この瞬間においては、油断や驕りと同義だ。
衝突。しかしオレは吹っ飛ばず、山田の突進を抑え込む。山田はサングラスの下の目を見開いた。
体格や筋力量で劣るはずのオレが、互角の押し合いをしているからだ。
「うおおおおおおおおおおお!」
「マジかよ、止めやがった!!」
歓声があがる。これだけ注目されていれば、龍園も下手に直接攻撃はできない。
山田と一対一の状況を作り上げ、止め続ける。やがてAクラスの鬼頭隼が棒を倒すことに成功し、棒倒しは赤組のストレート勝ちで終わった。
◆
「褒められ疲れた」
女子の玉入れも終わり、テントに戻る。私たちの競技中、周囲から声をかけられっぱなしだった清隆くんは、隣に座った私の肩に頭を預けながら、そんなことを口にする。贅沢な悩みだね。
あの山田くんを止めた、ってことで、棒倒しから戻った清隆くんを待っていたのは、称賛の嵐だった。生徒会長を始めとする上級生からも声を掛けられる始末。相手が相手だし、相当目立ったみたい。
「無理もないよ。山田くんを止められる人なんて、須藤くんくらいしかいないと思われてたし」
「筋力量じゃ確かに勝ち目はないかもな。だが、腰の使い方や重心の位置、効率の良い力の入れ方や相手の力の入りづらい体勢を取らせる位置取りが適切なら、あのくらいなんてことはない」
なんでもないことのように言うけど、それが凄いんだけどな。
その後は男女別の綱引きがあり、男子は快勝。女子は、1名分のハンデが響いて負けてしまった。男子も高円寺くんの分、ハンデがあるはずなんだけど……須藤くんはその辺の男子2人分くらいの力があるし、清隆くんだって同様だ。Cクラスが途中で手を離して諦めた、ってところも一因かもしれないけど。
龍園くんの策で転ばされた男子は可哀想だったけど、勝てたのは良かった。
その後も障害物競走が続き、順当に勝ちを積み上げていく。けれど、やはりAクラスは点数を伸ばせないでいた。
「勉強が得意なAクラスにも、こんな弱点があったんだね」
「まあ、Aクラスを助ける理由もないし放っておくか。1年Aクラスの成績が振るわずとも、赤組は勝てるだろうしな」
冷たいかもしれないけど、私もそれが正解だと思う。
そんな話をしていると、噂をすればというのか、Aクラスの生徒が近付いてきた。長い金髪を後頭部でまとめた、どこか軽薄な雰囲気を漂わせる男子生徒。
「よう、お二人さん。2人ともずっと好成績をキープしてるよな、羨ましいぜ」
彼は探りを入れるように、そんな話題を切り出してくる。
「おまえは?」
「俺はAクラスの橋本ってんだ。あ、お前らのことは知ってるから自己紹介は要らないぜ。Dクラス最高戦力とも言われる綾小路清隆に、その彼女で頭脳明晰な松下千秋。だろ?」
「最高戦力になった覚えはないが、名前は合ってるな」
私たちのことは調査済み、ってことね。
「それで、何の用?」
「いや、せっかく同じ組になったんだから一言挨拶をと思ってな。これから関わることもあるだろうし、顔と名前だけでも覚えてもらおうってわけだ」
「オレに覚えられても、メリットはないと思うぞ」
「そんなことないだろ。Dクラスの実質的なボスはお前だって、もっぱらの噂だぜ?」
清隆くんは、やっぱりそういった印象を持たれてるんだね。無理もない。身体能力もそうだし、もう実力を隠そうとはしてないから、警戒されて当然だ。
「次は二人三脚か。もし当たったらお手柔らかに頼むぜ、綾小路」
「悪いが手加減はできない。もし当たったら諦めてくれ」
「怖えなあ」
そんな苦笑いを残して、橋本くんは二人三脚の準備に戻って行った。
彼になんだか不審感を抱きつつも、全員参加、つまり男女混合ではない方の二人三脚が開始される。
須藤くんが池くんを抱えたまま1位でゴールしたり色々あったけど、もっとも注目されていたのは平田くんと清隆くんのペアだった。
彼らは大人気で、登場するだけで女子生徒からの歓声が沸いた。それが1位を取った時には、もう絶叫だ。1年生だけでなく、上級生からも声援が届いている。
……その2人彼女いますからね?
◆
「よろしく、堀北さん」
女子の二人三脚では、堀北さんのペアに私が選ばれた。身体能力、知力を加味してのことらしい。嬉しいこと言ってくれるよね。
清隆くんには到底及ばないけど、堀北さんも中々支えがいのある相手だ。そう考えると、清隆くんが目をかけるのも分かる気がする。
堀北さんと私の足を紐で結ぶ。
「ええ、よろしく松下さん。あなたもかなり好成績を収めているみたいね」
「トップ争いには参加できてないけどね。さすがに陸上部の生徒には勝てなかったからさ。でも、堀北さんの足は引っ張らないから安心して」
「その心配は1ミリもしてないから大丈夫よ」
そんな会話をしながら、定位置に着く。
開始の合図と同時に駆け出した。堀北さんの動きは、練習の時よりちょっと固い。お兄さんを見て気が張っているのかも。
合わせがいがあるね。
堀北さんの少しだけ慌て気味な呼吸に合わせて、やや拙速に足を出す。
A組のペアに追われつつ、なんとか1位を獲れた。
「ふう。やったね堀北さん」
「……ありがとう松下さん、上手く合わせてくれたわね」
「ううん、気にしないで。お兄さんに見られててちょっと焦った?」
「そうかもね。私も気を入れ直すわ」
パチン、と自ら両頬を張る堀北さん。
その目に迷いはない。良い兆候だね。これならこの後の競技も心配はいらないかな。