よう実 √松下   作:レイトントン

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第2話

 堀北と別れた後、先程まで松下と隠れていた物陰に戻る。松下はまだ様子を窺っていたようで、その場に残っていた。

 

「なかなか怖そうな先輩だったな。堀北の兄貴は」

「そんなこと言って、全然物怖じしてなかったじゃん。カッコよかったよ、綾小路くん」

 

 松下は笑いながらオレの胸板をグーで軽く打ちつける。女子からのボディタッチは嬉しいような、急に縮まった距離感に戸惑うような、そんな気持ちになる。

 しかし、変なところを見られてしまった。堀北兄の打撃は鋭く、避けるのにそれなりの反応速度を見せてしまった。堀北や堀北兄のような武道経験者は誤魔化せなかったようだが、格闘技経験もなさそうな松下ならなんとかならないか?

 

「綾小路くん、ほんとは凄いんだ」

 

 無理かー。

 

「凄いってなんだよ。運がよかっただけだ」

「それはさすがに無理あるよ」

「だな。自分で言ってて、何言ってんだって思う」

「生徒会長が言うには、ほんとは勉強もできるんでしょ? なんで本気出さないの?」

 

 本来ならここで、堀北兄が言ってたことが見当違いだと主張するのが正しいんだろう。しかし、松下はもうオレに対して平凡であるという認識をしてくれはしない。オレが幾ら訂正したところで、彼女からの評価が揺らぐことはないだろう。

 だからオレは、彼女の言葉を訂正せず、別の側面から言葉を切り出した。

 

「松下だって本気出してないだろ。多分それと同じじゃないか」

 

 何気ない指摘に、松下の笑顔が一瞬固まった。ある種の意趣返しのつもりだったが、彼女はそんな指摘を受けることをまるで想定していなかったらしい。

 

「……本当に凄いね。そんなことまで分かっちゃうんだ?」

「なんとなくな。普段の言葉遣いというか、語彙がグループの女子と噛み合ってないのを見かけたことがある。クラスカーストの維持のため、そして女子の間でパワーバランスが崩壊するのを恐れてのことだろう。大変だな、女子同士ってのも」

「あはは、そこ突っ込むのはちょっとデリカシーに欠けるかな」

 

 内心イラついているのか、彼女の笑顔に少し綻びが見える。失敗したな。今のは突っ込んじゃいけないところだったか。

 まだまだコミュニケーションについては学習の余地がある。

 

「でも、言う通りだよ。私が本気を出さないのは、女子同士の嫉妬とかが面倒くさいから。それに、頼られすぎても自分を擦り減らすだけだしね」

「オレも同じだ。本気を出さない、出したくない理由は分かるだろ?」

 

 こう釘を刺しておけば、同じく実力を隠すつもりであるなら何も言えない。

 しかし、彼女はなおも食い下がる。

 

「うん、分かる。分かるよ、綾小路くんの気持ち。でも、それを分かった上で、お願いがあるんだ」

 

 話の流れから、この『お願い』がなんなのかはとうに理解している。拒否するのは簡単だが、今のオレはその気にはならなかった。

 

「お願いって?」

「私たちのクラスが、Aクラスに上がるために実力を発揮してほしいの」

「松下はAクラスに上がりたいんだな」

 

 ひとまず返答は先送りにして、彼女の意思を確認する。

 堀北ほどではないにしろ、Aクラスに上がりたい意思は相当に持っているように感じた。

 恐らく、本来松下はこうした『お願い』を直接するタイプじゃない。実力を隠している上に、その隠された力はそれなりのもの。相手が相手なら、話術で望む方向へ誘導しようとするだろう。

 オレ相手にそれが不可能だと早々に悟ったのだろうが、そこで諦めずに直接的な物言いをするのは、短い期間だがクラス内で観察した彼女らしくないように思えた。

 つまり、それほどの感情を持っての言葉だと言うこと。

 

「うん。皆そうだと思うけど、私だってできるならAクラスに上がりたい。この学校に入ったのは、Aクラスが持っている特権を得るためだったんだから」

「理解はできる。だが、オレは協力するつもりはない」

「それは、Aクラスに興味がないってこと?」

「平たく言うとそう言うことだ」

「そんなのおかしいよ。皆、この学校を卒業すれば望む進路に進める。だからこの学校を選んだはずなのに。綾小路くんはそうじゃないの?」

「ああ。オレの将来は決まっている。親が厳しい人でな。今までの学校も一歩も外に出られない、山奥にある学校だった。ここを卒業したら父の指定した仕事に就くことになっているから、AだろうがDだろうがオレには関係ないんだ」

 

 この学校を卒業した後、オレに待ち受けているのは、ホワイトルームの指導者としての立場。

 それを拒絶するつもりはないが、オレの人生の全てがホワイトルームに縛られているというのは、どうにも気分が良くない。だからオレは、この3年間は普通の学生として学生生活を送ると決めた。

 

「なるほど……お父さんへの反抗心で、この学校に入学したってことなんだね。この学校は内から外に連絡は取れないけど、同時に外からの干渉もできない。まさにうってつけの環境だね。お父さんには相当反対されたんじゃない?」

「父には秘密で、こっそり入学した」

「なにそれ、そんなことできるの? 仮にもお父さんでしょ? 私の家なら絶対バレる」

「オレの能力や息子という血縁関係に価値はあっても、オレ自身にあまり興味がないのかもな」

 

 何気なくあの男の考えていそうなことを口にする。自分で言ってみても中々不快だが、目の前の松下は同情するように顔を歪ませ、言葉を選んでいる。

 

「あまり気にしないでくれ。オレもあの男のことはなんとも思っちゃいない。お互い様だ」

「綾小路くんが気にしてないなら……うん、そうするよ。それにしても、そっか。自由を求めてこの学校に来たんだね、綾小路くんは。だからAクラスにも興味はない。それは分かった。でも、それって別に実力を隠す理由にはならないんじゃない? 自由を求めるんなら、実力を隠すのは寧ろ窮屈なんじゃないかな?」

 

 Aクラスを目指させる。そうしたアプローチが難しいと判断したらしい。今度は実力を発揮することへの抵抗感を排除する方向に動き始めた松下は、そんな疑問を投げかけた。

 

「窮屈ってことはない。それに、オレは普通の学生として生活したいんだ。無理に全力を出す必要はないと判断したに過ぎない」

「実力を隠して、無理に平凡に振る舞う方が普通じゃないよ。そもそも、綾小路くんの言う普通ってなに?」

 

 松下の思わぬ指摘に、ふと考え込む。

 普通の学生。確かに、その定義について深く考えないままオレはそれを演じようとしてきた。

 

「そうだな……学力も身体能力も中間程度。友達はそれなりにいて、放課後は友達と遊んだり、彼女とデートしたりする。本で読んだが、普通の学生ってのはそういうものじゃないか?」

「ううん、間違ってる」

「なに?」

 

 まさかそこまで断言されるとは思わず、つい聞き返す。

 

「学力も身体能力も中間、なんてのはただの平凡な人だよ。『普通』とは違う。別に能力がある上で普通に友達と遊んでもいいし、普通に彼女とデートしたっていいんだよ。図書室で本を読んでもいいし、部活をしたっていいし、この学校じゃなければアルバイトなんかもありだったかもね」

 

 なるほど。普通の学生とは能力ではなく、その行動にあるという主張なわけだ。

 見解の相違に過ぎないが、面白い主張でもある。オレは視線で続きを促した。

 

「部活でレギュラーを取ったら普通じゃないの? 生徒会に入った人は普通じゃなくなる? 私はそんなことないと思うな。どんな人でも、その人には個性があって、個性を持ったままで普通に遊んだりするのは全然悪いことじゃない。それが『普通』のことだよ。綾小路くんは、お父さんに縛られず楽しく自由に生活するためにこの学校に来たんでしょ? なら、実力を無理に隠さず自然体でいた方が、君の目的には沿ってるんじゃないかな」

「なるほどな。だが、オレは実力を出して目立ち過ぎるのも苦手なんだ」

「人前に立つのが苦手だから目立ちたくない、実力を隠したい。綾小路くんがそう言うなら、私としてはこれ以上は無理強いできないかな。でも、目立たない生徒は普通の生徒じゃなくて、ただの影が薄い生徒だよ。そこは履き違えない方がいいと思う」

 

 確かに、そうかもしれない。

 普通の学生とは何か。そこまで深く考えないまま行動していたが、松下と話して新しい発見があった。中々面白いな。

 

「それに、目立たない生徒ってことは、必然的に友達や彼女も出来づらくなる。そうすると、さっき綾小路くんが挙げた、普通の学生としての行動は体験しにくくなるんじゃないかな」

 

 なるほど。現に目立たない生徒として振る舞っているオレには、明確に友達と呼べる存在がいない。彼女ともなれば言わずもがな。そうなってくると、学生らしい遊びや彼女とのデートというのは遠ざかっていくもの。

 面白いことに、オレは松下の言葉で認識を改め始めていた。学生同士のコミュニケーションをある程度学習すれば、別段能力を発揮せずとも友人や彼女はできるだろう。だが、実力を発揮し周囲からの注目を集めた方が、逆に普通の学生としての行動にはより早く近付いていくのかもしれない。

 

 顎に手を当てて考える。

 松下の提案に前向きになり始めたところで、彼女自身勝機を見たのか。

 松下はとんでもない爆弾発言を投下した。

 

 

「もし綾小路くんが実力を発揮してくれるなら、私が彼女になるよ」

「……なに?」

 

 

 オレの素っ頓狂なリアクションに、松下は恥ずかしくなったのか、頬だけでなく耳まで真っ赤にしていた。

 ここで食い付いた方が、彼女の尊厳を守れたのかもしれない。リアクションを間違えたな。

 

「いやごめん、何を上から偉そうに言ってんだろ、私。その、ほら。綾小路くん彼女とデートしてみたい、とか言ってたじゃない? それを叶えるために、彼女役として協力するっていうか。変な意味じゃなくて、ね?」

 

 パタパタと手で顔を仰ぐ松下。

 そういうことなら、ここは協力してもらうとするか。

 

「そうか。なら頼む」

「そ、そんなあっさり頼むんだ」

「冗談だったか? 悪い、本気にした」

「いや、別に冗談ではないんだけどさ。綾小路くんは、その、いいの?」

 

 いいの、というのは、彼女でなく彼女役であるということ。つまりは偽の恋人契約を結ぶことについてだろう。

 それと、散々渋っていた実力を発揮する、ということについてか。

 

「ああ、構わない。仮の恋人だとしても、放課後にデートなんて、普通の学生みたいなことを体験してみたい気持ちはある」

「実力を発揮する、って言う方は?」

「彼女役なんて負担を松下に負ってもらうんだ。対価は払わせてもらう。オレの力がどこまで通用するかまでは保証できないけどな。それに、松下の意見は中々面白かった。それに乗ってみたくなったんだ」

「そっか……そっか」

 

 オレの言葉を受けた松下は、照れたように頬を掻いて笑った。

 そして、オレに右手を差し出してくる。

 

「じゃあ、改めて。これからよろしくね、彼氏くん」

「ああ。よろしく頼む」

 

 こうしてオレは、松下千秋の手を取った。

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