体育祭も終わって、私たちのクラスはBクラスにまで登り詰めた。
あとはAクラスをどう引きずり下ろすかだけど、その前に中間テストの成績発表がある。
「千秋は手応えどうだったの?」
「かなり良かったかな。成績上位狙えるかも」
「マジ? すご……でも、あたしも千秋に勉強教えてもらった分、成績は伸びてると思うんだよね」
「恵はほんと努力してたもんね。絶対成果は出てるよ」
やっぱり恵の地頭は良い。基礎が出来てなかっただけで、教えたらその分だけ吸収していく。おかげで、恵の学力はクラス内で中堅くらいにはなってるんじゃないかな。
雑談に花を咲かせていると、茶柱先生が教室の扉を開けて入ってくる。もうこの学校にも皆慣れたもので、一瞬で張り詰めた空気を作り上げる。
クラスの成長に茶柱先生もどこか満足げに頷く。そこに、5月に私たちをクズと罵った面影はない。
「良い顔付きだな、お前たち。焦らすのも悪いので、早速お待ちかねの中間テストの結果発表と行こう」
茶柱先生が中間テストの結果を張り出す。
下位から発表されていく。レベルの低い争いだったものの、須藤くんが最下層を脱出していたことには素直に驚いた。下から12番目。元を考えると、かなり立派な順位だ。
堀北さんから勉強を教わった成果が出ている。体育祭でも大活躍だったし、このままいけば、須藤くんはこのクラスの大きな戦力になり得る。
そのまま成績上位者の発表が続き、私、王さん、高円寺くん、堀北さん、幸村くん。そしてトップは清隆くんだ。
「うおっ……綾小路、また全教科満点かよ」
「くそっ、やるな」
清隆くんが叩き出した結果に、幸村くんは悔しそうな顔で、それでも賞賛する。1学期の期末テストの時は、須藤くんの暴力事件もあってあまり話題にならなかったけど、改めて清隆くんの学力を見せつけられた形だね。
今回のテストでの退学者は0。
さすがに今回は皆バッチリ勉強してきただけあり、なんとか余裕を持ってクリアできた。
クラスは弛緩した空気に包まれる。けど、茶柱先生はそれを良しとしない。
「安心するのはまだ早い。次の特別試験に関する通達がある」
無事にテストを乗り切った後だというのに、また特別試験。皆不満ではあるだろうけど、それを表に出す生徒はひとりもいなかった。
満足げに頷くと、茶柱先生は期末テスト兼特別試験となる、通称ペーパーシャッフルについての説明を始めた。
まず、本番前に小テストがあり、その結果によって生徒同士でペアを組んで挑む。ペアの組み方は学校側が決め、基準は通達されない。
本番は8科目各100点満点で、各教科50問で400問。
赤点が2種類あり、科目毎にペアの合計60点。そして不気味なのが、総合点でもボーダーはあるものの、まだ不確定で例年はだいたい700点前後となっている。
また、他クラスに対して自分たちで問題を作るという点。作成方法は自由で、自分たちで作ろうが先生や先輩に相談しようが、ネットや参考書を活用しようが自由。簡単だろうと難しかろうと、学校が容認すれば問題ない。ただし、今までの指導領域を超えていたり、解答不可の問題に関しては修正が入る。
他のクラスからのテスト問題も、同様にお手製のものが配られる。クラス全員の総合点で勝った方が、相手から50クラスポイントを奪える。相互に問題をぶつけ合う場合は100ポイント変動する。
どのクラスに対して問題をぶつけるかは選べるそうだけど、被ったらくじ引き。
厄介そうな試験だね。特に自分たちで問題を作って、他クラスにぶつけるってところ。
茶柱先生いわく、毎年Dクラスの2、3ペアはこの試験で退学しているって話。
茶柱先生からの説明に、堀北さんをはじめ何人かの生徒が質問し、SHRは終了。早速、放課後に話し合いの場を設けるから、と堀北さんから召集がかかる。
堀北さん、清隆くん、平田くんのDクラスリーダー陣と、そのサポート役である私、恵、須藤くんといったメンバー。カフェのパレットで話し合いだそうだ。
断る理由もないし、私も参加する。
堀北さんは先生からの説明をもとに、ペーパーシャッフルでのペア結成に関する法則を見抜いた。
次の小テストで成績上位の生徒と下位の生徒が組まされる。
堀北さんの話す、さまざまな推論……もしランダムにペアを組まされるなら、例年の退学者はもっと増えているはずだ、とかはどれも理に適っていて、素直に納得がいった。
放っておいても、ある程度はこの法則性によってカバーされる。でも、まかり間違って成績下位の生徒同士が組んだら最悪。だから堀北さんは手を打った。
次の小テストで成績最下層の人はわざと0点を取る。下の方の人は1点を。最上位層はできるだけ点を取り、上位層は80点までの点数を取ってもらう。
これで丁度いいペアができるという寸法だ。
「それで、問題文の作成なのだけど。綾小路くんにお願いしてもいいかしら」
「悪いな、断る」
「そう、ありがとう。お願いするわ」
「おい。ちょっとくらい人の話を聞け」
「あなたは私たちのクラスで最も勉強ができる生徒よ。やれと言われたらやるのよ」
「おまえ、歴史に名を残すレベルの暴君だな……さすがに全科目作るのはキツい。せめて3科目にしてくれ」
「仕方ないわね。残り5科目中3科目は私、2科目は平田くんにお願いしましょう」
「清隆くん、私も手伝うからさ。頑張ろ?」
「ありがとう、千秋」
堀北さんも随分強引だね。平田くんも苦笑いしている。でも、清隆くんなら能力的に何も問題ないのは分かっているから、特に口を挟むことはしなかった。
そんな話をしながら今後の方針を話し合い、その場は解散となった。
「じゃあ、私たちはこれで」
私と軽井沢さんは話し合いの場から離れる。この後、ちょっとした用事があったからだ。
10月20日は清隆くんの誕生日。軽井沢さんに相談して、彼に贈るプレゼントを吟味している最中だ。猶予まであと10日しかない。色々探して回っているけど、これというものは見つけられなかった。今日こそは。
「綾小路くんは読書とコーヒーが好きなんだっけ」
「本人がそう言ってたわけじゃないけどね。よくコーヒーは飲んでるし。やっぱり良い豆とか、コーヒーメーカーとかかなあ」
それもなーんか違うような気もするんだけどね。それ以外に現状思いつかない。
清隆くんにさりげなく聞いたらバレそうだしなあ。とりあえず、候補の1つとして保留にしておこう。
◆
「小テストの前に、ペーパーシャッフル本番での指名について決定した。以下の通りだ」
小テスト当日、茶柱先生からペーパーシャッフルのクラスの組み合わせが発表される。
坂柳Aクラス→一之瀬Cクラス
堀北Bクラス→坂柳Aクラス
一之瀬Cクラス→龍園Dクラス
龍園Dクラス→堀北Bクラス
私たちは比較的学力の低い龍園くんのクラスを攻撃対象に指名することになっていた。だけど一之瀬さんのクラスと指名対象が重なり、抽選に外れてしまったみたい。学力が低いクラスを狙っていたのは、一之瀬さんクラスも一緒だったんだ。
恐らく、残りの2クラスはウチのクラスを指名していたんだと思う。Bクラスまでジャンプアップしているとはいえ、元は最下位のDクラスからのスタート。清隆くんや堀北さんなどの最上位層はともかく、中堅や下位層の学力には不安が残る。それを他のクラスも理解していたんだね。
一之瀬さんのクラスは、もしかしたら元から龍園くんのクラスを狙ってたかもしれないけど。
ともかく、ウチへの攻撃側として、龍園くんのクラスが抽選に当たったのは幸いだったかもしれない。向こうも学力は高くないからね。作る問題も、そこまで凝った問題は、そうは出ないはず。
組み合わせが発表され、色々頭を悩ませるところではあるけど、それよりまずは小テスト。
私たちは堀北さんの作戦通りに、平均的な学力のペアができるように点数を操作した。
ペーパーシャッフル前の小テストが終わり、ペアが発表される。
目論見通り、無事平均的なペアが実現した。清隆くんは池くんと、私は井の頭さんとペアを組むことになった。
ペアが組み終われば、やることはテスト問題の作成と勉強のみだ。授業終了後の1部を堀北さん、部活終了後の2部を平田くんがメインで担当し、清隆くんと私、櫛田さんは全体をサポートするため、適宜どちらの勉強会にも参加することになった。
勉強会で指導役をこなしつつ、テスト問題も作成する。なかなかのハードスケジュールなんだけど、私と清隆くんは一緒に行動、問題文の作成をしているおかげで負担は半分程度で済んでいる。
ペア発表の翌日、私は清隆くんの部屋でテスト問題の作成のお手伝い中だ。穴埋め問題等の運でなんとかなるような問題はもちろん採用しない。どこのクラスもそれは共通だと思う。
「たとえば、英語は全部難しい長文読解にして時間切れを狙うとかどうかな?」
「面白い策だな。文章量については長すぎると学校側から指摘を受けるだろうが、そのラインを測る意味は大きい」
本格的な問題作成と同時に、幾つか難易度的に際どい問題を混ぜ込んで、学校かどこまでの難易度を許してくれるのかを確認も並行して行う。
「……清隆くん、この問題は難しすぎじゃない?」
「そうか? ならやめておこう」
清隆くんは、自分があっさり解けるからか、かなり高難易度の問題も普通に組み込もうとする。都度私から指摘し、形を整えていく。
そんな手順を踏みながら問題分を作成し、気付けば1時間が経過していた。
「少し休憩にするか」
「やった。ケーキ食べよ」
私はキッチンから、ケーキ屋さんで作ってもらった特注の誕生日ケーキを持ってくる。
電気を消して、蝋燭を立てる。
「ハッピーバースデー、清隆くん」
「ありがとう、千秋」
お礼を言ったきり、清隆くんは動かない。
早く消さないと蝋燭が溶けて……いや、もしかして。
「……誕生日を祝われる人が、蝋燭の火を息を吹いて消すんだよ?」
「そうなのか。すまん、やったことがないから分からなかった」
清隆くんはふっと息を吹き、火を消した。
……清隆くんの家庭環境が複雑なのは分かっていたけど、誕生日すら祝ってもらったことがないなんて。顔も知らない彼のお父さんに、怒りを覚える。
けど、今はおめでたいパーティー中だ。私の個人的な怒りは置いておいて、清隆くんの誕生日を祝おう。
電気をつけて、蝋燭を外す。清隆くんがケーキを切り分けようとするけど、代わってもらった。今日は色々、私が全部やってあげたい。
「はい、あーん」
切ったケーキ、一口分をフォークで取り、清隆くんの口元に運ぶ。
清隆くんは控えめに口を開き、ケーキを含んだ。
もくもくと口を動かす。
「……! これは、美味いな……」
「よかった、お口に合って」
ケーキも初めて食べたのかもしれない。清隆くんは目を僅かに見開いて、驚いている様子だった。
「甘いケーキには苦いコーヒーが合うんだよ。どうぞ」
「いただきます」
ブラックのまま、清隆くんはプレゼントしたコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲み込む。
「……いつもより美味いような気がする」
いつもは完璧超人な清隆くんだけど、こういうところは非常に可愛らしい。私だけに見せてくれる顔。強い独占欲が湧いてくる。
「清隆くん。来年も一緒に誕生日をお祝いしようね」
「ああ。けど、その前に千秋の誕生日が来る。4月25日だったよな」
「覚えててくれたんだ、ありがとう。お祝い、期待していいの?」
「ああ。オレが退学してなければだけどな」
「この学校じゃ冗談にならないよ、怖いなあ。まあ、清隆くんなら心配いらないと思うけどさ」
あんまり不吉なことを言わないでほしい。こんなおめでたい日には特にね。
「それに、私だって退学にならない保証なんてどこにもないし」
「それは大丈夫だ。何があっても、オレがおまえを退学にはさせない。絶対にな」
「清隆くん……」
言い切った清隆くんの言葉には、どこか説得力があって、不安になっていた私の心を落ち着かせる。
「うん。安心した。ありがとう清隆くん」
「こっちこそだ。今日はありがとう、千秋」
その後は一緒に映画を観たりしながら、ゆっくりと過ごした。