よう実 √松下   作:レイトントン

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第22話

 勉強漬けの日々はあっという間に過ぎ、2学期期末試験、ペーパーシャッフル当日がやってくる。

 

「ああ、緊張してきた!」

「大丈夫だ池。オレが800点取るから気楽にいけ」

「龍園のクラスがやらしー問題作るかもしれないってのに満点宣言て。お前バケモンかよ……で、でも任せっきりでいられるか。俺だってやってやるよ! ここまで必死に勉強してきたんだ、半分くらいは取ってやる!」

 

 良い意気込みだ。が、そこまで気負う必要はない。溜め込んだ知識、学習時間は確実に池自身の力になっている。

 

「お前たち、揃っているな」

 

 茶柱先生が教壇に立つ。オレたちのクラスに当然欠員はいない。

 

「これより2学期期末試験、ペーパーシャッフルを始める。分かっているとは思うがカンニングの類は一切禁止だ」

 

 ごく、と周囲の生徒が唾を飲む。皆、緊張しているな。当然か、退学のかかった試験。それも、他クラスが作成した問題を解くことになる。一体どんな試験が待ち受けているのかと恐々としているのだろう。

 

「……あなたは余裕そうね」

「実際、余裕だからな」

「いつも嫌味な謙遜ばかりのあなたが、言うようになったものね。まあ、実力が伴っている以上、私からは何も言えないけど」

「お前も今回の試験は余裕だと思うぞ」

「そう思いたいけど……龍園くんのクラスが作った問題文よ。一体どんな捻くれた問題が出るか……」

 

 と、そこで前からテスト用紙が回ってくる。雑談は終わりだ。

 先生から試験開始の号令がかかり、皆一斉にテスト用紙を捲る。

 

 テスト中だと言うことで声を発したりはしないが、クラスの皆が困惑していることだけは伝わってきた。

 

 

「こんにちは、綾小路くん」

「坂柳か」

 

 杖をついた小柄な少女が、ベンチに座るオレに話しかけてくる。ちょっと位置をずれて、坂柳が座れるスペースを作ってやる。

 

「お気遣いありがとうございます」

 

 彼女は優雅な仕草で、ベンチに腰掛ける。

 

「テストの手応えはいかかでしたか?」

「完璧だ。そっちは?」

「ふふ。数学と英語、化学はあなたが作成した問題でしょう? 非常に楽しめましたよ」

「満点は取れそうか?」

「確実にとは言えませんが、自信を持って回答できました。まあ、あの問題で満点を取れる生徒など、私をおいて他にはいないでしょうね」

 

 その情報だけでも十分価値がある。

 

「そうか。今回は残念だったな坂柳」

「ふふ。三分の一を当てられることなんてよくあることです。それに、こんな言葉もあります。運も実力の内……今回は私の負けです」

 

 まだ結果が出てないというのに、敗北宣言とは。坂柳はこちらの戦略をある程度は見抜いているらしい。やはり、Aクラスのリーダーを任されるだけはある。

 

「運で決まる勝負も嫌いじゃないが……すっきりはしないよな」

「同感です。ぜひ、チェスのような完全情報ゲームであなたと戦いたいものですね」

「チェスならオレも好きだ。おまえさえよければ、どうだ? この後一局」

 

 懐かしいな。ホワイトルームではよくやらされていたが、ここのところチェスなんてやっていなかった。周りにチェスプレーヤーもいなかったしな。話題に出たことで、久しぶりにやりたくなってきた。

 チェス盤は持っていないが、今の時代携帯のアプリにだって盤面は広がっている。実物の駒を持てないのは、少し味気ないがな。

 

 オレの提案が余程意外だったのか、坂柳はその大きな目を丸くする。彼女はすぐに口元を押さえ我慢していたようだが、堪えきれずといったようににやける。

 

「非常に、非常に魅力的な提案ですが……はじめてあなたとするチェスなら、私は真剣な勝負がしたい。クラスの進退を賭けるような。自らの命運を賭けるような、そんな勝負を」

 

 どこかうっとりとした、まるで恋する少女のような顔付きで、彼女は勝負を求める。

 

「そうか。特別試験でチェスができるかは分からないが……もしそれが叶うなら、おまえと戦ってみたいところだ」

「……ぜひ。戦いましょう。鎬を削りましょう。雌雄を決しましょう。どちらが本当の天才か、運命の介在する余地すらなく決する。この学校に入ってから……いえ、もしかすれば生まれてから初めてというくらい、私はその時が待ち遠しいと思っています」

「まるでデートの約束だな。彼女に怒られる」

「ふふっ、その時は好敵手(わたし)だけを見ていてほしいものです」

 

 そうもいかない、なんて答えるのは失礼だな。オレはそれに言葉を返すことなく、立ち上がる。

 

「送っていく」

「ありがとうございます。しかし、これから真澄さんたちと合流することになっていますので。それに、今は気持ちが昂っているのです。我慢できず、勝負を申し込んでしまうかもしれません」

「そうか、分かった」

 

 戦闘狂かこいつは。

 坂柳と別れ、寮への道を進む。

 しかし、実はオレの方もチェス欲は昂ったままだ。うーん、千秋を誘ってやってみるか?

 

「おいおい、ついに松下に愛想を尽かしたか? だが、それで密会相手が坂柳とは、女の趣味が悪いな綾小路」

 

 考えていると、龍園が姿を見せる。尾けられているのは分かっていたが、接触を持たれるとは思わなかった。

 

「龍園。お前たちは試験はどうだったんだ?」

「はっ、ペーパーテストなんて真面目に受けるつもりはハナからねぇんだよ。退学者が出なければ十分。元々捨てた試験だ。お前らから金を搾り取るためにな」

「Win-Winであるならよかった。……そうだ龍園、おまえチェスはするのか?」

「ああ? 俺がそんな柄に見えるかよ」

「おまえの戦術、戦略には目を見張るものがあるからな。オレや坂柳もそうだし、嗜んでいるかと思ったが」

「クク、綾小路。お前実はホモなのか? 男の褒めは求めてねえよ」

 

 こいつの場合、女の褒めでもあまり素直には受け取りそうにないが……

 

「というか、先日あんなことがあって、普通に話しかけてくるんだな」

「クク、綾小路。お前はいずれ潰す。が、今は時期じゃねえ。それが分かっただけ良しとしておいてやる。それまではお前については情報収集と分析に費やす」

 

 不屈の精神力だな。龍園の一番の武器は、知略でも武力でもなく、このメンタルなのかもしれない。

 

「いつでも来い、歓迎する。だが、オレの方はまずは坂柳だな。1年の内にウチのクラスをAに上げる」

「随分とフカしやがる……と言いてえところだが、0ポイントだった不良品クラスが、いまやBクラスだ。まして、今回予想される結果を考えりゃあ、冗談やハッタリの類じゃねえんだろうな。だが、好調な時ほどコケた時のダメージはでかいもんだぜ。それに今のお前らのクラスの躍進は、ほぼお前1人の成果みたいなもんだ。お前がクビになれば、お前のクラスは崩壊するだろうよ」

 

 次にオレと本格的にやるなら、退学させるくらいのつもりで徹底的にやる、ということか。

 確かに、現状のウチのクラスはBやAに見合うレベルじゃない。特に学力面がな。だが、あいつらも日々成長している。

 短気を克服し始め、学力も伸び始めた須藤。オレに頼りきらず、自力でも点を取ると気合を入れた池。リーダーの資質を開花させつつある堀北。

 千秋も、オレの影響か戦略眼が伸びてきている。

 

 このままいけば、オレがいなくとも十分に他と戦えるクラスになるだろう。

 

「その心配は不要だ。オレだけを大きく見ているようだが、それだと足下を掬われるぞ。ウチのクラスは強くなる」

「……はっ。てめえは先公かよ」

 

 以前、軽井沢にも似たようなことを言われたな。

 オレに残された時間は、あと2年と少し。その後はホワイトルームの指導者となるのだろうが、この学校で培った経験が活きることもあるのかもしれない。

 

 

 数日後、ペーパーシャッフルの結果が発表された。

 

 総合得点順位

 1:Bクラス(堀北クラス)

 2:Aクラス(坂柳クラス)

 3:Cクラス(一之瀬クラス)

 4:Dクラス(龍園クラス)

 

 これでクラスポイントは、

 

 A坂柳クラス  874

 B堀北クラス  761

 C一之瀬クラス 603

 D龍園クラス  392

 

 もはやAクラスは射程圏内となる。それどころか、僅かなクラスポイントの増減でひっくり返る点数差だ。今ごろ橋本あたりは大慌てしていることだろう。

 

「もう、清隆くんも人が悪いなあ。すっかり騙されたよ」

「敵を騙すにはまず味方から……なんて言葉があるが、まあそれとは別に、皆が良い集中力の保ち方をしていたからな。水を差したくなかった」

 

 ペーパーシャッフルの1日目終了時、堀北と千秋に詰め寄られた時のことを思い出す。

 

 

「綾小路くん。これはどういうこと?」

「なんのことだ?」

「またあなたの仕業でしょう?」

 

 一応惚けてはみたが、バレバレだった。

 

「今回のテスト、いくらなんでも簡単すぎるよね」

 

 千秋の指摘通り、今回龍園クラスから提出された問題文は極めて簡単で、なんなら小学生でも満点が取れるようなレベルのもの。

 気合を入れて挑んだ皆には申し訳ないが、Aクラスに確実に勝利するため手を打たせてもらった。

 

「堀北。オレは何をしたと思う?」

「……龍園くんと交渉して、私たちのクラスへの問題文の作成権を購入した、というところかしら」

 

 半分正解、といったところか。及第点ではある。

 

「その通りだ。今回、龍園がウチのクラスへの攻撃権を得て、オレたちのクラスはAクラスへの攻撃権を得ることになった。初めから、オレは龍園から問題作成権を購入することを決めていた。今回の試験の勝敗はクラスの総合点で決まる。普通にやったら、今のウチの学力でAクラスに勝つことはない」

 

 下位層から中堅層の基礎学力が違い過ぎるからな。

 

「だから龍園から問題の作成権を買い取った。誰でも満点が取れるようなテストを作れば、相手も似たような手を使ってこない限りは必ず勝てるからな」

「なるほど……クラスポイントよりプライベートポイントを優先する、龍園くん相手だからこそ成立した取引だね」

 

 千秋は、船上試験での交渉のことを思い返すように呟く。

 龍園クラスは元々学力は全クラス中最低レベル。龍園クラスを攻撃する一之瀬クラスからは問題作成権も買い取れないし、作成した問題文を横流しするような裏切り者もいない。あるとすれば問題文の窃盗くらいしか手はなく、リスクが大き過ぎる。はなから龍園クラスに勝ち目はなかった。

 問題作成権を手放すことは、クラスポイント50を手放すにも等しい。が、元々敗色濃厚な勝負。龍園のことだ、さっさとプライベートポイント優先という思考に切り替えたに違いない。

 

 今回の龍園の戦略目標は退学者を出さないこと、クラスポイントは諦めプライベートポイントを交渉により手に入れること、この2つだったはず。それはほどほどに達成できたはずだ。プライベートポイントは目標値に届かなかっただろうけどな。

 

 一方で、坂柳クラスを攻撃するのはウチのクラス。Aの背後に付いているBクラス相手に、クラスポイントを減らすような交渉が通るはずもない。

 加えて、問題文を入手するのは、ウチから裏切り者でも出ない限り難しい。

 櫛田がAに接触する懸念はあったが、事前に録音で脅して封殺しておいた。そろそろストレスで爆発しそうだ。が、直接的な行動に移すのはまだ先だろう。今回のようなテストでオレや堀北を退学にするのは不可能だと、櫛田も分かっているはずだ。

 

「まったく……問題文を入手するのでもなく、そもそも作成権を買い取るだなんて。聞いてみれば、なるほどとは思うけど……」

「まあ、さっき千秋が言ったように、普通は成立しない取引だからな」

「そうよね、龍園くんのことだから法外な金額を要求してきそうだし……幾ら使ったの?」

「200万だな」

 

 オレの言葉に、堀北は目を丸くする。

 

「確かに高額だけど、もっと要求されているものと思ったわ。クラスポイント50……いえ、Aにも確実に勝てるでしょうから、100クラスポイントね。その対価としては安すぎると言えるくらいよ」

「龍園くんなら、船上試験の追加報酬300万を全部寄越せ、とか言いそうなのにね」

 

 千秋も鋭いな……経験に基づいた予想なのかもしれない。

 

「龍園くんとどんな交渉したの?」

 

 同じく船上試験で龍園と交渉したことから、千秋も内容が気になるらしい。しかし、ちょっと内容的には言う気になれないな。

 

「悪いが秘密だ」

「えーっ!」

「彼女に隠し事だなんて、浮気を疑われてもしらないわよ」

 

 千秋も堀北も龍園とのやり取りには興味があるらしい。が、浮気の事実はないので心配しないでほしいところだ。

 龍園との交渉については、ペーパーシャッフルの攻撃側、防御側が決まった日にまで遡る。




禁断の回想二度打ち
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