よう実 √松下   作:レイトントン

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第23話

 ペーパーシャッフルの前、小テストが終了した直後。つまり攻撃側と防御側の組み合わせが決まった直後に、オレは龍園に屋上に呼び出されていた。

 山田に伊吹、石崎もその場にはおり、屋上への階段には、見張り役らしい小宮もいた。どうにも交渉というには穏当でないメンバーだ。

 龍園のクラスに穏当な生徒がいるのかは知らないが……

 

「取引だ。ウチからてめえらのクラスへの問題作成権を300万で買い取れ」

 

 オレが屋上に立ち入り、龍園のもとに辿り着くなり掛けられる言葉。回りくどい挨拶だな。

 

 龍園の提示したもの……自クラスへの攻撃側の問題作成権は、今回のペーパーシャッフルにおいて、考え得る限り最強のカードの1つだ。

 茶柱先生は明言している。『学校側が容認できる問題であれば簡単だろうと難しかろうと、内容は問わない』と。そしてペーパーシャッフルでは、攻撃側だろうと防御側だろうと、敵対クラスと比べるのはテストのクラス全体の総合点だ。

 クラスの全員が満点を取れるレベルの問題を作成すれば、まず間違いなく勝利できる。

 逆に売った側の敗北は確定的となり、その時点でクラスポイントマイナス50の負債を負う。それを考慮すれば、たしかに300万は妥当な金額だ。が……

 

「150」

「ふざけてんのか? 300だ」

「オマケもつけるから200で頼む」

 

 今のウチのクラスに300万ポイントも支払う余裕はない。いや、払えなくはないが今回の特別試験のやりとりはオレの独断で動いているから、なるべく出費は抑えたい。オレも同じ取引を持ちかけようとはしていたが、せめて200万で許してほしい。

 

「オマケだと? はっ、愛しの松下をハメる権利でもくれるってのか?」

「悪いが、それは8億でもやれないな」

 

 下品な内容の煽りにそう返してみると、龍園の目付きが鋭く変化した。カマをかけてみたが当たりだったようだな。

 

「てめえ……」

「金集めはもっとコソコソやるものだ」

 

 2000万ポイントを集めるならな。

 それでは8億に届かないから、龍園は無茶で派手な交渉を続けている。

 狙いは2000万ポイントで龍園だけがクラス間競争をアガるのではなく、8億ポイントでクラス全員をAクラスに引き上げることだったわけだ。

 とんでもない男だ。冗談半分で考える者はいても、まさか実行に移す奴がいるとは。

 

「チッ。オマケってのはなんだ。言ってみろ」

「ウチのクラスの提出するテスト問題3科目分だ。お前ならAクラスに売り捌けるだろ」

 

 戦略を見抜かれた龍園は、オレの提案を前向きに考えてくれるらしい。そこでオレは、堀北が作成した分の問題文を渡すことを提案する。

 まあ、坂柳自身は問題を買うようなタイプじゃないとは思うが……そうでないヤツもいる。

 Aクラスは金に余裕もあることだし、30万くらいは引っ張れそうな気もする。

 全教科じゃないのは、もちろんフル暗記されたら負け確定だからだ。こっちには高円寺という不確定要素がある。

 偽の答案を売ったとなれば詐欺行為で退学になるだろうから、売るなら本物しかない。

 まあ、大体のクラスは何教科か分担して問題文を作成しているだろうし、入手経路を問われた時に誰かから盗んだ、こっそり盗撮したとか、裏切り者と交渉して買い取ったとするなら、このくらいの方がリアリティがある。

 

「面倒くせえな。てめえで交渉して金を引っ張ってこいよ」

「オレのクラスの人間は警戒される」

「そりゃこっちだって同じことだ」

「いや、おまえはAクラスとパイプがあるだろ。そいつなら意外とあっさり買ってくれるんじゃないか」

「チッ……やりづれえヤツだ」

「ちょっと、なんで橋本のことバレてんのよ」

 

 伊吹がぽろっと漏らす。なるほど、Aクラスのスパイは橋本だったわけか。

 

「無人島試験でおまえたちのクラスがAのリーダーを的中していたからだ。龍園がAクラスのリーダーを知る機会なんてまずなかっただろうからな。さすがに交渉の際はがっちりガードされているだろうし、伊吹のようにスパイを送り込む真似もリーダーがお人好しではないAクラス相手には通用しない。龍園が島に潜伏していることは葛城も承知していたはずだから、占有用端末を見張る策も使えない。ならAクラスのリーダーが当てられていたのは、偶然か、内部から裏切り者が出たからとしか考えられない」

「……そう。よく気付いたわね」

 

 伊吹に上からなお褒めの言葉をいただく。

 橋本だと分かったのはおまえが口を滑らせたからなんだけどな。

 

「少し黙ってな、伊吹。お前の武器は口先じゃねえだろ」

「なんでよ。私だって……」

「いや、オレが言うのもなんだが、龍園に任せた方が賢明だと思うぞ」

「はあ? アンタに言われる筋合いは……むぐ」

 

 これ以上口を滑らせないよう、伊吹は山田に口を押さえられていた。大変だな、龍園や山田も。

 

「裏切り者の橋本なら、おまえが手に入れた問題文もそれなりの金額で買い取るだろう。今Aクラスはウチのクラスに猛追されている状況だ。葛城派を潰すためとはいえ、無人島でリーダー情報を売ったことを後悔して焦っている頃合いじゃないか」

「たしかに、あの蝙蝠ヤロウの接触は増えてきてはいるがな。クク、表面上はおちゃらけてるが、内心相当慌ててやがったな、アレは。伊吹に密会を見られた時のザマは滑稽だったぜ」

「なら、3科目で30万は出すんじゃないか?」

「50万は出させてやるさ。あいつの口先なら、クラスメイトから多少カンパするくらいなんてことねえだろ」

 

 問題は橋本が坂柳に指示を仰ぎ、問題購入の認可が下りないことだが……龍園やオレに接触し、龍園が『蝙蝠ヤロウ』と称しているところを見るに、坂柳に無断で色々と動いていることも多いのだろう。

 Bクラスの猛追に焦り、独断でテスト問題を購入する可能性を、龍園は見出しているようだ。

 

「オマケってのも貰っておいてやる。……が、200ってのはいただけねえなあ」

「おいおい、それなら勝手に貰うな。ウチは元々クラスポイント0だったんだ、財政状況を加味してくれてもいいんじゃないか」

「くだらねえこと言ってんじゃねえよ。船上試験、結果3の追加報酬があるだろうが。まさか使い倒したなんて言うはずねえよな?」

「いや、色々あったんだ」

 

 と言ったところで、信じられるわけもないか。

 空気がピリつくのを感じ取ったのか、山田が伊吹を解放する。

 

「こっちはお前らがAを倒すのに協力してやろうって言ってるんだぜ。なら、泡銭くらいは渡すのが筋じゃあねえのか?」

「残念だが、ない袖は振れない。それに、あったとしても泡銭ではないな。千秋が必死になって得たものだ」

「はっ。どこまでもとぼけるってんなら、多少痛い目にあっても仕方ねえよな」

 

 4人でオレを取り囲む。ようやく本題が来たか。

 

「龍園。おまえにしては随分回りくどい前置きだったな」

「あ?」

「この面子を集めた上に階段に見張りを立て、さらには監視カメラを潰しておいて、過激な行為に及ぶ気はなかったとでも言うつもりか? 冗談が得意なんだな」

 

 監視カメラがスプレーか何かで潰されていることは、屋上に立ち入った瞬間から把握している。

 この男は、交渉の過程や結果など関係なく、最初からオレに仕掛けるつもりだった。実力の底が見えないオレへの戦力分析のためか、あるいはそう……抑えきれない好奇心から、といったところか。

 

「く、クク……ハーッハッハ! てめえ、初めから俺たちの狙いに見当がついてたってのか!」

「まあな」

「それで、口先八丁で煙に巻けるつもりだったと? くだらねえ。てめえがどれだけ弁舌が立とうが、結局はペンでは剣に勝てねえってことを教えてやるよ。この世で最強の力は振り切れた暴力だ」

「オレも一応、空手と柔道はやってるんだがな」

「それだけで、俺やアルベルトを含む4人に勝てるとでも言うつもりか? ルールが決まっていた体育祭とは違えんだよ」

 

 龍園の合図と同時に、4人が四方から襲いかかってきた。

 

 真っ先に殴りかかってきた石崎の腕を取り、山田に向けて投げ飛ばす。

 山田は力が強いが優しいやつだ。避けたら石崎がどうなるか分かっている。こいつの動きを止めるための一手。

 山田が石崎を受け止めている間に、飛びかかってきた伊吹の顎を打ち抜き意識を刈る。

 

 同時に、龍園のラッシュを避けつつ、膝に蹴りを入れて体勢を崩させる。落ちてきた顔面に蹴りを合わせて吹っ飛ばした。

 

 最後に、山田と受け止めてもらった石崎だ。

 石崎はボディブロー一発で沈んだが、屈強な肉体を持つ山田はそうはいかない。

 山田の強烈な一撃を間一髪のところで躱し、三日月蹴りを入れる。山田は悶絶し倒れ伏した。

 

「ぐぅっ……」

「あ、綾小路ぃ……」

「てめえ、本物の化け物か……」

 

 仕掛けてきてから数十秒後、龍園たち4人は屋上に転がっていた。

 

「悪いが、お前たち4人じゃオレは倒せない。……なので200で頼む」

「この期に及んで金額なんて気にしてんじゃねえよ! ポイントなんて最早どうでもいい。てめえを潰す……それさえ叶えばな」

 

 龍園は諦めずに殴りかかってくるが、無駄だ。

 カウンターで何発か決めると、龍園は膝から崩れ落ちた。が、顔面が床に叩きつけられる前に受け止めてやる。

 気を失いかけているようだったので、べちべちと頬を叩いて気付けしてやる。

 

「おい、伸びるのは早いぞ」

「て、てめえ……鬼か……」

 

 龍園がか細い声で呟いた。

 

「3科目分のテストも付けるし、200……いや、やっぱり150で良いよな?」

 

 ちょっと値切ってみながら、再度問い掛ける。龍園と目が合うと、心底疲れ切ったような表情でオレの問いに答えた。

 

「……勝手にしろ…………」

 

 言質を取った。オレは龍園を優しく床に寝かせてやる。

 こうしてオレはなんとか150万プライベートポイントで、龍園クラスから堀北クラスへの問題文作成権を買い取った。

 

 はたから見れば恐喝と捉えられかねない内容ではあったが、ポイントを支払うのはこちらである上、仕掛けてきたのは龍園側だ。呼び出しを受けたメールという証拠もある。須藤の時のように学校に訴えるような真似はできない。

 

 良かった。さすがに300万ポイントは支払えない懐事情だったからな。船上試験で得た分のポイントも、龍園に支払う分も考えると、もう100万ほどしか残っていない。

 

 

 龍園たちとのやり取りを思い返しながら、手元に残ったクラス貯金を眺める。

 

 坂柳は運悪く負けたと思っているようだったが、それは違う。

 少なくとも、オレはできる限り運の要素は排除させてもらった。

 

 このペーパーシャッフルにおいてもっとも重要な要素は、『どのクラスがどのクラスを攻撃対象とするか』これに尽きる。

 

 特に最も重要なのは、龍園クラスが堀北クラスを攻撃対象として選ぶこと。だが、これは初めからほぼ確定していた。

 

 龍園も、オレが坂柳クラスを攻撃することは分かっていただろう。

 クラスの皆には士気の維持とカモフラージュのため、龍園クラスを攻撃すると伝えておいたが、せっかくAクラスに近づいている今、龍園クラスを攻撃している暇はない。少しでも坂柳クラスのポイントを奪い取る必要がある。

 

 坂柳クラスと総合点を比べるのであれば、何かしらの戦略は必須。学力での真っ向対決なら、坂柳クラスに勝てるクラスはない。一之瀬クラスなら、課される問題文次第でそれなりに可能性がある、という程度か。

 そこに龍園は商機……もとい勝機を見出した。

 坂柳、一之瀬クラスに比べて平均的な学力で大きく劣る堀北クラスが、問題作成権を購入する可能性が最も高いと踏んだわけだ。

 

 素の学力が高い坂柳クラスが高額のプライベートポイントを支払って問題作成権を購入する可能性は低い。そんなことをしなくても勝てるからな。

 一之瀬クラスは、坂柳クラスと対決する場合は購入の可能性もあっただろうが……こうした交渉ごとに向かない、正攻法で戦うタイプのクラスだからな。それに足る学力も持っている。交渉に応じる可能性は高くない。まして、龍園は一之瀬クラスからの信用がまるでない。龍園の選択肢からは除外されていたはずだ。

 

 必然、龍園は交渉のため、堀北クラスを攻撃対象とすることになる。

 

 あとは坂柳クラス、一之瀬クラスだが、坂柳クラスは十中八九堀北クラスを狙っていたはずだ。

 あの好戦的な坂柳が、夏休みに宣戦布告をしたオレに仕掛けてこないはずがない。

 一之瀬クラスは堅実な戦略を執るクラスなので、学力の低い龍園クラスか堀北クラスを攻撃対象とすると見ていた。

 

 つまり、各クラスの思惑としては

 

 坂柳クラス→堀北クラス

 堀北クラス→坂柳クラス

 一之瀬クラス→龍園もしくは堀北クラス

 龍園クラス→堀北クラス

 

 を攻撃しようと考えていた。

 

 攻撃先が重なった場合、抽選になる。坂柳が運悪く三分の一を当てられたと思っていたのはここだ。が、オレは運の要素を排除するため、茶柱先生からポイントである権利を購入した。

 

 『自分のクラスが複数のクラスから攻撃対象となった時、抽選ではなく自クラス側で相手を選択する』権利だ。

 さすがに全クラスの攻撃と防御を自由に選択するような権利は売ってもらえなかったが、抽選をなくし攻撃を受ける側が選択するのは、ポイントで購入できる権利の範疇とのこと。

 これで龍園クラスが堀北クラスを攻撃することを確定させることができた。

 

 この権利に50万もかかるとは思わなかったが、幸運なことに龍園から問題作成権を150万で買えたので、イーブンとしておこう。

 

「けど、勝手にクラスの貯金を使って……バレたら後が怖いわよ」

「クラスが勝つためだ。不満もあるだろうが、クラスポイントを大幅に得られたこと、退学を避けられたことを喜ぶ声が大きいんじゃないか」

「それは確かに。でも額が額……200万ポイントだからね。もし何か言われても気にしないで。私が慰めてあげるからさ」

 

 千秋の優しさに感謝しつつ、クラスメイトたちにはどう釈明したものかな、と考えを巡らせるのだった。

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