「綾小路。お前と同じ大グループになれたことを嬉しく思う」
「オレもだ、学。約1週間、よろしく頼む」
「おい、1年。堀北先輩に向けてその態度は何様のつもりだ?」
握手を交わすオレと学に割って入るように、神経質そうな男子生徒が口を出す。口ぶりから2年生だと推察できる。
随分と学を尊敬しているらしい。
あまりに尤もな指摘だったため、反論できなかった。たしかに、先輩に対する態度じゃない。が、学はそうは思わなかったらしい。
「桐山、構わん。綾小路は友人だ。俺自身の、そして妹のな」
「し、しかし」
「ああ、言いたいことは分かっている。綾小路。皆の前では適切な態度で頼む。周囲に示しがつかないからな。お前は言わずとも理解しているだろうが」
「分かりました、堀北先輩。それと、先輩に無礼をはたらき申し訳ありませんでした、桐山先輩」
「……分かればいい」
まだどこか納得の行っていない様子だが、桐山は引き下がった。
グループ決めに関しては結局、神崎が折れる形で方針は固まった。
BCD連合で1位を獲るべく作成されたグループは、龍園クラスからは龍園、山田アルベルト、金田、石崎、その他2名。一ノ瀬クラスからは神崎、柴田、浜口を始めとする6名。
坂柳クラスから1名、堀北クラスからはオレと池が派遣された。
大グループ決めでは、南雲の提案によりドラフトのような形で1年生が上級生を指名して良い、という願ってもない条件を出したため、遠慮なく学のいるグループを採った。その際、学の勧めで採ったグループにいたのが、先ほどの桐山という男だ。
学はどうやら、オレと桐山を引き合わせたかったらしい。新しい生徒会長である南雲のやり方、学校を改革しようという意思に不安があるとのこと。
南雲が暴走した時は、桐山という協力者とともに止めるようにお願いされてしまった。
南雲の言う、個人による実力主義の戦いというのも面白そうではあるが……
止められる保証はないが、気を付けておく、とだけ伝えておいた。
さて、初日はもうすることはない。
部屋の下見も終わったし、小グループ、大グループの顔合わせも済んだ。
女子とは別棟なので、夕食の時間まで千秋と話すこともできない。さて、どうするか……
「……綾小路か」
「神崎」
あてもなく校舎の外をぶらぶらしていると、一之瀬クラスの参謀、神崎隆二に声を掛けられた。
その視線はどこか険しい。いや、理由は分かる。オレを警戒しているのは、グループ決めの段階から表出していた。
躍進するオレたち堀北クラスに対し、一之瀬のクラスは苦戦を強いられている。
神崎は元々、口が上手いタイプではない。オレを呼び止めたはいいが、警戒していることもあり、どう切り出すか迷っている様子だ。
「こんなところで何を?」
「夕食まで暇だから、ぶらついていた。神崎は?」
「俺は日課のトレーニングだ。よく父に習い事をさせられていたんだが、空手の型なんかは今でも続けている」
「へえ……」
ホワイトルームのことを話せないオレが使う方便のような幼少期だったらしい。外出もできない学校に居たってわけではなさそうだが。
「オレも昔、空手をやっていた」
「何? そうだったのか。あまりそういう印象はなかったが、格闘技が好きなのか?」
「いや、神崎と同じだ。親に習わされてた。ちょっと親近感が湧くな」
「俺と同じ……か。……待て、綾小路?」
神崎は指を顎に当てて考える。オレの苗字に引っ掛かりがあるかのように。
なんだか面倒な予感がする。
「もしかしてお前は……綾小路先生の子供なのか?」
「……お前の言う綾小路先生が、綾小路篤臣のことであるなら、その通りだ」
「やはりそうか! なるほどな……堀北のクラスに綾小路先生の子供が居たとは。ただ者じゃないとは思っていたが」
神崎はオレの能力について、納得の行く答えを見つけたと言わんばかりに頷いている。
オレとしては多少不愉快ではあるが、余計な茶々を入れて神崎との関係性をこれ以上悪化させる意味はない。
「父とは顔見知りなのか?」
「俺の父は神崎エンジニアという企業の代表を務めている。財界人の集まるパーティーで何度かな。……そういえば、お前は先生の主催するパーティーには参加していなかったな?」
「父は教育に厳しくてな。ここのように外界と隔離された学校で、色々な習い事をさせられていた」
「それは……綾小路先生の立場だと、そういうこともあるのか……」
神崎は相当にあの男のことを信頼しているようだ。まあ、ホワイトルーム運営のためにスポンサーとその子息には媚を売っていたんだろう。猫を被って良い子ちゃん面をしていたに違いない。
あの男の本性も知らず尊敬しているとは、神崎も気の毒だ。
「手強いはずだ。あの人の子供がいたとは……良ければ、一緒に形稽古でもしないか? 綾小路先生の話も聞かせてくれ」
「稽古は構わないが……いつも忙しかったから、父とはあまり直接会った記憶がない。悪いが望んだ話はできそうもないな」
「そ、そうか……すまない、配慮が足りなかった」
神崎は気まずそうだったが、気にすることはないと宥める。オレたち2人はしばらく空手の形稽古をした。
◆
夕食時、食堂。
オレは千秋と向かい合って、山の幸に舌鼓を打っていた。美味いな。同じ山菜でも、学校の無料山菜定食とは全然違うのはなぜだろう。
エビフライが隣にある安心感か?
「男子のグループはこんな感じで決まったな。龍園と的場のやりとりは、なかなか見応えがあったし、南雲……先輩の提案したドラフトも面白かった」
「スリルがありながらも、楽しめる内容だったんだね。いいなあ、こっちは殺伐としてたよ」
女子のグループ作りは難航していたらしい。男子は比較的早く終わったが、女子は昼過ぎまでかかったらしい。
「それで、2、3年の様子はどうだった?」
「うん、2年生のグループで動きがあったみたいだね。南雲会長に近い立場の先輩たちが固まってた。それで、その先輩たちが……」
「よう、綾小路。こんな時も松下とデートか? 彼女思いも結構だが、せっかく俺たち先輩と同じ屋根の下なんだ。少し話そうぜ」
女子のグループ分けについて千秋から話を聞いていると、狙い澄ましたようなタイミングで、現生徒会長、南雲から声をかけられる。
南雲とはまともに会話したことがない。体育祭でちょっと声をかけられたくらいか。それが急に、いかにも知り合いです、というような態度で声をかけられるのは違和感しかない。
「いえ、結構です」
「はは、面白いやつだな。体育祭でもそうだったが、俺の誘いを断るやつなんてそうはいないぜ。2年じゃ特にな」
「南雲会長には友達や親しい女の子も多いんじゃないですか。わざわざオレなんて気にする必要もないと思いますが……」
「おいおい、体育祭のヒーローがよく言えたもんだな。堀北先輩とのリレー、間近で見せてもらって感激したんだよ、俺は」
ああ、せっかく学と競えると思ったのに、オレに邪魔をされて苛立っているのか。
なら、実力で割って入ってくればよかったと思うんだが、この男はオレたちが走っている間はどうしていたのだろう。バトンパスでミスでもあったのか?
後ろを振り返りはしなかったから、その辺りが分からないな。
「お前が堀北先輩に見込まれているのも分かるってもんだ。俺もファンになりそうだよ。また話をしようぜ、綾小路」
言いたいことだけ言って、南雲は立ち去っていった。
「南雲会長、なんか刺々しかったね」
「堀北先輩のことをソンケイしてるみたいだからな。オレが気に食わないのかもしれない」
オレは露骨に、オレたちの動向を監視しているらしい2年生の方に視線をやる。千秋もそれを見て、オレの意図を察したらしい。無理に情報を渡そうとしても、また邪魔をされるだろう。
しかし、南雲は重大なミスを犯した。それまで様子を窺っていたというのに、グループ決め、特に上級生の話題となったタイミングでわざわざ割って入るということは、それが聞かれたくない情報だと丸わかりだ。
「南雲会長がソンケイしてる堀北先輩と仲良いもんね、清隆くんは」
「まあ……そうだな」
別に、一緒にどこかに遊びに行ったことがあるわけでもない。むしろ、体育祭では勝負したし、初対面の時は殴られそうにもなった。しかし、オレは学には敵愾心はなく、親しみを抱いている。向こうも同じだろう。
「同じグループの人たちとは上手くやってる?」
「ああ。神崎は空手をやっているみたいでな。オレも経験があったから、一緒に稽古をした」
「おおー、一之瀬さんの右腕って噂の神崎くんかあ。彼も女子人気あるよね。一緒にいたらまた清隆くんの人気上がっちゃうかもね」
「心配なら、神崎とは距離を置こうか?」
「そういう意図の発言じゃないって分かってるでしょ? もう」
むに、と頬を引っ張られる。
分かってはいたが、一応言ってみただけだ。思っているだけじゃなく、口にすることが大切らしいからな。
◆
オレたちのグループ内の責任者は池だ。
BかCのどちらが責任者の座を貰うか、という話になった際、龍園と神崎はどちらも譲らなかったからだ。間を取ってDの生徒が責任者をすることになった。オレへの道連れの可能性も限りなく減らせるからな。
池は最初嫌がっていたが、Aクラスを倒し、大グループ1位を目指しているこのグループが最下位、平均点もボーダー割れするとは考えづらいと本人を説得した。
なら綾小路がやればいいだろ、と言われなかったのは幸いだ。
龍園や山田にビビって、それどころじゃなかったのかもしれない。
グループでの活動は、校舎の清掃や坐禅、授業、体力づくりなど。龍園が掃除をやる姿がイメージできなかったが、意外にも普通に参加してくる。
「綾小路ぃ……大丈夫なのかよ、このグループ。龍園のクラス、不良だらけじゃねえ?」
やはり気圧されていたらしい池が、不安を口にする。
「大丈夫だ。龍園も意味もなく喧嘩を吹っかけてきたりはしないさ」
「けどよう、健の時は吹っかけてきてなかったか?」
アレは意味がある喧嘩だったから仕方ない。龍園としては、学校の出方を窺うための布石だったんだろう。オレを屋上に呼び出したのと同じ、分析のための無茶な行動だ。
「大丈夫大丈夫。……多分」
「自信なくしてんじゃねーよ! 不安になるだろぉ!?」
「なら、オレや一之瀬クラスの生徒たちと一緒に行動しておけば安全じゃないか? 神崎は空手と柔道を習ってたらしい。オレと同じだな」
「あのイケメンの世話にもなりたくねー」
オレは良いのか? と聞きたくなったが、クラスメイトとしてある程度心を許してもらえているとするなら、悪い気はしないな。
「なら我慢するんだな。何かあったら相談してくれ」
「相談する前に守ってくれよな。頼むぜ、責任者様のボディガードはお前なんだぞ」
面白い仕事を任命されてしまった。ボディガードとして、腕を振るう機会はないだろうけども。
「おい、綾小路」
「ひぃ」
呼ばれたのはオレなのに、「おい」の段階で池が短く悲鳴をあげる。ビビりすぎだ。
「悪い、ちょっと行ってくる」
「き、気を付けろよ!」
池と別れ、オレを呼んだ龍園のもとに向かう。龍園は山田、石崎とともにオレを迎えた。他のメンバーは遠ざけられているようだ。伊吹はいないが、あの時屋上にいたやつらだな。
「何か用か?」
「用がなければ呼んじゃいけねえのか? 冷たいやつだぜ。仮にも同じグループの仲間に向ける言葉とは思えねえなあ。悲しいぜ、俺は」
「死ぬほど似合わない言葉だな……」
ふと石崎の方に視線を向けると、彼は冷や汗をかきながらふいと視線を逸らした。嫌われてしまったのだろうか。
まあ、向こうから仕掛けてきたとはいえ、投げたり殴ったりしたからな。殴られた相手を嫌いにならない方が無理か。
「龍園。おまえはこの試験どう見る?」
「ああ? 女どもの方は知らねえが、こっちは勝ったも同然だろ。大グループの指名が1年からのドラフト制になった時点でAが上がる目は潰れた。的場は戦犯だな」
やっぱり的場の名前もちゃんと覚えていたか。
「それとも、鈴音の兄貴と南雲の話か?」
「ああ、それもある」
「そりゃあ鈴音の兄貴だろうな。1年も最も強力なグループな上、2年もそれなりに粒揃いだ。逆に南雲は周囲を雑魚で固めてやがる……クク、こうして話してみりゃあ、南雲のやつに何か別の狙いがあるだろうと見えてくるな」
「荒れそうだな、この試験は」
「お前のことだ。ヤツの狙いは見えてるんじゃねえのか? なにせこの俺の狙いを見抜いたんだ。あのいけすかねえ金髪を読めねえわけはねえよな」
「さあ。どうだろうな……もしかしてオレを呼んだのは、お前の狙いに関係したことか?」
そう聞いた途端、饒舌だった龍園は押し黙る。図星か。しかし珍しいな。図星を突かれたくらいで黙ってしまうとは、龍園らしくないな。
「綾小路。龍園さんじゃなくて、俺がお前に聞いてみてえことがあんだよ」
石崎が口を挟んでくる。
嘘だな。龍園を慮ってのことか。石崎は須藤と似た、キレやすい不良タイプかと思っていたが、忠誠心の高さまで似ているようだ。
その上、石崎は空気を読む力にも長けている。身体能力では須藤に敵わないだろうが、こうした部分は石崎に分があるな。
「黙ってろ石崎。余計なことを言うんじゃねえ」
「す、すみません」
「綾小路。俺がお前に聞きたいことは1つだ。お前なら8億を稼げるか?」
……なるほど。8億ポイントなんて目標を掲げたは良いが、本当にそれが達成できる目標なのか。龍園に迷いが生じているということだ。
過去には個人で1200万ポイントを貯めた生徒がいる、といった話を7月に聞いた。しかし、その生徒は後輩から詐欺行為でポイントを騙し取ったとして退学処分になったそうだ。
その話を龍園も聞かされたとするなら、自信を無くすことも頷ける。だが。
「らしくないな。迷っているのか? 自らで立てた方針に」
「はっ。8億のことに気付いたのなんてお前が初めてだったんでな。聞いてみただけだ。答える気がねえならそれでいいさ。邪魔したな」
立ち上がり、石崎と山田を伴って去ろうとする。しかし、石崎と山田は少し立ち止まり、オレに遠慮がちに視線を送ってくる。
可能ならリーダーの力になってほしい。そんな意図を感じる視線だ。
……仕方ない。自力で気付いてほしかったが、ヒントをやるくらいはしよう。この男の潜在能力と、仲間たちの心意気を汲んで。
「初めの質問に戻るか。龍園。
「……? …………!!」
始めこそ、不可解な質問に眉を顰めた龍園だったが、気付いたようだ。やはりこの男の才覚は底知れない。
「ククク……ハーッハッハッハ!! そういうことかよ、綾小路。敢えてこの質問を最初にぶつけてやがったとは……てめえ、どこまで先を読んでやがった? いや、答えなくて良いぜ。面白えな。今回の試験、俺たちの勝ちは決まったようなもんだが、まだまだ楽しめそうだ……!」
石崎と山田は、元気を取り戻した龍園を見て破顔する。何に気付いたかまでは分かっていないだろうが、その様子だけで十分だったようだ。
「行くぞ。石崎、アルベルト」
「は、はい! 龍園さん! ……綾小路、ありがとよ」
石崎と山田はオレに感謝を述べ、去る龍園の背中を追う。
もしかすれば、とんでもない強敵に塩を送ってしまったかもしれないな。が、不思議と悪い気分ではない。
混合合宿編ではタイトルを√龍園にした方がいいのかもしれない