混合合宿4日目、大食堂。
今日も初日と同様に千秋と一緒に夕食を摂っていたのだが、厄介な存在がいる。
南雲だ。この男は、初日からずっとオレをマークしている。どうやら、女子側の情報を仕入れたオレから、何かしらの情報が学に漏れることを警戒しているらしい。
その証拠に、千秋がオレに渡そうとした手紙を目にすると、それを取り上げた。
「南雲会長、何をするんですか?」
「悪いな、松下。生徒会長に就任して日が浅い俺としては、就任早々不祥事が起きて、醜聞が立つのは困るんだ。逢引きの約束でもしていたらそれは防がないとな。お熱い2人には悪いが、っと」
千秋の抗議も気にせず、それらしい言い訳を並べて、南雲は千秋の手紙の検閲を始める。
「……ふうん。今時珍しいくらい、爽やかで甘酸っぱい手紙だな。青春過ぎて胸焼けがするぜ。疑って悪かったな」
そう言って、千秋に手紙を返す。
手紙の内容は後で楽しませてもらうとして、南雲はかなり直接的な方法で妨害してきたな。
しかし、千秋も優秀だ。昨日から監視されていることは分かっていたため、直接情報や密会の場所、時間を記載することはせず、差し障りのない内容の手紙を用意して南雲の反応を窺った。さすがだな。
しかし、手紙の内容にまで目を通すとはあまりに横暴だ。騒ぎを聞きつけた学がやってきて、南雲に詰め寄る。
「南雲。他人の手紙を検閲するなんて真似は、いかに生徒会長といえど褒められた真似じゃないな」
「検閲だなんて人聞きが悪いっスね、堀北先輩。俺は不祥事の芽を事前に潰しているだけっスよ?」
「だとしてもだ。現に綾小路と松下のやり取りには問題がなかったはずだ。今後はこういった行為は慎め」
「先輩がそう言うなら仕方ないっスね。でも、後輩たちが不純異性交友をするような真似があれば、先輩が責任取ってくださいよ?」
「それは生徒会長の責務ではないな。が、口出しをしたのは俺だ。綾小路たちが合宿中にそのような真似をするようなことがあれば、お前の言う通り責任を取ろう」
信頼してくれるのは嬉しいが……
オレたちの頭を飛び越えて、やれ不祥事だのやれ不純異性交友だのの言葉が飛び交うのは、良い気分じゃないな。
南雲と学が去った後も千秋と食事を続ける。が、やはり南雲の部下である生徒の監視は続いている。
さて、直接的な行動は封じられたにせよ、また別の手段で邪魔をされることは大いにあり得る。それでなくとも、可能ならオレが情報を受け取った、ということすら隠しておくのがベスト。
情報の受け渡し方法は他にもあるが、どう千秋に伝えたものか……と考えていると。
「先輩方にも、困ったものだね」
そんなことを呟きながら、千秋は南雲に見られた手紙を渡してくる。また明日ね、の言葉とともにウインクしてきた。
オレも千秋のメッセージは受け取った。ゆっくり残りの食事を摂りながら、人が引くのを待って——
「おい綾小路ぃ! なにしてんだよ、さっさと行かないと龍園にぶっ殺されるぞ!」
と思ったら、池に引っ張られて連れ出されてしまった。まあ、また改めて回収するか。
◆
混合合宿の最終日には、各グループの順位を決定する試験がある。上位に入ってクラスポイントが得られるか否か。最下位に落ち、ボーダーを割って退学者を出すか。
また、学と南雲のグループは得点を競い合うことになっている。様々な思惑が入り乱れる試験になるだろう。
具体的な加点内容等は発表されていないが、合宿中に学んだことがそのまま試験となる。特に着目すべきは、『禅』『駅伝』『スピーチ』『筆記試験』このあたりか。
龍園クラスの生徒は筆記試験に不安はあるが、その分体力面で補うことができるだろう。
その上、学のグループと同じ大グループになった以上、1位はほぼ確実に獲れるだろう。南雲のグループのメンバーの能力は高くないしな。
試験5日目の今日の午前中4時間は、駅伝のコース往復18キロを下見として歩き、走ることが課題となっていた。
駅伝なのだから、15人中1人あたりが走る区間は1.2キロのはずなのだが……コースの理解は確かに重要ではあるが、わざわざコースの全てを走る必要はないんじゃないか? 特に、体力面に不安のある生徒は怪我をしないか心配だ。
女子の方はどうなっているんだろうか。さすがに、同じ内容をやらせるようなことはないと思うが……もしそうだとしたら、せめて坂柳の分は免除してやってほしいものだ。
オレは勝つためなら卑怯な手を使うことにも肯定的だが、だからといって先天的なハンデを責めるような真似はしたくない。
オレはさっさと18キロを走り切り、誰よりも早く校舎に戻ってくる。他の生徒が戻ってくる前に、やることをやっておこう。
オレは誰もいない大食堂に入り込み、点在するゴミ箱を1つ1つひっくり返し、その下を確認する。
先日の千秋とのやり取りで、彼女はオレに手紙を渡し、合図をしてきた。
オレが以前教えたアナグラムが、差し障りのない内容のラブレターに組み込まれている。かなり高度なもので、一見した程度では暗号化されていることなど分からないだろう。千秋も、これを書くのには相当頭を捻ったはずだ。
内容は『ゴミ箱下』。これだけ分かれば十分だ。
大食堂での話だったし、さすがに女子棟のゴミ箱に隠されているということはないだろうから、こうして大食堂のものを探しているが……
幾つかのゴミ箱の下を見ると、メモ用紙がテープで貼り付けてあるのを発見した。オレはそれを回収し、中を見た。事細かにグループ分けの際の状況が記されている。
千秋も、南雲が隠したかったのが上級生のグループ決めだと分かっているようで、特にその辺りで特別な動きがあったグループ、またそのグループのその後の動向について、彼女が見れる範囲で可能な限り細かく記されていた。
やはり、狙われているのは橘か。
そんなことだろうとは思ったが、なかなか卑怯な手を使ってくるものだ。他人を巻き込まないなんて嘘を堂々と吐くとは。
南雲も、学に正攻法では勝てないことを薄々勘付いているのかもしれない。2年生を纏め上げたという手腕は見事だが。
オレは校舎の前で人を待つ。
予想通り、学が単独で戻ってきた。3年生では最も早い。自分がいれば、南雲の妨害で周囲を巻き込むかもしれないと考えたのかもしれない。
「綾小路。随分と早いな。さすがだ」
「学」
オレはメモ用紙を握った片手をあげる。
学とゆっくりめにハイタッチをして、同時にメモ用紙を渡す。
「では、オレは先に部屋に戻る」
内容をゆっくり確認するためだ。オレは頷き、昼食の時間まで部屋でのんびりと過ごした。
◆
混合合宿最終日。
特に問題もなく、試験は終わった。あとは結果発表を待つのみ。
3年生の先生が、体育館の壇上にあがる。長々とした前置きのあと、試験の順位が発表される。
1位は学とオレたちの大グループ。
2位はBCD連合の2番手。
3位に南雲の大グループ。
4位にAクラス連合。
5位、6位と続くが、最下位の大グループにはボーダーを割る小グループはなかった。
「1位獲得おめでとうございますぅ、堀北先輩。いやあさすがですね」
「俺の……いや、俺たちの勝ちのようだな」
「さあ、それはどうでしょうねぇ? 先輩は……いや、この学校の誰も、俺の狙いに気付いてもいないようでしたから」
邪悪な笑みを浮かべる南雲。
続けて、3年生の先生と思しき男性から、女子グループの結果が発表される。
堀北と千秋のいるグループが1位だったようだ。
「女子の方も、ボーダーを割る小グループはありませんでした。全体で退学者は0。この上ない結果になったと言えるでしょう」
「なに?」
南雲は、驚愕して小さく呟いた。そして、理解したことだろう。自らの策が看破されていたことを。
学に仕掛けておいて、他人には手を出さないと約束しておいて、それを裏切り橘を狙ったこと。騙し討ちを見抜かれ、事前に防がれた。
ぎり、と歯を噛み締めるのが見て取れた。
「……へえ。さすがですねぇ、堀北先輩。俺の狙いに気付いていたわけだ」
「なんのことだ? 悪いがさっぱり分からないな」
「くっ……」
負け惜しみも不発。南雲は内心、腑が煮えくりかえっていることだろう。
南雲は2年生だけでなく、3年Bクラスとも接触を持っていた。橘を退学させ、学のいる3年Aクラスにダメージを与えると話を持ちかけたのだろう。
橘をグループ分けの段階で孤立させ、試験を妨害する。また、同じグループの生徒も手を抜き、ボーダーを意図的に割る。
責任者は猪狩という生徒だったようだが、彼女が橘を道連れとして指名する算段だったわけだ。
学から聞いたことだが、生徒会はある程度特別試験の仕組みについて、ルールへ口出ししたりペナルティを変更したりすることができるという。南雲は生徒会長に就任し、学の目の届かないところでルールに口出ししていたはず。
この理不尽な道連れ制度については、南雲が手を加えてできたルールなのだと予測できた。
全ては仕組まれていた。が、そう簡単に、言ってしまえば個人の判断で退学者を出させるわけにはいかない。学校側も、道連れについては誰も彼もを好きに指名していいとは言っていない。特に足を引っ張ったという事実が認められた生徒、という話だった。
なので、橘が狙われていると分かった段階で、学は教師陣に「特定の生徒を蹴落とそうと嫌がらせをしているグループがある」と密告した。
道連れなどという制度を採用した以上、その審査は厳格に行われなければならない。密告を受けた以上、教師陣が監視を強めること、嫌がらせの現場を目撃した際は厳しく注意することは当然だ。
結果、橘のグループの生徒は思うように動けなかった。橘が足を引っ張っているという主張も、監視の目があった中では信憑性がまるでない。結果、退学のリスクを避け、ボーダーを割ることはしなかったということだ。
「南雲。もうお前と戦うことはないだろう」
学は、悔しがる南雲にそう告げて、背を向ける。
この一回のために南雲が積み重ねてきた信頼は、脆くも崩れ去った。いや、自らが崩した。結果がこれだ。ようやく見つけた、自らを超える器の持ち主からの失望。南雲の精神的なダメージは計り知れない。
オレも興味を失い、龍園のもとに歩み寄る。
「クク。生徒会長サマも無様なもんだ」
「だが、南雲が残した情報はお前にとって価値あるもののはずだ」
「まあな。今回の試験で南雲は橘の退学を狙っていたようだが、あまりに南雲に都合の良すぎる試験内容だ。特別試験のルールに介入できる……それが生徒会の持つ権限。そうだろ?」
「ああ。学……堀北の兄には確認済みだ。いくらでも好きにルールを設定していいわけではないらしいが、今回くらいのルール設定なら認められるようだな」
「そうと分かれば、生徒会に入るリターンは計り知れねえ。いかに学校側を騙くらかして、ポイントを稼ぎやすいルールを作るか。面白いゲームが楽しめそうだ」
8億を稼ぐ鍵。それはルールへの介入に他ならない。
まともな手段で8億を稼ぐのは不可能に近い。が、龍園の言うように学校側に悟られないよう、さまざまな抜け道を作り、プライベートポイントを大量に得られる仕組みを作り上げることができれば、ほんの僅かに可能性が生まれる。
「南雲ももう落ち目だろ。俺が生徒会に入り、この学校を支配してやるよ」
「……似合わないな。おまえが生徒会というのも」
「はっ。俺が一番そう思ってんだ。お前にとやかく言われたくはねえ。……お前は入らないのか? 生徒会に」
「オレは南雲に嫌われているだろうし、入れてくれないだろ。それに、興味がない」
「後悔することになるぜ」
「どうかな。だが、おまえの作ったルールでおまえを倒すのは面白そうだ」
龍園はそうかよ、とどこか楽しそうに笑い、生徒会に入る算段を立てながら去っていった。
混合合宿終了。同時に、クラスポイントも加算される。
坂柳クラス マイナス5ポイント
堀北クラス プラス 9ポイント
一ノ瀬クラス プラス 15ポイント
龍園クラス プラス 15ポイント
坂柳Aクラス 869
堀北Bクラス 770
一ノ瀬Cクラス 615
龍園Dクラス 407
1年生の間に、あと何度特別試験があるのだろう。
だが、Aは射程圏に収まっている。1年生の間にクラスをAに上げるという目標は、叶えられそうだな。
「綾小路。今回は随分と助けられた。礼を言う」
南雲と話し終わったらしい学から、そんな声をかけられる。
「気にすることはない。俺たちは友人なんだろう?」
「フッ……なるほど、その通りだ。が、友人同士だとしても、借りっぱなしは俺の主義に反する。いずれそれなりの礼はさせてもらおう」
「卒業するまでに機会があれば良いがな」
「この学校のことだ。機会は幾らでも訪れることだろう」
「違いない」
学の言う通り、その機会がすぐに訪れることになるとは、この時はまだ思っていなかった。