よう実 √松下   作:レイトントン

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第3話

「恋人契約を行うにあたって、条件が2つあるんだけど、いいかな」

「ああ。オレからも、1つ条件を付けようと思っていたところだ」

 

 綾小路くんから条件、か。一体どんなことだろう。それを先に聞いた方が、話はスムーズかもしれない。

 

「綾小路くんの条件から聞かせてくれる?」

「ああ。この契約の期間についてだ。オレと松下、どちらかが本当に好きな人ができた時、この契約は破棄できる。というのはどうだ?」

 

 私は思わず目を瞠った。私は正直、本当に好きな人ができたとき、この契約は足枷になると思っていた。言い方は悪いけど、Aクラスに上がるためだけに高校3年間の青春を棒に振るのは残念だ、と。

 だから契約期間について、上手い具合の条件を付けようと思っていたんだけど、まさか綾小路くんの方から、私にとってこれほど都合の良い条件を出してくるなんて思わなかった。

 付き合いは短いけど、綾小路くんはあまり誰かを積極的に好きになるタイプじゃなさそうに思う。これは間違いなく、綾小路くん自身ではなく私のための条件と言っていい。

 

「優しいんだね、綾小路くん」

「なんのことだ?」

「そこはとぼけなくていいよ。うん、分かった。その条件で構わない」

 

 課そうとした条件の1つは、先んじて結ばれてしまった。だから私は、やっぱり条件は1つでいいや、と訂正する。

 

「私からの条件は、この契約の開始期間だね。そうだな……今日から1週間、いや、5日待ってもらってもいい?」

「構わないが……何かあるのか?」

「うん。同じグループの友達に、前もって報告しておこうと思って。綾小路くんカッコいいし、実は狙ってるって子がいたら火種になりそうだからさ」

 

 5日で、っていうのもかなり急だけど、まあ問題ないはず。入学早々の時期だし、軽井沢さんと平田くんっていうカップルが既に存在しているのも追い風だ。

 

「なるほど。女子グループの暗黙の了解ってやつか。分かった、任せる。5日で短いなら、別に1週間でも、それ以上でも構わない」

「ありがとう。延びそうなら、その時はまた報告するね。これ、私の番号とアドレス」

 

 綾小路くんに学生証端末の番号とアドレスを渡す。綾小路くんは頷いて、それを胸ポケットにしまった。

 

 

 

 

 5日が経ち、グループへの根回しを済ませた私は、軽井沢さん、前園さん、森さん、佐藤さんには綾小路くんと交際し始めたことを報告した。彼女らはおめでとう、と私を祝福してくれる。

 内心どう思っているかは分からないけど、ちょっと不審に思われているのは間違いない。入学して1ヶ月、恋バナが一回もなかったわけがなく、その時に私は好みのタイプはスペックの高い男だと公言しているからだ。

 現在の綾小路くんは、顔こそイケメンランキングに入るくらい整ってはいるけど、それ以外のスペックは平凡そのもの。私が彼を気になっていると伝えた時、皆のリアクションは「顔はいいけど、他はね?」みたいなものばかりだった。

 

 彼女たちを笑うまい。私だって、つい先日、彼の実力を目撃するまでそう思っていた。

 それにしても、先日はついつい照れて恋人契約なんてものを結んでしまったけど、綾小路くんほどのスペックなら、別に普通の恋人として付き合ってもよかったんだけどな。

 可能性は薄いと思うけど、綾小路くんが本当に好きな人ができた時、彼ほどのスペックを持った人を手放すのは惜しい。

 

「さて、綾小路くんにも電話しとこうかな」

 

 私は端末の電話帳から、綾小路くんに電話をかける。コール数回で、すぐに彼は電話に出た。

 

『もしもし』

「もしもし、綾小路くん? 今、大丈夫?」

『ああ。部屋でゆっくりしていたところだ』

「それなら良かった。例の件、根回しも済んだからもう公言しちゃって大丈夫だよ」

『いや、オレはそんなに友達も多くないし、言いふらすようなことをして目立ちたくない』

「ならいいけど……デートしてたら、結局目立つことにはなると思うけどね。狭い学校の敷地内だし」

 

 とはいえ、自慢話ばかりをするのも周囲からすれば悪印象かもしれない。普段あまり他人と話さない綾小路くんなら、なおさら。

 

『それもそうだな。まあ、聞かれたら素直に答えるくらいにしておく』

「それがいいよ」

 

 綾小路くんの声のトーンは、極めて平坦だ。

 なんだか聞いていると落ち着く。感情豊かな人は嫌いじゃないけど、たとえばクラスの池くんのように、無駄に騒ぎ立てるタイプの人はあまり好きじゃない。

 その点、大人しめな性格で、それでいて意見はしっかり言える綾小路くんは、私には合っているのかもしれない。

 

『そうだ、松下。早速で悪いんだが、明日の昼休み、少し付き合ってくれないか』

「明日の、昼休み?」

 

 私は思わず聞き返した。

 

 綾小路くんから誘われるとは思わなかった。

 恋人契約を結んだ以上、デートに付き合うのは当然のことだ。けど、綾小路くんは積極的に誰かを誘うタイプではないと思っていたから。もしかして、意外と肉食系?

 綾小路くんのイメージに反して、ガツガツ来られるとちょっと怖い。そんな風に一瞬思ってしまう。

 

 でもお昼休みなら、しっかりしたデートというより、恋人として一緒にお昼ご飯を食べよう、ってことかな。それなら怖いというより、むしろ可愛いかも?

 

『ああ。松下の条件通り、早速行動しようと思ってな。クラスメイトの普段の行動を矯正するのはすぐには難しいが、直近の中間テストの対策は取れる』

「ああ、なるほどね」

 

 そっちか〜、と私は電話越しに顔を赤くする。

 綾小路くんとの恋人契約のことばかり考えてしまい、綾小路くんの実力を見せてもらうことをすっかり忘れていた。

 

『そういうことだ。じゃあ、また明日な』

「ちょっと待った。綾小路くん、彼女と電話しているのに、要件だけ伝えて切るのは感心しないよ?」

『そうだったか。悪い』

「いいよいいよ。綾小路くんに悪気はないのは分かっているからさ。どこか浮世離れしてるっていうか、ちょっと一般的な高校生としての知識に疎い感じがするよね」

『まあ、世間知らずの自覚はある』

「やっぱりお父さんの影響?」

『ああ。厳しい人だったから、テレビもろくに見たことはない。ずっと勉強や運動、習い事を家庭教師に教わっていた』

 

 それは……前聞いた時も思ったけど、ちょっと可哀想だよね。まさかテレビもちゃんと見たことがないなんてさ。

 

「じゃあ芸能人とかも全然知らないんだ?」

『ああ。最近バラエティー番組なんかを流し見して、勉強してはいる』

「バラエティー番組は勉強として観るものじゃないと思うけど……まあ、しょうがないのかな?」

 

 友達と話を合わせようと努力するのは、立派なことだ。

 その後も、私と綾小路くんは何気ない話をし続けて、1時間ほど時間が経った頃に電話を終えた。

 

 

 

 

 翌日の朝。

 私はグループのみんなに囲まれ、綾小路くんとのことを聞かれていた。周りに聞こえない程度の声量で配慮してもらってはいるけど、別にバレても問題はない。

 

「綾小路くん、告白受けた時はどうだったの?」

「オレで良ければ、って言ってくれたよ。緊張した」

「綾小路くんっぽい返しだね〜」

 

 それはそうだ。私が綾小路くんっぽい返事を捏造しているんだから。でも、これに関しては綾小路くんとちゃんと擦り合わせをしてあるから大丈夫。

 私の方から告白して、オーケーをもらった。そういう設定になっている。

 

「もう下の名前で呼び合ってるの?」

「あはは、まだ付き合って1日目だよ? それはまだ早いよ」

「確かに、私もまだ平田くん呼びだしね」

「あ、噂をすれば」

 

 佐藤さんの言葉で、私は教室の扉の方に目を向ける。いつも通り、ぼうっとした顔の綾小路くんがゆっくり歩いていた。私たちの視線に気付いたらしい彼が、こっちを向く。手を振ると、彼も控えめに手をパタパタと振っていた。

 手の振り方が下手で、慣れてなさが見え隠れしてちょっと可愛い。

 

「匂わせるね〜」

「やめてよ〜」

 

 とは言いつつも、実際、今のはそう取られてもしょうがない。

 そんな遣り取りをしつつ、お昼休みになった。綾小路くんはこっちに視線を投げかけつつ、教室を出る。

 

「じゃあ、私はちょっと外すね?」

「あーあ、松下さんも一緒にお昼食べる頻度減るんだろうなー、寂しいなー」

「ごめんごめん。明日は皆と食べるからさ」

 

 そう言って私は教室を出て、廊下を歩く綾小路くんの背中に追い付く。

 

「綾小路くん、お待たせ」

「早かったな。じゃあ、食堂に行くぞ」

 

 綾小路くんに促されるまま、私たちは食堂に向かった。けど、どうするつもりなんだろう。食堂で実力を発揮する機会なんてあるんだろうか?

 そう思っていると、綾小路くんは食券の券売機の前で立ち止まった。メニューを遠目から見て悩んでいる……ようにしか見えないけど、違うんだろうなあ。

 

「何か探してるの?」

「すぐに分かる。……よし、ちょっと行ってくるから、少し離れたところで食べててくれ」

「え? あ、うん」

 

 そうは言われても、綾小路くんが何するのか気になるし、せっかくならご飯は一緒に食べた方がいい。恋人関係を疑われるのも面倒だし。

 

 綾小路くんは、無料の山菜定食を食べている、先輩と思われる生徒に声をかけていた。

 内容は、過去問の売買。

 なるほど、と私は思った。須藤くんたち、学力が低い生徒を救済するための方法。今は綾小路くんに説得された堀北さんが、勉強会を開いて尽力している。でも、それだけじゃ危険域を抜けない。そこでこの方法、というわけだね。

 思えば、小テストの最後の3問だけ異様に難しかった。正攻法だけだととても満点は取れないようなテスト。そこにヒントがあった。

 過去問を手に入れていればそれを暗記し、テストを乗り越えられる。単純に学力だけじゃなく、そういった裏道を見つけられるか、そんな部分も測られていたってこと。

 

 結局綾小路くんは、15000ポイントと引き換えに先輩の時の小テスト、中間テストの過去問を手に入れた。

 

「綾小路くん、さすがだね。過去問なんて発想、私には出てこなかったよ」

「茶柱先生の言い回しが気になってな。オレたちが退学者を出さずに中間を乗り切れることを確信したような言葉遣いだった。その答えの1つがこれ、ということだ」

 

 綾小路くんは、送られてきた小テストの写真を見せてくれた。見覚えのある問題が連なっている。間違いない、小テストの内容は3年生の時と同一だった。それはつまり、中間テストもそうなる可能性が高いということ。

 先輩が過去問を15000ポイントなんて高額で売り付けてきたことも、その信憑性を高めている。

 

「このテストの問題量なら……皆に渡すのは前日でいいかな?」

「ああ、それが妥当だろうな。万全を期するなら3日前くらいでもいいかもしれないが、須藤たちに下手に余裕を持たせると、かえって危ないかもしれない」

「オッケー。一応、クラスの皆に話を通しやすいように、平田くんにも話を共有しておく?」

 

 まだ綾小路くんはクラス内で地位を確立していない。過去問を配る前に、クラス内で求心力を持つ人物に呼び掛けてもらった方が効率が良い。

 

「ああ。声をかけておいてもらっていいか?」

「お安いご用だよ」

「松下は話が早いな。一々指示を出さなくていいから助かる」

「照れるなあ。もう、褒め上手なんだから」

 

 綾小路くんを肘で突く。

 それにしても、やっぱり綾小路くんの実力は本物だ。学力や身体能力はどこまで高いのか未知数だけど、恐らくクラスで過去問の入手に動いた生徒は誰もいない。

 テストの内容や先生の言葉の僅かな違和感から、こんな裏ワザを思い付くなんて。学力や身体能力とは違うところでも、実力者ってことだね。

 綾小路くんが本気になれば、もしかしてだけど、本当にAクラスまで上がれてしまうかもしれない。そんな期待が、僅かだけ膨らんでくる。

 

「待たせて悪かったな、松下。昼食にしよう」

「ここは私が奢るよ。綾小路くん、さっき15000ポイントも出費あったでしょ?」

「駄目だ。彼女に奢らせるわけにはいかない」

「でも……」

「気持ちだけ受け取っておく」

 

 こういうところはしっかりしてるんだね、綾小路くん。普通の学生のイメージは本で固めたみたいだし、読んだ本の中にデートでは男性が奢るもの、みたいな内容があったりしたのかも知れない。

 でも、こっちが奢りたいのは本当なんだけどな。クラスのために、綾小路くんだけが15000ポイントも出費するのは、不平等だ。少しでも負担は軽減してあげたい。ご飯の一食分でも。

 

「心配しなくていい。最初の1ヶ月、友達との交流が少なかったオレはポイントの消費も少なかった。まだ余裕はある。それに、クラスポイントが増えれば簡単に戻ってくる量だ。松下が気にすることじゃない」

「そっか……分かった。今回は支払いはやめとく。でも、綾小路くん1人でポイントを負担したのは事実だからさ。明日から、お昼ご飯のポイントを節約するために、私がお弁当作ってくるよ」

 

 お昼ご飯のポイント代だって馬鹿にならないはず。特に育ち盛りの男の子だし、毎日お昼が山菜定食なんてことにはさせたくない。

 私の提案に、綾小路くんは少し考える素振りを見せた。

 

「なら、頼んでいいか? もちろん材料費は出す」

「いいってば、そんなの。ここは素直に好意を受け取っておいてよ」

「……分かった。頼む、松下」

「うん。頼まれました」

 

 彼氏にお弁当を作ってくるなんて、なんて良い彼女なんだろう、私は。

 なんて冗談半分に考えながら、綾小路くんが好きそうなメニューを思案する私だった。

 ……綾小路くんって好きな食べ物あるのかな?

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