よう実 √松下   作:レイトントン

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第31話

 投票当日。

 既にクラスメイトたちは投票を終え、神妙な面持ちで結果発表を待っている。

 

「櫛田さん、静かだね……」

 

 千秋の言う通り、櫛田は教室に入ってから今まで、一言も発していない。それどころか、誰とも目を合わせようとしない。

 自分の裏の顔がバレたことが分かっているからだ。周囲もなんと声を掛けたらいいか分からないのだろう。

 あとは……結果が分かってしまったから。そんなところか。

 

「……揃っているな。早速だが、クラス内投票の結果を発表する。まずは賞賛票の方からだ。1位に対してはプロテクトポイントが与えられる。1位は……堀北鈴音」

「……!」

「なっ、堀北が1位!?」

 

 皆、驚きを隠せない様子だ。まあ、当然か。どちらかといえば、櫛田と並び批判票1位になる可能性のあった存在だからな。

 

「綾小路くん、あなたは……いや、またあなたに助けられたわね。ありがとう。いずれ借りは返すわ」

「分かっているならいい」

 

 堀北からの礼もそこそこに、茶柱先生からの発表の続きに耳を傾ける。

 

「次は批判票1位……退学者だが……

 

 

 

 

 

櫛田桔梗。お前だ」

 

 皆の視線が櫛田の方へ向く。

 

「ふ、ふふふ……皆酷いね。私、あんなに親身になって相談に乗ってあげたのに」

 

 櫛田は不気味に笑う。昨日一日で心の整理が付いたのか。

 ……そんな訳はない。

 櫛田桔梗という女が、ここでおとなしく学校を去るわけがないのは、彼女の過去の行いからも分かりきっている。

 

「お、俺は……俺は櫛田ちゃんに批判票を入れてないぜ!」

「私もだよ!」

 

 何人かの生徒は、そう主張する。多分それは本当なんだろう。昨日まで、櫛田の擬態は完璧だった。堀北を狙うというのを、どこか他人事に捉える者がいてもおかしくはない。

 実際は、その後はオレを狙うだろうし、そのために千秋に狙いを定める可能性もあった。というより、現に彼女は千秋に対する誹謗中傷を掲示板に書き込んでいる。

 

 今回の試験ではクラスポイントのペナルティはないが、それ以降はそうならない保証はない。クラスにとって櫛田は、獅子心中の虫だ。除かねばならない。

 

「あはは。どうだっていいよそんなこと。賞賛票はちゃんと入れてくれたの?」

「それは……っ」

 

 正直だな。誰しも自分が可愛い。誰かが自分の代わりに退学の対象となりかけている時、自らの退学の可能性が上がるリスクを背負える者は、そう多くない。

 

「そう、賞賛票だよ。クラスの薄情者たちからの賞賛票は期待できなかった。だから、クラス外の人から賞賛票を貰おうと思って、昨日の放課後から駆け回ったんだけど……なしのつぶてだったよ」

 

 他クラス生から櫛田への信頼度が高くなかった……というわけではない。

 むしろ、本来ならもっと賞賛票が貰えていたはずだ。が、今回は別の投票先があったせいで、一人一票の他クラスへの賞賛票を使えなかった。それだけだ。

 

「本当に凄いや、綾小路くん。一体幾ら使って買収したの? それだけポイントがあれば、退学者は出さずに済んだんじゃないかな?」

「買収? なんのことだ?」

「ふふ。あくまでとぼける、かあ。ほんと、失敗したなあ。綾小路くんが化け物だってことは分かっていたのに、チャンスを目の前にして堪えきれなかったよ。まあ、もうどうでもいいや……そろそろ始めようか」

 

 櫛田の目がきろりと周囲に向けられる。

 やはりそう来るか。

 

「何をするつもりだ?」

「あははっ。私の過去知ってるでしょ? それを再現するだけだよ」

「おまえにメリットはないと思うが」

「デメリットもないからね。もう退学決定だし。綾小路くんに少しでもダメージ入るなら、やる価値はあるかな」

「な、何する気なの、櫛田さん」

 

 不安げに櫛田に声をかける佐藤。今の彼女には近づかない方が賢明だが……

 

「佐藤さんか。丁度いいや、松下さんのこと庇ったってことは、私のことは見捨てたってことだろうし」

「そ、そんなこと!」

「佐藤さんって小野寺さんのこと嫌いだよね。水泳部の熱血ノリで話しかけられるの苦手って言ってたし」

「なっ……そんなことない!」

 

 佐藤は慌てて否定する。小野寺は、佐藤はそんなことを言っていたのか、と驚愕の目で佐藤を見ている。

 

「本堂くんは太った女の子が好きなんだっけ。顔に似合わずちょっと特殊性癖だよね」

「ち、違っ。違う!」

「そうそう、王さんは平田くんのことが好きなんだっけ。もしかして軽井沢さんに批判票入れてたりした?」

 

 本堂は否定し、王さんは想い人への恋心を周囲に暴露されたこと、濡れ衣を着せられたことのショックで目に涙を浮かべている。

 

「あとは……長谷部さんの件もあったっけ。あれは結構重かったなあ」

 

 長谷部の顔色が変わる。

 クラス内も混沌としてきた。そろそろ止めておくか。

 

「櫛田。悔しいのは分かるが、ちょっと見苦しいな」

「見苦しい? 皆が私に相談してくれたことに対して、そんな感想持っちゃうんだ? 冷たい人だね綾小路くんは」

「いいや、おまえの言ったことは、そのほとんどが嘘だろうからな。苦し紛れのでたらめは見てて気持ちの良いものじゃない。皆も思い出してみるといい。櫛田が書き込んだ掲示板の誹謗中傷のことを」

 

 皆がそれぞれ掲示板に書き込まれた誹謗中傷の内容を思い出すよう、呼びかける。

 

「千秋がパパ活をしていた、篠原が売春をしていた、三宅がタバコとパチンコをしていた、堀北は兄を異性として好いている。オレが実はアメリカの秘密組織から派遣されてきたエージェントだとか、平田が学校内で大麻の栽培をしている……果たしてこれは本当なんだろうか」

「なっ……それは——」

「あ、ありえません! 平田くんが大麻なんて!!」

「そうよ! 私も売春なんてしてないし!」

「俺もタバコやパチンコはやった覚えがないな」

 

 そうだそうだ、と何人もの生徒が声をあげる。

 櫛田があげようとした声はかき消され、皆の認識が統一されていく。

 

『櫛田は事実無根の嘘を並べ立てている』

 

 彼女はクラスメイトから相談された多くの真実を握っている。しかし、それも有効に使えなければ意味がない。

 

 櫛田の失敗は、欲張りすぎたことだ。万一堀北への投票が上手くいかなかった時のため、サブプランに千秋をターゲットにした誹謗中傷によるイメージダウンを行なった。

 本来なら聞き出した秘密、つまりは真実を暴露したかったことだろう。が、櫛田の本性をオレ伝いに聞いていた千秋は、櫛田の前では秘密の類は見せなかった。

 彼女は痺れを切らし、嘘の情報を掲示板に書き込んだ。千秋がパパ活をしていた、というインパクトのある内容を。

 しかし、それでは千秋の評判を落とし切ることはできなかった。どころか、ダメージはほぼない。続いて、篠原を馬鹿にしていた、実力を隠し周囲を見下しているなど、一部真実の紛れた虚偽を並べたてた。

 

 そこに付け入り、オレは学に紹介してもらった2年生、桐山に嘘の噂の数々を流してもらった。

 櫛田がやったのは千秋の件だけだ。あとはオレと千秋が考えた根も葉もない噂。だが、櫛田が千秋の噂を流したと事実上認めた以上、他の噂は自分の流したものでないなど通用しない。たとえそれが本当であっても。

 

 櫛田のクラスメイトからの信用は底をついている。

 表と裏の顔があるなんて、誰にでも当てはまることだが、やるなら隠し通さなければならない。櫛田はそこに致命的に隙があった。

 

 もはや狼少女と化してしまった櫛田の言を信じる者は誰もいない。

 

 もちろん、暴露された佐藤や本堂、王さんの件には真実もあるのだろう。だが、本人たちはこれ幸いと否定する。

 最後の手段、自爆特攻さえも不発に終わった櫛田は、天使の仮面をかなぐり捨て、鬼のような表情でオレを睨み付ける。

 

「綾小路……綾小路ぃぃぃぃ!!!」

「櫛田……そこまでだ。退室しろ」

 

 叫ぶ櫛田。しかし、もはや彼女にできることは何もない。

 茶柱先生に促され、教室を後にする。

 最後に、彼女は一言、力なく小さな声で呟いた。

 

「ははっ……あんたいつか地獄に落ちるよ」

 

 残念だが、この世界に天国も地獄もない。

 そうして、櫛田桔梗はクラスから姿を消した。

 

 

 クラス内投票結果

 

 A坂柳クラス  退学者 戸塚弥彦

 B堀北クラス  退学者 櫛田桔梗

 C一之瀬クラス 退学者 なし

 D龍園クラス  退学者 なし

 

 学年全体から2人の退学者が出た。しかも、内1名は学年内でも人気のあった女子、櫛田だ。1年生の動揺は計り知れない。

 

 だが、それは些細なことだ。ウチのクラスでは高い能力のあった櫛田を失うのは手痛いが、裏切り者を抱えておくよりは戦い易い。

 

「ふふ。櫛田さんを切るとは、私も予想できませんでしたよ。さすが綾小路くんです」

「櫛田の擬態はかなりのものだったからな。だが、おまえなら櫛田に何かあるとは思ってたんじゃないのか?」

「ええ。平田くんや一之瀬さんもですが、Aクラスに配属されていてもおかしくない能力を持った人たちですから。何かしら、過去に問題行動を起こしていたのではないかとは考えていました」

 

 放課後の特別教室。坂柳は櫛田に対して、そうした所見を述べる。

 待ち合わせをしていたオレたちは、今回のクラス内投票について話し合っていた。

 

「協力の礼に、次の特別試験、内容次第でおまえと直接対決することを約束する」

「ありがとうございます。しかし、他の3クラスの賞賛票を全て手に入れるとは……さすがは綾小路くん。櫛田さんはどうやっても退学を逃れることはできなかったでしょうね」

「ほとんど、単なる金の力だがな」

「堀北学元生徒会長、ですか」

 

 そこまで分かっていたか。誰かに尾けられていた、と考えるのが妥当だろう。

 神室や橋本だったらすぐに気付いていただろうし、別の誰かだろうな。坂柳のワイルドカードといったところか。

 

「ああ。学には貸しがあった」

「混合合宿での、橘先輩の退学を防いだ件ですね」

「退学者が出ればクラスポイント300、プライベートポイント2000万の損失だったからな」

 

 学は初め、オレがクラスの退学者を救済するため2000万ポイントを確保するために接触してきたと思ったらしい。ポイントの不足額を聞いてきた。

 それに答えたあと、退学者救済のためでなく他クラスとの取引のために使いたいということは正直に話した。

 賭けではあったが、学はそれでもポイントを渡してくれた。

 

 そのポイントで、一之瀬、龍園の両クラスから、全賞賛票を購入した。

 学からもらったポイントがあればクラスの退学者を救済することはできたが、今回は裏切り者を退学させるのには丁度いい機会だった。そのためにポイントを使うつもりは、最初からなかった。

 

 結果、一之瀬、龍園のクラスは退学者を救済したようだ。

 ほぼ全ての1年生は驚愕していることだろう。龍園がクラスメイトを切らず、2000万ポイントを救済に当てたことに。

 8億の件、生徒会の件で心境の変化があったことはもちろんだろうが、戦略的な意味も大きい。ダーティーな手段を取る龍園に反発する生徒も多かっただろうが、この一件で龍園クラスは深いところで団結したことだろう。

 学年末試験で戦うだろう一之瀬クラスは大変だな。

 

「万が一にも、櫛田が退学しないという事態は避けたかったからな。堀北や千秋、山内など他の候補を賞賛票で守った。プロテクトポイントが堀北に行ったのは偶然だが」

「松下さんか彼女のどちらかが賞賛票1位となるよう、多めに賞賛票を入れておいたのでしょう?」

「堀北の人望の方が無さそうだったから、特に堀北には厚く票を振っておいたが、想定よりもクラスメイトは堀北のことを信用しているのかもな」

 

 堀北も丸くなり、周囲と打ち解けてきてはいるのだろう。

 

「……綾小路くん。今回の試験、違和感を覚えませんでしたか?」

「そうだな。強制的に退学者を出させる試験。まるで誰かを陥れようとしているかのようだった」

「先日、父に不正疑惑がかかりまして。理事長職を停職している状態です。おそらくは——」

「どうも、こんにちは。ここの生徒さんかな」

 

 オレたち以外誰も来るはずのない特別教室で突然、声をかけられる。そいつはスーツの男だった。目は細められ、にこにこと笑顔を貼り付けたその感情は読み取れない。

 

「ええ。1年生の坂柳と申します。あなたは?」

「今度、君のお父さんの代理として理事長となる月城です。どうぞよろしく」

「あら、そうでしたか。でしたら、短いお付き合いとなることをお祈り申し上げておきます」

 

 月城と名乗った男が退陣する時は、坂柳の父が戻ってくる時だろう。そんな意図を込めた、坂柳の皮肉。

 

「はは、手厳しいものだね。前理事長の娘さんは」

 

 つかつかと月城はオレたちの近くまで歩み寄り、顔色一つ変えず坂柳の、自らを支える杖を蹴飛ばした。

 

「あっ」

 

 小さく声をあげる坂柳。このままでは倒れてしまうので、素早く抱き止める。が、月城が素早くオレを狙う。

 坂柳を抱えたままでは避けることはできない。極力坂柳に衝撃がいかないよう、力を流すように受ける。

 坂柳を座らせるも、月城はその隙を逃さない。首元を押さえつけられ、壁に追いやられる。

 

「……随分な真似をなさりますね」

「君が悪いんだよ。彼を退学するよう指示したというのに、それに従わないのだから」

「ふふ。あの指示はあなたのお仲間からでしたか。失敗したからと暴力に訴えるとは、教育者としては0点ですね」

「古い考えの持ち主なものでね。体罰肯定派なんだよ、私は」

 

 現在進行形で体罰を受けてるオレを放って話を進めないでほしい。

 

「坂柳さん。君がここから立ち去らない限り、彼への拘束は緩まない」

「……私が去ったからといって、拘束が緩むとも言ってませんが?」

「ふぅ、やれやれ。知恵のついた子供は嫌いだよ。前言撤回としよう」

 

 月城はオレの首を掴んでいた手を離した。

 その発言は教育者としてどうなんだ。

 

「さ、君はもう行きなさい。私は彼と話がある」

「坂柳、行ってくれ。おまえを危険に晒すわけにはいかない」

 

 とは言ってみるが、月城がこれ以上オレや坂柳に仕掛けることはないだろう。

 他人に聞かれたくない話がある。そういうことだ。

 

「……分かりました。ここは退きましょう。綾小路くん、先ほどは助かりました」

「気にするな。次の試験では、約束通り正式に勝負しよう」

「ええ。楽しみにしています」

 

 坂柳はゆっくりと、杖をついて立ち去っていく。

 やがてその姿が見えなくなると、月城は大きく手を広げた。

 

「では、君のお父さんからの言葉を伝えよう」

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