よう実 √松下   作:レイトントン

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第33話

「対戦相手はAクラスになったようだな」

「ええ、狙い通りね。まあ、全クラスにとって言えることだと思うけれど」

「その通りだ。よく戦況を読んでいるな」

「……あなたにこうも真っ直ぐ褒められるなんてね。槍でも降るのかしら」

「おい。オレは割と褒めて伸ばすタイプだぞ」

「そう。ならもっと褒め称えることね」

 

 スン、と堀北は戦略をメモしてあるらしいノートに目を落とす。が、ちょっと口元が緩んだのをオレは見逃していない。

 褒められるのが嬉しかったらしい。本当に素直じゃない奴だ。

 

 この試験でAクラスと当たり、勝てば昇格するオレたちがAを狙うのは当然として、坂柳もオレとの対決を望んでいる。たとえクラスから反対されてでもあいつは押し切るだろう。ここで圧勝すれば突き放せるとでも言うのかもな。

 一之瀬クラスは堅実に、一番勝ち目のありそうな龍園クラスを狙うだろう。最近は負け続きで、波にも乗れていない。ここは下のクラスとの勝負でも勝ちたいところ。

 龍園クラスも、今はまだオレたちのクラスや坂柳のクラスと正面から戦うには戦力不足だ。

 恐らく、クラス内投票で築き上げた新たな体制の叩き台として、戦略がスタンダードな一之瀬クラスに通じるか試したいところだろう。

 

 それぞれの思惑が合致しており、この組み合わせはある種の必然だと言えた。

 そんな話を堀北としていると、教室のドアが開いた。

 

「皆、おはよう」

 

 教室に声が響き渡る。

 平田だ。その顔には、櫛田が退学して気落ちしていた面影はない。真剣な顔付き。これから特別試験、クラス間の戦いに挑む者の目だ。

 

「お、おはよう平田くん!」

「おはよう!」

 

 男女問わず、平田の周りに人が集まる。やはりクラスをその優しさと優秀さでまとめ上げた男は、信頼度が違う。

 一通りクラスメイトたちと話を終えたところで、オレもまた平田の方に歩み寄る。

 

「綾小路くん」

「平田。すまなかった」

 

 そう伝える。平田は、予想通り首を横に振る。

 

「君は悪くないよ。あの試験では、誰かが退学することは決まっていた」

「それについては、そうかもしれない。オレが謝っているのは、おまえの優しさを利用したことだ。オレの行いはおまえにとって容認しがたいものだったろうに、友人としての感情を利用し口を出させなかった」

「そんなの、僕が勝手に黙っただけのことだよ。悪いのは僕だ。僕に、覚悟が足りなかった」

 

 平田は拳を握りしめて、決意を新たにする。

 

「誰もいなくならないように、ポイントをもっと手に入れておくべきだった。櫛田さんが裏切るというなら、彼女と向き合ってそれを改善させるべきだった。……次に同じような試験があったとしても、きっと誰も脱落させない」

 

 固い決意を秘めた言葉。

 櫛田を改心させる、なんてことは相当難しいことだと思うが、今の平田ならやってしまえそうな、そんな気にさせる強い瞳。

 

 千秋の方を見ると、軽井沢を指差した。軽井沢は、にかと笑ってピースしている。

 どうやらオレから口出しする必要はなかったらしい。クラスメイトたちはこの一年で随分と成長していたようだ。

 

「今のおまえなら、これまで以上に皆を引っ張っていける」

「ありがとう。心配をかけたね」

「いや、正直あまり心配はしてなかったな。おまえなら必ず立ち直ると思っていた」

 

 正確には、立ち直らないようなら無理やりにでも立ち直らせるつもりではいた。

 ただし、平田との関係にヒビを入れるような手ではあったので、極力取りたくはなかった。軽井沢に感謝だな。

 

「綾小路くん……」

 

 オレと平田は、握手を交わした。

 櫛田は退学したが、これでクラスは元に戻る。39人で、気持ちを新たに最後の特別試験に臨むとしよう。

 

「堀北さん、またよろしくお願いするよ」

「ええ。あなたが戻ってきてくれて心強く思うわ」

「……君も、本当に変わったね。綾小路くんの影響なのかな」

「どうかしら……なんてとぼける意味もないかもね。彼はとても優れた生徒よ。見習うべき部分は多くある」

 

 こっそり話しているつもりらしいが、聞こえているぞ。面映い思いをしながら、オレは堀北の方針に委ねることにした。

 

「皆、得意競技の提出ありがとう。今回厳選させてもらった結果、選ばれなかったものもあるわ。でも、気落ちせずにそのスキルは磨き続けてほしい。似たような特別試験があった時や、それ以外でも役に立つことは必ずあるはずよ。それに、それがその人自身のためにもなる」

 

 そう告げた堀北が発表した10の競技は、以下の通りだ。

 

『中国語テスト』

『バスケットボール』

『弓道』

『タイピング技能』

『ビーチバレー』

 

『水泳』

『サッカー』

『ピアノ』

『100メートル走』

『裁縫』

 

 上の5つの競技が、実際の試験で使用される競技となる。中国語テストは6人での参加種目。最も高い点数を獲った生徒のいるクラスが勝利となる。中国からの留学生である王さんがいる時点で、選ばれればほぼ貰ったようなものだ。

 バスケットボールは5人での参加種目で、交代要員が1人となる。須藤に加え、彼が推す牧田はバスケ部に入っても活躍できるポテンシャルを持っているとのことだ。こちらも、順当に行けば勝利できる競技だろう。

 弓道は3人での参加種目。中国語テストと同じく、最も点数を獲った生徒がいるクラスが勝つ。三宅は責任重大だな。

 タイピング技能は1人での参加種目となる。博士こと外村の出番だ。かなり自信があるようで、頼りにしたいところ。

 ビーチバレーは2名での参加になる。難易度は高いが、条件は向こうも一緒だ。

 

 もちろん、Aクラス側が選出してくる競技への対策も同時に行わなければならない。須藤や王さんといったカードを切るのか、勝ち確定種目のために残しておくか。

 かなり高度な読みが必要になってくるが、勝ち確定の種目で、あえて温存するという戦略もあるにはある。

 

 堀北の腕の見せ所だな。

 ただ、オレは一点、坂柳がチェスを選んだ時に備え、オレを最後の種目まで温存しておくように依頼しておいた。

 たとえチェスが選ばれなくとも、種目にもよるが個人競技であれば大抵は勝利することができるだろう。

 

 とはいえ、初見の競技では負けることも十分あり得る。判明したら、その競技の練習くらいはしておくとしよう。

 ……ああいや、その前にやることがあった。

 

 

「千秋、バレンタインではチョコありがとう」

 

 オレは手作りしたクッキーを千秋に手渡した。

 校内、中庭のベンチに2人で座っている。もはやオレと千秋が並んでいるのは見慣れた景色のようで、今更注目する生徒はそういない。

 ……たまに、すれ違いざまに舌打ちされるが。

 

「わあ、ありがとう清隆くん。手作りしたの?」

「ああ。なかなか楽しかった」

「なんでも出来るね、清隆くんは」

「いや、レシピを調べてその通りに実行しただけだ。誰でも同じ味が作れるはずだ」

「いやいや、その通りにできない人だっていっぱいいるよ。それに、清隆くんの気持ちが入ってるからね。同じ味には、きっとならない」

 

 ……そういうものか。

 千秋は早速袋をあけ、クッキーを口に運んだ。

 

「美味しい!」

「そうか。千秋の口に合ってよかった」

「自分で味見とかしなかったの?」

「普通はするものなのか?」

「普通はね。まあ、これだけ上手く作れてれば文句ないけど……はい、あーん」

 

 千秋が出してきたクッキーを口に含む。サクサクと小気味良いペースで噛み砕くと、甘い味が口の中に広がった。

 

「美味い。作ったやつは天才だな」

「こらこら」

 

 千秋は人差し指でオレの脇をつんつんと突いてくる。

 

「でも天才なのは本当なんだよね。なんでも出来そうっていうか……むしろなにか苦手なことないの、清隆くん」

「そうだな……芸術というか創作というか。模写はできるんだが、自分で何かを生み出すというのは苦手かもしれない」

 

 というか出来ない。

 

「まあ、その辺りは特別試験に出ることもないだろう。芸術というのは採点が難しいだろうしな。逆に、明確な採点基準が明かされているのであればそれに沿って実行すればいいだけだから楽かもな」

「芸術ね……なら、私の方でそっちの技術を磨いておこうかな。清隆くんのサポートになるし」

「いや、そこまでする必要はない」

 

 千秋に伸ばしてほしいのはそこじゃない。それに、オレのために彼女の成長の方向性を定めてほしくはなかった。彼女の提案を止める。

 千秋は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに思い直して頷いた。

 

「千秋。その後、噂の件で被害は受けてないか?」

「うん、平気。篠原さんとは少しだけ距離あるけど、普通の範疇だね。櫛田さんの策略だっていうのは向こうも分かってるけど、それはそれとして引っ掛かりが残ってる感じかな」

「そうか。篠原とのこと以外でも、何かあればすぐオレに言ってくれ」

「……いつにも増して過保護じゃない?」

「彼女が誹謗中傷にあったんだ、過敏にもなる」

 

 オレの言葉を聞いて、千秋はにこりと笑顔を作った。

 

「大丈夫だよ。清隆くんが手を打ってくれたし」

「そっちの意図にも気付いていたか」

「清隆くん、相変わらず優しいなって思ってたよ」

 

 他のクラスメイトたちの噂を広めることで、櫛田の暴露へのカウンターとするのと同時に、千秋の噂がこれ以上広がることのないようにした。

 

「まあ、篠原さんのことについて、同じように考えてたのは本当だしね。周りを止めない私も迂闊だったし、甘んじて受け入れるよ」

「クラス内には極力敵は作らない方がいい。次にいつ、クラス内投票のような試験が実施されるか分からないからな」

「うっ……そうだよね。反省」

 

 千秋は肩を落とす。ちょっと説教臭かっただろうか。

 だが、こうしたアドバイスも必要なことだ。

 

 しばらく、他愛もない話を千秋と続けていると、少し前に遭遇した、あの男が近付いてきた。

 

「やあ、綾小路くん。それと、そちらの彼女は、はじめましてですね」

 

 月城理事長代理が、片手をあげて挨拶してくる。

 オレは会釈を返し、千秋に彼が理事長代理であることを耳打ちする。

 

「こんにちは。1年Bクラスの松下千秋です」

「こんにちは。君の噂も聞いているよ。綾小路くんの恋人で、2人とも凄く優秀だとか」

「ええと……どうも」

 

 理事長代理という立場の人間に褒められるも、どこか居心地悪そうに千秋は頭を下げた。

 月城に胡散臭さを感じているらしい。良い直感をしていると褒めてやりたい。

 

「綾小路くんには、以前道に迷った時に助けられましてね。あの時は助かりましたよ」

「職員室を探して特別教室に来るんですから、随分な方向音痴ですよね」

「はは、君も手厳しいですね」

 

 坂柳と似たような煽りを入れてみるが、さすがにこう人目の付く場所で暴力行為に及んだりはしない。

 元々そんな期待もしていない。特別教室での、ちょっとした意趣返しというだけだ。

 

「この学校には特別試験というものがあるそうですね。次の試験の対策は進んでいるかな?」

「ぼちぼちですね」

「おや、ぼちぼちで大丈夫なのですか? 君たちは次の試験で勝てば、Aクラス行きが確定するんでしょう?」

 

 わざとらしい手振りで、月城は聞いてくる。言われなくても分かっている。手を抜くつもりはない。

 

「月城理事長代理は、就任したばかりだというのにクラス間の事情をよくご存知なんですね」

「仕事ですからね。特に、君たちのクラスは初めDクラス……最も下のクラスだったと聞き及んでいます。それがAクラスに上がることは、未だ過去に例のないことだとか。私の就任期間早々にそんなことが起これば、労せずして快挙を成し遂げたことになりますしね」

 

 はは、と月城はわざとらしく笑った。千秋も、この男のことを相当不審に思っているらしく、ちょっと引いている。

 

「あはは……頑張ります」

「ええ、ぜひ。……そうそう今度ケヤキモールを一部改築することになりましてね。新しいテナントも誘致するつもりなんですが、生徒の意見も聞いておこうと思いまして。どんな施設があったら嬉しいですか?」

「それなら、新しいカフェがいいです。パレットもだいぶ飽き……慣れてきたので、スターバックスなんかがあると嬉しいかもしれません」

「オレは……動物カフェなんかが良いと思います」

 

 本当は特に希望はないが、ここでその回答は避けるべきだろう。

 

「ふむふむ……ありがとうございます、とても参考になりました。君たちの意見が採用されるかは分かりませんが、心に留めておきましょう」

 

 ではこれで、と月城は背を向ける。その一瞬、オレと視線が交錯した。

 

「……あの人が新しい理事長さんか。なんか、ちょっと胡散臭い人だったね」

「オレもそう思う」

「清隆くん、本当に偶然あの人と会ったの?」

 

 千秋が疑うようにこちらを見る。鋭いな。

 

「ああ。特別教室で坂柳と交渉していた時にな。気になるなら坂柳にも聞いてみるといい」

「簡単に言わないでよ……Aクラスのリーダーとそんな簡単に接触できないでしょ」

「千秋からの接触なら、意外とすんなり通るかもしれないぞ」

 

 坂柳は、初対面の時からどこか千秋に対抗心のようなものを感じるところがあったしな。

 ……坂柳、か。

 彼女の実力を完全に把握できているわけではない。が、オレを葬るとまで言ったんだ。それに、ペーパーシャッフルの時には、叶うなら特別試験のような場で、チェスの勝負をしたいと言ってきた。

 まさに絶好の機会だ。彼女がオレに挑んでこないはずがない。

 果たして坂柳に、オレが葬れるのだろうか。


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