学年末試験……『選抜種目試験』の当日がやってきた。
堀北さんを含む、各クラスの司令塔4人が多目的教室に集まる。
そして、待機していた私たちの元に選ばれた種目の情報が届く。
『中国語テスト』
『バスケットボール』
『弓道』
『タイピング技能』
『ビーチバレー』
私たちのクラスからはこの5種目。予定通り、問題ない。
対して、坂柳さんのクラスから選ばれた5種目は、
『チェス』
『フラッシュ暗算』
『現代文テスト』
『数学テスト』
『英語テスト』
これも、事前に清隆くんからもたらされた情報通り。
とはいえ、分かっていたとしても分が悪い。テストの合計点では、学力の高い生徒の多いAクラスに優位性がある。
あとはチェスだけど……坂柳さんは例の、種目を選べる権利を行使してくるだろうか。
普通だったら、1000万ポイントもの大金を支払って、確実に勝てる種目以外を選ぶのは割に合わない。
でも、清隆くんとの勝負に執着があるらしい坂柳さんなら、あるいは……
考え込んでいると、早速モニターに選出された種目が表示される。
『バスケットボール』
しゃあっ、と気合い十分の叫びをあげた須藤くんが、牧田くんをはじめとするクラスメイトを伴って試合に向かう。
クラス中から頑張って、ファイト、など応援の言葉がかけられる。入学当初には考えられなかったことだ。この一年で、本当にチームワークが深まっているのを実感した。
試合の様子はモニターから見ることができた。
相手チームは鬼頭くんという強面の生徒がエースのようで、高い身体能力を発揮している。どうやらバスケットの経験もあるようで、動きが他の生徒とは違う。
しかし、須藤くんは1年生で唯一のバスケ部レギュラー。身体能力も鬼頭くんに負けてない。
激しい勝負の末、私たちのクラスの勝利となった。
続いての種目は、英語テスト。
ここは堀北さんは捨て種目に選んだようだ。学力の低い生徒たちを当てる。
当然、結果は敗北。1勝1敗で、現状は互角の戦いだ。
続いて第3種目。選択された種目は、ビーチバレー。
Aクラスは、橋本くんと神室さんが選ばれている。ここで私と清隆くんが入れば、勝利は確実。でも、清隆くんは恐らく選ばれるだろうチェスのために温存する必要がある。
『平田くん、軽井沢さん。お願い』
結果、夏休みに私たちと勝負した2人が選ばれる。
「うん、任せて」
「やってやろう、洋介くん!」
須藤くんたち以上の大歓声で、2人は送り出される。
ビーチバレーのコートで、橋本くんと神室さん、恵と平田くんは向かい合う。
『意外だな。てっきり綾小路と松下のペアが出てくるもんだと思ってたぜ』
『彼らは切り札だからね。温存させてもらうよ。僕らが相手だと不服かな?』
『いんや、かえって面白くなりそうだと思ってよ。綾小路たちに負けたペアなら、俺たちにも勝ち目はありそうだしな』
『それはどうかな。僕たちも自信があるからビーチバレーを本命の種目で出したんだ。君たちはハッタリに使うだけで引っ込めたみたいだけどね』
早速、競技と別のところで舌戦が繰り広げられる。平田くんの煽りもキレキレ。いつもの平田くんじゃないみたいだ。
『おお、言うなあ平田。ちょっとらしくないぜ、なにか心境の変化でもあったか?』
『まあね。それより、そろそろ始めよう』
平田くんは詳細を明かすことなく、橋本くんたちとの勝負に入る。
1セット10点、デュースはなし、2セット先取。私たちと勝負した時と同じルールだ。
サーブ件は橋本くんたち。
彼らは恵にボールを集め、平田くんの強力なスパイクを打ちづらいようにする、以前の私たちと同じ戦略を執る。
けど、それは対策済みだ。
平田くんのフォロー能力を発揮した、見事なトス。恵にとってベストな位置にボールが届き、綺麗にアタックが決まった。
『洋介くん!』
『軽井沢さん、ナイス!』
息ぴったりのコンビネーション。さすがだね。このペアに対抗できるのは、学年でも私と清隆くんくらいじゃないかな。
良い調子で、1セットを先制する。このままストレートに勝利してほしいところだけど……
『なかなかやるな、平田に軽井沢。俺たちも本気で行くとするか、真澄ちゃん』
『気安く下の名前で呼ばないでくれる?』
『……お、おう』
橋本くんのペア、神室真澄さんは入学当初の堀北さんに似てかなりツンツンしている様子。夏休み終盤に、坂柳さんのために清隆くんを呼び出した子だね。
『でもまあ、本気で行くことには賛成』
その言葉を皮切りに、橋本くんと神室さんの動きが変わった。
序盤を相手にリードさせて、油断を誘い後ろから刺す。自分たちの実力に自信がないとできない芸当だけど、それを上手くこなしている。
でも、こんな奇襲を仕掛けてきたってことは、向こうは正面からやり合えば勝てないと思っているはず。2人とも、落ち着いてやれば勝てるはず。頑張れ。
『へい、どうした平田。強がっていた割に動きが鈍いぜ』
橋本くんからそんな煽りが入る。クラス中からブーイングが上がった。やっぱり平田くんは人気者だ。
橋本くんは私たちのクラスの生徒たちから、かなり人気を落とした。まあ、本人は気にしないかもしれないけど。
『まだだよ。この試験は、負けるわけにはいかないんだ』
強い決意を持ってそう発言した平田くんは、獅子奮迅の活躍を見せた。
何度も転びながらボールを拾う姿は、観ている生徒たちの心を打つ。
しかし、一点分先行され、ついに橋本くんたちのセットポイント。
恵のサーブを神室さんが取り、橋本くんの綺麗なトスの下、痛烈な強打が放たれる。
平田くんは反応しきれず、ボールを見送った。このセットはここまでか、と思われた時、
「洋介くん!」
恵が、ボールに飛び込み拾った。
大きく、ネット際まで上がる。
恵は転んでいる。ここで決めるしかない平田くんは、不安定なボールに向けて大きく助走を付けた。そして、跳ぶ。
『させるかよ!』
橋本くんがブロックに飛び上がる。ボールを叩き落とそうと大きく傘のように広げられた手。
しかし、ボールはその上を、ゆっくりと通り越した。
『なにっ!?』
軟打。恵が全力で上げたボールを、なんとしても決めたいと思うはずのこの場面で、平田くんは裏をかいた。
神室さんも反応し切れず、ボールが相手のコートに落ちる。
「追いついた!!」
クラスから歓声があがる。
この試合にデュースはない。次の点を取れば、恵たちの勝ちだ。
『やれやれ、このままじゃまずいぜ神室ちゃん』
『ちゃん付けもやめて』
『……はい、神室さん』
尻に敷かれまくっている橋本くんは置いておくとしても、神室さんの鉄面皮は剥がれない。強靭なメンタルだ。
次のサーブは彼女。基本的なフローターサーブで……あっ。
「まさか、無回転!?」
「知っているのか松下!?」
やば、口に出てた。なんか恥ずかしい。
無回転サーブはぐにゃりと妙な軌道で曲がり、平田くんは飛び込んでぎりぎり拾った。
「無回転サーブは空気抵抗で変化するから取りづらいの!」
かなり強力な武器のはずなのに、ここまで温存しておくなんて。でも、まさにその隠し武器が効果を発揮して、平田くんの体勢を崩させた。攻撃には参加できそうもない。
恵はなんとか大きくボールを上げて相手コートの奥まで返すけど、向こうからしてみれば絶好のチャンス。
『これで終わりだ!』
橋本くんのスパイク。これは決まった、と思われた。
しかし、咄嗟に飛んだ恵の指先にボールが掠り、僅かに勢いが落ちる。
結果平田くんが間に合い、ボールが上がる。
『洋介、決めて!』
『任せて!!』
恵のトスから、平田くんの強烈なスパイク。それは相手のコートに突き刺さり、ついに決着した。
『勝者、Bクラス!』
歓声がクラス中を駆け巡る。
ある生徒は手を握り合い、ある生徒たちは肩を抱き合う。
喜び合うのは、モニターの中の2人も同じだった。
『やったね、洋介!』
『うん! ……あれ、洋介って』
『あ、ごめん。嫌だった?』
『ううん。そんなことないよ』
2人は笑顔でハイタッチを交わす。
今までにない深い絆が、2人の間に芽生えているのが分かる。
……喜び合うクラスの中で、1人だけ静かな生徒がいることに気付いたのは、私がその子の前の席だから。
そしてその子はいつもなら、平田くんの活躍に歓声を上げるはずだったからだ。
振り返らず、コンパクトミラーで後ろを見る。みーちゃんは、やっぱりどこか落ち込んでいる様子だった。
私と同じで、恵と平田くんに絆が芽生えたことに気が付いたんだろう。
みーちゃんは、櫛田さんに平田くんのことが好きだと暴露されていた。結局有耶無耶になったけど、あれは真実だった。
見ていれば分かる。彼女はふとした時に、いつも平田くんを目で追っていたから。
そんな彼女だから、平田くんが本当に恵と付き合っているわけじゃないことは、薄々勘付いていたのかもしれない。あるいは、無意識に感じ取っていたか。
それが、自分がもたもたしている間に、恋仲かどうかはともかく、進展してしまった。
今、きっと彼女は深く後悔しているはず。もしかしたら、試験に支障が出るほどの動揺かもしれない。
この状況では、中国語テストが出るのは少し望ましくない。
……しかし、タイミングの悪いことに、選ばれたのはまさにその中国語テストだった。
◆
みーちゃんたちがテスト用の教室に移動する。
時を同じくして、対戦相手となるAクラスの生徒たちが姿を現す。
考える暇もなく、試験が開始される。
みーちゃんは今、動揺の中にいるに違いない。けれど、私たちには応援することしかできない。
テストが終了し、各生徒の結果が出る。
みーちゃんは……96点。
日本語訳の問題で、僅かなミスがあった。
普段のみーちゃんなら、このミスはなかったに違いない。動揺していたからこそ、起こってしまったミスだ。けど、それを差し引いても素晴らしい結果だ。
しかし……Aクラスの生徒の中にも、同じく96点を取った真田くんという生徒がいた。
中国語自体、一般的な高校で履修範囲となることは基本的にはない。だからこそ、テスト自体がそこまで難易度の高いものとはならなかったことも一因かもしれない。
いや、真田くんの努力をこそ褒めるべきなのか。
ともかく、様々な要因が重なり、みーちゃんと真田くんは同率1位となった。
「この場合、どうなるんだ……?」
「まさか、引き分けとか?」
池くんたちがそう溢す。けど、それは間違いだ。
「ううん。学校のルール説明では、引き分けが起こらない種目なら提出が認められるって言ってたから、何かしらの形で決着をつける……つけさせられるはずだよ」
「その場合、王さん、真田以外の生徒の最高得点で競われることになるだろうな」
清隆くんの予想は、当たった。
坂上先生より告げられたのは、次点の生徒の所属するクラスが勝者となる旨だった。
そして、中国語テストの種目において、みーちゃん以外は言ってしまえば捨て駒となる生徒たち。
Aクラスの生徒に敵いはしない。
『勝者……Aクラス』
無慈悲なアナウンスが流れ、みーちゃんは悔しさからか泣き出してしまう。
彼女らが頑張ったことは、全員よく分かっている。責めるような人は……
「どどど、どうすんだよ! こっちの出した種目落としちまったじゃねえか!」
……直接みーちゃんたちを責めたわけじゃないから、ギリギリ許そう。でも、もしみーちゃんたちに同じことを言ったら、ちょっと手が出るかもしれない。
同じことを篠原さんも考えていたようで、山内くんを鋭く睨みつけた。
「山内、もしみーちゃんたちが帰ってきたあと同じことを言ったら殺すから」
「だってよ! 俺たちの出した種目を落としたらめちゃくちゃ不利になるだろ!?」
それはそうだけど、確実な保証のある勝負なんてない。
まして、今回の中国語テストは特にみーちゃんへの負担の大きい種目だった。プレッシャーは相当なものだったはず。それに、平田くんたちの件で動揺していた。
とてもじゃないけど、ミスは責められない。
クラスがざわつく中、みーちゃんたちが戻ってくる。
私たちは彼女らに駆け寄り、慰めの言葉をかける。
けど、みーちゃんはしきりにごめんなさい、ごめんなさいと謝り、涙を流すばかりで、自責の念に囚われてしまっているみたいだった。
さすがの山内くんも彼女を責めることはせず、気まずそうに黙り込んでいる。
とはいえ……山内くんじゃないけど、このままじゃまずいのは本当だ。
司令塔である堀北さんにとっても、大きく計算が狂ったはず。
なんとか、みーちゃんたちの分をフォローしなければならない。
それが、クラスの仲間ってものだと思うから。