よう実 √松下   作:レイトントン

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第4話

 中間テスト前日。

 本日最後の授業が終了し、大きく息を吐く声が其処彼処から聞こえてくる。緊張の緩和と同時に、明日のテストへの気負いが混ざり合った感情。特に、赤点候補生たちの肩に降りかかる重圧は凄まじいものがあるだろう。この学校において赤点とは、即ち退学なのだから。

 

「皆、帰る前にちょっといいかな」

 

 ざわつき始めた皆の前、教壇付近に立ち、クラスの中心人物である平田が声を張る。その呼び掛けに、クラスの全員が立ち止まった。中間テストの前日ということもあり、皆テストに関する何か通達事項があると察したのだろう。

 

「明日のテストに関することで、綾小路くんと松下さんから話があるんだ。ちょっと聞いてほしい」

 

 平田の言葉を受け、周囲からざわめきとともに視線を受ける。今まで目立たない生徒として振る舞ってきた弊害からか、不審感を抱かせてしまっているらしい。

 だが、そう気にしてもいられない。オレは立ち上がり、松下と一緒に平田のところまで歩いて行く。

 

「引き留めてすまない。明日のテストについて、ちょっと良いものを手に入れたんだ。皆と共有したい」

 

 松下と一緒に、印刷した過去問を先頭列の生徒たちに配る。

 

「これ……問題? 綾小路くんが作ったの?」

「いや、これは3年生の先輩から貰った過去問だ。明日の中間テスト、ほぼこれと同じ問題が出るらしい」

 

 ざわめきがより大きくなる。特に赤点組は、うおお、まじかよ、など中身のない奇声をあげる始末だ。

 

「助かるぜ綾小路! お前マジで良いやつだな!」

「そうそう! 自分だけ過去問で良い点数取ったりもできたのによ!」

 

 仮にもクラスメイトの退学が掛かってるのに、そんなメリットの薄いことをするやついるのか、山内?

 赤点組に囲まれて肩を叩かれたりしていると、そこに待ったをかける生徒が出てきた。

 

「でも、綾小路くんの持ってきた過去問って信用して大丈夫なの?」

 

 クラスの女子、篠原の言葉だ。

 その一言で、赤点組の動きもピタっと止まる。彼女らからしてみたら、この過去問がそっくりそのまま明日のテストに出ることへどうしても疑問が残るらしい。

 

「100パーセントとは言えないけど、かなり確率は高いと思うよ。ね、平田くん?」

 

 ここで、松下から平田へボールがパスされる。平田は頷き、もう一枚の用紙、前回の小テストの過去問を取り出した。

 

「綾小路くんは、確認のため前回の小テストの分の過去問も先輩から貰っておいてくれたんだ。これを見てほしい。前回の小テストと完全に一致しているんだ」

 

 幸村を始め、学力優秀な生徒たちが群がり、小テストの過去問を確認する。そしてその内容が一言一句違わぬことを確認すると、驚きとともに頷いてみせた。

 

「確かに、完全に一致してる。なら、こっちの問題だって同じ内容の可能性はあるな」

「で、でも、テストの内容が全部一緒なら、ずっと先輩から過去問を貰ってれば良い点数が取れることになっちゃわない?」

「いや、恐らく今回の中間テストだけだろうな。前回の数学の小テスト、やけに難しい問題が3つあったよな? あれは普通の高校1年生が正攻法で解ける問題じゃなかった」

 

 オレの言葉に、幸村と堀北が大きく頷く。成績優秀なものほど、あの問題の難易度は分かっているらしい。

 ……同時に堀北は、「いや、あなたは解いてたわよね? あの問題」と言わんばかりの鋭い目をしているが。

 

「次の中間テストには何か抜け道があるってヒントを出していたんだと思う。茶柱先生の言葉も気になった。『お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している』そう言っていたはずだ。もちろん、確実にそうだとは言えないが、少なくとも小テストは過去問と内容が一致している。内容もテスト範囲と全く同じだし、覚えておく価値はあると思っている」

 

 オレたちの説明を受けて、クラスメイトたちはからは納得の声が広がり始めていた。

 

「そうだったんだ。綾小路くん、そこまで考えてくれてたんだね。ごめんね、疑っちゃって」

「いいんだ。むしろ、篠原の疑問は当然のものだ。皆にちゃんと説明する良い機会になった、ありがとう」

 

 こちらから礼を述べると、篠原は顔を赤くして、いやいや、と手をブンブン振った。

 松下から、じとっとした視線を感じる。オレはまた何か間違えてしまったようだ。

 

「やるな綾小路! そこまで考えてたなんてよ!」

「ホント凄いよ! もしかして、綾小路くんって意外とキレ者?」

 

 櫛田たちからも称賛の言葉を受け取る。

 クラスメイトたちから感謝の言葉を受けて席に戻ると、いつの間にか戻ってきていた堀北からも声を掛けられる。

 

「あなたにしてはお手柄ね。過去問を手に入れるなんて発想、私にはなかった。感謝するわ」

「別に。クラスや友達のためにやったことだ」

「……あなたにはとことん似合わないセリフね」

「お前なあ……」

 

 くす、と堀北は少しだけ可笑しそうに笑った。

 堀北のこんな表情を見るのは初めてだな。

 

「でも、なんで松下さんも一緒に前に出たの?」

「松下と一緒に先輩に貰いにいったからだが」

「へえ……そう。まあいいけど」

 

 変なところを気にする奴だ。

 そんなやり取りを堀北としながら、時にクラスメイトたちから改めて感謝の言葉をかけられ、放課後の時間は過ぎていく。

 やがて教室に残ったのは、オレと松下、平田だけとなった。

 

「ありがとう、綾小路くん、松下さん。正直に言って不安だったんだ。明日の中間テスト、全員無事に乗り越えられるのか」

「礼には及ばない。クラスや友達のためにやったことだ」

 

 堀北へかけたのと同じ言葉を平田に向けると、彼は今までにないほど目を輝かせる。

 

「嬉しいな、綾小路くんからそんな言葉を聞けるなんて。あ、いや……君はあまり、クラスのことに興味がないように思っていたから」

「構わない。実際そうだったしな。クラスを気にするようになったのは、松下から影響を受けたからかもな」

「綾小路くんと松下さんは……」

「うん。つい先日、付き合い始めたんだ」

 

 言い難そうな平田に先んじて、松下は相手が求めているだろう回答を提示する。

 平田なら、誰かに不用意に話す心配もないと判断してのことだろう。それについては、オレも全く同意見だ。

 

「そうだったんだね。綾小路くんと松下さんか。考えてみれば、冷静で頭の良い2人はお似合いかもね」

「頭の良い? オレはテストの点数は良くないぞ」

「頭の良さはテストの点数だけで判断できるものじゃないよ。今回のように柔軟な発想ができる人だってそうさ。綾小路くんや松下さんみたいな人がいてくれて、とても心強いと思う」

 

 なんて良い奴なんだ、平田洋介。

 前々からクラスを纏めようと努力してくれているみたいだし、今後もこいつとは仲良くやっていったほうが得策かもしれない。

 

「良かったら、綾小路くんたちもクラスを引っ張っていくのに協力してくれないかな? これから上のクラスを目指すために、君たちが協力してくれたら希望も見えてくるんだけど」

「そうだな……周りを引っ張っていくっていうのは、あまり得意じゃない。すまないがそれについては断らせてもらう。だが、駒の1つとしてクラスのために尽力するのは吝かじゃない」

「そっか。いや、それだけでもありがたいよ。今日はありがとう。明日のテスト、お互い頑張ろうね」

 

 平田は少し残念そうにしていたが、オレの言葉に納得して帰っていった。

 

「綾小路くんならクラスのリーダーも行けると思うけど、そこまでは面倒か」

「求められたら協力はする。それで構わないだろ?」

「約束通り実力は出してもらってるからね。明日のテストも期待して良いんでしょ?」

「ああ。特定のケースを除いてな」

「特定のケース?」

 

 松下は首を傾げる。さすがにそこまでは見ていないか。

 

「テストの赤点ライン、例えば英語だが、前回の小テストは32点未満だった。これは前回の平均点、64.4点の半分ということになるだろう。この学校は平均点の半分を赤点ラインに敷いているようだな」

「……そっか、今回過去問を皆に渡して、皆の点数が上がったら……」

 

 俺の言いたいことを理解したらしい松下に、頷きを返す。

 

「皆が想定しているだろう、32点を上回る可能性が高い」

「なるほど、周りが出来すぎても成績の悪い生徒にとっては苦しいんだ。とはいえ、過去問は絶対皆に渡した方がいいし、難しい問題だよね……あ、でも、平均点の半分で算出するなら、ある程度赤点ラインをこっちでコントロールすることもできるね。さっき言ってた特定のケースって言うのは……」

「ああ、赤点組の暗記が十分でなかった場合、オレはギリギリまで点数を落として赤点ラインを調整する」

「もちろん、私も調整するよ」

 

 松下からそう申し出があるが、俺は首を振る。

 

「いいや、わざと点数を落とすのは、自らの退学のリスクを負うことになる。松下はそんな危険を犯す必要はない」

「それは綾小路くんも同じでしょ?」

 

 尤もな反論だが、松下に余計なリスクは負わせるつもりはない。

 とはいえ、せっかくの申し出を無下にするのも申し訳なくはある。松下は過去問を手に入れてからしっかり暗記をしているだろうし、ここはある程度頼らせてもらおう。

 

「分かった。だが、あまり大きなリスクは取らなくていい。そうだな、松下の能力なら過去問を丸暗記している今、100点も取れるだろうが……70点くらいを取ってもらおう」

「いいけど……49点でもいけるよ、私は」

 

 赤点が平均点の半分未満なら、49点取れば完全な安全圏だ。過去問をきちんと暗記している松下なら調整は余裕だろう。だが、書き損じなどで一問でも落とせば、途端に退学のリスクが出てくる。須藤や池、山内らがいる以上、全員が100点を取る可能性はほぼない。しかし、わざわざリスクを取る必要もない。

 ケアレスミスは防ぐのが難しい。人間、どうしたってミスは出るものだ。

 

「いや、そこまで下げるのはリスクでしかない。それに当日にさっき言ったケースが起きた時は、堀北や平田にも同じ説明をして、平均点を調整してもらうつもりだ。松下だけ大幅にリスクを取る必要はない」

 

 オレの説明に、頭では納得できているようだが、感情面ではまだ納得いかないようで、松下は唇を少し尖らせる。

 珍しい表情だ。これまで見てきた松下は、慌てたり赤面したりすることはあっても、基本的には冷静で論理的。筋道立てて説明すれば必ず納得してくれるタイプだったはず。

 だが、今の彼女はそうではない。それが少し、興味深い。

 

「綾小路くん、過保護すぎ」

「悪いな。せっかくできた彼女だ、まだ別れるのは惜しい」

「……ずるい言い方だね。そう言われたら、従うしかないじゃん」

 

 満更でもなさそうに、松下は点数調整の件を了承した。

 さて、須藤たちはどの程度暗記をこなしてくるだろう。まさか全科目暗記してこないってことはないだろうが、寝落ちして2科目くらい暗記できなかった、なんてのはありそうな話だ。

 

 

 

 

 中間テスト当日、予想は若干当たった。

 他の生徒はほぼ問題ないようだったが、須藤は英語だけ寝落ちして暗記が追いつかなかったらしい。池や山内が慌て、堀北が須藤に暗記のコツや配分を伝えている。

 

「あ、綾小路〜。なんとかしてくれよ」

 

 池からそんな悲鳴に似たSOSが届く。昨日の過去問の件で、オレを頼ることのできる存在だと認識し始めているようだ。ちょっと面倒だな。

 それにしても友達とはいえ、須藤が赤点を取るかどうかは、究極的には自分には関係のないことのはず。にも関わらず、自分のことのように誰かに助けを求めることができる。良い奴だな、池は。

 

「任せろ、できることはする。だが、一番大事なのは須藤自身の頑張りだ。残り数分、全力で暗記してくれ。いいな?」

「あ、ああ。すまねえ綾小路。苦労かけるぜ」

「気にするな。友達だろ」

 

 綾小路……! と感激した様子の池、須藤。

 やはり友達というワードは、人心掌握にある程度有効なワードのようだな。堀北には響かなかった辺り、使う相手は選ぶ必要があるみたいだが。

 

「堀北、ちょっといいか」

「平均点のこと? それなら私もできる限り調整するつもり」

「ああ、分かっているならいい」

 

 オレは須藤のことは堀北に任せて、平田の方に声をかけに行く。

 

「……ということで、悪いが赤点ラインの調整に力を貸してもらえないか」

「もちろんだよ。クラスメイトを助けるために協力するのは当然だ。他にも調整できそうな人がいると思うから、当たってみるよ」

 

 次の科目のテストまで残り数分。クラス全体に点数を下げるよう通達するのは、混乱を招くリスクがある。個人個人に説明するしかないが、それだと点数調整を行う生徒の数はギリギリになりそうだな。

 まあ、これでダメなら仕方ない。須藤には諦めてもらうしかない。自業自得の状況ではあるわけだしな。

 

 ……とは思っていたが、中間テストを終え、帰りのSHRで発表されたテストの結果は、ほぼ全員が好成績、そして全員が赤点回避の結果となった。

 

「サンキュー、堀北、綾小路! マジで助かったぜ!」

「次も同じようにいくとは限らないわ。引き続き勉強は続けましょう」

 

 堀北のドライな態度に、須藤はしゅんと肩を落ち込ませる。意外だな、今までなら反発していたと思うんだが。

 堀北が鞭なら、オレは飴を与えるとするか。堀北の冷たい態度を、クラスメイトの好感度アップに利用させてもらう。

 

「須藤自身が頑張ったんだ。オレは少し手伝いをしただけだ」

「綾小路……お前マジでいい奴だな! これからもよろしく頼むぜ!」

 

 嬉しそうにオレの肩をバシバシ叩いてくる須藤。調子の良い奴だ。

 

「それと、平田や王さんにも礼を言っておくといい。赤点ラインは平均点の半分だった。お前の赤点回避のために、2人ともわざと低い点数を取ってくれたみたいだぞ」

「なに、そうなのか? 俺のために……分かった、礼言ってくるわ」

 

 須藤はすぐに立ち上がり、平田と王美雨に頭を下げに行っていた。行動力はあるんだよな。次からのテストは今回のような裏ワザがある保証もないし、熱意を勉強に向けることができれば赤点も回避できるだろう。

 

「須藤くんじゃないけど、綾小路くんの持ってきてくれた過去問、ホントに助かったよ〜」

「平田くんと綾小路くんのコンビがいれば、Bクラスくらいには上がれちゃうかも?」

 

 いつの間にか周囲に集まってきた女子たちに、そんなことを言われる。平田と並べられるとは、オレの評価も高くなったものだ。

 女子に囲まれてお喋りしていると、ふと前の方から視線を感じた。松下か。

 なるほど、仮とはいえ恋人がいる状態で、他の女子と話過ぎるのは良くないぞという釘刺しというわけだ。

 さて、どう話を切り上げるべきかなと考え始めたところに、目の前の女子、園田から絶好の質問が来た。

 

「綾小路くんってさあ、彼女とかいるの?」

 

 間髪入れずに、オレは答える。

 

「ああ。松下と付き合ってる」

 

 ピタ、と教室の空気が固まった。

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