よう実 √松下   作:レイトントン

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番外編 文化祭③

 文化祭当日がやってくる。

 来賓の数は500人近いという。30代、40代がメインのターゲットになるだろうが、未成年も200人以上いるということだ。

 ケヤキモールの従業員も誘致されているため、女性もそれなりにいるようだ。

 ……もっと男性比率が高ければ色々助かったんだがな。

 まあ、今更言っても仕方ない。

 

 文化祭の開幕。同時に、メイド&()()喫茶『maimai』がオープンする。

 千秋や佐藤、みーちゃんの元気の良い挨拶が、特別教室内に響き渡る。

 

 また、メイドだけでなく執事の格好をした洋介もホールに出て、来賓女性の集客に努めている。

 女性向けの出し物は、昨日確認した限りではなかった。ニッチ需要を満たすことができたようで、洋介にも沢山の客が付いている。

 

「ほら! 上手くいってるよ。午後は清隆くんの番ね」

「気が重い……」

 

 オレと違って愛想も良いし、ずっと洋介に任せれば良いのに。

 執事がどこまで需要があるか分からなかったため、ポイントの節約のためにも衣装は一着しかレンタルしなかった。

 女子らの推薦により、オレと洋介が着回す形だ。

 熾烈なジャンケン対決の結果、強制的に洋介に前半を押し付けることに成功したのは良かったが、面倒ごとを先延ばしにしただけとも言える。

 

 午後の部を憂鬱に思いながら、オレも裏方の仕事をこなす。

 店内を観察すると、それなりに盛況な様子だ。

 

「い、いらっしゃいませ!」

 

 引っ込み思案な佐倉も、頑張って声を出して来てくれた客に精一杯の接客をしている。いつの間にか佐倉と仲が良くなっていた長谷部も、男の視線が苦手だろうに、愛想良く笑い応対している。

 

 それだけじゃない。佐倉は、自らの長所を遺憾なく発揮していた。

 

「撮影、1枚いただきましたっ!」

 

 チェキ撮影だ。

 メイドとしての接客はだいぶ慣れてきた千秋たちだったが、チェキの撮影の際に目が閉じられる、といったことが、プレオープンの日には度々起こった。

 しかし、グラビアアイドル『雫』として活動する佐倉は、撮られることのプロ。メイドたちに、またチェキを撮影するオレたちにさまざまなコツを伝授してくれた。

 

 メイドたち全員の技術が上達したのもそうだが、何より佐倉自身、どうすれば写真映えが良くなるのか、研究し尽くしている。傍目から見ても、佐倉の写るチェキはどこか他のメイドたちよりもクオリティが高い。

 

 はじめこそドジっ子眼鏡メイドという属性によって人気を得ていた佐倉だったが、やがてアイドルとしての能力を発揮した結果、チェキの撮影数トップを獲得していた。

 

「凄いや、佐倉さん。いや、人気のアイドルだから凄いってことは分かってたけど……あらためて実感したよね」

「佐倉の力を最大限活かせる機会がついに訪れた、という感じだな」

 

 実力とは、勉強やスポーツだけじゃない。そう実感させてくれるほど、今の佐倉は輝いている。

 

「このまま行けば上位には入れそうだが……」

 

 そう上手くはいかないか。

 偵察班から他クラスの情報が送られてくる。

 ウチもそれなりに好調だが、目立つのは2年生の各クラス。

 出し物のクオリティが、明らかに普通より高い。元々、かなり良い立地や大きな教室を得ていることは分かっていたが、やはり2年は1年生と組んで文化祭用ポイントの提供を受けているようだ。

 報酬はプライベートポイントか?

 坂柳や一之瀬のクラスならそれで納得がいくが、龍園のクラスだけは不気味だ。今回の文化祭は負けてもデメリットがない。勝った時のプラスは大きいが、8億を目指す龍園が多額のプライベートポイントを支払ってまで勝ちを目指すだろうか。

 

 別に報酬を用意したか、あるいは報酬を求めない相手と組んだ、というところだろう。

 

 3年は最も警戒すべき南雲のクラスはそもそも順位争いに参加していない。1年は一クラスを除いて、2年にポイントを提供している。4位までは報酬の最高額100クラスポイントはもらえるので、他の学年に負けないようなら問題はないが……

 

 せっかく、千秋やその友達が懸命に考えた案だ。

 やるなら1位を獲らせてやりたい。

 

「佐倉。例の件、そろそろ始めるか」

「も、もう始めるの?」

「心の準備がまだできてないか? 分かった、なら……」

 

 予定は狂うが茶柱先生の方を先に投入しようと考えたところで、佐倉に腕を掴まれる。

 

「大丈夫っ。わ、私……やれます!」

 

 佐倉は強い瞳でこちらを見ている。それを見たオレは、問題はないと確信した。

 

「分かった、頼む」

 

 メイドだけでなく執事も投入する、というのは秘策の第1弾にすぎない。

 続く第2弾は、あの引っ込み思案な佐倉からプレゼンを受けてのもの。彼女は決意を固めた顔で、こくりと頷いた。

 

 眼鏡ドジっ子メイド佐倉を、一度バックヤードに下がらせる。

 そして、軽井沢をはじめとする裏方で、佐倉を以前雑誌で見た姿に生まれ変わらせる。

 

「あのドジっ子メイドは休憩に行ってしまったのかな? 見てて楽しい子だったんだがなあ」

「まあ、他のメイドも見目麗しいことですし、良いじゃないですか」

 

 そんな会話がホールの方から聞こえてくる。オレの耳が良すぎるだけで他の連中には聞こえていないだろうが、オレはその言葉を聞いて悪戯心が芽生えるのを感じた。

 シンデレラに魔法をかけるように、佐倉への化粧が完了する。生まれ変わった彼女を見て、バックヤードにいる生徒たちはしばし手を止め彼女に目を奪われていた。

 

「佐倉……いや、雫。皆をびっくりさせてこい」

「うん。……任せて!」

 

 背中を叩いて送り出してやる。

 眼鏡を外し、髪型も可愛らしく纏めた人気グラビアアイドル雫が、メイド&執事喫茶『maimai』に降り立った。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 元気いっぱいに挨拶する佐倉。

 店中の注目が集まり、一瞬静止した。

 

「え……あの子、もしかしてさっきの……?」

「というかあれ、アイドルの雫じゃ……!?」

 

 ざわめきは徐々に大きくなっていき、歓声が轟いた。

 驚いたな。雫としての知名度はどんなものかと思っていたのだが、少年誌に出たこともあるというのは意外に大きかったのか。それともメイド喫茶の客層とマッチしていたのか。

 どちらにせよ、導線に火が付くのは早かった。

 こっち側で用意したビラをばら撒いたこともあり、噂がもの凄い速度で広がっていく。

 

『2年Aクラスのメイド喫茶にアイドルがいるらしい』

 

 そんな噂を聞きつけて、来客が爆発的に増加する。

 教室の外でも長蛇の列ができるほどだ。千秋がその能力をフル活用して列を捌いているが、それでも追いつかない。

 

「あーこれは忙しいなーとても洋介と入れ替わりで執事に着替える暇はないだろうなー」

「言ってる場合? あなたもとっとと列整理に入りなさい」

 

 執事にならない言い訳を並べているオレだったが、生徒会の仕事もあるためメイド服には袖を通していない堀北に尻を叩かれ、仕事に駆り出される。

 雫効果は凄いもので、どんどん人が溢れてくる。茶柱先生の出番は不要かもしれない、そんな甘い考えが一瞬過ぎる。

 たとえ不要だとしても、面白いから決行はするつもりではいる。

 

「あ、あわわ。綾小路くん、佐倉さんの撮影です!」

「こっちも!」

 

 カメラ2台でも追いつかない。

 秘策を複数用意していたため多めに準備しておいた紅茶やサイドメニュー、チェキ用のフィルムの在庫にはまだ余裕があるが、単純に人手が足りないのは辛いな。

 佐倉が撮影慣れしているおかげで、今のところはなんとか回せているがこのままだと限界がくる。

 

 オレは一旦裏に回り、幸村に電話をかける。

 

「幸村。佐倉の策を使った。こちらの人手が足りない。2、3人回してくれ」

『了解した。屋台から池と南を、偵察班から沖谷を向かわせる』

 

 オレと洋介はメインのメイド執事喫茶にかかりきりだったが、クラスの男子たちは協力して粉物屋台をこなしてくれている。Dクラスだった頃からは考えられない絆が芽生えている。それは男女問わず、どの生徒にも言えることだ。あの山内でさえ、クラス内投票の一件以来比較的協力的になっている。

 

 そのうち、オレが働く必要もなくなるだろう。

 なんなら、皆の成長を促すために一之瀬クラスあたりに肩入れするのも面白いかもしれないな。

 

 池たちが合流すると、作業はかなりスムーズになった。

 雫の登場により、一気にウチのクラスの順位は上位に食い込んだはず。このまま行けば最高額の獲得は達成できそうだ。なんなら1位の可能性もある。

 だがまだだ。まだ安全圏ではない。

 

 ラスト1時間ちょっと、オレは皆に少し抜けることを切り出して、最後の秘策……茶柱先生のもとに向かった。

 

 茶柱先生をポイントで強制的に協力させ、メイド服を着用させることに成功。

 主に同僚である男性教諭らの興味を誘った結果、第3弾の大きな反響を呼んだ。

 

 立ち見料金を取るなど、他にもさまざまな工夫を凝らした結果、文化祭の売上1位はオレたち2年Aクラスとなったのだった。

 

 

「じゃあ、文化祭売上1位を記念して……乾杯!」

 

 洋介の呼びかけに応え、皆がグラスを掲げる。

 オレたちのクラスは、希望者で文化祭の打ち上げを行っていた。希望者でとはいうが、全員参加している。入学当初からは考えられないチームワークだ。もちろん、全員が全員仲良しこよしというわけではないが、初期の堀北なんかはこの場に参加することはなかっただろう。そう思えば皆成長しているな。

 

「いやー、茶柱先生のメイド姿には驚いたよな!」

「照れてる佐枝ちゃん先生可愛かったなー、っていでででで!」

「デレデレしてんじゃないわよ!」

 

 話題の中心はやはり茶柱先生と、そして……

 

「佐倉! おっ、お前……グラドルの雫だったのかよぉ!」

「言ってくれればよかったのに!」

「その、言い出しづらくて……」

 

 クラスメイトたちから囲まれ、質問責めにあっている佐倉だ。

 メガネを外し、髪型も変えた彼女を赤い顔でぼんやり見ている男子も多い。目立たない生徒から、一躍クラスのアイドルだ。

 山内なんかは必死で言い寄って引かれている。見かねた須藤に引っ張られていくまで、それは続いていた。

 しかし、以前は男の視線を怖がっていた佐倉だったが、それを受けても苦笑いで流している。もちろん、苦手なのは変わっていないだろうが、精神的な余裕ができているのはいいことだ。

 こちらの視線に気付いたのか、佐倉は周り小さく手を振ってきた。頷きで応えておく。

 

「綾小路くんは執事にならなかったんだね」

「平田くんもカッコよかったし、綾小路くんの執事も見たかったよね」

 

 オレも何人かの女子からそんなことを言われる。

 悪いな、と思ってもいないことを言いながらその場を切り抜けた。

 

 その後も洋介や堀北といったリーダー連中と上手くいった作戦について語ったり、三宅や須藤、小野寺たちにいつから秘策を考えていたのか質問されたり、池や山内らに執事からエスケープしたのを揶揄われたりと、クラスメイトたちと話し続けた。

 

 ひとしきり打ち上げを楽しんだあと、解散の時間となる。オレは千秋と合流し、帰路に就いた。

 

「千秋、今日は頑張ったな」

 

 頭を撫でる。

 千秋はメイド喫茶の発案者の1人として、申し分ない働きをしていた。メイドたちの中では最も接客が上手く、他のメイドがドジをしても彼女のカバーがあったからこそ、ウチのクラスのメイド喫茶は成功を収めたと言える。

 いわば影の立役者だ。

 

「ありがとう。清隆くんは……執事サボったね?」

「裏方仕事が忙しかったのと、着替えてる暇がなかったんだ」

「本当は着たくなかったんでしょ。もう、しょうがないんだから。……でも、執事姿の清隆くんは見たかったな」

 

 千秋は少し残念そうに呟いた。

 ……そうか、千秋はオレの執事姿が見たかったのか。

 

「とりあえず、今日はもう帰ろうか」

「いや、悪いがちょっとオレの部屋に寄ってくれないか」

「うん? もちろん構わないけど……」

 

 千秋を自室に呼び、座らせる。

 

「紅茶を淹れるから待っててくれ」

「私がやるよ」

「いや、今日千秋はとても頑張っただろ。労わせてくれ」

「……ありがと。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 千秋が待っている間に準備を整え、紅茶のポットをトレーに載せる。

 

「待たせた」

「ううん、ぜんぜ……ん……」

 

 千秋は言葉を続けず、驚いた顔で固まっている。

 ……ちょっと恥ずかしいな。

 

「清隆くん、その格好……」

「今日は頑張りましたね、千秋お嬢様」

 

 執事服を身に纏いながら、オレは千秋を労う。

 メイド喫茶の店長として事前準備を手伝っていたオレは、衣装も纏めてレンタルショップへ返却しにいく役割も持っている。つまり、使い終わった執事服もまた、今日はオレが寮に持って帰ってきていた。

 返却日は明日。執事の格好をするのは、これで最後だ。

 やがて、フリーズしていた千秋が現実に戻ってくる。

 

「清隆くんの執事……!」

 

 パシャパシャ、と端末のカメラで写真を撮られる。と思えば今度はムービーを撮っているようだ。動画映えするように紅茶をカップに注ぐ。

 

「お嬢様、紅茶でございます」

「ありがとう、清隆く……清隆」

 

 千秋もノってくれた。オレという執事を侍らせるお嬢様として、優雅に紅茶のカップを傾ける。

 

「もう残り数時間もないが、今日は千秋に奉仕させてもらう」

「なんでも命令していいのかな?」

「できる範囲で頼む」

「そうだなあ……」

 

 千秋は顎に手を当てて、オレの使い方を考えているようだ。やがて、何か思い付いたのか、彼女はにやりと笑った。

 ごろ、とベッドに寝転がる。

 

「今日は頑張って体痛いし、マッサージしてもらおうかな」

「マッサージか……素人だがやってみよう」

 

 寝転がる千秋の背に乗り、背中や肩、足を指圧してみる。完全な素人仕事なので疲れが取れるとは思えないが、千秋は「あーそれいいー」とノリノリだ。

 雰囲気を楽しみたいだけなのかもしれない。

 

 しばらく千秋のマッサージを続ける。

 はじめの内は力加減が分からず、過剰に力を抜いての指圧になったが、段々と調整が利くようになってきた。

 程よい力で千秋の体を解していく。

 

 ……ここで非常に単純な話になるのだが、マッサージをするということは、相手の体に触り続けるということだ。

 そして、オレたちは年若い男女、それもカップルだ。そんな接触が長時間続けばどうなるか。

 

「清隆くん……」

 

 千秋がか細い声でオレを呼ぶ。

 言葉にしなくても、その意図は明白だった。

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 オレは執事としての口調のまま、お嬢様の要望に応えた。

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