パートナー筆記試験当日までには、クラスメイト全員……より正確にいえば、2年生全員はパートナーを決めることができていた。
試験当日まであと数日となったある日。オレは千秋を自分の部屋に呼び出していた。
均一ショップで買った、紙でできたチープな帽子を被り、クラッカーを用意する。掃除がしやすいように玄関にはシートも張ったし、準備万端だ。
ピンポン、とチャイムが鳴る。空いてるから入ってくれ、と声をかけると、千秋が返事をしながら扉を開けた。
クラッカーの糸を引く。パン、と小気味の良い音が鳴り、中の飾り紙が散りばめられる。
「わっ、びっくりした」
「千秋、誕生日おめでとう」
「ありがとう、清隆くん」
ひゃー、とどこか楽しそうに言いながら、千秋は靴を脱ぐ。その間にオレはシートを回収し、クラッカーの中身を片付けた。
そう、今日は4月25日。千秋の誕生日だ。前々から準備は整えていたので、今日はその成果を見せる時だな。
千秋を座椅子に座らせて、オレは用意してきたプレゼントを渡す。
「わあ、ティーセット?」
「千秋は紅茶好きだからな。オレの時はコーヒーメーカーをもらったし、ならこれをと思った」
「ありがとう清隆くん! すごく嬉しいよ。これで早速淹れてもらっていいかな」
「ああ、任せておけ」
紅茶を淹れ、ついでに冷蔵庫に入ったケーキを取り出す。
「あとコレ、シフォンケーキだ」
「え、もしかして……手作り?」
「ああ。レシピを調べて作ってみた。ホワイトデーの時も思ったが、意外と楽しいものだな、お菓子作りは」
「ハマってきた? これは将来パティシエの可能性もあるかもね」
オレがパティシエか。
白く長いコック帽子を被るオレの姿を想像すると、なんだか笑えてくるな。
想像していると、パシャ、と千秋に写真を撮られる。
「ごめんごめん! 清隆くんが笑ってるの、すっごいレアだから撮りたくなっちゃって」
「構わない。それもプレゼントの1つ、ってことにしておく」
「ありがとう。いやあ、良いもの手に入っちゃった。待ち受けにしとこうか……いや、他の人に見られたくないなあ……」
オレの写真をどうするかでうんうんと悩み始めた彼女を尻目に、切り分けた自作シフォンケーキを口に入れる。
味見した時も思ったが、なかなか美味い。オレには料理の才能があるのかもしれない……と自惚れてもいいのだろうか。
「……清隆くん、この間の宝泉くんの話……本当に大丈夫なの?」
ケーキと紅茶を楽しんでいると、千秋からそんなことを聞かれる。
祝われているのにどこか浮かない顔をしていると思ったら、それを気にしていたのか。
「ああ。宝泉たちが2年と組む可能性は低い。他の1年生たちも同様だ」
坂柳、一之瀬、龍園はそれぞれ理由は違えどあの内容の特別試験を素直に受け入れるとは思えない。
坂柳や龍園は、オレを倒すなら自分の力でと考えるだろうし、一之瀬はその持ち前の正義感から忌避感を示すだろう。
予想が外れたとしても、オレを倒すために1年生と組むのであれば、それはそれで構わない。その戦略を見せてもらうだけだ。
「けど今回の試験、清隆くん1人じゃ突破できないでしょ? ボーダーは501点なんだよ? もし清隆くんが高得点を取っても、相手がわざと0点を取ったら退学になる」
「自爆特攻か。たしかに厄介な戦術だが、対処は済んでる」
「えっ……いつのまに」
「初日の段階でな。万が一にも退学はごめんだから、早々に手を打たせてもらった」
「うー、気付かなかった……待って、答えは言わないで。考えてみるから」
必死に頭を働かせながら、ケーキを食べる可愛い彼女を眺めつつ、楽しい時間は過ぎていく。
◆
そして迎えた試験当日。千秋はDクラスの堀北が決めた生徒と、オレはかねてから約束のあったBクラスの八神とパートナーを組み、試験に臨んだ。
そして今日は、結果発表の日。茶柱先生が教壇に立つ。
「まずはクラスの結果だ。黒板と各生徒の端末に表示する」
茶柱先生がタブレットを操作すると、黒板と手元の端末に順位が表示される。
1位 Cクラス(一之瀬クラス)
2位 Bクラス(坂柳クラス)
3位 Dクラス(龍園クラス)
4位 Aクラス(堀北クラス)
退学者 なし
一之瀬クラスが1位で、ウチが最下位。分かっていたことだが、ちょっと珍しい結果となった。
「今回は残念だったな。まあ、退学者が出なかっただけよかったと言えるだろう。続いて個人の結果だが、それぞれで確認しておくように」
と言いつつ、茶柱先生は嬉しそうにオレを見ている。
確認すると、1位はオレと八神のペアだった。合計点数962点とダントツの数字。心配は杞憂だったようだな。
しかも、各生徒の得点も閲覧できるようで、高得点順にソートしたところ全科目でオレの名前が一番上にくる。
全ての科目で満点を取っていたからだ。
「あ、綾小路。おまえどんな勉強すればあの問題が解けるんだ!?」
思わず、幸村からそんな言葉が漏れる。勉強のできる彼にとっては、その辺りは気になるようだ。
各科目の高難易度の問題は、高校の範囲からかなり逸脱したものだった。そんな問題を高校のテストで出さないでほしい。
月城の嫌がらせなのだろうか。いや、1年1学期、4月の中間テストでも高難易度の問題はあったから、元からの学校の方針なのかもしれない。
「カンニングとかしたんじゃねーの?」
山内は相変わらずだ。でも、そう疑いたくなる気持ちは分からないでもない。現に、周囲の生徒の何人かも同じように疑いの目を向けている。
「不正があったなら学校が見逃すはずはない。つまり、これは綾小路の純粋な実力だ。誇るといい、紛れもなく学年1位の成績だ」
茶柱先生からはそんな褒め言葉が出てくる。
今回の特別試験、筆記試験の成績で上位5組の生徒は10万プライベートポイントが支給される。オレ以外だと坂柳、一之瀬、神崎、真田のペアがそれを勝ち取ったようだった。
千秋も上位3割には入れていたから、10000プライベートポイントは貰えた。
「清隆くん、1位おめでとう」
「ああ。千秋も、上位入りおめでとう」
しかし良かった。千秋と組んだ相手が刺客の可能性もあったからな。多少無理をして2000万を手元に用意したが、杞憂に終わったことが一番ありがたい。
千秋にも言ったが、オレは今回、自分の心配は一切していなかった。
元々、茶柱先生に頼んでテストの点数1点を売ってもらっていたからだ。
筆記試験で500点の満点を取り、購入した1点を合わせれば501点。ボーダーを超える。ホワイトルーム生がオレとペアを組み、オレを退学させようと自らが0点を取ったとしても、退学になるのは手を抜いた相手側だけとなる。
オレ自身の安全を確保するとともに、ホワイトルーム生がむざむざ仕掛けにきたらカウンターとなるという対策だったわけだが、向こうも今回は尻尾を出さなかった。
元々仕掛ける気はなかったのか。それとも、オレの策を見抜いたのか。
今回の情報だけでは、パートナーだった八神をホワイトルーム生でないと判断することはできない。
だが、八神は450点以上を獲得している。高難易度の問題も何問か正解しているようだし、刺客かどうかはともかくとして、相当に出来る奴のようだな。
ちなみにだが、このパートナー筆記試験が決まった時点で茶柱先生に点数を売ってもらうよう依頼したところ、使用ポイントは30000で済んだ。なんでも、試験終了前と後では必要ポイントが違うらしい。
退学が決まる前か後かで、点数の価値も変わってくるということか。考えてみれば当然ではある。
オレ自身の退学を防ぐための費用は30000で済んだが、千秋はそうもいかない。オレへのダメージを与えるために千秋が狙われる可能性も考慮し、救済のための2000万は手元に置いておいたが、不要だったな。
天沢と八神に集めてもらった優秀な生徒たちは、一之瀬のクラスに提供した。
一之瀬クラスは1年生との交流会で学力下位の生徒を多く集めてしまったが、高い学力を持った生徒も当然欲しがっているはず。
退学者を出さないためにもそうだし、今回の試験、上位を目指せるポテンシャルがあるならなおさらだ。
結果、一之瀬のクラスは今回の特別試験で1位を獲得した。天沢と八神の2人とも、自らの実力を示すためか学力Aの生徒まで何人か集めてくれたのが幸いした。一之瀬たちは今ごろ歓喜に沸いていることだろう。
オレは見返りに、無利子でのポイントの貸し付けを要求した。額は約300万。返済期限は今回の試験でボーダーを割る生徒が出なければ5月1日中、つまり今日までで、ボーダー割れが発生した場合は夏休み終了まで。
早速端末を操作し、お礼のメッセージと共に300万を返金する。
『一之瀬、今回は助かった。退学者は出なかったが、保険を用意しておいたおかげで気兼ねなく試験に集中できた』
『こちらこそ、綾小路くんのおかげで勝てたよ! クラスの皆も凄く喜んでくれた!』
『それならよかった』
『でも、綾小路くんはやっぱり凄いね。あの難しいテストで、全教科満点取っちゃうんだもん』
『言っただろ、一之瀬たちの貸してくれたポイントのおかげで集中できたからだ。それに、今回クラスの総合力で勝ったのは一之瀬たちだ。誇っていい』
そんなやりとりをしながら、今回の特別試験は終了した。
しかし、ホワイトルーム生から仕掛けられることはなかったな。月城のハッタリだった、と考えるのは早計だが、何か狙いがあるのか……
丁度良いことに、SHRが終了した後に茶柱先生から声をかけられ、月城が呼んでいると告げられる。
例の賭けのことだろう。オレはおとなしく理事長の下へ向かった。
「どうでしょう、綾小路くん。ホワイトルーム生が誰かは分かりましたか?」
「いえ、確信には至りませんでした。ホワイトルーム生らしい雰囲気も感じられない。上手く擬態できていますよ」
「おや、君にリスクはないのだから、適当に名前を挙げてもよいのではないですか?」
月城がそんなことを言う。
今のところ疑わしいのは天沢と八神の2人だと考えているが、それ以上の人数を投入している可能性もある。ここで2人の名前を出せば、他の刺客については情報を得ていないとバラすようなもの。
それに、オレが何をどこまで掴んでいるのかを知らせるつもりもない。
「いえ、当てずっぽうで答えても面白くないですから」
「ふふふ、面白い子ですね。この状況を楽しんでいる、そんな風にも捉えられる言い方だ」
「まあ、刺激的だとは思ってます」
「それを聞けばお父上もお喜びになるでしょう。ますます早く帰ってきてほしいと思うかもしれませんね」
喜ぶ? あの男が?
イメージが湧かないな。
「報告感謝します。下がっていいですよ」
「では、失礼します」
大人しく下がろうと、オレは理事長室の扉に手をかける。
しかし、ふと聞いてみたいことができた。
「月城理事長。あなたは父に命令されてオレを退学させようとしている。そうですよね?」
「……それがなにか?」
「ホワイトルーム生も割と好き勝手に動いてもらって構わないようなので、放任主義なんだなと」
それに、随分と悠長だ。
春休みに話した時も思ったが、この男も相当の手練。オレでも簡単に抑え込める相手じゃない。
にも関わらず、今回月城は直接手を出さず、身勝手に動くホワイトルーム生に任せた。
「ええ。必要とあらば体罰も厭わない私ですが、生徒の自主性を重んじていますので」
月城の言葉に嘘は見えない。が、何か真実を覆い隠すような違和感を覚えながらも、オレは会釈して退室した。