よう実 √松下   作:レイトントン

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第5話

 周囲の視線が一斉に私の方を向く。

 別にやましいことは何もないけど、やっぱり居心地は悪い。けど、この状況で黙り込むわけにもいかないから、私は座る綾小路くんの後ろまで歩いて行く。

 

「実はそうなんだよね。つい何日か前から、私たち付き合い始めたの。隠すつもりはなかったんだけど」

「ま、マジかよ綾小路! 彼女できたんなら俺たちに報告しろって言っただろ!」

 

 池くんが動揺を隠せないまま、綾小路くんに詰め寄る。

 私と綾小路くんが付き合っていると事前に知っていた、私たちのグループ以外の女の子たちも同じように、私と綾小路くんを質問責めにする。

 どっちから告白したのかとか、何がきっかけで仲良くなったのかとか、そんなこと。

 ある程度、事前に設定は固めていたから、私と綾小路くんはそれらの質問に淀みなく答えていく。

 

「くぁー、綾小路に先越された!」

「松下さんと綾小路くんかぁ。確かに2人とも大人っぽいし、いい雰囲気かも……」

 

 収拾がつかなくなりかけていたタイミングで、救いの手はやはり平田くんから差し伸べられた。

 

「皆、落ち着いて。ビッグニュースなのは分かるけど、綾小路くんたちも皆も、中間テストで疲れてると思う。今日は一旦お開きにしないかな?」

 

 クラスのリーダー格である平田くんにそう提案されてしまえば、皆はそれに倣うしかない。まだ物足りなそうなクラスメイトたちは、ぽつぽつと帰路に着いていった。

 

「ありがとう平田。助かった」

「なんてことないよ。けど、あの場で交際を公にしてよかったのかい?」

「……松下はどうだ?」

「びっくりしたけど、全然大丈夫だよ。元々聞かれたら答える、ってスタンスだったしね」

 

 とは言いつつ、内心ではちょっとだけ焦った。

 1人2人に対して返答するのを想定していただけに、クラス全体に伝わるようなタイミングでの返答は予想外だったからね。

 

「それなら良かったよ。……僕もそろそろ帰ろうかな。今日は本当にありがとう、2人とも。退学者が出なかったのは、2人のおかげだよ」

「良いよ良いよ、気にしないで」

 

 平田くんはピシッと頭を下げた。そんなに気にしなくていいし、平田くんがこんなに頭を下げる理由もない。下げるべきは池くんとか山内くんたちでしょ。

 平田くんは私たちに先んじて教室を出た。私と、綾小路くんだけが残った教室。喧騒はどこか遠く、無機質な瞳だけが私を見つめている。それが少し心地良い。

 

「そうだ、綾小路くん。ちょっと祝勝会しない? 中間テスト乗り切っておめでとう、ってことで」

「いいな。ケヤキモールに行くか」

 

 そんな形で、初デートが決まった。

 

 私と綾小路くんはケヤキモールに向かう。ちらほらと解散したクラスメイトの姿が見えると、早速デート? と揶揄われる。

 綾小路くんが公言した以上、こっそりする必要もなくて楽でいい。やめてよー、と返しながら堂々と彼と腕を組んで、ケヤキモール内を散策する。

 

「混んでるな。皆、考えることは一緒か」

「でも、2人なら入れるところあると思うよ」

 

 ゆっくりとお店を探す。いつも利用しているカフェのパレットや、手頃なファミレスでもいいけど、せっかくの初デートならちょっと良いところに入りたい気もする。

 でも、綾小路くんは過去問入手で手痛い出費があるしなあ。私自身、4月は10万ポイントに調子に乗って、軽井沢さんほどではないにせよ少し散財してしまった。

 友達付き合いにもお金が要るから、仕方ないことではあるけど。

 

「ここなんて良いんじゃないか?」

 

 綾小路くんが指したのは、ケヤキモール内でも結構お高めのレストラン。思わず彼の顔を見る。

 

「せっかくの初デートなんだ。ちょっとくらい奮発してもいいだろ?」

「……そうだねっ」

 

 私は綾小路くんに絡めた腕の力を強めた。

 

 

 

 

 こうした事情で、オレと松下は付き合うことになった。……仮の恋人契約だが。

 平田と軽井沢の先輩カップルとの、今度ダブルデート行こうよ、なんてハードルの高い話を終えて席に座ると、先ほど般若のような表情でオレを睨み付けていた池と山内が、今度はゲス顔を浮かべてこちらに向かってきた。

 ……嫌な予感しかしない。

 

「なあなあ綾小路。こないだの話覚えてるだろ?」

「いや、さっぱりだな」

「嘘つけ! どうなんだよ、その……松下と、もうシたのか?」

 

 朝っぱらから下ネタかよ。しかもデリカシー皆無だ。女の子たちに引かれないよう声を潜めてようとしてはいるが、興味深々なためかボリュームが抑え切れていない。女子グループにもばっちり聞こえたみたいで「うわっ」「山内くん最低」って顔されてるぞ。

 たしかに、以前こいつらはエッチした奴から話が聞きたいだのなんだの言っていたな。だが、オレと松下の間にそういうことをしたという事実はない。仮の恋人契約だしな。

 

「まだ付き合って数日だぞ」

「でもよお、松下可愛いっつーか、キレイ系じゃん? そんな子と付き合ったら、そんな気にもなるだろ?」

 

 こういった話題の時、なんて答えるのが正解なのか。今までの知識を総動員して考える。

 

「そうだな。でも、急ぐ必要はないだろ。オレは松下を大切にしたい」

 

 知識の中から引っ張ってきた答えを口にする。

 池と山内の顔が、またあり得ないほど歪む。キザったらしいことを言いやがって、とでも言いたそうな顔だ。

 また失敗してしまった、と思った矢先、聞き耳を立てていたらしい松下たちのグループからは、キャー! と黄色い歓声が上がった。池たちも思わず振り返る。

 

「聞いた!? 松下さん!」

「良かったね、綾小路くん最高の彼氏だよ〜」

「う、うん。あはは」

 

 松下は顔を赤くして同じグループ女子らの言葉に頷きを返すのみだ。

 女子に対してはこの返答で良かったみたいだな。

 一方、ゲスな話を聞かれていたと知り、針の筵となった池と山内は「覚えてろ綾小路!」なんて小悪党のような言葉を残して、教室の隅へ退避していた。

 結果的には正解だったが、男友達だけの場ではまた言い分を変えた方が良さそうだな。いい勉強になった。

 

 そんなやり取りを行いつつ、今日の授業もまた過ぎていく。

 昼休み、松下は以前約束した通りに、オレにお手製の弁当を持ってきてくれた。弁当を作ってくれると言われたあの日以降、毎日食べているが、これが美味い。

 

「今日もありがとう、松下」

「お安いご用だよ。今日は皆と食べる予定だから、また後でお弁当箱もらうね」

「前も言ったが、洗って返すぞ?」

「いいよ、1つ洗うのも2つ洗うのも大して変わらないし。それにこっちで回収すれば、すぐ再利用できるしね」

 

 そう言って、松下は軽井沢たちグループの女子の中に戻っていく。さて、オレは今日はどうするかな。池たちは……とてもじゃないが誘ってくれる雰囲気じゃない。この愛妻弁当を見せたら気が狂ってしまうんじゃないだろうか。やめておこう。

 今日はぼっち飯か、とその場で弁当の包みを開けようとする。そんなオレを横から、堀北の鋭い目付きが射抜いてくる。

 いつもの毒舌か、と思われたが、何も言ってこない。借りてきた猫のようにおとなしい堀北。不気味だ。

 

「なんだよ。言いたいことでもあるのか?」

「……いいえ。せっかく彼女にお弁当を作ってもらったのに、一緒に食べる友達がいないなんて寂しい人ね、と思っただけよ」

「相変わらずで安心したよ」

 

 堀北がおとなしい、なんてのはオレの勘違いだったらしい。

 

「安心? なにをどうして安心したのかしら」

「いや、堀北の元気がないように見えたが、オレの勘違いだったと思っただけだ」

「……その通り、あなたの勘違いよ。まったく的外れで笑えてくるわ」

 

 堀北の言葉にはどこか動揺が見え隠れしている。……だがまあ、オレにはどうでもいいことだ。

 

「それにしても、過去問の件といい、兄さんとの件といい……あなた、実力を隠していたのね?」

「あまり目立ちたくなかったんでな」

「事なかれ主義のあなたらしいわね。でも、それなら過去問の件はどういう風の吹き回し? あなたの彼女か、平田くんに全て任せておけば注目を集めることもなかったのに」

「例のSシステムについて詳細が分かったからな。実力を隠すだけ損だと判断しただけだ。松下にも言われたし、オレなりにポイントを得るため動くことにした」

 

 それは堀北にとっては喜ばしい知らせだったはずだが、表情は変わらない。喜びを表に出してプライドを傷付けたくないのか、それともなにか別の理由があるのか。

 

「Aクラスに行くために協力してくれる気になった。そう思っていいのね?」

「リーダーには向いてないから拒否するが、駒として働く気はある」

「そう。それなら、またあなたの悪知恵に期待させてもらうわ」

 

 そう結論付け、話は終わった……かに思われたが、堀北はまだ何か言いたそうだ。

 歯に衣着せぬ物言いがウリの彼女には珍しいその様子をしばらく観察していると、我慢が利かなくなったか、ついに思っていることを口にする。

 

「随分協力的なのね。可愛い彼女の頼みだと」

「何が言いたいんだ?」

「私の時は散々渋ったくせに」

「堀北。お前意外にかわ——なんでもない」

 

 言葉を続けていたら、右腕に穴が空いていたところだ。コンパスの針が、春の日差しを受けてきらりと輝いている。

 

「綾小路くん。あなたが昼行燈だと思っていたこと、訂正と謝罪をするわ。ただし、彼女がいながら他の女性に可愛いなんて平気な顔で言う、軽薄な男だと覚え直しておくけど」

「いや、可愛いって言おうとしたとは限らないだろ。可哀想とか他にも可能性は」

 

 言葉を続ける前に、オレの右手に穴が空いた。痛い。

 

 

 

 

「明日はついにポイント支給日か。クラスポイント、増えてるといいね」

 

 松下はそんな言葉を口にした。そう、明日は7月1日。毎月の初め、クラスポイントに応じたプライベートポイントが各生徒に支給される日だ。

 オレたちDクラスは5月の頭、クラスポイントを0に落としたためポイントの支給がなかった。オレのように交友関係が狭く、ポイントの使い道のない生徒は10万ポイントでも十分生活できていた。が、他の生徒、特に池や山内なんかの特に考えもせずポイントを浪費していた生徒たちは、かなり苦しい生活を強いられたに違いない。

 久方振りのポイント。喉から手が出るほど欲しい者も多いだろう。

 

「今回も0ポイントだったら、いよいよ上位クラスに追い付くのは厳しいかもな」

「でも、他のクラスからポイントを奪えれば、可能性はあるんじゃない?」

 

 松下は試すように、こちらに上目遣いを向けてくる。さすがだな、気付いていたか。

 

「ああ。学校側はクラス間の競争を謳ってる。なら、直接対決でポイントを奪い合う機会が設けられると考えるのが妥当だろうな。というか、そうでもなければウチのクラスに勝ち目はない」

「私たち0ポイントだからね、あはは」

 

 表面上笑っているが、内心穏やかじゃないんだろうな。

 松下はオレが記憶している限りでは、かなり真面目に授業を受けている様子だった。携帯を弄ることもあったが、軽井沢グループの付き合いで仕方なく、という場合に限られていたようだ。

 真面目な授業態度を取ってきたのに、周りに足を引っ張られては不満も出るだろう。それをおくびにも出さないだけ、立派なものだ。

 

「綾小路くんは、その『ポイントを奪い合う機会』ってどんな時に起こると思う?」

「……完全に予想でしかないが、まずは直近の夏休み、バカンスってやつだな」

「ああ、茶柱先生が言ってたやつだね」

「この学校が素直にバカンスなんてものを提供してくれるとは思えない。その期間中でポイント争奪戦が起こるんじゃないか」

「なるほど、ありそうな話だね」

「あとは、学校の催事だな。体育祭なんかは分かりやすいイベントだし、上位のクラスがポイントを受け取る機会になり得ると考えている。下位のクラスがポイントを失うかは微妙だが、競争を激化させるためには十分あり得る措置だ」

 

 逆にそこでDクラスが負ければ、早々にクラス間抗争に決着がついてしまうことにもなることから、確率は五分といったところ。

 オレの回答に満足したのか、松下はにこにこ顔で俺の腕を強く抱く。

 

「体育祭、ね。そこまで見越して須藤くんを残したんだ?」

「あいつの身体能力は学年でもトップクラスだからな。切り捨てるには惜しい駒だ。今は足を引っ張っているが、伸び代はあると思ってる」

 

 何かに長けている者は、別の何かでもコツを掴むのが早いものだ。バスケ部1年で注目株らしい須藤は、勉強なんかでもハマれば成長の余地はあるだろう。

 

 ……と思っていたのだが、翌々日。茶柱先生から、須藤が暴力沙汰を起こしたと知らされた。

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