豪華客船を降りるのは、1年生、2年生、そして3年生の順となった。15分おきの出発となる。平均的な体格差を考慮しての順番だろう。1年生への恩恵はかなり大きいが、2年生のオレたちにはメリットは特にない。
はじめにオレが指定されたのはD7のエリア。2年生の中では恐らく最速で到達したと思われるが、やはり着順報酬は得られなかった。オレは七瀬をはじめ、D7にいる1年生の顔ぶれを記憶しておく。
1年生は1学期の時点で退学者を1名出している。総勢159名いるわけだが、仮に全員で3人グループを組んだとして、53グループ。12のテーブルには恐らく均等に割り振られるはずなので、1テーブルあたり少なくとも4グループは1年生がいる計算になる。
着順報酬が得られるのは3位まで。仮に初回の指定エリアが各テーブルごとに全てバラバラだったとしても、上級生が着順報酬を得られる可能性はほぼ0だった。
ここは気にしてもしかたない。問題なく到着ボーナスが得られただけ良しとするか。
既にトランシーバーでの連携で分かっている事ではあるが、オレと1回目の指定エリアが重なっているグループで、坂柳と一之瀬、龍園と葛城といった主要メンバーの揃っているところはなかった。遠慮なく着順報酬を取りに行けるな。その点で言えば、高円寺とも被らなかったのは残念だ。
高円寺といえば、去年の無人島試験では木の上を飛び回る立ち回りをしていたな。1日目の夜には仮病でリタイアしていたが、あの移動方法は体力の消耗はともかく、移動速度の面では今回の試験でもかなり有用に思える。オレも真似させてもらおう。
やがて時間は10時を迎え、基本移動以外での得点源となる課題が開始される。
火起こしや数学テスト、握力測定などさまざまな課題がタブレットの地図上に表示される。
ここは学年で協調している強みを活かす場面だな。
「坂柳。オレはどの課題に向かえばいい?」
『綾小路くんは『英語テスト』へ向かってください』
「了解」
かなりの人数へ指示を飛ばさなければならない都合上、坂柳とのやり取りは非常にシンプルなものとなった。短い言葉でしっかり意思疎通ができるところに、坂柳の能力の高さを感じ取れる。
オレは指示通り英語テストの課題へ向かう。
課題での必勝法は、参加枠を2年生で独占することで他学年の生徒がそもそも参加すらできない状況を作り上げることだ。しかし、まだ無人島各地に生徒が散らばっていない試験開始直後にそれは難しい。
なので、確実に勝てるオレや須藤、山田といった生徒を適切な課題に割り振るのが今の坂柳の戦術だろう。握力測定には須藤を向かわせているに違いない。火起こしには池を向かわせているかもな。須藤と池は同じグループだが、課題に別々に参加しようが問題はない。
「2-A綾小路清隆、課題に参加します」
「ああ、申請を受け付けた」
周りを見る。各学年で数グループが参加しており、2年生からは特に成績の良い生徒のいるグループばかりが参加していた。
「綾小路か。さっそく直接対決の機会が得られるとは僥倖だ」
オレの後にやってきた参加者の中には、つい先日話した白銀の髪を持つ女生徒の姿もあった。鬼龍院だ。
彼女は興味深そうな瞳でオレを睨め付けている。
「鬼龍院先輩も英語テストに参加するんですね」
「ふふ、まずは学力からお手並みを拝見するとしようか」
「オレも単独グループですから、加減はできませんよ」
「必要ないさ。楽しみだよ、綾小路。君の実力は本当にOAAの通りなのか、やっとこの目で確かめられる」
そんなやり取りを挟みながら、英語テストは始まった。
難易度は学年ごとに同程度となるよう調節されるということだが、その場で結果を簡単に出せるようにするためか4択の選択問題が多い。
ただし、おそらくこれは全ての学年に当てはまるが、確実に順位に優劣を付けるためか高校の学習範囲外の問題もある。
そんな問題を解きつつ、結果満点で1位を獲得する。2位は鬼龍院で、3位は王さんのグループだ。さすがだな。鬼龍院は厳しかったにしろ、上位入りとは。
「見事だ、綾小路。あの難解な問題を含むテストで満点とはな。OAAでの学力最大値は伊達ではなかったらしい」
「評価に恥じない結果を出せて良かったです。鬼龍院先輩もお見事でした」
「今回は君の勝ちだが、おかげで私はますますこの試験に前向きになってきたよ。君に勝ち、試験で1位を獲ってみせよう」
「オレも負けませんよ」
「ああ。互いに頑張ろうじゃないか」
鬼龍院が右手を差し出してくる。オレもそれに応じ、握手をする。
鬼龍院は早速、次の課題に向かうようだ。オレもそれに倣おうと思うが、その前に。
「お疲れ様。2年生で上位を2つも獲れてよかった」
「お疲れ様、綾小路くん。相変わらずすごく勉強できるね、満点だなんて。……まあ、綾小路くんはいつも満点取ってますけど」
「王さんだって凄い。3年生を抑えての3位とはな」
「選抜種目試験では足を引っ張ってしまったので……勉強には更に力を入れているんですっ」
あの時は中国語テストを落としてしまったからな。その負目からか、更なるパワーアップを果たしたということか。良い向上心だ。
「あの、綾小路くん」
「うん?」
「その、王さんって呼び方だけど……みんな私のことはみーちゃんって呼ぶから、良かったら綾小路くんもそう呼んでくれないかな?」
思わぬ提案をされる。
たしかに、千秋や軽井沢、平田もそう呼んでいたな。
「分かった、そう呼ばせてもらう。ところで、みーちゃんは初回の指定エリアはどこだったんだ?」
「私? 私はD6だったよ」
「そうか。オレはD7だ。この時点でテーブルは違いそうだが、何か助け合えることがあればいいな」
「うんっ。その時はよろしくね!」
みーちゃんに指定エリアの情報を貰いながら、オレは次の課題を目指す。
坂柳としてはオレはほとんどの課題で1位を獲れるだけの実力があると見ているはず。なら、報酬がウマい課題、そして参加人数に余裕のある課題を選ばせるはず。タブレット上に表示された課題の中で、彼女が選びそうな課題に向かう。
着順報酬は遠のくかもしれないが、課題の方は受けられさえすれば確実に得点を重ねられる分、オレのような単独での参加者には堅実な稼ぎ方と言える。とはいえ、同じ学年の生徒……特に1位グループにする予定のグループと参加が被るようではいただけない。下位の生徒たちと重なる分には問題ないが……
「おっと」
タイミングの良いことに、タブレット上に新しい課題が表示される。『競争』という課題で、指定された地点に辿り着く早さを競うという課題。何よりウマいのが、報酬にミネラルウォーターがあること。得点は少ないが、1位には2リットル、2位には1.5リットル、3位には1リットル、そして4〜30位には500ミリリットルの水が与えられる。
オレは予定を変更し、『競争』の課題の元へ向かう。この課題に関しては坂柳の指示を待つよりも動いてしまった方がいい。報酬のミネラルウォーターは、必要であれば他のグループに渡せばいい。他学年に取られることこそを警戒すべきだ。
タブレットを見ていたタイミングのおかげもあって、オレは1位で競争の課題を取ることができた。しかも、この課題は後続の生徒を待つことなく、報酬を受け取った時点で解放されるらしい。
2リットルの水を受け取る。この試験においては極めて重要な水の確保。恐らく、この課題が発生するのは一度や二度ではあるまい。救済措置のようなものか、水も与えず死人が出ても困るという学校側の都合か。
30位まで水を手に入れられるのであれば、ミネラルウォーターの独占は現実的ではないか。タブレット上に新たに現れた競争の試験を見ながら、そう考える。
さて、次の指定エリアは……B7か。D7から移動するよりも遠くなってしまった。課題を優先すると、こういった事態が発生することもあるか。とはいえ、運次第ではさらに有利になることもある。指定エリアがF7になる可能性だってあったわけだからな。それに、日に1回はランダム指定が起こる。
着順ボーナスは厳しいだろうと判断し、課題を受けるため寄り道をしながらB7を目指した。幾つかの課題で1位を獲り、B7の到着ボーナスを得る。本日最後の指定エリアはD7となっていた。往復するような形になったが、2マスしか離れていない上、ぼちぼち同じテーブルの生徒が分かり始めてくる頃合い。オレは全速力で移動し、着順ボーナスを獲得。同じテーブルと思われる生徒たちを観察し、坂柳に報告した。
D7→B7→D7の指定エリアを経た生徒たちはオレと同じテーブルだと考えてまず間違いない。坂柳から、情報を得られた生徒たちの名前を聞く。
「注意すべき人物は……七瀬あたりか」
1-Dでも特筆して優秀な生徒と言える彼女が同じテーブルらしい。
現在、オレの得点は31。単独と考えれば悪くない数字ではないだろうか。ただ、3回着順ボーナス1位を獲れば追い抜けるだけの得点でもある。4日目には上位と下位10のグループを見れるというし、楽しみにしておこう。
龍園たちとの契約上、最終順位3位以内には入れないが、南雲との勝負に負けて生徒会に入るのは、可能な限り避けたい。千秋との時間も減ってしまうことだしな。
「……」
オレはトランシーバーを起動した。
『清隆くん? どうしたの?』
「いや。調子はどうかと思ってな」
『うーん、どうなんだろう。今14点だけど……結構低い方じゃないかな? 着順報酬を1度でも取れていれば並ぶくらいの得点だからね。清隆くんは?』
「31点だ」
『おおー』
『さすが』
軽井沢と森の声も聞こえてくる。
『心配要らなさそうだね、良かった』
「『競争』や他の課題で水や食料もそれなりの数を確保できた。必要ならいつでも連絡してくれ、届けに行く」
『無理しないで……って言いたいところだけど、清隆くんにとっては別に無理じゃないか。でも、私たちだって同じ課題で水を確保できてるから心配しなくても大丈夫だよ』
「……そうか」
物資を渡すという大義名分があれば会いに行けると思ったが、そう上手くはいかないか。千秋は優秀だし、オレの手助けもそう頻繁に必要となることもないだろう。
指定エリアの被りやニアミスがあれば会いに行ってもいいかもしれない。そんなことを考えながら、トランシーバー越しに千秋の声を聞き続ける無人島1日目の夜だった。
◆
テントでの寝泊まりは1年振りだが、あの時と違い1人で過ごすのは存外悪くないものだった。
近くの川で顔を洗い、朝のルーティンをこなす。朝食はポイントで購入した携帯食だ。課題の報酬で追加が得られなければ、携帯食が尽きたあとは自力で食糧を調達する必要がある。
朝の川辺の冷涼な空気に癒されながら、ストレッチで体をほぐしておく。今日も一日中体を動かすだろうからな。
やがて7時になり、次の指定エリアが提示される。次はE8か。今居るのがE7よりのD7なので、距離的にはかなり近い。
トランシーバーで坂柳に、着順ボーナスを獲って問題ないことを確認しておく。1位でE8に到達した。これで42得点か。
さて、坂柳からは他のグループの行動も簡易的に知らされている。
「隣のF8に龍園たちのグループか……」
水も余っていることだし、3人グループの方が消費は早い。渡しに行くとするか。
丁度中間地点で課題が発表されている。合流には丁度良いだろう。
課題は『雑学テスト』。一般教養はともかく、高校生の知識に乏しいオレ向きではない試験だが、今回は龍園たちを勝たせるわけだから、参加枠を埋めるためだけに参加するのもアリだ。
課題の設営場所近くに移動すると、それなりの数の生徒たちの姿が見える。その中に、見知った長髪とスキンヘッドの男の姿を見つける。
「龍園。調子はどうだ?」
「ああ? 煽ってんのか? 2日目早々にして単独で42点を取っているバケモンがよ」
「坂柳から聞いたか。心配せずとも、最終順位は3位以内に入らないから安心してくれ」
「……安心というか、ひやりとさせられるな。綾小路ならば、単独で1位も獲れたんじゃないのか」
葛城は恐々とした顔付きで、そんなことを聞いてくる。
去年は散々暴れたからな。たびたび被害に遭った葛城は、オレの実力を大きく見積もっているらしい。
「過大評価だ。オレも所詮は一生徒に過ぎない。南雲や2年連合の数で来られたら太刀打ちできなかっただろうな」
まあ、断られた時のために高円寺や鬼龍院といった、単独で場を掻き回す実力を持った生徒が上位争いをするよう誘導したんだが。
どちらにせよ、月城の介入が確定的な今回の試験で、オレが1位を獲ることはない。
「それで、何の用だ?」
「ミネラルウォーターを何本か手に入れた。まだ序盤で水も余ってるし、人数が多いグループの方が消費も早いだろ。届けに来た」
「おお、助かる。すまないな、綾小路」
「そういう契約だ。必要なものがあればトランシーバーで連絡をくれ。可能な限り調達しよう」
「なら、水はいくらでも飲めるな」
「龍園。無駄遣いは許さんぞ」
龍園に水の管理は任せられない、と言わんばかりの葛城。彼に水を渡すと、いそいそとリュックの中に水のペットボトルを入れた。中々重そうだが、葛城の体格ならまだ余裕はあるか。
勉強といい筋力といい、龍園に真正面からぶつかる度胸といい、つくづく優秀な男だ。
「またニアミスした時は物資を届ける。そっちからは、何か伝えるような情報はあるか?」
「先ほど、坂柳から各グループのテーブルについて絞り込めた分の報告が届いた。特に注視すべき南雲会長のテーブルは、おまえとは違うテーブルのようだ。が、こちらの主要グループや、松下のグループとも被ってはいないから安心すると良い。ほかには、七瀬、宝泉、天沢の有力な1年生で組まれたグループが綾小路と同じテーブルらしい。注意しろ」
「そうか、情報感謝する。何かあれば連絡をくれ」
「ああ。気を付けろよ綾小路」
「こいつに心配なんて不要だろ」
龍園からの言葉は、褒め言葉と受け取っておこう。
オレは龍園たちと別れ、再び無人島を駆け回る。
途中、天沢がひとりで探索している姿を見つけた。葛城の情報では、七瀬と宝泉が同じグループのはずだが、別行動をしているようだ。
他のメンバーとはぐれた……わけではなさそうだ。天沢の足取りは軽い。何の不安も持っていない様子だ。
放っておいても構わないか。
「あれ? 綾小路先輩!」
こそこそ離れようとしていたら見つかった。
「天沢。七瀬と宝泉はどうした?」
「さすがっ。もうその2人とグループを組んでること知ってるんだ。私たちのグループは、全員バラバラに動いているよ。それぞれの能力がある程度高いから、着順を狙うより課題で稼いだ方がいいかなって」
3人で課題を取っていけば、効率は3倍。基本移動は指定エリアに近い者が行えばいい、という割り切った戦略だな。課題次第ではポイント効率は落ちるが、ついでに物資を手に入れられる点が大きなアドバンテージだろう。
「そうか。なら心配は要らなそうだな」
「心配してくれたの? 嬉しいな」
「他の二人とはぐれたんじゃないかと一瞬思ったが、杞憂だったようだ」
「あー、嘘でもはぐれたって言っておけばよかった」
「たしかに、そう言われていたら一緒に七瀬や宝泉を探すくらいはしたかもな」
以前のオレだったら、そんなお節介を焼いただろうか?
自分で口にしながら、そんな疑問が顔を覗かせる。
「今からでも、ダメ?」
「ダメだ。今は試験中、いくら下級生とはいえ余裕のあるやつの遊びに構っている暇はない」
「とか言って、綾小路先輩ならこの試験も楽勝でしょ?」
「そう見えるか? 懸賞金の件はおまえも聞いているだろう。周りを巻き込まないために単独になってしまった」
「あはは、私たちならこの試験は単独の方が動きやすいじゃん」
それはそうだ。この程度の欺瞞はすぐに見抜かれてしまうか。
「ねえ先輩、せっかく同じテーブルなんだから一緒に行動しない?」
「断る」
「理由くらい聞いてくれてもいいんだよ?」
ぷく、と頬をリスのように膨らませて怒るポーズを取る天沢。あざとい姿勢だな。
「メリットがない」
「またまた。彼女さんに悪いと思ってるからって嘘は良くないよ?」
またオレの考えを見抜く天沢。ホワイトルーム生を自称するだけはある。
この試験で、同じテーブルなだけの他学年の生徒と同行することにほぼ意味はない。が、こと今のオレの立場においてはメリットはある。
天沢がオレに付いているのを見た他の1年生たちは、彼女が懸賞金狙いでオレに近付いたと判断するだろう。ただ、だからと言って天沢を止めることはできない。懸賞金の件をオレに知られるわけにはいかないからな。
天沢の妨害のためにオレに近付こうものなら、不審感を覚えられることは避けられないと考えるだろう。まさか宝泉から既に懸賞金について知らされているなんて考えもしないだろうからな。
天沢が同行することは、確かにメリットはある。が、個人的には千秋以外の女と2人きりというのはあまり好ましくはない。
「オレの忌避感の理由が分かっているなら、話は終わりだ」
「むぅ。分かったよ、先輩に同行するのは諦めようかな」
天沢は、さして残念そうでもなくそう言ってのける。何か企んでいるな。
「そうしてくれ。じゃあな」
「あ、先輩そっちに進むんだね。実は私もそっちの課題を目指そうと思ってたんだ」
……そういうことか。
別に試験のルールで同行するわけではない以上、天沢が勝手に着いてくる分にさオレに止める権限はない。一応、同じテーブルということもあり行動範囲が似通う可能性は十分にある。
なら、勝手にするといい。無人島のような複雑な地形でオレに追いつける人間は、高円寺くらいしか思い浮かばないがな。
「着いて来れるのか?」
「直接対決だと綾小路先輩には敵わないけど、後を追うくらいはできると思うよ?」
天沢は挑戦的な笑みを見せる。
こうして、試験中にも関わらずオレと天沢の鬼ごっこは始まった。
まあ、すぐに終わることになるものではあるが。