よう実 √松下   作:レイトントン

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豪華客船の夏休み③

 森下さんと山村さんと別れ、私たちは船内を探索していた。

 客室や生徒の立ち入りが禁止されている場所には二次元コードの設置はされていないということだった。また、カフェやショッピングエリアなど営業の邪魔になりかねない場所にも付いていないはず。

 

「そう考えると映画館やコンサートホールも微妙だよね」

「いや、コンサートホールは今日の演奏がないらしい。これは学校側のヒントかもしれないな」

 

 清隆くんは端末で調べることのできる映画やコンサートホールの上映、演奏時間を見て、そんな結論を導き出した。

 私たちは無人のコンサートホールに立ち入った。

 大きなピアノを取り囲むように、柔らかい座席が配置されている。これの一つ一つを調べるのはかなり手間だね。ピアノの周りにコードがあれば良いんだけど。

 

「ピアノの椅子の下……床に紙が貼られてるね。コードもあった。読み込んでみる?」

 

 コードをカメラで撮っておいて、他のコードを探しに行く手もある。でも、その間にこのコードを他の生徒に読み込まれてしまうリスクもあるからね。

 清隆くんが頷いたことで、私はコードの読み込みを行う。

 

「おお、10万ポイントだ。当たりだね」

「さすがに100万ではないか」

 

 散りばめられた100個のコードの中で、5000、1万ポイントのコードが80。残りが10万から100万のコードだけど、50万と100万のコードは1つずつしかない。リターンを得られるのが20パーセントだけだと考えると、十分な当たりと言えるんじゃないかな。

 

「ピアノか」

 

 一方、宝探しを終えたからか、清隆くんはおもむろに鍵盤蓋を開けると、指でなぞり始めた。

 

「弾けるの?」

「まあな。空手や柔道と同じだ。親に習わされていた」

 

 清隆くんは椅子に座ると、流麗な動きでピアノを弾き始めた。ここのピアノは生徒に開放されているみたいだから、気兼ねなく演奏できるね。

 清隆くんが選んだのは、リストの『ラ・カンパネラ』。ピアノクラシックの中でも最上級と言える難易度を誇る曲だ。ある意味で清隆くんらしいチョイスかもしれない。

 

「上手いね」

 

 ひととおり弾き終えた清隆くんに、思わず拍手を送ってしまう。私も習い事でピアノを触ってた時期があり、ちょっとしたコンクールで賞を貰ったりもしていたけど、ここまで上手くはない。

 というか、単純にムズイんだよねこの曲。跳躍が苦手な人は特に弾けないと思う。それを清隆くんは、まるで機械のような正確さで、音を外すことなく弾き切った。

 

「私も習ってたけど自信なくすよ」

「千秋もピアノを弾けるのか、聴いてみたいな」

「ちょいちょい、話聞いてた? まあいいけどね」

 

 清隆くんのリクエストに応えて、私も演奏を披露することにした。久しぶりだ。上手く弾けるかな……

 少し不安だったけど、いざ弾き始めると私の指は、記憶をなぞるように滑らかに運んだ。

 弾き終えると、清隆くんが拍手してくれる。

 

「ヨハン・シュトラウスの『春の声』。名曲だよな」

「うん。『こうもり』とか『美しき青きドナウ』も好きだけど、よく弾いてたのはこの曲だね。なんでかな、自分でも理由は分からないんだ」

「誕生日が春だからじゃないか?」

「ははっ、そうかも。思えば、誕生パーティーでお披露目したりしたしね」

 

 懐かしいな。

 2人で笑い合っていると、パチパチ、と新たに拍手の音が加わる。

 

「良い演奏だったぜ、松下」

「南雲先輩。ありがとうございます」

 

 タイミングを見計らっていたようだ。もしかしたら清隆くんの演奏から聴いていたのかもしれない。

 

「綾小路、認めてやるよ。今回はおまえの勝ちだ」

「どうも。ご期待に沿えられたなら良かったです」

「ああ、期待以上だ。まさか1年を俺より先に従えていたとはな。完全に油断していたぜ。それで、賭けの報酬はどうする」

「確か南雲会長の権限で何でも叶えてくれるんでしたよね」

「ああ、できる範囲でな」

「そうですね……まだ思い浮かばないので保留にしておきます」

 

 南雲会長は少し不満そうだ。早く賭けの精算をして、清隆くんと次の勝負に向かいたいんだろう。堀北元生徒会長と違い、勝負に乗ってくれた清隆くんへの態度に焦りはない。

 いや、下級生だからだろうか。負けたショックはあるだろうけど、予想に反して取り乱しはしていなかった。

 

「少なくとも、次のイベントが始まるまでには決めてくれよ。また勝負するんだからな」

「……もう南雲会長とは勝負しない、というのはどうでしょう」

「それは却下だ」

「南雲会長の権限で十分可能な範囲では……? なんなら権限すら要らない、南雲会長の意思一つでどうとでもなるお願いなんですが」

「うるさいぞ。俺に勝てばおまえは得をするんだ、いいから勝負くらい受けろよ。いいな、早く報酬を考えておけ。勝負の拒否以外なら叶えてやる。有金を全部渡すとかでも構わないぜ」

「もうプライベートポイントは朝比奈先輩などの、信頼できる生徒に分散して預けているのでは?」

「ちっ、やっぱり鋭いヤツだな。なら、別に金額を指定してもいい」

「まあ、プライベートポイントが全てではないですから。ゆっくり考えておきますよ」

 

 気の利いた反論が思い浮かばなかったのか、南雲会長はバツが悪そうな顔でコンサートホールを去っていった。でも、ちょっと嬉しそうだったように見えたのは気のせいかな?

 どうやら、南雲会長は清隆くんが格上の存在だと完全に認めたようだ。去年、堀北元生徒会長に挑んでいた時ともまた違う。

 

 南雲会長は、もしかしたら同格、もしくは格上との戦いをずっと望んでいたのかもしれない。

 しかし、この学校に入って2年強、ずっと叶わなかった。堀北元生徒会長は、南雲会長の仕掛ける無為な争いを好まなかったから。

 けど、今回清隆くんは南雲会長の勝負に応じ、完全に勝利した。

 

 今、この状況を南雲会長はかつてないほど楽しんでいるのかもしれない。

 

「構ってちゃんなんだね、南雲会長って」

「最も適切な表現だな」

 

 要するに、格上に構ってもらえて嬉しかった。そういうことなんだと思う。

 

 その後、私たちは宝探しの開始地点に戻った。

 

「松下さん、綾小路くん。もうコードはいいの?」

「ああ、あくまで遊びみたいなものだからな。10万ポイントは手に入ったし、残りの時間は豪華客船を満喫させてもらうさ」

「そう。それにしても、運要素の強いゲームでもソツなくこなすのね、あなたたち」

「これに関しては本当にまぐれだ」

 

 どうかな。学校の出したヒントを見逃さなかったのは清隆くんの実力だと思うけど。

 

「他のクラスメイトたちはどんな調子だ?」

「高円寺くん、王さんのペアが50万ポイントを獲得したわ。高円寺くんが見つけたコードらしいし、彼は本当に規格外ね。30万を獲得した人はいないけど、あと1組、池くんと篠原さんペアが10万ポイントをゲットして大喜びしていたわね」

 

 思ったより獲得した賞金は多くなさそうだね。

 100万ポイントを手に入れるのが誰になるのか、気になるところ。

 

「……あら、あなたたちは、綾小路くんと松下さん、それに生徒会の堀北さんですね。こんにちは」

 

 声をかけられて振り返ると、龍園くんのクラスの椎名さんがにこやかな笑みを浮かべていた。後ろでは、ちょっと目付きの悪い、知らない女の子が腕を組んでこちらを見ていた。

 

「椎名と西野か。こんにちは。おまえたちも宝探しに参加していたんだな」

「ええ。本当は部屋で本を読んでいようと考えていたのですが、龍園くんに誘われて」

「へえ、意外ね。龍園くんが人を誘うなんて」

「ほんと、ダルいと思ってすぐ止めようと思ったんだけど……ひよりが思っていたよりやる気でね。つーかあたし、綾小路くんに自己紹介したことあったっけ」

「まあ、顔と名前はOAAに載っているからな」

「げ……知らないやつの分まで覚えてんの? 暇人じゃん」

「おまえだってオレの名前を知ってるじゃないか」

「アンタを知らないヤツがこの学校にいるかっつーの」

 

 西野さんは呆れたように言う。ふと、彼女と目が合う。

 

「松下さんと組んでたんだ」

「恋人だからね」

「別に、恋人同士だからってこんなイベントごとでまで組まなきゃいけないわけじゃないでしょ。ほんと仲良いよね」

「そうかな? 普通だと思うけど」

「普通より仲が良いことは確かだと思うわ」

「素敵だと思いますよ。恋愛小説みたいです」

 

 椎名さんはにこにこしながら私たちの関係を肯定してくれる。椎名さんは本が好きな読書家だったね。

 しかし、2人は龍園くんのクラスメイトにしては温厚というか、話しやすい感じがする。いや、龍園くんのイメージが悪いだけで、彼のクラスメイトも大抵は普通の生徒のはずだし、当たり前か。

 

「それよりさ、綾小路くん、松下さん。何ポイントのコード読み取ったの?」

 

 西野さんがニヤニヤしながら聞いてくる。このリアクションは……自分が負けると思っていない、勝利を確信した顔だ。

 100万ポイントのコードを読み取ることに成功したのは、この2人かな。

 

「私たちは10万ポイントだったよ」

「ふふん、私たちが獲得したのは、なんと! 100万ポイント!」

「おおー、凄い」

 

 清隆くんは無表情でパチパチ、と拍手している。シュールだ。

 

「ちょっと、もっと驚きなさいよ!」

「西野さん、態度でバレバレでしたよ。綾小路くんも松下さんも、堀北さんも西野さんが自信を持って話していることに気付いていたようです」

 

 椎名さんからの補足に、西野さんはえっ、と驚愕した顔を作る。けど、今の話でびっくりしたのは私も同じだ。

 あまり意識していなかったとはいえ、椎名さんに表情から考えていることを気取られていた。彼女は学力だけじゃない。観察眼も非常に優れているみたいだ。

 

「まるでホームズだね、椎名さん」

「えへへ、ミステリーは大好きです。もしかして松下さんも?」

「まあ、椎名さんに自慢できるほどじゃないけどね。読書なら堀北さんの方が当てはまるんじゃないかな。去年、『誰がために鐘は鳴る』とか『さらば愛しき女よ』とか読んでたよね」

「わあ、どちらも名作ですね! 堀北さん、本のチョイスが素晴らしいです!」

「ありがとう。良かったら今度、おすすめのタイトルを紹介してくれないかしら」

「もちろんです! ああ、どうしましょう。船の上でなければ、今すぐにでもおすすめの本を用意したかったのに!」

 

 椎名さんのテンションが過去一で高い。龍園くんのクラスには読書友達はいなかったみたいだ。

 違う世界に行ってしまった椎名さんは置いておいて、西野さんと手続きを済ませる堀北さんだった。

 

 そんな中、清隆くんの端末からメッセージの着信音が鳴る。

 

「悪い」

 

 清隆くんはそれを確認すると、返信することなくポケットに仕舞いなおした。

 

 

 夜。オレはメッセージで月城から呼び出された通り、約束の場所に赴いていた。

 豪華客船のコンサートホール。凛としつつも厳かな雰囲気が漂っている。昼に弾いたピアノの近くに、月城は1人佇んでいた。司馬や他の人間を伴っている様子はない。

 オレの方は、一応出入り口に八神と天沢を待機させている。

 

「時間を作っていただきありがとうございます」

「他ならぬ君の頼みですからね。しかし、君の考えはいつも私の予想を外れるようだ。まさか襲ってきた相手と会う約束を取り付けるとはね」

「今あなたを呼び出さないと、在学中は話す機会がないので」

「ほう……私が職を辞することもお見通しですか」

「ええ。これだけ大きな試験でオレを退学にできなかった以上、降ろす判断が妥当ですからね」

 

 尤も、それが本気だったかも怪しくなってきた。あの男の真意も、未だ見えないままだ。

 まあ、どちらにせよ構わない。オレがあの男へ取る対応は決まっている。

 

「それで? わざわざ時間を作らせるとは、仕事をこなせなかった私に何をお望みですか?」

「綾小路篤臣を裏切り、オレに付いてください」

 

 単刀直入な言葉。

 少々呆気に取られた月城は、初めてその笑みを崩した。やがて冷静さを取り戻す。

 

「ふ、ふふふ……そう来ましたか。いや、思えば初めて会った時も同じようなことを言っていましたね。面白い子だとは思っていましたが、ここまでとは」

「あの時とは状況が違います」

「ええ。私はこの半年、君の実力を肌で感じ取ってきました。間違いなくホワイトルーム最高傑作に足る逸材です。いえ、それ以上の怪物とも言えるかもしれませんね」

 

 月城は、その細めた目でオレの瞳を覗き込む。それで何を掴めるというのか。

 

「綾小路清隆くん。私をお父上から裏切らせて、君は何をするつもりなんですか? 君の目的を聞きましょう」

 

 その目的次第で、オレかあの男、どちらに付くかを決めるということか。

 月城の好みそうな答えを用意しようとして……やめる。正直に答えて付いて来れない人間なら、味方に付ける必要もない。

 オレは正直に、自分の現時点での目的を明かすことにした。そのために、まずは前置きから話していく。

 

「オレはホワイトルームでの環境が嫌いではありませんでした。むしろ、さまざまな技能や知識を学習する上では、オレに合った場所だったと言えるでしょう」

 

 あの男のことは気に食わないが、あの場所に戻ることにオレはなんの嫌悪も感じていなかった。

 だが、少々事情が変わった。

 

「しかし、あの場所だけに囚われるのは許容し難い。ホワイトルームに戻ってもいいが、自由に出入りするくらいのことはしたいんですよ」

「ふむ……戻りはするが、籠の鳥となることは拒否したい。それを認めさせるために、お父上と交渉を? 私を引き入れるのは、交渉を有利に進めるため、ですか?」

 

 月城は明らかに不満そうだ。顔に期待外れだと書いてあるようですらある。

 慌てないでほしい、と手を突き出して否定を表す。

 

「あなたがいても、あの男がそんなことを認めるはずがない」

「では、いったい……」

 

 

 

 

「あの男を排除し、オレがホワイトルームを乗っ取ります」

 

 

 

 

 今度こそ、月城は言葉を失った。

 

「オレがホワイトルームのトップとなれば、あの男の意向など関係ない」

 

 ホワイトルームを支配しておけば、卒業後でもいつでも千秋に会いにいけるからな。

 

 障害が生まれるようなら、八神のようにホワイトルーム生を洗脳して駒にすれば解決だ。八神はホワイトルーム生の中でも特に優秀だったという。そんな男をいとも容易く洗脳することができた以上、残りのホワイトルーム生など簡単に掌握できることになる。

 ホワイトルーム生程度のスペックの駒がダース単位で手に入るなら、障害は容易く排除できるはずだ。

 

 オレは学習に最適な環境を手に入れ、いつでも千秋に会いにいける自由を手に入れ、八神たちのように思い通りに動く駒を手に入れる。一挙両得どころか一挙三得だ。

 

「……空恐ろしい男ですね、君は」

 

 そう呟くと月城は、学生証端末とは違う、学校の外で使うスマートフォンを取り出した。何やら操作を行い、画面をこちらに向ける。

 

「私の連絡先です。記憶しておいてください」

 

 どうやら、オレの目的は月城の眼鏡にかなったらしい。

 

「1年半後が楽しみですよ」

「それまではモラトリアムを楽しませてもらいます」

 

 まずは残りの夏休み、この豪華客船での生活を楽しませてもらうとしよう。

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