よう実 √松下   作:レイトントン

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2年次体育祭②

 体育祭のルールが発表された夜。

 私は部屋で一人、端末の画面と睨めっこをしていた。あと数分、10時から体育祭の参加種目予約が解禁される。

 清隆くんは今日、南雲会長や鬼龍院先輩、宝泉くんと勝負することを約束したらしい。須藤くん、高円寺くんとも競技種目が被らないよう注意しつつ予約を行うのは中々大変かもしれない。

 清隆くんとペアで参加する競技に関しては、私の方で予約してしまおうという考えだ。

 

 ちなみに、須藤くんとは協力する競技もある。水泳400m混合メドレーだ。男女2名ずつ、4人での参加となる。

 得点も多いので清隆くん、私、須藤くん、堀北さんの本気メンバーで挑むことになっている。小野寺さんは水泳部だから参加できず、非常に悔しそうにしていた。

 

「……よし、予約完了」

 

 必要な種目は予約できた。

 せっかくだから他の種目の予約状況も確認してみる。

 噂のMMAを見てみると、山田アルベルトくんが真っ先に登録している様子だった。しかし、そこに、宝泉くんや南雲会長も予約していく。1〜3年生の有力な生徒たちが集まっているからか、他の生徒は登録を避けているようだった。

 

 清隆くんも、MMAへの参加登録をした。

 すると、しばらくした後……なんと、山田くんはMMAへの参加をキャンセルし、新たに柔道にエントリーしていた。タイミングから見て、清隆くんの参加を確認してのことだと思われる。

 

 見ていた人は驚愕すると思う。私も驚いている。清隆くんが空手や柔道をやっていることも、堀北元生徒会長のパンチや蹴りを軽々避けていたことも知っている。でも、どのくらい強いのかは判然としなかった。

 でもたった今、去年の体育祭で互角の押し合いを見せた山田くんが、戦いを避けた。ということは、少なくとも山田くん、ないし彼に指示を出しているだろう龍園くんは、山田くんは清隆くんに勝てないと思っている、ということだ。

 

 もちろん、身体能力がずば抜けて高いことは分かっていた。でも、山田くんと清隆くんでは体格に差がありすぎるからね。格闘技素人の私でも、ボクシングのフェザー級とかヘビー級とか、そんな言葉は聞いたことがあるくらいだ。

 

 この分なら、MMAは清隆くんが優勝を掻っ攫ってくれるはず。なんの心配も要らなそうだね。まあ、応援はしに行くけど。

 

 私は基本競技に関しては、もう少し様子を見てから決めることにする。ある程度は優秀だと自負する私だけど、ある程度でしかないからね。勝てそうな種目を選ばせてもらうとしよう。

 私は多岐に渡る開催種目と、参加者を眺めていき……

 

「えっ!」

 

 意外な名前を見つけて驚愕した。

 

「坂柳さん、参加するんだ……」

 

 坂柳さんは体も弱いし、今回は参加を見送るものだとばかり思っていた。けれど、彼女はどうやらフリースローなど参加が比較的簡単な種目に参加しているようだった。彼女をサポートするためか、捨て石要員と思われる運動能力の低いAクラスの生徒たちも一緒に参加している。

 

 ……彼女も、泥臭いやり方でも勝ちをもぎ取ろうとしている、ということかな。

 これは負けられないな、と私は気持ちを改めた。

 

 

「こんにちは、綾小路先輩」

「八神か」

 

 昼休み、昼食を終えて校内を歩いていると、こちらを見つけた八神が近付いて声をかけてきた。今日は千秋は軽井沢たちグループの友達と行動している。単独のタイミングを狙っての接触か。

 

「参加登録、拝見しました。宝泉くんからの挑戦を受けたんですね」

「断る理由も特になかったからな。宝泉の格闘における実力がどんなものか、確認する良い機会だと思ってな」

「僕は1年生として、宝泉くんの実力を目にする機会が多々ありますが……綾小路先輩が気にするほどではありませんよ。僕程度では少し梃子摺るでしょうが」

 

 オレを立てつつ、宝泉よりも自分の方が上だと主張したいようだ。

 

「もしご面倒なら、僕もMMAに参加して宝泉くんか南雲会長を排除しましょうか? もちろん、綾小路先輩と当たった時は棄権します」

「ありがとう。だが、こちらに気を遣う必要はないぞ、八神。おまえはおまえで、学校生活を楽しんでもらいたい」

「それは……すみません、出過ぎた提案でした」

 

 しゅん、と肩を落とす八神。そんなに落ち込むこともない。

 洗脳が解けることはないだろうが、念のためフォローしておくか。洗脳を深化させておいてこちらに損はない。

 

「もちろん、おまえが単純にMMAに参加したいと言うなら止めるつもりもない」

 

 ぱっと八神の顔が明るくなる。

 

「はい、是非に」

「もしオレと当たる時は、棄権する必要はない。胸を貸してやるから、挑戦してみろ」

「あ……ありがとうございます!」

「なになに。拓也、良いことでもあった?」

 

 八神の声に反応したのか、天沢がこちらに駆け寄ってくる。そういえば洗脳した八神ばかり気にかけて、天沢の方へは特に声をかけてやっていなかったな。

 

「体育祭の話をしていた。お互いにMMAに参加しようということになったんだ。天沢はオレと勝負してみたかったりするか? 別の競技にはなるだろうが」

「えー、あたしじゃ先輩には勝てないよ。拓也にも万年負け続きだし」

「そうか……だが、天沢の身体能力なら、同学年の女子に敵はいないだろう。とりあえず、女子で学年1位を獲ってみろ。楽勝だと思うなら上級生に挑戦してもいいだろうな」

「学年1位、上級生かぁ。……面白そー、綾小路先輩の提案だし、やってみるね」

「ああ、期待している。けど、無理はするな」

「頑張れよ、一夏」

「ふふ、ありがと先輩! 拓也もね」

 

 天沢は態度に反して、自分の能力にあまり自信がない様子だった。比較対象がオレや八神だからだろう。こいつも十分に優秀なんだがな。少なくとも、現時点の堀北では相手にならない程度の学力、身体能力は持っている。

 自信を付けさせるため、学年で1位という肩書きを持たせることにする。ざっと見た限りでは、天沢に対抗できそうな1年生女子はいない。精々、七瀬が多少なら喰らいつけるだろうという程度か。

 

 ただ、上級生に挑戦する場合は鬼龍院に当たった時どうなるかだな。彼女の身体能力がどれほどのものか分からない。学校がA+の評価をしているところを鑑みるに、堀北、小野寺などウチのクラスでスポーツに優れる生徒でも比較にならないのは確実だろう。

 プールで見かけた時に観察した範疇では、バランスよく鍛えられた体をしていた。ホワイトルーム生に引けを取らずともおかしくはない。

 

「綾小路先輩は学年1位を目指すんでしょ?」

「あくまでクラスの勝利を優先するつもりだ。とはいえ、2年に関して言えばオレと須藤、高円寺で表彰台は独占だろう」

「それは間違いないだろうね。身体能力を問う試験だと、綾小路先輩のクラス強すぎじゃない?」

 

 学年での身体能力トップ3が集まっている。ちょっと他のクラスが可哀想になるな。

 

「そうなってくると他クラスが協調してもおかしくはないが、今は坂柳のクラスが抜きん出ているからな。龍園と一之瀬のクラスも仲が良いわけじゃない」

「それでも、下位クラスが上位を落とすには良い機会だし。CDで組む可能性も0じゃないんじゃない?」

「ああ、その通りだ。組んだら組んだで面白いから構わない」

 

 坂柳クラスがリードしているものの、未だ極端にポイントを落とし、競争から脱落したクラスは出ていない状態。下位クラスが巻き返してくるのであれば、クラス間闘争はまた新しい顔を覗かせる。

 

「ああ、天沢。そういえばこれを返すのを忘れていた」

 

 オレは天沢にボイスレコーダーを返却する。

 

「完璧な仕事だったぞ。よくやった、天沢」

「ふふーん、橋本先輩に気付かれないよう尾行するのなんて朝飯前だったよ」

「頼もしいな」

 

 満場一致特別試験は他クラスに干渉することはできない。が、自クラスを裏切ることは極めて簡単だ。それをしないのはメリットがないから。

 しかし、オレのいるクラスに移籍したいと態度で示していた橋本ならば、そのタブーを破る可能性があると考えていた。念の為備えていたが、間違いはなかった。

 有能な手駒たちと交流を深めながら歩いていると、覇気のない背中を見つける。

 こっそり離れるように2人に指示し、そいつに話しかける準備を整える。

 

「神崎。具合でも悪いのか」

 

 オレの声に振り返った神崎は、まるで幽鬼のような有様だった。目の下には黒い隈が刻まれ、瞳に生気がない。顔色も真っ白だ。

 

「ああ、綾小路か……いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」

「今のおまえを見てそれを信用するヤツはいない。何があった?」

 

 大体の予想は付いているが、あえて問いかける。

 

「……何もないと言っている。俺に構わないでくれ」

「しかし……」

「やめてくれ。同情など、惨めになるだけだ」

 

 ふらふらと歩く神崎。このままでは体育祭にもまともに参加できないだろう。まだ神崎たちにはやってもらいたいこともある。多少は立て直しが必要か。

 

「オレで良ければ話くらいは聞いてやれる。吐き出さずに溜め込んでいるよりはマシじゃないか」

「……おまえに何の得がある」

「さあな。一之瀬クラスの内情偵察かもしれない」

 

 こんなことを言えばなおさら口を閉ざすかもしれない。が、このまま話を続けても何も聞き出せそうもなかったので、一種の賭けに出た形だ。

 神崎は、自嘲するように小さく笑った。

 

「おまえほどの男が偵察だと? 俺たちのクラスを? そんな必要などないことは分かっている」

「必要がないと思っているなら、話してみたらどうだ。アウトプットすることで見えてくることもある」

「……そうだな。もうそれくらいしか俺にできることはないのかもしれん」

 

 観念したように、神崎は話し始めた。

 どうやら、神崎は前々からクラスの停滞に焦りを感じていたらしい。昨年の体育祭ではBからCに降格。クラス内投票でクラスメイトを救ったことに後悔はないが、神崎のクラスは成果を上げられたことはない。

 

 しかし、オレの協力によるパートナー筆記試験の1位。そして無人島サバイバルでは2年の協力体制により同じく1位を獲得した。それにより、元々一之瀬の指揮の下で仲良く過ごしていたクラスメイトたちは、その勝利が仮初のものであると認識できないまま、上に上がれていないことに焦りすら感じていないのだという。

 

 選抜種目試験では龍園のクラスと真正面からやり合って負けたというのに、譲られての1位、同率1位をたまたま獲ったくらいで何を安心しているのか。そう危機感を持った神崎は、先の満場一致特別試験で、誰かを切ることはしないにしても、クラスポイントとクラスメイトの退学をきちんと秤にかけた上で判断すべきだと主張した。

 

 一之瀬クラスの生徒たちは、神崎から見れば無条件でクラスメイトを守る選択をしているように感じられたらしい。

 今回はその選択で正しいだろうが、そのヌルい考え方を変えたかった。だからこそ、退学者を出しクラスポイントを得る選択肢に票を入れたわけだが、クラスメイトたちからは非難を浴びせられた。

 加えて言うなら、神崎に対する怒りというよりは呆れ、困惑の方が勝っているような割合での言葉。

 

 クラスで、神崎以外の誰一人として、クラスメイトとクラスの勝利を天秤にかける発想すら持たない。そう認識した神崎は、己のクラスがAに上がることはないと確信してしまった。

 

「なるほどな。今回クラスメイトを切らないのは選択としてはおかしくない。しかし、勝つための手段として考慮すらしないクラスメイトに絶望した……簡単に纏めるとそういうことか?」

「……クラスメイトが悪くないことは分かっている。クラスメイトと100のクラスポイント、今の状況では比べるまでもない。しかし、クラスの順位はBからCへ落ち、特別試験での勝利も譲られたものばかり。どうして皆が必死にならないのか、俺には理解しかねる。リーダーの一之瀬すら、勝つことよりも仲間を守ることを優先しているように思う」

 

 それは恐らく事実なのだろう。

 一之瀬は、たとえ今回の試験が卒業間際の特別試験だったとしても、クラスメイトを切る決断をしなかったはずだ。

 それ自体は悪いことじゃない。綺麗事だとは思うが、理想を掲げることのできない指導者に人は付いてこない。

 しかし、今の一之瀬のクラスにその理想を叶えるだけの力がないことも事実。神崎の悩みようも頷けるというものだ。

 そうだな、少し誘導してやるか。

 

「神崎。おまえは今回の満場一致特別試験でクラスメイトに意識を改めてもらいたかったんだよな。それを行なっておまえはどうしたかったんだ?」

「……どうしたかった、か。Aに上がれるだけのクラスに、意識を変えたかった」

「クラスポイントのためにクラスメイトを切る選択もできるようにしたかったと? それで一之瀬の強みが活きるのか?」

「それは……しかし、現状に甘んじていては前進はない」

「闇雲に進むだけでは、前でなく後ろに退がるということもあり得る。思うに、おまえが今回失敗したのは明確なビジョンを持っていなかったからだ。クラスをどうしたいのか。どう変えていきたいのか。あるいは、クラスを変えなくてもいいようにするのか」

「変えなくても……? そんなことでは今と変わらないだろう」

「例え話だ。だが、そこすら定まっていないようでは意識の改革など為せるはずもない。一度よく考えてみるといい。ただ一つ言えるのは、他人を変えるということは、それだけ大変なことだということだ」

 

 神崎にそんな言葉を残して、オレはその場を後にする。背後では神崎が、「明確なビジョンか……」と呟いていた。

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