MMA準決勝が始まる。
2つあるリングの内片方は八神と3年生、もう片方はオレと宝泉の試合が行われる。
あくまで体育祭の1種目でしかないため、休憩時間などほぼない。コンディションが整わないようなら出場を止められることになる。
オレも宝泉も一回戦でダメージはない。特に問題なく参加できる。
「待ち侘びたぜ。てめえと会った瞬間から、てめえと闘り合うのが楽しみでしょうがなかった。俺の本領が頭じゃなくて腕っぷしってところを思い知らせてやるよ」
カンカン、とゴングが鳴らされる。
宝泉の性格からして攻めてくるだろうと迎撃の準備をするも、構えるだけで攻めてこない。
不審に思っているのがバレたのか、宝泉はにやりと笑い意図を解説する。
「南雲の雑魚が一回戦、もう少し粘ってりゃ情報が得られたんだがな。まずは様子見させてもらう」
冷静だな。喧嘩でもきっちり頭を使うタイプか。厄介な相手だ。
ならまずはこちらから攻めてみるか。
オレは接近し、ローキックを放つ。しかし十分な距離を取っていた宝泉は退がり、蹴り足は宙を切る。
「怖え怖え。なんつー蹴りだよ」
「間合いの取り方が上手いな、宝泉」
「そりゃどうも。次はこっちから行くぜ」
宝泉は右のオーバーハンドで顔面を狙うような素振りを見せた。しかし、それは囮。途中でタックルに切り替え、オレをマットに倒す。
会場から驚きと悲鳴が上がる。宝泉とオレでは体格が違うからな。心配されるのも当然か。上からパウンドをかまされ続けるが、ブロッキングして難を逃れる。
「ちっ」
上手く捌かれ、宝泉は苛立っている様子。しかし、現状宝泉の方が判定では有利だろう。まずは倒された状態から抜けださなくてはならない。
背中を向け、両足をマットに付けて立ちあがろうとする。しかし、
「そう来るだろうと思っていたぜ」
宝泉はオレの腰に手を回し、がっちりとクラッチする。ボディロックか。
オレは自ら前転するようにロールし、腰のクラッチを切る。
「チッ!」
それだけでは終わらない。ボディロックに対しロールエスケープは有効な手段だが、また相手に上を取られる危険も孕む。なので、ロールからそのまま宝泉の左の足関節を取る。
思わぬ反撃に宝泉も顔を歪めた。思わず倒れた宝泉の膝を両太腿で固定し、両腕で足首を捻り上げる。いわゆるヒールホールドという技だ。やり過ぎると宝泉の膝の靭帯が壊れるので、適度に締め上げていく。
しかし宝泉は堪らずタップ。一本勝ちとなった。
会場からは歓声が沸く。体格で見れば宝泉の圧倒的な有利。なおかつ、不利な状況からの逆転勝ちだと観客は思っていることだろう。ジャイアントキリング、かつ逆転劇となればやはり盛り上がるようだな。
「はあっ、はあっ……綾小路てめえ、寝技もイケる口かよ。してやられたぜ」
「おまえも、見かけによらず組み技もきっちり仕掛けてきたのは意外だった。おまえの体格、腕力でそれだけ技術があるなら今まで負けなしなのも頷ける」
「ちっ、イヤミかよ。てめえ、いずれはブッ殺してやるから覚悟しとけや」
別に嫌味のつもりじゃなかったが、宝泉からすれば煽られたように感じたか。
しかし、もっと本格的に煽ってくるだろう奴もいることだし、気を強く持って欲しい。
「やっぱりおまえじゃ荷が重かったみたいだなぁ? ゴリラ」
「ちっ」
近寄ってきたのは龍園だ。ここぞとばかりに宝泉にダメージを与えにきた。
「まあ、気にすることはねえぜ。コイツに勝てるヤツなんてそうそうはいねえさ。まあ、これに懲りたらすっこんでることだ。俺が綾小路を倒すのを指を咥えて見ているといい」
「ああ? 俺からも逃げるようなカスがコイツを倒すだ? 無理に決まってんだろ」
「はっ、正面から殴り合って倒すなんて誰も言ってねえよ。だからてめえはゴリラだってんだ。いや、ゴリラに失礼か。ゴリラは森の賢人だからな」
「てめえ……負けた憂さ晴らしをてめえでしてやってもいいんだぜ」
一触即発の雰囲気。山田と石崎が龍園を庇うように前に出る。
「おいおい、クラスメイトに任せて煽った張本人は高みの見物か? だっせえなあ」
「負け犬の言葉は心地良いぜ。まあ、衆人環視の中だ。ここでやり合うのはデメリットしかねえ、見逃してやるよ。試合前も言ったが、俺とやりたきゃコイツを潰してみろ」
捨て台詞を残して龍園は去っていく。かなり宝泉を警戒しているようだな。しかし、煽られるばかりで宝泉も少し可哀想だ。
ここはフォローしてやろう、と考えるも、オレが口出ししたところでまた辛辣な言葉をもらうだけか。どうしたものかな。
考えていると、向こうも対戦を終えたらしい八神が、同じく生徒会メンバーである堀北、一之瀬と話している。彼はこちらの視線に気付くと、近付いてきた。
「八神も勝ったんだな。決勝戦、正々堂々戦おう」
「ありがとうございます、綾小路先輩。それなのですが……やはり決勝は棄権しようと考えています」
八神の真剣な眼差しとその言葉を受け、オレは彼を見つめ返す。前に話した時、棄権はしなくていいと伝えたが、八神の意思には反していたか。
彼はあくまでオレの負担を減らすためにMMAに参加しただけ。組み合わせに恵まれず反対の山となってしまったが、決勝だけでもオレに楽をさせようとしてくれたのだろう。忠犬ぶりが板についてきているな。
「綾小路先輩の実力はよく知っています。格闘技で僕が敵うとは思えませんし、怪我のリスクは避けたいと思いまして。先輩方にも相談していたところなんです」
「私は妥当だと思うわ。綾小路くんの実力から考えても、1位を獲るのは困難でしょうし。私たちのクラスとしても、1位を譲られて損もない」
本音が出てるぞ堀北。
「私も、綾小路くんが凄い人だっていうのは嫌ってほど知ってるからね。八神くんも2回試合して知らず知らずのうちに疲れているだろうし、本人が棄権するつもりなら無理はできないかなって。誰も責める人はいないよ、さっきの綾小路くんたちの試合を見た後じゃ余計にね」
宝泉はその振る舞いから、1年生だけでなく他学年からも恐れられる男だ。そんな宝泉を倒したとあっては、オレの実力も大きく見られて当然か。
1-Bの生徒はクラスリーダーが棄権すれば士気が下がるかとも思ったが、八神が怪我をする方がよほど損害は大きい。図らずも、オレが宝泉と戦ったことが八神の棄権する理由に説得力を付けたようだ。
「さっきの試合、白熱してたね。綾小路くんもだけど、食らいついた宝泉くんも凄かったよ」
一之瀬がにこりと宝泉に笑顔を向ける。いかんぞ一之瀬。宝泉はそんな発言をしたら『先輩風吹かせてんじゃねえ』と反発する。
「……おう」
と思っていたが、宝泉のリアクションは真逆。大人しく一之瀬の褒め言葉を受け取っていた。
しかも今までに聞いた中で最も短い言葉だ。
「綾小路くんに勝てる人は学校でもなかなかいないから、気にしなくても大丈夫だよ。まあ、いずれ私たちが倒すけどね」
「……そうか」
「うん。でも、南雲会長はあっさりKOされちゃったのにあそこまで戦えるなんて、宝泉くんって本当に強いんだね」
「あのくらいなんでもねえ」
なんだか言葉数が減っている宝泉。一之瀬の方を見ずに、ぶっきらぼうに横を向いている。
「そっかそっか。もし学年混合の試験で戦うことになったら、宝泉くんは要チェックだね。まあ、その前に私たちは、綾小路くんたちを倒さないとだけど!」
「挑戦ならいつでも受け付ける」
「にゃはは、ありがと綾小路くん。おっと、八神くんが棄権するってことは、残りの種目が終われば閉会式だね。じゃあ、私たちはこれで!」
一之瀬と堀北の生徒会メンバーは慌ただしく立ち去っていく。八神も、審判団に棄権を伝えに行くようで姿を消した。ぽつりと残されたのはオレと宝泉。
「なんだ、一之瀬の言葉には随分素直なんだな」
「うるせぇよ、黙ってろ」
オレが話しかけると、キレ味を取り戻す宝泉の言葉。
……マジか。まさかそういうことなのか。
「宝泉。一之瀬は強敵だぞ」
「ああ゛っ!?」
「頑張れ」
「てめえマジで殺すぞ!」
怒らせてしまった。周囲からは乱闘が始まるかと危惧するような視線を向けられたが、宝泉が襲いかかることはない。
しかし、宝泉が一之瀬を……意外、でもないのか? 一之瀬はウチの学年で多分一番モテる女子生徒だ。見た目、性格のどちらも文句の付け所がない。
ただし、一之瀬には入学してからこの時期まで男の影はない。入学直後にオレに話したように、恋愛についてまだ考えられる状態にないからだろう。
一之瀬は中々手強そうだ。後輩の叶わなそうな恋愛を密かに応援しておくとしよう。
「てめえ今とんでもなく無礼なこと考えなかったか?」
「……ソンナワケナイダロ」
◆
そんなこんなで体育祭も終わりを迎える。学年ごとに成績上位者が発表されていく。特筆すべきは3年男子と2年男子。両方、特定のクラスの生徒だけで表彰台を独占した。南雲のクラスとオレたちのクラスだ。
他に1位獲得や入賞を果たしたのは、鬼龍院や小野寺に、八神、宝泉、天沢、七瀬といったメンツ。鬼龍院は南雲支配下の生徒たちからの妨害もあっただろうに、1位を獲得している。やるな。
千秋や堀北は惜しくも入賞を逃したようだ。龍園クラスの木下、伊吹が龍園の指示の下で上手く立ち回り、入賞を果たしたらしい。
オレは学年1位を獲得。須藤小野寺のカップル1位を妨害してしまったことは申し訳ないが、オレにもオレのプランがある。
須藤は少し悔しそうにはしていたが、高円寺の上の順位だったことには満足しているようだ。
「どうだ高円寺! 俺の方が順位は上だぜ」
「ふふ、良かったじゃないかレッドヘアーくん。それにしても清隆ボーイ、MMAとはなかなか面白い種目に出ていたようだね」
「高円寺が出てこなくて助かった。おまえと直接やり合ったらオレの分が悪いだろうからな」
「煽てる必要はないよ。ただし戦力をきちんと把握できていることは評価しようじゃないか」
高円寺に無視されたことも気にせず、須藤は驚愕に目を見開いた。
「お、おいおい綾小路。宝泉にも余裕で勝ったおまえでも高円寺とやり合いたくないってのか?」
「高円寺の肉体は凄まじいからな。体格の差もあるし、おそらく高円寺は格闘技も修めているはずだ。真正面からやり合ったら厳しいだろう」
須藤は戦々恐々としているようだ。素直な戦力分析のつもりだったが、須藤を含め他の生徒たちはまだ高円寺の実力の高さがどの程度なのか、判断がつかないのだろう。実力を発揮する機会が少なかったからな。
そんな話をしていると、1位を獲得した生徒たちに、200万プライベートポイントかクラス移動チケットのどちらを選択するのか確認されていく。鬼龍院は200万プライベートポイント。そして南雲はクラス移動チケットを入手し、周囲が騒めいている。
「なあ綾小路。生徒会長がクラス移動チケットを貰う意味ってあるのか? 譲渡もできねえのによ」
「すぐに分かるさ」
「おい……」
須藤の質問に答えず、オレも先生からの質問に答える。
「綾小路、小野寺。君たちはどちらの報酬を受け取る?」
「私はプライベートポイントで。綾小路くんもそうだよね?」
「いや、オレはクラス移動チケットにする」
「なあっ!?」
「えっ!?」
須藤、小野寺が大きく目を見開く。対し、高円寺は目を閉じ、にやりと口角をあげるばかり。やはり高円寺には見抜かれているか。
「ちょちょ、ちょっと綾小路くん! どういうこと!?」
「クラス移動って、松下はどうすんだよ!?」
「落ち着け。オレがクラス移動をするわけじゃない」
「いやいや、先生もチケットの譲渡は不可能って……」
「俺がルールを改竄したのさ。な、綾小路」
困惑する2人を宥めるように近付いてきたのは、生徒会長である南雲だ。
「今回、綾小路と
今回南雲との勝負を受けるにあたって、賭けをした。少し変則的な条件だったが。
まず、オレは勝利した際に今回南雲の行った、クラス移動チケットの他者への譲渡を可能にするルール変更を要求した。方法は問わない。プライベートポイントが必要なら使用してもらうし、生徒会長としての権限で可能であるならそれで構わない、と。
一方南雲はその条件を了承。そして、南雲が勝った場合には、オレにクラス移動チケットを使用させ、Dクラスへ移動するように指示した。
オレが千秋と別のクラスになると会う機会が減り苦しむだろうと思っての条件だろう。こういうところはなかなか考えているな。
もし南雲に負けることでクラス移動チケットが手に入らないようなことがあれば、南雲は勝手に譲渡可能ルールに変更し、自分が勝ち取ったチケットをオレに押し付けるつもりだったらしい。
オレの課した条件からも着想したのだろう。なかなか面白い条件だった。勝ったのはオレだから、クラス移動するのは別の生徒になるが。
「ふう、焦ったぜ。なら、綾小路が別のクラスに移動するわけじゃねえんだな」
「え、でも他の誰かにクラス移動チケットを渡すってことだよね? ……誰に?」
小野寺の疑問は尤もだ。だが、その答えはすぐに分かることになる。