よう実 √松下   作:レイトントン

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第7話

 Dクラスの目撃者探しについて、他クラスから思わぬ申し出があった。Bクラスの一之瀬帆波だ。

 CクラスとDクラスに揉め事があったことを知り、ふらふらと手がかりを探しているDクラスの生徒であるオレを見つけた彼女は、その正義感からか目撃者探しへの協力を申し出てくれた。

 だが、こちらにはこちらのプランがある。ありがたい話ではあったが、丁重にお断りした。

 

「そっか、確かに、DクラスにはDクラスのやり方や考え方があるよね。ごめんね、出しゃばった真似して」

 

 一之瀬は申し訳なさそうに頭を掻いているが、その言葉は間違いだ。

 

「いや、善意からの提案を蹴ったのはこっちだ。一之瀬が謝ることじゃない」

「そうかな? なら、お互い様ってことにしとこ!」

 

 こんなに弾けるような笑顔を見るのは、表の顔の櫛田以来かもしれない。爽やかで活発。それでいて、男たちがころっと落ちてしまうような可愛らしさがある。

 一之瀬がリーダーを務めるBクラス。どんなクラスなのか、少し気になるな。

 

「……そういえば、綾小路くんって松下さんと付き合ってるんだよね?」

 

 さすが、男女間のアレコレは噂になりやすいらしい。違うクラスにまで届いているとは。平田と軽井沢、オレと松下といった入学早々にできたカップルは、もう全校に周知されているのかもしれない。

 

「ああ。2ヶ月くらい前からな」

「告白したのはどっちからなの?」

「松下からだな」

「そっか、綾小路くんが告白を受けたんだ……」

 

 何かを悩む様子の一之瀬。うんうんと唸る姿も、小動物的で可愛らしい。男が放っておかないだろう。

 やがて彼女は、その小さな口を開いた。

 

「綾小路くん、ちょっと恋愛相談していい?」

「レンアイソウダン」

 

 思わず機械的に返してしまった。オレに恋愛相談?

 人選ミスにもほどがあるぞ、一之瀬。

 と思ったが、さっき一之瀬が口にした通り、オレには松下という彼女がいる。そのせいで恋愛経験豊富な男だと誤認されてしまっているということか。

 なんということだ。すまない、彼女は偽の恋人なんだ。そんなことを言えるはずもなく、黙るしかない。

 

「うん。実は今、Bクラスの女の子から告白されているんだ」

「告白。女の子から」

「その子のことは友達としては好きなんだけど……私、恋愛っていうのがまだよく分からなくて」

 

 安心しろ、一之瀬。オレもだ。

 

「誰かと、その、お付き合いする心の準備もまだできてないの。だから断ろうと思っているんだけど……相手が傷付かない方法ってないかな?」

「傷付けずに告白を断る、か。それは無理だな」

 

 良かった。恋愛相談といっても、まだオレにも答えようがある質問だった。

 これで「実際微妙だけどぉー、キープとしてはまあありじゃね? どう思う綾小路っち?」とか聞かれていたら、オレは白目を剥きながら「そっすね」としか言えなくなるところだった。

 というかなんだよ綾小路っちって。語呂悪すぎるだろ。

 

「告白って相当な勇気を振り絞ってするものだと思うぞ。断るなら、大なり小なり相手は必ず傷付く。それを少しでも抑えてやりたいって心意気は汲むが、下手な付け焼き刃のセリフより、お前の正直な気持ちを話してやるのが一番良い。今後の2人のためにも」

「でも……」

「大丈夫だ。その子は一之瀬の気持ちを分かってくれる。一之瀬が優しくて、友達のことを考えている奴なのは、少し話しているだけのオレにも分かった。クラスメイトで、お前に想いを寄せているならなおさらよく分かっているはずだ」

 

 もちろん確実な保証なんてどこにもない。が、ここは勢いでごり押す。

 一之瀬の性格なら、断るなら誠実な方法が良いだろう。下手になにか策を打っても、後ろめたさでボロが出そうだ。

 

 あと、そろそろこっちもボロが出そうだから、早く話を終わらせたい。

 

「あ、あはは……そう言われると、なんだか照れ臭いかも。でも、そっか。確かに、千尋ちゃんは私の思いを汲んでくれない子じゃないよね。うん、分かった。私、ちゃんと自分の気持ちを伝えるよ」

「それが良い」

「今日はありがとね、綾小路くん。凄く参考になったよ。まさに恋愛マスターだね」

「そのあだ名は絶対に広めないでくれ。頼む」

 

 必要ならプライベートポイントを支払うことも厭わない。それほど実体が伴っていない名前だった。

 

 

「まさか恋愛相談される側になるとはな」

 

 まだまともに恋愛してないんだが、周りからはそう思われてはいない。今後も松下とは綿密に設定を詰め、偽装カップルだということがバレないように振る舞わなければならない。

 ……と思ったが、よく考えると普通にデートもしてるし、弁当だって作ってもらっていた。

 この関係、偽装である意味はあるんだろうか?

 ふとそんな疑問が湧いてくる。

 キス以上の行為は仮だからしないとか、そういうことか?

 

 まあ、今はそのことはいいか。少なくとも、まだオレと松下はその段階ではない。時が来たら確認すればいいだろう。

 

 それよりも、今は目撃者……佐倉のことだ。

 堀北はクラス全体への呼びかけの時の様子、そして事件現場に戻ってきたことから佐倉が目撃者だと睨んでいた。

 

 事件当時に佐倉が特別棟にいた理由まではさすがに分からないとのことだったが、佐倉に話を聞いてみる価値はある。

 

 だが、オレは佐倉のことは何も知らない。まずは彼女がどんな人間なのか、観察するところから始めないといけないだろう。

 

「ということだから、松下。佐倉と適当にお喋りしてきてくれないか」

「構わないけど、綾小路くんは?」

「佐倉はおとなしいタイプみたいだし、男のオレがいきなり話しかけたら怖がらせるだろ。離れたところから様子を観察させてもらう」

「分かった。綾小路くんの指示に従うよ」

 

 松下はオレからの指示を受け取ると、迷いなく佐倉の席へ歩み寄る。佐倉さーん、なんて優しげな声色で、彼女と話し始めた。

 この距離、喧騒ではさすがに何を話しているかは分からない。が、佐倉は松下のことを警戒している様子だ。松下は佐倉が目撃者だろうことは堀北から聞いて知っているが、それをおくびにも出さず、単なる世間話を続けているようだ。

 

 ……どうやら、話題はオレの話に移ったらしい。佐倉、松下の視線がこちらに向く。手を振ると、松下は花の咲いたような笑顔で手を振り返してきた。佐倉も、おずおずと控えめに手を振る。

 

「やっぱり軽薄ね、あなた」

「今のは彼女とクラスメイトに手を振っただけだ。別に皆やるだろ」

「アレを見ても同じことが言える?」

 

 堀北の視線の先には、またも般若の形相をした池と山内がいた。オレの動向ばかり監視して、暇なのかお前らは。

 なんてやり取りをしていると、松下に手招きされているのが見えた。松下はオレが佐倉と無理に接触しようとしていないのは分かっているはずだ。とすると、佐倉が呼んでいる、ということだろう。

 

 立ち上がり、松下と佐倉の下に向かう。

 

「呼んだか?」

「うん。佐倉さんが、相談したいことがあるんだって」

「いいのか?」

「もちろん。いいよ」

 

 彼女からの許可も降りたし(というか手招きしたのは松下だ)、佐倉の相談とやらを聞くことにするか。

 

「どうした、佐倉。何かあったのか」

「ええと……綾小路くん、この学校に来てから、家電とか買ったこと、ありますか?」

 

 なんだそれは、どういう質問なんだ。

 とは思いつつも、真面目に答えておく。

 

「いや、買ってないな。部屋に備え付けのもので十分だった」

「私はヘアアイロン買ったよ。実家にあったやつは持ち込んじゃダメって言われてさ、学校も厳しいよね」

「ある程度金のかかるものについては、全部ポイントで払わせるつもりなのかもな。それで、家電がどうかしたのか、佐倉?」

「う、ううん。家電というか、お店というか……」

 

 家電量販店か。それなら、ケヤキモールを散策がてら、一度冷やかしたことはある。

 しかし、家電量販店と佐倉。いまいち両者が結びつかない。実は佐倉は家電大好き少女だったりするのか? ……いや、だとしてもオレに相談することなんてないだろう。俺は家電には全く疎い。

 

「お店かあ。なんか変な店員さんいるよね、あそこ」

「変な店員?」

 

 松下の言葉を繰り返しつつ、オレは佐倉の変化を見逃さなかった。

 望んだ話題が出た喜びがほんの少し。だがそれ以上に、悩みのタネを思い出したかのような苦悶が浮かんだ表情。

 

「そうそう。なんかやたら女の子、特に可愛い系の子に絡んでくるっていうかさ。私なんかはタイプじゃないみたいだからなかったけど、Bクラスの子にやたら話しかけて気持ち悪がられてた」

「なるほど」

 

 もし佐倉も家電を買う時に同じように絡まれていたとすれば、あまり話すのが得意じゃない彼女にとってはさぞ苦痛だっただろうな。

 その証拠に、気持ち悪がられてた、の部分で佐倉は大きく首を縦に振っている。

 

「もしかして、佐倉はその店員のことで相談があるのか?」

「う、うん。実は……」

 

 佐倉の目が泳ぐ。周囲を気にしている様子だ。

 

「あ、佐倉さん。もしかしたらちょっと話しづらい話題かもしれないし、場所移さない?」

 

 松下の提案で、俺たち3人は移動した。校舎から出て少し歩いた、噴水の近くのベンチ。そこに佐倉と松下を座らせ、オレは松下の目の前に立つ。佐倉の目の前に立ったら威圧してるみたいだしな。

 佐倉は視線を自分の膝に落としながら、ぽつぽつと語り始めた。

 

「さっき松下さんが言ってたんですけど、家電量販店に、その、ちょっと……変な店員さんがいるんです。私、カメラが趣味で、でもこの学校に入る時、持って来れなかったから」

「新しいのを買おうとしたわけだ」

「うん。その時、あの店員さんに話しかけられて……その、話し方とか、こっちを見る視線とか……すごく、怖かったんです」

 

 俯く佐倉は、己の体を抱くように腕を回し、かたかたと小さく震える。

 どれだけ迫られたら、これほど怯えることになるんだろう。男に迫られる女子の気持ちなんてまるで分からないが、只事じゃない。

 少なくとも、ただ真正面から話しかけられただけで、こうなるだろうか。佐倉は確かに気の弱い女子だが、それは一旦置いて考えた方が良さそうだ。

 

 彼女は震えてしまって、それきり言葉を続けられずにいた。

 話しかけられて怖かった。恐らくその続きが何かしらあるんだろうが、今の佐倉からは聞き出せそうもない。

 

「もし、家電量販店に行く用事があれば言ってくれ。オレで良ければ付き合う」

「私も、全然誘ってくれて大丈夫だからね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 佐倉はどうやら、松下のことは若干苦手なようだな。怯えるとまではいかないが、警戒されている。

 逆に、オレのことは特に警戒していないらしい。というか、わざわざオレを呼び出すあたり、むしろ好意的な可能性まであるな。そこは逆じゃないのか?

 

「綾小路くんのことは平気なんだね?」

 

 松下も同じことを思ったのか、疑問を口にする。

 それに対して佐倉は、ハッとした表情で、松下に頭を下げた。

 

「ごごご、ごめんなさい! 綾小路くんは松下さんの恋人なのに、私なんかのために付き合わせてしまって……!」

「え? いやいや、それくらい全然良いんだけどさ。佐倉さん、男の子苦手そうだったから、意外だと思ったんだよね」

「それは……はい。苦手、です。でも、綾小路くんは、目が怖くないっていうか……松下さんがいるからなのかな……」

 

 佐倉のそんな言葉を聞いた松下は、こっちを一瞥する。しかし、オレと視線が合うと、ふいとよそを向いてしまった。

 

「どうした?」

「なんでもない、よ?」

「多分、綾小路くんは松下さんのことだけ見てるんだと思います……」

「あはは、照れるからやめてよ」

 

 何故か発言した佐倉でなく、オレの脇腹をツンツンと人差し指で突いてくる。照れ隠しってやつか。可愛い奴だ。

 

 そんな一幕もあったものの、佐倉からの相談は、結局その全貌が見えないまま終わってしまった。

 佐倉は教室に戻ったが、連絡先も交換したし、ひとまずはこれでいい。彼女がいても、女の子の連絡先が増えるのは嬉しいものだな。

 

「綾小路くんはさ、佐倉さんみたいな娘は好み?」

「佐倉みたいな娘、か。嫌いじゃないが、俺も佐倉もあまり口が上手い方じゃないからな。会話に詰まりそうだ」

「そうじゃなくて。ほら、見た目とか。佐倉さん実は顔可愛いし、胸だって凄く大きいじゃない?」

「ああ、確かに大きいな」

「こらっ。他の女の子の胸が大きいとか、彼女の前で言っちゃいけませーん」

 

 いや、それは理不尽だろう。

 松下に同調しただけだというのに、可愛く怒られてしまった。

 女子相手の会話は同調することが有効な一手だと、最近読んだ本には書いてあったんだがな。

 

「やっぱり綾小路くんも、おっきい女の子が好きなんだ?」

「いや、なんでそうなる。松下の意見に同意しただけだ」

「じゃあ嫌いなの?」

「別に嫌いではない」

「ほらー!」

 

 何がほらなのかは知らないが、まずいな。泥沼に嵌っている。

 確かに、池たちと話しているうちに知れたが、一般的な男子高校生は胸の大きい女子が好きなことが多いらしい。が、それはあくまで要素の一つでしかない。

 松下は確かに大きい方ではないようだが、すらっとしていてスタイルは良いし、顔立ちも整っている。櫛田や一之瀬のような可愛い系というより、綺麗系の顔立ち。知力、学力、運動能力も申し分ない。気にすることはなにもないと思うんだがな。

 

「だとしても、オレの彼女はお前だ」

「……あぶなー、ドキっとしたよ。でも、誤魔化されないよ?」

「じゃあ、どうすればいい?」

「ほんとに佐倉さんみたいな子に靡かないのか、綾小路くんの好みをチェックしまーす」

 

 くいくい、と袖を引っ張り、松下はオレをベンチに座らせる。

 そして、自らの端末の画面を俺に見せつけてくる。その画面には、水着姿の女の子が映っていた。いわゆる、グラビアアイドルというやつだろう。

 検索して出てきた画像を適当に並べているらしい。にやついている表情からも、別に胸が大きい子が好みってわけではないことは、とっくに理解しているだろう。どうやらこっちを揶揄いたいだけらしい。

 

「この子可愛い?」

「……どうだろうな」

 

 下手に可愛い、と言ったらさっきの二の舞だ。

 

「じゃあこの子は?」

「分からない」

「この子!」

「うーん」

「綾小路くん、ちゃんと答えてよ」

 

 どちらに転んでも揶揄われるのは確定している。どうしたものかと考えていると、ふと松下がリストアップした女の子のうち、1人の写真が気になった。

 

「松下。さっきの娘をもう一度見せてくれ」

「……綾小路くん、やっぱりこういう佐倉さんみたいな胸の娘が好きなの?」

「佐倉みたい、というか、佐倉本人じゃないか?」

「え?」

 

 まじまじと端末の画面を覗き込む松下。表示されていたグラビアアイドルは、雫というらしい。雑誌に載ったりもする、人気のあるアイドルのようだ。

 見た目や身体的な特徴は似ているが、猫背で引っ込み思案な佐倉とはかけ離れた、溌剌とした笑顔。まるで別人のような表情だ。眼鏡もかけていないし、気付かなくても無理はない。

 

「ほんとに? この娘が佐倉さん?」

 

 松下は半信半疑で端末と睨めっこしていたが、やがて雫と佐倉の共通点に気が付いてきたらしく、疑いが確信に変わっていった。

 

「ほ、ほんとだ……間違いないよ。寮の部屋で撮ってるっぽい写真もあるし。佐倉さん、グラビアアイドルだったんだ」

「そうと分かると、佐倉の悩みも見えてきそうだな」

 

 グラビアアイドル『雫』としての名前が分かったところで、その名前で検索をかけてみる。ブログをやっているようで、その内容から佐倉の相談しようとしてきたことを把握できた。

 オレは松下に、佐倉が雫として上げているブログを見せる。約3ヶ月前、入学当初の書き込みだ。

 

「何これ、『運命って言葉を信じる? 僕は信じるよ。これからはずっと一緒だね』『いつも君を近くに感じるよ』『目が合ったことに気付いた? 僕は気付いたよ』……き、気持ち悪い!」

 

 松下は怖気が走ったのか、両腕を抱え込むようにして摩っている。男のオレでもかなり気持ち悪いと感じるんだ、女子目線だと相当なものだろうな。

 もっと言えば、これを直接向けられた佐倉の抱く恐怖は、計り知れないほど大きいだろう。

 

「この学校に入学した直後の書き込みだ。佐倉の怯えようから見ると、例の店員が関係していても不思議じゃない」

「学校に通報しようよ。警察は動けなくても、学校の敷地内のことなら学校側の裁量でなんとかしてくれるよ。生徒の身の安全が脅かされてるわけだし」

「まだ犯人がそうだと確定したわけじゃないが……まあ、これだけ執着心の強い相手だ。恐らく手紙等の物証も残してるだろうな。通報はそれを確認した後だな」

 

 その後、オレと松下は佐倉の部屋を訪ね、手書きの手紙や盗撮写真といった物証を入手した。

 学校側へ相談することを佐倉に勧めると、同意が得られたので即座に茶柱先生、真嶋先生に連絡した。

 事情を事細かに説明すると、先生たちは迅速に動いてくれた。証拠が例の男と結び付き次第、相応の処分が下されることになるだろう、とは真嶋先生の言だ。

 

 まだ男の処分が決まっておらず油断はできないが、それまでの間、佐倉の登下校は手の空いた先生方が付き添ってくれるとのこと。オレと松下も、余裕がある時は手伝う旨を伝えるが、生徒を危険に晒すわけにはいかない、と断られてしまった。

 

 ともかく、これで佐倉はひとまず安全だろう。

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