よう実 √松下   作:レイトントン

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修学旅行②

「じゃあ、こっちも席を決めるか」

 

 千秋が音頭を取って女子側の席順を決めてくれている。それに倣ってオレも男子側の席を決めることにした。

 

「俺は龍園の隣でなければどこでもいい」

「俺もこのバケモノの隣は願い下げだな」

 

 早速、グループ内にヒビが入っている。大丈夫なのかコレ、とは思いつつ、オレは渡辺の方に視線をやる。

 彼はひっ、と小さく悲鳴をあげた。……怖がらせるようなことをしただろうか。ちょっとショックだ。

 

「渡辺はどうだ? なにか意見があれば、遠慮せずに言って欲しい」

「え……っと、その、それなら鬼頭の隣がいいかなー、なんて。ほら、こっちから何もしなければ、あっちも無害だろうし?」

「分かった。なら、オレが龍園の隣だな」

 

 極めてスムーズに決まったが、なんだか釈然としないな。

 渡辺も緊張しているようだし、こちらから声をかけて安心させてやるか。

 

「渡辺。一応こっちでも注意しておくが、龍園に何か脅されるようなことがあればオレに言ってくれ」

「あ……ああ、ありがとな」

 

 龍園も不用意に他クラスの生徒に脅しをかけるかは分からないが、渡辺を安心させるための話題の種とさせてもらった。効果はあったようで、明らかに安堵の表情を浮かべている。

 

「綾小路って怖そうなイメージだったけど、話してみるとそうでもないんだな」

「怖そう? オレがか?」

「だってさ、Bクラスの裏のボスだろ? 体育祭でも2年連続で優勝してるし、なのに全然喜ばないで無表情だしさ……いや! 話してみると全然怖くなんかないって分かるんだけどな!?」

 

 他クラスの一般的な生徒からはそんな風に思われていたのか……ちょっとショックだ。まあ、渡辺の言うように話してみたら誤解が解ける可能性もある。今後は他クラスの生徒とのコミュニケーションにも力を入れていくべきかもしれない。

 

 その後、千秋の経験で全員軽く自己紹介を行なった。その際に鬼頭と龍園の仲裁に入ると、渡辺からの尊敬の眼差しが大きくなった。

 茶柱先生の誘導の下バスに乗り込み、決められた席順通りに座っていく。

 

「5日間よろしくな、龍園」

「おまえ、俺が大人しくよろしくしてやるとでも思ってやがるのか?」

「旅行くらい楽しんでもいいんじゃないか」

「お気楽なヤツだ。まあいい、精々てめえは色ボケしてな。こっちはこっちで好きにやらせてもらう」

 

 龍園はしれっと窓側に座り込む。オレも窓側が良かったんだが……

 オレは仕方なく通路側の席に座る。ふと、目の前の背もたれ、パンフレットなどが挟まるポケットに袋が詰められているのを発見する。

 

「むっ……これがエチケット袋ってやつか」

「なんだ、初めて見るのか? バスも乗ったことねえボンボンかよ」

「バスに乗る機会が少なかったのはその通りだ。それに無人島行きのバスでは見かけなかったしな」

「否定しないな? やはりどこぞの大企業の御曹司か? 坂柳がおまえと8年前に出会っているってネタとも矛盾はねえ。あいつはこの学校の理事長の娘だからな。だとすると、てめえのその実力は幼少期からの英才教育で身に付けたものって線が見えてきたな」

 

 龍園はベラベラと自らの予想を口にする。それも、別に確信を持った様子ではない。適当なことを口にして、オレに動揺が見られるかどうかチェックしているのだろう。

 その証拠に、オレの一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせている。

 

「……なんだ、今回の旅行はオレの分析に費やすつもりか?」

「クク、この修学旅行のテーマ通りだろ。敵を知り己を知ればなんとやら。てめえの実力がとんでもねえなんてことは周知の事実だが、深さが読めねえ。敵の戦力を知るのには実に良い機会だ」

「……まあいいか。旅行に支障が出ない範囲で観察するといい」

「そうさせてもらうぜ、お坊ちゃん」

 

 龍園の予想の第一候補としては、上流階級の出身としているらしい。

 

「松下。てめえもこいつの過去を知りてえんだろ?」

 

 龍園が、聞き耳を立てていたらしい前の席の千秋に声をかける。千秋は振り返り、背もたれから頭を出してこちらの会話に参加する。

 

「私はある程度聞いてるよ?」

「下手な演技はやめとけ。おまえじゃ俺を欺けねえよ」

「そう思うなら別に構わないけど。どちらにしても、龍園くんがそれを知ることはないからね」

「俺が情報を得た時の泣きっ面が楽しみだ。その時は土下座すりゃ情報を恵んでやるよ」

「それはどうも。でもごめんね? 私の方は、後から泣いて『教えてください松下さん』ってお願いされても教えてあげない」

 

 Sな一面を見せる千秋。2人は顔に笑みを貼り付けているが、内心では探り合いを繰り広げている。

 その様子を隣で眺めていたらしい神室は、興が乗ったのか、千秋と同じように背もたれから身を乗り出してこちらを向いてくる。

 

「でもさあ、実際あんた何者なワケ、綾小路?」

「何者、か」

 

 それを聞くの好きだな、皆。

 堀北にはことあるごとに聞かれるし、前に櫛田にもそんな質問をされた。詮索されるのは苦手だ。

 その点、千秋は突っ込んでこないから本当にありがたい。自分も知りたいだろうに、そこを抑えてオレを慮ってくれているのがよく分かる。

 とりあえず、神室の質問にはテキトーに答えておくとするか。

 

「千秋のカレ……」

「それは1回やったでしょうが」

 

 実はこれで3回目だったりする。今否定されたのが1回。鬼頭に突っ込まれたのが1回。1年以上前に櫛田にキレられたのが1回だ。

 

「実はアメリカから派遣されてきたエージェントなんだ。って言ったら信じるか?」

「それアレでしょ。一時期掲示板に流れた根も葉もない噂」

「だが、荒唐無稽に思えて、一般家庭出身と言われるよりはまだ信憑性があるな。その化け物じみた身体能力、学力、頭脳は明らかに意図して育てられたもんだろ」

「じゃあそういうことにしておいてくれ」

「答える気はないわけね」

「答えようがないだけだ。逆に聞いてみたいんだが、なんて答えれば満足するんだ?」

「さあね。あんたが正直に答えた、ってあたしが感じれば満足するかも」

「面倒な奴だな……」

 

 別に満足してもらう必要もない。精々もやもやしていてもらうとするか。

 

「清隆くんが答えないなら私も答える気はないよ。でも、神室さんはわざわざ私たちに直接聞かなくても、坂柳さんに聞くって手もあるんじゃない?」

「とっくに聞いたっての。でも、あいつは答えたがらないのよ。誰にもね。もしかして綾小路に惚れてるんじゃない? だから他人に知られたくないとか」

 

 神室はオレ、そして千秋を揶揄うようにそんな言葉を口にした。しかし、オレも千秋も動じることはない。

 

「私の彼氏カッコいいからね、好きになるのは無理ないから認めてあげてもいいかな。でも失恋確定だから時間の無駄だし、早く次の恋を見つけた方がいいよって伝えておいてくれる?」

「あんた、結構毒舌ね。松下」

「ヒトの彼氏を好きになるのを許すんだから、逆にこのくらいは許してほしいな。おあいこおあいこ」

「坂柳に睨まれても知らないわよ」

「多分もう睨まれているから平気」

 

 千秋はそう豪語した。

 もし坂柳が千秋を狙うようなら、オレもそれなりの手段で対処しなければならない。

 それにしても、無口かと思えば意外と喋るんだな、神室は。よく考えてみれば坂柳の側近だ。表向きつっけんどんな態度は取っても、最低限コミュニケーションを取る気はあるようだ。

 

 

 スキー場に到着し、インストラクター主導のもと上級者、中級者、初級者に別れる。千秋、龍園、鬼頭、神室は経験者ということで中、上級者コースへ。オレ含む残りのメンバーはスキー初心者のため初級者コースへ移動した。

 事前に動画を視聴しイメージトレーニングをしていても良かったが、インストラクターが付くとは事前に聞いていた。なら、そっちから教えてもらった方が手っ取り早い。イメージと現実のズレを矯正する手間も省ける。

 

「おっと」

 

 試しに雪の上に転んでみる。ひんやりと冷たい、それでいて柔らかい雪の感触。さっき初めて触った時は感動を覚えたが、改めて触れてみると、転んだとしても怪我はしづらそうだと安心感を得られた。

 

「はは、綾小路でも転んだりするんだな」

「オレをなんだと思っているんだ」

「えーと、完璧超人?」

 

 網倉が指を顎に当てながらそう答える。

 

「なんだそれ」

「だって、帆波ちゃんも神崎くんも、いつも綾小路くんがすごいって言ってるもん。勉強はいつも満点だし、2年連続で体育祭学年1位だし。それに、去年DクラスだったのにAまで上がれたのって綾小路くんのお陰なんでしょ?」

「いや、別にオレだけの力じゃない。クラスの皆が頑張った結果だ」

 

 オレが完璧だというのは大いに間違いだ。月並みな言葉だが、完璧な人間など存在しない。

 

「またまた。綾小路くんの能力が高いのは事実でしょ。OAAだって学年1番なんだから」

「だからこそスキーで転けてるのに安心したっつうか。なんでもできるって訳じゃないのがさ」

「渡辺の言う通り、なんでもできるってわけじゃない」

 

 ふと視線を感じそちらを見ると、龍園がにやにやしながらこちらを観察している様子が見てとれた。オレの失敗が見れて嬉しいらしい。

 そのままリフトに乗りこみ、上級者コースへと上がっていく。

 

 インストラクターの指導は基礎的なもので、30分ほどで終了し、自由時間が訪れた。

 

「おっ、丁度いいタイミングだったみたいだね」

 

 リフトで上がろうとしたところ、中級者コースから滑ってきた千秋に出くわす。

 

「いやあ、久しぶりだけど体は覚えているものだね。この分ならいきなり上級者コースでも大丈夫だったかも」

「慎重なのはいいことだ。油断していると怪我に繋がるからな。……まあ、オレは初級者コースで滑るけどな」

「ふふ。でも、清隆くんならきっとすぐ上級者コースでも滑れるようになるよ。私も次は初級者コースにしとこうかな」

 

 千秋はオレの隣に来て、同じリフトに乗り込むことになった。

 

「おお……高いな」

「ふふっ。怖いの?」

「いや、オレは落ちても問題ない。千秋が落ちないか心配だ」

 

 下が雪だし、そうでなくともこのくらいの高さなら上手く衝撃を逃せば、着地は可能だ。

 

「私だって平気だよ。雪の上だし、ひどくても骨折くらいで済むと思うよ」

「全然大丈夫じゃないだろそれは」

「死ぬわけじゃないから、清隆くんもそんなに心配しなくていいよってこと」

 

 ペシペシと背中を叩かれる。

 そんなに深刻そうな顔をしていただろうか……

 

「講習中、何度かコケてたみたいだね。龍園くんが嬉しそうに煽ってきたよ」

「オレの失敗が嬉しいようだった。性格悪いな」

「弱点が見つかったと思って喜んでいるんじゃないかな。まあ、そのうち弱点じゃなくなると思うけど。清隆くん、吸収力がトンデモないからさ」

「弱点じゃなくなるよう協力してくれるか?」

「もちろん」

 

 初級者コースで千秋とともに降りる。リフトは登り降りの際に停止するわけではないので、動いているリフトから降りることになるわけだが、動いている乗り物から降りるという体験は初めてだったので、少しスリリングだった。

 

「よーし、滑ってみようか」

 

 千秋と一緒に、初級者コースを滑る。

 インストラクターに言われたことを思い出し、千秋のアドバイスを取り入れながら体の感覚とイメージの擦り合わせを行う。

 

 インストラクターに教えられた基礎的な話で言えば、スキーで重要なのは重心の移動だ。

 スピードを緩めたければ前に、早めたければ背中側に重心を置く。考えてみれば当たり前のことだが、重心が前にあると前方の雪にスキー板の前方が沈むからだ。逆に後ろに重心を置くとグングンとスピードが出る。

 また止まりたい時は、スキー板をハの字にするようにして滑ると良いという。これも、スキー板が雪を掻き分けるような形になるからだろう。スピードを出したい時は、パラレルと呼ばれる板を平行にした状態が良いとのことだ。

 加速、減速どちらも雪を上手く利用することが重要ということだろうか。奥深いな、ウインタースポーツ。

 

「上手い上手い!」

 

 千秋にそう呼びかけられる。しかし、千秋のスピードには及ばない。それなりに滑れるようにはなってきたが、まだ上級者との差はあるな。

 

「千秋、上級者コースも滑ってみたい。手伝ってもらっていいか」

「いいけど、初心者には結構危ないと思うよ?」

「怪我をしないように千秋と一緒に滑るんだ」

「なるほど。そういうことなら、存分に頼ってくれていいよ」

 

 というわけで、千秋と一緒にスキーを楽しんだ。

 

 

 スキーも終わり、旅館に移動する。

 歴史ある旅館というだけあり、とても立派なものだ。外観は趣のあるものだったが、内装は綺麗に手入れされている。

 グループごと、さらに男女別に部屋が分かれている。これから4泊を龍園、渡辺、鬼頭と共にするわけだ。

 

「おい綾小路。てめえ馬鹿力なんだから全員分の荷物運んどけ」

「勘弁してくれ。普通に自分の分は自分で運べばいいだろ」

「ちっ。使えねえ野郎だ」

 

 盛大に舌打ちした龍園は自らのボストンバッグを掴み、ホテルのフロントから鍵を受け取るとさっさと部屋に歩いていく。オレと渡辺、鬼頭もそれに続く。

 

「いつもながら、勝手なやつだな……」

「……綾小路。おまえは、龍園と仲が良いのか」

 

 ぼやいていると、鬼頭がそんなことを聞いてくる。

 

「仲が良い……のか? もちろん、全く話さないわけではないが」

「あの男のことだ、渡辺に雑務を押し付けるくらいのことをするだろうと思っていた」

「えっ! マジか……」

 

 たしかに、それは十分あり得るな。龍園は交渉ごとやクラスの意思決定などは自身が行うが、物を運ぶなどの雑務はクラスの生徒、主に石崎や小宮などの実行班に任せているイメージがある。たしか、混合合宿でも同じようなことをしていたはずだ。

 

「しかしそうせず、綾小路にちょっかいをかけた。少なくとも、俺にはおまえが龍園と対等以上の立場で対しているように見えた」

「対等以上か。それが仲良く見えたと?」

「ああ。龍園も、どこかおまえを認めている節があるように思える。クラスリーダー同士だから、というだけじゃないだろう。坂柳に対してとはまた違う何かがある」

「……よく見ているんだな」

 

 側近としての能力は、主にボディガードとしてのものだとばかり思っていたが。意外と坂柳のことも見ていたようだ。あとは、龍園のこともか。

 

「ヤツは危険だ。実力はおまえが上かも知れんがな」

 

 鬼頭はそう言葉を結んだ。一方で渡辺は顔を青くしている。

 

「ど、どうしよ……龍園に言われたら俺、怖くて断れねえよ」

「……集合した時はオレの後ろに隠れておくか?」

「……そうさせてもらおうかな」

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