夜、お風呂から上がった私たち6グループの4人は、明日の自由行動の方針を決めるために男子の部屋にお邪魔していた。
しかし、問題が発生。龍園くんが話し合いに参加の意思を見せず、かき乱すように自分の寝る場所は端の位置だと主張し始めた。
「野郎と一緒に寝るのは趣味じゃねえが、そうも言ってられねえからな。せめて端はもらうぜ」
「認められんな」
「ならどうする。俺とここを賭けてやり合うか?」
「望むところだ」
「ラッキーだぜ、こんなところで坂柳の駒一つ潰せるとはな。おまえたちも参戦したけりゃ構わねえぜ」
龍園くんの言葉に、鬼頭くんが反発。一触即発の雰囲気だ。話し合いなんてできそうもない。挙句、龍園くんは清隆くんと渡辺くんにも参加の意思があるか確認し始める。
網倉さんはどうにか止めようとしているみたいだけど、私は彼女の肩に手を置いて止める。
「大丈夫だよ」
清隆くんの方に視線を送ると、小さく頷いた。
「おまえたちがそっちの端を取り合うのは構わないが、それならオレと渡辺は別の場所を先に決めさせてもらうぞ。あと、暴力で決めるのはなしだ」
鶴の一声とも言える言葉。清隆くんはMMAで軽く優勝するくらいには身体能力が高い。2人も無視できないはず。網倉さんも安心したように、こちらに笑みを見せてくれた。
一方、暴力を止められたというのに、龍園くんと鬼頭くんはしかし余裕の笑みだ。
「聞いたか鬼頭? 暴力ナシってんなら、決める方法はひとつしかねえよなあ?」
「仕方あるまい」
龍園くんは足癖の悪いことに、枕を蹴り上げて手中に収める。ああ、それで決めるわけね。
「なんだ? 枕なんか持って、何をするつもりだ?」
清隆くんは困惑している様子だった。彼の世間知らずも私との交際の中でだいぶ矯正されてきたけど、まだこういった文化には疎い。
「知らないの? 枕投げ」
「枕投げ? 枕を投げるのか……? なんのために?」
「さ、さあ……? 言われてみれば。なんでだろ? 男の子たちはよく修学旅行とか合宿でやってるイメージだったけど」
「混合合宿ではそんなことなかったが」
神室さん、網倉さんとそんな話をしながら、清隆くんは龍園くんと鬼頭くんの枕投げを不思議そうに観察していた。
相変わらず、知らない文化に触れる時の清隆くんは可愛らしい。
「いいぞ、やれやれ!」
一方、伊吹さんは冷蔵庫に備え付けられていたオレンジジュースを煽りながら、スポーツ観戦しているおじさんみたいなノリで野次を飛ばしている。え、オレンジジュースだよね? お酒じゃないよね?
「ダークネス・ボールッ!」
「猛り狂った大蛇、ヤツを喰らえッ!」
もの凄い必殺技が開発されている。普段どれだけ格好付けていても、2人ともやっぱり男の子だね。
「なあ、ダークネス・ボールってなんだ? 猛り狂った大蛇ってどういうことだ?」
「俺も知らないよ! あと絶対2人に聞くなよ、それ!」
清隆くんは首を傾げてしまっている。それに応えつつも龍園くんと鬼頭くんへの配慮を忘れない、渡辺くんは良い人だ。
一方、人知れず渡辺くんに心を守られた2人の間で、ビュンビュンともの凄い勢いの枕が飛び交う。枕投げの実力は全く互角。寧ろ、全力で投げられる枕の方が保たないかもしれない。
「あの枕って誰の?」
「……オレのか」
清隆くんの寝る位置にあったものらしい。
「うおおおおおおッ!」
ビュン! と鬼頭くんにもの凄い勢いで投げられる枕。龍園くんがそれをなんとかキャッチしようとして、
「そこまでだ2人とも」
パシ、といとも簡単に清隆くんが枕を横からキャッチする。
「邪魔すんじゃねえよ、綾小路」
「悪いな、オレの安眠のためだ。やるなら自分の枕でやれ」
「俺のサイドワインダーをいとも容易く捉えるとは。さすがだな綾小路」
「あ、ああ。しかしこのままじゃ、サイドワインダーとやらに枕が耐えられそうもない。ここは引き分けとしておかないか。オレの安眠のためにも」
「……ふっ。あれだけ見事なキャッチングを見せられては、引くしかないか」
結果、鬼頭くんが引き下がることで話は纏まった。また、2日目の自由行動では1日目と同じくスキーを行うことで同意し、そちらもあっさりと決定した。
◆
2日目のスキーでは、私、清隆くん、龍園くん、神室さんが上級者コースに。網倉さん、渡辺くん、伊吹さん、鬼頭くんが初級者コースで滑ることになった。
鬼頭くんは昨日上級者コースを滑っていたけど、初心者組には滑れる人がいた方がいいと判断して、見てくれることになった。意外と気遣いのできる人なのかもしれない。
「綾小路、下まで競争するぞ」
「おい、オレは昨日初めて滑ったばかりだぞ」
「松下と上級者コースで滑ってただろ。見てたぜ、一回滑るごとにまるで別人のように成長してやがったのをな」
龍園くんに見られていたのか。2人でスキーを楽しむあまり、気を抜いていたかもしれない。思えば、この修学旅行で清隆くんを分析するとか言ってたね。
「今のてめえなら滑れるだろ。拒否権はない」
「暴君だな……ウチの堀北並だ」
「鈴音もやるじゃねえか。多少強引にいかないと、てめえはのらりくらりとかわしやがるからな」
「強引すぎるのも考えものだぞ。怪我でもしたらどうしてくれる」
「俺だって相手は選ぶさ。てめえがこの程度で怪我するわけねえからな」
堀北さんも同じ考えなんだろう。無茶振りしても応えてくれるという、ある種の信頼だ。
「……まあいいか。分かった。やろう」
清隆くんは龍園くんの挑戦を受けた。
「松下。てめえが審判をやれ」
「いいの? 公平性を求めるなら鬼頭くんに任せた方がいいんじゃない?」
「冗談だろ。鬼頭のジャッジの方がよほど信用ならねえ。それに、ここで綾小路贔屓の審判をするようなら、その程度のヤツだと判断できるからな」
上手い言い方だ。私も清隆くん贔屓の審判がしづらくなった。まあ、別に何かを賭けているわけでもなし、清隆くん有利にする必要もない。私は龍園くんの要請に応じた。
鬼頭くんには悪いけど、2人の勝負が始まった。
やはり龍園くんが速い。上級者コースをモノともせず、凄い勢いで斜面を下っていく。
清隆くんはそれを見ながら学習を続けているようで、滑りながらどんどん技術が向上していた。龍園くんに詰め寄る。
やがて龍園くんを抜き去り、スキー対決は清隆くんが勝利した。
「……てめえ、本当に昨日のスキーが初めてなんだな?」
「ああ。偽りはない」
「クク、バケモノが」
龍園くんは悔しがりながらも、良い情報を手に入れたとばかりに笑っている。
「綾小路。宣戦布告だ」
白銀の世界に、眩い陽光が反射する中で。龍園くんは不敵に笑う。
「学年末試験。てめえに挑むぜ」
「……挑む、か」
「認めてやる、てめえは格上の存在だ。だが、いつまでもその座に胡座をかいていられると思うなよ」
私は息を呑んだ。
理解ができない。今しがた清隆くんの、龍園くんが言うことにはバケモノ染みた実力を見せつけられて、どうして挑むという結論に至ったのか。
この、目の前の人物が得体の知れない何かに思える感覚は久しぶりだ。去年の船上試験で、龍園くんに見た覚えがある。
彼もまた、私からすれば怪物だ。
「しかし、学年末とはな。随分と悠長なことだ」
「分かっててしらばっくれるなよ。俺にはまず本命がある」
本命。それに関しては、さすがの私もピンときた。
「生徒会長選挙、だよね」
「はっ……おまえらに見せてやるよ。歴代で最悪の生徒会長が誕生する瞬間をな」
「最悪って、自分で言うか」
「俺が生徒会長ってガラに見えるか? たとえ会長になったとしても素行を直そうだなんて微塵も考えちゃいねえのさ。不良会長爆誕だ。クク、国がエリートを育成する高校としちゃあ最悪だろ?」
龍園くんはとても愉快なようで、くつくつと笑っている。龍園くんが生徒会長。まるでイメージが湧かないけど、今のままで生徒会長の座に着くというのは……なんというか、様になる気はする。
上に立つ者としての素質、とでも言えばいいんだろうか。
「そもそも、選挙に出馬できるの? 龍園くんは堀北さんに、1年生たちと同時期に生徒会入りした。普通に考えたら、去年から生徒会役員である一之瀬さんが生徒会長になるのが筋なんじゃないの?」
一之瀬さんは生徒会として勤めている期間も長く、また普段の生活態度も品行方正。生徒会長として瑕疵があるようには全くおもえない。
「俺がその程度のことを考えていないと思ったか? もちろん、その辺を解決する手段は考えてある」
龍園くんにムカつく煽りを入れられながら、私は考える。龍園くんが生徒会長になろうとしている。それはいい。いや、龍園くんがガラにもなく生徒会長になりたがっている理由は気になるけど。
「わざわざ宣戦布告した理由は何?」
「生徒会長になれば、俺が自分に挑まないとでも思っていそうだったからな、こいつは。そんなことはないという意思表示だ。時期については、こいつを潰すのに最も合理的だと判断したまでだ」
……全然理解が及ばない。私は清隆くんに助けを求めて視線を送る。
「龍園。おまえが生徒会長になる目的は、話してしまっていいのか」
「構わねえさ。おまえの女に止める方法はねえ」
「そうか。千秋、まず前提として、龍園が生徒会長になる目的を話そう。龍園は生徒会長権限による、特別試験ルールの改訂に目を付けた」
「……なるほど。生徒会で最も権力の強い生徒会長になりたがる訳だね」
「ああ。そこまでしてルールを変える目的は、単に勝利のためじゃない。……ルールに手を加え、学校の目を盗み、8億のプライベートポイントを貯める。それが龍園の目的だ」
…………………は?
「8億……って、うん。なるほど、なるほど。へぇ……」
待って待って、ほんとに頭が追いつかない。
8億? プライベートポイントで?
えっと、8億なのはあれだよね。クラス移動が1人頭2000万。掛ける40人で8億。
それにしたって、どうやって……いや、その『どうやって』を具体的にするために生徒会長になろうとしてるのか。
うわ、マジか。冷静になってくると、確かに理屈は理解できる……けど、おかしいでしょ!
「正確には8億2000万だな。葛城が増えた」
「あ、そうだったな」
「2000万がついで扱いなの絶対おかしいから!」
「お、頭の整理が終わったか」
私は龍園くんにツッコミを入れようと口を開くけど、続く言葉が見当たらない。
無理だ、と頭で一瞬考えるも、この2人を見ていたらあながち不可能でもないのかと思えてきてしまう。
「おいおい、言いたいことがあるならハッキリしろよ」
「むぅ……不可能ではなさそうだって思ってしまっている自分に腹が立ってるかな」
「ハッハッハ! 随分と彼氏に毒されてやがる。8億ポイントなんて荒唐無稽な計画を聞いて否定の言葉が出ねえとはな。イカれてるぜ、おまえ」
「一番イカれてる人に言われたくないんですけど……」
「千秋ならその可能性に気付くと思っていた。それだけ潜在的な能力は高かったからな」
清隆くんの褒めが心に染み入るよ。
しかし、ますます分からないことがある。
「8億の件は、分かりたくないけど分かったよ。でも、それで清隆くんに宣戦布告した理由はなに? それだけのポイント、ルールをイジっても手に入れるのは相当大変だよ。それに、知ってる人もそういないでしょ? 清隆くんと協力する方が成功率は上がるんじゃ……」
8億作戦なんて、知ってる人が多ければ多いほどリスクが大きい。もし学校にバレたりしたら、ルールの改訂権に強い制限が掛けられる可能性だってある。
この学校はクラス間の競争を促している。それに真っ向から逆らう戦略だから。
なら、何故か知らないけど龍園くんの8億ポイント作戦を知っている清隆くんとは協力関係を築いた方がいいのではないだろうか。
「あ」
自分で言ってて気付いた。
「いや、そっか。普通なら協力しない手はない。その方が良いのは目に見えているから。だからこそ、龍園くんはそうならない、清隆くんと戦うつもりだと宣言した」
清隆くんの協力で8億を稼ぐ。そうしたらウチのクラスを龍園くんの協力のもとAに上げる。そんな契約を結ぶだけで随分と楽になる。
でも、その道を蹴ってまで、龍園くんは自らの欲望のため、清隆くんと戦うつもりでいる。
つまり、『8億は自力で得る、おまえとは協力しない。だからおまえを潰す』。
2人からすれば、そういうシンプルな宣言だったわけだ。
そこまで考えてみると、腑に落ちる思いだ。龍園くんの性格からしても、なんらおかしいことはない。
「学年末試験で挑む、っていうのは選挙があるからそっちを優先して、それが終わってから相手をするってこと?」
「それで合ってるだろうな。だが、おまえらしくないな龍園。一之瀬と坂柳を潰し、上位クラスとなってから挑んでくるものだと思っていた」
「その予定だったんだがな。奇しくも学校側が決めたテーマで気付かされちまったぜ。綾小路。てめえの武器にな」
龍園くんは、ストックでコンコン、と自らの板を叩いた。
「昨日はまともに滑ったこともねえ初心者だった。それが今日、俺を抜き去るほどのテクニックまで上達してやがる。初心者ってのがフカシでなけりゃ、たった1日で上級者以上のテクを身につけたってことだ。学習能力の怪物。それがてめえの正体の一つだろ」
……やっぱり、私からすれば龍園くんも怪物だよ。
私は早い段階で気付けたけど、それは清隆くんと恋人関係だったから。色んなことを本音で聞けたし、ビーチバレーなんかの、成長しているのを目の前で見る機会にも恵まれた。
龍園くんは、この短い修学旅行の期間で、清隆くんの実力の源、その一端を見抜いた。
「要領の良い女が隣にいることだ、てめえはどんどん必要な知識や経験を吸収してるんだろうよ。枕投げやエチケット袋にまでは及んでないらしいがな」
そんな細かいところまで、情報を収集していたんだ。この修学旅行において、最も学校の掲げるテーマに沿って行動しているのは、龍園くんなのかも。
「ああ。千秋には色々教わってる」
「なら、時間をかけるのは悪手でしかねえ。無論、最優先事項は生徒会長となることだ。が、それが終わったなら、てめえを潰す。最も大きな舞台が学年末試験ってだけの話だ」
なるほど。
選挙が終わった後、直後に仕掛けることができないから、龍園くんは学年末試験に照準を合わせている。
この学校のことだ、選挙で大きなマネーゲームが行われることは想像に難くない。演説や普段の奉仕活動で票を獲得する一般的な高校とは異なり、票をポイントで買う動きが取られるはず。
恐らく選挙で、龍園くんのクラスは莫大なプライベートポイントを失う。プライベートポイントは非常に強力な武器だ。ルール上支払う場合もあれば、退学者の救済、様々な権利の購入に使える。
それをほとんど使い切った状態で戦うのは極めて不利。だから、ある程度資金を回復させてから挑もうとしているんだろう。
清隆くんの学習能力と、龍園くんのクラスの資金回復を天秤にかけ、龍園くんが見極めたぎりぎりのラインが、学年末試験だった、ということだ。
「けど、満場一致で学年末を戦う相手は指名済みだよね?」
「先公連中はこう言っていた。『組み合わせが正式に決まり次第通達する』これがまだ起こってねえってことは、投票先がバラけて決まってないんだろ」
「それならランダムに……いや、そっか」
「そうだ、学校側がくじ引きなりなんなりで決めるなんていつでもできる。学校側は俺たちがプライベートポイントで対戦相手を決める猶予期間を作っているわけだ」
資金さえあれば、対戦相手も選べるってことだ。
龍園くんはさまざまな要素を勘案した上で、学年末に私たちに挑むのが一番効率が良いという結論を弾き出した。
8億は得る。清隆くんにも勝つ。
どちらも茨の道だって言うのに、龍園くんは少しも怯んじゃいない。ぶる、と体が震える。これは、スキー場の寒さじゃない。
龍園くんの挑戦に、清隆くんがどう応えるのか。横目で彼の顔を覗き見る。
「……本来なら上のクラスまで上がり、他クラスを下して挑戦権を得た上で挑めと言うべきところだが、生徒会長になるつもりなら話は別か。まずはおまえの宣言通り、生徒会長になれるのか見せてもらう。宣言通り生徒会長となったなら、その後で改めて挑戦を受けよう」
「まるで王者のようなセリフだな、Bクラスの癖に。その尊大な態度を叩き壊す。そしてその無感情な面に刻んでやるよ、敗北をな」
言いたいことを言うだけ言って、龍園くんはさらに先へ滑って行った。清隆くんの方を盗み見る。
「嬉しそうだね」
「ああ。龍園の行動にはいつも楽しませてもらっている」
「じゃあ、生徒会選挙は龍園くんに投票するの?」
「いや、ひとまずウチと龍園、一之瀬のクラスの生徒はリーダーに投票する流れになるはずだ。そこに逆らうつもりはない」
「堀北さんか。……するかな、立候補?」
「堀北は兄貴を強く尊敬しているし、してもおかしくはない。南雲も、現状Dクラスに落ちている一之瀬をすんなり生徒会長にすることはしないだろう。生徒会長はAクラスで卒業する、というのが暗黙の了解だと聞いたこともあるし、Bクラスである堀北に出馬させる場合は十分あり得る」
生徒会選挙は一之瀬さん、堀北さん、龍園くんの三つ巴の戦いになるってことだね。南雲会長がすんなりと生徒会長に決まったことを考えると、本当に私たちの学年は派手な争いが続く。
それだけ、生徒たちの実力が伯仲しているってことかもしれない。
果たして、生徒会長は誰になるのだろうか。
修学旅行中はタイトルを√龍園にした方が以下略