修学旅行4日目。端末に、洋介から有志で雪合戦をする旨の連絡が届いた。
雪合戦か。丸めた雪玉を相手にぶつける遊びだったな。面白そうだ、ぜひ参加するとしよう。
「雪合戦をやるらしい。皆、一緒に行かないか」
「おー、いいな。行く行く。……鬼頭と、その、龍園は?」
「俺は良い」
「勝手にしな」
2人は参加する気がないようだ。鬼頭はテレビのファッション特集を食い入るように見ているし、龍園は椅子に座り何か考え事をしている。
オレと渡辺はともに雪合戦をしに洋介のもとに向かう。
雪合戦に参加すると伝えると、洋介の方でチームを組んでくれた。
チームメイトは……一緒に来た渡辺と、椎名に西野、森下と山村、そして一之瀬か。女子ばっかりだな。オレがフォローすると、洋介から信用されていると思っておこう。
千秋は別のチームか。たまには千秋と勝負するのもいいだろう。こちらから手を振ってみると、振り返してはくれるが、同時に負けないよ! というサインも送られてくる。
「よろしくお願いします、綾小路くん」
「ああ、よろしく。椎名も参加していたんだな」
意外とは言うまい。なんだかんだ、豪華客船では宝探しゲームにも参加していたしな。そこでも西野と一緒だったわけだが、今回も同様だ。
「たまには体を動かさないと、運動不足になってしまいますから。それに、今回の旅行を通しても感じましたが、自分が体験したことの幅が増えると、本を読んだ時の没入感が一味違うように思いまして」
「ああ、情景が目に浮かびやすいというか……感情移入しやすくはなるかもな」
「そうなんです。なので、雪合戦も体験しておきたいと思いまして」
オレと似たような理由だな。椎名とは気が合いそうだ。オレも読書は好きだしな。
「まずは石崎くんたちと須藤くんたちのチームで勝負するみたいですし、練習してみましょう」
そう言うと椎名は屈み、雪玉を作り投球練習を始めた。
それを少し離れて見守る。それにしても。
「山村がこういう催し物に参加するとは思わなかった」
「は、はいっ」
隣にいた山村に声をかけると、彼女は肩を跳ねさせる。変なことを言っただろうか?
「あ、綾小路くん、気付いていたんですね」
「何がだ?」
「私が隣にいるの」
「そりゃあ気付くだろ。隣にいるんだから」
山村の方が変なだけだった。オレが当たり前のことを言うと、なんだか少し嬉しそうな、困ったような、複雑な顔をしている。
「その、森下さんに連れられて来ました」
そういえば、2人も椎名と西野と同様、宝探しゲームで組んだ仲だったな。その西野は、森下と元気そうに話している。元々ツッコミ気質なのもあってか、頓珍漢なことばかり言う森下と上手く噛み合っているようだ。
頼む西野。その調子で森下の相方となってくれ。オレはもうツッコミ疲れた。
「山村は森下と仲が良いんだな」
「仲が……そうなんでしょうか」
「オレから見ると、そう思える」
「普段、あまりクラスメイトとは話さないので……」
「そうなのか。坂柳ともか?」
「ええ」
なるほど。
「なら、この機会に話してみればいいんじゃないか。そうだな、オレもおまえのクラスの生徒をたくさん知っているわけじゃないが、真田や田宮なんかは話しやすかった」
「そこは、同じグループの神室さんや鬼頭くんじゃないんですね」
「話しかけやすそうに見えるか? いや、神室は真面目だし、鬼頭も良い奴なのは分かるけどな」
「ふふ……たしかに、悪い人たちではないですが、話しかけやすくはないかもですね」
「綾小路くん、山村さんも。見てください、このフォームを。完璧です」
「ああ。完璧なへっぴり腰だ」
山村と話していると、一通り練習を終えたらしい椎名から提案され、一緒に雪玉づくりから練習することになった。
そして、須藤と山田のチームの試合、別のグループ同士の試合も終わり、オレたちと千秋、堀北らの試合が始まる。
「ふふふ、清隆くんと戦うことになるとはね。でも負けないよ。こっちには堀北さんや柴田くんもいることだしね」
「千秋との勝負、楽しみだ」
洋介の開始の合図とともに、敵チームの全員がオレに向けて雪玉を投げてきた。ガチもガチでオレから潰しにきている。さすがはオレの彼女だ。このチームのメンバーの運動能力は高くないということをきっちり分析している。オレを潰せば、あとの脅威は一之瀬と西野くらいのものだ。
柴田の豪速球と女子らの球の緩急によって、非常に避け辛い波状攻撃が成立している。それでも、目に見える範囲から投げられる雪玉などかわすのは難しくない。
問題は、上から降り注ぐ雪玉だ。
他の連中が攻撃している間、千秋の雪玉は高く山なりの軌道を描いている。死角から狙う作戦か。悪くない。
ただ、相手が悪かったな。
オレは上、正面から襲い来る雪玉を全て避け切る。
投げる瞬間さえ見えたなら、落ちてくる場所、時間も計算できる。予測通りの軌道を描いた雪玉は、オレには全て見えている攻撃だ。
また、オレは避け続けるだけでいい。オレに向けて偏重された攻撃体制。それは逆に、オレたち側からの攻撃に弱いことを意味している。
「わっ」
「やられた!」
千秋側のグループ、田宮と木下が山村、椎名の運動音痴組からの雪玉に被弾する。攻撃に気を取られた故の事態だ。
「や、やりました……!」
「ふふ、雪合戦も意外と楽しいですね」
しかし、その直後堀北と千秋から反撃をもらい、2人はあえなくリタイア。
人数も減ってきたことで、雪玉を避けるのも楽になってきた。そろそろオレも攻撃に出るか。
「悪いけど綾小路くん。あなたの攻撃は私たちに通用しないわ」
オレが雪玉をこねていると、堀北からそんな声をかけられた。そちらを向くと、なんと敵チームの残り全員が千秋の後ろに隠れている。
なんだそれは。
「松下さんのことに関しては馬鹿になるあなたにとって、これ以上ない盾と言えるでしょう。私たちの勝ちは揺るぎなブッ!?」
勝ち誇る堀北の顔面に、オレの投げた雪玉が突き刺さる。千秋に向けて投げたのを避けられ、結果後ろで勝ち誇っていた堀北にヒットしたわけだ。
「そ、そんな馬鹿な。私の計算が崩れるなんて」
「いや、相手が千秋でも普通に雪玉くらい投げるぞ。オレをなんだと思っているんだ」
「彼女バカ」
「おい。……全く、誰か反論してやってくれ」
と言いつつ周囲を見渡すが、誰も目を合わせてくれない。嘘だろ? 誰も擁護してくれないのか……
「汚名を返上させてもらう。千秋狙いだ」
「酷いよ清隆くん。そんなことしたら離婚だよ!」
「まだ結婚してないだろ」
まだ? という言葉が周囲から飛び交いつつも、千秋を仕留め、その後柴田たちもまとめて倒した。
◆
お土産を天沢と八神に買ってやろうと、旅館のお土産コーナーを眺めていると佐倉、洋介と遭遇する。珍しい組み合わせだが、今回の旅行では同じグループだったということだ。
しかし、軽井沢の前では口が裂けても言えないが、クラスでも指折りの美男美女だけあり二人一緒にいるのは絵になるな。
「やあ、清隆くんもお土産探しかい?」
「ああ。後輩に買って行こうと思ってな。平田はサッカー部にか?」
「うん。修学旅行は僕たちの代が初めてだから、先輩の分もね」
相変わらず律儀な男だ。
オレも誰か先輩に買って行こうか思案するが、学は卒業してしまっているし、鬼龍院くらいしか思い浮かばない。南雲に土産をくれてやる義理はないしな。
「佐倉は何か買うのか?」
「私は……自分用、かな」
佐倉は頬をかきながら、曖昧に笑った。眼鏡を外し髪型も変えてから、佐倉は少し明るくなった気がする。が、まだ別の学年にまで交友は広がってないか。
「佐倉さん、カメラが上手なんだ。昨日のスポット巡りでも、セルフタイマーの使い方を教わったりしたし、佐倉さんが撮った写真は凄く好評だったんだよ」
洋介からそんなことを伝えられる。佐倉は恥ずかしそうにしているが、趣味のカメラの腕前を褒められて嬉しいようだ。
「ひ、平田くんも……知らない人から声をかけられた時とか、助けてくれて。すごく助かりました」
「あのくらいなんでもないよ。小宮くんとか、他の男子たちだって必死に助けてくれていたし」
洋介はさらりと言うが、実際佐倉が声をかけられたのは一度や二度ではないだろう。なにせオレが見かけた範囲でも声をかけられていたくらいだ。
あと、洋介以外の男子はただ佐倉に良いところを見せたかっただけだと思われる。それが分かっているのか、佐倉も苦笑いだ。
「小橋さんに田宮さん、真鍋さんも助けてくれました。嬉しかったな」
どうやら、佐倉にとっても良い修学旅行となっているようだ。
そんな話をしていると、千秋と軽井沢が通りがかり、こちらに近づいて来る。
「あ、恵に松下さん」
「やっほー。綾小路くんと佐倉さんも」
千秋と軽井沢は大浴場に行ってきたようだ。浴衣姿が眼福だな。軽井沢の方は髪も下ろして、新鮮な姿だ。
しかし、佐倉はカップルに挟まれて居心地が悪くないだろうか。と思ったが、横目で盗み見た彼女は千秋の登場に少しほっとしている様子だった。
入学当初は千秋のことを警戒していたようだが、最近……特に豪華客船で同じ部屋で過ごした後くらいから、心を許し始めてきた。それが文化祭でのメイド喫茶で力を合わせたことで、かなり仲良くなったようだ。
5人でお土産を物色した後、オレは旅館の中、ある人物を探す。
彼女のクラスの生徒に居場所を知らないか聞いてみたところ、彼女らも探しているということで捜索を手伝う運びとなった。
旅館の中は十分な人員が探している。オレは旅館の外、裏庭の高台を探すことにした。
雪がはらはらと降り頻る中、高台に続く階段を登っていく。積もる雪に目を落とし、誰かが通った足跡があるのを確認する。
「……」
少し想定と違ったが、オレは階段を登り切る。
「一之瀬」
「あっ……綾小路、くん」
考え事をしていたらしい彼女は、オレに気付くや、まずいものを見られたと言わんばかりに気まずそうに顔を伏せる。
「網倉たちが探していた」
「そっか。うん、そうだよね。ごめんね、綾小路くんに探させちゃって。ありがとう」
早口で礼を言うと、一之瀬はそそくさと立ち去っていく。少し発破をかけてやろうかと思っていたが、予定が狂った。が、これはこれで構わない。
「神崎。一之瀬と相談事か?」
オレが語りかけると、振り返った神崎は、今までに見たことがないような顔で笑った。
この修学旅行で、生徒たちは様々に思惑を交錯させて行く。
それが果たしてどういった結果をもたらすのだろうか。