よう実 √松下   作:レイトントン

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第8話

 佐倉さんの件は一応、解決した。後は須藤くんの暴力沙汰をどうにかするだけで、ひとまず目先の問題は終わり。

 ストーカーをなんとかした、ということもあって佐倉さんは事件の目撃者として証言してくれることになった。良いことをすると返ってくるものだね。

 

 そんなわけで、今は生徒会による審議の真っ最中だ。私たちDクラスからは当事者である須藤くんと、堀北さん、綾小路くんが参加している。あと、茶柱先生も。

 ……結局、佐倉さん以外に手掛かりは見つからなかった。この状況で真正面から議論して、須藤くんの無罪を勝ち取るのは厳しいんじゃないだろうか。

 どうするつもりなんだろう、綾小路くんは。

 

「松下さん、そんなに気になる? 話し合いのこと」

 

 隣を歩く軽井沢さんから、そんな声をかけられる。ぼうっとしていたみたいだ。

 

「まあね。綾小路くんも参加してるし」

「クラスの中だと堀北さん、須藤くんと仲良い方だもんね。分かんないなー、なんで綾小路くん、須藤くんと友達なんだろ。平田くんと話した方が絶対良いのに」

「平田くんの方は、結構綾小路くんのこと信頼してそうな感じあるよね」

「そうそう! よく話題に出るよ。綾小路くんはクラスで一番頼りになるー、ってさ。男の子相手なのに嫉妬しそうなんだけど」

 

 軽井沢さんは冗談半分といった雰囲気で、そんなことを口にした。平田くんも、薄々勘付いているんだろう。綾小路くんが実力を隠しており、その力を借りることができれば上のクラスに上がれる可能性があるってことを。

 

「そういえばさあ、あの件どうする? ダブルデートしようって話」

「ああ……そうだね。須藤くんの件が解決してからになるだろうけど、プールとか行く? 最近暑いしさ」

「あ、プールはその……ごめん、あたし泳げないんだよね」

「泳げなくても、浅いプールや流れるプールなんかもあるみたいだよ?」

「うーん、そっかー、それなら……いいかもね」

 

 軽井沢さんは歯切れ悪く、そう答えた。珍しいこともあったものだ、と私は素直に驚いた。軽井沢さんなら、こういったイベントにはノリノリで参加するはずなのに。

 まさかタトゥーとか入ってないよね?

 

 まあ、別に多少タトゥー入れてようが、私はあまり気にしないけどね。

 それよりも、大きな問題が一つある。プールを提案しておいてなんだけど、水着を買うポイントが手痛い。

 まさか競泳水着で行くわけにもいかないし、どうせ行くなら可愛いやつ着たいし。悩むなー。

 

 そんなことを考えていると、端末が鳴った。綾小路くんからメッセージが届いている。

 

『今日の審議では決着がつかなかった。結果は明日の再審議に持ち越しだ』

 

 再審議か。このメッセージだけだと詳細は分からないけど、今日は佐倉さんが目撃者として出席したはず。それで決めきれなかった、ってことは、やっぱりこっちが不利なんだろうな。

 でも、ちょっと妙な気もする。佐倉さんが提出する証拠写真は私も見た。あれと佐倉さんの証言があれば、無罪とは言わなくても、向こうからの譲歩はそれなり程度には引き出せそうなものだけど。綾小路くんの弁論ならなおさら。

 

『正直、このまま再審議に入るとこっちが負ける。だから松下に用意してもらいたいものがある』

 

 メッセージはそんな風に続いている。用意してもらいたいもの、というのは、監視カメラのダミーとのこと。

 ダミーカメラ……特別棟……なるほど、綾小路くんのやりたいことが見えてきた。

 

「軽井沢さん、ちょっとごめん! 彼氏から呼び出し!」

「へー、綾小路くんが? 意外。いいよいいよ、いってらっしゃい」

 

 軽井沢さんに断りをいれて、家電量販店に急ぐ。ダミーカメラは問題なく手に入った。

 取付けは綾小路くんから、同じクラスの外村くんに頼んでいるらしい。審議は明日の4時。ゆっくりしている暇はない。

 急いで特別棟に向かい、外村くんにダミーカメラを渡す。何か報酬をもらっているのか、外村くんのやる気は十分だった。これなら問題ないだろう。

 

 

 

 

 翌日の夕方、私は綾小路くんと密談を交わしていた。話題はもちろん、例の事件の顛末だ。

 

「Cクラスが訴えを取り下げた」

「取り下げさせた、でしょ? さすがだね」

「いや、今回は堀北に任せた。誘導はしたが、俺が直接何かしたわけじゃない」

 

 その言葉に、私は自分自身の中で仄暗い嫉妬心が再び芽生えるのを感じた。

 綾小路くんの周りをうろちょろする女の子たちへの嫉妬なんて、可愛いものだ。それは、彼女として当然のリアクションだから。

 

 しかし、堀北さんへのそれは、ちょっと違う。

 綾小路くんは、どこか堀北さんを特別視している。女の子としてじゃない。親のような、先生のような……

 

 もっと明確に言葉にするなら、そう……期待だ。綾小路くんは、きっと堀北さんに期待している。

 堀北さんは今でも十分高い能力を持っているけど、きっと綾小路くんにとってはまだまだ未熟なんだろう。そして、彼は堀北さんのポテンシャルを認めている。だから彼女の成長を促し、見守っている。

 それがなんだか、妬ましい。

 

 ……私だって、堀北さんには及ばなくても、それなりに実力はあるつもりなんだけどな。

 

「どうかしたか?」

「ううん、なんでもない。それより、軽井沢さんたちとのダブルデートなんだけどさ、次の土曜日にプール行こうよ」

「プールか。分かった」

 

 綾小路くんの淡白な回答が、今日はなんだか寂しい。

 しばらく、会話もなく沈黙が続く。今までって、どんな風に会話してたっけ。

 

「……あれがお前の戦略の結果、という訳か。見事だった」

 

 沈黙を破ったのは、私でも綾小路くんでもなく、背中越しに聞こえてきた堀北生徒会長の言葉だった。

 彼は綾小路くんが、堀北さんを導いたことに気付いている。あの夜、綾小路くんと直接相対して、その実力を肌で感じたんだ。

 

「橘。まだ書記の席が一つ空いていたな?」

「はい……って、生徒会長。まさか」

「綾小路。お前が望むなら、書記の席を譲ろう」

 

 隣のお団子頭の小さな女子生徒(先輩?)が大層驚いている。生徒会のメンバーに、Dクラスの生徒はいなかったはず。

 異例中の異例、ってことなのかな。

 

「なるほど……悪いが断る」

「ええっ!?」

「そうか、残念だ」

 

 生徒会長も、そう簡単に綾小路くんを味方に引き込めるとは思っていなかったのか、至極あっさりと引き下がった。

 綾小路くんと生徒会長のやり取りは、極短いものだったのに、どこか通じ合っているのを感じさせる。

 堀北兄妹は、綾小路くんにとっては特別な何かがあるんだろうか。

 

 ……生徒会か。

 例えば、ここで私が立候補しても、受け入れてはもらえないんだろうな。1年生で生徒会役員への立候補者は、全員落とされたと噂を聞いた。

 それが、逆にお誘いを受ける立場。やっぱり、綾小路くんは凄い。

 

「断ってよかったの?」

 

 生徒会長たちが立ち去ったあと、思い切って聞いてみる。新しい話題が降って湧いたことは、感謝したい。

 

「生徒会には興味がない。部活動と同様に、所属していれば何かしらの恩恵があるのかもしれないが」

「そっか。なら、私が立候補してみようかな?」

「松下なら、十分可能性があるだろうな」

 

 本当にそう思ってくれているんだろうか。

 ……あー、ダメダメ。今日の私、めちゃくちゃネガティブ。悪い方向にばかり考えてしまう。

 

 楽しいことを考えよう。そうだ、土曜日にはプール。綾小路くんとのデート、それに平田くん、軽井沢さんとも一緒だ。普段どんなところで遊んでいるのか、聞いてみるのも参考になるかもしれない。あとは、可愛い水着。軽井沢さんと買いに行こう!

 

 

 

 

 夏休み。

 数日後には2週間の、豪華客船によるクルージングが始まる。船にはプールもあるらしいので、水着を買っておいて丁度良かったかもしれない。

 私たちは新しい水着に着替えて、学内のプールにいた。授業で使う室内プールとはまた違う、より大掛かりな設備の整ったプール。3日間だけ生徒に開放されるということもあり、中々混雑している。

 

「凄いね、学校の敷地内にこんな広いプールがあるなんて」

「他のクラスの生徒たちの姿もちらほら見かけるな」

 

 綾小路くんはBクラスの皆で遊びにきているらしい一之瀬さんたちの姿を見つけて、そんな風に溢した。あ、一之瀬さんが手を振ってる。

 

「綾小路くーん?」

「彼女がいるのに他の女の子に目移りしないの!」

 

 私と軽井沢さんから脇腹にチョップを受けて、綾小路くんは押し黙る。

 ……それにしても、合流した時も、今触ってみても思ったけど。

 

「綾小路くん、凄い引き締まった体してるよね。何かスポーツでもやってたのかい?」

 

 さすが平田くん、私たちの聞きたかったけど聞きづらかったことを、的確に質問してくれる。

 けど、生徒会長に質問された時はピアノと書道を習ってた、って誤魔化してたんだよね。堀北さんには茶道って言ってたっけ。

 あの時は実力を隠そうとしてたからそんな回答だったけど、今はどう答えるのかな。

 

「そうだな……実は格闘技を少しやってた。空手と柔道だ」

「そうだったんだ、どうりで」

「でも綾小路くん、自己紹介の時そんなこと言ってたっけ?」

 

 軽井沢さんからそんな疑問が出てくる。言ってなかったはずだ。クラスの誰も、格闘技経験があるなんて言ってた人はいない。いたら必ず印象に残っているはず。

 

「別に格闘技が好きだったわけじゃないんだ。親が厳しくて、無理やり習わされてた。特に好きでもないのに話題を振られたら困ると思って言わなかったんだ」

「へえ、綾小路くんの家、厳しいんだ」

「この学校に入ったのだって、お父さんへの反発からだもんね?」

 

 以前綾小路くんがそんなことを話していたのを思い出す。一瞬、話題に出しちゃまずかったかな、なんて思ったけど、どうやら気にしていないみたい。

 

「ああ。高校を卒業したら、多分父の仕事を手伝わされることになると思う。父の干渉から逃れるには、この学校はうってつけだった」

「綾小路くんのお父さんって、何してる人なの?」

「……秘密だ」

「この流れで秘密!? 気になる〜!」

 

 確かに気になる。けど、綾小路くんはお父さんのことがやっぱり好きじゃないみたいで、それ以上のことは話したがらなかった。

 

 ついでにいえば、平田くんも軽井沢さんも、過去のことについては、はぐらかすようなことばかり言っている。Dクラスって過去に嫌な思い出がある人が多いのかな、なんて思ってしまった。

 

 平田くんはなんでDクラスにいるのかさっぱり分からないくらい優秀な生徒だ。綾小路くんは実力を隠していたからとしても、平田くんはAクラスでもおかしくない。というか、Aクラスでないとおかしい。

 軽井沢さんだって、勉強や運動は最下層ってわけじゃない。Aとは言わずともCクラス、コミュニケーション能力、女子を率いるリーダー的能力を含めれば、Bクラス並のポテンシャルだってあるはず。

 

 彼女らがDクラスにいるのは、過去に何かそれなりの事情があったから……なんて考えるのは穿ち過ぎかな。

 

「あ。バレーコートもあるみたいだよ。やってみない?」

 

 皆が過去の話をしたがらないので、そんな風に話題を逸らす。気まずい雰囲気にはしたくない。

 

「バレーボールか。軽井沢さん、綾小路くん、どうかな」

「良いね、楽しそう。カップル対抗戦っていうのはどう? 負けた方はドリンク奢りね!」

「バレーか。分かった、やろう」

 

 そんな形で、カップル対抗の2対2、ビーチバレーが始まった。

 1セット10点、2セット先取というルールで同意する。

 

「綾小路くん、バレー経験は?」

「悪いが全くない。ルールくらいは知ってる」

「そっか、オッケー。気楽に行こ」

 

 私は中学の時、ちょっとやったことがある。部活に入っていたってほどじゃないけど、そこそこできるだろう。

 綾小路くんも運動神経はいいし、ルールは知ってるってことだから、ある程度対抗できる……はず。

 

 軽井沢さんのサーブから、ゲームが始まる。下手打ちだけど、綺麗な放物線を描いてボールがこっちのコートに落ちる。コントロールも良いし、私と同じで、ある程度の経験者っぽい動き。

 

 私がボールを拾い、綾小路くんがトス。さすがに初めてってこともあって、トスが乱れる。その上、屋外だから風に煽られてボールが不規則に揺れている。

 

「えいっ」

 

 なんとか相手のコートにボールを打ち込む。けど、平田くんは楽々とレシーブしていた。かなり慣れた動きだ。

 平田くんはサッカー部のはずだけど、バレーもかなりできるっぽい。

 

「平田くん!」

「はっ!」

 

 平田くんのスパイクが綺麗に決まる。周りで見ていた女の子が、キャー! と黄色い歓声をあげている。軽井沢さんは、ちょっと面白くなさそうだ。

 

 上手いなあ。ちょっと勝ち目見えないかも。

 軽井沢さんと私だったら、バレーの実力では私が優っている。でも、平田くんはバレー経験者で、綾小路くんは今回が初のバレー。これは負けるのもしょうがない。ドリンク代は手痛いけど。

 

「松下。決めなくていいから、なるべくラリーを繋いでもらっていいか」

 

 互いの戦力を計算している中、綾小路くんからそんな指示がくる。

 ……どういう意図かは分からないけど、綾小路くんなら意味のない指示はしないはず。

 

「分かった。綾小路くんの指示に従うよ」

 

 私は無理に決めようとせず、なるべくボールを軽井沢さんに向けて返していく。そうすれば、平田くんはスパイクを打てない。

 作戦は功を奏し、ラリーが長引き始めた。

 

 しかし、相手も対策を練らないわけじゃない。軽井沢さんが緩いボールを大きく上げて、平田くんがツーアタックを多用し始めた。あるいは軽井沢さんと位置を入れ替え、最初にボールをタッチする。そんな動きを繰り返すうち、1セット目は取られてしまった。

 

「やったね、軽井沢さん」

「この調子でストレート勝ちしちゃお!」

 

 向こうはハイタッチなんてしてる。いいなあ。

 

「松下。時間稼ぎ助かった」

 

 一方で、綾小路くんは労うように私の肩に手を置く。

 

「作戦は上手くいったの?」

「ああ。次のセットから攻めるぞ。トスをくれ。なるべく高いやつがいい」

 

 攻める、か。でも、未経験の綾小路くんは、スパイクだって十分にはできないはず。どうするつもりなんだろう。

 

 とにかく、第2セットが始まった。

 1セット目を終えて絶好調の軽井沢さん・平田くんペアは、上手い連携で平田くんへのトスを繋ぐ。今日一番のスパイク。これはちょっと取れそうもない。

 

 ……そう思っていたのに。

 

 綾小路くんは、淀みのない動きで、完璧にボールの勢いを殺してレシーブする。

 

「わっ」

「マジ!?」

 

 相手ペアからも思わぬ、といった感情の声が上がり、ギャラリーもどよめいている。さすがに今のは決まったと思ったよね。

 

「松下」

「はい!」

 

 ボールを上げる。綾小路くんのオーダー通り、なるべく高く、ゆったりと。

 綾小路くんは大きく助走をつけて、踏み込む。ぶわっ、と風が吹いた。

 跳び上がり、完璧な空中姿勢から叩きつけるようにボールを打つ。綾小路くんのスパイクは、稲妻のように相手コートに突き刺さった。

 てーん、とボールが跳ねていく。

 

「うおおおお!? めっちゃ跳んだなアイツ!」

「1メートルは跳んでたぞ!?」

「すっごーい!!」

 

 ギャラリーから歓声が湧き上がる。

 ワンプレーで完全に流れを掴んだ。悠々と1メートル以上も跳ぶ身体能力もそうだけど、もっと凄いのはその学習能力だと、私は分析した。あのレシーブとスパイクは、まるでバレー熟練者のそれだ。

 

「綾小路くん、ほんとに未経験者?」

「平田のスパイクを何度も見せてもらったし、1セット目でタイミングも計れた。松下の時間稼ぎのおかげだ」

 

 それにしたって成長が早すぎるよ。そんな言葉を飲み込む。

 綾小路くんの隠していた実力は、本当に底が知れない。

 

「この調子でいくぞ、松下」

 

 綾小路くんが学習していたのは、レシーブやスパイクだけではなかった。トスも抜群に上手くなっている。というか、多分これが一番上手い。

 私のレシーブが乱れた時も、綾小路くんは素早くボールの真下に移動し、オーバーハンドでトスを上げる。その正確さは、機械仕掛けのようですらある。私が気持ち良く打てる場所が分かっているみたいだ。

 楽しい。優勢だからっていうのもあるかもしれないけど、綾小路くんが私をより高いステージに連れていってくれている。

 

 そのまま2セット目を取り返し、3セット目。最後に私のボールが相手コートに落ちて、私たちの勝利が決まった。

 いつの間にか周りには凄い数の生徒たちが集まっており、大歓声があがっている。

 バレー部入れー! なんて言ってるのはバレー部の先輩方かな。

 

「松下」

 

 そんな中、掛けられた綾小路くんの声に振り返る。彼は両手を前に突き出して待っていた。

 私が羨ましがってるのを見ていたんだろうか。私はついつい嬉しくなって、多分今、満面の笑みを浮かべてる。

 

「やったね、綾小路くん!」

 

 無愛想な彼氏と笑顔の私は、ハイタッチを交わした。

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