百合の間に挟まるつもりは毛頭ないんだが   作:とくめい

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本編とは違うお話です。フリーレンとフェルンの解釈に手間取って時間がかかってしまいました(笑)


第十五話、閑話

「フェルンは、女神様の信仰、してるんだ」

 

 毎日のお祈りをしている最中にそんな事を言い出したフリーレン様に、私は少しだけ落胆してしまいます。

 今まで何を見て来たのだろうかと訝しんでいると、彼女は謝るように言ってきました。

 

「悪気があったわけじゃないよ? でも、ほら。聖典も無いし、ハイターも神官としての才能は無いって言ってたから……」

「……」

 

 どうもフリーレン様は誤解しておられるようなので、ここはきちんとお話しておくべきだと考えました。

 

「フリーレン様。私は女神様の魔法欲しさにお祈りをしているわけではありません」

「……うん」

 

 フリーレン様がしょぼしょぼ顔で答えてきます。あれ? 私、別に怒ってるわけじゃないんですが。なんか怒られてるみたいな感じになってます。

 

「私を拾って育てて下さったハイター様に倣い、お祈りをしているだけなのです。恩を感じて始めた事ですが、もう習慣になってしまいまして。だから、信仰、というと少し違いますね」

「……そうなんだ」

 

 世界最高の神官とも謳われたハイター様に素質がないと言われた以上、女神様の魔法に関してはおそらく何の素質も無いのだと思われます。それは残念だとは思いますが、逆に考えれば良かったとも思えます。

 

「今の私は、魔法使いです。女神様の魔法には未練はありません」

 

 そう、はっきりと言いました。ハイター様への思慕はありますが、それとこれとは別問題です。

 

「そうなんだ。よかった」

「……何が、よかったのでございますか?」

「いや。聖典を鍋敷きにしてたの、怒られるかと思って」

 

 そう言ってお鍋をどかした所には、ハイター様のものによく似た分厚い本がありました。

 

「……」

「……あの」

「……」

 

 つい、無言でフリーレン様のおさげを手に取りました。

 

「あ、あ、やめて」

 

 あみあみあみ……しばらくすると、フリーレン様は編み込みお団子頭になっていました。

 

「ふう……まんぞくです」

「ううう……寝づらいよう」

 

 横になるとお団子が邪魔をしてうまく寝られないのでフリーレン様はめそめそと泣いています。私は鍋敷きにされていた聖典の状態を確かめます。

 

 どうやら焦げ付きなどは無さそうです。まったく。なんてバチ当たりな事をするんですか。……でも、これは。

 

「ハイターのじゃ、ないよ」

 

 何度も読ませていただいたことのあるあの本とは違いました。文字の形や、歪み、頁の端の汚れとかが違います。

 

「それは私の聖典だよ」

「……え?」

「私もちょっとは使えるんだよ。女神様の魔法」

 

 フリーレン様が横向きになって言います。少しでも寝やすい方向を模索しているようです。もう少ししたら、解いて差し上げましょう。

 

 すると、フリーレン様は私の方を見てぽつりと言いました。

 

「フェルンの髪はまっすぐで黒くて、きれいだね」

 

 あからさまな追従かと思いましたけど、どうも違うようです。

 

 素直な感じでそんな事を言われると、なんとなく居心地がよくありませんでした。

 

「褒めても、何も出ませんよ」

「褒めてるわけじゃないよ。ただの感想」

「……もう」

 

 髪をほどいてあげようかな。

 

 よく考えたら、ご自分の荷物をどう使おうが構わない筈ですし。いや、でも鍋敷きはさすがにダメじゃないかな? ハイター様なら笑って許しそうな気もしますけど、私はそこまで寛容にはなれないというか。

 

「南側諸国には、結構そういう髪の人が多くてさ。私も何回か会ったこと、あるんだ」

「そうでしたか」

 

 フリーレン様はハイター様がまだお若い頃に勇者ヒンメル様たちと一緒に魔王討伐の旅に出られており、その見た目からは信じられないほどの年齢と聞いております。

 

 そんな彼女なら、南側諸国へ赴くこともあったのだと推察出来ます。

 

「あれは……もう十年以上前かな。南側諸国の小国に滞在していた時に、ごたごたがあってね」

 

 南側諸国は小国が乱立していて、戦乱が多い土地です。

 

 私の居たところも、そうした政変で両親を失う事になったのですが……その話はもう少し生々しいものでした。

 

「隣国の騎士団が夜襲をかけてきてね。私としては自衛以外に人間には手出しはしたくなかったけど、そうも言ってられなくて。何人も手にかけてしまったんだけど」

 

 フリーレン様と旅をするようになってしばらく経ちます。なので魔物とは戦ったことはありますが、盗賊とか野盗の類とかとは戦ったことがありません。

 

 対人戦が私の課題と仰られていたのもその辺りが理由かと思われますが、こればかりは運次第なので致し方ありません。盗賊の討伐を進んで行うフリーレン様を見たいとは思いませんし、させたくはありません。

 

「街から逃げる途中で、子供連れの青年が座っていたのを見かけたんだ。子供はもっと小さい子供の亡き骸を抱きしめてて。青年の顔は土気色で。どうにも見てられなくて、近くに行ったんだ」

 

 その言葉に、私は思い出します。

 私が故郷を捨てた時の情景を。

 どこにでもある、争乱に巻き込まれた子供の姿を重ねました。

 

「フェルン」

「……大丈夫です。もう、平気ですよ」

 

 ハイター様のおかげで、心の傷はほとんど癒えています。あとに残った傷痕のようなものです。私は話を続けるように促しました。

 

「そう。その青年は結構身なりが良くてね。その国の王子様だったのかもしれない。そんな人が、頼んできたんだ」

 

 

 

 

 

≫≫

 

 

 

 

 

『──勇者一行の、魔法使いどのと、お見受けしましたが』

 

 ひと目見て分かる人間はそう多くない。それほど、私自身の顔は売れてないのだ。

 

 だから、興味を引かれた。私は彼のそばに寄って答えた。

 

『そうだけど。なにか用?』

『この子を、連れて逃げてほしい』

 

 私は彼女をちらりと見た。

 

 歳の頃はたぶん四、五歳程度。

 すらりとした長めの髪は黒くて滑らかで。その黒い瞳には光はない。

 

 既に息のないおそらく妹であろう子供の亡骸を、大事そうに抱えて呆然と立ち尽くしていた。

 

 青年の方も相当重症な感じだ。

 私の女神様の魔法では癒せないほどに重く、おそらく一時間も保たない。

 

 彼は言葉を続ける。

 

『国境を越えた先の街に知人が待っている筈です。これを身に着けていれば分かると思います』

『……引き受けるとは、言ってないけど』

『勇者さま一行の冒険譚はくまなく読ませていただいてます。人の頼みを無下に断る方達ではないと』

 

 名前が売れているとこういう時面倒だと思う。けど、命を落とす寸前の相手からの頼みを断る理由にはならない。

 

 私は彼からペンダントを預かった。紋章の意味は知らないけど、これが身分を表すものだということは知っている。

 

 アウラの操っていた騎士たちも、似たようなものを皆ぶら下げていたからね。

 

 私は、いちおう聞いてみる。

 

『……お金は、とるよ?』

『こちらでどうぞ。足りなければその知人に無心して下さい。悪いようにはしないと思います』

『ん』

 

 ヒンメルならそうする、か。

 渡された革袋は結構な重さだった。

 

 おそらく、自分にはもう意味のない物だと自覚してるのだろう。

 

 青年は子供を呼ぶ。

 

 彼女から亡骸を受け取ると、大事そうに抱きしめる。

 

『ミルト。痛かっただろうね』

『……妹さん?』

『ああ。まだ三つなのに……こんな目に合わせて。済まなかったね』

 

 青年は子供に謝っていた。

 彼が悪いと言うわけではない。

 

 そう詫びたかっただけなのだろう。

 

 そして、今一人生きている子供にも声を掛ける。

 

『ゲミュート。君は生きろ』

 

 子供の瞳に、生気が宿る。絞り出した言葉は、ここに残るという意志だった。

 

『……オ、オレもたたかう』

 

 だが、彼はそれを許さなかった。

 

『ダメだ。君は、まだそのすべも知らない』

 

 子供は、思った以上に気骨あるようだった。ただ、気概はあっても、青年の意見のほうが正しい。

 

 人間の子供のことはあまり知らないけど、少なくとも戦うには体が小さすぎる。まともに武器も持てない身体では、ただの犬死に。そこの妹と同じ躯を並べるに過ぎない。

 

『なら、アニキも一緒に』

『僕は無理だ。フリーレンさま、この子を抱いて、空を飛べますか?』

 

 問われたので少し考えてみる。

 アイゼンを掴んで飛んだ覚えはあるので、問題ないと答える。

 

『問題ないよ』

『なら、お願いします。街道沿いは敵の伏兵があると思われます。地図のとおりに進めば国境は抜けられます』

 

 それはそうだろうね。飛行魔法なら森の上をすり抜けていける。夜陰に紛れれば脱出は容易い。敵に魔法使いが居なければ、だけど。

 

 でも、それをここで言う必要はないし、その暇もなさそうだ。

 

『アニキッ』

『生きてくれ、ゲミュート』

 

 大勢の足音が近づいてきた。騎士たちだろうな。数からして殲滅は出来るけど、リスクがはね上がるかも。逃げるなら早いほうがいい。

 

『いくよ』

 

 私は子供を抱き上げる。

 彼女は暴れたりせず、じっと青年を見つめていた。

 

『そうだ』

 

 青年は懐から小さな小冊子を取り出し、子供に渡した。無地の革表紙の、およそ魔導書とも呼べないものだ。

 

 だけど、何故か気になった。

 

『それは?』

『私どもの聖典です』

 

 胸に本をぎゅっと抱きしめる子供。

 

 聖典というと彼は神官なのだろう。

 だとしたら、それを渡してしまうのは自殺行為なのではなかろうか。

 

『元は母のモノです。私は読めませんでした』

『……そう』

 

 なるほど。

 

 私は杖を出して飛行魔法を唱える。未だ解析の目処が立っていないこの魔法だけど、移動する分には問題はない。子供を抱いていてもきちんと動作しているようだ。

 

 近づく騎士たちに悟らせぬように、彼は『閃光を発する魔法』を使って目眩ましをした。その隙に飛行魔法で逃げ出した。

 

 

 

 

 

≫≫

 

 

 

 

「二日ほどかけて国境越えて。ようやく街まで入ってさ。あの時はかなりしんどかった」

「むう〜」

「あれ? なんで怒ってるの?」

 

 フリーレン様は、私が怒ってる理由が分からなそうです。

 

 私の時は子供だから連れていけないって言ったのに。それが緊急避難だとは分かってはいますけど……なんとなく、羨ましく思ってしまったのです。

 

「その時の子供も、黒くてまっすぐな髪の子だったから。だから、なんとなく思い出しちゃったんだ」

 

 ……思わず、自分の髪を撫でました。

 

 いつもはさらりとした手触りは、少しごわついてます。前に水浴びしたのは二日前でしょうか。この時期水浴びというのはなかなか大変ですが、きちんとしておきたいですね。明日にでも火を焚いて、お湯で髪を洗いましょう。

 

「フリーレンさま、髪を解きましょう」

「わーい」

 

 お団子頭はよほど寝にくかったらしく、素早く私の前に背を向けて座ります。可愛かったのに。

 

 ピンを外し、編み込んだ髪を流してから櫛で丁寧に梳きます。

 

 フリーレン様は私の髪がきれいだと仰りましたが、彼女の髪のほうがよほど綺麗です。銀の糸のように輝き、その手触りも滑らかです。私の子供の頃から寸分も変わらない。さすがエルフということなのでしょうか。

 

「♪〜」

 

 気持ち良いのか、鼻歌まで。

 私も気分が良くなってしまいます。

 気持ちが軽くなったおかげで、先程の話の続きを聞きたくなりました。

 

「それで。その子供はどうなったのですか?」

「知らない」

「え?」

「知人て人に託してからは会ってないし。その人たちは北側諸国の人だったから。そのまま別れちゃったんだよね」

 

 なんてことのないように言うその素振りから、本当なのだと分かりました。

 

「でも。別れるときに、言ってたよ」

 

 振り返り、少しだけ楽しそうに。

 

「私みたいな魔法使いになるよ、て」

「……それは、ようございましたね」

 

 私のように目標が持てたのなら、その子は大丈夫でしょう。きっと、健やかに育っているに違いありません。

 

「でしたら、妹弟子になるのですね」

「私はほとんど教えてないから、弟子ではないよ?」

「こういうのは気分の問題ですよ。フリーレン様」

「そういうもん?」

「そういうものです」

 

 いつものような緩い会話。自然と頬が緩んでしまいます。あとは毛布にくるまって。朝を待つと致しましょう。




シュタルクと合流する前あたりの話で、キャンプ中の会話をイメージしてます。
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