百合の間に挟まるつもりは毛頭ないんだが 作:とくめい
激しい連撃にオレは防戦一方だった。左右からの振り下ろしに下段からのローキック。基本的なコンビネーションではあるけど、だからこそ使われる理由がある。視線を引き付け、誘導して死点を作りそこへ攻撃をする。意識的に組み立ててるのか、経験則からのものかは分からないけど、それに対しては反応ができた。
「、と」
ジャンプでそれを躱しつつ牽制のために上段からの振り下ろし。ラヴィーネならこれで取れるはずなのだが。
「甘いね」
剣を横にして受けられた。
そこまで予想はしてたので剣を離して左足を彼の腹の辺りに当てる。
「?」
「やべえぞ、兄貴っ」
外野が煩いな。
身体を下に向けてやると重心が下がる。どんなに軽くても人一人分の体重が掛かれば体勢を維持するのは難しい。彼は前傾姿勢になるのでそこへ頭に足を掛けてやれば立っているのも難しい、筈だけど。どうも体幹の鍛え方が尋常ではないようなので、左腕で脚をすくってやる事にする。
「お」
「ぐおっ?」
ゴロンと転がったら腕を極めておしまい。体力も、筋力も少ないオレに出来ることは前世からのこの知識くらいだ。
「ぐぎぎ……」
「どっすか。ギブ?」
「こ、これしき……」
おっ。さすがに騎士団所属のエースは違う。だけど、完全に極まった関節技から抜けるには力業では難しい。まあ、こっちの力が普通なら、の話だけど。
「どりゃあっ!」
「わっ」
腕ごと持ってかれた。力強く地面に叩きつけられ、少し意識が持っていかれる。ほんの数秒だったけど、気が付いたら剣を首に突き付けられていた。
「……油断大敵だったよ」
「そりゃあ、コッチのセリフですよ」
オレが手を上げると審判が勝負を決した。
「勝者、フンダート」
二人で立ち上がり、お互いに礼を交わす。落とした剣を拾うのも忘れない。ちなみに剣と言ってるけど固い樫の木でできた木剣である。実際の剣よりも少し軽いけど、当たれば普通に骨が折れる事もある。前世では竹刀くらいしか打たれた事はないけど、実際かなり痛い。
「実戦形式だから言うことはない。それより、あの技はなんだ? トローペン」
「あはは……」
審判のツァーンさんの言葉に、少し答えを窮する。飛びつき腕拉ぎ十字固めって教えても問題ないかな?
「あれは腕拉ぎ十字固めだぜ」
「知ってるのか? ラヴィーネ」
おお、雷電ムーブをするラヴィーネとか面白い絵面だ。とは言っても、分かってるのオレだけなんだけどな。
「おんなじ体格だったら返せなかったと思う」
だよね。実際、フンダートさんと比べるとオレって三分の一くらいしか無いと思うし。腕より手を取るべきだった。まあ、後悔しても仕方ないか。
「フンダートさん、腕は大丈夫ですか? スジを違えてたりしてます?」
「ああ、平気だよ。ひっくり返された時に手を離してくれたおかげだ。ありがとう」
頭をくしゃりと撫でられる。前世ではこうしたスキンシップはなかったので最初は抵抗があったものの慣れてしまった。
観客の方はあーだこうだと議論をしてる。
「トローペン、すごいよ」
「関節仕掛けて仕損じてるんだから世話ないって」
「剣を手放す思い切りの良さは良かったと思うけどな」
「女の子相手なんだからもう少し手加減なさいな(ぶーぶー)」
「そうだぞ、そうだぞ(ぶーぶー)」
「いや、親父は元騎士だろ。手加減していいわけないの知ってるだろうが」
わちゃわちゃ。
ちなみに上からカンネ、ラヴィーネ、アインスさん、ラヴィーネのお母さん、ラヴィーネのお父さん、ツァーンさんである。ナーベンの領主の爺ちゃん以外、ラヴィーネ一家勢揃いだ。
ここはオイサーストのラヴィーネお父さんの屋敷だ。伯世子であるお父さんだけど、拠点はここに定めているようだ。
「トローペンちゃん、平気だった? 司祭様、呼ぶ?」
「へ、平気です。この程度大丈夫ですよ」
「額が赤いじゃないか。まったく、無骨に育ちおって。レディの扱いがなってない」
ラヴィーネの両親のお二人が近寄ってきてそうこぼしている。悪い人たちじゃないのは分かるんだけど、こっちは鍛えてもらってる身なんでね。
「そうだな」
「そうだね」
「そうだったね」
「こっちみんな」
三兄弟皆様、ラヴィーネの方をご覧になるとかホントなかよしだね。
そのラヴィーネはと言うと、腕をブンブン振り回しながらこっちに歩いてくる。
「さ、俺ともやろうぜ。模擬戦」
「ええ……連チャンはちょっと」
もう少しだけ休みたい。その視線をカンネの方に向けると、あっちはあっちでそっぽを向く。
「カンネでもいーけど、歯応えなくてな」
「なにぃー?」
相変わらず煽るのはうまい。というかカンネが釣られ過ぎ。
「せっかくなんで魔法戦にしとくか?」
「か、構わないよ」
ツァーンさんが自宅の結界を作動させるべく魔道具を起動させる。わりとお金持ちの家には常備されているみたいだけど、それはその筈。一般攻撃魔法ですら木の板なんかは軽く貫通するのだ。対魔法用の結界無しに町中で魔法戦なんか出来る訳が無い。
「ラヴィーネはもう属性魔法を使えたかな?」
「使えてる筈だけど」
「じゃあ、そろそろ六級だね」
「カンネちゃんはどうなの?」
「使える筈ですけど、あの子水が無いと使えないんですよ」
「ふむ……ラヴィーネ優勢か」
ラヴィーネ一家と会話しつつオレは受け応える。彼女たちは属性魔法の取り扱いも始めていた。ラヴィーネは氷、カンネは水に特化しているらしいのだけど、この属性にも得手不得手というものがある。
ラヴィーネは空気中の水分を集めて氷の矢を作れる。だけど、カンネは空気中の水分を集めて水の玉には出来ない。
魔法はイメージとは言うけど、カンネには空気中から水を集めるということがイメージ出来なかったらしいのだ。
この点においてラヴィーネのほうが勝ってはいる。だけど、それが戦いに於いて絶対的な優勢とは言えない。
「はじめっ」
ツァーンさんの号令に従い、二人が杖を構える。
「いくぜ」
ラヴィーネの周りに魔法陣が幾つか現れるとそこに氷の礫が作られる。
大きさにして長さ三センチ、直径一センチ程度と小粒に見えるだろうが、今のラヴィーネの作る氷の大きさとしてはかなり大きい。多重起動に加えて一つ一つの大きさを考えるとかなり本気と思える。
対するカンネは一般攻撃魔法の多重起動で対処するつもりのようだ。実際のところ一般攻撃魔法は発動に関しては属性魔法よりも早くなる。
これは開発された経緯もあるけど、単純に魔力の塊を撃ち出すという仕組みのせいでもある。
属性魔法は物体を動かして当てるという手間があるため、どうしても起動には時間がかかるのだ。
だけど、それも使い手の腕の差で何とか出来てしまうのも実戦の恐ろしさではある。
しかしながら今現在、ラヴィーネとカンネの間にそこまで明確な力量差は無いようだ。カンネの方が先に魔法を発動させて三本の一般攻撃魔法が飛び出していく。
「やるね」
「私だって」
「でも、素直だな」
三本の一般攻撃魔法は同時ではなく連射という形で撃ち出していた。一本を左、もう一つを右手に、そして避けにくい真ん中に最後という、セオリーどおりの撃ち方。最後のだけ少し大きいのは込めた魔力の大きさの現れだ。
ラヴィーネは左右の攻撃はノーマークのままで真ん中のものにだけ防御魔法で対処する。カンネの実力から曲射やホーミングでは無いと判断したみたいだ。
「え?」
「無駄な防御は魔力の無駄ってな」
一般攻撃魔法が防御魔法によって防がれる。
一般攻撃魔法に対して防御魔法は特別強い効果を持つ。同じ魔力分同士では防御魔法を突き破ることは出来ないのだ。
だからカンネは魔力を多めに込めたのだけど、左右の方にも展開してくれると思ってたらアテが外れたらしい。ラヴィーネの読み勝ちというわけではなく、カンネが甘いのだろうね。
そこへラヴィーネの属性魔法『
「わ、わ」
「ほらほら。薄くて小さいのじゃ壊れちまうぞ」
属性魔法というのは属性による魔法攻撃だけど、だいたいは質量を持つものをぶつける攻撃だ。石をぶつける、氷をぶつける、水で押し流すなどなど。
そして、物理的な攻撃は防御魔法に対して非常に効果的であり、一般攻撃魔法と比べて少ない魔力で防御魔法を攻略出来る。近代の魔法戦が属性魔法に傾倒しているのはそうした意味もあるのだ。
氷の礫はおそらくエーレの『
カンネは防戦一方でこのままだと防御魔法に魔力を喰われて魔力切れになる。そもそも水が無い場所ではカンネは不利なのだ。なので彼女にはある作戦を授けておいた。やれるかどうかは、彼女の根性次第。
「うあっ!」
氷の礫がカンネの肩を撃った。結界で減衰されているため大した怪我にはなってないけど、それから防御魔法に集中できなくなったのか何発もくらうようになった。その度に悲鳴をあげるカンネに、ラヴィーネの顔色が少し悪くなる。
オレの見る限り、ラヴィーネはカンネのことをからかいはするけど、嫌ってはいない。むしろ大好きとまで言っていい。よくイジメてるけど、アレは小学生男子のやるアレに近い。好きだからこそイジってみたくなるわけだ。
なので、一方的にやられてる状況になれば。
「どうだ? もういいだろ。さっさと降参しろ」
と、言ってくる。
カンネの身体を傷つけたい訳では無いのだから。
「く……まだ、まだだよ……」
そしてカンネの方はと言うと諦めはしない。ラヴィーネと対等の友達として、立っていたいがために。涙を零し、痛みに耐えながらも勝機を狙うのはそのためだ。
「兄貴。もう勝負あったろ」
ラヴィーネが審判のツァーンさんに声を掛ける。
ところが、ツァーンさんは止めない。
「カンネが参ったと言うまでは、模擬戦は続行だ」
苦渋に満ちた顔つきのツァーンさんは、それでも毅然と言った。ちなみに、事前にオレが言い含めていたせいでもある。
『──何があっても中止はさせないでくれ。カンネのために』
『──分かった』
それはさておき。ラヴィーネとしてはこれ以上カンネを傷つけたくない筈。魔法での攻撃というのは手加減が難しい。ならば。
「ちっ!」
近づいての関節技。これまで幾つもの技を教えてきて、相手を屈服させるにはこれ程有効な技は無いとラヴィーネも理解している筈。
この局面でもそれを選択するに違いなく、実際彼女はカンネに素早く近づいた。傷ついたカンネに、もう抵抗する手段は無いと勝手に思い込んで。
「うっ!?」
そして近づいたラヴィーネはカンネに手を掛けようとした瞬間、彼女の顔が歪んだ。顔を押さえて背ける所にカンネが飛び付き、背後を取った。
「うあっ」
「ここっ!」
そしてラヴィーネの脚の間に脚を置いて折りたたみ、脇に挟んでのしかかるように体重を掛けた。
「ぐああっ!」
「ど、どうだぁっ!」
見事なサソリ固めであった。教えた通りに体重を全部掛けてない。実はこの技、呼吸困難を起こすこともある危険な技でもある。カンネはちゃんと注意したことを守っていた。
それでも、脚と腰にかかる痛みはかなり厳しいハズ。ラヴィーネはバンバンと、地面を叩いてギブアップを申告した。
「勝者、カンネッ」
一堂、驚きの声が隠せなかったようでどよめきのようにも聞こえた。
「おめでと、カンネ」
「やっ……たあっ♪ トローペン、勝ったよぉ♪」
近寄って労うと飛びついて喜びを伝えてくる。よっぽど嬉しかったのか、まだ泣いていた。
敗者のラヴィーネだけど、ダメージとしてはそんなに残ってはいない。むしろカンネの方こそ傷があるくらいだ。そんな彼女は立ち上がってこちらに歩いてきた。
「よお、カンネ。ありゃあ、なんだ? 何をしたんだ」
「ああ、アレ?」
「なんか飛んできて、目の辺りにぶつかった。暗器とかじゃ無さそうだったし」
実際、彼女の顔にはなんの傷もない。だが、そのタネを教える前にアインスさんが明かしてしまった。
「属性魔法だね。魔力探知で分かったよ」
「な、なんだって?」
ラヴィーネが驚くのも無理はない。カンネが属性魔法を使うのは今回有り得ない筈なのだから。
でも、カンネはニッコリと笑いつつそのタネを開陳する。
目元から溢れた涙が玉になって宙に浮かんだのだ。
「え、ええ?」
「涙を飛ばしたの。目眩まし程度の威力にしかならないけど、十分だったでしょ?」
テヘ、と笑う姿は泣き笑いのようで、実際感極まっているのだろう。カンネが模擬戦で勝つのはかなり久々という話だし。
自分の身体には自らの魔力に満ちている。なら、その水を操るのはそんなに難しくないのではないか。
そう、助言しただけなのだ。
……本当はもっと違う水分のほうが威力を出せたけど、カンネ自身に拒否された。まあ、乙女としては当たり前、だよね。
「乙女の涙が勝利の鍵か」
ラヴィーネのお父さんが、うまい感じのコメントで締めてくれた。
なかなかに実入りの多い模擬戦になって良かったよ。