百合の間に挟まるつもりは毛頭ないんだが 作:とくめい
大陸魔法協会の規定によると、一人前の魔法使いと呼べるのは五級からであり、その総数は600名前後。なお五級以下の魔法使い(六級から九級まで)は見習いとされていて、ここまで含めても2000人程度しかいないというのだから、かなり泣けてくる。
だけど、これが魔法使いの実数かというとそうでもなかったりする。
ぶっちゃけて言うと、大陸魔法協会という組織自体は五十年ほど前に創られた歴史の浅い組織である。
地方によってはそこにまるまる加入してない所もあったりするし、魔族との戦乱の続く北部の一部地域ではそんな等級を与えられる間もなく消えていく子どもたちも多いらしい。感じからすると民兵みたいなものかな? おっかない地方もあるもんだ。
話はそれたけど、要するに魔法使いの数は実際にはもっと多いのである。
なにせ魔導書が読めれば、大概の民間魔法は使える世界なのだ。より厳密に言えば、ほぼ全人類が魔法使いと言っても過言ではなかったりしないだろうか。
「とは言っても、その全てが戦える魔法使いなのかというと、そうでもないんだよなぁ」
「なんだ、急に」
「ナレーションかな?」
「そうか、お大事に」
ラヴィーネがドライな笑顔で肩を叩いていく。まあ、そうなるよな。
「次はトローペンさん」
「はい」
貸与されている杖を構える。次に目標として出てくるのは魔物を模した幻影が三体。いずれもこの間見た狼型の魔物である。
「はじめっ」
開始の号令に伴い奴らは動き出す。まるで本物のような動きをするけど、それでもそれぞれ似たような挙動をしているため幻影だと分かり易い。もっと優れた使い手だと、ほぼ実際の魔物のように動くらしい。ヴァルム先生はこの方面はあまり得意でないということか。
正面から三匹の魔物。先頭のやつの後ろ左右に一体ずつ。先頭の奴をいなしてもどちらかが噛みついてくる。ならば全て屠ればいい。
『
多重起動を三つ。それぞれに当たれば吹き飛ぶ程度の魔力を注ぎ、ほぼ直線の軌道を設定。
『カッ』
先頭の奴が口からなんか出した?
慌てずに防御魔法を並列で出す。消化液のような物がバリアに当たり弾け飛ぶ、ように見える。こんなところまで再現出来るのか、幻影魔術。なんか、大した事ないとか思ってごめん、先生。
『ガウッ』
放った光弾が先頭と左の魔物に当たり吹き飛ばす、ように見える。けど右のやつは避けたようだ。狙いが甘かった。そのまま突っ込んでくる。
「トローペンっ!」
カンネの慌てたような声。可愛いなぁ。でも、そんなに慌てる必要はない。こっちには前とは違って秘策がある。左手に取り出したナイフに杖を当てて、術式を紡ぐ。
『
魔導書の中で見たときにピンと来たのがこれだ。魔法陣がナイフを包み、長さ一メートルくらいのオレンジ色の剣が現れる。
『連邦に降ったか、その姿、忍びん』
頭の中だけでそう呟く。このセリフを言ってみたかったんだよなぁ。
飛びかかってくるところを胴薙一閃。撃破の判定が出たようで魔物の幻影はさらさらと崩れていく。
「すげえ」
「何だ、あれ」
「付与系の術かな?」
口々に言う学友どもに言っとくけど、これは独学で調べたものだから教本には載ってないぜ?
「トローペンさん、合格ですが指導室まで」
「ア、ハイ」
先生の無情な言葉が響く。この実技では射撃系の術で対処するようにと言われてたっけ。ラヴィーネの楽しそうな顔に、後で覚えてろとメンチを切る。
「すごい、トローペン。そんな魔法まで覚えてたんだね」
「まあ、ね」
カンネの方は、喜んでいた。
まるで騎士様みたい、とはしゃいでいる。
逆にその言葉で気落ちしていた自分に、少し驚いていた。
「騎士さま、か」
騎士なんて、大した連中じゃない。
そんなの分かりきったことだったのに。
≫≫≫
「あの子はどうしてるかね」
「息災に過ごしてます。と言いたいところですが、この間アインスから報告がありまして……」
歯切れの悪い中年紳士に、老齢の紳士はニヤリと笑う。
「聞いとるよ。森まで行って魔物と出会したそうだな」
「採集、と聞いてたので衛兵も気にしてなかったそうです」
その言葉に老紳士は顔を顰める。
「少し警戒心が無さ過ぎるな。領軍の斥候部隊から何人か回しておけ」
「いきなり配置転換はどうかと思いますが」
性急な指示に異を唱えるが、老紳士は聞く耳を持たない。
「後々面倒になるよりマシだ。金では買えないのだからな。それとその衛兵は南方砦へ出向だ。鍛え直してやれ」
「はっ」
北の砦でないのはせめてもの恩情だろうか。年のいった衛兵に砦での勤務は辛かろうが、難易度の低い南方なら生き残れるだろう。
老紳士に対し、彼は思い切って聞いてみた。
「あの子のことを周知した方が宜しくはないですか?」
それはかねてからの提案であったが、やはり突っぱねられた。
「それはならん」
「しかし……万が一のことを考えるなら領軍の兵士だけにでも周知せねば守れませんぞ?」
「人の口は容易く開くものだ。知る者は少ないほうがいい。ラヴィーネの友人、その程度のままでおる方がよいのだ」
それは……確かにその通りなのだが。なかなかに扱いづらい案件に、彼は胃の痛みを感じた。
「あの子自身も、もう少しお淑やかであったら楽なのですが」
「そうさな。しかしそうもいかんだろう。こんな世の中では自分の身を護る手段も知らねばならぬ。我々が手ずから教えるのはまずい。魔法学校へ放り込むくらいしか出来ぬわ」
自分たちがそれを教えるとなれば、平民とは違うと知らしめるようなものである。
目立たぬようにするには、根回しをした魔法学校へ通わせておくことくらいしか出来ないのだ。
「わしとてこんな真似はしたくはない。出来ることなら庇護下に置いておきたいのだ」
「心中、お察しします」
悼むように告げる男。老紳士の物悲しい姿に、かける言葉は思いつかない。
「ラヴィーネと仲が良いのはやりやすいだろう。アインス達にも気にかけるよう伝えてくれ」
「承知しました」
部屋を出て、渡り廊下を歩いていると中庭にラヴィーネがいた。その横には友だちの女の子が一人。たしか三つ目柳の宿屋の妹の方だったと思う。姉のフラシェは次男ツェーンの妻であり、そういう意味では縁戚である。
「ラヴィーネ」
「おう、親父」
「お、お邪魔してます。伯世子さま」
「カンネよ、畏まる必要はない」
平民の出とはいえかの父は部下として戦ってきた旧友であるし、母も兄やラヴィーネの乳母として見知っている。位は与えられてはいなくとも陪臣と呼べるほど近い存在なのである。その娘となれば彼にしても姪のようなものであった。
「我が娘と違って年々見違えるな。フラシェに似てきてるしな」
「え、えへへ……ありがとうございます」
てれてれと恥じ入るカンネ。見目麗しい姉に似てきたと言われれば、そうなるのも致し方ない。
そこへラヴィーネが口を挟む。
「言っとくけど。フンダート兄にはやらんからね」
ラヴィーネは毅然とした様子で言い放つ。
「あたしらは二人で一級魔法使いになるんだからよ」
大言壮語を吐くラヴィーネ。確かに氷系の属性魔術にはかなりの素質があるようだと聞いてはいる。
だが、一級魔法使いというのは魔術の世界の頂にある途方もない領域だと、彼自身も理解している。思いの強さや才能だけでは到底届かない、選ばれた者たちなのだ。
まあ、そのうちに身の程を知ることになるだろう。彼は言葉を噤むのをやめた。それは娘の希望に満ちた瞳を曇らせたくないという想いも確かにあった。夢を見る期間は、長いほうがいい。
「ときに、君のところに厄介になってる子供はどうかね?」
わざとらしくならないように、彼はカンネに尋ねた。しかし、答えたのはラヴィーネの方だった。
「あいつ、今日も指導室に連れてかれてたぜ」
「まだ習ってない、魔法を使ったとかで……」
「ほう……」
じゃじゃ馬は、どうやら自分の娘だけではなかったらしい。僅かな胃の痛みに顔を顰め、彼は胃薬を求めて家令を呼び出した。
都合上、独自設定にしてます。公式(マンガ、アニメ)で言及されたら変更できる箇所は直しつついくつもりです。
ラヴィーネの家は伯爵家。伯爵は老紳士の方で、父親はまだ継いでないので伯世子です。カンネの方もがっつりラヴィーネの家に関わってます。本来は家来みたいな位置だけど、ラヴィーネ自身が友だちとして扱ってるし、家族も身内感覚でいます。