ペルソナ5Rのネタバレが多分に含まれています。
ご了承ください。
さようなら前世界、こんにちは新世界
「―――……あ」
ある晴れた日、唐突に思い出した。
自分の掌を……あまりにも小さい掌を見つめる。
「あ……ぼく、わた、私……私は……」
自分は既に死亡している。死亡した筈なのである。
少なくとも最期に記憶している自分の身体はこんなに小さい筈がなく。
そこから導き出される答えは一つ。
「私は……生まれ、変わって……」
思い出す前の……この身体での、3歳児として過ごした記憶も朧気ながらある。
今の自分は『村上 九十九 (むらかみ つづら)』という名前で呼ばれている。
だからこそ解かる。決して過去の世界へ遡った訳ではないのだと。
死亡した後、新たな身体と環境の下に再び生を得る。
自分は所謂転生をしたのだとわかった。
「……なんで……?」
真っ先に頭に思い浮かんだ事は、疑問だった。
どうして転生をしてしまったのか、わからない。何故自分なのか。
別に天国だとか地獄だとか……或いは異世界だとかがあるとは思っていない。
あったらいいな、とは思っていたが。
「どうして、こんな……」
やっと休めると思った。やっと眠りにつけると思った。
ようやく消える事ができると思った。
少なくとも転生がしたいとは露にも思わなかった。
「よりにもよって……こんな……」
多分、自分の知らない完全な異世界とかだったらまだ気分も盛り上がっていたと思う。
でも今自分がいる部屋の窓から見える景色は、とても見慣れたものだった。
日本国の、所謂「現代」と呼ばれる場所そのものだった。
「なんで……こんな世界に……生まれ変わらせたんだ……」
そう、転生がしたいとは露にも思わなかった。
ただ別の事は願った。「二度とこんな世界に生まれさせないで欲しい」と。
その結果は、とても残酷なものだった。
「あ……あぁ……あぁあぁぁっ」
3歳児の身体の涙腺はとても脆いものだった。
自身の置かれた現状を理解すると涙がとめどなく溢れる。
情けなく泣いていると今の自分の母がやってきて泣き止むようにとあやす。
なんて情けないのだろう。涙が更に溢れた。
◇
『不死鳥戦隊! フェザーマン!』
「……は?」
自分は5歳となったが、相変わらず心は暗く沈んだままだった。
今の両親は大人しい子だとは思いつつも、全く笑わない自分を心配している。
この期に及んで今の自分の両親にすら迷惑を掛けているのかと、どこか他人事のように考えながら日々を過ごしていた、ある曇り空の日の事。それは唐突にテレビ画面に流れてきた。
「ふ、不死鳥戦隊……フェザーマン……?」
今テレビ画面に映し出されているのは『不死鳥戦隊フェザーマン』という特撮ヒーロー番組だ。
特撮ヒーロー番組がテレビ放送されているのは別になんらおかしい事ではない。
―――それが
「フェザーマン……なんで……?」
不死鳥戦隊フェザーマンというのはあるゲームシリーズにおいて登場する特撮番組なのだ。
それは自分が生前愛した、現実逃避気味に遊び抜いた、青春とも言うべきゲームシリーズ。
その名は『ペルソナ』。同社のゲーム作品『女神転生』シリーズの派生作品シリーズだ。
女神転生、通称『メガテン』は現代社会が舞台でありながらファンタジー色が強く、全体的に重苦しい雰囲気と殺伐とした作風が特徴的で、その他に類を見ない独特な世界観は多くのユーザーを虜にした名作ゲームシリーズだ。「非日常」を主眼に置かれている。
『ペルソナ』シリーズはそんな『メガテン』シリーズから派生した作品で、こちらは逆に『日常』が主眼となっている。若人が志同じくする仲間達と当たり前な日常を守る為に切磋琢磨しながら、人知を超えた脅威と相対し力戦奮闘する青春物語。
愛や友情、絆といった人間の心、人間の在り方をテーマとしたヒューマンドラマのような作風が特徴で、丁寧なキャラクター描写や壮大なストーリーは多くの人間を感動させ魅了した。
自分もまたそんな物語に心惹かれ、魅了された人間の一人だ。閑話休題。
「……まさか……」
そんな架空の存在である『不死鳥戦隊フェザーマン』が今、目の前でテレビ放送されている。
その事実にある考えが頭を過ぎり、ぞわりとした感覚が波立つ。
椅子から飛び降り、我が家で唯一パソコンが置いてある父の部屋へ急ぎ足で向かった。
「【不死鳥、戦隊、フェザーマン】……」
ロックの掛かっていない無用心なデスクトップパソコンを立ち上げ、検索エンジンに調べたいワードを打ち込む。検索する内容にまずは先ほどの『不死鳥戦隊フェザーマン』を選んだ。
「! 出た! 出たけど、これは……」
『不死鳥戦隊フェザーマン』に関する情報は難なく開示された。
開示された情報はどれも前世において知り得ない情報ばかりで、不死鳥戦隊フェザーマンの公式サイトや、フェザーマンに関するインターネット百科事典等、その存在を明確にするものだった。
『ペルソナ』に関する情報は一切ない。
「……【ゲーム】、【ペルソナ】……」
直球にゲーム作品である『ペルソナ』のワードを打ち込み検索に掛ける。
…出ない。いや出たには出たのだが想定していた情報ではない。開示されたのはユングが提唱した心理学用語のほうのペルソナだった。ゲーム作品のペルソナに関する情報は一切存在しなかった。
続けて『女神転生』、『真・女神転生』と大元となった作品名を入力するも結果は同じ。
そんなものは存在しない、と言わんばかりに脈絡のない検索結果が画面に表示されている。
「目が点」とか出てくる始末だった。
「だったら……これにしようか、【八十、稲羽市】」
半ば確信に至りながらも決め手となるワードを打ち込む。
『
そう、本来であれば実在する筈がない―――本来であれば。
その検索結果は―――。
「!!!??? う、嘘……ほ、本当、に……?」
開示された。
都心から電車を跨いだ場所に存在する自然豊かな田舎町、『八十稲羽市』に関する情報が。
地元で有名な老舗旅館『天城屋旅館』に関する情報も在った。住所も確かに記載されている。
『八十稲羽市』は架空の地名などではなく、実在する場所とされている。
これが指し示す事実はただ一つ。
「こ、此処は……元いた、世界なんかじゃ、ない……!」
呼吸が乱れ心臓が激しく鼓動し、ガクガクと身体が震える。
再び得た第二の人生。生まれ出た世界は前世とは異なる、全く別の世界で。
「此処は、ゲームの、中の……! ペルソナの、世界に……!」
自分はただ転生したのでない。所謂異世界転生をしたのだ。それも嘗て愛したゲームの中に。
信じがたい事実を前に脳が揺さぶられる。情報過多により脳が処理しきれず思考が乱れる。
荒くなった呼吸を、整える為に、深呼吸を、繰り返す。
「すぅー、はぁー……すぅー、はぁー……」
……少しずつ、落ち着いてきた。
息も整い、心臓の動悸も収まった事で、精神も安定する。
現状を正しく認識する為にも思考を続ける。思考停止は絶対にしてはならない。
「……一先ず、此処がペルソナ世界線だという事は、理解できた……」
「なぜペルソナの世界に」等という思考はしない。無駄だからだ。答えなど出る筈もない。
それよりもペルソナ世界線だとわかった以上確認しなくてはならない。
それは―――。
「此処は……ペルソナの、一体どこの世界線なんだ?」
『メガテン』であれ『ペルソナ』であれ、その世界観は複雑怪奇と言っていい。
大元となった世界は一つだが、そこから様々な歴史の分岐を繰り返し、其々の世界へ行きつく。
例外こそあれど、殆どの作品にて舞台となる世界は独立している、所謂パラレルワールドなのだ。
より詳細な設定を知ろうとすると、アマラ宇宙がどうたらICBMが落ちたか否か、アカラナ回廊がなんたらと理解しがたい難解極まる設定が次々と乱立するせいで説明が困難な為、割愛する。
人によって解釈の分かれる所だが「ペルソナシリーズは地続きではない」という説が有力だ。
シリーズが進むごとに年代も進み、かつ前作キャラがファンサービスよろしく登場する為、前作の続きのように考えられる事も多いが、そもそもペルソナやシャドウ等の設定から異なる。
『ペルソナ5』で前作主人公達のペルソナ、〈イザナギ〉や〈オルフェウス〉等のペルソナを作成すると、「異なる異世界で戦った英傑のペルソナ」という説明を受ける。
また『ペルソナ-トリニティ・ソウル-』というアニメ作品がある。この作品は『ペルソナ3』から10年後を舞台とした作品なのだが、公式から「パラレルでの出来事」と明記されている。
「大人はペルソナを使えない」というトンデモ設定があったりするのだが、それはまた別の話。
重要なのは『ペルソナ』シリーズも例に漏れず、「並行世界という概念がある」という事だ。
「んー……【私立、秀尽学園、高等学校】……! いや、まぁ出るか」
故に、ペルソナ世界線に身を置いたというのなら、どこの世界線にいるのかの確認が急務だ。
ペご主(P5主人公)が通う事になる『私立秀尽学園高等学校』を検索し出力された事に一瞬驚くが決め手と言うには流石に弱い。決定打が欲しい。
「ならペルソナ5繋がりで、【日本画】【斑目、一流斎】」
『
日本画の巨匠と名高く、美術界において世界にすら名を轟かせる人物なのだがその栄華には裏がある。だがその話は一先ず置いておくとしよう。
P5の設定資料集にこの人物は画家として遅咲きの部類であり、『サユリ』と呼ばれる絵画が代表作になったと記述されている。私はこの絵画の入手経緯を知っている。
「さて、検索結果は……ゔっ!?」
『斑目一流斎』という人物についての情報が開示された。『サユリ』についての記載もある。
ネットに公開されている『サユリ』の絵画……それは胸元より下が塗りつぶされた絵だった。
という事は―――。
「嘘でしょ……此処は、P5世界線じゃないか……!」
確定的だった。
『斑目一流斎』という人物が存在し、且つこの塗りつぶされた『サユリ』が存在する。
この世界は、確実に『ペルソナ5』という未来に向けて歴史を歩み進めている。
「なんでよりにもよってP5世界線なんだ……同じペルソナならP4世界線で良かったじゃないか…
…!」
私は別に『ペルソナ5』が嫌いな訳ではない。寧ろ好きだ、愛しさのあまり設定資料集を買い込んでしまうくらいには。にも拘わらずこの世界へ転生した事に落胆したのには理由がある。
早い話「民度が終わっている」のだ。経済面や文明的な意味ではない、精神面に関する話だ。
その終わりっぷりたるや私の前世界の人間と同等かそれ以下と言える、冗談にもならない。
『ペルソナ5』はよく「更生」という言葉が主人公に対し向けられる。だがその実態は「主人公の更生」ではなく、「主人公が社会を更生」させる物語なのだ。
「P4世界線ならもう一度人生を頑張ってみようという気にもなるけど……この世界でそれは……」
だが結局の所、この世界の、この国の人間は更生しない。再犯するのだ。
それが続編である『ペルソナ5 スクランブル ザ ファントム ストライカーズ(P5S)』で発覚する。
私は『ペルソナ5』を愛している。だがそれはあくまで外側から傍観者としての立場での話だ。
私はこの世界に魅了されたのではなくその物語に魅了されたのだ、決してこの世界にではない。
にも拘わらず、この仕打ち。
「ジュネスに行って、テレビに入って、特捜隊入って、ムドオンカレー食べて……」
ブツブツとうわ言を呟き、思わず現実逃避に走ってしまう。
Now I face out♪ I hold out♪ I reach out to the truth of my life♪
耳馴染みのあるAメロが脳裏に流れ始めた。頭を振って雑念を振り払う。
再思考。
「落ち着け、現実逃避をするな、自分に出来る事を考えろ……」
今の私は齢5の幼児だ。そして当然だが『
きっと存在もしないのだろう。路傍の石そのもの、或いはそれ以下のような人間と言っていい。
だけど私は限定的とはいえ未来を知っている。未来を知っているからこそ出来る事がある。
そう―――『怪盗団』と関わる事が出来る。
「でもそれってあまり意味がないような……」
勿論「ペルソナ5の登場人物達に会いたくないか?」と問われれば会ってみたいに決まっている。
だがそれは個人的欲求を満たしているに過ぎず、これからの人生に影響するものではない。
ペルソナ5の最終的な着地点は「苦難な道程にも屈せず其々の夢に向かって歩んでいこう」というものだ。つまり最後は皆バラバラに別れる事になる。勿論絆が絶たれた訳ではないし、「またね! 怪盗団!」という言葉から察するに危機的状況になればまた再集結するのだろうが。
だが結局は一人で歩む破目になることに変わりはない。
「う~ん……」
別に一人で生きる事が嫌なわけではない。
問題は、私は既に「人生に失敗し無様に絶命した身」であるということだ。私には決定的に才が無い、そんな私が2度目の人生を頂戴したところで性懲りもなく繰り返す未来しか見えないのだ。
一人で生きる事が嫌なわけではない、だがそれは一人でも歩んでいける事が大前提だ。
こんな世界の、こんな人間社会では、私には到底無理だ。
「う~~~ん……」
そもそも『怪盗団』と関わってどうしたいと言うのか。
別に「ヒーロー」になりたい訳ではない、ただ「波風立たない平穏な人間らしい人生」を送りたいというそれだけなのだ。そう、ヒーローではなく「ただの一般人」でありたい。
『怪盗団』として悪を淘汰し続けられるなら一考に値するが、残念なことに『怪盗団』は期間限定のヒーローだ、ずっとは戦い続けてくれない。
出来ない事はないがそれはあのふざけた神様気取りの取引を引き受ける事でしか実現しな―――。
「あっいや! ちょっと待てよ……!」
そこまで考えを巡らし、ある閃きが脳に思い浮かんだ。
勿論あの神様気取りとの取引は論外だ。そもそもあれはペご主だけが取引の決定権を持っている。
仮に私が逆の立場でも絶対に引き受けないが。あんなものは救いでもなんでもない。
だけどそんな紛い物とは異なり、芯の通った意思の下、本物の救済を成そうとした人物がいる。
その人物の名は―――。
「丸喜、拓人先生……!」
『
『ペルソナ5』のアッパーバージョン、完全版とも言うべき作品『ペルソナ5 ザ ロイヤル(P5R)』における登場人物の一人。『顧問官』のアルカナを持つ主人公の新たな協力者。
―――そして、『ペルソナ5R』においてラスボスを務める人物。
度重なる偶然によって神の如き力を手に入れ、人間に、弱者に救いをもたらそうとした。
しかし怪盗団によって阻まれ、世界を元ある形に戻された事でその理念は潰えた。
だがまかり間違っても丸喜先生は悪人などでは決してない。寧ろその逆、底抜けの善人だ。
ただお互いの正義が搗ち合っただけ。ただ力比べで白黒ついたというただそれだけ。
「だけど、私は……」
だけど私は正直、丸喜先生の世界のほうがいい。
怪盗団は強い。力があって、友がいて、仲間がいて、何より諦めを知らない気高い心がある。
「信じ合える仲間達と苦楽を共にし、戦い抜いたあの日々を無かった事にしたくない」。
そんな一心で幸福に満ちた現実を一蹴し、どんなに辛くても元の現実で生きると決めた。
あのエンディングには勿論感動したし、正直涙腺にくるものがあった。
だけど、それはいってしまえば―――。
「怪盗団のようにあれる人間が、持てる者だからだろうに」
弱者は、持たざる者は、一体どうしたらいいのだろう。
ペご主、というか『怪盗団』の面々は所謂負け組から始まっている。そこからどんでん返しによる起死回生を図り、見事大逆転に成功した事で未来に展望を見据える事になる。
だが普通の人間にそんなものはない。
だからこそ私に一切の救いはなかったし、だからこそ私のささやかな願いは命ごと絶たれた。
どうあれそれが純然たる事実。ならば、どうするか。
「うん……私の心は、決まったよ」
ウェブページの履歴から今し方検索したもの、出力結果を全て削除する。
そうして証拠を隠滅した後、パソコンをシャットダウンさせ電源を落とした。
ふと外を見ると、いつの間にか雲が晴れた事で日が差し青空が見えている。
「私は、丸喜先生の味方をしよう。怪盗団の意思を、跳ね除けよう」
ゲームではEND回収の為だけに選んだ選択肢。True Endの為に選ばなかった選択肢。
私は今それを確固たる決意の下、自らの意思でその選択肢、その結末を選び取る。
きっとペルソナをプレイした誰もが丸喜先生の理想世界を否定するだろう。だがそれは当然だ。
だって自分の生活、人生に直接影響しないから。自分の世界ではないのだから。
安直な綺麗事を手に取る事にそこまで抵抗はない筈だ、ゲームなのだから。
自分が生ける世界、これからの人生に影響があると知った時、一体どれだけの人間が丸喜先生の理想を否定する事が出来るのだろう。少なくとも私には出来ない。
故に―――。
「丸喜先生……共に、この世界を改心させましょう」
プレイヤーとしてではなく、一人の人間としてあの空に誓う。
望んで已まない安寧を掴み取る為、伴うであろう痛みを受け入れる覚悟を。
目に、光が宿った気がした。
fly up in the sky♪(空も飛べるはずさ)