「……なるほど、つまり次作にしようと考えていたこの原案を譲ってほしいと」
「そうなんだよ九十九君。お偉いさんのお子さんがどうしてもと」
「Ouroboros:ARCH」が無事に完結した為、次を執筆しようと原案を送ってみたところ、出版社に呼び出された。わざわざ呼び出して何の用かと思えば原案を譲渡してくれという話だった。
「う~ん、まさかこんな展開になるとは予想だにしませんでした」
「私もだとも。話を聞けばどうもそのお子さんが出版しようとしていた小説と、君の原案が似てい
るんだそうだ。似通っているだけならまだしも、君の作品のほうが設定が作り込まれていて洗練
されていると感じたらしいのだよ」
「あぁ、それで僕の作品を自身の作品に利用したいと考えた訳ですか」
まさか発想が被るとは思わなんだ。
軍資金はすでに確保出来たので、作家と言う体を続ける為だけに適当に作ったものなのだが。
「魔法と機械、それもサイバーパンクと混ぜたら面白いんじゃないか」と。
「そういう訳なんだ。頼まれてくれるかね?」
「そうですねぇ……」
これは断ろうとすると余計面倒になる類の話だろう。
あの手この手で承諾させようと仕掛けてくる事は火を見るよりも明らかだ。
しかしこの状況は……使える。
まだ大分先の話にはなるが、祐介が『怪盗団』に加入した後「歓迎会」という名の鍋パが執り行わ
れる。そこでは其々の過去をお互いに明かし合う事になるのだが……。
……実はそこでどんな告白をしようか考えついていなかった。
まさか「前世で人間社会に見切りをつけたんです」だなんて口が裂けても言えない。
特に何も思いつかなかった為空白にしていたのだが……この状況は良いネタになる。
よし。
「わかりました、御譲り致します」
「おぉ、本当かね!」
「ただし一つだけお願い事が」
「お願い事? 言ってみたまえ」
特に固執してる訳ではないので譲るのは構わないが、作家としての終止符を打つ訳にはいかない。
故にこれだけは編集長に約束させる。
「僕はこれからも作家として活動を続けていきたいと思っています。ですが作品というのはそう
易々と生まれるものではありません。ですので、次の作品が仕上がった折には」
「必ず出版してほしい、といった所かな? そういう事なら私に任せておきなさい。今回のお礼
に私の権限で出版させるよう手配してあげよう」
「お心遣い有り難う御座います、嬉しいです」
「いやいや、謎の覆面作家 “ヨルノ トバリ” の次作というだけで話題性は十分あるからね。君が
駄作を作るとは思えんし、こちらも安心して任せる事が出来るというものだよ」
「いえそんな……買い被りすぎですよ」
本当に。自分の力だけでなんとか出来るなら始めから盗作なんてしていない。
……ともあれ約束は取り付けた。もしもの時に備えて会話内容も録音もしておいた。
もう用事も無いため適当に切り上げ、出版社から退社した。
閉鎖的な空間からの開放感から大きく深呼吸をして、体内の空気を入れ替える。
そうして溜め息をついた後、思わず独り言ちる。
「まぁ、結局これが、この世の中の……社会の有り様だよね」
強い者が弱い者から強請り、奪い取る。抑強扶弱の念などありはしない。
互いに尊重し、互いに気遣い思いやる事さえ出来れば、もっと生きやすい世の中になるのに。
そういった努力をしない、させない、出来ない……獣と何ら変わりない。
むしろ知性がある分それ以上に醜悪であるとさえ言えるだろう。
「絶対にこの世界を改心させる……絶対に」
これが人間の在り方だと言うのなら……僕は絶対に許容しない。
故に。
この決意が揺らぐ事は決してない。
◇
「あぁ、よかった……きちんとこの2人はこの世界にいるんだね」
時は巡り4月、始業式を迎え無事に中学3年生となった。
……結局この中学校に原作の登場人物がやってくる事はなかった。
今は自室のパソコンを用いてある調べものをしていた。
それは、僕の悲願を達成する為に絶対に必要不可欠な最重要確認事項。
そう、「『
「この2人がいるという事は間違いない、この世界はP5R世界線で確定だ」
パソコンの画面には「新体操期待の星、芳澤姉妹」という記事が映し出されている。
それは『芳澤姉妹』の存在を明確にする確固たる証拠。
これが何を意味するのかというと―――。
「丸喜先生……あなたは、確かにこの世界にいるのですね……」
丸喜先生。『丸喜拓人』は『ペルソナ5R』にのみ登場する人物だ。
僕の目的は「丸喜先生に加担し、新世界の誕生に尽力を尽くす事」に他ならない。
しかしそれは、当然ながら『丸喜拓人』がこの世界に存在する事が前提となっている。
丸喜先生がいない場合その時点で全てが水泡に帰すのだ。
実際問題、この部分はかなりネックだった。
この世界が「ペルソナ5世界線」である事はわかっている。
それでも『無印ペルソナ5』なのか、『ペルソナ5R』なのかがはっきりしなかった。
それを即座に証明する手段が無いからだ。
この世界が「無印ペルソナ5世界線」である可能性は大いにあった。
故に今日まで、その可能性に怯え憂慮していたのだが……。
今この時をもって、ただの杞憂であった事が判明した。
「本当によかった……これまでの行いは、決して無駄なんかじゃなかった……!」
『芳澤姉妹』、『丸喜拓人』は『ペルソナ5R』におけるキーパーソンだ。
即ち、『芳澤姉妹』の存在はそのまま『丸喜拓人』の存在証明に繋がる。
心の底から安堵した。本当に、本当によかった。
「ふぅ……じゃあ予定通り、このまま進路を秀尽学園にして、いよいよ来年から本格的に活動開始
という事になるね。いやぁ長かった……ここまで本当に長かった……」
これまでの道程に思いを馳せながら、今後の予定を再度頭に叩き込む為、作成した「怪盗団ノート」に目を通す。ペラペラとめくる中―――ある文字列が目に飛び込んだ。
「っ……佐倉、双葉」
それは『
「認知訶学」の研究者にして『佐倉双葉』の母親、『
それは、つまり―――。
「……今年の、8月21日に……双葉の、母親は……」
死亡する。
しかし、だからといって、今更何が出来るというか。
「……何も出来る訳がない……双葉とも知り合う事は出来なかった……第一仮に忠告したとして誰
がそんなもの信じるんだ……いやそもそもそれ以前の問題だ……もし忠告を真に受けて、双葉共
々身を隠したら……東京からいなくなったら、それこそ一巻の終わりだ……怪盗団に “ナビ” が
加入しなくなる……怪盗団は、双葉無しには絶対に立ち行かない……」
それだけ双葉の存在は大きい。彼女がいなければ悪神の下に辿り着く事すら出来ないのだ。
だから、そう……。
「仕方がない、事なんだ……今の僕に、出来る事なんて、何もない……それに」
再び『佐倉双葉』の項目に目を向ける。最後の事項に書かれているのは、「丸喜先生の世界にて双葉に与えられた現実」について。
「大丈夫……大丈夫だ、丸喜先生が、必ず救ってくれる……何も心配はいらない……」
怪盗団ノートを閉じ、自室の金庫にしまった。
一息つき、ふと外を見る。
あの日、あの時誓った空と同じ青空が広がっている。
「僕には僕の出来る事、やるべき事がある。全うしなければね……」
◇
あれから1年が経った。ついにこの時がやってきた。
規定の制服に袖を通す。コスプレ衣装でも舞台衣装でもない。
これは正規の学生服だ。
「散々目にしてきたこの制服を自分が着る事になるなんて……思わず浮かれちゃうね」
黒い生地のブレザーに赤いボタン、下には白いハイネック、そして黒と赤のチェック柄をしたサスペンダー付きのスラックス……そう、この制服は
今日から僕は、ペご主達が通う事になる秀尽学園の生徒になる。
通算2度目の高校生活だ。
……これから先、過酷な運命が待ち構えているというのに心が躍るのは何故だろう。
「九十九~? 準備は出来たかしら~?」
「あぁうん、今向かうよ。そろそろ行こうか」
「あら、制服似合ってるわね!」
母に声を掛けられ我に返る。感動に打ち震えるのも程々にして入学式に向かおうか。
いざ、私立秀尽学園高等学校へ!
~~~
「新入生の皆さん! 秀尽学園への御入学、おめでとうございます!」
「(ふぉお~~! 本物の『校長』だ! 本当にハンプティ・ダンプティじゃないか! なにそのスー
ツ! その体形に合うスーツとかあるんだ!? オーダーメイド品かな!? )」
既に秀尽学園の門を潜り、今は体育館にて入学式典の真っ只中だ。
壇上にて式辞を述べている人物は、正に原作にて度々姿を現した『校長』そのものだった。
「(あそこに見える金髪のふわふわツインテールって高巻 杏だよね!? 凄い! 僕は今怪盗団メンバ
ーと同じ空間にいるんだ! 竜司はどこかな!? それらしい金髪も見えないしやっぱりこの時期
の竜司は地毛の黒髪なんだ!)」
漸く本物の怪盗団メンバーを視認できた事に喜びを禁じ得ない。
「(凄い! 凄い! 3Dグラフィックスじゃない! バーチャルじゃない! コスプレじゃない!
舞台俳優じゃない! 本物だ! 目の前の光景全てが本物なんだ!)」
目の前に広がる光景の全てに興奮が収まらない。表情に出ないよう取り繕うのが精一杯だ。
思わず小躍りしてしまいそうな衝動に駆られている。
「(あっちにいる黒髪のクセ毛な女性は川上 貞代先生だね!? 気怠げな雰囲気がここからでもわかる
よ! あの仏頂面で恰幅がいい男性は牛丸先生か!)」
そうしてここから確認できる教師陣にも目を向けていた。一目見れば誰なのかがすぐにわかる。
「(あれは――― あ゙っ……うわ……ああ……)」
目に、
熱に浮かされていた心が急速に冷え込んでいく。先程までの興奮は完全に萎えてしまった。
「(うーわ……鴨志田だ……鴨志田 卓だぁ……)」
周りの教師陣を凌ぐ高身長、筋肉質でがっちりした体格、特徴的な天然パーマ。
そこにいるのは間違いなく、『
「(いざ目の前に現れるとただただ不快なだけだなコイツに関しては……何にも嬉しくない)」
『
この秀尽学園の体育教師にして、名門と謳われるバレー部の顧問である。
かつてはオリンピックにも出場したバレー選手であり、金メダリストという経歴を持っている。
そして、『斑目一流斎』と同じく敵役の一人にして、怪盗団最初の改心目標である。
「(舞台版ペルソナ5の役者が鴨志田そっくりと話題になって見た事あるから耐性があると思ったけ
ど……ダメだなぁ嫌悪感が凄い。何にも面白くない)」
その本性は品性下劣そのもので、自身の才能や経歴を笠に裏で傍若無人に振る舞う最低の男。
学校とは「居城」であり、自身はそこに君臨する「王」、そして生徒は「奴隷」という途轍もなく歪んだ認識を持ち合わせた最悪の悪党なのだ。
『ペルソナ5』とはどういった物語でどんな世界観を有しているのか。
それをプレイヤーに叩き込む為に開幕からとんでもない事件を引き起こしてくる。
その事件の詳細は、ちょっと語る気になれない。
単刀直入に言ってあまりにも悍ましく胸糞が悪すぎて虫唾が走るからだ。
不愉快極まりない。
『ペルソナ5』における敵役でプレイヤー達に最も忌み嫌われた人物が『鴨志田 卓』であると言っても過言ではない、そう評されている事からも、どうか察してほしい。
「(なんだそのニヤケ面は……腹立つなぁもう)」
本人的には爽やかなニコニコ笑顔を浮かべているつもりであろう鴨志田。
恐らくは、ここで
「(1年、1年だ……目にもの見せてやるから覚悟していろ鴨志田 卓……!)」
不倶戴天の敵を見据えながら決心をより固める。
原作ほど好き勝手出来ると思うなよ……!