ペルソナ5 -gospel amen-   作:幻想フラクタル

4 / 5
仕込み完了、カーテン・アップ

 

「……ここだ、ここで間違いない」

 

無事に秀尽学園の生徒となった4月。世界を魅了した世直し劇が開幕するまで後1年。

今月から本格的に活動開始だ、アクティブに行こう。

 

今いる場所は三軒茶屋……ではなく四軒茶屋。

その裏路地に、観葉植物たちと共にひっそりと佇む隠れ家のような喫茶店の前にいた。

昭和レトロを感じさせる店構えからは、どこか郷愁の念を抱かせる。

―――そう、ここは。

 

「純喫茶 “ルブラン” ……わぁ本物だ……」

 

『純喫茶ルブラン』。

劇中、ペご主が下宿先として居候する事になるのがこの喫茶店である。

この店のマスターが保護観察処分を受けた主人公を、保護司として1年間身元引受人となってくれたのだ。

 

「すぅー、はぁー……では」

 

呼吸を整えた後、意を決してドアを開けた。

カランカランと懐かしさを覚えるベルの音が鳴り響く。

 

店内に入った瞬間、コーヒーとスパイスの香りに鼻孔をくすぐられた。

 

黄色いダイヤル式の電話、振り子時計、コーヒー豆棚、天井扇、ステンドガラスのペンダントライトといった、趣味のいいインテリアが目に入る。

 

これらの調度品が、店内をノスタルジックな空間に纏め上げているのだろう。

そして―――。

 

「いらっしゃい」

 

老齢ながらもどこか色気すら感じる、そんな不思議な魅力に溢れた声色で、声を、掛けられた。

 

「(……あぁ)」

 

撫子色のシャツにベージュのズボン、黒いエプロンとアンダーリムの眼鏡。

やや後退した髪をオールバックにし、あご髭を貯えながらもそこに一切の不潔さを感じない。

そんなダンディズム溢れた初老の男性。彼こそが。

 

「(佐倉……惣治郎さん)」

 

佐倉 惣治郎(さくら そうじろう)』。

この『ルブラン』のマスターにして、ペご主を引き取り保護者役となってくれた人物。

『法王』のアルカナを持つ、主人公の協力者の一人。

特殊な事情を抱えた一人娘に四苦八苦する、ほんの少し不器用な父親でもある。

 

嫌味と棘のある言動に加え、ぞんざいな扱いをされる事から最初は反感を抱くものの、時間を共有し少しずつ信用を重ねていく事で、彼を取り巻く諸事情が判明していく。

そうして相互理解の果て、遂には「家族である」とまで認められる程に固い絆が育まれる……。

 

始まりと終わりで印象が180度変わる人物で、クリアする頃には皆が大好きになっている筈だ。

勿論僕も大好きだ!

 

あの汚部屋はどうかと思うけども。

 

「? どうかしたかい、そんなとこに突っ立ってよ」

 

「……すみません、少々、心を打たれておりました」

 

「は? 心を打たれた?」

 

心ここに有らず、とはよく言ったもので。

ゲームやアニメで見てきた光景を、自分の目で直接拝見する事が出来る。

この喜びを表現し、他者へ伝えるのは極めて難しい。

 

「変わってんなぁ……まあいいや。座りな、今メニュー出してやるよ」

 

「ありがとうございます。では失礼して」

 

惣治郎さんに促されカウンター席の椅子に腰を下ろした。

固すぎず柔らかすぎず……こういった細やかな所にも拘りを感じられる。

これが、ルブランの椅子!

 

差し出されたメニューに目を通す……が、今回何を食べるかは既に決まっていた。

 

ズバリ、「ルブラン特製カレー」だ。腐っても元P5ファンとしてこれは外せない。

前世でも、ルブランのカレーを再現して販売しようっていう企画があったっていうのは小耳に挟んではいたものの、結局口にする所か実際に目にする事もなく死んでしまったのだ。

 

「……では、アイスコーヒーとルブラン特製カレーをお願いします」

 

「はいよ。うちの売りをよくわかってるじゃないの」

 

惣治郎さんは微笑みながらそう言うと、早速準備に取り掛かった。

……なんだろう、なにか惣治郎さんの対応が変に柔らかい気がする。

おかしいなもっとぶっきらぼうな感じだった思うんだけど。

 

そんな事を考えていると、目の前に注文した品々が差し出された。

 

「お待ちどうさん。アイスコーヒーと、これがうちの特製カレーだ」

 

「ありがとうございます。おお、これが……!」

 

遂にペルソナ5名物「ルブラン特製カレー」と邂逅を果たした。

カレーから発されている香辛料の香りがひたすらに食欲を掻き立ててくる。

今すぐ頬張りたい欲求をなんとか抑え、食事儀礼に手を合わせた。

 

「それでは、いただきます」

 

スプーンで掬い取ったカレーを白米と共に口に含んだ。

―――瞬間、舌に広がり駆け巡るは圧倒的なまでの旨味!

 

「(いや美味しっ! なにこれっ!)」

 

スパイシーな味わいで汗が出るくらいには刺激があるのだが、まろやかさもあり辛すぎて手が止まる事がないよう絶妙な調整がなされている。それどころか、一口食べる毎にもう一口、もう一口と食べれば食べる程身体がカレーを求めてやまない。食材とスパイスが完璧に融合し、調和する事で生み出された極上のコクと香りが胃と心に究極の満足感を与えてくれている。

 

ちょっと信じられない。ここまで美味しいカレーは前世含めて食べた事がない。

 

「(僕は基本的に甘党なのに……!)」

 

次にアイスコーヒーを口にした。

酸味を感じる爽やかな味わいと心地よい冷たさが、火照った身体に浸透する。

口内に留まっていた辛味が洗い流され、すっきりとした後味を残している。

 

そうして再びスプーンを手に取り、カレーを食す。

 

「(ゲームしてた時はカレーとコーヒーの食べ合わせに首を傾げたけど……これは……!)」

 

これは確かに納得する他ない。カレーとコーヒーの相性はバッチリだと。

気付けばカレーを完食し、アイスコーヒーもすっかり飲み干していた。

 

「……ごちそうさまでした」

 

「あいよ、食後のコーヒーのおかわりはいるかい?」

 

「あ、是非お願いします」

 

惣治郎さんに勧められたコーヒーに口を付け、ほっと一息つく。

……なんて穏やかな時間なのだろう、前世でこんなに心安らぐ事があっただろうか。

もうあまり覚えていない。怒りと怨みだけが心の中で燻っている。

 

「あー……ところで、そのー……まー、なんだ、気を悪くしたら悪いんだけどよ」

 

「? はい、なんでしょう?」

 

後頭部を掻きながら、少しばつが悪そうに困った表情で問いかけられた。

 

「あんたってもしかして、男だったりする?」

 

……あー、そういう事か! 僕が女性に見えたのか!

今世における僕の容貌は、何故か中性的なせいで結構間違えられる。

最近は開き直ってそう見えるように整えていたりもする。

 

惣治郎さんの対応が柔らかかった理由はそれか。納得した。

 

「はい、僕は男ですよ。女性ではありません」

 

「やっぱりそうなのか。声聞いても判別出来なくて参っちまったよ」

 

「おや、それは申し訳ない」

 

やれやれと言わんばかりに惣治郎さんはため息をつき、肩から力を抜いた。

そうそうこれこれ、この不愛想な言動こそ正しく惣治郎さんそのものだ。

 

「ったく、女の子かと思って丁寧に接客しちまったぜ」

 

「ここは一つ、男色趣味という新たな扉を開くのも手なのでは」

 

「お、そんなに出禁になりたいのか」

 

「すみません冗談です、今のは無かった事にしてください」

 

軽口を叩いてみたら笑みを浮かべて出禁とか言われてしまった。

やめてください計画がおじゃんになってしまいます。

 

「そういやお前さん、随分若そうに見えるがもしかして学生か?」

 

「えぇそうです、蒼山の秀尽学園に通っています」

 

「へえ、蒼山の……って事はあんた高校生か」

 

そんな他愛のない雑談をしながらコーヒーを嗜む。ふと目を向けるとカップは底を突いていた。

ふむ、まぁ初回はこんなもんかな。あまりダラダラしてても嫌気を差されるだろうし。

手応えは感じた、この辺りで切り上げよう。

 

「ごちそうさまです、ここまで美味しいカレーとコーヒーは初めてでした。また来ても?」

 

「そりゃどーも。学生でうちの良さがわかってんのは珍しいな、また馳走してやるからいつでも来

 な」

 

感謝の言葉を伝え会計を済ませた後、扉に手を掛け外に出た。

穏やかな陽気と吹き送られる爽風から春を実感する。

 

「(いやぁ、当初の目的も忘れてすっかり満喫しちゃったなぁ……)」

 

怪盗団メンバーがこの喫茶店ルブランを知る事になるのは来年の6月11日、鍋パをやる日だ。

にも関わらず、怪盗団に加入する予定の自分がここに来たのには理由がある。

 

1つ目の理由は勿論、「惣治郎さん、ひいてはぺご主と親睦を深める為」だ。

ここに居候する事になるぺご主はキーパーソンもキーパーソン、彼の選択はそのまま世界の命運に直結する。ならば、ぺご主が僕の手を取ってくれるよう早々に友好関係を築き上げたい。

上手くいけば丸喜先生の世界を共に選んでくれるかもしれないし、駄目なら駄目で最後の決戦時、情に訴えかけて戦意を鈍らせる事が出来るかもしれない。

そうでなくとも信用信頼を得られれば、隠密活動を気取られずにいられるのだ。良い事しかない。

その為にも、下宿先の惣治郎さんと親交を結ぶのは必須となる。

 

2つ目の理由は……「佐倉双葉に僕の存在を知得してもらう為」。

実はルブランの1階部分、店内には盗聴器が存在する。そう彼女が仕掛けた盗聴器が。

これにより、引きこもりである双葉が外に出る事なくルブラン周辺の情報を収集している。

それを逆利用してこの僕、『村上九十九』を今の段階から知り得てもらう。

……もし仮に、僕の暗躍を看破するならば、それは佐倉双葉において他はないと考えている。

逆に言えば、双葉にさえ疑われなければ何の憂いもなく悠々と活動ができる筈だ。

ならば話は早い。双葉に僕という人間が「安全な存在」であると認識させる。

今の僕は学生、即ち未成年の「子供」だ。彼女を傷つけた「大人」じゃない。

尤も彼女が何時頃ルブランに盗聴器を仕掛けたのかは不明なのだが……問題は無い。

幕開けとなる来年まで通い詰めて数でゴリ押す。大変シンプルな解決法だ。

 

とまあそんな事を考えていた訳なのだが。

 

「(カレーとコーヒーの絶品さの前になにもかも消し飛んだよね)」

 

カレーを一口食べた辺りから既にそんな事は忘却の彼方に押しやられていた。

まぁ惣治郎さんからの印象もそんなに悪くないだろうし結果オーライという事で。

……ああ、でも……。

 

ルブランを実際に見れてよかった。惣治郎さんに会えてよかった。話せてよかった。

特製カレーを頂けてよかった。コーヒーを頂けてよかった―――。

 

「死んでよかった……本当に」

 

心の底から、そう思う。

 

 

 

 

 

 

桜も既に散り終え、秀尽学園に入学してから一ヶ月が経過し5月になりました。

今はお昼休みの時間帯、学園の中庭にて昼食を摂りながら談笑に耽っている。

高巻 杏(たかまき あん)』、『鈴井志帆(すずい しほ)』の2人と共に。

 

「もー最近の美容品は高すぎるって思わない?」

 

「そうだね、私も手を出してみようと思って値段見たらびっくりしちゃった」

 

「品質が良いものはお値段も良くなるのは世の理だからね」

 

フード付きの白いパーカーの上に黒のブレザーを羽織り、下半身には深紅のタイツを着用。

ふわふわとした金髪のツインテール、色白の肌に碧眼という目立つ容姿の女子。

彼女が『高巻 杏(たかまき あん)』。

 

学園指定の白いハイネックと黒いスカート、右足に膝サポーター。

桃色のヘアゴムで黒髪をポニーテールに纏め上げ、小さな青いヘアピンがおしゃれな女子。

彼女は『鈴井志帆(すずい しほ)』。

 

両者共に『ペルソナ5』において重要な役回りを持つ人物だ。

だからこそ、彼女達の誘いには積極的に応じている。

 

一時、僕が高巻 杏を狙っているのではないか、なんて噂も出たがすぐに立ち消えた。

そういう噂が出る事は想定していた為、意識的に分け隔てなく他の生徒とも接していたのだ。

今では「物怖じしない天然な性格だから」、なんて言われていたりする。

 

……ゲームをプレイしていた時から思っていたけど秀尽学園の生徒は本当にクソ。

勉学の前にまず道徳を学べと言いたい。

 

「そういえば村上くんも美容品使ったりするの?」

 

「使ってるよ、洗顔料に化粧水とか乳液ぐらいだけど」

 

「え、すっご、ガチじゃん。美容男子ってやつだよね」

 

僕自身まさか今世に置いて美容を気にするハメになるなんて思いも寄らなかったよ。

身だしなみ程度ならともかく。

 

さて、この2人と交友関係を結ぶ意義は大いにある。

 

『高巻 杏』。

アメリカ系クォーターの帰国子女。劇中ではぺご主のクラスメイト。

『恋愛』のアルカナを持ち……『心の怪盗団』の一員、しかも初期メンバーなのだ。

()()()()を切っ掛けにペルソナ使いとしての力に目覚める事になる。

 

最初から共に戦い、最後にはきっと敵になる。そんな彼女と友好を深めるのは当然だ。

入学して早々高巻 杏と同じクラスになれたのはラッキーだったね、来年はわからないけど。

 

『鈴井志帆』はそんな彼女の親友だ。中学からの付き合いで原作では彼女が唯一の友達だった。

アルカナこそ無いもののプレイヤーからの印象は上々で、かなりの人気を誇る人物である。

 

というのも主人公が根も葉もない噂で誹られてる中、彼女だけは主人公を気遣ってくれるのだ。

自身も精神的余裕なんてないにも拘らず……この対応には本当に好感が持てた。

なにより可愛いからね。

 

で、問題はここから。

 

そのある事件というが、鈴井志帆を起点として起こるものなのだが……。

原因は言わずもがな、()()()()

 

そう、『鴨志田 卓』によって引き起こされる事になる。

 

怪盗団の為、そして未来の武器とする為に、この事件は絶対に防ぎたい。

それを抜きにしてもあれは到底受け入れられたものじゃない。

ゲームでも顔を顰めたのに、実際に自分が生きているこの現実で引き起こされるのは御免蒙る。

 

とはいえ、この事件があったからこそ怪盗団は戦う決心がついたというのもまた事実。

未然に防ぐ事で下手すると彼らが怖気付いてしまう可能性もあるだろう。

 

けれどそこはきちんと対策を考えておいた。

僕自身が着火剤となって無理矢理にでも起爆させる。

大丈夫、上手くやろう。

 

「村上くんって顔立ち可愛いし、羨ましいくらい肌きめ細かいよね!」

 

「あ、わかるなそれ。最初見た時『あれ? 女の子が男子の制服着てる?』ってなったもん」

 

「あぁうん、よく言われるよそれ」

 

言われなかった事が無いよ、うん。身長でなんとか信じられてるぐらいだし。

まぁ僕も意図してそう見られるように整えている部分があるから仕方ないけどね。

 

警戒心を解くために。

 

アメリカにおける心理学の実験だったかな。一般的な容姿の人間よりも外見の整った人間相手のほうが興味を持たれやすく、悪印象を持たれにくいという結果が出ているという話。

 

『高巻 杏』、『坂本竜司』、『鈴井志帆』とは今後の展開の為、早々に仲良くなりたい。

だからこそ美容にも手を出して悪感情を抱かれないよう尽くしたという訳だ。

なんだかんだ第一印象は大事だからね。

 

その甲斐あって最初こそ警戒されたものの、今ではすっかりこの2人と打ち解けられた。

下地となるこの容姿に生んでくれた今世の両親には感謝している。

いや、そもそも生まないでほしかったというのはさておいて。

 

「あっ、ところで志帆、バレー部での調子はどう? 大丈夫?」

 

「鈴井さんはこの学校のバレー部に入る為に入学したんだよね。無理はしてない?」

 

「……う、うん、大丈夫。上手くやっていけそうだよ」

 

……今言葉につかえた上に表情が一瞬曇ったな。

多分これ既に鴨志田の本性に気付いてるかしてるね。

 

「本当? 良かった。志帆なら大丈夫だよ、中学でもバレー凄かったし!」

 

「練習は大変だろうけど無理は禁物だよ、体が資本だからね」

 

「うん、ありがとね。私、頑張るよ」

 

本当にごめん、本当にごめん2人とも。

地獄のような日々になるだろうけどどうか来年まで耐えてほしい。

 

より良い結末を迎えられるように、力を尽くすから。

 

 

 

 

 

 

日が長くなりつつあり、気温の変化から夏の訪れを感じさせる6月。

今日も今日とて純喫茶ルブランのコーヒーに舌鼓を打つ。

ノートパソコンをカタカタと打鍵しながら。

 

「ったく、んなもん店に持ち込みやがって。なんでうちでやるんだようちで」

 

「ここでコーヒー片手に作業をすると捗るのですよ。進捗率が段違いです」

 

そんな事を口実にしながらルブランで執筆作業に勤しむ。

すっかり常連である事もあってか惣治郎さんも本気で追い出そうとはしない。

まぁコーヒー1杯で4時間みたいな真似はしてないからね、流石に。

 

「そうかよ。んで? そいつはなにしてんだ? 学校の課題とかか?」

 

……割と都合が良い質問をされたな。

惣治郎さん、ひいては双葉に僕と言う人間を知ってもらうには都合が良い。

この会話を聞いてるかはわからないけど……折角だし答えておこうか。

 

「副業ですね。学生の本業、というか本分は学業ですから」

 

「副業だ? なんだそれ、代筆かなんかよ」

 

「いえ、小説を執筆しています。事前に作成したプロットに沿って」

 

「小説って、そういうのは趣味って言うんじゃ……おい待て、副業ってまさかお前」

 

「えぇ、実際に出版させてもらっている小説ですよ。僕は作家なんです」

 

そう言うと惣治郎さんは目を丸くしてこちらを見つめてきた。

学生が小説を書籍として出版しているなんて聞いたら普通は驚くよね。

 

「マジかよ……最近の若いのはすげえな……」

 

そんな事を、ぽつりと呟いた。

恐らく、自宅にいる本物の天才少女と僕を重ねているのだろう。

本当の僕は、比べるのも烏滸がましい凡才以下の人間だというのに。

 

「ちなみにまあなんだ、売れてんのか?」

 

「ぼちぼちですね。前作は死ぬほど話題になって売れましたけど」

 

「へえ、どんな小説書いたんだ?」

 

「『Ouroboros:ARCH』というタイムトラベルを主題としたSF小説です」

 

「『Ouroboros:ARCH』ねえ……ん? 『Ouroboros:ARCH』?」

 

タイトルを復唱するとふと気が付く事があったのか、身を乗り出して尋ねられた。

 

「お前それ……アニメ化だのゲーム化だのした上で作者の素性一切不明とかで話題になったやつ

 じゃねえのか?」

 

「よくご存知ですね。マスターはこういったサブカルに興味ないと思ってましたが」

 

「……まあ知り合いにちょっとな。そういうのに詳しい奴がいて聞かされたんだよ」

 

おっとそれは嬉しい情報だ。まず間違いなくその「詳しい奴」とは双葉の事だろう。

双葉が僕の作品を把握してるなんて、ちょっと良い事を聞いたね。

 

「んで、お前があれの作者……っていうのは本当なのか?」

 

「本当ですよ、少々お待ちください」

 

作業の手を止めてスマホを取り出した。

そうしてSNS上にある自身の公式アカウントにログインし、画面を見せる。

 

「どうも初めまして。僕が “ヨルノ トバリ” 本人です」

 

画面を見せると惣治郎さんは呆気に取られたような表情を浮かべていた。

しばらく静止すると、ズレた眼鏡を掛け直しため息を吐く。

 

「本当だったのかよ……アイツが知ったらさぞ……」

 

「『アイツ』……ですか?」

 

「あー……さっき言ったそういうのに詳しい知り合いだよ。それよりそろそろコーヒー飲み終わっ

 た頃だろ、おかわりいるか?」

 

「あ、お願いします」

 

少々強引に話を切り上げられコーヒーのおかわりを促された。

惣治郎さんからしてみれば深掘りされたくない話題だろうから当然と言えば当然だ。

一応僕自身『佐倉双葉』を知らないという体でいなければならない為、探り入れる気は勿論ない。

 

この会話を聞いていて、飛び上がるほど驚いていてくれたら嬉しいなぁ……。

そんな事を考えながらコーヒーを啜った。

 

あぁ、美味しい……。

 

 

 

 

 

 

《今日のあの動きはなんだ!? 全くなってないぞ! 気合入れてやるから歯ぁ食いしばれよ!》

《違う違う。いいか、腰を下ろして尻を突き出すんだ。胸の位置はここだぞ、忘れるな》

《どうした!? もう立てないのか!? そんなんじゃあうちのバレー部でやっていけないぞ!》

 

「あーあーあー、指導に託けてなにしてんのこいつ……どうしようもないクズだな……」

 

いよいよ夏も本番、茹だるような暑さが続く7月。

既に秀尽学園でも夏休みに入った。今は自室で回収したデータの編集作業をしている。

 

そう、鴨志田による頭にウジ虫がわいたような「ご指導」の映像、及び音声データの編集だ。

 

まず当然ながら、僕は鴨志田 卓の本性を知ってるしその悪行も把握している。

そして僕の現段階における主目的は、「鈴井志帆の身の安全の確保」となる。

 

あくまでも鈴井さんの保護だけに留めておくのだ。

鴨志田を学校から追い出すのは僕の役割じゃない、それはペご主の役割だ。

 

ではそれを達成するには一体どうすればいいのか。

答えは簡単だ、鴨志田を脅迫すればいい。

鴨志田へ、鈴井志帆にだけは手を出すなと警告してやればいい。

 

実は秀尽学園の体育館に体育教官室、倉庫なんかに隠しカメラと盗聴器を仕掛けておいた。

コンパクトでパフォーマンスに優れた大変高性能な代物をふんだんに。

 

いやぁ、この世界この時代の秋葉原はとんでもないガラパゴスだなって。

 

お値段のほうも文字通り桁外れではあったが、今の僕には全く関係ない。

盗作なんぞに手を染めてまで軍資金を調達したのはこの為と言っても過言じゃないのだから。

 

結果、大量の脅迫材料の確保に成功したという訳だ。

正直バレずに済んでホッとしている。

 

「鴨志田にプレゼントしてやる時が今から楽しみだよ……」

 

怒気を滲ませた言葉を発しながら、粛々と作業を進める。

 

……あの子達は、人間だ。

喜び、怒り、悲しみ、笑う。そんな感情豊かな心を持つ、血の通った人間だ。

定められた運命(シナリオ)に則って動くだけの人形(キャラクター)などでは断じてない。

 

お前のような奴が、好きにしていい存在じゃないんだよ、鴨志田。

 

 

 

 

 

 

先月以上の猛暑日ばかりで、真夏の厳しい日差しに曝される8月。

冷房の効いたお昼時のルブランにお邪魔させてもらっていた。

 

今は、惣治郎さんから呆れ果てたような眼差しを浴びながら昼食を頂いている。

 

「お前……若いっつっても限度があるだろ……カレー食った後にオムライス頼むか普通……その細

 身のどこに収まったんだよ……」

 

「なにかと頭を使う事が多くてお腹が空きやすいんですよね、困った事に。更に言えば、このルブ

 ランに漂う香りが食欲をそそいできまして」

 

「あーそうかよ、育ち盛りって事にしといてやるよ」

 

健康的で若い肉体というのはある程度無茶が利くというのを改めて思い知った。

本当に便利だね、この身体は。

 

思わずフッと失笑が漏れ出た惣治郎さんは、そのままカウンター席に座り手に取ったクロスワード雑誌を開いた―――その時、ピピピ、ピピピと無機質な音が突然鳴り響く。

この音あれだね、惣治郎さんのスマホの着信音だね。原作で何度も聞いたから覚えてる。

 

「よう、どうした?」

 

一瞬だけこちらに視線を向けた後スマホを取り出し、朗らかで優し気な口調で電話に出る。

すると、惣治郎さんは驚いたような表情をあらわにした。

 

「え、買ったやつが動かない? 不良品? マ、マジかよ……」

 

……あー、多分双葉に買ってあげた品物が初期不良か何かを引き起こしてしまったらしい。

眉尻を下げ困った表情をしながら電話を続けている。

 

「それ、今じゃないとダメだよな……ああ、そうだよな。わかってる、大丈夫だ。今行くからちょ

 っと待っててくれな」

 

電話を切りため息を一つ吐くと、椅子から立ち上がりこちらと向かい合った。

 

「おう九十九、食ってるとこ悪いけど俺はちょっと出なきゃならねえ用ができた」

 

「も、もしや、僕に今すぐ出ていけと……!? まだオムライスがこんなに残って……!」

 

「わかってるって、別に出てけとは言わねーよ。けど戻るのに少しかかるかも知れん。お前この後

 出掛けたりする用事とかあるか?」

 

「いえ、今日は特にありませんね。食べ終わった後もここで作業するつもりでしたし」

 

「そうか、なら悪いが俺が戻るまで留守しててくれ。店の表札返していくから接客とかは考えなく

 ていいが、荷物とか届くかもしれねえからな。そういうのは受け取っておいてくれ」

 

「わかりました。そういう事であれば留守番致しますね」

 

「おう、助かる。頼んだぜ」

 

追い出されるかと思ったけど、留守番頼むほど僕を信用してくれているなんて嬉しいなぁ。

承諾すると惣治郎さんはエプロンを外して、白のジャケットを着込み白い中折れハットを被った。

いや本当にオシャレだなこの人。イケおじにも程がある。

 

「行ってらっしゃい惣治郎さん、お気をつけて」

 

「あいよ、行ってくる」

 

挨拶で送り出すと柔らかな笑みと共に返してくれ、そのまま店を出て行った。

……今更だけど本当に贅沢な体験だ、惣治郎さんと話せて笑顔まで見せてくれるなんて。

出来る事ならスクリーンショットしたかった。

 

今では惣治郎さんは僕を名前で呼び、僕も惣治郎さんを「マスター」ではなく名前で呼ぶ。

派手めの女性客の人が「惣ちゃん」と呼んだ所に居合わせた為、それに倣った形だ。

ちなみに試しで「惣ちゃんさん」と呼んでみた所「出禁か?」という言葉が笑顔と共に放たれた。

そんな物騒な台詞を持ちネタにしないでくだしゃんせ。

 

「(……さて)」

 

食事を再開すると共に思考する。何故こういう状況になっているのかを。

 

「(僕という客がいる事はわかってる筈だよね? そうでなくとも営業中というのは知ってる筈だよ

  ね?)」

 

いくら僕しかいないとはいえこのお昼時に惣治郎さんを呼び出す意図はなにか。

双葉は惣治郎さんの負担になる事に負い目を感じている。にも拘わらず、こんな行動をとった理由は―――。

 

「(……もしかして僕を試している?)」

 

突拍子もないがあり得ない話じゃない。

既に盗聴器がこの店に存在する事を前提にするならば、双葉は僕という人間を知っている。

有名作家「ヨルノ トバリ」だと把握している。その上で、本物であると理解した上で。

恐らく、何故ルブランにそこまで入れ込んでいるのかを疑問視している。

 

「(まぁ普通はそう思うかもね。他にもっと良い店があるだろうに一体何故この店に、と)」

 

立場を確立し、お金に困っていない筈の人間がどうしてこの隠れ家的純喫茶に?

もしかしたら何か悪意を持った人間なんじゃないか? そう考えている可能性がある。

だからわざと僕一人にしてその後の行動を観察している、といった所か。

 

「(もし僕が悪人ならハッキングを仕掛けて社会的に殺すつもりかな)」

 

僕は所謂覆面作家だ。それ故に個人情報を流出されるだけでかなりのダメージを負う事になる。

双葉なら造作もないだろう。遊びで海外の軍事基地のサーバーに侵入するくらいだし。

OK、それなら双葉が僕を観察していると仮定して動こうじゃないか。

 

「ごちそうさまでした。……さて、と」

 

ただ大人しくしてるだけでも良いけれど、それじゃあちょっとつまらない。

 

「惣治郎さんへの日頃の感謝と、食後の運動を兼ねて……お掃除でもしますか!」

 

盗聴器越しでもはっきり聞こえるように少し大きめに発声する。

ちょっとくらい意外性がないと面白くないからね。

惣治郎さんと双葉への好感度稼ぎにも繋がるだろうから一石二鳥だ。

 

「えーと、掃除用具は……あったあった、ここだね」

 

お手洗い場から掃除用具一式を取り出した。

器物を破損させるなんて事態は絶対に犯さないよう細心の注意を払って取り掛かろう。

キッチンも触らないほうがいいだろうね。素人が手を出すべきじゃない。

では早速。

 

「さっ、清掃開始だ!」

 

 

~~~

 

 

「よう、帰ったぞ。悪いな、留守なんかさせちまって―――ん!?」

 

「あ、おかえりなさい、惣治郎さん」

 

ガチャリと鍵が開く音がした後、カランカランと扉が開いた事を知らせるベルが鳴った。

惣治郎さんはあんぐりと口を開けて驚いている。

 

「お前……わざわざ掃除したの? んな気ぃ遣わなくたって別によかったってのに」

 

「いや、すみません。日頃お世話になっているので折角だから、と思い立ちまして」

 

「世話って、大した事してねえと思うんだけどな」

 

ちょこちょこ注文するとはいえ、パソコンまで持ち込んで何時間も居座るのを許容してくれる時点で、懐の深さが窺い知れるというもの。流石公式から「包容力がある」と紹介されるお人だ。

 

「一度大まかに掃除した後、隅っこの方を重点的に。ゴミはこちらの袋に纏めておきました。あぁ

 後、配達物も届きましたのでこちらに置いてあります」

 

「あいよ、やっぱ届いたか。確か今日だって言ってたからな。ん? 洗いモンまでやったのか」

 

「はい、させて頂きました。あ、ですがキッチンのほうは触ってません。飲食店の衛生管理で一番

 重要なキッチンを、下手に手を付けるのはよくないと思ったので」

 

「ああ、そこは別にかまわねえよ。俺が手入れするべき場所だからな」

 

惣治郎さんは店内を一通り見て回り、確認を終えたのか頷くとこちらに振り返った。

その表情は穏やかで口元を綻ばせている。

 

「なんにしても悪ぃな、正直助かったわ。ありがとよ」

 

「いえ、ご迷惑にならなくてよかったです」

 

いや本当に。

これで「余計なお世話だ」とか言われて好感度が下がったら目も当てられなかった。

神経を尖らせて清掃した甲斐があったと言える。

 

これ以上長居しても迷惑だろうと判断し、追加で注文したアイスコーヒーを飲み干した後、お会計に移ろうとした所……。

 

「え? お代はいらない、ですか?」

 

「いらねえよ、留守番させた上に掃除までしてくれたんだ。なのに金なんかとれるかよ」

 

「ですが……いえ、これ以上は野暮というものですね。ご厚意に預かります」

 

「おう、そうしとけ。また来てくれればそれでいい、待ってるよ」

 

そう言って、大人の魅力に溢れる笑顔で支払いを制された。

惣治郎さんのような御仁が、本当に粋な人間である事を実感させられる。

僕のような人間には到底真似出来ない在り方だ。

 

惣治郎さんに頭を下げて店外に出た。まだまだ陽は高くある。

 

「(……順調だ……今の所は、上手く事が運んでいる……)」

 

計画に支障は見られない。とはいえ、所詮は凡愚の身で捻り出した愚策に過ぎない。

いつ破綻するかわからない以上、油断は禁物だ。

 

「(幕開けまで、あと半年……)」

 

最後まで、やり遂げてみせる。

 

 

 

 

 

 

「村上君、帰る前にちょっといい?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

まだまだ残暑が続きつつも、気温の緩やかさに秋の様相を呈していく9月。

夏休みが終わり秀尽学園は2学期に入った。

 

今は放課後なのだが、何故か担任教師である川上先生に捕まった。

 

「ちょっと確認したい事があるの。生徒指導室に来てくれない?」

 

「わかりました、大丈夫ですよ」

 

ちょっと野暮ったい印象だけどそれでもやっぱり美人な人だね、川上先生。

流石はヒロイン候補の女性。

 

黄色のボーダーシャツにベージュ色のジャケットを羽織り、下はデニムスカート。

全体的にはねっ毛のある髪がズボラな印象を持たせるが、清潔感と顔の良さで相殺している。

 

川上貞代(かわかみ さだよ)』。

国語の担当教師にして、来年ペご主が在籍する事になる2‐D組の担任でもある人物。

『節制』のアルカナを持った、主人公の協力者の一人。

決して笑いごとではないのだが、中々面白い秘密を抱えている先生だ。

 

……というか、なんで僕は生徒指導室に呼び出されたんだろうか……。

もしかして、盗聴や盗撮がバレた……? いやでも全部回収したし誰にも見られてない筈……。

 

内心不安を覚えながらも、川上先生に連れられ生徒指導室の椅子に着席した。

 

「悪いわね急に。校長先生から意識調査するように言われててね」

 

「意識調査、ですか」

 

あ、大丈夫そうだった。全然関係ない話題を振られた事に安心する。

 

「君も含めて、部活に入ってない生徒達がどうして部活に入らないのかを調べるように、ってね」

 

「あぁなるほど。僕も部活動はしていませんからね」

 

「そういう訳だから。早速だけど、村上君はどうして部活に入らないの? 君成績は上位のほうだ

 し、運動神経だって悪くないでしょ。おまけに協調性もあって、高巻さんみたいな……その、

 個性的な子とも関われるくらい社交的だしでどこの部活でもやっていけそうだけど」

 

「うーん……」

 

これはラッキー。実は川上先生にも僕が「ヨルノ トバリ」である事を明かすつもりだった。

 

秀尽学園は進学校である為、土曜日にも授業が存在し登校しなければならない。

しかし、来年の4月9日土曜日、この日だけは学校を休もうと考えている。

そうこの日はペご主が東京へとやってくる日。目的は勿論ペご主に接触を図る為。

単に体調不良で休む事も考えたが、制服を着て出掛ける関係上バレたらまずいので却下。

惣治郎さんにも絶対聞かれるだろうしね。

 

そんな訳で、学校を休む旨と、建前となる事情を知る教師が一人欲しい。

それも融通が利いて、ある程度口裏を合わせてくれるような教師が。

 

そうなってくると、当てはまる教師は川上先生以外いない訳で。

この意識調査は川上先生に打ち明けるのにもってこいだ、利用しよう。

 

「そうですねぇ……川上先生は口が堅いほうですか?」

 

「え? どういうこと?」

 

「川上先生の人格を信用してお教えします。ですが、どうか他言無用でお願いしたいのですよ」

 

「……一応先に聞いておきたいんだけど悪い事してる訳じゃないのよね?」

 

「勿論です。ただ、妄りに言い触らされると僕はとても困ってしまいます」

 

そこまで言うと川上先生は腕組みをして目を閉じた。流石に即答する訳にはいかないようだ。

暫くすると目を開けてこちらの目を見つめてきた。嘘は許さないと目で訴えかけている。

 

「……わかったわ。ただし、教師として見過ごせない場合はその限りじゃないから」

 

「えぇ、それで大丈夫です。ありがとうございます」

 

「それで? 他言無用にまでしなくちゃいけない理由ってなに?」

 

「実はですね、僕は小説を書いているのですよ」

 

「……え? 小説?」

 

きょとんとした表情を先生は浮かべている。まぁ勿体ぶって言うような事ではないと思う。

普通なら、ね。

 

「……それ、隠すようなこと? というかそれなら文芸部に入って書けばいいんじゃない?」

 

「普通はそう思いますよね。ですが僕の場合は趣味の範疇の外なのです。実際に本という形で書籍

 化させて頂いております」

 

「え!? それって、君の小説を出版してるってこと!? 実際に売ってるの!?」

 

「はい、その通りです。好評発売中ですよ」

 

川上先生は思わずあんぐりと口を開け絶句している。

まだまだ驚くには早いですよ川上先生。

 

「……なるほどね……ちなみに興味本位で聞くけどどんな小説書いてるの?」

 

「今は『揺蕩う夢見のカシャロット』という現代を舞台にしたファンタジーホラー小説を執筆して

 います」

 

「……ちょっと待って。それって確か、オカルト部が夢の中に現れるクジラの謎を追うっていう内

 容のやつよね……?」

 

「おや、もしかして読んで頂けてましたか? 嬉しいですね」

 

「揺蕩う夢見のカシャロット」。現在僕が手掛けている小説のタイトルだ。

女子大生且つ「オカルト研究部」の部長である主人公と、オカルト系雑誌のライターである兄、そしてオカ研に所属するメンバー達と共に、巷を騒がせる都市伝説を探求する物語。

心の海を泳ぎ、夢を通して他者の記憶を覗かせる「夢見鯨」と主人公が偶然遭遇した事から始まる……うん、こんなの語っててもしょうがないから割愛する。

内容としては「クトゥルフ神話」と「分析心理学」を参考にしている。

 

「……授業の参考にしようと思って読んでるわ、それ……伏線の張り方が絶妙で、ってそうじゃな

 くて。あの小説の著者って『ヨルノ トバリ』 よね? 年齢性別その他一切の事が不詳って事で有

 名な人だって聞いてるわ……それが、君なの……?」

 

「……ふふふ」

 

訝しむように先生はこちらを見ている。信じられないのは当然だろう。

思わず軽い含み笑いをした後、スマホを取り出し自身のSNSアカウントにログインをした。

そして、その画面を川上先生に見せた。

 

「どうも初めまして。僕が “ヨルノ トバリ” 本人です」

 

川上先生は僕の手からスマホを取り上げると、まじまじとその画面を見つめている。

物的証拠を出されては信じる他はなく、ため息一つ吐くと呆れたような表情でスマホを返した。

 

「本当だったのね……一応、これだけ聞かせてくれる? どうしてその事を学校へ申告しないの?

 文芸部に入って、これまでの事を学校側に伝えれば君はすぐにでも特待生になれる筈よ。そうす

 れば色んな免除を受けられるし、創作活動だって今以上に集中―――」

 

「でもそれをしてしまうと僕が “ヨルノ トバリ” であると周知されてしまいますよね?」

 

「それは……そうだけど……」

 

「お断り致します。僕はただ小説を書き続けたいだけで日常を荒らされたくはないのですよ。そも

 そも作者がどんな人間かなんて、作品の面白さに一切寄与しない余分な情報です。そんなものは

 ただの雑味でしかないのですから」

 

なんて、尤もらしい言葉を並び立てる。

実際の所、これから怪盗活動に参加しようとしている身で意味もなく目立つような事は避けたい。

資金と肩書を得る為だけのどうでもいいほうの活動に縛られるなんて本末転倒だ。

しかも今「特待生」になんてなれば、確実にあの自己顕示欲の化身『鴨志田 卓』に睨まれる。

ただでさえ奴が狙っている高巻さんと、唯一仲の良い異性の友人がこの僕だ。

その状況を面白いと思っている筈もないのだから、余計な刺激を与えないほうが無難だろう。

 

おまけにこのクソ学校の、くだらない広報活動の為に働かされる事になるのは目に見えている。

何が悲しくてあの校長とその腰巾着の為に動いてやらねばならんのか。

考えるだけで反吐が出る。

 

「そういう事ですので、申し訳ありません。特待生の件は断らせてください」

 

「そう……わかったわ、それなら私は君の意思を尊重する。調査のほうも『アルバイト活動の為』

 だって報告しておくから」

 

「ありがとうございます」

 

川上先生の協力に感謝を伝え頭を下げた。

先生の理解力は本当に素晴らしい、これがそこらへんの教師なら実績作りの為になんとか特待生にしようと躍起になる筈だ。そうならずに生徒を尊重してくれる所が川上先生の凄い所。

流石、ペご主の授業サボりに協力するコープアビリティを持った女性だ。

 

「その代わりに……って言ったら、なんだけどね?」

 

「? はい、なんでしょう?」

 

「今度本持ってくるから、サインお願いできる?」

 

「え?」

 

川上先生、意外とミーハーだった。

先生サインとか欲しがるんだ……まさかお金欲しさに転売とかしないよね?

まぁ別に良いけど。

 

川上先生の協力を得られた事が、なによりも重畳だ。

 

 

 

 

 

 

ようやく暑さから解放され、涼し気な日々が秋を主張する10月。

今日は新宿と池袋の間、高田馬場に訪れた。

ゲームでもスポットされていないこの場所で、何をしているのかと言うと……。

 

「ふっ! ……よしっ、スペアとれた」

 

ボウリング場で、ボウリングに励んでいます。

……一応これにはそれなりの理由がある。

 

東京にやってきたペご主に、僕自身が案内できるスポット作りの為だ。

 

ふと気が付いた。僕は東京に住んではいるけれど、東京についてよく知らないという事に。

東京でどこか案内してくれと言われても、オススメできるような場所を知らない。

 

しかしだからといって知らない、わからないでは恰好がつかない。

そして渋谷や新宿といったゲームでスポットが当てられた場所では、紹介した場所が既知である可能性も出てくる。

それはあまりにもつまらない。

 

そんな訳で、ゲームでスポットされていない場所を粗方調べた所、友人として紹介できそうなこの

高田馬場のボウリング場へ下見にやってきたのだ。

 

ボウリング場であれば彼の相棒、『モルガナ』からも合格点を貰えるだろう。

怪盗団として、鍛錬に繋がるような遊びでないと却下されかねないからね。

 

……本当は吉祥寺にあるボウリング場がオシャレで利便性もあるから、そこを勧めたかった。

ところが、この世界には前世にあった筈のボウリング場が存在していなかったのだ。

そういえばあそこのボウリング場がオープンしたのは2020年以降だったような記憶がある。

まぁつまりは、そういう事だろう。

残念。

 

「とはいえ、自分で紹介したボウリング場で、ショボいスコアを叩き出すというのも―――

 ねっ!」

 

流石にある程度体面は取り繕いたい。

もしかしたらこういった場所で学生らしく、友人たちと遊ぶ未来があるかもしれない。

その時の為にも、練習は必要かな。

 

あっ、ストライク。

 

 

 

 

 

 

「そんで、手ェ上げちまったんだ。どうしても許せなくて……我慢できなかった」

 

「そんな事が……」

 

いよいよ本格的な寒さが訪れ、冬の到来を予感させる11月。

放課後、日が沈みつつあるこの時間に、秀尽学園の屋上に来ていた。

 

菜園プランターと共に机と椅子が雑多に置かれ、立入禁止とされているこの場所で、ある青年の話に耳を傾けている。

重要人物の一人である『坂本竜司(さかもと りゅうじ)』の話に。

 

「待ってましたと言わんばかりに騒ぎ立てられて……そのまま、廃部にされちまった……」

 

「あぁ……」

 

ブレザーの下に黄色が派手なTシャツを着込み、裾上げしたスラックスに下ろしたサスペンダー。

更に真っ白なベルトを着用し、短い金髪に短めの眉というなんとも威圧的な見た目の男子。

正にモンキー……ではなくヤンキー然とした彼こそが『坂本竜司』である。

 

坂本竜司(さかもと りゅうじ)』。

元陸上部所属であり、ペご主や高巻さん、鈴井さん、そして僕と同じ同学年生。

『戦車』のアルカナを持ち、高巻さんと同じ『心の怪盗団』にして初期メンバーの一人だ。

彼はペご主と共に異世界へと迷い込み、後にペルソナ使いとして力に目覚める事になる。

 

「情けねーよな……目ェつけられてるってわかってたっつーのに、結局感情的になってよ」

 

「人の神経を逆撫でするような言動をされ続けたんだ。むしろ怒って当然だと思うよ」

 

何故「元」陸上部なのか。それは今彼が語っている話に関係している。

劇中前、つまりはペご主がこの学園に編入する前に起きた事件。そしてつい最近起きた事件。

 

もうお分かりだろう。皆大嫌いキング・オブ・クズ、『鴨志田 卓』の仕業だ。

 

あの輩は、自らが率いるバレー部を唯一無二とする為に、他に実績を持つ陸上部を攻撃した。

無理矢理陸上部の臨時顧問に就き、練習とは名ばかりの体罰を部員達に仕掛けたのだ。

中でも陸上部のエースであった竜司に目をつけ、彼の家庭環境を持ち出し、人身攻撃をする事で怒りを煽って自身に手を上げるよう仕向けた。

 

……そして、手を上げられた所を「暴力事件だ」と騒ぎ立て、陸上部を廃部に陥れたのだ。

 

「あーそうだ、お前の言った通りあの野郎マジで俺の脚狙ってきやがったよ」

 

「なに!? 大丈夫だった!?」

 

「平気だぜ。殴った後掴みかかってきてよ、膝蹴飛ばそうとしてんのがわかったからすぐ突き飛ば

 したんだ。腹に一発貰っちまったけど、大したことねえよ」

 

「そっか……取り敢えずは良かったよ、竜司に大事無くて」

 

「鴨志田が俺の脚潰そうとしてるって、お前が教えてくれたお陰だ。ありがとな、九十九」

 

「……ううん、僕はお礼を言われるような事はしてないよ竜司」

 

原作において、竜司は片足を鴨志田によって壊されている。

竜司の「膝を治したい」という発言、鴨志田の「もう1本の脚もやってやる」、「学校が正当防衛にしてくれる」という発言から、竜司の脚は過度な練習で壊れたのではなく、鴨志田に返り討ちに遭ったことで膝を壊されたのではないかと考えた。

 

そこで竜司に直接、「鴨志田が竜司の脚を、膝をぶっ壊してやると独り言を呟いていた」と告げておいた。勿論嘘ではあるが竜司の脚をあのクズが壊そうとしているのは紛れもない事実だ。

竜司はすぐに信じてくれた。

 

この世界線において、高巻さんと鈴井さんを通じて竜司と交友関係を持つ事に成功した。

竜司としては、高巻さんと仲良くなれた異性がどんな奴なのか気になったとの事だったが、そこからすぐに僕を “良いヤツ” だと認定してくれた。

僕が竜司の言う鴨志田の悪虐っぷりを信じたというのが大きいようだ。

 

まぁ僕は始めから真相を知っているのだから当然なんだけども。

 

そうして僕は『坂本竜司』と交友を結び、尚且つ脚の負傷を回避させる事が出来た。

劇中前の介入はこれが精一杯だった。流石に廃部に関しては僕ではどうする事も出来ない。

そもそもこの事件がいつ頃起こるのか全くわからなかったからね。

 

「そういえば竜司、君のその恰好は……」

 

「あん? あー、この恰好な……やっぱ似合ってねえかな」

 

「そんな事はないよ。むしろそっちのほうが自然というか、竜司っぽさを感じる」

 

「いやそれもそれでどうなんだ?」

 

竜司は思わず笑みをこぼした。

設定資料にも記載されていたが竜司の地毛は黒だった。今はすっかり原作通りの金髪だ。

正直、自分の目で直接見る本物の『坂本竜司』はゲームで見たものより美形だと思う。

 

「この恰好は~……まあなんつーか、反抗心? みたいな?」

 

「反抗心?」

 

「おう。……結局あの後さ、俺の話をまともに聞いてくれるヤツなんて九十九ぐらいで、どいつも

 こいつも碌に事情も知らねえクセに、俺のしでかしたことを責め立ててくるばっかでさ」

 

「あぁ、それは鬱陶しいね……」

 

「だろ~? 流石に頭に来てよ。『そんなに問題児扱いしてぇならお望み通り問題児らしくしてや

 るよ!』、ってな具合でこうなった」

 

「なるほど、それでヤンキースタイルに」

 

「ヤンキースタイルて。でもまあ、俺に直接言ってくるやつはガッツリ減ったな。遠巻きに陰口言

 う連中はいっけど」

 

「そんな箸にも棒にも掛からない連中無視したほうがいいよ、疲れるだけだからね」

 

「だな、わかってるぜ!」

 

竜司が現在の不良スタンスに至った理由は、一プレイヤーであった頃から想像した通りだった。

まあそんなところだろうな、と。

そして改めてわかる秀尽学園の民度の低さ。

 

僕が竜司と友達である事に対し、「坂本に脅されて無理矢理付き合わされている」とかいう戯言をほざく輩の多いこと多いこと。控えめにいって地獄に堕ちてほしい。

こんな連中が社会に解き放たれるのだから、世が末にもなるよね。

 

「……実を、言うとさ」

 

「ん?」

 

「お前だから言うけどよ……俺がこうしてる理由は、もう一つあってさ」

 

そう語る竜司をふと見ると、目線を逸しながらばつが悪そうに頬を掻いていた。

え? もう一つ?

 

「……アイツらの……為でもあんだ」

 

「あいつら? ……! もしかして陸上部の?」

 

「ああ。……結局さ、どう言い繕ったトコで俺が部をダメにしちまったのは事実だろ?」

 

「いやそんな事は」

 

「いーんだ、俺が一番よくわかってる。けどさ、アイツらはなんも悪くねえんだ。鴨志田の理不尽

 なシゴキをずっと我慢し続けてた。……俺だけが、耐えられなかった……」

 

「竜司……」

 

「だから……俺が、俺だけが泥を被ればいいって、思い立ったんだ」

 

「え、それって……」

 

「俺一人が素行不良の問題児、んでもって他の連中は一切問題ナシって話になりゃあ、もしかした

 らいつか、陸上部の復活、考えてもらえっかも知れねえだろ?」

 

「竜司……!」

 

「ま、鴨志田がこの学校にいる間は無理だろうけどよ。それでも、俺にできんのは精々そんなもん

 ぐらいだからさ。罪滅ぼしっつったらアレだけどな」

 

へへっと照れくさそうに竜司は笑って見せた。

え、嘘……竜司が人情家なのはわかっているつもりだけど、そんな事まで考えていたのか!?

想像だにもしなかった告白に驚きを禁じ得ない。

 

竜司……君は……君ってやつは……!

 

「竜司、この後時間はあるかい?」

 

「へ? まあ特にやることもねーし時間ならあっけど」

 

「それならこの後2人でどこか食べに行こう。君の漢気を評して今日はなんでも奢るよ」

 

「は!? マジで!? なんでも!?」

 

「大マジ、なんでも。寿司でも肉でもラーメンやもんじゃでも。竜司が食べたいものを好きなだけ

 食べてくれて良い。今日は僕が全部持とう」

 

「マジか! サンキュー九十九!」

 

感極まったのか竜司は僕と肩を組んできた。首に竜司の腕が食い込んでちょっと苦しい。

竜司にはこのくらいの報いがあって然るべきだと思ったんだ。

 

「俺……お前がいてくれて……マジよかったわ……」

 

「泣くなよ竜司、大袈裟だなぁ」

 

僕と肩を組んだままグスグスと男泣きをしている。

竜司ってこんなに涙もろかったかな。

 

「バカヤロ、大袈裟なもんか。誰もまともに話も聞いてくれねえ中、お前だけは聞いてくれたじゃ

 ねえか。お前がいなかったら、ゼッテー俺は一人さびしく腐ってた……」

 

「……」

 

原作の竜司はこの事件後、ペご主が転入してくる日まで一人孤独な学校生活を送る事になる。

それも学校のあらゆる人間から後ろ指を指されながら。

そんな環境に身を置く事が、一体どれだけ彼の心を蝕み神経がすり減らされたのか。

僕にもわからない。

 

「そんな惨めな思いしないですんでんのは、九十九がいてくれたからだ。ほんと、あんがとな」

 

「……そんなの気にしないでよ竜司。僕たち友達だろ?」

 

僕は卑怯だ。

『坂本竜司』がどんな人間かを知っているからこうして接せている。

果たして前知識なしに、偏見や先入観を持つことなく彼に対して向き合えていただろうか。

僕は、卑怯だ。

 

「おう! そうだな! 俺たちは一生ダチだ! これからもよろしくなダチ公!」

 

「うん、これからもよろしくね竜司」

 

いずれ裏切る日がやってくる。

そんな事を露程も考えない竜司は、僕に屈託のない笑顔を向けた。

 

心が、ズキリと痛んだ。

 

 

 

 

 

 

1年の終わりを告げるような雪が、都心の空にて舞い散る12月。

今日はとある場所をこの目で確認したく現地調査に赴いていた。

そして―――。

 

「うん……うん……うん、此処だね、間違いない。記憶にある光景と一致してる」

 

見つけ出した。

 

大型の屋外ビジョンを備え付けた高層ビル。

赤い丸を半分に斜め切りして、ずらしたようなロゴが描かれた屋上看板があるビル。

建物と建物の間を繋ぐ連絡通路。

スクランブル方式の交差点。

茶を基調色としたヘリンボーンタイルの歩道。

 

この通りが一体なんなのかというと……。

 

「3か月後にこの場所で……芳澤姉妹は事故を起こす訳か……」

 

そして、『芳澤かすみ』は死亡する。

 

『ペルソナ5R』におけるキーパーソンである『芳澤姉妹』。

その片割れである『芳澤かすみ』は劇中開始時点で既に故人となっている。

 

来年の3月、雨が降りしきる日に駅へと向かう帰り道、この場所でその短い生涯を閉じる事になるのだ。逆に言えば、今はまだ無事で彼女は生きている。

 

この場所自体は、芳澤姉妹が所属しているクラブの所在地を調べ出し、そこから駅までのルートを検索した。そして今日実際に現地へ足を運んだ次第だ。

 

……もうお分かりだろう。何故この場所をわざわざ確認しに来たのか。

 

そう、『芳澤かすみ』が死亡する事のないように立ち回る為だ。

 

『芳澤かすみ』が死亡してしまうと、その妹である『芳澤すみれ』が紆余曲折を経た末に『心の怪盗団』に参入してしまう。これを防ぎたい。

はっきり言って彼女の存在は、今の僕にとって厄介でしかないのだ。

 

芳澤すみれが本格的に怪盗団入りするのは再来年の1月、3学期。

つまり、悪神を打ち滅ぼした怪盗団がその後に丸喜先生と対決するタイミングとなる。

よりにもよってそんな大事な時期に参戦してくるのだ、勘弁してほしい。

 

しかしこれは、裏を返せば芳澤すみれが戦いの舞台から降りても問題ないという事でもある。

何故なら、芳澤すみれは諸悪の根源である悪神との決戦に参加すらしていないからだ。

それまでの戦いに彼女の存在はほとんど意味を成さない。

 

ならば話は早い。

舞台から早急に降りてもらい、怪盗団と何ら関わりのないただの一般人として生きてもらおう。

それが最も無難なのだ。

 

「その為にも、僕が頑張らないとね」

 

たとえ凡人以下の非才の身であろうとも、未来を掴めるのだと信じたい。

 

他者の未来ですらも、掴めるのだと。

 

 

 

 

 

1/3 SUN

 

 

明けましておめでとうございます。

 

新年のご挨拶と言わんばかりに突き刺すような寒風が吹く1月。

遂にこの年を迎えた。

 

本年は怪盗団が世界を頂戴するめでたい年だ。

まぁ丸喜先生と僕が横から掠め取らせて頂く訳だが。

 

その覚悟は……とっくの昔に出来ている。

 

さて、今日は純喫茶ルブランへ伺いに出掛ける。

惣治郎さんに新年の挨拶と……ほんの少しお願い申し上げる為に。

 

更にちょっと午後から出版社のほうにも顔を出さねばならない為、学生服を着用していく。

スーツを着ていくより何故か受けが良い。明智が常に制服姿である理由がなんとなく垣間見える。

 

ふと、姿見に映った自身を眺めた。

 

学園指定の黒のブレザー、下にはオーダーメイドの白い襟高シャツに深い青紫のジャガードタイ。

スラックスに付属していたサスペンダーは取り外した。この手の物は好きになれない。

耳を覆うほど長い灰色の髪、灰がかった青緑色の瞳。丸みのある童顔。

 

これが、この世界で第二の生を受けた今の自分の姿だった。

 

※村上九十九

 

【挿絵表示】

 

「(今にして思うと、こんな容姿な時点で疑問を持つべきだったんだけどね)」

 

前世の記憶から考えればこんな容姿は普通あり得ない。なんだこの髪と瞳の色は。

『不死鳥戦隊フェザーマン』の存在でこの世界がペルソナ世界である事に気が付いた。

もっと早く気付けたと思うのだが。

 

「(何故かこの容姿をおかしいと思えなかったんだ……)」

 

それがこの世界の常識だからなのか。想像以上にこの世界の住人はカラフルだ。

生まれた時からこの世界の常識に自意識が浸食されていたのかもしれない。

 

「まぁ、無個性でない事に感謝するべきかな」

 

この学生服のアレンジも、僕が他の生徒に紛れないようにした結果だ。

ペご主を含めて、怪盗団入りする秀尽学園生は6人いるのだが、その中で制服を規定通りに着用しているのはなんとたったの2人だけなのだ。後の4人は各々着崩している。

これで僕も晴れて着崩し組の仲間入りだ。

 

さて、身だしなみの確認はこのくらいにしてそろそろ行こうか。

 

 

~~~

 

 

ルブランが営業している事は確認済みの為ドアを開けて入店した。

カランカランとベルの音が鳴り響く。

惣治郎さんはこちらと目が合うと柔和な笑顔を見せてくれた。

 

「おう、お前さんか。いらっしゃい」

 

「はい。明けましておめでとうございます、惣治郎さん」

 

「あいよ、明けましておめでとう」

 

定番である正月の挨拶を交わす。

面倒くさがらずに対応してくれるのだから惣治郎さんとはすっかり打ち解けられたと思う。

店内にいる客は自分1人だけなので遠慮なくカウンター席に座った。

 

「早速ですが、初カレーと初アイスコーヒーをお願いします」

 

「んなメニューねえよ。普通に言え普通に」

 

新年を迎えて食べる初めてのカレーは是非このルブランで頂きたかったのだ。

何を注文されるか察していたであろう惣治郎さんは呆れながらもすぐさま用意してくれた。

なにか僕って惣治郎さんに呆れられてばかりだね?

 

「ほらよ。というかお前他に行くとこはねえのか? 新年早々うちに来てどうすんだよ」

 

「ありがとうございます。うーん、むしろ新年だからこそここへ来たって感じですねぇ。これから

 もお世話になりますから、惣治郎さんに挨拶したいなと思いまして」

 

「そうかよ、そりゃ律儀なこって」

 

ほんの少しだけ、嬉しそうに笑ってくれた。

惣治郎さんはいつも魅力に溢れているなぁ、とそんな事を考えながらカレーを頬張る。

ここのカレーはいつ食べても本当に美味しい。飽きが来ない。

 

……さて、そろそろ本題を切り出そうか。

 

「そういえば年をまたぎましたが大掃除は済ませました?」

 

「あん? また変な事聞いてきやがったな。なんだ突然」

 

「以前掃除させて頂いた時に2階のほうも見させてもらったのですが……その、ちょっとあれは」

 

「上見たのか……あそこは物置きだからなぁ。その内片付けねえととは思っちゃいるんだが、如何

 せん面倒でな。先延ばしにしちまったんだよ」

 

「あれは良くありませんよ。下手したら衛生害虫が出てきちゃいますって」

 

「まあそうなんだけどよ……あ、なんだったらお前が掃除してくれてもいいんだぜ?」

 

よし! 掛かった!

惣治郎さんはしたり顔で、上手く躱したつもりだろうけどその言葉が欲しかった!

 

「おや、良いのですか? 任せて頂けるのなら喜んでやりますよ?」

 

「ほんとにやるのかよ……冗談のつもりだったんだがな……」

 

「ふっふっふ、言質は取りましたよぉ」

 

「ったくしょうがねえな……あー、ほんとにお前が掃除すんのか? 結構きたねえぞ上は」

 

知ってます。ゲームをプレイして何度も見てきましたので。

あの時の衝撃は今でも覚えている。初見プレイ時思わず「うわきったな!?」と声が出た。

 

あの汚部屋はあんまりですよ惣治郎さん……。

 

「うーん、そうですねぇ。確かにあの部屋を掃除するのは中々骨が折れそうですね……不要品なん

 かもあるでしょうから、そういったものも処分しなければなりませんし……」

 

「まあそうだろうな。んじゃあどうするよ」

 

「ここはやはり、プロにお任せするのが手っ取り早いかと」

 

「は? プロ? ……業者入れるってことか?」

 

僕がやっても良いけれどアレは絶対1日じゃ終わらない。

中途半端な事やるくらいなら清掃業者に任せたほうが早いし確実だ。

餅は餅屋っていうしね。

 

「……んな金ねえよ。見てみろ、この閑古鳥具合を。自分で言ってて悲しくなるぜ」

 

「あぁ大丈夫ですよ。僕がお支払いしますから」

 

「は、はぁ? お、お前が払うの?」

 

惣治郎さんは僕からの申し出に目を白黒させている。

まぁ当然の反応だとは思うけれどそれが一番手っ取り早いのだ。

その為の軍資金は既に確保済み。どうせ来年には露と消えゆくあぶく銭。

何も問題はない。

 

「ですので、都合の良い日を教えて頂ければと。その日に作業するよう手配致しますので。あぁ後

 惣治郎さんが必要だと思う物を仕分けて頂けると助かります。不要品は業者に回収してもらいま

 すので」

 

「……前々から思ってたんだけどよ、なんでお前うちの為にそこまでしてくれんだ? うちなんか

 ただの寂れた喫茶店だぞ。何がお前をそうまでさせんだ?」

 

おっと勢いじゃ誤魔化しきれなかった。

不審に感じるのは当然だと思いますが、それでも押し通らせてもらいます。

これは僕にとって必要な行程なのですよ、どうしてもね。

 

「え? それは勿論好きだからですよ? 推していると言い換えてもいいですね」

 

「す、好きだから? この店がかぁ? 好きだからってそこまでやるか……?」

 

「好きなコンテンツにお金を落とすのはオタクの性ですからね。ついでに言えば惣治郎さん含めて

 好きなんですよ僕は。金は天下の回りものとも言いますしあるなら使わないと」

 

「サガねぇ……わかりきってたことだが、お前は本当に変わりモンだよ」

 

「よく言われます。あ、気が引けるのでしたら僕のお願いを聞いて頂けたらな~、なんて」

 

「お願い? なんだ、言ってみろ」

 

「僕へのコーヒーに愛情を注いで頂けると。こう手でハートマークを作って、『おいしくなー

 れ♡』とおまじないを―――」

 

「そうかそうか、お前はそんなに出禁になりたかったのか」

 

「すみません冗談です、今のは無かった事にしてください」

 

笑顔で物騒なことを言うのは御控えなすって!

 

でも今のやり取りからは手応えを感じた、上手く誤魔化せたと思う。

この店、延いては惣治郎さんの事が好きなのは間違いなく事実ではあるのだ。

 

「ハァ、まったくお前と話してると調子狂うぜ……わかった、そこまで言うならお前に任せる。

 仕分けは今度俺がやっとくから、とりあえず今日は都合のつく日を教えるだけでいいな?」

 

「ありがとうございます! 宜しくお願いしますね」

 

「なんでお前が礼を言うんだよ。とことん変なやつだなお前は」

 

苦言を呈しながらも、惣治郎さんはどこかまんざらでもなさそうな表情を浮かべている。

危ない橋を渡っている自覚はあるので内心ヒヤヒヤしていたが、なんとか無事に言いくるめる事が出来た。

 

これでペご主の自室となる屋根裏部屋を整えられる。

あぁ後、清掃も2階だけに限定しないと。双葉の盗聴器を見つけられでもしたら洒落にならない。

一先ず上手くいって本当によかった。

 

残り数ヶ月。

 

あと少し……あと少しだ。

 

 

 

 

 

 

「ふふ……これで良し、と」

 

まだまだ厳しい寒さに身を震わせ、春の暖かさが恋しい2月。

その月末に今、一仕事を終えたところだ。人に見られる前に早急に現場から離れる。

一体何をしていたのかというと……。

 

鴨志田宛てに、()()()()()()()を置いてきたのだ。

 

去年集めた鴨志田による暴力行為の証拠品、そこに脅迫状も添えて。

それらをお菓子缶に入れた詰め合わせセットを体育教官室の机にそっと置いといた。

鴨志田が教師を続けるにあたって致命的な品物だ、こちらの要求に従わざるを得ないだろう。

 

脅迫状の内容はこうなっている。

 

 

 前置き等は抜きと致しまして、鴨志田先生へお願い申し上げます。

 

 バレー部所属部員『鈴井志帆』への暴力行為をご遠慮願えますでしょうか。

 

 もしこちらの所望を聞き入れて頂けない場合には、誠に残念では御座いますが、

 鴨志田先生のご活躍を収めましたこれらの品々を各所へご送付させて頂きます。

 

 マスコミ各社、インフルエンサー、動画共有サービス等に匿名でお送りし共有したいと

 考えております。

 

 そうならない為にも、大変恐縮では御座いますが、何卒ご協力の程宜しくお願い致します。

 

 【追記】

 あくまで『鈴井志帆』の「保護」が目的ですので、それさえ守って頂ければ問題御座いません。

 他バレー部員、他生徒につきましてはこちらからは一切関知致しません。

 『鈴井志帆』の卒業まで、何卒宜しくお願い致します。

 

 

 

文章はパソコンで打ち出した印字の為、筆跡を辿る事は出来ない。

これで鈴井志帆が鴨志田から被害を受ける事は無くなる筈だ。

 

そう、あくまで鈴井志帆だけは。

 

意図的に鈴井志帆以外の生徒になら、手を出しても構わないと受け取られる文章を書いた。

鈴井さん以外の生徒は今後も被害に遭い続けるだろう。

 

こんな事をした理由は一つ、「鴨志田に改心すべき悪党でい続けてもらう為」だ。

 

もし全生徒を対象にして暴力行為をやめるよう促した場合どうなるか。

その場合過度に委縮してしまい、あらゆる悪事をやめてしまいかねない。

 

それは困る。

ペご主が事態を解決してくれなくなるどころか、ペルソナを覚醒させる切っ掛けも失ってしまう。

『心の怪盗団』は結成されず、悪党どもは野放し、当然悪神も討滅されない。

これでは何も意味がない。

 

他にも、自暴自棄になった末に後先考えず暴走される危険性もある。

ペご主が来る前に大事件でも引き起こして警察沙汰に、なんてされたらたまらない。

 

そうならない為にも、鴨志田が妥協できる範囲内で要求を通す必要があったという訳だ。

 

……これにより、きっと他生徒へそのしわ寄せが及んでしまうかもしれない。

でも僕の知ったことではない。

 

鴨志田自身も言っていた。

「実績にあやかりたい大人や、勝ち組願望のある生徒達が進んで守ってくれた」と。

こんな地獄を作り上げたのは、結局の所生徒を含めたこの学校の人間達だ。

 

自分達で作り上げた地獄なのだから、自分達でとっくり味わえばいい。

それ程までに、他の秀尽学園生達に関心が持てない。

頗るどうでもいい。

 

「まぁ大丈夫だろうけどね、最後には皆救われる」

 

そう、どうせ最後には皆平等に救われるのだから。

丸喜先生の理想世界によって。

 

だからこそ、何も心配はいらない。

 

勝つのは僕達だ。

 

 

 

 

 

 

冬から春へと移り変わるように、出会いと別れの季節でもある3月。

いよいよ僕の仕込みも大詰めだ、今月は忙しくなるけど最後まで気張っていこう。

 

今日は3月の上旬、そして放課後の時間帯。

今いる場所は、芳澤姉妹が事故を引き起こす例の通りに立っている。

 

芳澤かすみが車に撥ねられる寸前に介入して彼女達を救出する。

遂に直接的に運命を捻じ曲げる時がやってきた。

 

事故が起きるのが今月であるというのは把握しているものの、日にちまではわからない為、取りあえず天気予報を見て雨の日にはここを張り込みしている。

 

ちなみに今日で3日目。他2日間は何事もなく無事に芳澤姉妹が通り抜けたのを確認した。

芳澤すみれが暗い顔で俯いているのが印象的だったけど……。

 

あぁそれと芳澤姉妹に僕の存在を記憶されては困る為、一応変装をしている。

黒のサングラスに家庭用マスク、茶色のレインコート、そして黒の折りたたみ傘をさしている。

レインコートの下は普通に制服なんだけども……学校帰りではこれが限界だった。

スクールバッグにもレインバッグカバーを被せているから特定は出来ない……筈。

 

正直スマホがあるとはいえ、雨の日にここで突っ立ているだけというのは思いのほか疲れる。

精神的にも辛いので不謹慎を承知で言うけどそろそろ進展が欲し―――。

 

「ちょっと、待ってよ~!」

 

―――どうやらその時がやってきたようだ。

原作において『芳澤かすみ』が死亡したのはどうやら今日だったらしい。

 

声がした方向を見ると、紫色の傘をさした芳澤すみれが人混みを掻き分けて足早に歩んでいた。

黄色の傘をさした芳澤かすみがその後ろから引き離されないよう必死に追いかけてきている。

 

確認は出来た。

アプリでタクシーを指定の場所に呼び出した後、スマホを折りたたみ傘と共にバッグにしまい、邪魔にならないよう通りの端に置いた。

 

横断歩道の一番手前に陣取る。滑らないようグリップ手袋を取り出し装着した。

準備完了だ。

 

「前見て! 危ないよ? ねえってば!」

 

さて、運命(シナリオ)を完膚なきまでに破壊しようじゃないか、いっそ喜劇のように。

お涙頂戴ものの台本なんてクソ喰らえだ。

 

全ては、僕達が勝つ為に―――!

 

 

★☆★

 

 

毎日が、この雨空のように憂鬱だ……。

その原因は……。

 

「今日も疲れたね。……? 具合、悪い?」

 

「……そんなんじゃない」

 

目の前にいる、瓜二つの顔をもった私の姉、『芳澤かすみ』。

私とは比べ物にならない程優しくて、強くて……完璧な存在。

 

私は、そんな姉と対極にある……出来損ないの存在……。

 

「なんで私ダメなんだろう……今日も失敗ばっかだったし……」

 

「急に背が伸びて視点が変わったからだって! すぐ慣れるよ」

 

かすみは自信満々に、疑い無くそう言い放った。

なんでそんな前向きな事が言えるの? 私がダメなのは今に始まった話じゃないのに。

 

「同じくらい練習してるんだけどな……優勝するのは、いつもかすみだけ……私、全然追いつけな

 い……」

 

「それはね、私の方がお姉ちゃんだからです!」

 

「 “同級生きょうだい” じゃん……」

 

「マジに返さないでよ!」

 

会話をすればする程惨めになる……もう嫌だ……。

かすみの太陽を思わせるような笑顔を見るのがつらい。

自分と同じ顔で……そんな明るい表情をされるのが……たまらなく、つらい。

 

「2人で世界を獲るんだよ? 私たちの夢」

 

「……かすみには……」

 

ビルの屋外ビジョンに映った、「新体操世界選手権大会」の広告を真っ直ぐ見据えながら、そんな夢想を口にするかすみ……。

 

もういい加減にしてよ……!

なんでそんなに私を信じられるの? なんで私の事諦めてくれないの?

どんなに頑張っても大会で入賞するのがやっとなのに……!

いつも表彰台に悠々と立っているかすみにどうやって追いつけっていうの……!?

 

「私の気持ちなんかわかんないよ……!」

 

「え……?」

 

吐き捨てるように本音を言い、駆けだした。

これ以上いっしょにいたくない……!

 

人混みを掻き分けて無理やり通り抜ける。

姉が私の名前を呼ぶ声が聞こえるけど無視した、声も聞きたくない。

 

どれだけ努力したって、私はかすみみたいになれない……!

かすみと比べられる毎日が、苦痛で苦痛で仕方ない……!

 

もうやめたい……もう逃げたい……もう、消えたい……。

 

もう嫌だ……もう嫌だよ……!

 

目の前の事が目に入らない。

今はただ、私と同じ顔をもつあの天才から少しでも離れ―――。

 

「すみれっ!」

 

一際大きく、悲鳴のような声に思わず驚き振り向いた。

 

車が、こちらに迫ってきている……!

 

横断歩道に、赤信号で侵入してしまったんだ―――。

その事を理解した途端―――。

 

何かに、力強く体を引っ張られた―――。

 

 

 

「うっ……」

 

いつの間にか、衝撃と共に横たわっていた。

目を開くと、そこには。

 

「かす……み……?」

 

自身の姉であるかすみが、目の前で同じように横たわっていた。

目をぎゅっとつむり、体を震わせている。

 

「かすみ……?」

 

名前を呼び、手を伸ばしてその頬に触れた。

すると、ゆっくりと目を開けて、私をじっと見つめてきた。

 

「すみ、れ……?」

 

「かすみ……」

 

「すみれ…………すみれっ!」

 

私を認識するや否や、かすみは私の両肩を掴んで上体を起こした。

身を案じるあまり動揺を隠せない声色で叫ぶ。

 

「すみれ! 大丈夫!? 怪我はない!? どこか痛いところとかない!?」

 

「う、うん……だ、大丈夫……」

 

「そっか……よかった……」

 

心の底から安心したかのようにホッとした表情を見せた。

そう思ったのも束の間―――。

 

「すみれ……危ないでしょっ!」

 

「!」

 

すぐさまその表情は怒りに染まり、かすみは怒鳴り声を上げた。

目にいっぱいの、涙を浮かべながら。

 

「もう! 急に道路に飛び出して! 危うく車に轢かれちゃうところだったんだよ!?」

 

「あ……」

 

そう、だった。

かすみから離れたい一心で、かすみの呼び止める声も聞かないで、一人で駆けだして……。

気付いた時には、車が、すぐそこまで迫ってて……。

 

「車に轢かれてたら……死んじゃってたかもしれないんだよ!?」

 

「っ!」

 

今更になって、自分が置かれていた状況を理解した。

 

私は……死にかけていたんだ……。

たまたま大丈夫だっただけで……轢かれても、おかしくなかった……。

 

その事を今ようやく飲み込んで、体が、死への恐怖で震えだした。

 

「お願いだから……いなくなろうとしないでよ……すみれがいなくなったら……私、どうしたらい

 いのか……わかんないよ……」

 

「―――」

 

それだけじゃない。

 

かすみを……お姉ちゃんを、巻き込むところだった……。

自暴自棄になるあまり……私か、お姉ちゃんか……或いは、2人ともか……。

 

涙が溢れてとまらない。

今こうして2人とも生きているのは……ただの偶然だった。

その事を、理解したから。

 

「あ……あ……お、おね、えちゃ……ご、ごめ……ごめんな、さ……」

 

「―――っ、すみれぇっ!」

 

謝罪を口にしようとしたところで、お姉ちゃんは、私を抱きしめた。

力いっぱい、抱きしめてくれた。まるでもう、離さないと言わんばかりに。

 

「わかってくれれば……いいよ……すみれが無事で……本当によかった……!」

 

「あ、あぁああぁ……ごめんなさい……お姉ちゃん……本当に、ごめんなさい……ごめんなさい!

 うっ、うえぇえええぇぇえんっ!」

 

幼い子供のように泣き叫んだ。

泣き叫びながら、お姉ちゃんを抱きしめ返した。強く強く、抱きしめ返した。

 

自分のバカな行動のせいで、大切なお姉ちゃんを失うところだったから。

 

こんな自分を、お姉ちゃんがどれだけ愛してくれているのかがわかったから。

 

色んな感情がごちゃ混ぜになって、涙になって溢れてくる。

そうして泣いていると―――。

 

「はい、どうぞ」

 

突然、視界の端からハンカチが現れた。

 

現れたハンカチを掴んで、涙と雨水に塗れたかすみの顔を拭ってから、自分の顔を拭った。

 

あれ? このハンカチはどこから出てきたんだろう?

 

ふと、そんな考えが頭をよぎったその時。

 

「美しい姉妹愛だね。でもごめんね。出来ればどいてほしいんだ。いやほんと、空気を読まず横か

 ら口出してごめんね?」

 

「え?」

 

何故か座り込んでいる自分達の下から声がした。

声がした方向を見ると……。

 

「え!?」

 

仰向けになっている人がいた!

よく見ると自分達はこの人の身体の上に座り込んでいた! まったく気付かなかった!

大した怪我もなく、体がそんなに痛くない理由もわかった。

 

この人がクッションになってくれたからだ!

 

「あっ、ああぁぁごめんなさいごめんなさい! 助けてくださった人を下敷きになんて! ずっと

 気付かずに! す、すぐどきます!」

 

かすみが慌ててそう言うと、私を抱きしめたまま引っ張り上げて立ち上がった。

クッションになってくれた人も続けざまに立ち上がる。

 

「(……あっ)」

 

改めて、その人の顔を見た。

 

レインコートのフードから覗かせるサラサラとした灰色の髪。

穏やかそうな目つきで灰がかったような青緑色のぱっちりとした瞳。

マスク越しでもわかる端正な顔立ち。

 

「(……綺麗な人……)」

 

助けてくれた事への感謝も忘れて、唐突とそんな感想を抱いた。

 

「2人とも無事でよかったよ。ちょっと待っててね、今集めるから」

 

そう言うと、吹き飛んだ私達のバッグと傘を素早く拾ってきてくれた。

桃色のバッグと黄色の傘をかすみに、水色のバッグと紫色の傘を私に手渡してくれた。

 

すると今度は、私が信号無視をしてしまったが為に危うくぶつかりそうになった、車の運転手に頭を下げてくれている。

 

「す、すみません、何から何まで……なんとお礼を言ったらいいか……」

 

「大した事じゃないから気にしなくていいよ」

 

かすみはそう口するが、その人はあっさりとした返事をした。

声色から本当に気にしていなさそうだ、清々しい人柄だという事が伺える。

 

「(女性の人……? でも……)」

 

顔立ちや声付きから女性の人かと思った。

でも身長や立ち振る舞い、体格からして男性のような気も……。

 

そこまで考えを巡らせてハッと気が付く。

 

「(私まだこの人にお礼を言ってない!)」

 

助けてもらった身だというのに未だお礼すら言えてなかった。

その事実に顔から火が出そうになるが、意を決してその人の手を掴みとって顔を見据えた。

 

「あ、あの! た、助けて頂いて……本当に……本当に、ありがとうございました!」

 

「うん、どういたしまして。事故に遭わないよう気を付けてくれれば、大丈夫だよ」

 

こちらを気遣うような優しい口調で、ゆったりと答えてくれた。

その優しさに、思わず顔が火照ってしまう……この人の事を、もっと知りたいな……。

 

「あ、あの……もしよかったら、お名前を―――」

 

「大丈夫ですかー!?」

 

その時、遠くのほうから声が響いた。

見ると警察の人達がこちらへ向かってこようとしている。

誰かが通報したか、近くの交番から駆けつけてくれたのかもしれない。

 

「あ、まずい」

 

その人は向かってくる警察官を見て、ぽつりと呟いた。

くるっと身を翻し、背中を向ける。

 

「じゃあ僕はこれで。申し訳ないけど、警察の人達への対応だけお任せするね」

 

「えっ、あっ」

 

この人が立ち去ってしまう前に、急いで声を掛けないと……!

これでお別れだなんて、少しだけ、寂しい。

 

「ま、待ってください! お名前だけ、お名前だけ教えて頂けませんか!?」

 

「あっ、な、名前!? え、えーっとねぇ……」

 

お名前を聞いてみたところ、何故か狼狽えるような様子を見せた。

そして。

 

「と、通りすがりの怪盗さ! それじゃあ2人とも、元気でね!」

 

「あっ!」

 

と、通りすがりの怪盗さん……?

 

私達を救ってくれた命の恩人はそう名乗ると、通りの端に置いてあった荷物を掴んだ。

そして、集まってきてしまった人混みに身を躱すようにして通り抜けていく。

 

「あっ! ちょ、ちょっと君! 待ちなさーい!」

 

そうして警察官の制止も聞き入れる事なく、その人は颯爽と走り去っていった。

その姿は、もう見えない。

 

「……行っちゃった」

 

「……うん」

 

これで、お別れになってしまうのだろうか……。

 

結局お名前を聞く事は出来ず、受け取ったハンカチも返せなかった……。

 

「(……ん? あれ?)」

 

よくよく思い返してみると、はたと気が付く事があった。

 

レインコートの下から見えていた、あの人が履いていたズボンに見覚えがある。

 

黒と赤のチェック柄をした、特徴的なズボン。多分だけどスラックス。

 

あれは、確か―――。

 

 

★☆★

 

 

「(まずいまずいまずいまずい! やらかしたっ!)」

 

裏路地を駆使してタクシーを呼び出した場所まで駆ける。

既に事故現場からは相当離れ、警察等の追手もいない。

レインコートとマスク、レインバッグカバーも外してバッグにしまい込んである。

 

「芳澤姉妹の救出」、それ自体は成功し目的を達する事は出来た。

だけど……。

 

「( “通りすがりの怪盗” ってなんだ!? バカか私は!)」

 

その顛末はあまりにもお粗末だった。

 

芳澤すみれに名を問われ、咄嗟に「怪盗」と名乗ってしまった……。

名前を尋ねられる事を想定しておらず、また現場へ警察が来てしまった事による焦り……。

本名は勿論のこと、「作家」や「学生」と言った立場が明確になるものを避けようとした結果、「怪盗」と口走ってしまった……。

 

来月から怪盗騒ぎが起きるっていうのに……。

 

これによって彼女達に声を聴かれた……話し掛けてしまったのだ……。

当初の予定では、芳澤姉妹救出後は声を掛けることなく速やかに現場を離れる予定だった。

 

2人を引っ掴んで抱えた後、そのまま後方へと飛んだ。

姉妹が怪我をしないようにと抱き抱えて自身の体をクッションにしたのだが……これがよくなかった。

当たり前のように姉妹の下敷きとなり、動けなくなってしまったのだ。

あの状態から脱出する事は出来ず、しかも2人揃って僕の存在に気付いていない。

あのまま長居してしまえば駆け付けた警官から逃げられない為、声を掛ける他なかった……。

 

「(というか目まで見られた! サングラスはどこ行ったんだ!? )」

 

おまけに背中から着地した際に衝撃でサングラスが外れてしまった。

目に見える範囲でサングラスを見つける事も出来なかった……。

 

こんな事なら予備を用意しておけばよかった……。

 

今世における僕の容姿は前世と打って変わって全くの別物だ。

髪もそうだが目も黒目じゃない、灰がかったような青緑色の瞳という特徴的な目……。

この目を見られてしまった……。

 

自分の顔が無個性でない事が完全に裏目に出ている、もう最悪だ。

 

「(データロードがしたい……! ロードしてやり直したい……!)」

 

そんなものはないと知っていて尚。

ゲームではないこの世界で、やり直しなど出来ないとわかっていて尚……。

 

思わずリセットに縋りたくなる程の惨状に、もはや溜息しか出ない。

 

裏路地から出た先の、指定した場所には既に呼び出したタクシーが待機していた。

すぐさまドアを開けてもらい乗車する。

 

「遅れて早々すみません、お手数ですがこの地図の通りに目的地へ向かって頂けると」

 

「えーと……あ、目的地に大回りして向かう形ですね。わかりました、それでは出発します」

 

事前に印刷して道筋を書き込んだ地図を運転手さんに手渡す。

バッグに入れてある水ペットボトルを取り出し喉を潤した。

 

外の景色に視線を向ける。雨はまだまだ止みそうにない。

 

「(芳澤かすみに、芳澤すみれ……)」

 

先程出会った2人の少女に思いを馳せる。

 

黄色の傘を差し、桃色のスポーツバッグを肩にかけて、 黒と黄色が基調のジャージを着用。

こげ茶色の髪を赤いリボンでポニーテールに結い、左目の下に所謂泣きぼくろを持った少女。

彼女が芳澤姉妹の姉、『芳澤かすみ』。

そして……。

 

『芳澤すみれ』。

紫色の傘に、水色のスポーツバッグ、そしてかすみと同じデザインのジャージ。

長く伸ばした赤い髪をストレートにおろし、黒縁の眼鏡をかけていた少女。

彼女が芳澤姉妹の妹である『芳澤すみれ』だ。

 

『信念』のアルカナを持ち、原作において最後の最後に『心の怪盗団』へ加入する仲間。

丸喜先生と同じく『ペルソナ5R』にて追加された登場人物の一人。

 

「(流石公式から「美少女」と紹介されているだけあって整った容姿だったね)」

 

2人揃って目が覚めるような端麗さだと僕も感じた。

別に推しじゃないんだけどね。

 

さて、『芳澤姉妹』を救出した理由は勿論『芳澤すみれ』が怪盗団入りする事を防ぐ為だ。

実はそれ以外にもう一つ理由がある。

 

「(原作通りに進行させた上で丸喜先生に僕が味方をすると困った事態になるんだよね……)」

 

原作通りに進行……即ち、「『芳澤かすみ』が死亡した状態で3学期ルートに突入」した場合だ。

 

丸喜先生の理想世界が成ると、願いが叶って皆が幸福でいられる世界になってくれる。

なってくれるのだが……意外と融通が利かなかったりもする。

 

その最たる例が正に『芳澤すみれ』にある。

 

彼女が原作で願った内容は……まさかの「自身の消失」である。

事故で死亡したのは『芳澤かすみ』ではなく『芳澤すみれ』である事を願ったのだ。

 

これの何が困るかと言うと……。

 

「(形として僕が自身の幸福の為に彼女を生贄にしようとしている絵面になるんだよねぇ……)」

 

かすみもすみれも無事に生きていられる世界になればいいと思うのだがそうならなかった。

すみれが自分自身を受け入れて、立ち上がって前に進もうとしたにも関わらず、丸喜先生は元々のすみれの願いを叶えようとするのだ。意地固にも程がある。

 

この有り様で僕が丸喜先生に肩入れすると、すみれの覚悟を踏みつけて彼女の存在を否定し、自分だけ幸福に浸ろうとしている、というとんでもない絵面になるのだ。

 

こんな最低な絵面では怪盗団の面々に同情される所か、反感しか抱かれない。

非難轟轟間違いなしだ。

 

それを避ける為にも「芳澤姉妹の救出」は必要不可欠だったという訳である。

 

「(いまいち上手くいかなかったけど……そこはもう諦めるしかないな……)」

 

もうこれ以上出来る事はない。

学校で鉢合わせるなんて事にならなければいいのだが……。

 

「(2人が僕という人間を忘れてくれるのを祈るしかないかぁ……)」

 

彼女達が無事に舞台を降りて、ただの観客に成り果てる事を願った。

 

 

 

 

 

 

計画通りとは言い難いが芳澤姉妹救出に成功した3月。その中旬。

今日はいよいよ武器の調達をしたいと思う。

 

渋谷のセントラル街、その裏通りに存在するミリタリーショップ。

怪盗団が終始お世話になる武器屋さん、その名も『Untouchable(アンタッチャブル)』。

 

緑色のネオンに輝く看板で店名を強調するその店は、如何にも硬派でマニア向けであると雰囲気から窺い知る事ができた。

 

「(まぁパチンコだの光線銃だのも置いてあるんだけど)」

 

ゲームで幾度となく利用したこの店が現実に存在し、目の前にあるという事実。

この体験は何度経験しても感動に打ち震えてしまう。

 

「では早速……失礼します」

 

息を整え、ガラス戸の扉を押し開けた。

 

入店して早々、あらゆる種類を網羅し取り揃えられた数多くのモデルガンが目に入る。

 

それ以外にも、迷彩服やメット、防弾ゴーグルにガスマスク、多種多様なアタッチメント類、メンテナンス道具が所狭しと陳列されていた。

 

マニア向けでありながら、あらゆるニーズに応えていると一目でわかる豊富な品揃え。

正しく男心を擽られる光景だろう。感服するしかない。

 

「……いらっしゃい」

 

小さくも威圧的な声色で歓迎を意味する言葉を投げ掛けられた。

視線を向けるとカウンターになんとも柄の悪い強面の男性が、雑誌を手にしながらこちらを睨み付けるように見つめている。

 

即座に小さく会釈をすると、男性は視線を雑誌に戻した。

 

「(おぉすごい本物だ! 本人だ! なんという近寄り難さ!)」

 

真っ黒のシャツに灰色のフード付きロングコート、灰色のワークキャップに黄色のイヤーマフ。

丸刈りかつ無精髭という人を寄せ付けない容姿と雰囲気をもつこの男性。

 

岩井宗久(いわい むねひさ)』。

このミリタリーショップ『Untouchable(アンタッチャブル)』の店長。

最初から最後までお世話になる、『刑死者』のアルカナを持った主人公の協力者の一人。

ゲームではコープ解禁に面倒な条件を引っ提げてくる困ったお人。

 

この人もまた込み入った諸事情を抱えているのだが……それを解決するのは僕でない。

 

「(今日は僕が使う武器を見繕いに来た訳だしね)」

 

モデルガンでは武器にならない、と思うだろうがそれはこっちの現実での話。

認知の異世界で構えれば銃弾を発射できる凶器に早変わりだ。

それはモデルガンの精巧さ、リアルであればあるほど効果を増してくれる。

 

「(でも銃の種類は被りたくないなぁ)」

 

飾られているモデルガンを眺めながらそんなことを考える。

 

ハンドガンやショットガン、サブマシンガン等のメジャーな銃種は既に押さえられている。

怪盗団各メンバーに既に割り振られているからだ。

 

そうなってくるとマイナーな銃しかないんだけど……。

何か良いのはあるかな。

 

「ん、これは……」

 

ふと目に付いたのは、スマートで飾り気のないモデルガン。

 

名称は……『リングラムM11』。

 

「へぇ……マシンピストル……」

 

片手でも扱える拳銃でありながら、連射機能を有した武器。機関拳銃とも呼ばれている。

そして、マシンピストルは誰も使用していない銃種だ。

 

「これいいねぇ……とてもいい……」

 

マシンピストルのモデルガンは他にもあるのだが、真っ先に目に付いたこの銃。

『リングラムM11』の造形美に心を惹かれたのだ。

 

これがいいなぁ……よしこれにしよう。

 

じゃあこの銃の一番高価でリアルなものを―――。

 

「(……ん?)」

 

今になって気が付いた。

 

岩井宗久が座っている椅子、その後ろにある、ライフルが立て掛けられている机。

その机の上に、モデルガンが三丁程置いてある。

 

他のモデルガンとは比べるべくもない、本物にしか見えないモデルガンが。

 

「(いや、しかもあれって……)」

 

その内の一つは、今正に欲していた『リングラムM11』だ。

商品として売られているほうの『リングラムM11』とは桁違いの出来だとわかる。

 

そこまで複雑な機構ではないのにここまで差が出るものなのか……。

 

「(そういえば岩井宗久はそういう商売もしてたね)」

 

原作でも本物さながらにリアルなモデルガンがコープの切っ掛けにもなっている。

これは本当に都合が良い。あれを売ってもらおう。

 

モデルガンM11用のロングマガジンを手に取ってカウンターに近付いた。

 

「ん? なんだ、決まったのか」

 

「はい。こちらのM11用のロングマガジンと……そちらに置いてある、『リングラムM11』のモデ

 ルガンを所望します」

 

「あ?」

 

机に置いてあるリングラムM11を指差すと、岩井もそちらへ振り向いた。

……今一瞬顔を顰めたね、多分ただの置き忘れだこれ。

 

「……これか」

 

「はい。素晴らしい出来栄えですね、本物と見紛うような重厚感です」

 

「……まあな。これはな、俺が極限にまでリアルに拘って改造したカスタムガンなんだよ」

 

「おぉ、ではそれが “噂の代物” なのですね」

 

「あ? “噂の代物” だ?」

 

「えぇ、事前に調べていましてね。こちらのお店では本物さながらの、もはや違法なのではないか

 とすら思える究極のモデルガンが手に入る事があると、ネットに書き込みが」

 

「……つまんねぇ事書くヤツがいたもんだな」

 

呆れたような表情で岩井は重たい溜息を吐いた。

勿論今僕が言った事はでっち上げだ。僕が売るに値するマニアであると思い込ませる為の。

言い値さえ口にしてくれれば僕の勝ちだ。

 

「……こいつはガキに買えるようなモンじゃねえよ。一丁数十万で取引してるブツだからな」

 

「おや、そうなのですか? ちなみにおいくらか伺っても?」

 

「……お前が欲しがってる『リングラムM11』なら……そうだな、30万ってとこだ」

 

勝った。

なんだ安いじゃないか、100万円以内で安心したよ。

 

「悪いがそういうこった。現金以外取り扱ってねえし値引きもしねぇ。ガキならガキらしく自分の

 手の届く範囲で―――」

 

「どうぞ、現金30万円です。お確かめの上、ご査収ください」

 

「…………は?」

 

バッグの中にある札束から現金30万円分を取り出しカウンターに置いた。

岩井は目の前に置かれた札束に唖然としたまま動かない。

 

僕のような子供には売りたくないんだろうけどそうは問屋が御さない。

適当な値段を吹っ掛けてあしらうつもりだったんだろうけど失敗したね?

 

僕の顔と札束を交互に見遣った後、札束を手に取って1枚1枚確認していく。

 

「……お前、何モンだよ」

 

「と、言いますと?」

 

「いきなりウチ来て値札もねえモン欲しがって、言い値に対しすぐさま現金を出す……明らかに普

 通のガキじゃねえだろお前」

 

岩井はまるで脅迫するかのような威圧感でこちらを睨んだ。

 

うわぁ怖。でもそれで怯むようなら始めからこんな事していない。

元P5ファンにそんな事をしてもファンサービスにしかなりませんよ。

 

「ただのしがない作家ですよ、僕は」

 

「あ? 作家だ? ……色々言いてぇ事はあるがなんで作家がこんなモン欲しがる」

 

「物書きにあたって最も留意するべき事は読者への説得力、即ちリアリティーです。ですがリアリ

 ティーを想像で補うにも限界があります。物語に落とし込むにあたりどうやってリアリティーを

 得るか。ズバリ、経験、実体験です。これに勝るリアリティーはありません」

 

「……言ってる事がよくわからねえが、何か? お前の書いてる小説に銃出そうとしてんのか」

 

「えぇ、その通りです。その為にも本物に近い、最もリアルなものが欲しいという訳です」

 

「ハッ、要するに資料って事かよ。随分景気の良い話だな」

 

「意外と頂けますね、サブカルチャーが強い現代だからこそでしょうけど」

 

うまく誤魔化せたかな?

岩井は呆れたように笑みを浮かべて札束をカウンターの下に置くと、こちらに向き合った。

 

「いいだろう、売ってやる。ただし条件がある」

 

「なんでしょう?」

 

「まずヒトには向けんな。見せびらかすような事もすんな。サツの世話にもなんな」

 

「当然ですね、常識です」

 

「まぁここまではな。こっからだ、まずコイツをここで買ったなんて言いふらすな。当然ネットに

 書き込むのもナシだ。誰にも言うんじゃねえ。そんで買うにあたって領収書もレシートも切らね

 ぇで品モンだけをお前に渡す。もし万が一なんか問題が起きても俺は無関係を貫く。この条件で

 良いならくれてやる」

 

「わかりました、それで大丈夫です。大事にしますね」

 

「クク、即答かよ。まぁ嫌いじゃないぜ、即断即決できんのは良いこった」

 

よし! 交渉成立!

これで最序盤から高品質な武器が手に入った、これなら怪盗団で役に立てる筈だ。

いやぁこの銃を異世界で使う時が楽しみ―――。

 

「あぁ後もう一つ」

 

「え、なんでしょうか」

 

「M11のロングマガジンは1万だ。さっさと追加で出しな」

 

「あっはい」

 

いけない忘れてた。

ロングマガジン分も支払い、念の為紙袋に入れてもらってからバッグに仕舞う。

岩井宗久にお礼を言って店を後にした。

 

認知の異世界、鴨志田のパレスへ潜入するまで一ヶ月を切っている。

その事実に思わず心が躍ってしまう。

 

鴨志田に報いを受けさせる日が、待ち遠しい。

 

 

 

 

 

 

無事に秀尽学園にて1年間の教育課程を修めた3月の下旬。

現在春休みに入っている為、今日も今日とて純喫茶ルブランにやってきていた。

 

勿論カレーライスとアイスコーヒーを頂いているのだが……。

目的はこれだけはない。

 

しかし自分から話を振る類ではないので、惣治郎さんから口火を切って頂く必要がある。

完全に受け身の姿勢なのだがこればっかりは仕方がない。とはいえそろそろ教えてほしい……。

そんな事を思いながらカレーを頬張る。大変美味だ。

 

「おう九十九、今ちょっといいか?」

 

……もしかしたらその時が来たのかもしれない。

アイスコーヒーで口内を洗い流しハンカチで口元を拭いた。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「お前はうちの常連だし、上を綺麗にしてくれたってのもある。だから伝えておこうと思ってな。

 上の屋根裏部屋なんだがな、人が入る事になったよ」

 

来た! 遂に来た! 待っていましたよその話をされるのを!

高ぶる気をなんとか抑えて自然体を装う。

 

「上の部屋に人が、ですか? それはまた面白いですね、どんな人か聞いても?」

 

「……あー、地元で面倒起こした悪ガキだよ。うちの客とそいつの親が知り合いでな。ここに厄介

 払いされる事になったんだよ」

 

「ん? 悪ガキ……? それってもしかして秀尽学園の転校生とかだったり?」

 

「もう連絡いってんのか、なら話が早いな。お前さんの言う通り、そいつはシュージンに編入する

 事になってる。記憶違いじゃなきゃお前と同学年だな」

 

「編入……なるほど、つまり、僕にその転校生が問題を起こさないように見張っててほしい、とか

 ですかね?」

 

「わかってるじゃないの」

 

何時ぞや見たようなしたり顔をする惣治郎さん。

でも申し訳ない、僕はその転校生といっしょに世間を騒がせます。

これも世の為人の為……許してヒヤシンス。

 

「わかりました。僕がどこまで関われるかはわかりませんが……頑張ります」

 

「助かるぜ。俺への負担を少しでも減らしてくれると嬉しいな」

 

そう言って朗らかな笑顔を見せた。

ここまで頑張ってきた甲斐あって惣治郎さんとの関係性は良好そのものだ。

それじゃあ……ご無理を言いますね?

 

「しかし上に住むという事は家財道具が必要ですね……何か購入されるご予定はありますか?」

 

「は? 家財道具? 買わねえよんなもん、自分で用意させりゃいいだろ」

 

「えぇ!? そんな殺生な! 一般高校生のお財布事情では厳しいものがありますよ!」

 

「キレーに掃除された部屋くれてやるってんだから十分だと思うけどな」

 

「十分じゃないですって……では乗り掛かった船なのでここは僕が揃えるとしましょう」

 

「またお前が金出して用意すんのかよ……」

 

溜息を吐きながらもう何度見てきたかわからない呆れた表情をされた。

僕にとってこれもまた必要な行程なのです。

というかそれを抜きにしてもあれは殺風景過ぎます。

 

「そこまで面倒みてやる必要あるか?」

 

「もしかしたら仲良くなれて、友達になれるかもしれませんからね。引越し祝いにひとつ」

 

「友達って……面倒起こした悪ガキだっつったろ。前歴がついた問題児だぞ」

 

「そうはいっても惣治郎さんが受け入れた人ですから、悪い人間ではないでしょう」

 

「なんだそりゃ。俺が受け入れた事と関係あるのかそれ」

 

「惣治郎さんの大切なお店に居候させるんですよ? 親戚でもない人を。もし本当にどうしようも

 ない乱暴者であれば拒絶してたと思います。そうせずに受け入れたという事は……惣治郎さんか

 ら見て受け入れるに足る何かがあったと考えて然るべきです。如何でしょう、この推理」

 

「…………」

 

うわすっごいジト目された!

惣治郎さんは眉間にしわを寄せて難しい表情で黙りこんでいる。

 

いやだって……ねぇ? 個人事業でやってる大事な飲食店に住まわせるって時点で……。

 

更にこれは、前世でペルソナ5の設定におけるガチ考察を熟読して得た知識なのだが……。

 

そもそもからして、ペご主の編入に関する話は中々に無茶のある話らしい。

まず、当然なのだが高等学校で進級するには単位が必要だ。滞れば留年する。

ペご主が2年生に進級出来ているという事は1年間における教育課程を修了している。

つまり、「件の事件」が起きたのは春休み前後という事になる訳で……。

 

そうなってくると逮捕から判決が出るまでに掛かった時間は恐ろしい程早く、類を見ない超ハイスピード裁判であった事が伺える。判決が出るまでに1年以上掛かるなんてザラだというのに。

現行犯ですらなく、物的証拠がないにも関わらずだ。あり得ない。

 

惣治郎さんが保護司として身元引受人になる以上、そんなペご主の事情は当然把握している筈。

ゲーム中、10月26日に惣治郎さんがやり手の元役人であった事が判明するのだが……。

 

惣治郎さんなら気付かない筈がないのだ、ペご主の前歴の付き方、そのおかしさに。

 

惣治郎さんが序盤で冷たかったのは、ペご主に世間の冷たさを教え、大人に期待させず、碌でもない世の中でも生きていけるよう矯正する為だったのでないか? というのがこの考察の締めだ。

 

双葉という年頃且つ難しい事情を抱えた娘がいる上で受け入れたのだから懐が大きい。

 

とはいえあの汚部屋はひどいと思いました。

 

「ったく、お前って奴は……なんでそう無駄に鋭いんだよ……」

 

「それは勿論惣治郎さんという人を散々見てきたからですよ。僕じゃなくてもわかりますって」

 

ゲームにおいて、そしてこの世界において。

『佐倉惣治郎』という人間を深く知っているからこそわかる。

貴方という人の素晴らしさを。

 

「ハァ……わかった、好きにしな。俺は口出ししねえからお前が上を整えるってんならもうそれで

 構わねえよ」

 

「わかりました、ありがとうございます! 上の部屋を見させて頂いてから決めますね」

 

「おう、そうしな。これから来るやつとも仲良くしてやってくれ」

 

「はい!」

 

返事をすると、呆れながらも温かさを感じられる柔らかな笑顔で微笑んでくれた。

惣治郎さんという人の魅力を、今一度再び垣間見れた。

 

……さて、長かった舞台準備もこれで終わりを告げようとしている。

 

あとは、我らがこの世界の主人公を迎え入れるだけだ。

 

 

 

 

 

4/8 FRI

 

 

「いよいよ……いよいよだ、いよいよ明日主人公がやってくる……」

 

始業式を迎え滞りなく秀尽学園の2年生となれた4月。ペご主が東京へとやってくる前夜。

全ての仕込みが完了した。

 

純喫茶ルブランに通い『佐倉惣治郎』さんと親交を結べた。

恐らくは盗聴器越しで『佐倉双葉』に僕という人間を認知させる事もできた。

 

『高巻 杏』、『坂本竜司』、『鈴井志帆』と交友を結べた。

竜司の脚が負傷する事態を回避させ、鈴井さんの身の安全も確保済みだ。

 

『川上貞代』先生に僕が作家である事を教え、協力を得られた。

明日学校を休む旨も伝えてある。作家活動絡みであるという御題目で。

「特待生になれば公休になるのに……」と言われたが無理なものは無理だ。

 

『芳澤姉妹』の救出に成功し、両者生存させる事ができた。

入学式に2人が秀尽学園へ入学してきた事を確認している。

 

ペご主が下宿するルブランの屋根裏部屋を整えられた。

塵一つない程に清掃の行き届いた部屋には、既に家財道具が配置済みだ。

 

怪盗活動をするにあたって必要な、武器を調達した。

金に物を言わせて購入した高品質な銃であれば、きっと僕でも役に立てる筈だ。

 

「遂に始まる……世界を轟かせた世直し劇が……」

 

前世で魅了された物語が、今自分が生きているこの世界で幕を開ける。

その物語に、自らの意思でこの身を投じる。

 

全てを裏切り、確かな幸福を掴み取る為に。

 

「僕は……疲れたんだ……安寧に満ちた……人生が欲しい……」

 

僕は人に見切りを付けた。僕自身にも期待していない。

だからこそ、怪盗団を裏切って、丸喜先生の味方をする事に決めた。

 

その決意は、あの日から少しも揺らいでいない。

 

「…………」

 

目を閉じる。

意識が薄らいでいく。

 

恐ろしくないといえば嘘になる。やりたいかと問われればやりたくない。

だけど、逃げはしない。ゴールがわかっていればこそ。

 

勝機はほぼ無いに等しい、極めて理不尽な闘いであるとしても……。

 

勝ってみせる。

この世界の、主人公達に。

 

 

 

己の覚悟を再度見定め、眠りに落ちた。

 

 

 




【村上九十九】の立ち絵は自作です。
ペルソナ5の原作絵柄風に描かせて頂きました。
不自然な点などは何卒ご容赦お願い致します……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。