ペルソナ5 -gospel amen-   作:幻想フラクタル

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世直し劇開幕 / IT'S SHOWTIME
Hello、主人公


 

4/9 SAT

 

 

おはようございます。

 

新しい朝、ペご主がこの街へやってくる希望の朝……というには少々天気が悪い。

今にも雨が降りそうな、どんよりとした空模様だ。

 

今日、主人公が東京へ訪れる事によって『ペルソナ5』という物語が正式に始まる。

世界を魅了したピカレスク・ロマンジュブナイルに僕も演者となって身を晒そう。

 

さて、それじゃあそろそろ制服を着て四軒茶屋に張り込むとしようか。

惣治郎さんに会いに来たペご主を迎えに行かないとね。

 

この世界、この地で主人公が最初に出会うのは竜司でも高巻さんでも惣治郎さんでもない。

 

この僕、『村上九十九』だ。

 

 

~~~

 

 

「……まだ来ないか……」

 

手元のスマホを見れば、時間は既にお昼を回った。

 

四軒茶屋にある惣治郎さんの自宅、その玄関前が見えるよう住宅街のほうから見張っている。

ペご主が路地裏から惣治郎さん宅へ向かってくる事はゲームでわかっている為だ。

路地裏にいては不自然な鉢合わせ方をしてしまう、あくまで偶然を装いたい。

 

「おっと……」

 

スマホをいじっていると宅配便のトラックが目の前に停車した。

玄関前が見えない位置へ停められた為、再度見張れる位置に移動し―――。

 

思わず、息を呑んだ。

 

「――――――」

 

惣治郎さん宅の、玄関前に、黒髪の青年が佇んでいる。

秀尽学園の制服を着崩す事なく着用している、すらりとした体躯の青年。

 

くせっ毛ながら艶のある黒髪、ぱっちりとした濁りのない黒の瞳からは妖艶さすら感じられた。

 

シミや皺、ホクロひとつ無い肌に、未成年である事が伺える丸みを帯びた輪郭、そこに浮かぶ端正な目鼻立ちが中性的且つ魅惑的な印象を醸し出している。

 

そんな天賦の美貌を、長めの前髪とウェリントンの眼鏡で覆い隠す事で、周囲に溶け込み目立たないよう細工するという極めて高度なテクニックを披露していた。

 

視線の先にいるその人物は、紛うことなく『ペルソナ5』の主人公そのものだった。

 

「(……設定資料集に、主人公は黒豹を連想させるセクシーなデザインに仕上げたと記載されてい

 たけど……)」

 

実際に自身が生きている現実に現れた、本物を一目見れば、きっと誰もが納得するだろう。

それは紛れもない事実なのだと。正に「魔性」としか表現しようがない存在なのだと。

 

―――その時僕は別の事も考えていた。

 

「(……なんだろう……この主人公、僕の知ってるぺご主と違う……?)」

 

目の前にいる人物は『ペルソナ5』の主人公本人である、そこは間違いないと思う。

思うのだが……どうしても違和感が拭えない。

 

ゲームで幾度となく目にした主人公とはどこか雰囲気が違うような……?

 

「(そうだ……ポケットに手を突っ込んでいない……それに立ってる姿勢も、猫背気味じゃない

 し、表情にもなんとなく愛嬌がある……)」

 

ペご主は基本的に、ポケットに手を突っ込んでいるのが癖で、立ち姿の姿勢も悪く、正直に言えば纏っている雰囲気はもはや不良のそれだ。真面目なのは制服の着こなしくらいだろう。

少なくとも、ゲームで見てきたペご主はそうだった。

 

では、この主人公は……?

 

「(……っ! ま、まさか……このペご主って……ゲームのほうではなく……!?)」

 

あれこれと思案した末にある可能性に思い至った。

恐らくは、このペご主は、ゲームのほうの主人公ではなく―――。

 

「(っ、まずい、主人公が動き出した!)」

 

目の前の光景に呆然と立ち尽くしていると、主人公が呼び鈴を鳴らそうとしていた。

このままでは接触するタイミングを失ってしまう。もはや一刻の猶予もない。

 

四の五の考えていても始まらない! えぇい、ままよ!

 

意を決してこの世界の『主人公』に、声を掛けた。

 

「佐倉惣治郎さんに用があるの?」

 

なんとかなれぇーーーッ!

 

 

★☆★

 

 

一戸建ての玄関前、その表札には、「佐倉」と書かれている。

ここが、下宿先である『佐倉惣治郎』さんの家だろうか……。

 

一先ず、確認の為にインターホンを押した。

 

……チャイムは確かに鳴った筈だが、家からは誰も出てくる気配がない。

もしや、留守なのだろうか―――。

 

「佐倉惣治郎さんに用があるの?」

 

「え?」

 

佐倉さんの自宅を見つめていると、横から声を掛けられた。

 

「この時間、惣治郎さんはお店のほうにいるから家にはいないよ」

 

どうやら、今の時間だと佐倉さんは、家を留守にしているらしい。

親切にも教えてくれた、その人のほうへ振り向いた。

 

「(……女性? ……いや)」

 

教えてくれたその人を、見据えると。

 

耳を覆う程長く、さらりとした灰色の髪、薄い青緑色の瞳に、穏やかそうな垂れ目。

女性と見紛う整った顔立ちに、中性的な声色。

 

一瞬女性かとも思ったが、体つきや身長、何より俺が今着ている学生服と、同じものを着用している事から、彼が男であるとわかった。

 

服装の違いは、ワイシャツと青いネクタイくらいだろう。

 

「……? あぁ、突然話し掛けてごめんね。同じ制服の人がここにいるのは珍しかったからつい」

 

「いや、ありがとう。教えてくれて」

 

観察をしている所を、困惑していると思われてしまったようだった。

そんな事はないと、感謝の意を伝える。

 

「ところで、その『お店』っていうのは」

 

「ここからすぐ近くの所に “純喫茶ルブラン” って喫茶店があるんだけど、惣治郎さんはそこのマ

 スターなんだ。営業中の筈だから何事もなければそこにいるよ」

 

「そうだったのか……」

 

お世話になる『佐倉惣治郎』さんが、どんな人なのかは、聞いていなかった。

初対面の人に教えてもらって、初めて喫茶店のマスターだと知るというのは、どうなのだろうかと今更ながら反省する。

 

「もしよければ案内しようか? 実は僕もルブランへ向かう途中だったんだ」

 

「それなら、宜しく頼む」

 

「うん、それじゃあ一緒に行こう。といっても、本当にすぐそこだけどね」

 

そう言って彼は、悪戯っぽい笑みを見せると、俺の来た道を進んでいった。

どうやら戻った所にあるらしい。彼と共に路地裏を戻った。

 

 

~~~

 

 

「ここが、 “ルブラン” 」

 

「そう、惣治郎さんが営んでいる喫茶店。風情があってお洒落だよね」

 

佐倉さん宅のある路地を戻って、一つ手前の細い路地中に、その喫茶店は存在した。

いくつかの観葉植物が置かれた、物静かで、どこかレトロな雰囲気が漂っている。

確かに、趣のある店構えだ。

 

「早速入ろうか。大丈夫だね?」

 

「うん」

 

佐倉さんに会う前にやり残した事はないか、確認されたものの、特に何もない。

それを伝えると彼は頷き、店の扉を開けて、店内へと入っていく。

扉に備え付けられたベルが鳴る中、その後に俺も続いた。

 

店内に入ると、コーヒーとスパイスの香ばしい匂いが漂っていた。

次に、どこか懐かしさを覚える調度品の数々が目に付く。

清潔感のある内装と相まって、居心地の良い居住空間になっている事がわかる。

 

『バスがお客を乗せたまんま逆走ですからねぇ~、公共の交通機関なのに』

 

「怖え~なあ……」

 

「どうなってるのかしら近頃……」

 

店に置かれた小さなテレビには、最近起こった怪奇事件の特集が放映されていた。

事件の甚大さに、テーブル席に座って見ていた老夫婦も、驚きを禁じ得ないようだった。

 

カウンター席には、クロスワード雑誌を読み耽っている、エプロン姿の男性がいる。

眼鏡を掛け、髭を貯えながらも、身嗜みに気を遣っている事が窺えた。

歳相応の厳めしさと共に、どこか包容力がありそうだとも感じる。

 

この人が、『佐倉惣治郎』さんだろうか?

 

「えータテは、『真珠の養殖に使う、貝の名前』……と」

 

「真珠の養殖という事はアコヤガイとかですかね」

 

「あん?」

 

彼の口出しに、男性は怪訝そうな表情で手元の雑誌から、彼の方へと視線を向けた。

すると一転、目を丸くした後、男性から笑みがこぼれた。

 

「ってああ、お前さんか。いらっしゃい、気付かなかったぜ」

 

「こんにちは、またカレーを頂きに来ました。それと惣治郎さんにお客さんです、ここに来る途中

 たまたま惣治郎さんに用事があるという人と出会ったので、案内しました」

 

「俺に用? ……あぁそうか、そういや今日って言ってたな」

 

彼の方から俺へと視線が移る。じろりと、見定めるような目付きで。

この男性が、喫茶店のマスター、『佐倉惣治郎』さんで間違いないようだ。

いつまでも、無言を貫く訳にはいかないと考え、口を開いた。

 

「あの―――」

 

「ごちそうさん、お代置いとくよ? この店は裏路地だし、車突っ込んだりはしなさそうだね」

 

挨拶をしようとした所、会計を済ませる為に、席から立ち上がった老夫婦に遮られた。

テーブルには、2人分の会計であろう金銭が置かれている。

 

「まいど。突っ込むってのは?」

 

「いやへんな暴走事故続いてるじゃない。この辺でも起きなきゃいいなってね」

 

「……興味ないな」

 

「九十九ちゃんも気を付けるのよ? なにかと物騒な事が多いから」

 

「えぇ、ありがとうございます。御二人もお体に気を付けてくださいね」

 

「はは、ありがとさん。また来るよ」

 

軽く世間話をして、老夫婦は満足したのか、店を後にしていった。

どうやら、ここまで道案内をしてくれた彼は『九十九(つづら)』という名前らしい。

老夫婦を見送った佐倉さんは、盛大に溜息を吐いた。

 

「はぁ~あ、コーヒー1杯で4時間かよ」

 

「ま、まぁそれだけここの居心地が良かったという事でしょうから……」

 

「お前みたいに色んなモン注文してんなら、こっちも歓迎する気になれんだけどな。まあそれはい

 いとして……お前が例のアレか? 確か “蓮” だったか?」

 

こちらへ向き直った佐倉さんは、世話になる人間であるかの確認を求めた。

俺も改めて姿勢を正し、自分の名前と挨拶を口にして、頭を下げた。

 

「はい。 “雨宮 蓮(あまみや れん)” です、お世話になります」

 

「へえ、どんな悪ガキが来るかと思ったらお前がねえ。聞いてるとは思うが、 “佐倉惣治郎” だ。

 ま、積もる話は上でしようや。九十九、悪ぃけどちょっと待っててくれねえか?」

 

礼節を持った振る舞いに関心したのか、佐倉さんの態度が軟化した気がする。

自己紹介を終えた佐倉さんは、九十九という少年に待つよう呼び掛けた。

優しげに微笑んだまま、彼は頷く。

 

「はい、勿論です。急いでませんのでゆるりとどうぞ」

 

「助かる。んな時間掛けるつもりはねえからよ。ほれ、上行くぞ。ついて来い」

 

そう言うと、佐倉さんは背を向け、店の奥へと進んでいく。

カウンター席に座った彼、九十九に目を向ければ、にこりとした笑顔を返された。

その様子に、思わず破顔する。目で感謝を伝え佐倉さんの後を追った。

 

足が付く度ギシギシと軋む階段を登る。

すると、そこは―――。

 

「これは……」

 

「ここが、お前の部屋だ」

 

かなりの広さがある屋根裏部屋だった。

建物自体の老朽化から、全体的に年季が入っているものの、隅々まで清掃が行き届いている。

埃や塵一つない。

 

階段から上がってすぐに、マットが敷かれていた。佐倉さんの履いていた靴もある。

傍にある棚の、一番上の棚板にはコーヒー豆の袋が積まれているが、真ん中の棚板には色とりどりの、シックな色調のスリッパが置かれていた。

 

靴を脱ぎ、赤のスリッパに履き替える。履き心地の良さから、上等な物なんじゃないかと感じた。

 

階段の柵に沿うように置かれている机には、透明なデスクマットが敷かれ、その上には何故か、黒と白を基調にしたペットベッドが鎮座している。

 

スリッパのある棚のすぐ隣の机には、最新と見られるDVDプレイヤーと、小型の薄型テレビが配置されていた。どちらも購入したてで使用された形跡はない。

 

更にその隣には、複数人が座れそうな古びたソファーがある。黄を基調にした星柄のクッションも

セットだ。落ち着いた色合いのソファーが、この部屋の雰囲気とマッチしている。

 

部屋の隅には趣のある作業机があった。ここにも透明なデスクマットが敷かれ、様々な工具が取り揃えられていた。怪我をした時の為か、救急箱も置かれている。

他にも、4つのブロックからなる万年カレンダーが飾られていた。表面は金属で覆われ、金色に輝くそれは、アンティーク調でありながら高級感も兼ね備えたインテリアであった。

椅子も、背もたれや肘掛けがあるタイプで、座り心地が良さそうだ。

 

反対側にはベッドがある。厚みのあるマットレスベッドは、快適に眠ることが出来るだろう。

ベッドの台座は、何故かプラスチックの瓶ケースを複数並べただけのものだった。

とはいえ、瓶ケース同士を紐で結び固定している為、崩れる心配はなさそうだ。

 

ベッドに近い窓際には、手頃なサイズのデジタル時計が置かれている。外装は木目調のデザインで、温かな印象を受けた。どうやら電池式らしい。使い勝手も良さそうだ。

 

ベッドの横にある棚は、一番上の棚板こそ何もないが、真ん中の棚板にはブックエンドに挟まれた、多様な本が並べられている。ブックエンドには砂時計が取り付けられ、個性的ながらもアンティークなデザインが、雰囲気を壊す事なくアクセントを齎している。

挟まれている本も有用そうなものが多く、速読術や論考集、コーヒーや料理に関する本、東京の観光案内本に、四軒茶屋だけをピックした本、クロスワード本などもあり、退屈はしなさそうだ。

一番下の棚板には、懐かしさを覚えるレトロゲーム機が置かれ、その横にはいくつかのゲームソフトが、木目調の箱に収納されていた。このチョイスは趣味がいいと思う。

 

棚の傍には観葉植物が飾られている。力強さを感じる幹、緑色の葉は、見ているだけで優しい気持ちになれた。枯れないようお世話しよう。

 

更にその横には、同じく木目調の家具、ハンガーラックがあった。既にいくつかのハンガーが掛けられていて、直ぐにでも使えるだろう。シンプルなデザインだが、カバン等を掛けるのに便利なサブフックに、場所移動させやすいようボール型のキャスターも付いていた。

 

ふと壁を見ると、時計が掛けられていた。白い文字盤には、黒い蝶が羽ばたき、黒猫が蝶に手を伸ばしている絵が描かれている。黒い指針は其々、星をかたどった形をしていて、インテリアとしても見栄えがいい。

 

吊り下げられた電球には、半透明で、花びらのような形をしたランプシェードが取り付けられている。夜になれば、ランプシェードを通じて、優しい灯りが部屋全体を照らしてくれそうだ。

 

一番目を引くのは、部屋の真ん中に敷かれたラグカーペットだ。夜空を思わせる紺色の生地に、数多の星座が描かれている。幻想的且つファンシーなデザインで、見ているだけで癒される。寝転んでみるのも良さそうだ。

 

ここが、俺にあてがわれた部屋だと佐倉さんは言った。

恐らく、元は物置であったろうこの部屋は、きれいに片付けられ、統一感のある家具を揃えた事で、ノスタルジックな雰囲気にあふれた、まるで隠れ家のような温かみあるレトロ空間へと変貌していた。インテリアとしての機能を、丁寧に吟味しなければこうはならない。

 

……これを全て、佐倉さんが用意してくれたのだろうか?

今日から世話になる、俺の為にここまで?

 

暮らしていく場所を確保してくれただけでなく、生活に困らないよう整えてくれた人に、何も言わないのはあまりにも失礼過ぎる。

 

佐倉さんは、万年カレンダーのブロックを一つ手に持ち、まじまじと見つめている。

 

せめて感謝だけでも伝えるべきだろうと考え、声を掛ける事にした。

 

「あいつ無駄に良い趣味してやがんな……」

 

「あの」

 

「ん? どうした」

 

「この部屋は、もしかして……佐倉さんが?」

 

佐倉さん以外に、整えてくれた人などいないと、わかっていながら尋ねた。

すると手に持ったブロックを、万年カレンダーに戻した後、俺のほうへ振り返り……。

佐倉さんは、何故か溜息を吐いた。

 

「……俺じゃねえよ」

 

「え? ……でも」

 

「ここまでお前を道案内した奴がいたろ?」

 

「はい、下にいる……え? まさか……」

 

「ここの掃除も、家財道具も、全部あいつが一人でやった事だ。俺は関わってねえ」

 

空いた口が塞がらなかった。

下にいる彼が、全て用意した? 佐倉さんは関わってない?

彼と出会ったのは今日が初めてだ。知り合いでもなんでもない。

一体何故……理由が全くわからない。

 

「でも……どうして」

 

「……さあな、興味があんなら自分で聞け。んな事より、客待たせてんだ。お前の置かれた立場っ

 てのを、今一度確認するぞ」

 

「……はい」

 

腑に落ちないが、今考えるべき事でないのは確かだ。

先程の疑問は心に留め、佐倉さんの話に耳を傾けるべく、姿勢を正した。

 

「改めて、 “佐倉惣治郎” だ。一年間、お前を預かる事になってる」

 

「宜しくお願いします」

 

俺を引き取り、一年間、佐倉さんが預かってくれた事については、俺も聞いている。

改めて、頭を下げた。

 

「一応、事情は聞いてるよ。『傷害罪』……『男に言い寄られてる女を庇ったら、男が怪我して、

 訴えられた』、だったか?」

 

「っ、待ってください! 違うんです! 俺は……ただ……」

 

これからお世話になる人に、乱暴者と思われたくない。

そう考え、釈明しようとするも……佐倉さんに、手で制された。

 

「お前の言い分は聞かねえ。聞くつもりもねえ、深入りしたくねえからな」

 

事情を説明しようとするも、拒まれた。考えてみれば当然だった。

身元引受人になる以上、俺に前歴がついたその経緯を、佐倉さんは把握している。

「興味がない」ではなく、「深入りしたくない」と言った。

恐らく佐倉さんも、気付いているのだろう。

 

裁判で、俺に下された判決……その不自然さに。

 

「いずれにせよ、そいつが怪我しちまったってのは事実なんだろ?」

 

「それは……はい」

 

「だったらもうしょうがねえだろ。今更ジタバタしたって結果は変わりゃあしねえんだ。さっさと

 現実を受け入れろ」

 

「…………」

 

正論だった。

どう言い逃れをした所で、この結果はもう覆らない。

現実を受け入れる以外に、今の俺に出来る事は、ない……。

 

「で、前歴がついたお前は晴れて地元の高校を退学。裁判所のお達しで転校、転居を迫られ両親も

 それを承諾。要は厄介払いされてここへ来たってわけだ」

 

そこまで言うと、佐倉さんの目付きは鋭くなり、俺を射抜いた。

否は承知しないと、言わんばかりに。

 

「店で余計な事は言うなよ。これでも客商売なんでな。向こう1年は大人しく暮らせ、何も起こさ

 なきゃ、観察も解ける」

 

「……観察?」

 

「『保護観察期間』だよ、来年の春までだったよな? だから一年預かる約束なんだろ」

 

そうだった。

もしまた、警察の厄介になるような事があれば、今度は「少年院」に送られると……。

茫然自失であったあまり、忘れていた……。

 

「明日『シュージン』に行くぞ」

 

「……?」

 

「 “秀尽学園高校” 。先生がたに挨拶参りだ、お前みたいなのが編入できるとこそうそう無えんだ

 からよ」

 

『秀尽学園高校』……確か、蒼山一丁目にある学校だった筈。

以前調べた時、乗り換えもあって、電車で行くのも大変そうだと感じた覚えがある。

明日は、その転校先の学校へ行く事になるようだ。

 

「それと、店閉めたら俺は引き上げる。夜は一人になるが悪さすんなよ。騒いだら放り出すぞ」

 

「はい、大丈夫です」

 

「わかったならいい。まだ営業中なんでな、俺は下に戻る。届いたお前の荷物はそこだ。荷ほどき

 するなり体休めるなり、まあ大人しくしててくれ」

 

そうして、凡そ伝え終えたと判断した佐倉さんは、階段を降りて営業へと戻っていった。

自室として与えられたこの屋根裏部屋には、俺一人だ。

 

……今日から俺は、ここで1年間暮らす事になる。

 

ハンガーラックのサブフックに、スクールバッグを掛けた後、ソファーに腰を下ろした。

古くはあるが、座り心地は意外と悪くない。

 

「…………」

 

先程、佐倉さんから言われた言葉……「大人しく暮らせ、何も起こすな」……。

思い返されるのは、地元での出来事……全てを一変させた、あの日の事……。

 

 

―――車に乗れ!

 

―――たすけてっ!!

 

―――このガキ、訴えてやる!

 

 

「(……見過ごせなかった)」

 

正しい事だと思った……けれど、その行動の結果は……。

 

 

―――警察に、こう証言しろ。

 

―――この人が……怪我を……。

 

 

「(……間違って、いたのか……?)」

 

……だけど、俺は―――。

 

「蓮、今ちょっといいか?」

 

「!」

 

物思いに耽っていると、突然声を掛けられた。

声がしたほうを見れば、佐倉さんが階段から顔を覗かせている。

 

「お前、こっち来てからメシは食ったのか?」

 

「え? いえ、まだなにも」

 

「そうか、なら下降りてこい。食わせてやる」

 

それだけ伝えると、佐倉さんは階段を降りていった。

折角ご馳走になれるのなら、遠慮せず厚意に甘えるべきだろう。

そう考えて、スリッパから靴に履き替え、急ぎ一階の店内へ向かった。

 

店内のカウンター席には、変わらず九十九がいる。

彼は俺の姿を確認すると、隣の椅子を引いて、座るように促した。

 

「ここどうぞ」

 

「あ、うん」

 

彼に促されるままに、隣のその席に腰を下ろした。

表情も変わらず優しげに微笑んでいるが、どこか楽しそうにも見える。

 

「突然呼んだりしてごめんよ。惣治郎さんから聞いてたんだ。ここに住むのなら、是非とも特製カ

 レーとコーヒーをご賞味してほしくてね」

 

「こいつがメシ食わせてやれって聞かなくてな。お代は持つから呼べっつってよ」

 

「え?」

 

どうやら、彼の奢りでご馳走してもらえるようだった。

何故そこまでしてくれるのか、わからない。今日出会ったばかりの筈だけど。

 

「いやぁ、このお店の名物を知ってもらいたくて。特に極上の絶品カレーは一口食べればもう二度

 と他のお店で食べようとは思えなくなりますよ」

 

「持ち上げすぎだろ……ほれ、ご所望の特製カレーセットだ」

 

九十九の厚意に困惑していると、目の前にカレーとコーヒーが差し出された。

彼の前にも同じものが置かれているが、コーヒーはホットではなくアイスだった。

 

カレーの香ばしい匂いに、食欲を掻き立てられる。

確かに、これは美味しそうだ。

 

「ありがとうございます! では、いただきます」

 

「……いただきます」

 

色々聞きたい事はあるものの、まずは出された食事を頂くのが先だろう。

スプーンで白米とルーを掬い取り、口に運んだ。

 

「! 美味しい……」

 

辛口な味付けではあるものの、手が止まる程ではなく、スパイスによるものか複雑なコクがあり、その旨味に思わず次の一口を自然に運んでしまう。

 

確かに、ここまで美味しいカレーは食べた事がない。

 

「そりゃ良かった」

 

思わず口に出した感想に、佐倉さんは得意気な笑顔を浮かべている。

気付けば、いつの間にか完食していた。隣の彼も食べ終えている。

手に持ったアイスコーヒーを、ストローから飲んでいた。

 

「いやぁ……やっぱりカレーとコーヒーはこのお店に限りますねぇ」

 

俺の前に置かれたカップを手に持つと、ほんのりとした温かさがあった。

コーヒーから発せられる良い香りに、鼻腔がくすぐられる。

息を吹きかけ少し冷ましてから、少しだけ口に含んだ。

 

苦みと酸味、柔らかなコク、そしてその奥に隠れた甘みがある。

カレーを食べた後なのに口に合う。美味しい。

ほっとする味わいだ。

 

カレーとコーヒーを満喫し、穏やかな時間の流れに、心が安らいでいく。

 

すると突然、隣にいる彼がハッとした表情をすると、こちらへ顔を向けた。

 

「いけない僕とした事が。まだ自己紹介をしてなかったね。僕は村上、 “村上 九十九(むらかみ つづら)” 。君と同じ

 く秀尽学園に通ってるよ」

 

「雨宮、 “雨宮 蓮” 。よろしく、村上」

 

「うん、よろしく雨宮さん」

 

村上の温和で親しみやすい雰囲気と振る舞いから、思わず顔が綻びる。

自己紹介を終え、互いに握手を交わした。

 

すると、ふと気になる事があったのか、佐倉さんが村上に話し掛けた。

 

「そういやお前さん、今日学校はどうしたよ? シュージンは確か、土曜も授業あったよな?」

 

「あぁ、今日は休みました」

 

「えっ」

 

村上のとんでもないカミングアウトに、驚きを隠せず声が漏れた。

尋ねた佐倉さんも、この返答には目を丸くしている。

 

「はあ? 休んだ? なんでまた……もしかして『小説』か?」

 

「正解です。今日の午前中はその会議があったのでそちらを優先しました。そこでとっても疲れる

 出来事がありましてね……ルブランのカレーが恋しくなったので頂きに来た次第です」

 

「ほお、んでウチに来る途中でこいつと鉢合わせたって訳か。偶然にしちゃ面白いな」

 

「そうですね、運命というものを感じざるを得ません」

 

運命って……流石に大袈裟すぎる気がする……。

それにしても。休み、小説、会議……ひょっとしたら、村上は作家なのかもしれない。

やたら羽振りが良いのも、それで説明がつく。

 

その上で、俺も村上に聞きたい事がある。折角の機会なので尋ねてみた。

 

「上の部屋の事だけど、村上が整えてくれたって聞いた」

 

「うん? そうだね。不肖ながらこの僕が、2階のコーディネートを承せて貰ったよ」

 

「頼んだ覚えはねえけどな」

 

さも頼まれました、と言わんばかりの村上に対し、即座に佐倉さんが突っ込みを入れた。

そのやり取りに、思わず笑ってしまいそうになりつつも、続ける。

 

「とても良い部屋だった、ありがとう。だけど、どうしてそんな事を?」

 

「それは勿論! 面白そうだったからだよ!」

 

「えっ……面白そうだったから?」

 

そう言い放つ村上は、何故か爛々と目を輝かせている様だった。

横目でちらりと見れば、佐倉さんは呆れた表情で後頭部を掻いている。

 

「やむに已まれぬ理由から東京へとやって来て、この四軒茶屋に佇む隠れ家的喫茶店の2階に下宿

 するなんて、なにか物語の始まりを予感させないかい!?」

 

「いや……」

 

「物語の始まり」と言われても、そんな面白い理由で上京した訳ではない。

村上は嬉々として語っているが、俺に何かを期待されても困る……。

 

「例えば……そう、喫茶店を営んでいるダンディーなマスターと、そこへ居候する事になりどこか

 影のある美青年とが織りなす、禁断のラブロマンスが―――」

 

「おう、お前出禁な」

 

「すみません冗談です、今のは無かった事にしてください」

 

「ふっ」

 

まるで漫才のような応酬に、つい耐え切れずに吹き出してしまう。

……思い返せば、あの事件が起きて以降、まともに笑った記憶はなかった。

 

「他には、新宿にいた占い師さんから『4月に宿命の邂逅あり、汝の悲願成就せり』という占い結

 果を頂いたからっていうのもあるかな」

 

「なんだそりゃ、マジかよお前……変な壺とか買わされたりするんじゃねーぞ」

 

「流石にそこまでは入れ込めませんねぇ、まぁ切っ掛けの一つだったというだけですよ」

 

……どうやら村上は、かなり自由奔放な性格のようだ。

独特の感性を持っているようで、彼の行動を読み切る事は至難だと感じた。

 

「兎にも角にも、僕の気まぐれで好き勝手やっただけだから気にしないでね。いらなかったら普通

 にリサイクルショップとかで処分しちゃっていいからさ」

 

「いや、大事に使わせてもらう」

 

「そうかい? まぁあれだよ、自販機にお釣りが残っててラッキーくらいのノリで良いと思うよ」

 

「拾ったお金は、交番に届けたほうが良いと思う」

 

「おっとその返しは想定外! 雨宮さん真面目だね!?」

 

村上とは今日知り合ったばかりなのに、すっかり打ち解けられた気がする。

人当たりのよさと気安い言動で接しやすく、どこか安心感すらある。

 

なんというか、こう、色々と、不可思議な男だ。

 

そんな感想を抱いていると、コーヒーを飲み終わったらしく、村上は「ごちそうさま」と口にすると、席から立ちあがった。

 

「それではそろそろお暇します。編集長から宿題渡されちゃったので処理しないと」

 

「あいよ。お忙しいこって」

 

「もうすっかり慣れてしまいましたよ」

 

そんな事を言いながら、会計を済ませている。どうやら、本当に2人分を支払ったようだ。

去り際、振り返った村上は俺へ手を振った。

 

「じゃあ雨宮さん、僕はこれで失礼するね。また学校で!」

 

「ああ、また」

 

返事をすれば、村上は微笑みながら頷く。

佐倉さんのほうへ向き直り頭を下げると、扉を開けて喫茶店から立ち去った。

 

店内にはいるのは、俺と佐倉さんの2人だけだ。

 

「とんでもない変わり者だったろ、あいつ」

 

「え?」

 

唐突に佐倉さんは、村上を変わり者であると言い放った。

……正直に言うと、俺もその意見には同感だった。

 

最初に出会った際には、どこか浮世離れしたような、儚げで、繊細な印象があった。

話してみると、全くそんな事は無いと思い知ったが。

 

好奇心に旺盛で、活発的。それでいて常識に囚われず、気さくで大らか。

かなり個性的でマイペースな男だったけど、接していて気持ちのいい人柄だと感じた。

 

「俺が見てきた中で殊更におかしなヤツでな。けど、不思議と嫌いにはなれねえんだよ。変なヤツ

 ではあっても悪い人間じゃねえ、それだけは保証してやる」

 

困り顔をしている佐倉さんは、けれどどこか嬉しそうに、自慢げに語っている。

 

「今のお前さんに親身になってくれるであろう唯一の味方だ。あいつをガッカリさせるような事、

 するんじゃねえぞ」

 

「はい」

 

佐倉さんへ相槌を打つと、満足そうに小さく頷いてから、使った食器を洗いに戻っていった。

 

カップに残ったコーヒーを啜る。

 

あんな事があって、転居しろと東京へ一人送り出されて、知らない場所で暮らす事になって……。

そこに不安がないと言えば、嘘になる。

 

これから先、上手くやっていけるかどうかは、まだわからない。

けれど、村上のように接してくれる人が、いてくれるというのなら。

 

少しだけ、明るい兆しが見えた気がした。

 

 

★☆★

 

 

「ただいまぁ!」

 

僕以外まだ誰も帰ってきていない自宅、自室の扉を開け放ち開口一番に叫んだ。

感情がいつまでも高ぶっている、興奮がおさまらない。

 

カバンを机にポイッと投げ捨て着替えもせずにベッドへ飛び込み、身を沈めた。

 

枕を引き寄せ顔を埋めながら思いの丈を叫ぶ。

 

「(顔が良過ぎる!! 声が良過ぎる!! 全部良過ぎる!!)」

 

枕越しに叫んでいる為声がくぐもっている。だけどこれで良い。

 

自分で自分を褒め称えたい。

よく顔に出さなかったと。よく声に出さなかったと。よく態度に出さなかったと。

自然体を保ち続けられたのはもはや執念と気合と根性によるものだった。

 

この世界の主人公、ペご主こと『雨宮 蓮』。

彼の一挙一動に僕の心は常に掻き乱され狂わされていた。

立て続けに心の内を叫ぶ。

 

「(なんなんだその笑顔はぁ!! 心臓の鼓動が止まるでしょうがぁ!!)」

 

かつて心の底から愛した物語の主人公にして、この世界の主人公たる蓮のご尊顔……。

なんの媒体も通さず、自らの目で直接視た彼の面貌は、余りにも愛くるしく美しかった。

 

間近で直視するのは困難を極め、笑顔を向けてくれた時など心停止するところだった。

あまりにも顔が良過ぎる……!

 

「(なんなんだそのイケボはぁ!! 耳の鼓膜が溶けるでしょうがぁ!!)」

 

ゲームにおいて、主人公が発声するシーンはかなり限られている。口数が少ない故に。

それを惜しみなく、あの至近距離で拝聴できた事にただただ感動を覚えた。

 

僕の名前を呼びながら、握手してくれた際には感極まり危うく絶叫するところだった。

あまりにも声が良過ぎる……!

 

「(うわああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!)」

 

あの場で押し殺していた感情がこの場で爆発し、徒に発散される。

名状しがたいこの激情を、ありったけに叫んだ。

 

傍から見ればひたすらに見苦しい事この上ないのだが、もうそんな事は気にしていられなかった。

 

こうでもしなければ正気に戻れそうにないのだ……!

 

そうして全てを吐き出し―――。

 

「……………………ふぅ」

 

枕に埋めていた顔を上げ、うつ伏せていた身体を起こす。

ようやくして、正気に戻った。

 

バッグから取り出した水ペットボトルに口をつけ、喉を潤しつつ火照った身体を冷却する。

これで冷静さも取り戻せた。

 

「ぷはぁ…………さて、じゃあ真面目に考えようか」

 

先程の、四軒茶屋での一幕を思い返し、思考する。

あれだけで予想だにもしていなかった事実が判明した。

 

「あのペご主は……ゲームの主人公のほうじゃない……」

 

この世界の主人公たる彼は、自らを『雨宮 蓮』と名乗った。

原作、ゲームにおいて主人公の名前にデフォルトネームは存在せず、自分で決める必要がある。

しかし、公式により与えられ、広く知られている名前が2つ存在する。

1つは『来栖 暁(くるす あきら)』。公式『コミカライズ版ペルソナ5』においてペご主につけられた名前だ。

そして、もう一つは。

 

「彼って……多分、アニメ版のほうの主人公だよね……?」

 

原作を主軸にしたアニメ作品、『ペルソナ5 The Animation(P5A)』。

そこで初出となった名前こそが『雨宮 蓮』である。

『雨宮 蓮』という名前自体は、外伝作品『ペルソナ5 ダンシング・スターナイト(P5D)』での主人

公の名前に採用されている事から、別にそこまで不思議ではないのだが……。

 

この世界にいる彼の振る舞いと、ゲームにおけるペご主の振る舞いは全く異なっていた。

 

例えば、ルブランにやってきて、惣治郎さんと出会った際のやり取り。

原作では、姿勢も正さず、ポケットに手を突っ込んだまま、第一声に「世話になりたい、佐倉さんという人は?」と無作法に言い放つ。

初見プレイ時、このあまりにもあんまりな振る舞いに「おいおい!?」と声が出た。

 

それに対し彼は、姿勢を正し、ポケットに手を入れるなんて事はせず、敬語を使い名乗った後、きちんと頭を下げたのだ。原作とは真逆である。

 

……そしてこの振る舞いを、『アニメ版ペルソナ5』で見た覚えがある。

つまり―――。

 

「この世界って、 “雨宮 蓮” が『ペルソナ5R』の道筋を歩み進める世界線って事……?」

 

この世界が『ペルソナ5R世界線』であり、目的が丸喜先生の理想の実現である以上、一見すると何も問題がないように思える。

 

「アニメ版とか最後に見たのいつだと思ってるんだ……もううろ覚えなのに……」

 

そもそもの話、『ペルソナ5A』は『無印ペルソナ5』を主軸にしている。

おまけにアニメ版における展開は、原作とは所々異なっているという始末だ。

この世界におけるこれからの展開が『ペルソナ5R』と違う可能性が出てきている。

 

という事は、僕が持っている情報アドバンテージが役に立たないかもしれない訳で……。

 

「嘘でしょ……そんな事ってある……?」

 

こんな事ならアニメ版のほうも覚えている内に書き留めておけばよかったと、今更後悔する。

完全に後の祭りだった。

 

「もうしょうがない……とりあえず、僕の持ってる情報が絶対に正しいとは限らないという事を、

 頭の片隅にでも置いておこう……」

 

『ペルソナ5R』に関する情報を取り纏めたお手製の攻略本、「怪盗団ノート」。

一先ず、この内容を過信するのは危険であるとわかっただけでも、まぁ良しとしよう。

下手するとドツボに嵌まって自滅しかねない。

 

「一番の収穫は “雨宮 蓮” が僕を受け入れてくれた事だね。拒絶されなくてよかった……」

 

そこが最も重要な部分だった。

会った事もない、何の関わりもない人間が、これから下宿する事になる部屋を勝手に改装するなんて、どう考えても不気味でしかない。もはやホラーの領域だ。

 

それをわかっていて尚やらざるを得なかった。スムーズに事を運ぶ為に。

 

「ま、どうみても変人にしか見えないから大丈夫だとは思ってたけど」

 

同じ未成年、同じ学校、同じ学年、同じクラス。おまけに下宿先の主人から信用もある。

ここまで条件が揃っていれば不信がられる事はまずないだろうと踏んでいた。

 

後は、多くの協力者と関係を結ばんとするペご主の度量に賭けてみたのだ。

悪神を討伐できるかは彼次第だからね。取り敢えずは大丈夫そうで安心した。

 

「次に動くのは明後日、月曜日か……先の展開を復習しておくかな」

 

金庫から「怪盗団ノート」を取り出し、序盤における展開に目を通す。

何しろこの序盤こそが肝心だからだ、失敗は許されない。

 

尤も失敗するつもりは、微塵もない。

 

 

 

 

 

4/10 SUN

 

 

『これは事故直後の映像です。警察によると、運転手は負傷したものの命に別状はなく―――』

 

「あーあ、とんでもない事をやってくれてるよ本当に……」

 

明日の準備をしながら、自室でテレビニュースを眺めていた。

テロップには「地下鉄脱線事故負傷者80名以上」と表示されている。

 

両親には「占いで今日は電車に乗らないほうがいいらしい」と適当に伝えておいた。

 

この現実離れした事件を現実で見る羽目になるとは、生まれた時には思いもよらなかった。

これがある人物の能力によって引き起こされたものなのだから笑えない。

一体どれだけの人を不幸にしてきたのやら。

 

まぁ全部無かった事にさせるけどね。その為の僕だ。

 

「いよいよ明日、異世界へ、か……ときめくね」

 

そう口にしながら、《リングラムM11》にロングマガジンを装填し、構える。

……ふむ、悪くない。

 

明日は予定通りにいけば、遂に認知の異世界へ潜入する。

 

長居するつもりはないけど、それでも下手をすれば死にかねない。

準備は万全に備える必要がある。

 

リングラムM11からマガジンを抜き取り、両方を紙袋に包んでからバッグにしまう。

次に、机に置いた《ウィンナーゼリー》と《じゃがりこ》、《極甘酒》に《プラセンウォーター》が痛んだりしていない事を確認し、これらもバッグに詰める。

 

ゲームだとこういった消費アイテムはいくらでも持ち込めたし、その使用に制限は無かった。

けれどゲームではないこの現実でそんな事は出来ないのだろうなぁと溜息を吐く。

 

「ほんとは《宝玉》とか《スナフソウル》が欲しい……」

 

無い物ねだりをした所で無い物は無い。

 

事前に購入しておいたアクセサリー類を目視で確認し、問題ないと判断して別の紙袋に包んだ後、こちらもバッグに入れた。

 

これだけあれば犬死にするような事態にはならない筈だ。

少なくとも、何の前準備もなく突然放り込まれた雨宮さんや竜司達より条件は良いのだから。

 

一通り必要なものが詰め込まれた事を確認し、バッグを閉じた。

 

「やれるだけの事はやったんだ、後は野となれ山となれってね」

 

……気付けば、身体が僅かに震えていた。それは恐怖からか、武者震いからか。

或いはその両方なのか。

 

「折角の機会なんだから、むしろ楽しむべきだろうに」

 

自分に言い聞かせるようにしながら立ち上がり、鏡の前で笑ってみる。

 

……うん、大丈夫そうだ。

 

 

 

 

 

4/11 MON

 

 

本日は記念すべき大変めでたい日となるだろう。

何故なら今日は、主人公が異世界へと赴き『ペルソナ能力』に目覚める事になるのだから。

 

折角なので僕もそのご相伴に預からせてもらおう。

 

蒼山一丁目駅から地上へ出てすぐ左手側にあるお店、「Jeunesse et beaute」。

その軒下、送水口が埋め込まれている壁に寄りかかって待機していた。

 

間違っていなければ、ここへ雨宮さん達がやってくる筈なので朝早くから待っている。

 

雨宮さん達と異世界へ向かいはすれど、今は合流せず別行動をとる予定なので変装をしてきた。

 

買い直したサングラスに家庭用マスク、茶色のレインコート、今日は時間が確保できた為レインパンツもしっかり着用している。これならどう見ても秀尽学園生には見えない。

スクールバッグは大きめのショップバッグに入れて偽装してある。

質が良いとはいえ紙製なのは後で使い捨てる為だ。惜しくもなんともない。

 

準備は万端だ。後はここで雨宮さん達が異世界入りする瞬間に巻き込まれるだけ。

 

……来るよね? 大丈夫だよね?

この世界が『ペルソナ5R』準拠ではない事が発覚した為かなり不安だ。早く来て欲しい。

 

彼らの到来が待ち遠しくやきもきしていると、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

しばらくすると、傘を差さねばずぶ濡れになってしまう程に雨足が強まった。

 

それと同時にこの店の軒下、出入り口辺りに誰かが雨宿りしにやってきている。

スマホを片手に持ったままその人物に目をやると、黒髪の青年、雨宮 蓮がそこにいた。

なにやら頭に桜の花びらがついている。

 

どうやらここで間違いなかったようだ。その事実に内心安堵する。

この後の展開に介入するつもりはないので、頭を傾けフードを深く被り目元を隠した。

怪しまれたくないのでこのまま空気に徹する。

 

本音を言えば、ゲームで見たやり取りを実際に目にしたかったなぁ……。

 

そんな事を考えていると、コツコツと鳴る足音がこちらへ近付いてきている。

この足音は高巻さんだ。順調に役者が揃っていく。

 

「ついてる」

 

「え?」

 

突然、どうやら高巻さんが何かに反応を示したようだ。恐らくは桜の花びらに。

何故か原作にはないやり取りを彼らはしているようだった。

 

どうして人が見るのを我慢している時にそういう事をするのか。小一時間問い詰めたい。

 

「嫌な雨。折角きれいに咲いたのに、散らさないでほしいよね」

 

そんな僕の忍耐などお構いなしに高巻さんはこの雨への不満を口にしている。

すると、どこからか車のクラクション音が鳴り響いた。恐らくこれは……。

 

「おはよう、遅刻するぞー! 高巻、乗ってくか?」

 

青少年達の青春の一幕に割って入ってきたのは、悪魔こと鴨志田 卓だった。

不本意極まりないが、この場に鴨志田が車でやってきて高巻さんを連れ去る事は予定調和だ。

 

雨宮さんにも声を掛けたものの、丁重に断られそれを承諾した鴨志田は、そのまま車で走り去っていった。

 

生贄にするような真似してごめん高巻さん。きちんと解決するから力を貸してくれ……。

 

見て見ぬ振りをした事に心を痛めていると、また別の足音がこちらへ向かってきている。

人情に厚く強い正義感を持った主人公の最初の仲間、「怪盗団の切り込み隊長」こと竜司だ。

 

「チッ、変態教師が。鴨志田のヤロー……」

 

「変態教師? 鴨志田?」

 

竜司が怒りと恨みを込めて発した一言を、雨宮さんが疑問符をつけて復唱した。

そう、それでいい。異世界へ入る為の必要な行程だ。彼らの会話によく耳を澄ませる。

 

「今の車だよ、鴨志田だったろ。好き勝手しやがって……お城の王様かよってんだ、お前もそう思

 わねえか?」

 

「お城の王様」

 

「? なんだよ反応わりーな。お前シュージンだよな?」

 

「秀尽学園の事なら、そう」

 

「鴨志田」、「城」、「秀尽学園」。条件は全て揃った、これで認知の異世界へ入れる。

それにしても原作に比べて和やかな会話だ。ゲームだと竜司の第一印象はかなり悪かったのに。

あーでもこの世界だと竜司は僕と友達だから心の余裕があるのかもしれない。

 

「えーと学年は……2年、タメかよ。見ねえ顔だなぁ、何組だ?」

 

「まだ聞いてない」

 

「まだ? ってあーそういう事か! お前もしかして例の転校生か!?」

 

「うん」

 

「んじゃあ知らねえワケだ。けど、へぇ~お前がねぇ? 全然そうには見えねえけど」

 

「何の話? それに “例の” って?」

 

「ああそれはな、って時間がやべえ。大した雨じゃねーし先学校行こーぜ、遅刻しちまう」

 

疑問に答えようとした竜司だったが現在の時刻を思い出したようで、話を切り上げて登校を優先しようと雨宮さんに促している。

さて、タイミング的にはそろそろか。身体にくる衝撃に備えて身構えた。

 

「んっ!?」

 

「うっ」

 

「っ」

 

身構えた直後、僕を含め3人同時に謎の頭痛が突如として襲い掛かってきた。

これでいい。眩暈がするがこれは異世界へ侵入出来た事を示す合図だ。無事に成功した。

 

今の頭痛に2人は立ち止まったが、すぐさま歩き出しここから離れていく。

足音が遠ざかりつつある事を確認し、僕も彼らから一定の距離を保って跡をつけた。

 

周囲の景色を見遣れば、引っ切り無しだった通行人や車が全て消え失せている。

 

 

~~~

 

 

「んなっ!? なんだこれ……学校どこいっちまったんだよ、なあ?」

 

「俺に聞かれても……」

 

学校へ向かうのに近道をしようと、彼らは一本道の裏路地を進んでいった。

裏路地を出た先にあった非現実的な光景を前に、ただただ愕然としているようだ。

 

僕はというと、裏路地の曲がり角に身を潜めている。振り返られでもして気付かれたら困る。

 

「道間違ってねえよな……どうなってんだ? しゃーねえ、行くしかねえか」

 

「え、でも」

 

「中入って聞くしかねえだろ? 学校の名前もある事だしよ」

 

秀尽学園の銘板があるからと、竜司は無遠慮に先へと踏み入れ雨宮さんもついていく。

2人の足音は遠ざかっていき、次第に聞こえなくなった。

 

聞き耳を立て問題ない事を確認し、曲がり角から顔を覗かせてみる。

 

「うわっ、すっご……」

 

ゲームで幾度となく見た事はあれど、肌で感じるその光景に思わず圧倒され、声が漏れた。

 

不気味な赤紫色に輝く空の下に、妖しげで巨大な古城が踏ん反り返るように聳え立っている。

唯一ここが学校だと思える要素は、古城から垂れ下がる横断幕くらいなものだろう。

 

あり得ざる光景を前に、それでも五感が紛れもなくここは現実なのだと告げている。

この空間を包む異様な雰囲気は到底人の手では作り得ないものだった。

 

「―――っ! 呆けている場合じゃなかった!」

 

景色を眺めている場合ではないと我に返り、急いで着込んできたレインコートを脱いだ。

そうしてスクールバッグを取り出し空になったショップバッグに、レインコートやサングラス等の変装道具を詰め込み、なるべく小さくしてから適当な室外機の下に押し込んだ。

 

これであの城を攻略した際、この空間と一緒に消滅してくれる為処分に手間取らずに済む。

僕がこれらを着て変装していたという証拠品は何一つ残らない。

 

「……じゃあね2人共。なんとか生きて帰ってきてくれ」

 

城へ入っていった雨宮さん達へ健闘を祈りつつ、急ぎ裏路地を戻って待機場所の店まで向かう。

その最中、目の前の光景が捻じ曲がり、赤と黒の波紋がいくつも広がっていった。

平衡感覚が狂いそうになる歪みの中を一心不乱に駆け抜ける。

 

いつの間にか波紋が消え、空間の歪みが収まり視界が開けると、辺りの景色は一変していた。

今いる場所は駅から出てすぐの、雨宮さん達が来るまで待機していたお店がある通りだ。

人や車も往来しており、問題なく現実世界へ戻ってくる事ができた。

 

「……! そうだスマホ……!」

 

異世界から帰還して早々スマホを取り出して、ホーム画面を確認してみる。

作戦とは名ばかりの希望的観測に縋った、もはやただの博打であったが―――。

 

「あ、ある! 確かにある! 間違いなく! ここに!」

 

歓喜のあまり思わず叫んでしまった為、周りから奇異な目で見られているがどうでもいい。

 

スマホのホーム画面、アプリアイコンがいくつも並んでいる中で異彩を放つアイコンがある。

黒いひび割れの向こうに赤色の目が描かれ、その瞳には黒い一つ星が浮かび上がっている。

そんな禍々しくおどろおどろしいデザインが施された、怪しさ満点のアプリアイコンだ。

 

朝起きた時には確実に存在していなかったこの奇怪なアプリ。

これはたった今、異世界から帰還した瞬間に僕のスマホへとインストールされてきたのだ。

 

賭けに勝った、大成功だ。

 

「よ、よかったぁ……」

 

心の底から安堵した事で思わずその場にへたり込みそうになってしまう。

ある程度勝算のある賭けであっても結果を見るまではわからない。勝ててよかった。

 

このアプリの名は『イセカイナビ』。

先程までいた異世界へ自由に行き来する為に必要となってくるのが他ならぬこのアプリ。

自由に行き来といっても色々条件があるのだが……そこはきちんと把握しているので問題ない。

これで僕も悪神が仕掛けたゲームの参加者、トリックスターサイドの駒になれた。

 

一体なにがどう「賭け」だったのかというと……このアプリの取得条件が曖昧な事にある。

これ自体は悪神が用意したもので、奴は「主人公に有益な人間になら渡す」と発言している。

つまり、イセカイナビが貰えるかどうかは完全に悪神のさじ加減ひとつなのだ。

 

異世界にちょろっと入っただけの高巻さんや、3学期まで碌に出番のない芳澤すみれにさえ手渡す辺り、その選定基準はいい加減で大雑把なのは間違いない。

しかしだからといって、悪神から見て不審な動きを取り続ける僕にくれる保証はない訳で……。

 

ルブランに早い段階で通い続け、強引にでも2階の屋根裏部屋を整え、早々にこの世界の主人公たる雨宮さんに接触して友誼を結んだのはこの為。

まぁ要するにトリックスターである雨宮さんにとって有益な存在ですよアピールだね、うん。

 

「いやぁ、今迄の積み重ねが活きたね……本当によかっ、ん? ん!?」

 

イセカイナビの確認に気を取られて目に入らなかったが、改めて画面を見てようやく気が付いた。

 

時間が大変な事になっている。このままでは朝のホームルームに間に合わない。

 

「ま、まずい……!」

 

僕は雨宮さんや高巻さんと同じ2‐D組に在籍していて、担任教師は川上先生だ。

そう、僕が作家である事を明かし一昨日の土曜日に休む旨を伝えておいた川上貞代先生。

土曜日休む事に協力させておいて遅刻までするとか確実に説教されてしまう。

下手すると放課後の活動にまで悪影響が出かねない。

 

それだけは勘弁してほしい!

 

スマホを仕舞い現実の裏路地へ駆け出した。ここから行けば秀尽学園まで近道なのだ。

朝から走ってばかりだがこういう時の為に日頃から鍛えている。

やはり何をするにおいても気力と体力は必要だ。

 

その甲斐あって、遅刻する瀬戸際であったがなんとかホームルームが始まる前に教室へ入れた。

川上先生と同時に入室する事になったけど。

 

いや違うんです川上先生。学校には既におりました、ただトイレに籠っていまして。

えぇ、実は昨日牡蠣を食べてしまいましてね……。

 

よし、言い包められた。これで次の段階へ進める。

後は放課後に、生徒がある程度捌けるまで待ち、折を見て再度異世界へ侵入する。

 

ここまで長かった……でも、これでやっと……。

 

 

 

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