ドゥ~ラドゥラドゥラ! 私が最強のウマ娘メンテねえ! 作:東頭鎖国
秋華賞から一週間。
いよいよ、菊花賞の日がやってきた。
エアプメンテにとって最も大事な、最も長いレース。
「エアプメンテ……いよいよ、やってきたね。
キミの挑戦、最後の一冠」
「……ドゥラ」
エアプメンテは、いつになく真剣な表情をしていた。
この一年、この時のために頑張ってきたのだ。
肩に力も入る。
「最初は無謀な挑戦、なんて言われてた。
でも、今のキミにそんなことをいう奴は誰もいない。
ところで、エアプメンテ。
菊花賞はどんなウマ娘が勝つレースか、知ってるかい?」
「いや、知らないドゥラ」
「菊花賞は、もっとも『強い』ウマ娘が勝つレースと言われている。
それなら! 勝つのはキミしかいない!
キミがもっとも強いウマ娘なんだから!」
トレーナーの言葉にも、いつになく熱が入っていた。
この日のために、二人で頑張ってきた。
「さて、今日のレースの話をしよう。
どのウマ娘も、ダービーの時と比べ確実に強くなっているだろう。
特に要注意なのは、キタサンブラック。
どうやらあの合宿の後も、強化合宿を敢行したらしい」
「ほんとドゥラか?」
「ああ。
間違いなく、今回のレースで最大の障壁になるだろう。
彼女、ずいぶんキミのことを意識していたようだしね。
何らかの対策を取ってくることは間違いない」
「対策、ドゥラか」
「ああ。
その上で言うよ。
今日の作戦は……」
「……作戦は?」
ごくり、とエアプメンテが固唾を呑む。
トレーナーは重い口を、勢いよく開いた。
「なし! キミの好きなように走ってらっしゃい!」
「え~! いいんドゥラか!?
あんなに要注意とか対策とか言ってたメンテよ!?」
エアプメンテは、なんだか拍子抜けしてしまう。
しかしトレーナーはそれを気に留めず、エアプメンテに言い聞かせる。
「どっちみち、キミは自分の好きなように走ってる時が1番強くて、1番速いんだ。
ヘンに作戦なんか立てるより、楽しんで走っちゃうくらいの余裕があって丁度いい」
「そういうもんドゥラかねえ」
「そういうものだよ。
それに、これは個人的な気持ちなんだけど……。
自由に走っている時のキミが、1番素敵だ。
キミのそんな走りに、僕は夢を見たんだ。
……って、何言ってるんだろ、僕は」
トレーナーはそんな事を勢いのままに言ってしまい、照れくさそうに誤魔化す。
エアプメンテはそんなトレーナーの話を、じっと聞いていた。
「夢、ドゥラか。
トレーナーは、私に夢をのっけてくれるんドゥラね」
「……ああ。
僕だけじゃない。
日本中の色んな人が、キミに夢を乗せている。
でも、そんなことは一切気にしなくていい。
いちばん大事なのは、キミの想いだ」
エアプメンテの奥底から、言葉にならないゾクゾクした気持ちが湧いてくる。
だが、それは決して悪いものではない。
「……行ってくるドゥラよ! トレーナー!」
*****
「……すごい熱気、ドゥラ」
菊花賞。
京都競馬場は秋華賞の時の比ではない程の熱狂に包まれていた。
「ドゥラ……」
心臓がドキドキしている。
エアプメンテは柄にもなく緊張していた。
身体が小刻みに震えている。
歩き方もぎこちなく、前足を大きく上げてパカパカと妙なステップを踏んでいた。
「プメちゃーん!!」
スタンドから、聞き覚えのある声が聞こえた。
見ると、レッツゴードンキが手を振って自分の名前を呼んでいた。
……いや、ドンキだけではない。
「エアプメンテさん! 頑張ってくださいましー!」
「なんですの、そのザマは!
レースで情けない走り方して負けたら、後でブッ飛ばしますわよ!」
「みんな……」
ティアラ路線で戦ったウマ娘達が、エアプメンテの応援に駆けつけてくれていた。
ミッキークイーンが拳を振り上げながらエアプメンテめがけて檄を飛ばす。
その様子を見て、エアプメンテからはつい笑顔が漏れる。
……彼女の言う通り、情けない走り方は出来ない。
エアプメンテはそう思って、両手で自らの頬をぱちぃん! と叩く。
「ッしゃあドゥラ!」
気合一発、緊張を吹き飛ばす。
エアプメンテの身体は、もう震えていなかった。
緊張のほぐれた彼女はスタンドに背を向け、ゲートに向かおうとする。
「……エアプメンテちゃん」
ふと、声をかけられた。
「……キタサン」
二人はしばらくの間、見つめ合う。
そしてお互いの口から出た言葉は、一言だけ。
「勝つよ」
「負けないドゥラ」
それだけのやり取り。
キタサンブラックは背を向け、ゲートに向かう。
(キタサンの背中……前に見たときより、一回り大きくなってるドゥラ。
でも──)
どうやら相当な鍛錬を積んできたことは、一目見るだけでわかった。
だが、そんなことはエアプメンテには関係ない。
(今日はもう、キタサンの背中を見ることはないメンテ)
最後まで、先頭は譲らない。
*****
『クラシックロードの終着点。
菊花賞を制し、最強の称号を得るのは誰だ!
一番人気はこのウマ娘、エアプメンテ!
六冠がかかったこの戦い、絶対に負けられない!!』
エアプメンテの名前を呼ぶと、地鳴りのような歓声が起こる。
彼女はゲートの中で足元をトントンと軽く踏み、感触を確かめる。
(うん、いい感じ。
これなら、スタートも問題なさそうメンテね。
あとは、反応速度ドゥラ。
集中、集中──)
エアプメンテは目を閉じ、コンセントレーションを高めていく。
感覚を研ぎ澄ませ、スタートの合図を待つ。
そして──
がこん!
ゲートが、開いた。
『スタートです! 各ウマ娘、きれいなスタートを切りました!
おっと速い! やはりハナを取るのはこのウマ娘!
エアプメンテだー!』
『デビュー以来、一度も先頭を譲ったことはありませんからね。
今回も逃げ切ることができるでしょうか』
スタートは完璧。
しかし、エアプメンテは面食らう。
(3000mだと、スタートからいきなり坂があるメンテね)
距離によるスタート位置の違いによる変化。
秋華賞では一度だけ坂を乗り越えればよかったが、菊花賞では坂を二回走る必要がある。
しかし、エアプメンテにとってこの坂は初めてではない。
彼女にはそういう点でアドバンテージがあった。
しかし──
『あっとキタサンブラック!? エアプメンテの背中にピッタリついている! 徹底マーク作戦だ~!』
『ダービーの時はこの戦略を取ろうとして沈んでしまいましたが、今回は勝算があるのでしょうか?』
(色々考えた。
どんな走りをするのが一番いいのか。
どうすればエアプメンテちゃんに勝てるか。
色々考えたけど……結局私には、これしか無いッ!!)
*****
いっぽう観客席では、スピカの面々がキタサンブラックの応援に駆けつけていた。
「いきなりこんなハイペースで……キタちゃん、大丈夫なんでしょうか?」
「結局のところ、逃げ相手に戦うにはこれしか無い。
一度調子づいてしまったら、もう手遅れ、なんてことも珍しくないからな」
「そういえば私の時も、セイちゃんに逃げ切られちゃいました……」
それは、スペシャルウィークにとって苦い記憶だった。
彼女の菊花賞では最初から最後までセイウンスカイに先頭を取られ続けたまま、何も出来ずに負けてしまったからだ。
「大逃げは、理論の上では最強だ。
誰にも干渉されることなく、ただただ誰よりも速く駆け抜ける。
それをやられたら後ろのウマ娘達はどうしようもない」
「でも、そんなの普通無理だぜ?」
「ああ、その通りだ。
お前らには説明するまでもないが、ずっと先頭を走り続けるのは難しいことだ。
指標がないから自分でペースをキープし続ける必要があるし、後ろからのプレッシャーにも耐えなきゃいけない。
大概の場合は沈んでいくか、一着でも体力を使い切った状態になるのが大半だ」
「ターボ師匠がそうだったね」
トウカイテイオーは、ツインターボの姿を思い浮かべる。
彼女の大逃げはテイオーにとっては印象深い走りだ。
思いっきり逃げて、ヘロヘロになっても最後まで諦めず走り切る。
見ていて勇気をもらえる、そんな走りだった。
「だが、ごく一部に例外が存在する。
後方からのプレッシャーなんて気にすることもなく、自分のペースで悠々と走り抜けるウマ娘。
例えば、うちのスズカがそうだ。
身内贔屓を抜きにしても、大逃げウマ娘として理想的な存在と言っていい」
「やっぱり、スズカさんって凄いんですね!」
「そう言われると、なんだか照れますね……」
沖野に褒められ、スペシャルウィークにキラキラとした目で見られる。
スズカは嬉しさと恥ずかしさが同時に来て、ほんのり頬を紅く染めた。
「そして、エアプメンテもまたごく一部の例外に該当する。
最後まで沈まず逃げ切るスタミナ。
そしてペースを乱さず、スタミナを管理する能力。
さらに、プレッシャーを意にも介さない精神力。
これもまた、理想の大逃げウマ娘としての素養を全て兼ね備えている」
「……でも、私のほうが速いですよ」
そう言ってスズカはぷくっと頬を膨らませた。
沖野はそんな彼女を見て、苦笑しながら頭を撫でる。
「あくまでも素養だ、まだ完成されてない。
なぜなら、エアプメンテは経験が足りない。
そこを突くための力を、キタサンは身につけてきた」
「ああ……そのための強化合宿だったのですね。
それならば、あるいは」
メジロマックイーンは合点がいったという様子で頷く。
「勝てますわよ、キタさん」
*****
『キタサンブラック、エアプメンテのぴったり後ろ! このまま張り付いて離さない!』
(……ずっと同じ場所にいるドゥラ。
こんなに走りづらいの、初めてメンテね)
エアプメンテは、今までにない走りづらさを感じていた。
キタサンブラックが、後方でずっと無視できないほどの存在感を放ち続けている。
これだけの時間、他のウマ娘の存在を近くに感じながら走るのは初めてだった。
キタサンブラックは、エアプメンテの背中を常に捉えながら走っていた。
(ついてく、ついてく、ついてく、ついてく!!)
それは、ライスシャワー直伝の戦法だった。
キタサンブラックは、ミホノブルボンとライスシャワーの力を借りて独自の強化合宿を行っていた。
その時の事を思い出しながら、キタサンブラックは走り続ける。
*****
時は少し遡る。
「後ろについてく?
それだけでいいんですか?」
「うん。
エアプメンテちゃんに勝つには、それが一番いいと思う」
キタサンブラックは拍子抜けしてしまった。
「でも、それはもうやって、負けちゃってるんですよね……。
本当に、それでいいんでしょうか?」
「うーん……説明するより、実際に走ってみた方が早いかな。
ちょっと併走しよっか」
「は、はい!」
そうやって、二人は併走を始める。
まずはキタサンがハナを取り、そのまま先頭で走る。
阻むものは何もない。
何もない、はずなのに。
(……なに、この感覚)
後方から、重くどす黒い何かがずっとついてきている。
ずっと追い立てられている。
「はっ、はっ、はっ……!」
呼吸が乱れる。
まだスタミナは残っているはずなのに。
キタサンは、猟犬に追い立てられる羊の気持ちを理解したと思った。
「く、ッ……!」
キタサンはどんどん消耗していき、少しずつ速度が落ちていく。
その隙をついて、蒼い閃光が一気に前に躍り出る。
そのまま差をつけて先着されてしまった。
「って、こんな感じなんだけど……。
上手く伝わったかな?」
そう言って、ライスシャワーは気恥ずかしそうに笑う。
とてもさっきのプレッシャーを放っていたウマ娘と同一人物には思えなかった。
「……は、はい……」
キタサンは腰を抜かし、しばらくそのまま立つことが出来なかった。
*****
(あれから、いっぱい練習した。
ブルボンさんに逃げてもらって、ひたすら張り付く特訓もした!)
キタサンは精一杯のプレッシャーを与えんと、ひたすら一定距離を維持して張り付き続ける。
(ち、ッ……真後ろにいるだけなのに、走りづらいドゥラ。
直接邪魔されてるわけでもないのに、不思議なもんメンテねえ!)
ペースを上げて、引き離したい気持ちがある。
しかし、今ペースを上げたらゴールまで保たない。
エアプメンテはそんなことを考えながら、ペースを維持して走り続ける。
(逃げ切る!)
(逃さないッ!)
エアプメンテの人生において、最も長いレース。
二人のデッドヒートは、まだ続く。