ドゥ~ラドゥラドゥラ! 私が最強のウマ娘メンテねえ! 作:東頭鎖国
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
キタサンブラックは、ただただ必死でエアプメンテに食らいつく。
ただ、勝つことだけを考えて。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
エアプメンテは、ただただ夢中で逃げ続ける。
後ろに感じるプレッシャーを払拭するかのように。
『さあ直線を抜けて、第三コーナーに差し掛かる!
最強を目指す者の前に、立ちはだかるのは淀の坂!』
菊花賞、二度目の坂。
その辛さは、一度目の比ではない。
秋華賞のときと違って、エアプメンテの消耗具合は比べ物にならない。
急坂を乗り越え、ずっと後ろに張り付かれたまま長い距離を走り続けてからの坂だ。
身体的、精神的な疲労のどちらも今までのレースで感じたことのないものだった。
「ぐ、ッ……」
ぐんと前に進もうという力を、大きな傾斜が阻んでくる。
だが、それはエアプメンテの道のりを阻むものにならない。
この日の、この坂を乗り越えるために鍛えてきたのだ。
(思い出すドゥラ、あの山のこと……!
あの合宿のこと!)
「ドゥラぁぁぁぁッッ!」
疲れた身体に鞭打ち、坂を駆け上る。
身体に染み付いた経験が、自然と傾斜を上るのに最適な走りを遂行する。
「く……!」
キタサンブラックは追いすがる。
彼女も、坂路の特訓は沢山やったつもりだった。
しかし、坂を上るスピードではエアプメンテに軍配が上がる。
キープし続けていた差が、少しずつ離れていく。
(プレッシャーが遠くなった! このまま行くドゥラ!)
エアプメンテが一歩先に上りきり、下りに差し掛かる。
(このままじゃッ……!)
遅れを取ったキタサンは焦る。
このまま差を離されたら……負ける。
そう思ったキタサンは、賭けに出た。
『さあエアプメンテ、スムーズに坂を駆け下りる!
態勢を崩しがちな下り坂において、この安定感は流石といったところ!』
エアプメンテは出来る限りスピードを維持しつつ、足元に気をつけながら駆け下りる。
しかし、そんな中──急激にプレッシャーが膨らんだ。
「何ドゥラッ……!?」
『うわーッ!? キタサンブラック、全くスピードを落とさない! 急坂を一気に駆け下りていく!
源義経もかくやといった逆落とし! しかしこれは一歩間違えれば大事故の危険な走りだ! 大丈夫なのかキタサンブラックー!?』
(正気じゃ勝てない。
リスクなんて考えてたら、追いつけない!)
一時的に離れていた差が、じわじわと縮んでいく。
決死の走りが、エアプメンテを追い詰める。
『下りきった! 下りきったぞキタサンブラック! なんと勇気溢れる走り!
二人揃って最終直線に入った! 勝負は終盤です!』
坂で開いた差は、下りきる頃には既に元通り縮まっていた。
残るは、最終直線。
ここからは、意地と意地のぶつかり合いだ。
*****
「……心臓が止まったぜ、全く。
帰ってきたら説教だな、こりゃ」
坂を下りきったキタサンを見て、沖野が大きく息を吐く。
あんな走り方は教えていない。
キタサンの勝ちへの執念がそうさせた。
「でも、今は……全力で頑張れキタサン! あとちょっとだぞ!」
「頑張ってください!」
「勝利は目の前ですわよ!!」
「いけーっ、キタちゃん!」
スピカのみんなが、キタサンに声援を送る。
*****
「強いですわね、あの黒い子……」
イッツコーリングが感嘆する。
自分が大敗し、届かなかったエアプメンテ相手と互角の勝負を繰り広げている。
「あんなに追い詰められるプメちゃん、見たことないよ。
でも、一番強いのはプメちゃんなんだから!
がんばれ~! いつもみたいに、ずっと先頭で走りきっちゃえー!」
レッツゴードンキが声を張り上げて応援する。
「ぬぁ~にを苦戦していますのエアプメンテさん!! 私たちをぶっちぎったみたいに圧勝してみせなさいな!!
私たちと走った貴女はもっと速かったでしょうが! 気合入れて走りなさーい!!」
ミッキークイーンは熱が入りすぎるあまり、ターフに飛び出さんばかりの勢いで身を乗り出す。
「み、ミッキーちゃん落ち着いて!」
「そもそも3000mなんだから私たちの時よりペース遅いのは当たり前ですわ!」
二人は慌ててミッキークイーンの身体を掴み、観客席に引き戻す。
引っ張られながらも、ミッキークイーンは大声で叫ぶ。
「絶対に、負けんじゃありませんわよ~!!」
*****
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
息が乱れる。
最終直線が、やけに長く思える。
ゴールがやたら遠くに見える。
(こんなの、初めてドゥラ)
こんなに長いのは。
こんなに追い詰められているのは。
こんなに誰かが近くにいるのは。
こんなに、負けそうなのは。
疲労と酸欠で混濁する意識の中で、色んな考えが頭の中でぐるぐるしている。
足元がふわふわしている。
今この状況は……エアプメンテにとって、未知に満たされている。
思考が、できなくなっていく。
その一方で、キタサンブラックの眼は未だ闘志で満ちていた。
菊花賞は長く、険しいレースだった。
この日のために鍛えてきたとはいえ、彼女の身体は既に限界を迎えている。
しかし、彼女の気持ちが、闘志が足を動かしている。
今この瞬間、キタサンブラックの精神は肉体を凌駕していた。
(勝ちたい)
背中が近づく。
(勝ちたい)
肩が近づく。
(勝ちたい)
肩を並べる。
(キミに勝ちたい!!)
「はぁぁぁぁぁッッ!!!!」
『順位が入れ替わった! キタサンブラック! わずかにキタサンブラックが前に出た!!』
*****
エアプメンテのトレーナーは、拳を握りしめながら彼女のレースを見守っていた。
少しずつキタサンブラックに並ばれつつあるエアプメンテを見て、一人呟く。
「……違うだろ。
そうじゃないだろう?」
エアプメンテは今レース、ずっとキタサンブラックに意識を奪われていた。
それが体力の消耗を加速させ、今に至っている。
「それは、キミの走りじゃないだろう?」
エアプメンテは、勝ちを意識して頑張った。
精一杯、頑張ってくれた。
でも、そうじゃない。
エアプメンテの走りは。
僕があの日惚れた走りは。
荒々しくて、どこまでも飛んでいけそうな──
「なんにも考えなくていいんだ!! 楽しんで自由に走れーッ!!」
*****
(……あ)
そんな声が、聞こえたわけではない。
だが、ふと気づいた。
エアプメンテ自身の、自らの心の奥底にあるモノに。
こんなに長いレースは、初めて。
こんなに追い詰められるのは、初めて。
こんなに誰かが近くにいるのは、初めて。
こんなに、負けそうなのは初めて。
このレースだけで、たくさんの『初めて』を知ることが出来た。
そしてエアプメンテは、トレセン学園に入学してからたくさんの『初めて』を知った。
知るのは、楽しい。
経験するのは、楽しい。
そして──
(走るのって……楽しいメンテねえ!!)
それは、エアプメンテが走りたいと思った原点。
それに気づいた瞬間、前方の景色がぶわっと広がる。
あんなに遠いと思っていたゴールが、明瞭に見える。
(こんなレース、初めてなんだから。
全力出さなきゃ、勿体ないドゥラ!!)
疲れ切っていた手足に、再び力が入る。
(よく考えたら、なんで後ろにつかれるのが嫌だったんドゥラかね?
誰かと一緒に走るって、楽しいメンテ)
全力で誰かと隣り合って走る楽しさに、キタサンブラックの圧力が脅威でなくなっていく。
(でも、負けないドゥラよ~。
最後に勝つのは、私メンテねえ!!)
今日一番の力で、ぐっと大地を蹴る。
『初めて』は楽しい。
でも……一着でゴールするのは、何回やっても楽しい!!
『あっと! エアプメンテ、ここで再び加速ー!?
まだ体力が残っていたのか!!』
(そんな、まだ来るっ……!
でも、ゴールまであと少し! あと少しで勝てるんだ!!)
「だぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
裂帛の気合を込めて、キタサンブラックは駆ける。
しかし……伸びない。
一度は抜かしたエアプメンテが、再び並んでくる。
その時、彼女はエアプメンテの顔を見た。
(笑って、る……)
直後、ゴールを迎えた。
*****
掲示板が点灯する。
結果はハナ差。
勝利したのは──
『エアプメンテ!! 一着はエアプメンテです!! これでクラシック六冠!!
前人未到の
今年のクラシック! いや、歴代クラシックウマ娘の中で最強の王者と言っても過言ではないでしょう!!』
その宣言と同時に、会場中が割れんばかりの歓声で埋め尽くされる。
それは声というより、音の津波だった。
エアプメンテはそんな中、しばらく呆然としていた。
「レース、終わっちゃったドゥラ。
楽しかったメンテねえ」
思考がふわふわしている。
ぼんやりとした瞳で、掲示板を見る。
そこには、一着にエアプメンテの番号が点っていた。
「あ……」
そこで、目が覚める。
ああ、勝ったんだ。
そんな実感と共に、心の底から喜びが湧いてくる。
身体がぶるぶると震え、笑いが溢れてくる。
「ドゥ~ラドゥラドゥラ!
私が最強のウマ娘メンテねえ!」
エアプメンテは指を立てることも忘れて、ただただ両拳を突き上げた。
*****
「はーっ、はーっ、はーっ……」
キタサンブラックもまた、呆然と立ち尽くしていた。
全力を尽くした。
この日のために、出来ることは全てやった。
調子だってよかった。
今までのレースの中で、もっともいい走りができた。
その上で、負けた。
届かなかった。
でも──
「キタちゃ~ん!」
観客席から、声がする。
音の津波の中、それらはハッキリと聞こえた。
「よく頑張ったねえキタちゃん! 私、感動しちゃったよ!」
「俺もだよ~!」
「凄いレースだったぜ、キタちゃん!」
そう言葉を掛けてくれるのは、ずっとキタサンを応援してくれている人たち。
「商店街のみんな……」
それだけではない。
沢山の人が、キタサンブラックに向けて温かい言葉を掛けてくれていた。
「よく頑張った、キタサン!」
「うぇぇぇぇん、わたし感動しちゃいましたぁ!」」
スピカの面々が。
「いい走りでした、キタサンブラック」
「いっぱい頑張ったね、キタちゃん!」
ライスが、ブルボンが。
今までキタサンブラックと関わった人たちが。
無念の気持ちはある。
本当は、勝って報いたかった。
みんなに笑顔になってほしかった。
でもそれ以上に、今は……感謝の気持ちでいっぱいだった。
「みんな……みんな、ありがとうございました!!」
*****
「うぅっ……頑張ったねえ、エアプメンテ」
「なんでトレーナーが泣いてるドゥラか」
「だって、だって……!!」
六冠を達成したエアプメンテを前に、トレーナーは男泣きしていた。
あの日夢見たことを、まさか実現してくれるなんて。
彼女のことを疑っていたわけではないし、出来ると信じていた。
だがそれでも、嬉しいことは嬉しいのだ。
「もう、しっかりしてほしいドゥラ!」
見かねたエアプメンテは、トレーナーの背中をばしんと叩く。
「あいだッ!?」
トレーナーは衝撃で思わず飛び上がり、正気を取り戻す。
「ご、ごめん……嬉しくって、つい」
トレーナーはハンカチで顔を拭いながら言う。
「もう、困るドゥラよ。
トレーナーにはまだまだ一緒に頑張ってもらうメンテよ?
とりあえず当初の予定は達成したから、次走るレース決めて欲しいドゥラ」
「えっ! 僕が決めるの!?」
責任重大だなあ……」
トレーナーは、突然の無茶振りに困惑しながら頭を回す。
とりあえずちゃんと予定を詰めて、あとは本人と相談の上で……。
これから先も大変そうだ。
「ああ、それとドゥラ」
「ん?」
「いつまでも『エアプメンテ』じゃ他人行儀ドゥラよ。
いい加減、もうちょっと縮めて呼んで欲しいドゥラ」
そんなことを言われて、トレーナーは一瞬面食らう。
しかしすぐ笑顔になって、彼女の事を呼ぶ。
「ああ。
それじゃあ……プメ!」
「だいぶ縮んだドゥラねえ」
「だ、ダメだったかな? じゃあ、プメンテ?」
「いや、プメでいいドゥラよ。
仲良い人がそう呼んでくれるドゥラし」
「そっか。
じゃあ……改めてよろしく、プメ!」
こうして、彼女のクラシック戦線は終わった。
当初の目標を見事に叶えたエアプメンテだが、彼女の波乱万丈なレース生活はまだまだ終わらない。
「それじゃあ、レース後の健康診断も行かないとね」
「えー、病院イヤメンテよ」
「わがまま言わないの。
ほら行くよ」
そうして向かった病院で。
「足、折れてますね。
二ヶ月は安静にしてください」
「「……ええ~っ!?」」
まだまだ、終わらない。