ドゥ~ラドゥラドゥラ! 私が最強のウマ娘メンテねえ!   作:東頭鎖国

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21話

「……はぁ」

 

 サトノダイヤモンドは、心ここにあらずといった様子で一人歩いていた。

 彼女はデビューしてからというもの、ずっとジリジリとした焦燥感に襲われていた。

 

「……キタちゃん……」

 

 *****

 

 キタサンブラックは、彼女の最も大切な友人の一人だ。

 いつも二人一緒だったし、トレセン学園にも一緒に入学した。

 部屋も一緒。

 でも、キタサンブラックのほうが一年早くデビューした。

 彼女のほうが、ダイヤより先に本格化が来たからだ。

 

 その一年間の間に、キタサンブラックは目覚ましい変化を見せた。

 まず変化の兆候が見えたのは、皐月賞。

 キタサンブラックが初めて負けた時からだった。

 

 彼女はその日の夜、自室でダイヤに想いを零した。

 

「……私、どうすればよかったんだろうね」

 

「どうすれば、って?」

 

「エアプメンテさん……信じられないくらい強かった。

 まるで勝てる気がしなかった」

 

「それは……」

 

 ダイヤは、何も言えなかった。

 皐月賞でのエアプメンテは、()()が違った。

 誰一人、影すら踏むことが出来なかった。

 

「どうすれば……どうすればあの子に勝てるのかな」

 

 でも、ダイヤは信じていた。

 キタちゃんなら、次はきっと勝てると。

 だから、無邪気に励ましの言葉を送る。

 

「キタちゃんなら、次はきっと勝てるよ!」

 

「……うん、ありがとうダイヤちゃん! 私、頑張る!」

 

 その後、キタサンブラックは頑張った。

 エアプメンテに勝つために、策も考えた。

 そうやって挑んだダービーは、惨敗だった。

 エアプメンテのペースについていこうとした結果、着外に沈んでしまった。

 

「キタちゃん……」

 

 エアプメンテが四本指を突き上げて、スタンド内には熱狂が渦巻く。

 その中で、ダイヤは茫然自失となって立ち尽くすキタサンの姿を、ただただ見ていることしか出来なかった。

 

 その日、部屋に戻ってきたキタサンはやけに明るかった。

 

「い、いやー、負けちゃったなあ! 

 あそこまで見事に負けるなんて、思わなかったよ、あはは……」

 

 それが本心でないことなんて、誰が見ても容易にわかった。

 

「キタちゃん……」

 

「ご、ごめんダイヤちゃん。

 今日は疲れたから、先に寝るねっ!」

 

「き、キタちゃん!? ご飯は? お風呂は!?」

 

 戸惑うダイヤの言葉に答えず、キタサンは布団を頭から被り、ベッドに潜り込む。

 ダイヤは心配しながらも、彼女にどんな言葉をかけていいか分からなかった。

 その夜、くぐもった泣き声が隣のベッドから聞こえていた。

 

 それから数日後……キタサンは、何事もなかったかのように立ち直っていた。

 

 本人は

「バクシンしたから」

 と言っていたが、ダイヤには意味がよく分からなかった。

 ただ自分の知らないところで、キタサンの悩みが解決したということだけはわかった。

 

 そして、夏合宿。

 あの前後から……キタサンの雰囲気が変わった。

「エアプメンテちゃんに、勝ちたいんだ」

 そう、溢すようになった。

 

 それから暫くして、キタサンは2週間ほど姿を消した。

 本人曰く『菊花賞に向けての秘密特訓』を行っていたらしい。

 何をしていたのかは、言ってくれなかった。

 

 そして、あの菊花賞。

 キタサンとエアプメンテのデッドヒートは、見ている人の心を熱くさせるモノだった。

 ぶっちぎりの世代最強ウマ娘をすんでのところまで追い詰めたキタサンブラックの姿は、多くの人の心を掴んで離さなかった。

 

 ダイヤは、キタサンが全力で走る姿を何度も見たことがある。

 でも──

 

「あんなキタちゃん、知らない……」

 

 全力で走っているのは見たことがある。

 必死で走っているのも見たことがある。

 だが、見ているものが息を呑むほど鬼気迫る姿で、闘争心剥き出しで走るキタサンブラックの姿は、未知のものだった。

 

 強い、と思った。

 怖い、とさえ感じた。

 

 それでも──勝ったのは、エアプメンテだった。

 ダイヤはただただ圧倒されて……レースが終わっても、立ち尽くして動けなかった。

 

 それから間もなくして、ダイヤ自身もデビューを果たした。

 メイクデビューは見事に勝利し、その後のレースも2連勝。

 G3のきさらぎ賞も制し、順調な滑り出しを見せていた。

 そして初のG1、皐月賞。

 サトノダイヤモンドは、三着だった。

 

 競争相手の斜行により、レース展開の不利を受けたのが大きかった。

 実力では勝っていたとの声もあった。

 しかし、負けは負け。

 ダイヤ自身もそれを言い訳にするつもりはなく、粛々と結果を受け入れた。

 

 その一方、キタサンは天皇賞・春でエアプメンテに勝利するという大金星を挙げてみせた。

 自分が足踏みしている間に、キタちゃんはどんどん先に行ってしまう。

 また、置いていかれてしまう。

 

 ぐにゅっ。

 

「え?」

 

 そんな考え事をしながら歩いていたため、ダイヤは自分の足元に落ちていたバナナの皮に気づかなかった。

 ダイヤはバナナの皮を思いっきり踏んづけ、つるんと滑ってしまう。

 

「きゃあっ!?」

 

 ダイヤの身体が勢いよく宙を舞う。

 

「危ないっ!」

 

 そのまま転んでしまいそうになったところを、何者かの手が受け止めた。

 それはダイヤもよく知る人物だった。

 

「ダイヤ、大丈夫だった?」

 

「クラちゃん!」

 

 サトノクラウン。

 同じサトノ家の出身であり、ダイヤの幼馴染であり、とても仲の良い友人だった。

 

 *****

 

「……そっか。

 焦ってるのね、ダイヤ」

 

 結局、ダイヤはクラウンに今抱えている悩みを話すことにした。

 クラウンもまた、友人としてキタサンブラックをよく知っている人物だ。

 そして、同期のライバルとして共に走っている。

 

「確かに、キタちゃんはとんでもない勢いで強くなってる。

 やっぱり、エアプメンテさんの存在が大きいのかもね」

 

「エアプメンテさんの?」

 

「うん。

 私は皐月とダービーで一緒に走ったことがあるけど……あの子は、災害みたいなものよ。

 一つ対応を間違えたら、勝ち負けどころかレースにすらならない。

 そんな恐ろしさを持ってる子」

 

 それがサトノクラウンのエアプメンテ評だった。

 事実、オークスなどはエアプメンテ一人の存在でレース展開がぐちゃぐちゃになってしまった。

 本人が意図してそうしているわけではなく、その存在自体が脅威。

 クラウンはその脅威で崩れることなく、ダービーでは三着につけている。

 裏を返せば、崩れないので精一杯だった。

 

「ダービーの時……キタちゃんだけは、エアプメンテさんに本気でついていこうとしてた。

 結果としては負けちゃったけど、あの中では一番、勝ちを意識してたと思う。

 ……私は、自分の走りをするのが精一杯だった」

 

 そう言いながら、クラウンは少し寂しそうに笑う。

 その声色には若干の悔しさが混じっていた。

 

「キタちゃん、見違えちゃったよね。

 ダイヤが焦るのもわかるわよ」

 

「……うん」

 

「そういう気持ちがあるのは、私も同じ。

 ダイヤ、私たちの世代がなんて呼ばれてるか知ってる?」

 

「ええっと『キタプメ世代』だよね?」

 

 世間やメディアでは、その呼ばれ方が専らだった。

 最強のエアプメンテと、それを唯一破ったキタサンブラック。

 今やその二人が世代の代表として認識されているのだ。

 

「そう。

 キタちゃんとエアプメンテさん以外のことに関しては、あんまり触れられない。

 もっと前なんて『エアプメンテとその他』なんて言われることもあったわ」

 

「え……」

 

 ダイヤは絶句する。

 しかし、クラウンの表情は暗いものではなかった。

 

「でも、私は『それ以外』なんて言葉で終わるつもりはない。

 私以外の同期の子も、みんな同じ。

 ゲンジツスチールちゃんなんて、ドバイまで行ってG1獲ってきたのよ? 

 自分の実力が世界にも通じるって証明したかったみたい」

 

 ゲンジツスチールは、クラシック三冠全てのレースで好走したウマ娘だ。

 しかしその実力に反して、世間からの注目は高くなかった。

 世間の評判はキタプメの二人に持っていかれ、自分の記事は小さく書かれるだけ。

 しかし先日ドバイターフを征したことによって、にわかに世間の注目が集まりつつあった。

 

「私も時期が来たら、海外に遠征するつもり。

 でも……その前にあの二人に勝ってみせる! 勝算だってあるわ。

 順当に考えたら、次は二人とも宝塚記念に出走してくると思うの。

 そこで勝負して、勝つ!」

 

 そう力強く宣言するクラウンを見て、ダイヤは眩しいと思った。

 そして、自らの現状と比べて俯いてしまう。

 

「……クラちゃんは、強いね。

 私なんかより、ずっと」

 

「らしくないわよ、ダイヤ。

 あなたの方こそ、私よりずっと強いハズでしょ? 

 レースどうこうの話じゃなくて、()()が」

 

 そう言ってクラウンは自らの左胸を拳で叩く。

 

「大丈夫。

 きっとダイヤなら、今のキタちゃんにも追いつけるハズよ。

 今度のダービー、頑張ってね。

 サトノ悲願の初G1制覇、応援してるから!」

 

「うん。

 クラちゃんも、頑張ってね!」

 

 *****

 

 こうしてクラウンに激励され、迎えたダービー当日。

 サトノダイヤモンドは、残念ながら二着だった。

 

 実力では、決して負けていなかった。

 直接的な敗因は、レース途中での落鉄。

 アレさえなければ、と思ってしまわずにはいられない。

 しかし、結果は出てしまっている。

 過程がどうであろうとも、自分がダービーで勝てなかったという事実は変わらない。

 ならば、切り替えよう。

 そう思うようにして、レース後のインタビューなどには毅然とした態度で対応した。

 

 自分のことを慰めたり励ましたりしてくれる人たちには、「大丈夫です、ありがとう」と笑顔で返した。

 いつまでも落ち込んでいても仕方がないことだと思ったからだ。

 

 ……それでも、悔しい。

 

 完全に実力で負けるなら、まだいい。

 しかし今回の負けは、そうじゃない。

 前回だってそうだ。

 普通にレースで負けるのとは、悔しさの質が違う。

 なんで? どうして? どうすればよかったの? 

 そんな考えが、頭の中をぐるぐる回って離れない。

 

「やっぱり、サトノのジンクスか……」

 

 遠くから聞こえる小さな呟きが、なぜか耳に突き刺さって離れなかった。

 割り切れない想いがダイヤの中に暗い影を落とす。

 ふと、ダイヤは去年のことを思い出す。

 

「……あの時のキタちゃんも、同じ気持ちだったのかな」

 

 ダービーで負けた日のキタちゃんは、とても見ていられないほど落ち込んでいた。

 でも、キタちゃんはほんの数日で立ち直ってみせた。

 キタちゃんを変えたものは、なんなんだろう? 私にはなくて、キタちゃんにはあるもの。

 それは──

 

「エアプメンテ……さん?」

 

 *****

 

それから数日後。

 

「エアプメンテさんっ!」

 

「だ、誰ドゥラか?」

 

 ダイヤはエアプメンテの前に立ちはだかり、頭を下げてお願いする。

 

「私と、戦ってください!!」

 

「……えぇ~っ!?」

 

 いきなり宣戦布告をしてくる、初対面のウマ娘にエアプメンテは混乱する。

 しかし、ダイヤの眼は真剣そのものだった。

 

「お願いします!」

 

「い、いきなりそんな事言われても困るメンテねえ……」

 

「無理なお願いなのは分かってます! でも……あなたと走りたいんです! 

 キタちゃんに……キタサンブラックに追いつくために!」

 

 キタサンブラック。

 その名を聞いて、エアプメンテはぴくりと耳を動かした。

 

「……キタサンに、勝ちたいんドゥラか?」

 

「……はい。

 キタちゃんは幼馴染で、ちっちゃな頃からずっと一緒に走ってて。

 ……でも最近、キタちゃんはすっごく強くなっていって。

 私も、置いてかれたくなくて……でも、どうしていいかわからなくって。

 でも、エアプメンテさんと走ったら何かが掴めるかもしれないって、そう思ったんです。

 キタちゃん、あなたと走ってる時が一番強かったから」

 

 それはサトノダイヤモンドにとって、悩んだ末の選択だった。

 あれからどんなに練習をしても、まるで溺れてもがいているような感覚が消えない。

 ダイヤが求めていたのは、変化だった。

 エアプメンテと走れば、それが得られると思った。

 根拠はないが、なんとなくそんな気がした。

 

「へえ……奇遇メンテね。

 私もキタサンに勝ちたいんドゥラよ。

 なんか面白そうだし、試しに戦ってみるメンテねえ!」

 

 エアプメンテはダイヤの頼みを快諾する。

 自分の知らないキタサンブラックを知っている人物との走りだ。

 エアプメンテはちょっとワクワクしていた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ダイヤは感謝して頭を下げる。

 しかしその数瞬後、エアプメンテは何かを思い出して手をぽんと叩く。

 

「あ、その前に、大事なこと忘れてたドゥラ!」

 

「大事なこと、ですか?」

 

「まずはお互いのトレーナーに許可もらってからやるメンテね」

 

「そこはしっかりしてるんですね……」

 

 かくして、エアプメンテとサトノダイヤモンドは模擬レースをすることになった。

 キタサンブラックという繋がりによって、出会うことになった二人。

 果たして、互いにとって得るものはあるのだろうか。

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