ドゥ~ラドゥラドゥラ! 私が最強のウマ娘メンテねえ! 作:東頭鎖国
ダイヤの方の許可は、驚くほどあっさりと取れた。
「ダイヤモンドさんを、よろしくお願いします」
ダイヤの所属チーム、カペラのトレーナーがエアプメンテに深く頭を下げる。
彼女もまた、サトノダイヤモンドの異変には気づいていた。
しかし、それを打ち破る方法を見出すことができずに心を痛めていた。
だから、エアプメンテに託したのだ。
お願いする立場で向かったのに逆にお願いされてしまい、エアプメンテは大きく困惑したのであった。
「なんか、やけに態度がかしこまってたのはなんでドゥラか??」
エアプメンテが怪訝そうな顔でダイヤに訊ねる。
二人は、トレーナー室に向けて歩いていた。
今度はエアプメンテのトレーナーに許可を取るためだ。
「ごめんなさい……対戦というより、練習に付き合ってもらうという形になるので。
それにエアプメンテさんは、私たちから見たら最強の一角、大物もいいところなので……。
気軽にレース相手をお願いできる人ではないんです」
「まあ、たしかに併走を申し込んでくる人とか一人もいないメンテねえ」
彼女が併走を申し込まれないのは、ハードルの高さどうこうの問題ではない。
そもそもエアプメンテと走っても練習にならない、というのが殆どのウマ娘の共通認識なのだ。
圧倒的な大逃げでぶっ飛ばす彼女のスタイルが相手では、そもそも併走にすらならないのが容易に想像できる。
おまけに現在は、あのシンボリルドルフを併走相手に練習しているときた。
こんな相手に併走を申し込むのはよっぽど自信のあるものか、物怖じしないものか、ただのアホのどれかだ。
そんな理由もあって、エアプメンテは併走に誘われたことが一度もない。
だから今回、ダイヤに戦おうと言われたことがちょっと嬉しかった。
「お前、ダイヤモンドって名前なんドゥラね」
「ダイヤでいいです、エアプメンテさん」
「そっちこそ敬語じゃなくていいドゥラよ。
同い年なんだし」
それを聞いたダイヤは、ピタリと足を止める。
「お、同い年!?」
「なんでビックリするんドゥラか。
キタサンと同い年なら、ダイヤも私と同じはずドゥラよ」
「ごめんなさい、てっきり年上とばっかり……」
ダイヤが驚くのも無理はない。
エアプメンテは、中等部のウマ娘の中でもかなり身長が高いほうだ。
ダイヤとの身長差は10cm近い。
それに顔立ち自体は大人っぽく、キリッとした目元の雰囲気はエアグルーヴにも似ている。
おまけに、エアプメンテはまだダイヤの前でアホ面を見せていない。
大人っぽく見えるのも当然だった。
「私、そんなに大人っぽく見えるドゥラか?」
「う、うん」
「え~、そうドゥラか~? そんなこと初めて言われたドゥラ。
なんか嬉しいメンテねえ~」
エアプメンテはニヤニヤと緩んだ表情を浮かべる。
その締まりの無い顔を見て、ダイヤはエアプメンテが大人っぽいと言われたことがない理由を爆速で理解した。
それと同時に、彼女に抱いていた畏怖や警戒のような物が消えていく。
「改めてよろしくね、プメちゃん!」
「え? あ、おう、よろしくメンテね!」
ダイヤは急激に親しみを感じて、エアプメンテを愛称で呼ぶ。
エアプメンテはダイヤの急激な変化に驚きながらも、それはそれで嬉しいのであまり気にせず受け入れた。
*****
「サトノ家のご令嬢さんをどういった経緯で連れてきたの……」
「私もあんまわかんないドゥラ」
「そっかぁ……」
トレーナーはこめかみを押さえる。
シンボリルドルフといいサトノダイヤモンドといい、なんでこう名門ウマ娘のゲストが続くのか……。
「ごめんなさい、私が無理を言ってお願いしたんです」
サトノダイヤモンドが申し訳無さそうに謝るが、トレーナーは早々に切り替えて立ち直った。
「いや、大丈夫。
キミが走りたいと望んで、エアプメンテが了承したんだ。
今日はルドルフさんも予定があって来れない日だし、模擬レースをやっても問題ないよ」
「本当ですか!」
「ただし、条件がある。
まず、距離はお互いの適性距離の2400m。
プメには今回、8割以上の力を出すのを禁止したまま走ってもらいます」
その言葉にエアプメンテは不満げに唇を尖らせ、ダイヤは眉をひそめる。
「えーっ! なんでドゥラかー?」
「二人とも、気を悪くしないでほしい。
担当としての贔屓目を抜きにして、二人の間にはそれくらいの実力差がある。
サトノダイヤモンドさん、キミのレースは見ていたよ。
ダービー、惜しかったね」
「知ってるんですか?」
「そりゃ、プメの将来のライバルになるかもしれないからね。
クラシックの有力ウマ娘のレースくらいは把握してるよ」
トレーナーは、エアプメンテと当たりそうになる有力ウマ娘の情報は粗方把握していた。
当然、ダイヤが走ったクラシック二冠の展開も結果も知っている。
「キミの強さはよく知っている。
アクシデントがなければ、皐月もダービーも勝てる実力があったと思っている。
その上で、改めて言うよ。
僕の見立てでは、キミとプメの間にはそれだけの差がある」
侮られているわけではない、と感じた。
目の前の人は、ただ事実だけを述べている。
それが少し悔しかった。
「どっちみち、走ってみればわかるメンテね!
手加減はしないドゥラよ、ダイヤ!」
エアプメンテは既にスタート位置まで行き、屈伸しながらダイヤを待つ。
「しないとダメだよプメ! これはキミのためでもあるんだから。
ペースを抑える練習、まだ十分じゃないだろ?」
「う、痛いところを突くメンテね……」
エアプメンテは、まだ自分の特訓の成果に懐疑的だった。
少しずつ耐久力が上がってはいるものの、デビュー前から染み付いている逃げ癖はなかなか制御できるものではない。
それに、相手がルドルフしかいないのだ。
彼女は加減してくれてはいるが、それでもなお並のウマ娘の比ではない強烈なプレッシャーを放つウマ娘だ。
ちょっとやそっと練習しただけで耐えられるようになるものでもない。
しかしこのままでは、キタサンブラックの重圧を跳ね除けられないのも目に見えている。
仮想敵はキタサンブラック、練習相手はシンボリルドルフ。
エアプメンテの見据えている相手には『規格外』しかいないのだ。
そんな中に現れた、サトノダイヤモンドという存在。
彼女は強い。
少なくともクラシック級の中では頭一つ抜けている。
今のエアプメンテが耐えられるかどうか、ギリギリの実力を持った相手だ。
「それに、ダイヤモンドさん。
このレースでおそらく、今まで学べなかった大切なものを学ぶことが出来ると思う」
「……そのつもりです」
ダイヤは真剣な表情でスタート位置に立つ。
彼女が纏う闘志と緊張感は、本番の時とそう変わらない。
心身ともに全力で臨むつもりだった。
「それじゃあよーい……スタート!」
トレーナーが合図を出し、二人のレースは始まる。
エアプメンテがスタートダッシュでハナを取り、先行する。
(速いっ……!)
彼女のレースを見てた時点で、分かっていることだった。
しかし、いざ実際に体感してみると……全然違う。
大逃げという派手な過程が注目されがちだが、エアプメンテはスタートが抜群に上手い。
サイレンススズカと戦った一戦を除けば、一度もレースでハナを譲ったことがないのだ。
ダイヤは面食らいながらも、なんとかそれについていく。
(スタートは加減なしなのに、食らいついてくるドゥラか。
流石キタサンの幼馴染、なかなかやるメンテね)
エアプメンテは視界の端にダイヤを捉え、再び前を向く。
そのまま抑えめのペースを意識して逃げ続ける。
続くダイヤは、必死に追いかける。
余裕こそないものの、なんとかエアプメンテのペースについていっている。
トレーナーはそれを遠くからじっと見守る。
「綺麗なフォームだ。
やっぱり、ダービー二着の名門ウマ娘は伊達じゃない。
プメもよく我慢してるみたいだな。
でもダイヤモンドさんにとって、あれは……オーバーペースだ」
実際のところ、ダイヤは無理しながら食らいついている。
奇しくもダービーの時のキタサンブラックと同じだ。
自分の実力以上のスピードを出しながら、なんとか追いつこうとする。
だが──
(全然、追いつけない。
差が、縮まらない! 追いつけそうなところにいるのに、ずっとプメちゃんとの距離が変わらない!)
二人の差は一バ身半。
この距離を、スタート時点からずっと維持し続けている。
(く、ッ……これ以上、スピードが出せない。
このままじゃ、離されちゃう……)
ダイヤのスタミナは、ゴールまで保たない。
スパートをかけることも出来ず、ズルズルと沈んでいく。
「はっ、はっ、はっ……!」
結局、ゴールする頃には5バ身以上の差がついていた。
エアプメンテは息の上がったダイヤに駆け寄る。
なんと言葉をかけようか迷って……一言だけ投げかけた。
「何か、掴めたドゥラか?」
「……わからない、です。
でも、でも……こんなに何も出来なかったの、初めてで。
すごく、悔しくて……!!」
ダイヤは涙を堪え、拳を握りしめる。
レースにに負けた後にここまで感情がこみ上げてくるのは、初めてのことだった。
「二人とも、いいレースだったよ。
プメは上手くペースを維持することが出来たし、ダイヤモンドさんも全力を出し切ることが出来ていた」
「私、ペース維持できてたドゥラか!?」
「ああ、完璧だったよ」
「……っし、ドゥラ!」
エアプメンテは自分の成長を実感して、小さくガッツポーズする。
そしてトレーナーは、今度はダイヤに対して諭すように言う。
「そして、ダイヤモンドさん。
今感じているその悔しさが、今のキミにとってもっとも大切なものだと思う」
「この、悔しさが……?」
「そう。
キミは今まで、決定的な負けを痛感することなくここまで来た」
「え……? でも、皐月やダービーは……?」
「あれは純粋な実力で負けたわけじゃない。
多分『あの時、アレがなければ勝ってたのに』って思ったんじゃないかな」
「……」
ダイヤは押し黙る。
確かに、トレーナーの言った通りだ。
『トラブルに対処できなかった自分が悪い』といくら言い聞かせても、心の底にあるそんな思いを消すことは出来なかった。
「敗戦の理由はハッキリしてるのに、自分の力じゃ改善できない。
辛いことだったと思う。
それに、目標にしてるキタサンブラックとはまだ直接戦っていないんだろう?」
「はい、デビューした後は一度も……」
「うん、これで分かった。
ダイヤモンドさん、キミの目標には『実像』がない。
改善すべき問題点もわからなければ、目指すべきライバルの実力も正確にはわからない。
でも、今のままじゃ良くないことだけは分かっている。
……僕の見立てではそんな感じだけど、合ってるかな?」
「……はい。
間違いありません」
ダイヤは心の中で驚いていた。
自分の現状をここまで正確に言い当てられるとは思ってもいなかった。
それも、自身で自覚していない部分までも。
自分では、ハッキリした目標を持ったまま進んでいると思っていた。
G1を取ってサトノの悲願を果たし、そしてキタサンブラックと戦って、勝利する。
でも、残るクラシック一冠の菊花賞──それに勝つには、何をすればいい?
今のキタサンブラックに勝つには何をすればいい?
改めて考えてみると、その答えが出てこない。
大きな目標を達成するための、小さな目標が見つからない。
「……でも、それなら、どうすればいいんですか?
どうすればよかったんですか!?」
ダイヤは思わず大きな声を出してしまう。
その叫びは、まるで助けを求める声にも聞こえるものだった。
「そこで、今のレースを思い返してみようか。
ダイヤモンドさん、キミがプメに負けたのは何故だかわかるかい?」
「……それは私の実力が、単純にプメちゃんに及ばなかったからです」
「そうだね。
それじゃあ何が足りなかったのか、もっと具体的に考えてみよう。
キミがプメに及ばなかったのは、純粋なスペックの差もある。
これはプメが純粋に強すぎるから仕方ない」
トレーナーの言葉を聞いて、エアプメンテの顔が緩む。
しかし二人が真剣な話をしているのは分かっているので、頑張って顔を引き締めようとして妙な表情になっていた。
トレーナーはそれに微笑ましいものを覚えながらも、話を続ける。
「しかし、キミには決定的な落ち度がある。
それはプメに引きずられて自分の走りを見失ったことだ。
あれが本番のレースだったら、二着どころか掲示板内も難しいだろう。
ちょうど去年のキタサンブラックのように」
「去年の……」
去年のダービーのことはよく覚えている。
エアプメンテが圧勝し、キタサンブラックが惨敗したあのダービーを。
「ともかく、ここで二つの敗因がハッキリしたね」
トレーナーはそう言って、指を二本立てる。
ダイヤは一言も逃してやるものかと、トレーナーに対して耳を向ける。
「一つはスピードもパワーも格上に及ばないこと。
これは毎日のトレーニングで地道に強くなっていくしかない。
もう一つは、自分のレースを見失わないこと。
どんなことが起きても冷静に、自分のやりたいレースに持っていく。
これが出来れば、キミが悩まされた咄嗟のトラブルにも対応できる可能性が上がる」
「すごい……」
ダイヤはただただ感心しながら聞いていた。
それを見てなぜかエアプメンテが自慢気に胸を張る。
「そうドゥラよ! 私のトレーナーはすごいメンテねえ!」
「まあ、今パッと思いついたことだから具体的な改善案はまだ考えてないんだけどね……」
トレーナーが照れくさそうに謙遜して言う。
一方のダイヤは、何か決心した様子だった。
「……でも、なんとなくわかりました。
私のこれからの目標が」
「良かったメンテねえ」
エアプメンテはしみじみと頷く。
「プメちゃん! 私はいつか、リベンジしてあなたに勝つよ!」
「ドゥラぁっ!? 私!?」
自分に矛先が向くのが完全に予想外だったのか、エアプメンテは思わず変な声を出してしまう。
「そうか、今出てきた問題点を改善することが、そのままプメを倒すことに繋がるのか……。
完全に盲点だった」
自分から言い出したことなのにも関わらず、トレーナーはその可能性について全く考えていなかった。
二人揃って、自分たちに向けられる目に関してはどこか抜けていた。
「プメちゃんのトレーナーさん、貴重なアドバイスありがとうございます。
それと、プメちゃん。今日は一緒に走ってくれてありがとう。
友達として、ライバルとして……これからよろしくね!」
そう言って、ダイヤはレースの疲労を感じさせずに走って去っていった。
後に残された二人は、ぽかーんとしていた。
トレーナーはハッと我に返り、頭を抱える。
「ど、どうしたドゥラか?」
エアプメンテが心配そうに尋ねると、トレーナーが申し訳無さそうに謝る。
「ごめん、プメ……考えなしに本気でアドバイスしちゃった……。
これからプメのライバルになるかもしれないのに……」
「な~んだ、そんなことドゥラか。
私は最強だから、ぜーんぜん気にしてないドゥラよ。
それに……」
エアプメンテはダイヤの走っていった方向を見て、ドゥラっと笑う。
「新しい友達の力になれたなら、良かったメンテね」
*****
その後、ダイヤはスランプを脱したようで、練習にも身が入っていった。
タイムも次々と更新し、秋に向けてメキメキと実力をつけていく。
一方のエアプメンテもまた、ダイヤとの走りでペースキープの感覚を掴んだようで、それがルドルフとのトレーニングでも上手く活かされていた。
「すごいじゃないか、エアプメンテ。
もう第一コーナーを抜けられるようになるなんて」
「ドゥ~ラドゥラドゥラ! この調子でもっともっと、距離を伸ばしてやるメンテねえ!」
ルドルフの称賛に対して、エアプメンテは大喜びで笑う。
「次は宝塚記念! 今度こそ、キタサンのやつをけちょんけちょんにしてやるメンテねえ!」
キタサンブラックとエアプメンテは、ほぼ同時に宝塚記念への出走を表明した。
お互いにとって予定調和であり、好都合。
そんな宝塚に向けて、エアプメンテの特訓はひたすら続く。