ドゥ~ラドゥラドゥラ! 私が最強のウマ娘メンテねえ! 作:東頭鎖国
『エアプメンテ! 勝ったのはエアプメンテだぁぁ~っ!! 二着はリバーライト、三着はキタサンブラック! 怪我からの復帰以来の、そしてシニア級レースでの初勝利! 最強のクラシック六冠娘、今ここに完全復活だー!』
「やっっ……たぁ~っ!!
勝ったドゥラ! 勝ったメンテねえ!!」
エアプメンテは喜びのあまり、飛び上がって喜んだ。
菊花賞から実に、約半年ぶりの勝利。
長かった。とても、長かった。
「すごかったぞエアプメンテー!」
「途中ヒヤヒヤさせやがって!」
「でも、やっぱ最強だぜー!!」
観客席から、祝福の声が聞こえる。
エアプメンテは大きく笑いながら拳を突き上げて、それに応えた。
「ドゥ~ラドゥラドゥラ!
やっぱり私は、最強のウマ娘メンテねえ!」
大はしゃぎするエアプメンテに対して、他の出走ウマ娘たちの反応は様々だった。
「う、そ……」
少し遅れてゴールしたキタサンブラックは膝をつき、打ちひしがれていた。
順位で言えば、三着。
敗北はしたものの、一見は健闘したかのように見えた。
しかし今回の敗北は、ただの敗北ではない。
今までエアプメンテを追い詰め、追い越した作戦を完全に破られた上での敗北だった。
自分は、強くなったと思っていた。
エアプメンテに勝って『最強』に並んだと。
そう思っていた。
でも……。
エアプメンテは、さらにその上を行ってくる。
弱点を克服し、より強くなって帰ってくる。
もうエアプメンテに、今までと同じ手は通用しない。
「キタちゃん」
そんなキタサンブラックの肩を後ろから叩く者がいた。
サトノクラウンだ。
今回のレース、彼女は六着。
彼女としては非常に残念な結果となった。
「持ってかれちゃったわね、祭りの主役」
「うん……」
「……悔しいね」
「……うん」
「……キタちゃん?」
クラウンは異変に気づき、キタサンの顔を覗き込む。
その瞳は、焦点が合っていなかった。
疲労や体調不良のせいではない。
心が、ぽっきりと折れてしまったのだ。
「キタちゃん……」
「うん……うん」
クラウンは立ち上がり、放心状態のキタサンからそっと離れる。
その悔しさとショックは、痛いほどよく分かる。
だが、このショックからは自分で立ち直るしかないのだ。
それに──
「……私だって、悔しいわよ」
でも、次こそは。
そう決意を新たにして、サトノクラウンはターフを後にした。
*****
「みんな~! 応援してくれてありがとメンテね~!!」
エアプメンテは、大きく手を振って観客にお礼をする。
「おめでとう、プメちゃん」
リバーライトはそんなエアプメンテに近づき、声をかける。
「……リバー先輩」
「本気のプメちゃんと戦えて、良かった。
やっぱり、すっごく強いんだね、プメちゃん」
「当たり前メンテね、私は最強のウマ娘ドゥラよ?
リバー先輩も、強かったドゥラ」
二人はそう言って笑い合う。
「ああ……でも……悔しいなあ。
勝ちたかったなあ。
間違いなく、勝つなら今日だって、思ってたのに」
今日のリバーライトは、これ以上ない程のベストコンディションだった。
エアプメンテと戦うこの日をずっと見据えて、調整してきた。
レース運びだって、惑わされずに上手くやってのけた。
だが、それでも……エアプメンテの方が強かった。
これからは、エアプメンテと一緒にシニア路線を走ることになる。
化け物じみた強さを持ちながらも可愛らしい後輩が、次回からは最強の敵に回るのだ。
「改めて……これからよろしくね、プメちゃん」
「うん! また走ろうドゥラ、リバー先輩」
リバーライトが手を差し出し、二人は固く握手をする。
レースが終われば、ノーサイド。
二人はライバルであると共に、仲のいい先輩後輩なのだ。
*****
控室に帰ってきたエアプメンテを、トレーナーは大喜びで出迎える。
「おめでとう、プメ! 最高のレースだったよ!」
「いやー、作戦大成功! 久々の勝利は気持ちがいいメンテねえ~!」
エアプメンテは大層上機嫌だった。
考えた作戦が上手くハマった上に、春天の雪辱を果たすことができた。
「これで、4勝1敗。
このまま、4000勝1敗くらいまで差を広げてやるメンテね!」
「うん、その意気だ!
ところで、足の調子はどう? 違和感とかはない?」
「ばっちりドゥラ!」
「よかった、やっぱり余力を残しながら走れたのが大きいね。
特訓に付き合ってくれたルドルフ会長には感謝しなきゃ」
「ほんとメンテね。
会長のおかげで、なんだか色々掴めてきた気がするドゥラ」
エアプメンテは小さく拳を握る。
今回のレースで、今までにない手応えのようなものを感じていた。
「次も新しい作戦とかやってみたいメンテね!」
「いや……まだ新しい作戦は必要ないよ、プメ。
だって、プメの作戦はまだ続いているんだから」
「え? どういう事ドゥラ?」
「まあ、次のレースになれば分かるよ」
トレーナーは不敵に笑う。
エアプメンテにはその意味が分からなかったが、つられて笑い合う。
「ドゥラドゥラドゥラ! まあ、トレーナーが言うんだったらそうなんドゥラね! 次のレースが楽しみメンテねえ!」
「よーし! 今日はお祝いに焼き肉奢っちゃうよ!!」
「本当ドゥラか!? 私、○たみな太郎がいいメンテねえ!」
「えぇ……他にいいとこいっぱいあるよ?」
「す○みな太郎が色々食べれて一番楽しいドゥラ! 綿あめもクレープも自分で作れるメンテよ!」
「しょうがないなぁ……まあ、プメが望むところならそこが一番いいか。
それじゃあ、行こっか!」
「やったドゥラ~!!」
その日、エアプメンテはすた○な太郎の店員にサインを求められ、快くそれに応えるどころか記念写真まで撮ってきた。
後日、彼女たちがすたみ○太郎に来たことはたちまち話題となり、彼女が来たすたみな○郎の店舗には、サインと写真を目当てにした客が次々と押し寄せたという。
エアプメンテは、すたみな太○の売上が増えたことに鼻高々だった。
トレーナーはエアプメンテが持つ影響力の強さを再認識し、戦々恐々とするのであった。
*****
そんな明るいムードのエアプメンテ達とは対照的に、キタサンブラックの控室には重苦しい空気が流れていた。
「みなさん……ごめん、なさい……。
プメちゃん相手に、何にもできずに、負けちゃって」
キタサンはそう言って頭を下げ、耳をぺたりと寝かせて項垂れてしまう。
「いいや、お前は良く頑張った。
お疲れ様、キタサン」
沖野が優しく声をかける。
「そうだぜ、キタサン! そんなに落ち込む事ねえって!」
「三着よ、三着! 次は絶対勝てるわよ!」
ウオッカとスカーレットがキタサンを励ます。
しかし、キタサンは項垂れたままだった。
「……ですか」
「ん?」
「どうやって勝てって言うんですかッ!!」
キタサンは衝動のまま、叫ぶ。
ウオッカとスカーレットはビクッとして黙ってしまう。
他の面々も、心配そうな顔でキタサンを見ている。
「あ……違っ……すいません、そんなつもりじゃ……!!」
キタサンは表情を歪ませ、首を小さく横に振る。
ショックで情緒不安定になっているのは誰の目から見ても明らかだった。
テイオーはそんな彼女の肩をぽんと優しく叩く。
「キタちゃん、疲れてるんだよ。
今日は一回落ち着いて、ゆっくり休も?」
「……すいません、皆さん。
私、先に帰ります……!」
「あ、キタちゃん!」
テイオーの制止も虚しく、キタサンは足早に控室を出ていってしまう。
彼女のいなくなった空間には、ただ重苦しい空気だけが残された。
「私、追いかけてきます!」
「よせ」
控室を飛び出そうとしたスペシャルウィークを、ゴールドシップが制止する。
「でも!」
「追いかけて、なんて言うつもりだ?」
「私は……」
「アタシはわからねえ。
今はアタシたちが何を言っても、ダメな気がする」
それを聞いて、スペシャルウィークは踏みとどまる。
ドアを開けようとした手が行き場を失い、耳と同時にへろりと垂れる。
「うぅ~っ……」
スペシャルウィークは泣きそうな顔をしていた。
「……俺は追うぞ。
トレーナーとして、今のキタサンを放っておくことはできん」
「おう」
ゴールドシップは、今度は止めずに送り出した。
それを見たスペシャルウィークは納得がいかない様子だった。
「なんで私は行っちゃダメなのに、トレーナーさんはいいんですか!?」
「
ゴルシの言葉に、テイオーは合点がいったという様子で頷く。
「そっか……ボクたちじゃ、今のキタちゃんに寄り添ってあげられない。
ボクたちはあくまでも『目標』や『憧れ』なんだ」
チームスピカには、キタサンブラックの同期はいない。
全員が全員、輝かしい実績を残した先輩ウマ娘ばかりだ。
そんなキラキラした存在に何を言われても、今のキタサンブラックには響かないだろう。
特に、トウカイテイオーは尚の事だった。
彼女としては、決定的な挫折に心を叩き折られる気持ちはよく分かるつもりだ。
しかしキタサンブラックは、トウカイテイオーの挫折もそこからの復帰も全て見ている。
彼女にとってトウカイテイオーは『挫折を乗り越えた憧れの先輩』なのだ。
他の面々だって同じだ。
みんな自分なりの挫折や苦難を経験して、それを乗り越えてレースを続けている。
今のキタサンブラックにとって、スピカの存在はあまりにも眩しかった。
*****
「落ち着け、キタサン!」
「トレーナー、さん……」
幸い、キタサンブラックはまだ遠くまでは行っていなかった。
彼女は沖野の声に振り向き、足を止める。
「辛いだろう、今は何も言わなくていい。
ただ、精密検査だけはしっかりと受けろ。
もし怪我でもしてたら大変だ」
「……身体は大丈夫です、疲れもないです。
……疲れて、ないんです」
「キタサン、それは──」
「全力、出せなかったんです!! いつの間にか最終直線が来ちゃって、スパートを掛けるタイミングもすごく遅れて……。
スピードに乗り切る頃には、もうレースが終わってて……だから、疲れてないです。
頑張れても、いないんです」
「……そんな事はないだろう。
仮にそうでも、本番のレースで2200mを走りきったんだ。
見えないところで疲労は蓄積してる。
とにかく病院に行って、後はゆっくり休め」
沖野のそんな言葉に返事を返さず、キタサンは独り言のように呟く。
「何が起こったのかは、分からなかったけど……プメちゃんが何かをしたのだけは、わかりました。
ねえ、トレーナー……私、どうしたら良かったんですか? どうやったら、勝てたんですか?」
「キタサン……」
その問いに、沖野は咄嗟に答えを返すことができなかった。
頑張れば、どうすれば、こうすれば。
どんな答えを返しても、無責任な気がしてならなかった。
だから彼は、こう絞り出すのが精一杯だった。
「口を酸っぱくして言うが……とにかく、ゆっくり休め。
今のお前に必要なのは、休息だ。
これからの方針は、また明日から考えよう」
*****
「み、み、み、皆さん、大変です! 部室にこんなものが!!」
翌日、スペシャルウィークがただ事ではない様子でスピカの面々に駆け寄る。
その手元には、一通の手紙が握られていた。
「どうしたの、スペちゃん?」
「こ、こ、これを!」
『しばらく旅に出ます、探さないでください。
心配はしないでください。
ごめんなさい』
それは、キタサンブラックからの置き手紙だった。
「な、何よこれ……」
「やっぱり、昨日の事が相当ショックだったのか……」
「キタさん、大丈夫なんですの?」
スピカの面々は、一様にキタサンの事を心配する。
テイオーはスマホを操作して、しばらく画面を見つめていた。
「……試しにキタちゃんにSNSでメッセージを送ってみたんだけど、既読がついてる。
とりあえずは心配なさそうだね」
それを聞いて、一同はホッとする。
それと同時に、全員は同じ疑問を持った。
「一体どこ行っちまったんだ、キタサン?」
ウオッカの眉がハの字に下がる。
沖野は腕を組み、どこか遠くのキタサンブラックに思いを馳せる。
「さあ……とにかく俺達には、信じることしかできない。
どんな形でもいいから、気分転換して無事に帰ってきてくれるといいんだが……」
*****
キタサンブラックは、電車に揺られながら旅をしていた。
目的地はない。
ただ、少しでもレース場から遠くに行きたくて、遠くに行きたくて……中央のレースから離れた場所に向かっていた。
その間も、宝塚記念の時の事がぐるぐると頭の中を巡っている。
(勝てなかった。
勝てる気も、しなくなっちゃった。
悔しいのもあるけど……応援してくれるみんなに、申し訳ない。
あたしが勝つって信じて応援してくれてたのに、当のあたし自身が勝つことを諦めるようになっちゃった)
色々と考えている内に、電車が止まる。
キタサンはここで降りることにした。
なんとなく、外から見える景色がきれいだったから。
「……わぁ。
ここが、高知かぁ……」
キタサンブラックが辿り着いたのは、高知県。
府中のトレセン学園から、およそ800km離れた場所だった。
この県には、中央のレース場はない。
自分の降り立った駅も、見たところ田舎だ。
ここなら、自分を知っている人もいないだろう。
そう思うと、少し気が楽だった。
知らない町並みを歩く。
春と夏の境目にある、ぬるい風が吹き抜けていく。
目的もなくゆっくり歩くというのは、いつ以来だろう。
「あー! あなた、キタちゃんだよね!」
突如、近くから自らの名前を呼ぶ声がした。
思わず身体がビクッと跳ね、反射的に声の主を見る。
桜色をした綺麗な瞳が印象的な、小柄で可愛らしいウマ娘だった。
「な、なんで私の名前を?」
「わたしね、スペちゃんのお友達なの! スペちゃんから、あなたのお話を聞いたことあるんだ!
『キタサンブラックっていう、すっごく頑張り屋さんな後輩がいる』って!
あなたのレースも見たことあるよ! とっても速かったねー!」
突然声を掛けて元気いっぱいに話しかけてくるウマ娘に困惑しながらも、キタサンはなんとか言葉を絞り出す。
それは、ひとつの質問だった。
「あ、あなたは一体……誰なんですか?」
「わたし、ハルウララっていうんだ! よろしくね、キタちゃん!」
こうして、接点の薄い二人が奇妙な邂逅を果たした。
この出会いは、キタサンブラックにどんな影響をもたらすのだろうか。