ドゥ~ラドゥラドゥラ! 私が最強のウマ娘メンテねえ! 作:東頭鎖国
桜花賞と皐月賞の連闘を勝ち抜いたエアプメンテ。
次走のオークスは3週間後に行われる。
彼女は一ヶ月の間に、2400mに合わせた調整をしなければいけなかった。
「えー、またプールドゥラか~!?」
「仕方ないだろう、当面の君の課題はスタミナなんだから。
それにプールならば脚の負担も少ないからね」
「スタミナなら十分大丈夫メンテよ~! もっと走りたいドゥラ!」
「でも君、皐月のラストスパートでちょっと後続に詰められてたよね」
「ドゥラっ……痛いところを……」
実際のところは、痛いところでもなんでもない。
逃げウマがラストスパートで距離を詰められることなど当然のことだ。
しかしエアプメンテははそれに気づくことなく納得してしまった。
今まで、ラストスパートで後続に距離を詰められることなどなかったからだ。
「というわけで、この三週間は2400mを崩れず逃げ切ることができるような身体作りに努めようと思います」
「は~いドゥラ~……」
不満げな表情をしながらも渋々従うエアプメンテ。
そんな彼女の姿を見て、トレーナーは一言付け加える。
「今日まじめに頑張ってくれたら、明日は走ってもいいよ」
それを聞いたエアプメンテは、一気に機嫌を直す。
「ホントドゥラか!? 約束メンテよ!」
「うん、約束は守るよ」
「やった~! がんばるメンテよ~!」
更衣室に消えていくエアプメンテの背中をトレーナーは見送る。
スタミナの補強も大事だが、プール練習を重点的に行うのにはもう一つ理由がある。
それは、彼女の脚にかかる負担をほんの少しでも減らしてやること。
「僕だって本当は、好きなように走らせてあげたいよ」
トレーナーはエアプメンテの走る姿を見るのが好きだ。
それは契約してから今日に至るまで、ずっと変わらない。
だからこそ、歯痒くもあった。好きに走らせるために、走るのを我慢させなければいけないという矛盾。
そのことに、トレーナーは胃と心を痛めていた。
*****
一方、皐月賞で悔しい敗戦をしたキタサンブラック。
「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
彼女もまた、ダービーに向けてのトレーニングに打ち込んでいた。
目標はもちろん、打倒エアプメンテ。
「キタちゃん、大丈夫?」
「はい、もう一本、お願いします!」
キタサンブラックの併走相手は、サイレンススズカ。
仮想敵としてはこれ以上ない相手だ。
「それじゃあ、行くわね」
「はいっ!」
揃ってスタートを切ると、まずはスズカがハナを取る。
そして、皐月賞で見せたエアプメンテの走りに近いペースで逃げ始める。
キタサンはなんとかそれを捉えようと必死で追いかける。
キタサンが全力のスピードを出すことで、少しずつ差は縮まっていく。
(なんとか、追いつく……!)
しかしキタサンが背中に近づいていくことを感じたスズカは、スピードを上げてあっという間にキタサンを置き去りにしていってしまった。
「えぇ~っ!?」
大人げないスズカの走りに、キタサンは遥か後方で驚愕することしか出来なかった。
*****
「スズカ、お前少しは加減ってもんをな……」
「ごめんなさい、つい併走だってことを忘れちゃって」
呆れる沖野に、謝罪するスズカ。
キタサンは耳をぺたんと倒し、うつむき気味で言った。
「でも、エアプメンテさんと戦うってこういうことなんですよね」
「……そうだな。スズカのように『逃げて差す』走りこそしないが、脚質はスズカと同じと言ってもいい」
「でも、私のほうが速いですよ」
スズカはしれっと言う。
沖野はそれに対して苦笑しながら話を続ける。
「そりゃそうだ、いくら強いと言ってもエアプメンテはまだクラシック級のウマ娘なんだぞ?
それに次のオークス、それに続きダービーは2400mだ。
400mの距離延長はデカい。付け入る隙があるとしたらそこだ」
キタサンは顔と耳を上げ、沖野の話に反応する。
「付け入る隙?」
「そうだ。
標的をエアプメンテ一人に絞り、徹底的にマークする。
そうやってプレッシャーをかけ続けることで、エアプメンテが掛かるのを狙う」
「でも、桜花賞でレッツゴードンキさんが同じ戦法を取ってましたよね?」
キタサンがそう返すと、沖野は淡々と解説する。
「あの時は1600だったからな。
それにエアプメンテの実力が圧倒的すぎた。
ある程度実力が拮抗してなきゃプレッシャーは掛けられない」
「いつでも引き離せる相手は怖くない、ってことですね」
「そう。
だからエアプメンテの背中を捉え続けることが出来るためのスピードが重要になってくる。
とりあえずは、併走でスズカの背中を捉えることが出来るように頑張れ。
……スズカ、ちゃんと加減しろよ? そうしてくれなきゃ練習にならん」
「気をつけます……」
スズカは沖野から目を逸らしながら答える。
キタサンは内心で、
『あ、これまたやるやつだな』
と思った。
結局この日、キタサンブラックはサイレンススズカの背中を捉えることができなかった。
スズカは沖野にお説教された。
*****
あっという間に時は経ち、5月。
オークスは目の前まで近づいていた。
「トレーナー、作戦は何ドゥラか!」
「なし!
君の好きなように走ってきて!」
「よっし! 行ってくるメンテねえ!」
控室でトレーナーとそんなやり取りを交わし、エアプメンテはターフに立つ。
「プメちゃんっ♪」
「ドンキ! 桜花賞ぶりドゥラね」
ターフに入ってすぐに、レッツゴードンキが声を掛けてくる。
どうやらエアプメンテより先に入っていたらしい。
「あの時は負けちゃったけど、今度は負けないよ☆
今日こそセンターで踊るのはドンキちゃんなんだからね!」
「ふふん、望むところドゥラ!
今日も私が一着メンテねえ!」
そうやって二人は火花を散らす。
そんな二人の間に割って入るウマ娘が一人。
「ハーッハッハッハッハ!
なんだか面白い話をしていますわねえ! 今日の勝利者予定の私を差し置いてぇ!」
「ドゥラっ!? 誰メンテ!!」
「わたくしはミッキークイーン! わたくしこそがティアラ路線最強予定のウマ娘ですわぁ!」
豪勢なドレスを勝負服として纏う彼女は、二人に向かって高笑いする。
エアプメンテは自分の事を棚に上げて、
『ああ、なんかクセの強いやつが来たメンテねえ』
と思っていた。
「でもお前、ティアラ路線最強っていう割には桜花賞出てなかったじゃないかドゥラ」
「ウグッ、痛いところを……あの時は体調を崩していて、出れなかったんですわ!
一つくらいレースに出てなかったとしても、最終的に勝ったもん勝ちですわ!
一番人気だからって調子に乗らないでくださいまし!」
「ドゥ~ラドゥラドゥラ!
私は一番強いから、一番人気は当然メンテねえ!」
ミッキークイーンの高笑いに負けじと笑うエアプメンテ。
それに対して、ミッキークイーンはニヤリと笑う。
「ふん、業腹ですがあなたが強いのは認めてあげます。
ですが一番人気というのは、一番対策されやすい立場でもありますのよ?
わたくしにはあなたを下す秘策がありますわ!」
「ドンキちゃんもあるよっ♪」
「私も!」
「私も~」
ミッキークイーンの言葉に、他の出走ウマ娘達も次々と反応する。
その中には桜花賞で悔しい敗戦をしたウマ娘も多い。
誰も彼もがエアプメンテに勝つつもりでここに来ているのだ。
「面白いメンテねえ!
全員まとめてぶっちぎってやるドゥラよ!」
『さあ、トリプルティアラの二冠目、樫の女王の栄冠を勝ち取るのはどのウマ娘か!
オークス、まもなく出走です!!』
*****
一方、観客席にはキタサンブラックと沖野の姿もあった。
もちろん、エアプメンテの偵察のためだ。
「よく見ておけよ、キタサン。
来週のダービー、エアプメンテは今日の実力そのままで来ると思っていい」
「はい!」
やがてファンファーレが鳴り、オークスの始まりを告げる。
キタサンブラックはレースの全てを目に焼き付けるつもりで、観戦に集中することにした。
『さあ各ウマ娘、ゲートに入りました!』
少しの静寂。
それを破るのは──ゲートの開く音。
*****
『さあ各ウマ娘、一斉にスタートを切った!
エアプメンテ、綺麗なスタートダッシュを決めた!
今回も得意の大逃げが炸裂するか!?』
エアプメンテはいつものようにスイスイと前に出て、ハナを取る。
そこから一気に後続を引き離す……はずだったのだが。
『おっとレッツゴードンキ、エアプメンテの背中に食いつく!
桜花賞の時のようにぴったりマークする作戦に出たか!?』
『桜花賞の時と比べると800mの距離延長ですからね。
エアプメンテのスタミナ次第では番狂わせもあるかもしれませんよ』
レッツゴードンキの作戦は、桜花賞の時と同じ。
自分のペースで逃げ続けるエアプメンテを破るには、ペースを乱すしかない。
それが前回通用しなかった作戦だとしても、彼女にはそれ以外の勝ち筋が考えつかなかった。
そして、そう考えたのは彼女だけではなかったようで。
『おっと!? レッツゴードンキだけではなくミッキークイーンもペースを上げてエアプメンテをマークしはじめたぞ!?』
『作戦が被ったようですね。エアプメンテがいかに警戒されているかがよく分かります』
(負けませんわ!
桜花賞に出れなかった分、この日のために鍛えてきたんですのよ!)
『い、いや! ミッキークイーンだけではない!
イッツコーリングも! シックスパックも!
あ~っ!? 全員だ! 全員がエアプメンテをマークしようとしている!?』
『これは驚きました。非常に珍しいレース展開ですね』
困惑のあまり、観客にどよめきが走る。
全員が逃げウマ娘のペースで走るレース。
エアプメンテという一人の暴風の存在が生んだ、世にも珍しいレース展開だった。
そして、困惑しているのは観客だけではなく走っているウマ娘達も同じことだった。
(ドンキちゃんだけじゃなくて、全員が同じこと考えてるなんて!?)
(一人二人は想像してましたけど、これは流石に想定していませんでしたわよ!?)
これではエアプメンテにプレッシャーをかけるどころか、他のウマ娘に意識が分散して自分の走りにも支障が出る。
エアプメンテは後方のそんな事情は知ったことではなく、ひたすら自分のペースで逃げ続ける。
(2400……流石に長いメンテねえ。
スタミナを鍛えるっていうトレーナーの方針は合ってたみたいドゥラ)
エアプメンテはプレッシャーを受けるどころか、そんなことを冷静に考える余裕すらあった。
もはや勝敗は火を見るよりも明らかだった。
『エアプメンテ余裕の逃げ切り! 樫の女王はエアプメンテだぁーっ!
これで変則三冠達成です! 後続も団子になりながら……次々とゴール!
二着はミッキークイーン!』
「ドゥ~ラドゥラドゥラ!
今日も私が一番メンテねえ!」
エアプメンテが指を三本、高く掲げる。
観客席からはどよめきと歓声の両方が巻き起こった。
「すげえぞエアプメンテー!」
「なんだこのぐちゃぐちゃのレースは!?」
「エアプメンテがレースをぶっ壊しちまったんだ!」
「どっひゃ~!」
エアプメンテは観客席に大きく手を振る。
「みんなー! 応援してくれてありがとメンテ~!」
他の子の反応は、様々だった。
「おのれ~、こんなの考慮してませんわよ!
キーッ! くやしー!」
地団駄を踏んで悔しがるもの。
「見てくれてありがと~!
今日は掲示板逃しちゃったけど、次もドンキちゃんをよろしくね☆」
観客席に向けて、笑顔で手を振るもの。
俯きながら無言で立ち去るもの。
膝から崩れ落ちて立てないもの。
様々だったが、全員に共通している気持ちがある。
それは、悔恨。
悔しい。
自分の走りができなかった。
そんな中で、一部のウマ娘だけが持っている気持ちもある。
それは、闘志。
次は負けない。
あいつに、勝ちたい。
*****
「なんつうレースだ……」
沖野は天を仰ぎ、キタサンは呆然としていた。
「エアプメンテさん、2400でも余裕で走ってました……」
「後続が潰れたおかげとはいえ、あんな楽逃げかますとはな……。
スタミナも十分ってことか」
「私、勝てるんでしょうか」
不安げに問うキタサンに対して沖野は努めて明るく言う。
「大丈夫だ、お前なら勝てる。
あと一週間だ。ここからダービーに向けてきっちり仕上げるぞ、キタサン!」
「……はいっ!」
改めて打倒エアプメンテを誓うキタサンブラック。
一方、エアプメンテたちはというと。
「やったドゥラよトレーナー!」
「おめでとうエアプメンテ! 今回のレース、凄かったよ!」
「トレーナーのおかげドゥラ! スタミナいっぱい鍛えてたから、2400もちゃんと走れたメンテねえ!
次からはワガママ言わないで、ちゃんとプールも頑張るドゥラ!」
そんなエアプメンテの何気ない言葉に、トレーナーは思わず目頭が熱くなった。
「ど、どうしたドゥラか? トレーナー」
「いや、エアプメンテが自発的にプール入ってくれるのが嬉しくて……。
これからはもう頑張ってなだめすかしたりしなくてもいいんだって……」
「な、泣くほどドゥラか?
なんか今までごメンテ……」
こうして、また少し二人の絆が深まった。
次の戦いは一週間後、ダービー。
ここからが、正念場だ。