ドゥ~ラドゥラドゥラ! 私が最強のウマ娘メンテねえ!   作:東頭鎖国

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6話

 人々の心の中からオークスの衝撃冷めやらぬまま一週間が過ぎ、ダービー当日を迎える。

 

「エアプメンテ、脚の調子は?」

 

「問題ないメンテ!」

 

「よし。

 いいかい、注目ウマ娘は皐月賞の時と変わらない。

 それにキミはオークスで派手な勝ち方をしたんだ。

 今日は先週以上に警戒されるだろう」

 

「一番人気も楽じゃないメンテねえ。

 それでトレーナー、今日の作戦は!」

 

「ない! 

 好きなように走っておいで!」

 

「よっしゃあドゥラ!!」

 

 体調良好。

 気合十分。

 

 控室でトレーナーと簡単なやり取りを済ませると、エアプメンテはコースに向かっていった。

 

 *****

 

「……なんか、オークスの時よりも空気がピリピリしてるメンテねえ」

 

 今までのレースと比べて、出走ウマ娘達の間には張り詰めた空気が広がっていた。

 その緊張の渦中にいるのは、当然エアプメンテだ。

 当人は呑気な顔をしているが、今レースの台風の目になることは誰の目にも明らかだった。

 

 刺すような視線がエアプメンテに集中する。

 エアプメンテも流石にそれに気づいたのか、口の端を上げる。

 

(まったく、一番人気も辛いメンテねえ)

 

 当然その中には、キタサンブラックの姿もあった。

 

(私だってエアプメンテさんに勝つために、この一ヶ月頑張ってきたんだ! 

 今回のダービー、絶対に勝つ!)

 

『さあ全ウマ娘入場! 

 各員ゲートに入っていきます!』

 

「いけー、エアプメンテ!」

 

「ここに勝てば四冠だぞー!」

 

「あんたのレース見るために父ちゃん質に入れてまできたんだよー!」

 

 レース場には、例年以上に人が詰めかけていた。

 ほとんどの人がエアプメンテ目当てだった。

 しかし、他のウマ娘に対する声援も決して小さくはなかった。

 

「キタちゃん! 頑張って!」

 

「俺ら商店街のみんなも応援してるからなー!」

 

 ある者は、キタサンブラックに。

 

「クラちゃん、頑張って!」

 

「サトノ家の悲願、あなたなら成し遂げることが出来ます!」

 

 ある者は、サトノクラウンに。

 

 沢山の想い渦巻く中、ウマ娘達はスタートの合図を待つ。

 そして──

 

 がこん! 

 

『さあゲートが開いた! 各ウマ娘、一斉にスタート! 

 はじめにハナを取ったのはやはりこのウマ娘、エアプメンテ!』

 

 エアプメンテは得意のスタートダッシュですいっと前に出る。

 ブロックしようとするウマ娘もいたが、それは成らない。

 

 エアプメンテは早々にレースの主導権を握った。

 しかし前回と違って、競争相手たちの動揺は少なかった。

 これくらいは予想の範疇内。

 あとはレース展開を見て、仕掛けどころを窺う。

 

 その一方でエアプメンテは悠然と風を切り、その感触を楽しんでいた。

 

(身体が軽い。

 空は快晴、風は追い風。

 馬場の荒れも少ないドゥラ。

 絶好のレース日和メンテねえ)

 

 そんな中、背中に感じる気配が一つ。

 

(ん……来てるドゥラね)

 

『あっとキタサンブラック食らいつく! 

 エアプメンテの背中にぴったりとくっついている!』

 

『プレッシャーをかけるには効果的な戦法ですね。

 果たしてエアプメンテに通用するでしょうか』

 

(勝負です、エアプメンテさん!)

 

 *****

 

「頑張れキタサン!」

 

「このまま追いついちゃいなさい!」

 

 チームスピカの一同は、キタサンブラックの応援に駆けつけていた。

 エアプメンテに肉薄するキタサンの姿を見て、彼女たちの応援にも力が入る。

 一方、トレーナーとトウカイテイオーは真剣な面持ちでキタサンのレースを観察する。

 

「……ちょっとマズいね」

 

「わかるか、テイオー?」

 

 二人のやり取りを聞いて、スペシャルウィークは疑問に思う。

 

「でも、しっかり後ろにつけてますよ? 

 いい展開なんじゃないんですか?」

 

「問題はそこなんだ。

 想定よりもエアプメンテのペースが速い」

 

「え……じゃあそれについていってるキタちゃんは?」

 

「うん。掛かっちゃってる」

 

 *****

 

 一人逃げるエアプメンテに、一人追うキタサンブラック。

 そして控え気味でタイミングを窺う他のウマ娘。

 オークスでの惨状は記憶に新しい。

 ほとんどのウマ娘は同じ轍を踏まないようにと、無理に追うことはしない。

 キタサンブラックは、唯一の例外だった。

 

(このまま置いていかれたら、二度と追いつけない! 

 全力で、追いつくんだ。追い越すんだ!)

 

 だが、キタサンブラックの気持ちも虚しく。

 レースが進むにつれて、エアプメンテとの距離はどんどん開いていく。

 

(また、届かないっ……!)

 

『エアプメンテ、まったくスピードが落ちない! 

 キタサンブラック沈んでいく! エアプメンテ、これでふたたび一人旅だーっ!』

 

 キタサンブラックはそのまま引き離され、バ群に沈んでいく。

 

 そのまま最終直線に入り、ウマ娘達は一斉にスパートをかけるが……エアプメンテを捉えるウマ娘は現れない。

 今日のエアプメンテは、絶好調だった。

 

『エアプメンテ、楽々ゴールイン! これは……レコードタイムだ!? 

 なんとエアプメンテ、レースレコードを記録しました! 

 そして今回の勝利で変則四冠を達成! 

 なんなんだこのウマ娘は~!」

 

「ドゥ~ラドゥラドゥラ! 

 今日も今日とて大勝利メンテねぇ~!」

 

 エアプメンテは笑いながら指を四本、高く掲げる。

 それと同時に、大きな歓声がエアプメンテに降り注ぐ。

 

「凄かったぞエアプメンテー!」

 

「お前がナンバーワンだ!」

 

「このまま六冠取っちゃいなさいよ!」

 

 そんな声にエアプメンテはいつものように笑顔で応える。

 

「次は秋華賞、よろしくメンテ~!!」

 

 *****

 

 キタサンブラックの順位は、十四着。

 

(また、負け、ちゃった)

 

 悔しいというより、呆然としていた。

 事前の作戦も、まるで通用しなかった。

 それどころか、自分自身が沈んでいってしまう始末。

 

(どうすれば、勝てたんだろう)

 

 プレッシャーは、かけられたんだろうか。

 それとも、眼中にも入ってなかったんだろうか。

 前者ならエアプメンテが強すぎる。

 後者なら自分が弱すぎる。

 

(どうすれば、よかったんだろう)

 

 そんな考えがぐるぐると巡り、心の奥まったところに沈殿していく。

 いくら考えても、答えは出ない。

 

 *****

 

 一方、エアプメンテたちはというと。

 

「おめでとう。

 そしてお疲れ様、エアプメンテ! 

 すごいよ、ダービーをコースレコードで勝つなんて!」

 

「へへん、それほどでもあるメンテねえ!」

 

 興奮気味に笑うトレーナーに対して、エアプメンテは自慢気に胸を張る。

 今までのレースの中でもベストだという自負が彼女にはあった。

 トレーナーも鼻高々だった。

 

「これでエアプメンテの目標まであと二冠に迫ったね。

 次の秋華賞は10月。

 一気にレース間隔が開くことになるけど、油断して体調を崩したりしないように」

 

「もちろんドゥラ! 

 私はいつだって錠剤千錠メンテねえ!」

 

「常在戦場なんて意外と難しい言葉知ってるね、エアプメンテ」

 

 二人が思い浮かべる言葉には多少のズレがあったが、大した問題ではなかった。

 しかし、このエアプメンテの知能レベルが原因で近いうちに問題が起こるということを、この時の二人は知る由もなかった。

 

 *****

 

 ダービーからしばらく経った、ある日。

 その日のエアプメンテはご機嫌だった。

 

「自由に走れるっていうのは幸せメンテねえ~♪」

 

 今までは故障を危惧して自主トレを禁じられていたのだが、ついにお許しが出たのだ。

 エアプメンテにとって、走ることそのものが娯楽だ。

 それが解禁されたことによって、ここ数日は天にも昇る心地だった。

 

「待て」

 

 ウキウキ気分で走っていると、すれ違った人物から呼び止められる。

 その人物は、エアプメンテがよく知っているウマ娘だった。

 

「あ……グルーヴお姉ちゃん!」

 

「元気そうだな、プメンテ」

 

 エアグルーヴ。

 エアプメンテと彼女には入学前から親交があり、エアプメンテはよく面倒を見てもらっていた。

 トレセン学園の入試に際して勉強を見てあげたのもエアグルーヴだ。

 

「桜花賞に皐月賞、オークスにダービーの同時制覇とはな。

 昔はあんなに小さかったお前が、分からないものだ」

 

「へへん、私は最強ドゥラからね!」

 

「ところで、今日はお前に用があってここで張っていたんだが」

 

「よ、用ドゥラか?」

 

「そう。大事な用だ」

 

 エアグルーヴがそう言って近づく。

 エアプメンテの顔が引きつり、額から汗がたらりと流れる。

 

「その様子だと、心当たりがあるようだな」

 

「な、なんのことかわからんメンテ~?」

 

 ひゅーひゅーと下手な口笛を吹くエアプメンテに対して、エアグルーヴは数枚の紙を突きつける。

 

「これは、なんだ?」

 

 それは、エアプメンテが受けた中間テストのコピーだった。

 その複数枚の紙には、その全てになんともまあ悲惨な点数が並んでいた。

 

「ドゥ、ドゥララ……。

 いやあ、あはは、いや~……」

 

 目を逸らしながら愛想笑いを浮かべるエアプメンテを、エアグルーヴはじっとりと睨みつける。

 やがて状況が変わらないことを悟ったエアプメンテは、素直に頭を下げた。

 

「……ごメンテ」

 

「まったく……最近避けられていると思ったら、こういう事だったとはな。

 レース成績は抜群だというのに、なんだこのザマは」

 

 そう、エアプメンテはここ最近エアグルーヴのことを避けていた。

 もし会ってしまったら、こうして学業成績に言及されることが分かり切っていたからだ。

 エアグルーヴは入学時から今に至るまで、エアプメンテの学業成績に気を揉んでいるのだから。

 

「そもそもなんでグルーヴお姉ちゃんが私のテスト持ってるドゥラか!」

 

「担任の先生に頼んだらあっさり渡してくれたぞ」

 

「そんなー! プライバシーの侵害ドゥラー!」

 

「お前の成績をなんとかすることを条件に渡してもらったんだ、たわけ!」

 

 エアグルーヴとエアプメンテが親戚関係にあることは、教員各位も承知している。

 生徒会副会長としての信頼もあり、教員もテストの点数を教えることに躊躇がなかった。

 

「こ、ここは逃げるが勝ちドゥラよ~!」

 

「こらっ、私から逃げられると思うなー!」

 

 エアグルーヴとエアプメンテが苛烈な追っかけっこを繰り広げているさまを、キタサンブラックは遠目で目撃する。

 

「すごい……副会長のエアグルーヴさんから逃げてる。

 いつもああやって特訓してるのかな」

 

 実際はしょうもない理由からの競争なのだが、キタサンブラックは知る由もない。

 

「……すごいな。

 それに比べて、私……」

 

 沈んでいた黒いものが、心の奥から吹き出てくる。

 

「私……私、は……」

 

 それが高まって、泣きそうになった時。

 元気いっぱいの声が投げかけられた。

 

「なにかお悩みのようですねッ! キタさん!」

 

「サクラバクシンオー、さん……?」

 

 声の主は、サクラバクシンオー。

 キタサンブラックにとっては、押しが強くてちょっとヘンな先輩だった。

 

「な、なんでもないんです! 大丈夫です!」

 

「いいえ! お悩みのようでした!」

 

 キタサンは慌てて取り繕おうとするが、バクシンオーには通じない。

 

「お悩みがあれば、力になってさし上げます! 

 私、学級委員長なので! エッヘン!」

 

 *****

 

 二人は手近なベンチに座る。

 そしてキタサンブラックは、サクラバクシンオーに自らの胸の内を話し始めた。

 自分の中でも整理できていないものを、ぽつぽつと。

 

「……私、どうしていいかわからなくて。

 エアプメンテさんに勝ちたいのに、その背中がどこまで言っても遠くて」

 

「ふんふん」

 

「これから何をしても、差が縮まらないんじゃないかって。

 エアプメンテさんの出るレースを回避することも考えたけど、それはしたくなくて。

 でもそれって、負けるって分かってるレースに出るってことで……。

 でも、負けたくなくて。

 でもどうやっても勝てる気がしなくて、どうしていいかわからないんです……!」

 

「ふんふん! わかりました!」

 

 バクシンオーは勢いよく立ち上がり、キタサンに向かって元気よく言った。

 

「そういう時は、バクシンしましょう! ついてきてください、キタさん!」

 

 そう言ってバクシンオーは走り出していってしまった。

 

「えっ!? ちょっ……ちょっと!? 待ってください、バクシンオーさーん!」

 

 キタサンは慌てて追いかける。

 

「バクシンバクシーン!」

 

「ど、どこに行くんですかー!?」

 

「決めていません! とにかくバクシンするのみです!」

 

「えぇ~っ!?」

 

 そう言ってバクシンオーは前へ前へと走って行ってしまう。

 キタサンもそれを追いかける。

 

(バクシンオーさん、速いっ……!)

 

 離れていく背中に、先日のエアプメンテの姿がオーバーラップする。

 

「あ……ッ!」

 

 キタサンは追いかける。

 置いていかれないように、必死で。

 でも、追いつかない。

 追いつけない。

 

 ……と思ったその時、エアプメンテの姿が消える。

 背中が急速に近くなっていく。

 

「……あれっ?」

 

「ハーッ……ハーッ……バクシン……バクシーン……!」

 

 バクシンオーのスタミナ切れだった。

 スプリンター適性の彼女は体力が切れるのもまた早いのだ。

 

「ゼヒーっ、ゼヒーっ……!」

 

 へろへろになったバクシンオーは、そのまま地面に寝転がってしまう。

 

「バクシンオーさん、大丈夫ですか!?」

 

「き……キタさん」

 

 バクシンオーは息絶え絶えになりながらも、キタサンに言う。

 

「悩みは、晴れましたか?」

 

「え……!」

 

 そう言われて、キタサンは気づく。

 走り出す前と比べて、妙にスッキリしている。

 

「ハーッ、ハーッ……こうやってバクシンすれば……大抵の悩みは……吹き飛ぶものです」

 

「バクシンオーさん……」

 

 キタサンの瞳から涙がこぼれる。

 それは暗い気持ちから溢れ出たそれではなかった。

 身体を張ってまで悩みを解決しようとしてくれるその姿に対する感動の涙だった。

 

「ありがとう、ございました。

 おかげでなんだか楽になった気がします」

 

「それは……何よりです……コヒューッ……!」

 

 倒れているバクシンオーの隣に座り、キタサンブラックは言う。

 

「……バクシンオーさん。

 また、一緒に走ってもらってもいいですか?」

 

「ゴホッゴホッ……ええ、もちろんです! 

 また一緒にバクシンしましょう!」




錠剤千錠(じょうざいせんじょう)

薬を千錠飲んでいる時のように超健康な様子のこと。
もちろんそんな言葉は存在しない。
言葉の響きだけ覚えていたエアプメンテが勝手に考えた。
ちなみにエアプメンテは、薬を飲んだことがない。
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