【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第十話 祭りより前の日

 

「誰も来ていないではないか⁉︎ 」

 

 星明りしか無い夜闇の森の前で、赤い衣服の肥満体──カエサルが絶叫した。

 幹線道路から枝分かれした、アインツベルン城に向かう道路の、周辺に木立が目立ち始めた地点である。

 そこには、魔術師もサーヴァントも、人っ子一人居なかった。

 しかも、昼に来た時には無かった、異界化──強力な魔術結界まで森全体に張り巡らされていたのだ。

 それはサーヴァントから見れば、溶岩地帯にも似た、ひと目視て危険な領域だと分かるほどの禍々しさを放っている。

 おかげでアインツベルン城に近寄ることさえできない。

 

──もしかして、よその陣営はあの森の結界を見て帰っちゃったのかな。

──いやあ。それは無いな。

 

 先ほどの狼狽した声はなんだったのかと思うほど、カエサルはケロッとした様子で答えた。

 皐は今、離れた場所に隠れて待機している。

 

──いや今びっくりしてたじゃん。

 

 思念に閃く皐の声は、半眼で眇めに見る様子が目に浮かぶようだった。

 

──まあ、パフォーマンスと言うか、ツッコミのようなモノだ。

 

 カラカラと笑いながらカエサルが嘯いた。

 

──それに実際のところ、この場に他の陣営が居ない訳が無いのだ! みな隠れてこの場の様子を伺っているのであろう! 断言するとも!

──なんでさ。

──あれほどテレビキョクなる広報装置で訴えたのだ! 聖杯戦争に積極的ならば、唯一所在が割れている強力な魔術師の拠点に全員を集める意図が分かる者が、協定に乗らぬワケが無い!

──そーかなー。

 

 テンションを上げるカエサルに対して、皐は未だ懐疑的だ。

 

──そうとも! 今からその成果を見せてやろう!

「その辺に隠れている者どもよ! 居るのは分かっている!」

 

 突如、カエサルが大声を張り上げた。

 それはただの蛮声では無く、どこか色香があり、良く張り、良く通る美声であった。

 

「お前たちは伝説に謳われた一騎当千、万夫不当の英霊であろう! ならば、我らの前に立ち塞がる壁の存在も、それを突破する事の困難さも分かっていよう! であるのならば! 今こそ力を合わせる時ではないか! 私と共に森の魔術師に立ち向かう者は、前に出よ!」

 

 カエサルの通りの良い奮盛喚起の呼びかけが、夜の森に白々と響いてしばし。

 やがて、そこに、虚空からふたりの人影が現れた。

 

 

────◆

 

「誰も来ていないではないか⁉︎ 」

 

 赤い肥満体の絶叫を遠くに見ながら、ラウラは高木の枝の上に隠れ潜んでいた。

 昼に来て以来、アインツベルンの森は、いつの間にか異なる魔術結界に覆われていた。

 それは昼までとは打って変わって強力な魔術構成に変質していた。

 ──異界化。

 あれを突破するのは、ラウラの魔術の技量を以てしても無理筋に視えた。

 そのためラウラらは、そこの道路を通る者の背後を取れる、南西の森林に待ち伏せていた。

 赤い服を纏う肥満体の男は、その声と喋り方から、アーチャーの拠点で盗み聞きした電話の相手──セイバーと呼ばれた人物だろうと分かった。

 そしてその存在がサーヴァントである事は、シャルロットの眼力で見て間違いの無いところ、なのだが。

 

──あのデブが、セイバーのサーヴァント? マジで? スモウレスラーか何かの間違いじゃないの⁉︎

──クラスは怪しいですけど、あのひとがサーヴァントなのは間違いn……ちょ、ラウラったら失礼っぷふッ!

 

 そのサーヴァントの、姿との余りのギャップに、ふたりとも混乱していた。

 

──それにしてもアーチャーと一緒じゃなかったのか?

──みたいですねえ。

 

 ラウラの怪訝な思念に、シャルロットの呑気な相槌が閃いた。

 

「その辺に隠れている者どもよ! 居るのは分かっている!」

 

 ところが、しばらく所在無げにしていた肥満体が突如、大きくも良く通る声を上げ始めた。

 

「お前たちは伝説に謳われた一騎当千、万夫不当の英霊であろう! ならば」

 

 その声が聴こえた途端、胸を打つ異常な感動を感じたラウラは、反射的に魔術回路を回して魔力による心理的防護──魔術抵抗を試みた。

 

──精神汚染スキル⁉︎ なんなのアイツ⁉︎

「私と共に森の魔術師に立ち向かう者は、前に出よ!」

──ラウラ! わたし、あのひとと共に行こうと思うの!

──おバカ!

 

 ラウラは、マスターとサーヴァントとの間に通じる魔力パスを利用して、シャルロットの霊体に魔力を弾けさせた。

 と言っても、それはデコピン程度の威力。

 

──あいたっ⁉︎ ──はっ。わたし今なに言いました⁉︎

──ヤバいよあのデブただ者じゃない! 演説に精神汚染乗っけてきやがった!

──詐欺師ですか⁉︎ 詐欺師(エスクロ)のクラスのサーヴァントですか⁉︎

──それは知らないけど、迂闊に近づくのは拙い……

 

 やがてそこに、あろう事か演説に応えるかのように、虚空からふたりの人影が現れた。

 

 

────◆

 

「……なんか、やり始めたよ」

 

 その赤い服を纏った肥満体型の男が、突然演説をぶち上げ始めたのを見て、市ヶ谷は面白そうに口の端を上げた。

 

「マスター、お気をつけを。あの声には魔力が込められています」

「ありがとう、ユイちゃん。抗魔力の護符を用意しておいた甲斐があった」

 

 隣に控えるユイに朗らかに応える。

 いま市ヶ谷らは、アインツベルンの森の入り口付近から、北東の丘の上に潜んでいた。

 ふたりとも、茂みに隠れた上で、気配遮断効果を編み込まれた魔術道具のマントを羽織っていた。

 市ヶ谷は、双眼鏡を注意深く覗いている。

 

 

 夕暮れ前の時刻──

 

「──もしもアサシン陣営が隠れ潜むとしたら、ここだろう」

 

 市ヶ谷が、畳の上に広げた地図を示して言った。

 ここは、市ヶ谷が複数用意した拠点のうちのひとつ。

 木造家屋の、六畳間。

 

「アインツベルン城に向かうなら、どの経路で行ってもここを通るし、通行人がほぼ確実に背中を向ける場所だ」

 

 市ヶ谷の指先が示したそこは、アインツベルンの私有地に通ずる唯一の道路の、その森の入り口から南西の森林地帯だった。

 

「マスター。アサシン陣営が森の入り口を見張るなら、我々がこれから着こうとしている丘に潜むのではないですか?」

「そのココロは?」

 

 市ヶ谷は、ユイの意見に穏やかに合いの手を打った。

 

「見通しの良い高台です。この低地よりも高く、広範囲を見渡せます。そして多少距離があっても、サーヴァントの脚力ならば強襲するのも容易です」

「なるほどね。……うーん、この開けたところを目撃されずに接近できるかは、そのアサシンの技量に寄るか──いや、いいや。もし現地でカチ合いそうになったら、その時に場所を移そう」

「はい。あと、同様に、アーチャーもこの高台を最初の足場に求めてきませんか? 狙撃するのにも打ってつけです」

「……あのアーチャーがぁ?」

 

 市ヶ谷は、あぐらをかいたまま腕を組んで首を傾げた。

 

「あの尊大な性格と、あの戦法で、狙撃待ちは無いでしょー」

「無いでしょうか?」

 

 ユイは、二心の無い眼差しで、きょとんと小首を傾げる。

 

「……無いな。あの魔王信長さんは、きっと十中八九オフェンスに出る」

 

 ──なお、かのアーチャーの正体を知らされたユイの反応は、非常に淡白なものだった。

 彼女の時代の人々にとっては、「織田信長」は比較的メジャーな歴史上の人物、程度の認識だった。

 

「分かりました。でしたら、待機場所について異論はありません」

「オッケー。あとは柔軟に対処していこう」

 

 

 そうして、市ヶ谷たちは今の高台に潜んだ。

 

「まさか、森がさらに強い結界で覆われてるとは思わなかったねえ」

「あの場所の霊脈から潤沢な魔力を以て籠城されると、困りますね」

「困っちゃうねえ」

「それに、今はもう屋根も壁も無いのに、あのセイバーはどうしてあの森に魔術師が潜んでいると分かったのでしょう?」

「あの肥満体形が本当にセイバーかどうかは、まだ未確定だけどね」

 

 と、一応注釈を入れた上で、市ヶ谷は続ける。

 ──あのサーヴァントがセイバーなのかは、まだ声と自称でしか確認していない。

 

「城が木っ端微塵になってたのは、昼に僕らが確認している。にも関わらず、あのセイバーは森への招集を敢行した。──何者かがあそこに居座るのを見てきたかのような差配だねえ」

 

 それが何者かについては、夕方の検討でも答えが出なかった。

 第一候補として、昼の戦闘に乱入してきた、セイバーを自称して桁外れに強大な魔力光線を放ってきた連中と目しているが、市ヶ谷もユイも、その姿を直接目視しておらず、彼らが何者かも不明なままだ。

 何しろ市ヶ谷たちはまだ、全ての陣営と会敵していない。他にもアインツベルン城跡の霊脈を求める輩がいるかも知れないのだ。

 

「──ともあれ、これほどあのセイバーが脅威と見做すような相手さんには、早めに脱落してもらわないと、こっちがジリ貧にならあ」

 

 ぼやきながら森の入り口の様子を伺っていると、あろう事か、あの演説に応えるように虚空からふたりの人影が現れた。

 

「えー。引っかかっちゃうんだ。ご愁傷様」

「マスター、あちらにも何か」

 

 ユイが示す方角、結界で夜空の景色が歪んでいるアインツベルンの森の上空に、星が瞬くのが見えた気がした。

 

「何か、棒のようなものが飛んでいます」

「っ⁉︎ 」

 

 ユイの具体的な指摘に緊張を覚えた市ヶ谷は、そちらに双眼鏡を向けて飛翔物を見極めようと目を凝らした。

 

「──いや、そ、まさか──⁉︎ 」

 

 珍しく狼狽する市ヶ谷の様子に、ユイもその空飛ぶものに目を凝らす。

 

『うははははははは!』

 

 その上空から、肥満体の男に勝るとも劣らぬ声量で高笑いする声が聞こえてきた。

 

「──ははっ。さすがは……」

 

 その光景に、さしもの市ヶ谷をして頬を引き攣らせた。

 

 

────◆

 

 メアリーがカエサルの十数メートル手前の路上で実体化した。

 とうにこちらが接近する気配は察していただろうに、カエサルはゆったりとこちらを振り返って、大仰に両腕を広げた。

 

「よくぞ来た! 同盟者たちよ!」

「はあ? 寝ぼけたこと言わないでくれるかな」

 

 赤い服を着た肥満体の、そんな戯言に言い返したところで、メアリーはカエサルの呼びかけが複数形である事に気がついた。

 ふと横を見ると、カエサルとでちょうど正三角形を描く位置に、もうひとりサーヴァントが立っていた。

 

「同盟を受けるとは、ひと言も申しておりませんが」

 

 柔和な物腰ながらも冷たく言い放ったそのサーヴァントは、宮廷の召使いのような装いを纏う、凛と立った女性だった。

 淡いラベンダーのレンズの眼鏡をかけている。

 紅茶色の綺麗な髪の、頭頂部に不自然に盛り上がった二房の髪型が気になったが、全体的に控えめな華やかさのある女性。

 特に得物も携えていない、いまいち脅威を感じないサーヴァント。

 

「……あんた誰?」

 

 思わずメアリーは問いかけていた。

 

「はい。特にお答えする義理はございませんが」

 

 ところが、その女はにこやかに返答を固辞してきた。

 メアリーは無言で舶刀(カトラス)を取り構えた。

 

──こらこら、落ち着けメアリー!

 

 メアリーの脳裏に、ディートリヒの制止の声が閃いた。

 

──コイツ嫌いだよマスター。やっちゃっていいでしょ?

──なんの為にそこに行ったか思い出せオマエ⁉︎

 

 結局、カエサルが仕掛けた対アインツベルン総攻撃の要請に乗る事にして、ディートリヒは二度と来るつもりの無かったアインツベルンの森までやって来た。

 ところが森は様相を変えて、異常な異界化結界に覆われており、当のカエサルはひとり。

 だが、ディートリヒの勘だが、カエサルもマスターを何処か近くに潜ませているだろうし、他の陣営も森が見通せる何処かの場所に潜伏しているはずだ。

 ならば、ここは手を組んだ方がいい、とディートリヒは考えた。それほどにアインツベルンの魔術師とそのサーヴァントは脅威だ。

 そして、ディートリヒのサーヴァントには、他には無いアドバンテージがある。

 通常、聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは()()のはずだが、アンとメアリーは「ふたりで一騎」と言う特殊形態のサーヴァントなのだ。──かの大海賊時代に、女性のペアで大暴れして有名になった曰く付きの。

 そして魔力パスで繋がったディートリヒ自身を思念の中継器とすれば、実質的に「意識はひとつで身体が複数ある」も同然の戦法が取れる。

 故に、ディートリヒは射撃を行えるアンを傍に残して、メアリーに出向かせたのだった。

 

──だけどさー。

「おお! 私のために争ってくれるな女たちよ!」

「争ってないし⁉︎ 」

「ません!」

 

 脈絡を無視して戯言を挟んできたカエサルに対し、奇しくもメイド女とツッコミを唱和してしまった。

 

「うむ! 言い間違えた! 私の前で争ってくれるな女たちよ!」

 

 鷹揚に頷いた肥満体が、芝居がかった仕草で両腕を広げた。

 

「そしてよくぞ! 私の呼びかけに応えてくれた! 私は貴様たちを歓迎しよう!」

「御託はいいからさ。あの森の魔術師をやるんでしょ? どんな手を使うのか教えてよ」

 

 最後まで聞かずにメアリーが問いかけた。

 

「そう急くな。古来の格言にも言うであろう。「貧乏暇無し──」

 

 ものも言わずに斬りかかった舶刀(カトラス)は空を切った。

 舶刀(カトラス)を振り切った体勢のメアリーは、信じられないものを見る目で、離れた位置に立っている肥満体形を見遣った。

 

「フフ。分かるとも! 私の美貌に見惚れて剣が鈍ったのだろう?」

「うっわこのデブうぜえ」

 

 優雅に前髪を払って陶酔するカエサルに、メアリーがえずく真似をした。

 ──メアリーは決して手加減はしていない。つまりは、見かけに寄らぬ敏捷性で躱したのだ。あの肥満体型で。

 それは決して侮れない身体能だ。

 

──だああこらメアリー⁉︎ 頼むから堪えろ!

──はいはい。もうしないよマスター。

 

 それでも唾を吐き捨てたメアリーは、話を聞く姿勢として舶刀(カトラス)を何処へともなく仕舞った。

 

「次に()れたこと言ったらそのお腹の肉削ぐからね」

「やめてくれ。私がますます美しくなってしまう」

「──(たわむ)れていないでとっとと本題に入ってくださいませんか」

 

 メアリーの殺気にも関わらず調子の良い発言を繰り返すカエサルに対し、メイド女がとうとう怒気を孕んだ冷徹な声音で言った。

 月明かりを眼鏡が照り返しており、その表情は知れない。

 

「うむ。見ての通り、森は強力な魔術結界に覆われて、我らが打ち倒すべき魔術師への進攻を阻んでいる!」

 

 メイド女の据えた声音が効いたのかは不明だが、カエサルは森の方へと振り返ってその異様な気配を手振りで示した。

 

「だが、今世の魔術師の魔術など、遥か先達の魔術師のサーヴァントの前では児戯にも等しかろう! さあ! そこなキャスターよ! この粗末な柵を見事消し去りたまえ!」

「……」

 

 アインツベルンの森の入り口で、カエサルの朗々とした演説が、白々と響いて虚しく消えた。

 

「……」

 

 メアリーは、両腕を振り上げた肥満体の背中から、目線を隣のメイド女に移した。

 ところが、そのメイド女とちょうど目が合った。

 

 ──お前キャスターなんじゃないの?

 

 メイド女の目線も、似たようなニュアンスを眼差しで訴えていた。

 そして、そろって再び肥満体の背中を見遣る。

 ややあって、カエサルがゆっくりと振り向いてきた。メイド女の方を。

 

「……貴様、キャスターでは無いのか?」

「違います」

 

 メイド女が即答した事で、再び辺りがシン、と静まりかえった。

 

「……おい、どーしてくれんだよこの空気」

 

 メアリーが半眼で告げるが、半身を向けた肥満体は、目を丸くして硬直したまま動かない。

 苛立ちが募ったメアリーが、なおも言い募るべく息を吸った。

 

 アインツベルンの森の中程で紅蓮の大爆発が噴き上がった。

 

 

────◆

 

──イサオよ! 魔力を回せい!

──応よ!

 

 織田信長の思念での号令に応え、イサオはそこの地面に血液をふんだんに用いて描かれた魔法陣に向かって手をかざした。

 

 ──ここは、アインツベルンの森からさらに北の山奥、岩場が目立つ荒地。

 人を寄せ付けず農地にもならない、誰も近寄らない区域である。

 そこにイサオは軍用トラックで荒れ地を走破して、わざわざ遠回りしてやって来たのだ。

 (かち)や自家用車で来れるような場所では無い。

 すなわち、誰にも邪魔されぬよう作戦を遂行する為だ。

 

 広大な魔法陣の中央には、手足を縛られた老若様々な年齢の、何処か虚ろで歪な顔立ちの男たちが横たわっていた。

 彼らはイサオの会社の不良債務者や法にあぶれた敵対者たち。

 いなくなっても、誰も気に留めない者どもを、イサオは資源として有効活用しようとしていた。

 

「──tomatl itzcuintli xocolat……」

 

 イサオが詠唱を開始する。

 たった三代ぽっち積み上げた魔術回路が励起して、身体に強引に埋め込んだ魔術回路をも連動して魔力が巡る。

 奪った魔術回路は身体中の刺青にカモフラージュしており、袖口や襟ぐりから蒼い輝きが漏れ出る。

 

「気張れよおまえら! 最期にあの織田信長の糧になれるんだからよお!」

 

 呼応して魔法陣が輝きを放つ。

 その中に転がされていた男たちが、苦悶に喘ぎ、身を捩った。

 

 その頃、アーチャー・織田信長の姿は遥か高空にあった。

 

「うははははははは!」

 

 アインツベルンの森の上空を、高笑いしながら上機嫌で飛翔していた。

 自ら召喚した火縄銃に、まるでサーフボードのように乗って。

 ──原理など知らぬ。

 織田信長の鉄砲隊は有名でも、鉄砲自体が飛翔するなどという事実など有りはしない。

 だが、織田信長を知る者の多くにとっては、火縄銃とは切っても切り離せないイメージだ。

 そしてその多くの夢想に、火縄銃を抱える足軽の姿は無い。

 かくして、聖杯はサーヴァント・織田信長をそう定義し、そうあれかしと現界せしめた。

 織田信長の号令で、虚空に無数に並べ立てられるは火縄の砲口。

 その自らの命に従って出現する己の宝具・火縄銃を見て織田信長は、ふと思いついた。

 ──この浮いとるやつ、乗れるんじゃね? と。

 そして織田信長は「コレ絶対に本来想定された使い方じゃないよネ!」などと嘯いて飛び立ったのだった。

 

「高所の有利の(ことわり)は、三千世界に遍く通ずる戦術の真理よな! ──天魔轟臨!」

 

 叫ぶや、目下の森の中央部、濃密な魔力渦巻くその場所へ向け、無数の火縄銃を召喚した。

 長い黒髪を暴風に吹きなぶられるままにしながら、その獰猛な笑みをより深くする。

 今や獲物を狙う猛禽が如き気色を浮かべ、振り上げた指先を勢い良く振り下ろした。

 

──三千世界(さんだんうち)

 

 それは長篠の戦で名を馳せた戦術を概念兵装として昇華させた織田信長の宝具。

 サーヴァント同士での戦闘では、宝具発動にあたる真名解放はそのまま身バレに繋がるが、この何者も並ぶ者の無い高空にあっては身バレもへったくれも無い。

 森の中央部を中心点として綺麗な円錐状に配された三千丁の火縄銃が、一斉に火蓋を切って砲撃を放つ。

 

 ──ほらわし、第六天魔王信長じゃん? 神とか仏とか小指でエイってやっちゃうじゃん? 最強じゃん?

 

 その馬鹿げた集中砲火を遠くに眺め、イサオはかつて彼女が語った特性を思い出していた。

 その言に寄れば、サーヴァント・織田信長の攻撃の前では、神秘の粋たる魔術の防御など紙切れ同然と言う事。

 集中砲火を受けた森の中央部が紅蓮の炎を巻き上げ、僅かに遅れて爆音が轟いてきた。

 だが、砲撃はまだ終わらない。今も装填された火縄銃が再召喚されては撃つ事を無限に繰り返している。

 

「──晒したな。本丸をよ」

 

 もうもうと噴き上がる黒煙の中から、先ほどまでは何も無かった虚空にアインツベルン城の城郭が出現していた。織田信長の砲撃がアインツベルンの魔術師の異界化結界を打ち破ったのだ。

 そして見るみるうちにその城郭が、城壁が打ち砕かれ、穴だらけにされてゆく。

 

「さあ、アインツベルンさんよ。このまま押し込まれるだけか……?」

 

 いかな血みどろの闘争に明け暮れたイサオをしても、魔術世界の真なる闘争は門外漢である。

 特にサーヴァント同士での戦闘など人生で初めての経験だ。

 が、逆にサーヴァントを従えての戦闘の専門家など他に有り得ないのもまた事実。六十年周期の常連参加者など居てたまるか。そう言った意味では聖杯戦争に参戦するマスターの経験値は全員が同レベルである道理だ。

 だからイサオは、自らのサーヴァントの、あれほどの巫山戯(ふざけ)た威力の攻撃を間近に見ても、驕りはしない。

 ──敵も同程度の武装を持っていて然るべき道理である、と考えるからだ。

 今も間断なく続く集中砲火の最中、地上から、森の木立を撃ち破って九つの光条が高空へと迸った。

 それはさながら地から天へと逆さまに疾る稲妻の如く。

 そしてその光条が何かに激突したか、空中で九つの爆発を起こした。

 上空に展開される火縄銃を破壊したのだ。

 ──織田信長本人が被弾した訳では無い事は、脳裏でひっきりなしに響く高笑いの声でお察しである。

 ところが上空の火縄銃は、持ち主の弁に寄れば常時三千丁が出入りしていると言う。九発の魔力光の同時発射は、それはそれで高度な魔術だが、所詮は焼け石に水。

 

「さて──」

 

 稼働中の魔法陣の中の男どもは、息も絶え絶えだ。

 だが軍用トラックの荷台に背を預けて観戦しているイサオは一顧だにしない。

 

「敵魔術師の死体を見るまでは、気ィは抜けねえな」

 

 その歴戦の獰猛な瞳に、油断は無い。

 

 

────◆

 

──あいつ、昨夜のサーヴァントじゃん!

 

 赤い肥満体の前に姿を現した、二騎のサーヴァントのうちの一方を見てラウラが喫驚した。

 見えている肌が傷痕だらけの、小柄な女サーヴァント。

 もう一度シャルロットを差し向けたい衝動に駆られたが、マインドセットを実行して意識を冷静に切り替える。

 奴は不意打ちを受けても完全回避するスキルを持っている。それを破る方策が無くては迂闊に手出しはできない。

 それに奴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてここには自分たちを含めると、肥満体のサーヴァントを始め、もう一方のメイドみたいなサーヴァントと合わせて、最低でも五つの陣営が集っている事になる。

 ここで今どれか一騎を暗殺したとして、果たして他の陣営がどう動くか。まさかシャルロットひとりに総攻撃はしなくとも、反撃を受ける可能性が極めて高い。

 

──なら──

 

 それならば、マスターの方から狙うか。

 他陣営の作戦に参加する以上、細かな行動の判断を下すために、あれらのマスターが直近まで同行しているはずだ。

 まず間違い無くこの付近に、奴らのマスターが潜んでいる。

 ──つまり、四人ものマスターが、今は無防備だと言う僥倖の事実!

 様子を伺っていると突然、森の奥で紅蓮の炎が噴き上がり、遅れて爆発音が轟いてきた。

 見れば、森の遥か上空から無数の砲撃が降り注ぎ、それが異界化結界の一部を破壊したらしい。

 

──また一騎⁉︎ 空飛ぶサーヴァントか⁉︎

 

 すると、森の上の夜空の景色が揺らめき、崩壊したはずのアインツベルン城の城郭が姿を現したのだ。

 ──何故あの倒壊していた城が、再び現れたのかは分からない。

 だがそれも瞬く間に撃ち砕かれていく。

 森の入り口にいた三騎のサーヴァントは、それを見て仰天している様子だった。

 ──サーヴァントですら泡を食う不測の事態。つまりマスターも混乱しているはずだ。

 

──シャルロット! 移動するよ!

──はい! ……どこに行くんです?

 

 ラウラは身を屈めたまま木立の陰から陰へと隠密移動を繰り返す。

 

──見張るポジションの第二候補だった、()()()()の上に行く! そこから辺りに隠れてる奴を探す! シャルロット、フォローよろしく!

──はい! 承りました!

 

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