【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第十一話 魔の森の招き

 

 夕暮れ時。

 アインツベルンの森に向かう道中の車内で。

 

「皐。私の最期の事は、知っているであろう?」

「どうしたの突然」

 

 カエサルの言葉に、皐が運転しながら応える。

 

「あれでしょ? 元老院での暗殺。背後から刺された。「ブルータス! お前もか!」って言う台詞は学校の教科書にも載ってる」

「まあ実際のところ、ブルトゥスと言ったかどうかは、よく覚えていないのだがな」

「その場に居たなら、呼ぶこともあるんじゃない?」

「まあ要点はそこでは無く──二十箇所以上をナイフで刺されて、もはやどれが致命傷かもわからん有り様だったのだが、いずれにせよ、まずはそう、背後から刺されたのだ」

「うん?」

 

 カエサルにしては珍しく、奥歯にものが挟まった言い方をする。

 

「──これから我々は、対アインツベルン共同作戦に赴くわけだが、実際のところ、他の陣営がどれほど反応するかは分からん。いや、誰がしかは来るであろう。うむ、来るとも」

 

 指を振り、雄弁そうに喋りながらも、要領を得ない話は、飛躍して迷走しているようだ。

 こんなカエサルの様子を見るのは初めての事だ。

 

「サーヴァントとして皐の前に喚ばれた時、実は他でも無い、私自身が驚いたものだ。──確かに私は戦士としても優秀で、剣を取り、何度も勝ち戦を収めた。だが私が最も本領を発揮するのは、弁舌で説き伏せる政治の舞台なのだ。それが、なんで前線に出向くセイバークラスなんぞに」

「あの時めちゃくちゃテンションぶち上げて自己紹介してたじゃん」

 

 皐が半眼でツッコむが、カエサルにはどうも聞こえた様子が無い。

 

「──まあとにかく、そんな訳で、聖杯戦争においては、誠に遺憾ながら、私が前に出てオフェンスに立つ訳だからして、その、アレだ」

「……本当にどうしたのさ、凱さん」

 

 さすがに不安を感じて、皐は緊張を孕みつつ慎重に尋ねた。

 まさか、どこからか魔術か呪いでも受けているのではないか──?

 

「んむ。まあ、待て。これから本題に入る」

 

 言って、カエサルは居住まいを正す(肥満体型のせいで助手席のシートがキツく、ただ僅かに身じろぎしただけだが)と、改めて口を開いた。

 

「皐。いやさマスターよ。私が前に立つゆえ、──私の背中を任せたぞ!」

 

 

 ──なにせ、ただふたりきりの陣営なのだからな!

 アインツベルンの森に来る時の車中でそう語ってから、そこで打ち合わせた通り、皐は道路から離れた南側の森林の奥の茂みに潜み、周辺の警戒を務めていた。

 この場所に到着した皐が最初にした事は、見張り場所を作ることだった。

 適当に選んだ樹木四本に、武装のひとつである聖釘を打ち込んで、四辺に囲まれた力場を作り簡易的な結界とした。万が一、自分に接近する者を察知するためである。

 そして、眼鏡を外して懐に仕舞うと、皐の生来の授かり物である「環境視力」に集中して周辺を探査した。

 ──魔術界隈では「魔眼」と称される類の体質らしいが、皐は頑なにその「魔」のつく呼称を忌避していた。

 「環境視」とは、光による通常の目視に加え、音や匂いを視覚化して、主観に二重映し的に知覚できるものである。

 ただし、別に制御用の眼鏡を常時着用しなくとも、意図してその感覚を使おうとしない限りは日常生活に支障は無いものだ。

 だが生理的機能でもあるため、いざ活用したい時に使用できるよう、皐は眼鏡の着脱をその機能の心理的なオン・オフとしていた。

 その「環境視力」で、皐はカエサルがいる場所を中心に、周辺を隈なく見回して警戒していた。

 いわゆる「魔眼」に類する能力ではあるが、魔力を捕捉できる訳では無い。

 故に、例えばカエサルの呼びかけに応じて現れた二騎のサーヴァントの接近は、現れるまで察知できていなかった。

 「環境視力」は、「隠蔽魔術」で隠された静物を見つける事もできない。透過、ないし「認識を阻害する魔術」なども見破る事はできない。

 だが、自然の風や木々の葉擦れ等の環境音の反射を捉え、アクティブセンサーの如く、「反響があるもの」「反響が無いもの」を視分ける事は可能だ。

 皐が眺める、とある一方で、「反響しない空白」が移動していくのを「環境視力」が捉えた。

 「移動する、反響しない空白」とはつまり、例えば「隠蔽の魔術で身を隠した何者かが移動している」と言う事に他ならない。

 その空白は、子供くらいの大きさだった。

 

──見つけた──!

 

 これは決して偶然では無い。

 皐は、カエサルの指示通り、森の入り口からかなり遠く離れた森の奥深くに潜んでいた。

 カエサルの目立つ赤い上着がようやく視認できるほど遠いため、呼びかけに応じて現れたサーヴァントが男なのか女なのかも分からない程の距離だ。

 なぜこれほど遠く離れたかは、この「対アインツベルン共同作戦」において、万が一「ひとり露出しているカエサルが他陣営に集中攻撃された」場合に、令呪の力で皐の傍に瞬間移動させて離脱させるためのフェールセーフだった。

 ──そして、何者かが森の入り口を見張るなら、これより近くに潜むだろうと言う見当も、カエサルの発案だった。

 その見通しどおり、森の入り口を見張っていた何者かが、何らかの意図で移動した。それを皐が発見したのだ。

 だが、その「空白」は、カエサルがいる場所に向かわず、そこを遠巻きにする動き方をしていた。

 直接カエサルを狙っている訳ではなさそうだが……?

 

(──どうする? ……いや、敵は潰す!)

──凱さん! 敵を見つけた! 姿を隠してる!

──私を呼びたまえ!

 

 カエサルの思念に、だが皐はまず敵を足止めする事を考えた。

 若干の焦りは感じている。

 令呪による行使には、その内容をなるべく正確に詳述する必要がある。

 その声を聞かれては、逃げられてしまうのではないか──?

 皐は専用ポーチから黒鍵──代行者の標準装備のひとつ。聖書の頁で紡いだ万能武器──を複数取り出すと、カードサイズに展開変形して鋭く投擲した。

 

「あいたっ⁉︎ 」

 

 黒鍵手裏剣は過たず空白にヒットし、その者の姿を露わにした。

 ──隠蔽魔術は非常に繊細で、僅かに集中を乱すだけで破れてしまう。

 十数メートル先の地面に転び出たのは、オーバーサイズのパーカーを纏った小柄な少女だった。

 浅黒い肌にグレーの頭髪。東欧出身者の特徴を持った顔貌の外国人に見えた。

 タクティカルグローブを填めており、令呪は伺えないが、この場にいるならマスターだろう。

 ならばサーヴァントは? カエサルに呼び出されたか? それとも霊体化して随伴しているのか?

 いずれにしても、皐は計画を実行した。

 

「令呪を以て命ずる!」

 

 皐は決然と、令呪が宿る右手を掲げて詳述した。

 

「来てくれ! セイバー!」

 

 皐の右手のファンデーションが吹き飛び、露わになった赤い痣──令呪が輝きを放ち、その紋様の一画部分が詳述に応えて弾けた。

 

「そいつを殺せ!」

 

 同時に、その少女が転んだまま叫んだ。傍に何者も居ないにも関わらず、だ。

 

──ヤバいか⁉︎ コイツらはアサシン陣営だったか⁉︎

 

 皐は底冷えのする恐怖に戦慄した。

 アサシンのサーヴァントであるならば、実体化していても、例え目の前にいても、刃を突き立てられるその瞬間までその姿を認識できないとも言われている。アサシンとは推し並べてそのようなスキルを持っているらしい。

 今にも皐の目の前で、凶刃をこちらの急所に刺し込もうとしているのかもしれないのだ。

 

──させんとも!

 

 思念に声が閃くと同時に、皐の目の前に赤い背中──カエサルが出現した。

 ──これほどの遠距離の瞬間移動をも可能にするほどの魔力の粋こそが、この令呪たらしめる妙味だ。

 

「おまえたち! 私と共に戦え! 見事戦働きを成せば、褒美は思いのままだぞ!」

「ひゃいっ!」

 

 出現するなり大声で宣言したカエサルの、斜め前方に突如、飛び上がって身を竦めた人影が現れた。

 喫驚した様子の西洋人。シルクハットを頭に乗せ、エプロンドレスを纏った若い女。

 その手には、刃と柄がクランク状に軸をずらしたバヨネットを携えていた。

 ──「煽動」スキル。カエサルの舌先三寸にかかると、論理的にはどうあれ、間近で聴いては是と応えるほか無くなってしまう、精神干渉系の強力無比なスキルだ。

 カエサルは、このスキルで市長や警察署長、市井の人々を籠絡し、術中に収めていたのだ。

 

 

────◆

 

 突然、メアリー達の前の森で爆発が起きた。

 森の最奥から爆音が轟いてくる。

 仰天してつい呆然とそれを見上げてしまった。他の二騎のサーヴァントと一緒に。

 

「なにごと⁉︎ 」

 

 そうしてもうもうと噴き上がる紅蓮混じりの黒煙を見上げていると、前に立っていた赤い肥満体の姿が消えた。

 

「──は?」

 

 唐突に完全な消失である。

 霊体化した訳でも無い。霊体化しただけでは、サーヴァント特有の気配までは消えない。

 根本的にそこから気配ごと消え失せたのだ。

 あまりにも脈絡の無い出来事の連続で、メアリーは呆けた顔で混乱していた。

 

──ねえちょっと! あのデブひとのこと呼んどいて消えたんだけど!

──ちょっと待て!

 

 メアリーの思念の問いかけに対し、何故かディートリヒの焦った思念が応えてきた。

 

──こっちで声が聞こえた! たぶん令呪で瞬間移動させたんだろうが、クソ! どう言うことだ⁉︎

──なに? どうかしたの?

 

 メアリーは「動く担当」を自負しているので、考えることは(はな)から放棄している。

 なので、その問い返す声も面倒くさげだ。

 

──そいつ「セイバー」って呼びかけやがった! 男の声だ! アインツベルンのアレはウソ吐いたってのか⁉︎

 

 その内容には、さすがにメアリーも眉をしかめた。

 メアリーも舶刀(カトラス)を振るうため、刀剣の扱いにはそれなりに覚えがある。

 そのメアリーから見て、昼のアインツベルン城で繰り広げられた、アインツベルンのセイバーとあのデブのサーヴァントの剣戟の技量は非常に高い水準にあると思った。

 だが、メアリー自身も含めて、セイバークラスで無くとも武装に剣を携えている英霊などごまんといるだろう。

 故に、クラス詐称に然程(さほど)の意味は無い。

 ──ここで確実な情報は、「令呪での呼びかけには、クラス名の詳述は必須の事実である」と言う事。

 

──じゃあアインつがウソって事じゃん。

──略すな。見えた。確認する。

 

 ディートリヒの思念に返答しようとしたメアリーは、後方から轟音が接近してくるのを察知して振り向いた。

 

「えっなっ⁉︎ 」

 

 市街にありふれた自家用ワンボックスカーが、アインツベルン城に向かうこの道路を疾駆してきていたのだ。

 その進路上にメアリーはいた。

 

──なんで⁉︎

 

 眩いヘッドライトがメアリーの視野を焼いて迫る。

 いや、運転手の顔は辛うじて見えた。

 ──凄まじい形相の、ヒゲモジャの、黄金の西洋甲冑の兜を被った、老爺。

 間一髪で暴走車から身を翻した刹那に見えた、不可思議でいっぱいの謎の物体に、さしものメアリーも粘つく冷や汗を感じて尻餅をついた。

 

「……なんだあれ……」

 

 轟音を蹴立てて走り去る鉄の車を呆然と見送る。

 

──いや。

 

 荒唐無稽な不条理については人後に落ちない海賊稼業だ。

 刹那の邂逅の中でも得るものはあった。

 あの自動車は、結界を纏っていた。どこかのマスターの魔術道具の類だろう。

 その結界のせいで、自動車の中の気配が読み取れなかった。あの至近距離にありながら、サーヴァントの気配すらも遮断していた。

 十中八九あの運転手はサーヴァントだろう。

 根拠は無いが、この平和ボケした極東の島国で、人間であれば轢殺必至の凶行を取れるのはサーヴァントかイカレかどっちかだろう。

 そして。

 メアリーは、傍らの、誰もいなくなった路上を見遣った。先ほどまで、あのいけ好かない給仕女サーヴァントがいた場所だ。

 

(あの自動車に飛び乗って行った……? 既に何処かの陣営と手を組んでいたのか……? でも、奴らだけであの森の結界に突入できるなら、なぜわざわざ姿を現した?)

 

 連想して浮かぶ疑問は止めどないが、これらの情報を統合して分析するのはマスターの仕事である。

 何よりメアリーには、召喚されてからこの方、ずっと気に食わない事が一個だけあった。

 

「なんでライダークラスのボクらには無いのに、あんな変なジジイが「騎乗」スキル持ってんだよ!」

 

 今だ砲撃が降り注ぐ夜の森の前で、メアリーの絶叫が白々と響いた。

 

 

 ディートリヒは、暗闇の森の中を危なげも無く駆け抜けていた。

 フラゥゾマーの魔術にかかれば造作も無い事。

 やがて遠くに木立が開けた場所が見え、ディートリヒはその手前の樹木の陰に隠れた。

 木陰から、セイバーを呼ぶ声が聞こえた地点を覗き見る。

 

(……どうなってんだ? ありゃあ──)

 

 そこには確かに、先刻までアインツベルンの森の前にいたはずの赤い服の肥満体──サーヴァント・カエサルがいた。

 だが、状況が飲み込めない。

 カエサルの持つ黄金の剣の切先を喉元に突きつけられている、シルクハットを頭に乗せたエプロンドレスの西洋人の女と。

 まるで庇うように立つカエサルの背後で、脚に刃物が刺さって倒れている、オーバーサイズのパーカーを纏った東欧系の銀髪の少女と。

 頬を赤く腫らせて尻餅をついて呆然とカエサルを見上げる日本人の若い男。カエサルはこの男を厳しい目線で見下ろしていた。

 その地面についた若い男の右手には、欠けた赤い紋様──令呪があった。

 

(──こいつが、カエサルのマスター?)

 

 だが、カエサルはその若い男をも含めて、三人を同時に制していたのだ。

 

(なんだ? 何が起こっている──?)

 

 

────◆

 

 森の深奥で大爆発が起きて喫驚しているうちに、呼び出した当の肥満体型のサーヴァントが消失してしまった。

 マスターである梨花の目的──森の魔術師に会うために、その足掛かりにしようと思ってサンチョ単身で出てきた矢先の出来事である。

 

──マスター。あてにしていた赤い服のサーヴァントが居なくなってしまいました。

──ううん。こっちは遠くだから見えたけど、誰かが森の空から攻撃したみたい! 森の結界が乱れてる!

──えっ⁉︎

 

 相変わらず──と思うのも失礼だが、巻き込まれた一般人だった梨花らしからぬ言動で、決然とした意思が思念で閃く。

 

──車で行くから、待ってて! アーロンお爺ちゃん、運転お願い!

──承知(しょうち)(つかまつ)った! 我が姫よ!

──ちょ⁉︎

 

 重ねて失礼ながら、深慮遠謀には遠い気質のふたりの無謀な行動に、遠く離れたサンチョでは如何ともし難い現状に内心歯噛みする。

 ──どうか、無茶はされませんよう!

 はらはらと内心で強く祈る。

 まだそこに、露出の多い衣装の、身体中傷痕だらけのサーヴァントがいる。

 サンチョはその不安を気取られぬよう、表情には一切出さなかった。

 やがて、ワンボックスカーがけたたましい轟音を上げて走ってきた。

 

「えっなっ⁉︎ 」

 

 何を呆けていたのか、その傷痕だらけのサーヴァントは、ワンボックスカーの接近に遅れて気付いたようだった。

 サーヴァントの知覚能力なら、この閑散とした場所に接近してくる自動車に、もっと早く気付けたはずなのに。

 

(きっと思念での遣り取り──赤い服のサーヴァントが消えた事と関係があるのかも──?)

──アルティ! 乗って!

 

 脳裏に閃いた梨花の思念に応え、サンチョは傷痕だらけの女サーヴァントを置き去りに霊体化して、高速で走るワンボックスカー内に移動した。

 

「うはははは! 当世の鉄の車のなにするものぞ!」

 

 運転席でノリノリで狂乱しているドン・キホーテを横目に、サンチョが助手席に実体化した。

 「騎乗」スキルは、あくまでも「あらゆる乗り物の操縦を可能にする」ものであって、安全運転は本人の良識によって成されるものである。

 

「あのー、旦那様。御者などという雑事は、従者である私にお任せいただきたいですが」

「何を言うかサンチョ! こんなおもしろ──姫の一大事に騎士たるワシが手綱を握らんでなんとする!」

「……語るに落ちてますよ。旦那様」

 

 途中で冷や汗をかき出したドン・キホーテに、サンチョがジト目で言い募る。

 

「……い、いーではないか! ワシだって、やる時はやる男だと姫の前で格好つけ──騎士としての手腕を示し」

「はいはい、マスターの身が危険ですから、交代致しますよ!」

「ちょっ、待っ──」

 

 言うや、サンチョが霊体化すると、何故か運転席のドン・キホーテの顔色が苦悶に歪み、ドン・キホーテまで霊体化して消えると、ややあって運転席にハンドルを握ったサンチョが、助手席に何処かやつれたドン・キホーテが現れた。

 この数瞬もの間、ワンボックスカーが無人走行で無事だったのは、ここがまだ平坦な舗装道路の上だったからだ。

 そこでサンチョが唐突に急ハンドルを切った。

 進行方向から吹き飛んできた大木を、間一髪で躱したのだ。

 タイヤが道路で焼ける音と同時に、路面に激突した大木が砕け散る音が後ろに吹き飛んでゆく。

 

「マスター。このまま、この先のお城に向かってよろしいですね?」

 

 サンチョの確認に、前席の間から身を乗り出した梨花が決然と頷いた。

 

「うん! 外の結界と、障害物は、わたしが何とかするから、アルティは運転に集中して!」

 

 言うや、引っ込んでシートに着席した梨花が、水を掬うように両手をかざして見下ろすと、あろう事か、その両掌の上に青い輝きが生まれ、車内を照らすと四方八方へと光条が迸った。

 それは車外へ飛び出すと、いくつもの光の玉となって疾駆するワンボックスカーを取り囲み、その配置で虚空を追従する。

 それは、数字の「6」や「9」にも似た形状の宝石に見えた。

 

「これは──」

「ルーラーが持っていた宝具。今はわたし達を護るために動かしてるの」

 

 ドン・キホーテが暴走したため、ワンボックスカーは既に森の異界化結界に突入してしまっている。

 異界化結界の内部では、物質の存在摂理が異なるため、魔術・非魔術物体問わず侵入者の存在を消し去ろうとする力が働くと言う。

 それに突入して耐えていた、この車の魔術道具としての性能も凄まじい。

 だがその外に展開した数個の宝玉は、異界化結界の侵蝕しようとする魔力に対抗し、阻んでいるようだった。魔力が拮抗して紫電を弾けさせている。

 それどころか、森の奥から吹き飛んできた樹木の破片を、サンチョがハンドルを切るより先にその宝玉が回り込んで防ぎ、弾き飛ばした。これも凄まじい魔術だった。

 

(──これは……、もし敵に回ったら、恐ろしい能力ですね……!)

 

 胸中で密かに戦慄しつつ、今は目的のために、サンチョは改めて運転に集中した。

 この先は、アスファルトが部分的に砕けており、まるで雨のように砲撃が降り注いでいるエリアだからだ。

 結界の魔力に(けぶ)るその向こうに半壊した城郭が見えるが、その道のりは遠い。

 

 

────◆

 

 皐には、自分が何をされたのか理解できなかった。

 アサシンのマスターを発見して、攻撃して足止めし、令呪の力でカエサルを瞬間移動で呼び寄せ、そしてカエサルが間一髪でアサシンのサーヴァントを足止めした。

 これを好機と見た皐は、敵マスターであるその魔術師の少女を仕留めようと、黒鍵をふた振りの長剣に展開して両手に構え、動けぬ少女に飛びかかったのだ。

 その瞬間、脳を揺さぶられる衝撃に見舞われ、気がついたら武器を手放して土に尻餅をついていた。

 片側の頬が熱く、痛む。

 自分がカエサルに殴られたのだと理解するのに、だいぶと時間がかかった。

 だが、訳がわからない。

 

「──な、……なんで……?」

 

 ぼやけていた視野が、ピントを合わせてやがて鮮明になる。

 眼鏡は何処かに吹き飛んでいた。

 枝葉の隙間から、星と月の明かりが差す森の中。

 カエサルは、足を刺されて倒れ伏す東欧系人種の少女──アサシンのマスターの前に立ち塞がり、シルクハットを被ったアサシンのサーヴァントの喉元に剣の切先を突きつけて動きを制し、呆然と見上げる自分を厳しい眼差しで見下ろしていた。

 

「なんでだよ、凱さん……⁉︎ 」

「貴様こそ、何をしようとした? 皐よ」

 

 カエサルは、皐が今まで見た事もない青白い表情を浮かべていた。

 そこには、静謐な怒りと断固たる意志が湛えられていた。

 

「──なに、って。敵のマスターを、殺そうとしただけだよ⁉︎ 」

「ならぬ」

 

 カエサルが、厳かに告げた。

 

「……なん、なんでだよ⁉︎ 敵だよ?」

「否。捕虜である。捕虜は相応の処置を以て遇するものである。──これは戦争の作法だ」

 

 今もアサシンのマスターの少女が逃げようと身じろぎする度に、油断無く鋭い目線を遣ってそれを制し、アサシンのサーヴァントの喉元に突きつけた切先は微動だにしない。

 それら二人の敵を同時に制しながら、カエサルは気迫で以て皐をも制しているのだ。

 

「な、なに言ってるのさ凱さん! 今なら殺せる! みすみすチャンスを棒に振るなんてそんな」

「小さいわ!!!」

 

 張りのある大音声が、夜闇の森に響き渡った。

 

「大局を見よ! 聖杯であろうと何であろうと戦争は戦争! 手当たり次第に各個撃破など浅慮にして蛮行にして愚の骨頂! 我らの敵は此奴らだけでは無い。私の剣が及ばぬ敵もあろう。そ奴らに対するには、敵の敵の力をも利用する! 此度の招集は、作戦は、そのためのものだったであろう!」

 

 厳然と、大隊を率いる将軍の顔でカエサルが吼える。

 そこには、いつもの舌先三寸は無く、言いくるめる意図も無く、カエサルはただ真っ直に(いくさ)(ことわり)を説いていた。

 

「──アサシンと(まみ)える事ができたのは、実に僥倖であった。何しろ森の魔術師のサーヴァントは非常に難敵である。かの平らな顔の魔王も実に厄介な難敵だ。故に」

 

 言いながら、カエサルはアサシンのサーヴァントに突きつけた剣は動かさぬまま、背後の少女を振り向いた。

 

「アサシンのマスターよ。同盟を組もう」

「──は? 正気?」

 

 帝王の眼差しで見据えるカエサルをも不敵に見返した、浅黒い肌の少女が吐き捨てるように言った。

 だがカエサルは意に介さず鷹揚に頷いた。

 

「無論、正気だとも。貴様らには、これよりあの森の魔術師を暗殺してもらう。見事、森の魔術師を討ち果たせたならば、褒美を取らそう」

「マジで? 今あそこで何が起きてるか、音だけでヤバいのが伝わってくるじゃん」

「否やと言うのであれば、仕方ない。この場で貴様の首を断ち、サーヴァント共々始末するのみだが?」

 

 カエサルの言葉に、少女は地面に唾を吐いた。

 

「脅迫じゃんかそれ」

「この数日間、この町で身を潜め続けて、そして今こうしてこの場に至った貴様らは、相応の技能を持ち得ると私は見ているが?」

 

 続くカエサルの台詞に、少女の口の端が凶悪な笑みに歪んだ。

 

「アンタやっぱクレイジーだわ。──いいよ。乗ってやる」

「うむ。同盟成立である」

 

 皐が見ている前で、カエサルと敵魔術師の少女との話が進んでゆく。

 皐は間抜けにその光景を見送る事しかできなかった。

 

「まずはその足の傷を癒せ。治癒し次第、出立してもらう」

「ハイハイ。油断の無いことで」

 

 座る姿勢に変えた少女が、己の足から黒鍵手裏剣を引き抜いてぽいぽいと投げ捨て、両手を傷口にかざして治癒の魔術に集中する。

 やがて治癒を完了した少女が難なく立ち上がり、両手を広げてカエサルに向き直った。

 

「──ほら。準備できたよ」

「では、行きたまえ。貴様のサーヴァントは後で解放しよう」

「ほんっと嫌なヤツ!」

 

 犬歯を剥いて喚くも、結局少女はアインツベルンの森の方角へと駆けていった。

 

「──では、貴様も行くがいい」

「ご褒美、忘れないでくださいね?」

 

 カエサルが黄金の剣を引くと、アサシンのサーヴァントは思ったよりも軽快に嘯いて、呑気な笑顔を残して霊体化して消えていった。

 ──今の一連の遣り取り。アサシン陣営の逆襲を完封した上での解放だったのだが、今の皐には、それを読み取る事はできなかった。

 

「──立つがいい。マスター」

 

 片手に黄金の剣を提げたカエサルが、皐に手を差し伸べた。

 

「殴ってしまって悪かった。だが、皐も性急が過ぎたぞ?」

「……あいつらが戻ってきたら、どうするんだよ……」

 

 口元をわななかせ、皐が絞り出すように呻いた。

 

「本気で気配遮断で襲われたら……⁉︎ さっきは間一髪だったじゃないか⁉︎ 」

 

 皐の、口角泡を飛ばす勢いの悲鳴に、カエサルはただかぶりを振って溜め息を吐いた。

 

「な、なんだよその、これ見よがしの溜め息は⁉︎ 」

「──今さらのハナシであるな。召喚されてからこの方、この森に来るまで、そんな事ひと言も言わなかったではないか」

 

 カエサルは、戯けた顔でわざとらしく肩を竦めて見せた。

 

「そう怖がるな。これまでと同じく、これから対策を考えよう。──それより、皐。昼の話を覚えているな?」

「え……?」

 

 間抜けに問い返すが、皐はすぐに思い出した。

 

 ──これからは、貴様自身の願望、欲望が何なのかを意識しながら行動して欲しい。

 

「それが、今なんの……」

「思うに皐は、己のモチベーションが足りぬ。出会った当初は、あれほど独り立ちの任務だと息巻いていたではないか。あの時の元気はどうした? 不意の脅威に(まみ)えた程度で挫ける程度の仕事なら、いっそ辞めてしまったらどうだ」

「そんっ⁉︎ ……っ⁉︎ 」

 

 カエサルがいつもの調子で煽るが、今の皐には言い返す気力が、その根拠が見当たらない。

 悔しげに口の端を噛んで呻くのみ。

 

「やれやれ。なかなか固さが抜けない、世話の焼けるマスターだ。──良いか? 我々が目指すは、万能の願望器「聖杯」であるぞ! 「聖杯」の獲得さえ成れば、皐の望みは思うがままだ! 怖がる何者も逆らえぬ力だぞ!」

「だから! その聖杯に辿り着くのに、アサシンが脅威だって言って」

「さっきの私の話を聞いていたか? 剣で払えぬ敵ならば、敵の敵をぶつけて討ち倒すのみよ。──だから皐。そう怖がるな」

「う……」

 

 ようやく、皐の怖気が引いてきた。

 カエサルがそう言うのならば、きっと何とかなるのだろう。

 

「──それよりもだ、皐。事態をもっと楽しめ! この聖杯戦争は、皐が生まれ変わる祝祭やもしれんのだぞ!」

「そんな大げさな……」

 

 眉をしかめて呻くが、もう皐の中に恐れは無い。

 皐は、カエサルの手を取って立ち上がった。

 

 

────◆

 

「──んじゃ、移動しようか」

 

 丘の上で、市ヶ谷が身を起こして立ち上がった。

 つい「どっこいしょ」などと漏らしてしまった。なるべく言わないようにしようと思っていたのに。

 どうやってか織田信長が高空を飛翔しながら森の中央を砲撃して、恐るべき事にあの異界化結界を打ち破り、露出したアインツベルン城をも撃ち崩し始めた。

 森の入り口からも、どう言う訳か何の変哲もないワンボックスカーが突入していった。異界化結界になんの躊躇いも無く突っ込んでいったからには、十中八九どこかのマスターの魔術道具なのだろう。

 赤い服のサーヴァントは、突如消えてしまった。何がしたかったのかはさっぱり分からないが、まさかテレビ放送でまで吹かしておいて、ここから立ち去るとも考え難い。

 おかげで、自分たち以外の()()()()()の陣営の存在がここで確認できた。

 

「もうそろそろ頃合いだ。──さあ、行こうかユイちゃん。僕らの用意した戦場に」

「御意」

 

 呑気な薄ら笑いを浮かべて宣う市ヶ谷に、平静な顔でユイが応えた。

 

「さあて。いったい誰が来るのかなあ」

 

 

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