【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第十二話 其は何者なりや

 

 竜胆寺(りんどうじ)とは、アインツベルンの森がある山とは別方面の山地の中腹に建つ寺院である。

 広大な敷地を擁し、その歴史は古く、現在でも多くの修行僧を抱えた修練場であるのと同時に、卯波市の観光名所のひとつでもある。

 特に今は、毎年恒例の「うなみ祭り」を控えた時期。様々な関連行事の準備に多忙な時期だ。

 その「多忙な大規模施設」の、一部の敷地とは言え「いつ如何なる時でも貸与する」約束を、竜胆寺オーナーと取り付けてみせたのは市ヶ谷の手腕である。

 

「遠坂も、間桐もいなくなったと言うのに、なんとも律儀なものだな。「聖杯」とやらは」

「いや、まったくですよ」

 

 綺麗な禿頭に筋骨逞しい肉体を袈裟で覆った竜胆寺オーナーが、精悍な笑みに溜め息を混ぜる。

 老境のはずだが全く衰えを感じさせない。

 市ヶ谷も同意してかぶりを振った。

 

「ともあれ、場所の提供以上の肩入れはしかねる。健闘を祈るとしか言えんが……」

「お構い無く。お借りしている身の上なんで」

 

 僅かに目礼し、踵を返す竜胆寺オーナーの後ろ姿を市ヶ谷は見送った。

 

「──さて、ユイちゃん。最後の準備を始めよう」

「はい」

 

 辺りの自然、天然の岸壁を見渡していたユイが、振り返って返答した。

 ユイがいま身に纏っているのは、どこかゴシックめいたデザインの和装とも洋装ともつかないドレスである。

 戦闘時には浅葱色の羽織と袴の侍装束に変更するが、サーヴァントとして限界するにあたり"座"とやらからわざわざ持ち出した自身の衣装だ。何か思い入れがある装いなのだろう。

 顔立ちも日本人離れしているが、ユイの出自は間違いなく日本の歴史に生きた日本の英霊である。

 そのユイが、なんと生前に、この卯波市の山嶺の、竜胆寺に逗留していた事があると言うのだ。

 召喚してすぐに個人面談した時にそれを聞いて、市ヶ谷は大変驚いたものだった。ユイが女性であると知った時よりも。

 その時から、決戦の舞台として竜胆寺を使う事は決めていた。

 準備も日々着々と進めてきた。

 あとは。

 

「──あとは、機を待つのみ……いや、来たか」

 

 航空旅客機でも入りそうな、広大な洞窟の入り口の前で。

 突如、地の底から蠢くような魔力の脈動の気配を感じた市ヶ谷の目配せに、ユイが頷いた。

 地面には精緻な魔法陣が敷かれている。

 それを挟む位置で向かい合わせた市ヶ谷とユイが、両手をかざして集中し始めた。

 ここは「竜」の字を冠する土地。

 標高およそ三百五十メートルの山の中腹。

 洞窟は入り口から大きく螺旋を描く下り坂になっており、向かう先は最深遥か数百メートルとも言われる鍾乳洞。

 日本有数の良質な霊脈の地である卯波市において、アインツベルンが買い上げた森に次ぐ規模の大霊脈地である。

 そんな土地がなぜ聖杯戦争において、今日ここに至るまでノーマークだったのか。

 それはこの鍾乳洞を擁する竜胆寺が、魔術協会・聖堂教会に比肩する強力な組織だからだ。

 そして竜胆寺は己の教義のもと自らの文化のために土地を管理しており、外界の魔術関係には一切不可触・無関係を貫いてきた。

 かつての、「卯波市」となる前だった時代には、魔術師の御三家の一角である「遠坂家」一族が、地方一帯のセカンドオーナーとして存在していたが、外国人移住者にまつわる歴史の混乱の果てに行方不明となってしまった。

 同様に、聖杯戦争に携わる御三家の残りの一角、ドイツ発祥の「マキリ」一族も名を「間桐」と変えて同じ土地に居を構えていたが、やはり混迷の時代に巻き込まれて行方不明になっている。

 どちらも魔術世界では、「一般人に有名家電メーカーと言えば?」と問えば答えが上がるのと同じくらい有名な魔術師一族であった。

 それが非魔術関連の出来事の、近代の歴史の変遷程度の渦に巻き込まれて消える、いったい何が起きたのか。

 それはイサオ・インティライミとその犯罪組織の仕業である。

 大勢の外国人の移住にまつわる混乱に乗じて、イサオとその組織は「遠坂家」と「間桐家」に対して合法・非合法手段を問わず圧力をかけ続け、その力をじわりじわりと削ぎ落としてきた。

 土地の買収や関連企業・資産への干渉から、係累への脅迫、誘拐などを繰り返し、闇での魔術戦の闘争もあったと言う。

 そこまでなりふり構わぬイサオらの組織であっても、「竜胆寺」には毛ほどの被害も与える事ができなかった。

 それは「竜胆寺」にも魔術に長けた部門があり、こと専守防衛においては右に出る者がいないほど強力だったからだ。

 そうした歴史を経て、現在の卯波市の勢力図に至る。

 その不可触を貫く専守防衛の「竜胆寺」オーナーが、なぜ聖杯戦争参加者である市ヶ谷の要請に応えてくれたのか。

 

(──僕がこれからする事は、「ただ敷地を通過するだけ」だからね)

 

 ──まったくの詭弁だが。

 令呪を得て、ユイを召喚したその日から、市ヶ谷は連日竜胆寺オーナーとの会合を繰り返していた。

 竜胆寺オーナーとは、実は令呪が宿る以前から長い付き合いがあった。

 当然知り合ったきっかけは打算の無い出会いだったが、その上で、情と説理と損益の積み重ねの果てに、ようやく制約付きでの約束を取り付けたのだった。

 

(アインツベルンの森ではもう、決着が着いている頃だろう。他の陣営を全滅はさせなくとも、追い払って勝ち残ったマスターは、アインツベルンの霊脈を自分の物にするだろう。いや──した)

 

 この地底から感じる魔力の脈動は、何者かが付近の大規模な霊脈に接触している証左に他ならない。

 

「──素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ」

 

 市ヶ谷と、ユイが声を揃えて唱え上げる。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 それは、サーヴァント召喚術の詠唱。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 だが市ヶ谷は、これから新たにサーヴァントを喚ぶ訳では無い。

 

(それにしても、喚んでからこれまで、ユイちゃんの魔術の覚えは凄かったなあ)

 

 ふと、詠唱を誦じながら述懐する。

 ユイを召喚した市ヶ谷が、まず最初に行ったのは、「召喚魔術」の習得だった。

 市ヶ谷にも魔術の覚えは多少はあったが、通信教育ではあるまいし、一朝一夕で習得が叶う技術では無かった。

 ユイが凄まじいスピードで魔術を理解して、市ヶ谷に分かりやすく教授したのだ。

 

(いやあ。──さすがは僕のキャスターだ)

 

 侍だった彼女の何処にキャスタークラスの適性があったのか。そこだけがいまいち理解できない。

 やがて幕府転覆を目論む政治家の側面はあっても、それに魔術は関係無い。

 人気私塾を開いていたが、魔術を教えていた訳でも無い。

 強いて言えば、ユイは「魔術使い」の剣士だったと言う事だ。

 真名を「由井正雪(ゆいしょうせつ)」。慶安の時代に、烈士たらんと志し、世を憂い、己の信念に殉じた侍だ。

 現代に残る文献では男性とされていたが、その正体は女性であった。──その事実に驚きもしたし、助けられもした。

 

(おかげで陣地作成も容易く済んだし、想定していたよりも事が順調に進んだ)

 

 詠唱の文言は建前だ。

 召喚魔術を応用して、大地を巡る霊脈を経路として、その膨大な魔力を利用して、離れた場所にいる人物ひとりをここに喚ぶ。

 瞬間移動、空間転移等は、魔術の域でも叶えられない。もはや階梯が異なる"魔法"の領域の(わざ)だと言われている。

 市ヶ谷は、ユイ──キャスター・由井正雪の協力のもと、擬似的限定的に再現を可能とする(すべ)を編み出した。

 それを用いた作戦は、こうだ。

 ──アインツベルンの霊脈に接触したマスターのみを遠隔地に喚び移し、その瞬間にそれを殺害する。

 強引な長距離転移だ。それが叶っても、自然の摂理は数秒と経たずに犠牲者を元の地点に戻すだろう。

 だが、ほんの刹那でもあれば、ひとを殺す事は容易い。

 どんな練達者がマスターであろうと、瞬間的に居場所が変われば、視覚情報の変化や気圧差、様々な生理機能が不調を起こすだろう事は明白だ。

 懸念点は霊体化した時のサーヴァントの移動速度だが、どう考えても敵マスターの殺害には間に合うまい。

 

(来た──)

 

 やがて、初めて由井正雪を召喚した時のような青い輝きが渦を巻き、溢れた魔力が旋風(つむじかぜ)を巻き起こす。

 魔法陣の上に、小柄な人影が出現した。

 

──!

 

 市ヶ谷は、流れる動作で()()を展開して振りかぶった。

 例え相手が子供でも関係無い。

 だが、その子供の顔を見て、市ヶ谷の思考が凍りついた。

 

()()()()()⁉︎ 」

 

 あまりの想定外の顔に市ヶ谷の動きが鈍る。

 

「マスターーーっっ⁉︎ 」

 

 由井正雪の絶叫と同時。

 おびただしい血が撒き散らされた。

 

 

────◆

 

「……」

 

 織田信長は、森の高空で浮かぶ火縄銃の上に立ったまま、その西洋城塞だった瓦礫の山を見下ろしていた。

 宝具はその効果を既に終えている。

 瓦礫となった城塞跡地の中央には、元は中央広間らしき岩壁の直方体の内部構造だけが残っていた。

 無論、念入りに砲撃したため、その残存部位も無傷ではなく穴だらけではあるのだが、何故だかそこだけが異様に堅牢だった。

 恐らくそこに敵マスターとそのサーヴァントがいるのだろうが、この砲撃作戦中の敵の行動は如何にも不可解だった。

 こちらの雨霰(あめあられ)の如き砲撃に対して、複数のビームによる反撃が非常に少なく、散発的だったのだ。

 無論、こちらと同規模の鉄砲隊に出てこられてもたまらないし、拮抗し得る戦力があったなら、今日これまでの何処かで騒ぎが起きて然るべき道理。

 今の宝具展開中の出来事を反芻してみると、敵の反撃は確かにあった。──そう言えば、複数のビームを放っては、必ず同じ数の火縄銃が破壊されていた。

 ──それ程の精度を持ちながら、織田信長を直接狙う攻撃が、一切無かった。

 

(何故だ……?)

 

 高空の風に長髪を吹きなぶられるまま、腕組みした織田信長は冷徹に地上の残骸を見遣る。

 残存した岩壁の部屋の、至る所を穿つ穴からは、青い輝きが漏れ出ていた。恐らくは魔術的防壁の類。

 織田信長が攻撃を止めてからは、敵のリアクションは何も無い。

 

(堅牢な結界を頼りに雪隠詰めを決め込んで、こちらが間合いに入るのを待っておるのか……?)

 

 あそこに潜んでいる者は、十中八九、昼の戦闘に乱入してきた南蛮系のサーヴァントと、そのマスターである小娘だろう。見覚えのあるビームがその証左。

 イサオに言わせれば、破れた結界跡から垣間見えた城郭からして、わざわざ崩した城を復元したならばアインツベルンの魔術師に間違い無い、との見解。

 あの南蛮系サーヴァントであれば、先ほど見せた命中精度からして、地上からでも飛び回る織田信長を狙い撃てるはずだ。

 昼のような極太ビームでもブッパすれば、わしの火縄銃ライドでも危ういやもしれん──意識の端で考えていた事も杞憂だった。

 

(故に、解せん)

 

 ──なぜ、できる事をしないのか。

 イサオに寄れば、こちらの魔力源とした"贄の"者どもは今の宝具ですっからかんになったと言う。

 うかうかと敵の間合いに乗り込むか──?

 その時、城の瓦礫の前に、織田信長は森の中から何者かが現れたのを発見した。

 

 

────◆

 

 フラゥゾマーの魔術は、天体魔術を礎とした占星術の発展技術であり、その奥義は「己に有利な事象を引き起こす幸運を、最高確率で引き寄せる」事。

 「つまらないミスや万難を廃せば、やがて過たず根源へ至る」が初代が導き出したコンセプトだったらしい。

 「まずは転ばぬ先に杖を作ろう」などと言う、魔術師にしても迂遠が過ぎる出発点だろうとディートリヒも思う。

 だが真面目にそれを追求した結果、一時的にでも「さしたる被害無く」行動できるのも事実。

 詠唱の文言に曰く「ad laetitia(佳き彼方へ)」と唱えれば、ディートリヒの行く先に災禍など有り得ない。

 副産物として、占星術の発展技術である環境観察によって、魔術に依らず、周辺の自然物の動きから災禍を避ける方角を読み取る占術もある。

 それらフラゥゾマーの奥義を活用して、ディートリヒはこれまで「あったかもしれない」災難に遭うこと無く生きてきた。

 当然、魔術の範疇の技術なので、より高位の魔術、ないしずば抜けた幸運の星の元に生まれた者に上回られる事もあるにはある。

 だが、そんな者と出会い、敵対する事など、それこそ天文学的な確率だ。

 そんなフラゥゾマーの魔術を駆使して、ディートリヒは、攻撃音が止んだアインツベルンの森の中を歩いていた。

 

 ──カエサル陣営の覗き見の結果、あの時点ではこちらは三人ともが別々の場所に散会していたため、手出しはせずに戻ってサーヴァント達と合流した。

 

 アインツベルンの森を覆っていた異界化結界は、上空からの強力な砲撃によってその力場を激しく乱し、何やら謎の自家用車が突貫していったのがトドメになったか、城へ通じる道路上はもはや結界の残滓も無くなってしまっていた。

 なので、ディートリヒはメアリーを伴って、道路沿い……では無く、結界に穿たれた孔沿いに、アインツベルン城へと向かっていた。道路上の奥にはまだ異界化の残滓が滞留している箇所が点在していたからだ。

 アンは、遠く間を空けて後方から追尾している。

 突貫したと言う謎の自動車の仕業なのだろうが、どう言う訳か、その結界破りの孔の進路は道路から外れ、森の中を激しく蛇行していた。

 千切れた樹木が散乱していたためなのだろうが、城への経路は大きく遠回りになっていた。

 どれだけ蛇行したのか、進行に埒が開かないため、ディートリヒは魔力感覚による環境観察も駆使してやや強引に城へと接近した。

 やがて木立の間隔が広がり、そろそろ城壁が見えてくる頃合いである。

 だが、そこに見えたのは、城郭が綺麗さっぱり消え失せた敷地と、うず高く積み上がった瓦礫の山だった。

 中央部にまだ建屋の体を保っている部位があった。

 それも弾痕だらけの崩壊寸前の様子。

 穴から漏れ出て見える独特の魔力光からして、内部で強力な防護結界を展開しているようだった。

 

「──どうなってんだ……っつーか、一昨日の未明の爆発でこうなってなきゃおかしかったんだが」

 

 異常に異常を塗り重ねた光景に呆気に取られながら、ディートリヒは歩みを進めた。

 そして森の木立から歩み出たところで、不意に見上げた空のそれと、目が合った。

 

「げ。」

「──む?」

 

 上空に、虚空に浮かべたマッチロック・ガンに仁王立ちしている、黒の長髪でアンにも勝るとも劣らない長身の美ボディをタイトな黒スーツで締め上げた、漆黒の美女がいたのだ。

 顔の造作は日本人のようだが、その尊大な姿勢と言い圧倒的な気配と言い、まず間違い無くマスターでは無く、サーヴァントだろう。

 その目が合ったサーヴァントが、マッチロック・ガンに乗ったまま虚空を飛翔してこちらの方まで舞い降りてきた。

 

──なんだ⁉︎ どういう事だ⁉︎ オレの魔術を上回る幸運でも持ってんのか⁉︎

 

 敵の脅威と直接遭遇するなど、ディートリヒの魔術では考え難い出来事だった。

 ディートリヒは即座にメアリーの背後に回った。

 

「──おい。そこな魔術師y」

 

 そして虚空から飛び降りた漆黒の美女が、地に足をつくより先に自動車に撥ねられて吹き飛んでいった。

 

──は?

 

 それこそ冗談のように、漆黒の美女は森の梢を軽く越え、遠く彼方へと綺麗な弧を描いて飛んでいった。

 闖入してきた自動車──ありふれたワンボックスカーは、そのままの勢いで通過して瓦礫を打ち砕いて、唯一残存していた建屋へと突入していった。

 

「──な、なんだったんだ今のは……?」

 

 

────◆

 

「れ、令呪を以て命じる! アーチャー元気になれー!」

「鉄の車がナンボのモンじゃーい!!!」

 

 地面に穿たれた織田信長型の穴から、織田信長が元気良く這い出てきた。

 

 

────◆

 

 上空からの砲撃が降り注ぐ魔の森の中を、ワンボックスカーが縦横無尽に蛇行しながら駆け抜けていた。

 車体への直接の被弾は無いが、道路を逸れて、木々の根が這う森の木立の間を走り抜けているため、とにかく地面の突起に激突しての上下の衝撃が激しく、梨花もドン・キホーテもその度に車内天井に激突してはシートに跳ね上げられる事を繰り返していた。

 

──舌を噛まないように、お気をつけください!

──さ、サンチョ! アレだ! 宝具を使うぞ!

──宝具ですか⁉︎

 

 ドン・キホーテが両手で天井を支えながら思念で訴えた。

 

──ワシらはともかく、姫の身が保たん!

──……マスター、この状況を突破できる宝具を使います! よろしいですか?

──お願い!

 

 驚くべき事に、梨花はこれほど車内で攪拌されながらも、気丈に振る舞って答えた。

 あるいは、ルーラーとの合体によって、ある程度の加護を得たのか。

 

「ッ、『嗚呼、(ヴァリエンテ)愛しき(アサルト)姫に捧ぐ(デディカド)()()我が槍を(プリンセッサ)』!」

 

 ドン・キホーテが車体の振動に耐えながら、宝具の真名を解放した。

 たちまちドン・キホーテの纏う西洋甲冑が黄金の輝きを放ち、そして、あろう事かワンボックスカーのボディまでもが同じ輝きを放ち出した。

 すると、梨花の身を襲う激しい振動が消えた。

 だが車窓の光景は変わらぬ速度で流れてゆく。車体が僅かに浮かび上がっているのだ。

 見れば、いつの間にかサンチョの姿は無く、助手席で前方を睨みつけるドン・キホーテの向く先へと、飛翔するワンボックスカーが加速した。

 立ちはだかる木々を軽々と粉砕しながら流星のように突き進む。

 

「うはははは! この困難極まる道のりを、巨人の脅威と見做したぞ! なればこのドン・キホーテの黄金の槍、いやさ車が討ち倒してくれようぞ!」

 

 そして流星のごとく飛翔する黄金のワンボックスカーは、城塞の瓦礫の脇を通り過ぎていった。

 

──旦那様⁉︎ 通り過ぎてますよ⁉︎

「なにィ⁉︎ なぁんにも無かったではないかッ!」

──お城は既に、倒壊してしまったみたいですよ⁉︎ 戻って戻って!

「ぬうう!」

 

 ところがこの宝具、本来は「愛馬ロシナンテを駆る突撃」という形態であるため、操縦の主体はドン・キホーテが担っている。

 今は、魔力が通じる魔術道具であるワンボックスカーを「騎馬であると同時に槍である」と見做し、宝具の一部としていた。

 そしてドン・キホーテの性格上、繊細な制御はほど遠い。

 「ノウブル・ファンタズム」とも言われる宝具とは、英霊自身や、それを知る人々の夢想から成る概念と言う側面もある。

 故に、魔術でかっ飛んでいるにも関わらず、そのイメージ故に、ドン・キホーテの制動には何故か大きな慣性が働いていた。

 元の場所に戻ろうとして、黄金のワンボックスカーは大きな円弧を描いていた。

 

「この辺かあああ!」

──違います旦那様。

 

 そうして、瓦礫の山となった城塞跡を、僅かに逸れては、急カーブで戻る事を繰り返していた。

 やがてやっと、真正面に、崩れずに残っている建屋を捉えた。

 

「よおし見えたわ! 今度こそいざ行けわりゃー!」

──あ。

 

 ──激突。

 梨花にはそれほど大きな衝撃は無かったが、黄金に輝くワンボックスカーが、その岩壁をぶち抜いていった。

 

 

────◆

 

 ──月が視えた。欠けた月が。

 

「宝具開帳! 『烈士徇名(れっしじゅんめい)不惜身命(ふしゃくしんみょう)』!」

 

 由井正雪が口早に詳述した。

 ──欠けていた月が、たちまちまぶたを開くように満ちてゆく。

 

「──ッッ!」

 

 長いこと身体に染み込んだ反射と癖に心を委ねて、市ヶ谷の肉体が敏速に動く。

 悔恨も疑念も後だ。

 左手に取り出した黒鍵を縛錠形態に展開して、己の()()()()()()()()()()()()()にきつく巻きつける。緊急の止血だ。

 そして由井正雪の宝具により、「由井正雪の仲間であると設定された自身」の身体能力の大幅な増強効果を感じた。

 流れるように澱みない動作で左手に展開した黒鍵三本の、うち二本を投擲形態にして投げ放つ。

 敵の目を狙ったが、それは僅かにずらした額で受け止められた。牽制にもならない。

 残る一本を刀剣形態に展開して、半身に添える事で辛うじて敵の大剣を滑らせていなした。反射的に離れる方向に跳ねて衝撃を殺す。

 

「マスターッッ!」

 

 こちらに加勢しようと抜剣して駆ける由井正雪に、市ヶ谷は鋭く簡潔に思念を飛ばした。

 

──マスターを狙え。

 

 途端に由井正雪の進路が変わる。

 魔法陣の真ん中で、呆けたように座り込んでいる辻松梨花──にそっくりな、白髪に透けるような白い肌、純白のドレスを纏った少女に向かって、由井正雪が刀を振り下ろした。

 その剣閃を、大剣が阻んだ。

 そいつにとっては真後ろの出来事にも関わらず、敵は敏速に対応して見せた。

 市ヶ谷は躊躇わず後方に跳躍し、懐から抜き取った黒鍵を複数、翼刃形態に展開して右に半数、左に残りを投げ放つ。

 鋭く回転して飛翔する黒鍵の刃は弧を描いて左右から少女に急襲する。

 敵の振り上げた大剣を辛くも躱した由井正雪が、少女に向かって片手をかざし、火球を数発放った。

 敵は瞬時に後退し、飛来する黒鍵の一群を大剣でまとめて弾き飛ばすと同時に、もう一群の黒鍵と火球を全て、その身に受け止めた。

 巻き起こる爆発。

 市ヶ谷はある事を確信した。

 

──こいつ、マスターに及ぶ攻撃を、機械的に阻んでいる。

 

 離れろと言う思念に応えた由井正雪と、挟む位置で体勢を整えた。

 果たして、敵は──筋骨逞しい偉丈夫の剣士は、濡れ髪の下涼しい笑顔で少女の前に立っていた。

 身体中に黒鍵を突き刺し、焦げた肉もそのままに。

 ──動かない。

 

「……あれ? これじゃないのに」

 

 まるで空気を読まない発言をしたその少女──辻松梨花とは別人だろう──が、頬を膨らませると、すっくと立ち上がった。

 ──理由は不明だが、擬似長距離転移を起こしたにも関わらず、市ヶ谷が考える自然の摂理による位置の復元が起こらない。

 

「帰るの」

 

 焦点の定まらない顔で呟いた少女は、地面に向かって手をかざした。

 それだけなのに、地底の霊脈から魔力が蠢くのを感じる。

 

──必要なのは事実だけ。

 

 不可思議な現象は全て無視する。

 市ヶ谷は冷徹に敵陣営の二人を見据え、即応態勢を維持していた。

 そこの地面に落ちている()()()()()も一顧だにしない。

 既に、敵を殺す次の策は用意した。思念で由井正雪に伝達する。

 その手の黒鍵の組成を変更し、無数の飛礫(つぶて)形態に分解変形した。じゃらりと掌で揺らす。

 一粒はパチンコ玉程度のサイズだが、鋭利な菱形の角を持つ大量の礫だ。

 市ヶ谷は大きく振りかぶり、由井正雪の宝具の強化で増強した筋力で以て少女にそれを投げつけた。

 その飛礫はもはやショットガンの威力。

 同時に瞬時に魔力を編んだ由井正雪が、魔術を放った。

 それは敵マスターの背後、敵サーヴァントとは反対側を起点に甚大な爆発を起こす魔術だ。

 

──人体ひとつで、これら広範囲攻撃から白痴の少女を守る術は無い。

 

 だが、その敵サーヴァントの反応速度も異常だった。

 飛礫が迫り、起爆の予兆がチリと爆ぜる刹那に、敵サーヴァントは少女の襟首を掴んで真上に投げたのだ。

 巻き起こる大爆発。

 高空を舞う少女の矮躯が、やがて落下してくる。

 ──この瞬間での市ヶ谷の体勢は、飛礫を投げつけた腕を振り下ろしたところだった。何もできない。

 少女は地面に激突するのか、爆風に煽られるのか。

 結果は、どちらでも無く、爆炎の中から両足を焦がした偉丈夫が、逆立ちの姿勢で宙に飛び上がり、空中で少女を己の腹に腿で抱き止めたのだ。

 ──余りにも異常な動作。もはや人を助ける英雄の動きでは無い。

 

──次はどうする。次の手は──?

 

「時間切れだ」

 

 横から張りのある太い声が差し込まれた。

 見れば、いつの間にか、竜胆寺オーナーが大勢の僧侶を率いてそこに立っていた。

 

「退去したまえ」

 

 竜胆寺オーナーが告げると同時、周囲の光景が光源も無く輝度を増し、謎の加速感と共に何も見えなくなってしまった。

 

 

────◆

 

 ──激突。

 梨花にはそれほど大きな衝撃は無かったが、岩壁をぶち抜いた建屋の中で、ワンボックスカーはようやく停止した。

 車体の輝きは光度を収めて、運転席に再びサンチョが現れた。

 

「説明する暇がありませんでしたが、この宝具を使うと、旦那様は酷く憔悴致します」

「えええ⁉︎ 」

 

 車外の様子、青白い魔力光に満ちた空間も気になる。梨花の感覚は、この室内に他に人間とサーヴァントの気配を捉えている。

 今この瞬間にも攻撃されるかもしれないと考えた梨花は、すぐにドン・キホーテの憔悴をなんとかしようとした。

 

「令呪を以て願います! ランサーよ、元気になって!」

「マスター⁉︎ 」

 

 サンチョがその即断に激しく喫驚する。

 でも、梨花に躊躇いは無かった。

 前にかざした梨花の右手の、甲のファンデーションが吹き飛び、花のような令呪の一画が輝いて弾けた。

 

「……おお! 姫! ありがたい!」

 

 助手席で、なぜか直接攻撃を受けた訳でも無いのにボロボロに欠けた古甲冑姿で項垂(うなだ)れていたドン・キホーテが、再び甲冑を黄金の豪奢な鎧に変じさせてよみがえった。

 梨花はすぐにワンボックスカーから降り立った。

 ドン・キホーテとサンチョも続いて車外に降り立つ。

 そして車の前に出た梨花の前に、庇うように立ち並んだ。

 そこは、まるで宮殿の社交会場のような広間だった。壁や柱は御伽噺の宮殿さながらの豪華な作りで、壁の照明や敷かれた絨毯や調度品なども、外からの攻撃が無ければさぞかし美しいものだっただろう。

 ──それらは無数の亀裂と弾痕によって見る影も無くなっていた。

 室内は青い輝きに満たされていた。とても濃密な魔力を感じる。

 そして広間の中央には、奇妙なものが浮かんでいた。

 梨花はひと目見た時「なぜ切り刻まれた風景画が浮いているのだろう?」と思った。

 それはまるで、庭よりも大きな風景画を、斜めにいくつも引き裂いたかのようなものだったのだ。

 ──いや、違う。

 それは本物の景色だ。

 まるで他所の景色を大きく引き裂いて、虚空に貼り付けたかのようだったのだ。

 それら巨大な空間の裂け目がまるで花弁のように取り囲む位置には、真っ白な少女が立っていた。その少女は辺りを、それら空間に穿たれた景色を眺め回している。

 綺麗な純白のドレスを纏い、透けるような白い肌。白絹の如き髪を、可愛らしくツーサイドアップにまとめている。

 やや上を見回しているその顔が、こちら側を振り向いた。

 ──梨花にそっくりな顔が。

 

「……えっ?」

「ぬ?」

「……あら⁉︎ 」

 

 三人が怪訝な声を漏らす。

 ──梨花に姉妹などいない。

 その梨花と同じ顔をした真白き少女の傍らには、筋骨逞しい巨躯の偉丈夫が控えていた。

 ──サーヴァントだ。

 腰に剣を帯び、内側から筋肉が押し上げるスーツを纏い、濡れ髪の下の面差しは、涼やかな微笑みを湛えていた。

 

──ッ⁉︎

 

 梨花は気を引き締めた。

 自分に良く似た少女も気になるが、自分はあのサーヴァントに会うためにここまで来たのだ。

 梨花は、ルーラーから与えられた魔術に集中して指先を突きつけた。

 

「──其は何者なりや!」

 

 梨花が決然と告げる。

 真名看破。ルーラークラス固有のスキルであり、そのサーヴァントが何者か、クラスが何であるかを明らかにする。

 梨花の脳裏に顕れた回答は、それが「セイバー」であると示していた。

 サーヴァント・セイバー。

 真名は、ヘラクレス。

 

「……やっぱり、セイバー……」

「マスター。いかがなさいますか?」

 

 サンチョが油断なく目線を敵に遣ったまま、横顔で梨花に問う。

 一応、梨花の当初の目的の前段階は果たした。

 ──だが、真名看破で情報を得るのは梨花の中での事でしか無いため、事の真偽はサンチョには分からない。赤い服のサーヴァントが嘘を吐いたのかもしれない。

 だが、ルーラーと合体したとは言え、梨花はマスターである。

 その梨花が「セイバークラスが二騎いる異常を排除する」と言うのであれば、そこにいるセイバーも、赤い服のセイバーも討ち倒す事がドン・キホーテとサンチョの務めである。

 

「……うん。ふたりとも、お願い。あのサーヴァントを」

 

 言う前に、真白き少女が突如消失してしまった。

 

「えっ?」

 

 続いて偉丈夫のサーヴァント──セイバー・ヘラクレスも消えてしまった。

 ただし、セイバーの消失は霊体化したものであり、その気配は凄まじい速度でここから飛び去っていってしまった。

 

「えぇ…」

「どう言う事でしょう……?」

「さっぱりわからん」

 

 

────◆

 

 赤い服の肥満体のサーヴァント──セイバー陣営から解放されたラウラは、アインツベルンの森には直接向かわず、まずは予定通り、森入り口から北東にある小高い丘の上にやって来た。

 混乱をもたらした森への攻撃は、とっくに鎮まってしまっていた。

 一応、念のため地上を魔術で探査しても、目を凝らしても、潜んでいるマスター等は見当たらなかった。

 すっかり出遅れてしまったようだ。

 

 ──だがまあ、人質も無く、こうして解放されてしまえば、自由の身も同然である。

 無論、セイバー陣営との対話で得たものはあった。

 同盟と言ったからには、少なくとも今後複数の陣営と会敵した場合には、こちらだけが一方的に寄ってたかって潰されるリスクは減少する。

 場合によっては厄介な他陣営のベクトルを、セイバー陣営に差し向ける事さえ可能だろう。

 ──もちろん、あのセイバーが同じ事を考えているであろうことも承知の上だ。あれはそう言う意味の茶番だ。

 

 潜んでいるマスター探しは一旦諦めて、ラウラはアインツベルン城を目指して再び森に侵入した。

 当然これは、赤い肥満体のサーヴァントの命令を受諾した訳ではぜんぜん無い。

 先ほどの丘の上から、森の上空にどうやってか浮揚しているアーチャーが見えた。

 攻撃の手は止めているようだが、あそこで待ち構えている以上、戦闘はまだ終わっていない。

 それはつまり、アインツベルン城跡にほぼ全ての陣営が集まっている可能性が高いと言う事だ。

 そいつらの、どれかひと組でも狩り獲らなければ、今夜の行動の割に合わない。

 森の異界化結界はほぼ機能を失っている。侵入は容易い。

 やがてラウラは、再び瓦礫の山の前に辿り着いた。

 だが、昼に来た時と破壊の跡の様相が変わっている。

 しかも、敷地の中央に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、弾痕だらけの岩壁の建屋があったのだ。

 ──瓦礫の配置の変化にいったいどんな意味があるのか、ラウラにがさっぱり分からない。

 周囲を警戒しながら、隠密行動でその建屋に忍び寄っていると、建屋の反対側から激しい激突音が響いてきた。

 足元にも伝わる激しい振動。

 何者かが、向こう側からこの建屋に攻撃を叩き込んだかのようだ。

 

(やっぱり。ここが決戦の地ってワケ)

 

 その時、月明かりによる小さな影が足元を通過した。まるで頭上を鳥が過ぎたように。

 ──このタイミングで夜行性の鳥だって⁉︎ ──

 夜禽は確かにポピュラーな使い魔動物だ。

 咄嗟にラウラは空を見上げたが、通過したはずのものは見当たらなかった。慌てて四方を見回すが、やはり飛び去った何かは見つけられなかった。

 そう言えば、丘の上から見た時には上空にいたアーチャーが、見上げた夜空のどこにもいない。

 きっと、あの残存した建屋に突入したのかもしれない。

 

──敵の使い魔に見つかったかもしんない。シャルロット、警戒よろしく!

──わかりました!

 

 自身も周囲に気を配りながら、再び進行する。

 何事も無く、岩壁の建屋に辿り着いた。

 壁沿いに様子を伺う。

 先ほどから見えていたが、岩壁に穿たれた無数の弾痕や亀裂から、青白い魔力光が漏れている。

 防御結界とはまた微妙に質が異なる事には気づいていた。じゃあ何なのかは、まだ分からないが。

 ともあれラウラは、岩壁の亀裂に顔を寄せて、内部を覗き込んだ。

 

(──なにあれ)

 

 内部は、まるで宮殿の大広間のようだった。

 だがまず目を引いた異常は、空中に異なる景色が浮かび上がっている現象だった。まるで他所の景色を破り取って虚空に貼り付けたかのように。

 その中央に、真っ白な少女と、傍らに控える偉丈夫がいた。

 ぐるりと目を遣れば、反対側の壁面に大穴を開けて、何の変哲もないワンボックスカーが停車しており、その前に三人の人物がいた。

 自分と同じくらいの小柄な少女と、金色の全身甲冑を着込んで大槍を構える老爺と、そして森の入り口で見たメイド姿のサーヴァント。

 

──あの真ん中の女の子もサーヴァントみたいですよ?

──はあ?

 

 脳裏に閃いたシャルロットの声に、ラウラはその少女を見直した。

 どう見ても日本の一般人の子供にしか見えない。

 

──なんか、普通の人間と、サーヴァントの気配が混じってるんですよ。

──なにそれ。なんなのアイツら。

 

 シャルロットがもたらした不可解な情報に呻く。

 あれらが三人ともサーヴァントだと言うのなら、三人ものマスターが向こう側の何処かで仲良く潜んでいるのだろうか。

 そして、真っ白な少女と偉丈夫のサーヴァントらとは対立しているようだ。

 ──屋内の奴らを狙うのは少々無理がありそうだ。どの壁の穴から侵入しても、身を潜める物が何も無いし、距離がある。

 ならばこの建屋の向こう側のマスターを狙おうか。

 そう考えて壁から離れようとしたその時、真白き少女が突如消え去った。

 

「は?」

 

 慌てて亀裂から内部を見直す。

 続いて偉丈夫のサーヴァントも消失した。

 

──あの大っきいサーヴァントは、霊体化して凄いスピードでどっか行っちゃいましたよ?

──だとして、あの白い女が消えたのは何なのさ。そんな魔術ある? それとも幻影?

 

 見れば、車で突入してきた三人も、泡を食って困惑している様子だった。

 その中の、人間とサーヴァントが混じった気配だと言う少女までが突然に消えた。

 残った二人のサーヴァントが激しく喫驚して狼狽している。

 ──つまり、そいつは霊体化した訳では無い。

 

──なんなの? この部屋に何か、そう言う魔術の罠でもあるの? あの空中の裂け目みたいなのと関係あるの?

 

 そう言えば、アーチャーの姿が見当たらない。

 ラウラは僅かな亀裂から、屋内のあちこちを見回した。

 そのうち、屋内が明るく白んできたように見えてきた。

 

──なに? 照明の異常?

 

 いや、ラウラ自身の視野自体が、輝度を上げたかのように白んできているのだ。

 

「もう、なんなんだよコレ」

「ラウラッ⁉︎ 」

 

 すぐ傍でシャルロットの絶叫が聞こえた瞬間。

 ──ラウラには何も分からなくなった。

 

 

────◆

 

「──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 何の変哲もない広い家屋の洋室で、壮年の男が詳述する。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」

 

 その広い床には、精緻な魔法陣が描かれている。

 既に魔力は渦を巻き、青き輝きと旋風が巻き起こる。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 そして魔法陣から眩い閃光が迸った。

 

「──なに?」

 

 その男は、そこに姿を現した者の姿に僅かに喫驚した。

 困惑に揺れ、口元を手で押さえる。

 

「これは──いったい……?」

「──わっ」

 

 現れた者も、この現状に驚いた様子だった。

 だが、ともあれ問わねばなるまい。

 

「──梨花。なぜおまえがここに出てくる?」

「あれ……?」

 

 その魔法陣の上に出現した梨花は、きょとんとした様子でその男を見上げた。

 

「──お父さん?」

 

 

── 1stシーズン 終 ──

 




エンディングテーマとして「oath sign」をご想像していただけると、燃えるかも。
※なお、第一話から第十二話まで、およそ三日間の出来事でした。

【真名 解放】

◆キャスター/由井正雪
・マスター:市ヶ谷 建午

◆セイバー/ヘラクレス
・マスター:ウルテスフィール・フォン・アインツベルン


 これにて、フェイト/ラ・フェスタ 1stシーズン 最終回となります。
 引き続き、2ndシーズンをお楽しみにしていただけると幸い。

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