【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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2ndシーズン
第十四話 卯波市内血戦(カエサル陣営出題編)


 

 卯波市内で、戦争が勃発した。

 ヤクザ「鉄架組」と警察との全面対決である。

 ──日本国法に基づいて正確に状況を記すならば、これは指定暴力団「鉄架(てつか)組」に対する暴力団対策法違反に基づく集合・設備使用禁止命令の無視、並びに威力業務妨害と、武装した集団の鎮圧のため、警察機動隊出動の運びとなった。と言う事になる。

 故に早朝から、卯波市(うなみし)内の各所にある「株式会社明日照輝(あすてか)」名義の全てのビル・施設で、それぞれに集まった鉄架組構成員──ヤクザの組員が金属バットや工具で武装してバリケードを築き、防護盾を並べた警察機動隊と睨み合う状況が起きていた。

 それだけでは無い。

 近隣の都市からも応援要請を受けて卯波市(うなみし)に急行してきた他県管轄の警察機動隊が、各方面の主要幹線道路をヤクザにバリケードで塞がれて、立ち往生に遭っていた。

 鉄道も、電力設備に謎の故障騒ぎが起き、始業から運行不能状態のまま。

 泡を食って右往左往して困っているのは、卯波市民である。

 今日は月曜日。

 会社員や学生は言うに及ばず、日常生活の移動を開始しようとした人々が、卯波市内で立ち往生する羽目になった。

 そして市内各所で睨み合う、武装したヤクザと警察機動隊と言う異様な光景を目撃した市民が、また新たな不安と混乱を巻き散らす。

 行くも戻るも叶わぬ異常に、卯波市全土が混乱し支配されていた。

 

 

────◆

 

 内圧に耐えかねたガラス窓が爆ぜ砕け、そこから炎が吹き出した。

 鉄筋コンクリートの建築にも関わらず、炎を巻いて燃え上がる卯波市役所庁舎から、悠々と歩み出てきた織田信長を見て、さしものイサオをして激しく戦慄し、動揺していた。

 

「──お、おめえ……」

 

 炎に巻かれながら──自身の身に己の魔力の炎を纏いながら──悠々と歩いてくる、不気味な笑みを浮かべる織田信長の右手には、卯波市市長・橋下辰志(はしもとたつし)の首が提げられていた。表情筋が弛緩した顔を晒し、(くび)の断面から血をこぼして。

 

「なにを呆けた顔をしているイサオよ。この領地(シマ)の頭目の首は獲った。残る兵力を一掃せい。ここにわしの(のり)を敷く」

「……」

 

 脂汗を垂らしながら、イサオは信じられないものを目撃して混乱していた。

 自身のサーヴァントの能力を読み取るマスターに備わる眼力には、異様な現象が映っていた。

 

(……なんだ? なんで、クラスが……変わっているんだ……?)

 

 聖杯より与えられたサーヴァントの役割──クラスは七種あり、それは一騎につき一種が割り振られる。

 そしてそれは、途中で変わる事など無い、と思っていた──少なくともイサオが調べた範囲では。

 文献においても、過去に数度開催された聖杯戦争においては、サーヴァントはまさに駒であり、役割の変更などどこにも記されていなかった。

 それなのに。

 イサオのマスターとしての眼力に映る織田信長のクラスは、「アーチャー」ではなくなっていたのだ。

 

(……どういう事だ⁉︎ なんだ⁉︎ ──なんなんだよ、「クラス:()()()()()()()」ってのは⁉︎ 聞いたことねえぞ⁉︎ )

 

 

────◆

 

「師匠ッ⁉︎ 」

 

 治療室に駆け込んだ(こう)が、真っ白な寝台に横たわる男性を見て悲鳴を上げた。

 ここは、卯波市の聖堂教会施設の中にある治療室。

 皐の、代行者としての師匠──形式上は、元・師匠であるところの、聖堂教会代行者・音峰或斗(おとみねあると)が、腕に点滴を受けながら寝台に横たわっていたのだ。

 

「……皐、か」

 

 微かに瞼を震わせた音峰或斗が、呻くように掠れた声を出した。

 

「……な、何があったんですか⁉︎ 師匠⁉︎ 」

 

 しがみ付く勢いの皐に対して、音峰或斗の反応は、鈍い。

 やや間を開けてから、唇を震わせた。

 

「……聖杯戦争の、「監督役」とは、……聖杯の、令呪への情報伝達の中継装置として、システムに組み込まれること……で、あった」

「⁉︎ 」

 

 傾注する皐が、息を呑んだ。

 

「……故に、私の自意識は制限され、……日に日に、思考が困難に、なっていた」

 

 また間が空いたが、皐は続きを辛抱強く待った。

 ──情報伝達は重要大事。師匠の教えだ。

 

「……だから、約束した援助は、十全にできそうに、ない……皐……」

 

 音峰或斗が、震える右手を皐に向かって伸ばしたのを見て、皐はその手を取った。

 

「師匠!」

「受け取れ……」

 

 音峰或斗の右腕が赤き輝きを放つと、その手を握る皐の右手の甲がにわかに熱を帯び、閃光と共に欠けていた令呪の一画が再び顕われた。

 

「ッ、こ、これは」

「……いまは、……これが、精一杯……」

 

 いよいよ苦悶に眉間を歪ませた音峰或斗が、荒く息を吐いて握る手に力を込めた。

 

「……机に、メモ……」

 

 言葉を紡ぐ事まで困難になってきたのか、音峰或斗の発言が断片的になってきた。

 

「……すまん……あとは、君の、好きにs……」

「ッ師匠ッ⁉︎ 」

 

 そして、音峰或斗は、呼吸を浅くして脱力し、意識を落とした。

 

 

────◆

 

 昨夜のこと。

 

「お父さんは魔術協会に追われている身だから、梨花と一緒に行く事ができない。だけど、この状況に対応すると言う目的は一緒だから、安心してしっかりやっておいで」

 

 そう穏やかに言い残して、父親──辻松(つじまつ)いつきは、夜にも関わらず家を出ていってしまった。

 余りにも衝撃的な出来事の連続で、梨花の頭脳は飽和状態だった。

 

(……もう、寝よう……)

 

 いかなルーラーのサーヴァントと合体した身と言えども、堪えきれない深い深い疲労に困憊となった梨花は、覚束ない足取りで自室のベッドに倒れ込んでしまった。

 命を狙われる危険は承知していたが、今の梨花にはこの家全体が父・いつきの魔術工房だと正しく理解できている。

 敷地に張り巡らされた結界は、「ここが一定水準の魔術師の邸宅である」という偽装を施し、外からの魔術による探知には、魔術干渉をアースの要領で受け流しつつ、情報を欺瞞して当たり障りの無い反応情報を自動で反射する機能がある。

 そして内側で起こる魔力の流れを、完全に外に漏らさない作りになっている。

 ──故に、先日夜の魔術の探査には欺瞞情報を反射して、事無きを得た。

 ──あるいは、至近にまで迫った謎のサーヴァントの存在を、サンチョとドン・キホーテのみが一方的に察知できた。

 そしてもうひとつ。

 今の梨花の身体は、合体しているサーヴァントが持つ徒手格闘技術を自身のものの如く扱う事ができる。

 ──万が一寝込みを襲われても、自分が即時対応できる事を当たり前のように()っている。

 これらの条件から、梨花自身が「己の安全圏」を自覚無く見做して、聖杯戦争中にも関わらず、いつものように自室で就寝してしまったのだった。

 

 明けて朝。

 目が覚めた梨花は大変な事を忘れていたことに気がついた。

 

「アルティとアーロンお爺ちゃんがいない⁉︎ 」

 

 我ながら呑気と言うか、ショックだった。一時とは言え命の危機に献身的に協力してくれたサーヴァントの事を忘れるなど。

 飛び起きて慌てふためくが、すぐに思い直す。 

 この家を囲む結界は、あらゆる魔力探知を欺瞞し阻むが、マスターとサーヴァントの間に繋がる魔力パスは、それを越えて通じるもの。

 なので、アインツベルン城に置き去りにしてしまったドン・キホーテとサンチョは、この家の玄関前までは戻ってこれるはずだった。──本来はサーヴァントの侵入までも阻むため、梨花が招かなければ入れない。

 ──玄関前で途方に暮れて待っているのかもしれない。

 そう思って外の様子を確認しようと玄関を開けた梨花は、門の外に集っている強面の男の集団にギョッとした。

 何やら家の塀の前で、アロハシャツを着た如何にもガラが悪そうな男たちと、警察官ら数人が押し問答していた。

 乱暴な罵声の応酬が繰り広げられ、掴み、突き押し、大騒動に発展していたのだ。

 

(──え? なに? なんで、そんなとこで喧嘩してるの?)

「あ! おい! そこのガキ!」

 

 ところが、その押し問答を繰り広げていたうちの、アロハシャツの男性が、玄関を開いた梨花に気づいて怒声を投げかけてきた。

 以前までの梨花なら、たちまち立ち竦んでしまう罵声だ。

 だが今の梨花には、この程度では何とも思わない胆力が身についていた。

 

「やめろオマエ! 大人しくしてろ!」

 

 すぐそこにいた警察官が、罵声を上げたアロハシャツの男性に背後から腕を取り、たちまち関節を極めて取り押さえてしまう。

 

「……そこのお嬢ちゃん! ご両親はいるかな! この門を開けて欲しいんだk」

「そいつを離せやコラア!」

 

 取り押さえてこちらに話しかけてきた警察官を、また別のアロハシャツの男性が背中を殴りつけて押し退けてしまう。

 いかに警察といえど、この家の門や玄関は、高い魔術技量と魔力抜きで開けられるものでは無い。

 ともあれ、梨花は彼らを無視して玄関ドアを閉めた。

 ──彼らは、どうやら父親に用事があるらしい。

 

(お父さんを追っている人たちって、あの人たち⁉︎ 魔術協会って、ああいうのなの⁉︎ )

 

 その上、警察まで加わってくるだなんて、聞いていない。

 想像と異なる追手の様相に困惑するが、梨花にも火急の用事がある。

 そもそもドン・キホーテとサンチョの帰還を求めて玄関を開けたのだ。

 そしてそこには二人の姿は無かった。霊体化している訳でもない。そこにいたなら今の梨花ならばすぐに気付く。

 梨花はすぐに自身のサーヴァントとの魔力パスを探った。

 

「……あれ?」

 

 ところが、魔力パスの先が消失していたのだ。

 

「ええ⁉︎ どういう事⁉︎ 」

 

 再び魔力パスの探知に集中するが、やはり、梨花から霊的にどこかへと伸びる魔力パスは、途中からその繋がりがぼやけて消えていた。

 

(これは……)

 

 よく分からないが、パスは途絶えてはいるが、何処かに伸びている以上、二人が死んだと言う訳では無さそうだと、梨花の勘が囁いていた。

 ならばと、ルーラーの知覚能力で町中のサーヴァントの気配を探った。

 

「……えっ⁉︎ なにこれ……⁉︎ 」

 

 ところが、余りにも異常な、想定外の反応が現れて、本日幾度目かと喫驚した。

 ──サーヴァントの気配が、自身を除いて三騎しかなかったのだ。

 なお、サーヴァントとは原則「クラスひとつに対して一体」だが、ドン・キホーテとサンチョは「二人で一騎」と言う特殊形態のサーヴァントである。ルーラーの目線では、各々一人ずつ別個に探知に現れる。

 だから、いるとしたら、彼らふたつの反応は一緒にいるべきだ。

 それなのに、いま知覚したところに寄ると、三つの反応はそれぞれ離れており、うち一つの反応が、最も離れた山の方にあった。

 

「ええ〜……。どうしよう」

 

 いや、悩む事など無い。令呪の魔力を使用して、この場に呼び寄せれば良いのだ。

 ──残りは、二画。今の自分たち陣営の異常な状態を鑑みれば、必要な使いどころである。

 

「──令呪を持って願います! ランサーよ、私のところに来て!」

 

 梨花の詳述によって、差し出した右手の甲に描かれた花のような赤い紋様が輝きを放ち、うち一画が閃光に弾けた。

 同時に、梨花がいる玄関に、二人の人影が出現した。

 

「……ひゃああっ⁉︎ 」

 

 現れたドン・キホーテは、サンチョは、身体中にズタズタの深い傷を穿たれ、血塗れで昏倒していたのだった。

 

 

────◆

 

「……平らな顔の魔王よ。なぜそんな浅薄で愚昧な凶行に走ったのか……」

 

 卯波警察署の屋上で、フェンスの前に立つカエサルが、遠い目線で沈鬱に呻いた。

 

「師匠の残したメモの事が、事実だとしたら──」

「そうだな。いかにもそれっぽい異常であるな」

 

 隣でベンチに腰掛ける皐に、カエサルがケロッとした顔で振り向いて同意した。

 皐の隣には、ペシャンコに圧壊したベンチの残骸が散らばっていた。カエサルが腰掛けようとして体重で破壊したものだ。

 皐は、再び師匠・音峰或斗が残したメモを見た。

 内容を要約すると──

 

・サーヴァントのクラス分けには、聖杯戦争を戦争たらしめるため能力差が設けられている。

・バーサーカークラスの成り立ちは「弱者の救済措置」だとされるが、仮にバーサーカー専用の詠唱を、七人のどのマスターも唱えなかった場合にも、バーサーカークラスはいずれかのサーヴァントに割り振られる事になるらしい。──この矛盾が致命的な情報だった。

・これを書いている現在、聖杯が私の身体を通じて、サーヴァントの能力値を操作する働きが見受けられた。

・七騎のサーヴァントの能力の各パラメータには総量があり、そのバランスは偏らなければならないらしい。

・聖杯は、いずれかのサーヴァントの「理性」を著しく下げようとしている。

・なぜ「理性」パラメータなのかは不明。

・私の想像だが、何者かが聖杯にクラックして、「理性」パラメータに干渉したのだと考えられる。

・注意せよ、皐。君が会敵したいずれかのサーヴァントが、様相を変えて現れる可能性がある。

 

「誓って、私は理性的なセイバーであるとも!」

「うん。それは僕のマスターの眼力で見ても間違い無いよ」

 

 澄まし顔で片手を上げて宣誓するカエサルに、皐が答える。

 

「そして、我々が会敵した陣営は五つ。内、クラスが判明しているのは二つ。平らな顔の魔王たるアーチャーと、昨夜に同盟を組んだアサシン。そして、全く正体不明な陣営がひとつ。──ふむ。これまで出会った五人のサーヴァントの中には、意思疎通のできなかった者は居ないな。と言う事は、これまで出会った事の無い陣営が、その聖杯に干渉した者だと言う事になる」

「……ちょっと待って凱さん。それ、おかしくない?」

「む?」

 

 皐の指摘に、カエサルが片眉を上げて振り向いた。

 

「何がかね? まさか、私の明晰にして深慮遠謀に長けた超優秀な頭脳が狂化レベルだとでも言うのかね?」

「やめてよそこまで言うと紙一重を疑うから⁉︎ ──そうじゃなくて、凱さんが会っている……って言うか、関わったサーヴァントって、全部で()()いるよ?」

「──む?」

 

 

────◆

 

 辻松家の玄関に、息も絶え絶えの(てい)で出現したドン・キホーテとサンチョの姿が、梨花が泡を食ってあたふたしている内に見る見る傷や出血が消失し、衣装が復元され、状態が回復していく。

 

──あ。この家の地下にも霊脈があった。

 

 今の梨花なら分かる。

 これまでアインツベルン城で異変が起きるたびに梨花の身を(おびや)かしていたのは、大地を巡る霊脈を伝播した魔力の仕業であり、辻松家も魔術師の家の例に漏れず、水準より良質な霊脈の上に建てられていた。

 ドン・キホーテとサンチョは、その霊脈から得られる魔力で回復しているのだ。

 

「……んぐ、ぐむむ……」

「……んん、うぅ……」

「アーロンお爺ちゃん⁉︎ アルティ⁉︎ 大丈夫⁉︎ 」

 

 触れて良いものか戸惑いながら、梨花が二人の前に膝をついて呼びかける。

 その頃にはもう、外観から見える傷は全て消え失せ、衣装も、甲冑さえも復元されていた。

 

「……ひょっ⁉︎ 」

 

 ようやく目を開けたドン・キホーテが、梨花と目が合うや、なぜか引き攣った声を上げたが、すぐに正気を取り戻して居住まいを正した。

 

「……姫! ようご無事で!」

「……旦那様、ここは…… 」

 

 続いて起き上がったサンチョが、やはり梨花を見て一瞬顔を強張らせるが、すぐに普段の穏やかな表情に戻った。

 

「ああ! マスター! よくご無事で!」

「良かった! ちゃんと元気でおられた……!」

 

 サンチョが胸を撫で下ろした。ドン・キホーテなど男泣きで腕で顔を拭う始末である。

 あの時アインツベルン城跡で離ればなれになってから、いったい二人の身に何があったのか。

 令呪で呼び出した直後の状態から、二人が梨花の探知が及ばない場所で、大変な目に遭っていたのだろうと推察はできる。

 

「……と、とにかく、二人ともソファに行こう? 離ればなれになっていた間のこと、整理しよう?」

 

 そう言ってリビングを促すが、なぜかドン・キホーテとサンチョは血相を変えて立ち上がった。

 

「と、とんでもない! ひ、姫には一刻も早く、どこか安全な場所に避難してもらわなければ!」

「そうです! いま、この町は大変な事になっていて……!」

「あー。大変と言えば大変だけど、たぶん、誰も入ってこれないと思うし……」

 

 噛み合わない空気に、最初に気付いたのは、サンチョだった。

 サンチョは、玄関の小窓から見える外の光景を見て、唖然としていた。

 

「……ちょ、ちょっと失礼致しますマスター! 旦那様もこちらに」

 

 サンチョが慌てた様子で、ドン・キホーテの腕を引っ張ってリビングを通り、広い中庭から町が見渡せる掃き出し窓に立った。

 そして、二人の身動きが止まる。

 

「……どうしたの? ふたりとも」

 

 着いてきた梨花が問うが、二人が混乱から抜け出すのに思いがけないほど時間がかかった。

 

 

「──と言う訳でして……」

「ええ〜……」

 

 ソファに腰掛けたサンチョの説明を聞いて、梨花は戦慄に呻いた。

 サンチョが語った、炎上していた卯波市にそっくりな町。

 町を焼く、中空の洞から溢れる汚泥。

 その中空の洞の傍にいた、自分にそっくりな、だが髪の色が漆黒だと言う謎の少女。

 ──これで、自分によく似た人物が二人目──

 そして。

 

「そこで、アインツベルン城で見かけた、あの大きな身体の剣士のサーヴァントに襲われたのです」

 

 町を焼く元凶の魔術師であると目したドン・キホーテとサンチョは、その少女を倒そうと飛びかかったところに、疾風のように飛び込んできた大剣に阻まれ、アインツベルン城にいたサーヴァントと戦闘になった。

 

「なにしろ、町を丸ごと焼く元凶。あの少女の魔術師を止めなければ、いずこかにいるマスターの御身も危険だと考え、徹底抗戦したのです」

 

 だが、そのアインツベルン城にいた剣士のサーヴァントは、非常に強力だった。

 剣技の冴えは凄まじく、剣を薙ぐ膂力は大地を割り、ドン・キホーテの如何なる攻撃を受けても揺らがない異様なタフネスを持っていた。

 少女にドン・キホーテの槍は届かない。剣士の大剣は攻撃の(ことごと)くを阻み、返す剣戟でドン・キホーテは追い詰められていった。

 ──なぜこのサーヴァントが、黒髪の少女を守るのか。その理由は分からない。

 そして最終最後、刺し違えてでも姫の暮らす町を守るべく、宝具を展開したところ、それすら大剣から放たれた巨大な魔力の剣閃によって撃墜されてしまった。

 万事休す。全魔力を使い果たし、剣士がその大剣を振り上げたその瞬間に、気がつくと辻松家の玄関に転移していた──と言う事だった。

 

「そして、お外を見てみましたら、町は御無事で。いったい、先ほどまで私どもがいたあの町は、いったい何だったのかと……」

「…………」

 

 サンチョの話を聞いていた梨花は、語られた情報に意識のどこかで引っかかりを感じて困惑していた。

 喉元まできているのに、出てこないもどかしさ。

 だが、それよりも先に済ませなければならない事がある。

 相互の情報交換だ。

 

「そしたら、こっちの状況もお話しさせてもらうけど──」

 

 アインツベルン城から梨花が姿を消したのは、あのタイミングで、何故か父親に"召喚"されたからであること。

 そこで語られた父の目的である「未来に起こる、卯波市壊滅の回避」と、本来それとは異なる目的のために調整されていた梨花の身体。

 そして玄関先の外での出来事。

 

「……失礼ですが、御尊父様は、本来は何を召喚しようとしていたのでしょう?」

「うん、ごめん。わたしも昨日いろいろあり過ぎて、その疑問にいま気がついたの」

「それは、仕方ありませんね」

 

 気遣うように微笑んだサンチョが、テーブルのリモコンを取り上げて、テレビを点けた。

 

「もしかしたら、お家の前の騒動も、どなたかが通報されているかもしれません──」

 

 なるほど、ローカルテレビ局のニュースであれば、何か情報を得られるかもしれない。

 そう思って一緒にテレビを見つめた梨花は、映し出された異常な映像に絶句した。

 テレビ番組は、緊急報道の構成になっていた。

 画面の上下に枠が敷かれ、そこに「卯波市内戦争状態」「暴対法による警察の執行に「鉄架組」徹底抗戦の構え」などの尋常では無い言葉の列が表示されていた。

 中央の映像は、高所からくるくると回りながら落ちてゆく景色を映しており、やがてノイズとなっしまった。

 スタジオの音声では悲鳴が上がり、慌てた男性の声が喋り始めた。

 映像が、その男性のニュースキャスターに切り替わる。

 

『へ、ヘリが、弊社の報道ヘリが、げ、撃墜されました!』

 

 泡を食った様子の男性ニュースキャスターが絶叫している。

 梨花には、混乱に次ぐ混乱で何が起きているのか理解できない。

 同時に、独特のメロディと共に画面上部に「ニュース速報」の文字が重ねて現れた。

 映像の内容とは関係なく、それはそれで発信内容の続きを表示する。

 

 ──速報:卯波市市長 橋下辰志(66) 市長が襲撃を受け、その場で死亡が確認されました。──

 

「え──?」

 

 情報過多に次ぐ情報過多で、梨花は間抜けに混沌とした画面を眺める事しかできない。

 

「マスター、お気を確かに」

 

 そっと、暖かい掌が梨花の目元を覆う。

 近寄ったサンチョが、梨花を優しく抱きしめて、穏やかに言った。

 

「マスター。大きく息を吸ってください。ゆっくりとです。……そしたら、八を数えながら、ゆっくりと吐きましょう。もう一度──」

 

 サンチョの手解きを受けながら、深呼吸を繰り返すこと数度。

 梨花の頭脳と精神が、やがて落ち着いてきた。

 昨夜ほどの飽和も、混乱も、今は感じない。

 不思議なことに、今の梨花の頭脳は(もや)が晴れたかのようにすっきりとし、先ほどまでとは打って変わって冷静に、明晰に事実を把握していた。

 

「……あ、ありがとう、アルティ」

「どういたしまして!」

 

 柔らかい笑顔で、お礼が言えるほどに、今の梨花は平静さを取り戻していた。

 そして、今一度テレビの画面の情報をよく見直した。

 

「わたしもさっき起きたばかりで初めて知ったんだけど、いま警察とヤクザさんの争いが起きてるみたい」

「そうですね。はぐれ者集団の大規模な取り締まりと、その反抗だと」

 

 サンチョが淀みなく繰り返して相槌を打つ。

 梨花はスマートフォンを取り出すと、地図アプリを起動させて、卯波市全土を表示させた。

 それをテーブルの中央に置いて示す。

 

「ルーラーの感覚だと、この辺と、この辺と、こっちの山の方の、三箇所にサーヴァントの反応があるの」

「一方は、──ここ、警察署ですね」

「もしや、警察の長とヤクザの頭目がマスターなのではないか?」

「まあ! 旦那様ったら御冗談がお上手──やはり、そう言う事なのでしょうか……?」

 

 ぽろっと言った感じのドン・キホーテに、合いの手を入れる途中でサンチョの顔が徐々に引き攣っていった。

 

「マスター。そう言えば、この家のあのお車は、お城に置き去りでしょうか?」

「ううん。わたしもこうなるの初めてなんだけど、あの車って、他所に置き去りにしたまま帰っても、自動で車庫まで帰ってくるんだって。そういう仕組みの魔術で、今うちにあるって、魔力で感じる」

 

 サンチョが、当世の魔術道具の便利さに目を丸くする。

 だが、すぐに表情を引き締めてひとつ、指先を立てた。

 

「……例えば、お城で何者かに車の番号を控えられたり、そのまま後を着いて行けば、誰かにこの家まで追跡される恐れがあるのではないでしょうか……?」

「……え? じゃあ、いま家の前に来てる人たちって、お父さんじゃなくて、わたしたちを追って来た──?」

 

 それが可能なのは、データベースで車の番号から持ち主を追跡できる警察であり、あるいはヤクザにも同様の情報を収集できる仕組みがあるのかもしれない。

 そして、それをした者は、それをする理由がある者である。

 

「──旦那様。もしかして、今のご意見、素で気付かれましたか?」

「いや、まあ、聖杯戦争中の町で起きる異変の元凶は、だいたいマスターの仕業なんじゃないのかの?」

 

 ドン・キホーテは、当たり前のような顔で言った。

 

「ただ──確かマスターやっとる魔術師と言われる輩は、自分たちの魔術を大っぴらにされるのを嫌っとるはずだから、まあまあ事態が派手な気がせんでも無い。だが家の前の連中と、車の番号の事を考えると、そうゆう事だろうなあと」

 

 サンチョが、ドン・キホーテの頭頂を掌で優しく撫でた。

 

「たまに慧眼を発揮される旦那様は、流石の優秀な騎士様ですね!」

「え? ワシ、褒められてるの?」

 

 目を白黒させているドン・キホーテから身体の向きを変えたサンチョが、改まって梨花に問いかけた。

 

「マスター。現状のまとめを致します。──敵は恐らく、高い確率で、警察を動かせる立場の者と、ならず者──ヤクザの頭目に近い人物です。そして、山の方に一騎、サーヴァントの気配があり、残る三つの陣営のサーヴァントの行方が不明だと」

「うん。反応が無いサーヴァントはきっと、アルティ達が転移させられた、違う町にいるんだと思う。ルーラーの感覚が届かないような遠い町」

「はい。それとマスター。その山の方にいるサーヴァントの位置を、この地図に示せますか?」

 

 アルティの問いに、梨花はテーブルに置いたスマートフォンのディスプレイを指差した。

 

「うん。この辺」

「……アインツベルンのお城とはまた別方面の山ですね」

 

 画面を確認したサンチョが、顔を上げて居住まいを正した。

 

「ではマスター。ご自身の使命のため、これからどのように動きますか?」

 

 サンチョは、そのように問いかけた。

 今の梨花の在り方は、経緯はどうあれ、もはや巻き込まれた一般人では無く、使命を抱いた者のそれだ。

 そして梨花の意識は、ほんの僅かに見ない間に、別人かと思うほどに自立した成長を遂げた。

 従者たるサンチョから、行き先の選択肢を挙げる要は、無い。

 

「うん。──ちょっと待って」

 

 梨花は、ポケットの中から米粒を取り出すと、それをテーブルの上に撒いた。

 一筋に落ちる米粒が、テーブル表面で跳ねて、無軌道に散らばる。

 ──梨花は、ルーラーのサーヴァントが持っていたと言う、占術を行っている。

 その米粒の動きと配置を、梨花はじっと見据えて。

 やがてその顔を上げた。

 

「──山の方のサーヴァントのところに行こうと思う。一緒に来てくれる?」

「もちろんです!」

「応ともよ!」

 

 梨花の、いつもと同じ問いかけに、サンチョが、ドン・キホーテが意気を上げて応えた。

 




【真名 変質】

◆アヴェンジャー/魔王信長
・マスター:イサオ・インティライミ


【カエサル陣営 出題編】
・カエサルが誤認した、「既に関わっている六騎のサーヴァント」とは、誰でしょう?

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