【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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【原作との相違点】
・マスターは、契約外のサーヴァントの能力を読めません。
・マスターは、契約外のサーヴァントの気配を感じ取れません。
・契約サーヴァントの能力は、数値化されていません。
・契約サーヴァントの持つスキルや能力は、全てが仔細に情報化されていません。


第十五話 黒曜の輝き(アインツベルン解答編)

 

──ぎゃ あ あ あ あ ッ ッ──⁉︎

 

 ラウラが途轍も無い激痛に絶叫した。

 左足をまるでマグマにでも突っ込んだかのような激痛が襲ったのだ。

 反射的に左足を上げて、逆方向へ身を投げ出して転げた場所は、運良く──本当に運良くマグマだかは無い地面だった。

 だがラウラはそれどころではない。

 見れば、すぐ傍をマグマの如き赤黒い汚泥がだくだくと流れていた。

 直近で感じるのは、熱気ではなく、"瘴気"。

 恐らくこの汚泥は、物質にも作用する"汚れ"や"穢れ"、有りとあらゆる"負"のオーラや悪想念と言った"よくないもの"が擬似的に泥の(かたち)で現出したもの。

 呪術の残穢によく似ていた。

 

──なんでそんなモンが──⁉︎

 

 理不尽な衝撃に呻くが、激痛の混乱に思考はすぐに掻き乱される。

 だが、それでもこの左足を焼く汚泥をなんとかしなければならない。

 素早く周囲を見回したラウラは、とりあえず身に迫る汚泥が他には無い事を確認した。

 シャルロットもすぐ傍に駆け寄ってフォローしようとしている。──身の安全は任せられる。

 ラウラは取り出したコインを落とすと、躊躇無くそれに汚泥に塗れた左足を乗せた。

 

 ──バチンッ!

 

 コインから飛び出した半月状の力場がふたつ、瞬時に閉じ合わさってラウラの左足を噛みちぎった。

 

「ーーーーーーッッ⁉︎ 」

「ラウラっ⁉︎ 」

 

 シャルロットが、苦鳴を噛み反射的に暴れようとするラウラの身を強く抱き締めた。

 

「──血止め──!」

「はい!」

 

 シャルロットが、押さえつけたラウラのポーチを開けてまさぐり、丸まったベルトを取り出すと、ラウラの左脚の付け根に素早く巻きつけてきつく縛り上げた。

 

「ッハー⁉︎ ッハー⁉︎ ッハー!」

 

 荒い息を吐きながら、ラウラが震える手で切断部位を押さえ、治癒魔術に集中する。

 鼓動のリズムに応じて太い血管から噴出していた出血が、だんだんとおさまってくる。

 

「っはー、っはー、っはー」

 

 やがて激痛が薄まり、治癒の魔術の効果によって、左脚の断面が増殖を促進された肉で塞がっていった。

 

「っは! ックソッ!」

 

 緊張を解いたラウラが脱力して、ずっと背中を抱いていたシャルロットに身を預けた。

 切断したのは、ふくらはぎの中ほど。左の膝からやや下。

 首を巡らせて見ると、切り離した左足は、赤黒い汚泥に侵食されて変質してしまい、元の形を無くしてしまっていた。

 ──人間やこの世の物質がこの"穢悪"の汚泥に触れると、このように蝕まれて同じ汚泥に変質させられてしまう。擬似的に流動体として顕れているだけで、実態は霊的なモノであり、あのまま身体の大部分を侵食されていたら、人間の精神や魂まで"焼け爛れてしまう"と言う。

 それを咄嗟に切断したのは、ラウラの主武装とも言えるベアトラップの魔術道具であるコインだった。

 それは設置後、何者かが接触すると、魔術の刃が噛み付いてダメージを与えるもの。初めて訪れたアインツベルン城跡でも、調査時の警戒用に設置していた、ラウラのツールのひとつである。

 

「っはあッ! ……チクショウ! 目眩しと同時にドロ撒きやがったなアインツベルンめ!」

「いえ、ラウラ、それが……」

 

 背後から抱きしめるシャルロットに促されて周りを見ると、そこは先ほどまでとは全く異なる地形になっていた。

 

「ここ、どこかの町の中ですよ? さっきまで、あのお城の跡地にいたのに……」

「はあ?」

 

 左脚の付け根の圧迫用ベルトを解きながら、首を巡らせて、周囲の光景を観察する。

 やたら景色が歪んで見難いと思ったら、ほぼ全周囲を炎と汚泥が取り巻いていて、陽炎を立ち昇らせていた。

 ニホン独特の塀と木造家屋の瓦礫が、汚泥に蝕まれて燃え上がっている。

 まるでスラム街のように家屋が密集しているせいで、瓦礫の向こうもまた瓦礫といった有り様だった。

 これは確かに、森からちょっと転がって届く距離の移動では有り得ない。

 アインツベルン城跡から転移されたとしか思えない現象だ。

 ──そんなモノ、"魔法"でもなければ有り得ない──

 そう言えば、アインツベルン城跡の残存する広間でも、二人ほどが唐突に姿を消していた。──同じように、この町の何処かに跳ばされたのか?

 

「見てください、ラウラ。山の上に穴が開いてる」

 

 ──何をバカな──とはもう言えない。

 黙ってそちらを見上げると、言う通りに遠く山の上の夜空を丸く抉り取ったかのような虚空の洞があり、そこから赤黒い汚泥がだくだくと溢れ出ていた。

 流れる汚泥に燃やされる、見覚えのある斜面の町も見える。

 信じ難い事だが、聖杯戦争の開催地であるウナミの町の中に転移したと考えるしかない。

 恐らくラウラは、汚泥の上に転移して、そのまま落下して片足を突っ込んでしまったようだ。

 

「……マジかよ……」

「マジです」

 

 まさか、自分たちがアインツベルン集中攻撃作戦に乗っている間に、どこかの陣営が町を焼いたと言うのか?

 それにしては、やっている事が意味不明だ。マスターとサーヴァントの多くが集まっていると分かっているアインツベルンの森ではなく、町を燃やすなど。

 

(どこの陣営だ? こんな大規模な災害魔術なんか、キャスタークラスのサーヴァントでないと出てこない──?)

 

 そこまで黙考して、ラウラはその違和感と異常に気付いた。

 

「──サーヴァントが()()いるくね⁉︎ 」

「はい?」

 

 ラウラの喫驚の声に、シャルロットが怪訝に小首を傾げた。

 シャルロットの腕の中で指折り数え出したラウラが、やっぱり、と呻く。

 

「人間と合体してる訳有りも加えて、シャルロット入れて……八騎⁉︎ 八? ……あ〜、まあどうでもいいや」

 

 聖杯戦争のルールより一騎多いが、その理由が分からないので、過多の異常はさて置く事にした。

 

「とにかくサーヴァントは全員あの森にいた! 誰がこの災害魔術を展開した⁉︎ 」

「……町の魔術師さんですか?」

「無理無理。アレは今の時代の魔術師ひとりにできるレベルを超えている。仮に頭数を集めて、人数の力で強引に儀式を起こそうったって、ここを根城にしてる魔術師のマフィアが地元の動きに気付かないハズが無い!」

 

 あのイサオ・インティライミが、この土地の霊脈を把握していない訳が無い。この町で大規模な儀式をしようものならイサオがすぐに気付くはずだし、アインツベルンにだって伝わるだろう。

 ──まさか、聖杯戦争に関係無い勢力が起こした事件か、あるいは魔術協会だか聖堂教会だかの過激派が儀式ごと町を潰しに来たとでも言うのか⁉︎

 空恐ろしい想像に戦慄していると、どこか遠くから幾つもの長い笛の音が聴こえてきた。なんだか間抜けな音色だ。

 見れば、なぜかこの平野部の町のどこかから花火が上がり始めた。

 それらは夜空で景気良く爆発して、色とりどりの煌めきを撒き散らす。

 それが、何発も打ち上がっては、弾けてゆく。

 

「綺麗ですねえ」

「……ダレだよ空気の読めない事をするバカは」

 

 シャルロットは呑気に見惚れて見上げているが、ラウラは半眼で呆れざるを得ない。

 

「それとも救難信号のつもり? ちょっと近くまで行って様子を見てみよう」

「お任せください!」

 

 シャルロットがそのままラウラを抱き上げて、花火を打ち上げたらしき場所まで接近すると、瓦礫の陰に忍び寄ってその地点を覗き込んだ。

 ──移動する間も、間断なく花火が打ち上がっては炸裂していた。

 するとそこでは、アインツベルン城跡にいた白い魔術師の少女と、偉丈夫の剣士が、あろう事かダンスに興じていたのだ。

 ──こんな所にわざわざ転移してまでやる事か。

 

「……イカれてんのかアイツ」

 

 しかもその花火は、白い少女が手ずから炎上する瓦礫を媒介にして発動させた魔術のようだった。

 

「……なんかアタマ痛くなってきた。──シャルロット。アタシの意識があるうちに、あの女殺してきて」

「なに弱気なこと言ってるんですか⁉︎ 」

「治癒で魔力使ったから消耗してるだけだよおバカ!」

 

 血相を変えるシャルロットに、ラウラが力無い裏張り手でツッコミを入れた。

 

──あと、なんかムカつくから。

 

 思念に閃いた憤りには、シャルロットは気付かないフリをした。

 

 

────◆

 

(──辻褄が合わない──)

 

 市ヶ谷(いちがや)健吾(けんご)は考えていた。

 岩に腰掛けて。

 右腕を失った事による姿勢のバランス感覚は既に掴んだ。

 

(ここは──僕らがいた町では無い)

 

 市ヶ谷は既に、ここが自分が知るものとは異なる場所だと結論付けていた。

 異世界とでも呼べばいいのか。固有結界とでも言うのか。──そんな事は知らない。

 これが、市ヶ谷と由井正雪が目を離してからたった一分後の出来事だなんて、とんでもない。

 ひと目見て分かった。

 足元の魔法陣が跡形も無い。

 自分が垂れ流した血溜まりが無い。

 あれほど投げ散らかした黒鍵が無い。

 あれほどの戦闘の痕跡が無い。

 

(──それに──)

 

 ちらと目を遣る。

 遠く山の斜面の下方、渓谷の中空に穿たれた丸い洞。

 その虚空の穴からだくだくと溢れ出る赤黒い汚泥。

 ──あの虚空の洞と泥が何なのかは、分からないのでさて置く。

 あの注出速度で裾野の町を埋め尽くすには、あの虚空の洞を展開してから一時間では到底足りるまい。

 市ヶ谷は、由井正雪にひとつ嘘を吐いた。

 あの虚空の洞付近の偵察を命じた時点で、自分の斬り飛ばされた右腕がこの場に無い事は分かっていた。

 市ヶ谷は、ひとりで考える時間が欲しかったのだ。

 

(──ユイちゃんは、僕にまだ話していない事がある)

 

 無論、マスターに対する裏切りなど、性格的に思考の埒外なのは分かっている。

 今どき珍しい嘘も吐けない正直者だ。

 ──だが、黙っている事はある。

 例えば係累である森宗意軒について、由井正雪の口から語られた事は少ない。

 親代わりだったとは聞いた。魔術の師だとも言っていた。

 ──それ以上の、問われた以外の事は、決して語らなかった。

 

(余所んチの事情だから、別にいいんだけどさ)

 

 由井正雪は、触媒等を用いて狙って召喚したものでは無い。

 聖杯戦争に参戦するにあたり、市ヶ谷の商売柄、聖遺物や英雄の遺物を手に入れる事は容易ではあった。

 だがそれは、入手ルートからマスターが露呈するリスクを孕む。市ヶ谷の視点では避けたい事態だった。

 故に、触媒無しでのランダム召喚に博打を張った。

 結果として土地と縁がある由井正雪を召喚せしめた訳だが、博打である以上それにもリスクはあった。

 召喚してから当人の事を調べる行為は、互いの信頼に亀裂を入れかねない。

 今にして思えば、取り越し苦労、市ヶ谷ひとりがそう心配していただけの事かもしれない。本人は、目の前で自身の文献を調べられても特に悪くは思わないかもしれない。──こうして考えている内に、だんだんそんな気がしてきた。

 

(──だって、ねえ。政治家剣士が、どうしてキャスタークラスを得て現界するのさ)

 

 由井正雪の魔術の技量と知識は、確かに現代の並の魔術師を越えているだろう。

 現に、クラス固有スキルも如何無く発揮してここまで戦って来れた。

 だが、彼女の歴史に、魔術師として名を馳せた謂れは見当たらない。──これが唯一引っかかっている疑念点だった。

 そして、今の状況を打破する為には、由井正雪(キャスター)の力を十全に借りなければならない。

 なので、その能力と根拠を、できる限り正確に把握しておきたいのだ。

 

(頃合い、と言うやつかもね)

 

 実はずっと疑念を抱いていました、と白状する頃合い。

 ──さて、ユイちゃんが帰ってきたら、どう言って切り出そうか。

 市ヶ谷は、背後の広大な鍾乳洞窟を振り返って見上げながら、ぼんやりと考えた。

 広大な岩壁にぽっかりと口を開けた、旅客航空機でも入りそうな巨大な鍾乳洞窟入り口を、ぐるりと眺め遣る。

 やはり最後に見た時と、岩塊の配置が異なっていた。──そんな今さらな事実は置いておいて。

 市ヶ谷の思考は移ろって行く。

 

(……あの辻松さんチの梨花ちゃんにそっくりなあの少女は、何者だろうか)

 

 アインツベルンの現当主が造り上げたホムンクルスである事は分かっている。アインツベルン家に伝わる魔術とその成果、偉業は有名だ。ホムンクルスのひとつも造る事もあるだろう。

 何より、アインツベルン城の霊脈から喚び寄せて出てきたのがその証拠である。

 ──それがどうして梨花ちゃんと同じ顔なのか。

 辻松いつき氏が、水準以上の魔術師である事は知っている。こちらはまあ、知る人ぞ知る、だが。

 現当主──と言うには気さくで俗人めいた良いお父さん然とした人柄だが、その辻松いつき氏とは懇意だ。幾度も海外からの品の注文を受けているお得意様だ。

 だが、その魔術の専門分野はついぞ知れなかった。

 これまで請け負ってきた注文の品の、確かにほとんどが魔術道具、ないし触媒などの魔術素材ではあった。

 だが、ジャンルが広範で、内容がチグハグ過ぎて、市ヶ谷をしてその用途には皆目見当もつかなかった。

 付き合いは十年近くになる。

 娘御さんである梨花ちゃんも、小さい頃からその成長を見ている。

 しかし、あれほど酷似したホムンクルスを見ては、両者の繋がりに意図を感じざるを得ない。

 ──何なら、アインツベルンの協力者、ないし今回の聖杯戦争における同陣営として参加しているのかもしれない。

 いずれにしても、()()()()戻ったらまず、辻松家を訪ねなければならない。

 

(そしてあのサーヴァント。間違い無くバーサーカーだろう)

 

 どこの英雄なのかは知らない。

 あの顔貌の特徴を持つ人種で、不死や無敵の英雄と言えばアキレウスだが、その辺りはどうでもいい。

 如何にも涼しげな顔で、凄まじい膂力を持つ剣士だったが、あのサーヴァントの動き方は常軌を逸していた。

 攻撃する体捌きは練達者のそれだが、マスターを守る動作がまるで子供の手に取られた玩具のような動き方をしていたのだ。

 「マスターを守る」と言うよりも、まるで「マスターの盾になる呪いでも受けている」かのような不条理な動作。

 疑念の決定打は、最後の爆殺の時のマスターの守り方だ。

 襟首を掴んで、爆発に曝されるより速く投げ上げたのだ。

 マスターの少女の首は折れていないか。ブラックアウトを起こすのではないか──?

 あの瞬間、そんな事を思ってしまった。

 いずれにせよ、あれは英雄的救助行為では無く、機械の如き判断、動作だと言わざるを得ない。

 恐らく「狂化」の顕れ方を魔術的に操作していると見るべきだろう。あのサーヴァントはひと言たりと口を利いていない。──自分のマスターに対しても。

 アインツベルンは召喚したサーヴァントにいったい如何なる細工を施したのか。

 

(──考える事は多い。手札も整理しなければならない。さあて、ご破算で願いましては)

 

 今後の動き方を検討すべく、前に向き直った市ヶ谷は思考を練りながら由井正雪の帰投を待った。

 

 ──ちなみに、背後に広がる鍾乳洞窟の奥から何者かが接近してきているのは、とっくに察知している。

 

 

────◆

 

 お城の地下の儀式の間。

 ウルテスフィール・フォン・アインツベルンは、居城の地下階層の、広大で静謐な広間に連れてこられた。

 付き添いの者達は、一様に銀糸のローブを身に纏い、目深にフードを被っていた。

 

「──さあ。ウルテスフィールさま。召喚の儀を開始してください」

 

 見分けのつかない従者に言われ、ウルティは既に設えられていた魔法陣の前に立った。

 中央には仰々しい台座と、何とも知れない岩塊が載せられている。

 部屋は薄暗く、燭台の灯りが揺らめくのみ。

 

「──素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ」

 

 ウルティが、鈴を転がすような可憐な声音で唱え上げる。

 だが、ウルティが唱える詠唱は、他とは文言が異なっていた。

 

「──されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──」

 

 それは、召喚するサーヴァントに「狂化」を施し、意図してバーサーカークラスとする文言。

 蒼き魔力光が渦を巻き、旋風(つむじかぜ)が巻き起こり従者達の衣装を吹きなぶる。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 ウルティが詠唱を完了すると同時、魔力の渦が閃光と共に弾け、そこに先ほどまでは無かった巨大な人影が姿を現していた。

 

──grrrr……

「ひっ──⁉︎ 」

 

 その人とも獣ともつかぬ獰猛な唸り声に、従者の誰かが身を竦め、悲鳴を漏らした。

 さもありなん。理性を狂気に塗り潰された、人外の膂力を内包した英霊、バーサーカーのサーヴァントの威容たるや、まさに飢えた野獣の如し。

 見上げる首が痛くなるほどの上背。身に纏うは腰布一丁であるが、軋みを上げる全身の筋肉がまるで岩塊の如き鎧装にも見える。

 その圧倒的な筋肉量がもたらす熱量が、地下の冷気と合わさって、白い息となって牙の隙き間から漏れ出でる。

 その目が、狂気に染まる赤い眼が、ウルティの矮躯を見下ろしていた。

 じっ。──と見つめていた。

 

「──せ、成功だ!」

「これで我らの栄光も盤石のものに──」

 

 やがて湧き立つ周りの従者たちを一顧だにせず、バーサーカーのサーヴァントと見つめ合っていたウルティが、右手を──手の甲に赤き紋様、令呪を刻まれた右手を差し上げて、呟いた。

 

「──令呪を以て命じる。貴方は、セイバーよ」

 

 ざわ、と従者達がウルティを見返した。

 ウルティの右手の令呪が赤く輝き、閃光と共に一画が弾けた。

 

「──令呪を以て命じる。私を守って」

「ウルテスフィールさま、何を⁉︎ 」

 

 続けて令呪がもう一画弾けた。

 慌てた従者のひとりが、ウルティを取り押さえようと飛びかかってきた。

 ぼぎん、と鈍い音を立てて「く」の字に曲がったその従者の身体が、壁に激突して果実のように爆ぜ散った。

 

「令呪を以て命じる。私の言う事には絶対服従ね!」

 

 三度(みたび)、令呪が弾けて消えた。

 従者を殴り飛ばしたバーサーカー、いや──

 いつの間にか、巌の如き形相の悪鬼めいたサーヴァントが、涼しげな笑顔を湛えた秀麗眉目の偉丈夫へと姿を変えて、ウルティの傍に立っていた。

 内側から筋肉に圧し上げられた上等なスーツを纏い、腰に剣を提げた、清冽な剣士。

 

「──素敵! ねえ、私のセイバー!」

 

 その剣士の腰に抱きついたウルティが、悪戯めいた笑顔を浮かべて、室内を見遣って言った。

 

「このお城のやつ、みんなやっちゃって!」

 

 

「──なんだよ……なんで、そんな事ができるんだよ……」

 

 燃える汚泥と炎に巻かれた町の中で。

 ディートリヒはたまたま、偶然発見したアインツベルンの魔術師の少女──ウルティの亡骸の瞼を撫でて閉じた。

 道の真ん中で、広がる血溜まりで突っ伏していたウルティは、既に手遅れの状態だった。

 鳩尾の下から背中へ抜ける刺し傷。刃物が残っていない。何者かの重要臓器への損壊による致命傷。

 

(──あのサーヴァントはいったいどうしたってんだ?)

 

 聖杯戦争における敵マスターとは言え、憎んでいた訳では無い。

 だが、果たして何が少女の正気を(たが)えたのか。その身に何があったのか。今さら知ってどうにかなるものでも無いが、「せめてどこかしらは正常であって欲しい」と願って、魔術でウルティの記憶を探ったディートリヒは、空虚な徒労感に見舞われていた。

 

「ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン……⁉︎ ひと一人満足に育てられねえクセに、こんな……こんな化け物しか作れねえクセに……ッ!」

 

 ウルティの生活は、日々使用人達の命の消費を繰り返していた。

 サーヴァントを召喚してからも、その凶行は続いていた。

 不慣れな町を出歩き、たまさか出会った不幸な少年らに路地裏に導かれ、手篭めにされかけたところでサーヴァントが彼らを鏖殺した。

 セントラルホテルでの殺人事件も知っている。ウルティ本人は幸せそうに眠りについたようだが、その部屋の外で何が起きたのか、想像するに余りある。

 今まさに大災害の渦中の町で、花火を上げてはしゃぎ回るなど言わずもがな。

 

「──なんにも……なんにも良いことが、無えじゃねえかよ……こんなの……」

「やるだけやり尽くしてやり逃げた気もするけどねー」

 

 メアリーの混ぜっ返しにも、応える気力も無い。

 

「それにマスター。この町を焼いた元凶は、その娘とは別でしてよ?」

「わかってるよンなこたぁ!」

 

 地面を殴りつけて怒鳴る。

 分かっている。これも八つ当たりでしか無い。

 現状に抗議しようとも、生身では町を焼く炎になど敵いはしない。

 いかなフラゥゾマーの魔術でも、目の前の不条理ひとつ覆せないのだ。

 

「ねーアン。さっきからどこ見てるの?」

「ええ。あそこの空の穴の下。そこの死体とそっくりの女の子がいますのよ? あと自称セイバーのサーヴァントも」

「おいちょっと待て」

 

 さすがにディートリヒも悲嘆を投げ捨てて起き上がった。

 ──不条理にも程がある。オレの涙を返せ。

 爪先立ちを繰り返すメアリーを退かしてアンに並び立つ。

 額に掌をかざすアンの隣で、件の空中の災害魔術の真下付近を見遣るが、ディートリヒの視力ではそんな遠くのものなど視認できない。

 

「──いや待て、アンお前あの距離が見えるのか?」

「見えません? ──そう言えば私、なんで見えるのかしら」

 

 アンにしては不思議な台詞に、ディートリヒが怪訝にその横顔を見て彼方を見直すが、直後にアンを二度見した。

 

「──アン! お前、なんでアーチャークラスになってんだよ⁉︎ 」

 

 

────◆

 

 梨花の姿はいま、緑深い山中にあった。

 本来なら月曜日となれば学校に行かなければならないが、卯波市内は今それどころでは無い状況だ。

 ──警察からの在宅避難指示が、テレビやラジオ、SNS等を通じて発信されていた。鉄道も運行不能、主要道路も封鎖されているとあっては、どのみち今日は学校に行く事はできない。

 ──それに、先週までは二日置きの人工透析──の名を借りた、父による梨花の魔術的調整措置は、もう必要が無くなったので、午後の予定を気にする必要も無い。

 市内に三つあるサーヴァントの反応のうち、ルーラーの占術によれば「山の反応に向かうべし」と出たため、梨花はドン・キホーテとサンチョを伴って、アインツベルンの敷地とは別方面の山地へと車でやって来た。

 目的地を知っているのは、探知の能力を持つ梨花だけなので、サンチョには運転席に着いてもらいつつ、梨花が車を操縦した。

 ──なお、道路交通法や自動車の運転マナーについては、聖杯より手厚い知識を授かったサンチョの方が詳しいため、道中でしばしばサンチョが操縦をサポートした。

 車で接近できるところまで来たところで、梨花らは車を降り、徒歩で山に入っていったのだった。

 土が剥き出しの山道を歩くうち、梨花が何度も躊躇無く藪に分け入ろうとするのを、幾度と無くドン・キホーテとサンチョが止めたりなどした。

 どう見ても山中行軍に適した格好では無いうえ、本来は完全な都会っ子であるにも関わらず、である。

 

「ええ〜。行けると思うんだけどなあ」

「マスター。合体しているルーラーのサーヴァントに引っ張られ過ぎです」

 

 その都合、露出した手足の末端のあちこちを、枝や岩で引っ掻いているはずだが、梨花の肌には傷ひとつ無い。

 

「いくらルーラーの加護があるとは言え、御身の安全圏はもっと狭めて見ていただけませんと、守りきれません! 万が一、と言う事もございます!」

「……ごめんなさい」

 

 とうとう、サンチョをして梨花を叱りつける始末だ。

 

「姫! ここは足場が不安定。道行きも遠いとなれば、我が愛馬に乗って行かれてはいかがかな?」

「え? アーロンお爺ちゃん、馬出せるの?」

 

 歩みを止めて振り返ると、ドン・キホーテは誇らしげにサンチョを指差していた。

 

「……いや、アルティを馬呼ばわりするのは、どーかなあ」

「いやいやいや⁉︎ そう言う事では無く⁉︎ 」

 

 今まで見た事が無い、軽蔑の色を含んだ白眼視を向ける梨花の顔に、慌ててドン・キホーテが両手を振った。

 

「いざ行かん! 愛馬ロシナンテよ!」

「はい!」

 

 なんとドン・キホーテの号令で、サンチョが輝きに包まれ、紅茶色の毛並みの美しい駿馬へと変身したのだ。

 

「わあ! すごい!」

「さあ姫!」

 

 既に跨る姿勢のドン・キホーテの手引きで、梨花もその後ろに跨った。

 ──馬に不慣れな者は、ここでもたつくはずだが、梨花は器用な身捌きで軽々と背に乗りついた。ルーラーの加護による身体強化を、梨花は自覚無く発揮していた。

 

「うーん。上手く行き先を誘導できるかな……」

「なに。その都度道を探って戻れば良いのです」

 

 一同は、梨花が指差す方向へと疾く移動を開始した。

 ドン・キホーテの手綱の手引きか、同時にロシナンテでもあるサンチョの意識か。梨花の感覚を頼りに進む一行は、梨花が行き過ぎたと言ってはスムーズに向きを変え、あるいは高い段差をも軽々と飛び越えて山中を進行してゆく。

 やがて一同は、深い谷の底、細い清流が流れ出す、洞窟の出口らしき岩壁の亀裂の前に出た。

 

「ストップ! 止まって!」

 

 梨花の緊張を孕んだ声に、ロシナンテが脚を止める。

 

「あの洞窟の奥にサーヴァントの反応があるんだけど、こっちに近づいて来ているの」

「なんと⁉︎ 」

 

 ロシナンテが輝き出すと、ふたりをやんわりと地面に降ろしながら形状を変じ、サンチョへと姿を変えた。

 

「マスターは、私どもの後ろへ。旦那様。お気をつけを」

「応ともよ!」

 

 素早く配置を変えて前に出たドン・キホーテが、サンチョの背丈よりも長い大槍を構えた。

 

「マスター。どうしますか? この先にいると言うサーヴァントが、もしこちらと同等以上の探知能力を持っているとしたら、出会い頭に襲い掛かられるかもしれません」

「ううん。それは無いと思う」

 

 サンチョの意見に、梨花がきっぱりと言い切った。

 

「占術で出た内容だと、このサーヴァントはきっと私たちの助けになってくれるはずなの」

「なんと⁉︎ 」

 

 ドン・キホーテが喫驚して振り返った。

 顔を見合わせたサンチョが、遠慮がちに口を開く。

 

「……マスター。聖杯戦争で出会うサーヴァントは、基本的に敵でございます。私どもとしましては、最大限警戒をせざるを得ませんが……」

「うん。今ならその心配も分かるよ」

 

 だが、梨花はサンチョの意見も汲んで頷いてみせた。

 

「占術で見えた情報は、わたしにしか分からないし、きっと戦いになったら、ふたりを頼るから! 今は警戒したままでいいから、向こうから出てくるのを待って」

 

 梨花の淀みない説明と指示に、顔を見合わせたドン・キホーテとサンチョは頷き合った。

 

「しかと承りましたぞ姫!」

「分かりました。反応に動きがありましたら、指示をお願いしますね!」

 

 梨花に対して、これまでで最高の信頼を置いたドン・キホーテとサンチョは、マスターの意見を汲んで改めて洞窟の前で待ち構えた。

 やがて、ドン・キホーテとサンチョにも分かるほど、サーヴァントの気配が接近してきた。どう言う訳か徒歩で移動しているらしい速度。もうじきあの洞窟から姿を現す。

 

「──其は何者なりや!」

 

 指先を突き出した梨花が詳述した。

 「真名看破」。射程に入るに先制してルーラーのスキルを発揮したのだ。

 

「……クラスは、キャスター」

 

 ところが、同時に洞窟の暗がりから陽光の下に歩み出てきた、どこか中性的な人物が、両手を上げながらハスキーな声で回答してきた。

 気配は平静。そのポーズは、戦う意志が無い事を示しているのだろうか。

 綺麗な白い長髪を、後頭部で高く結い上げている。

 その顔は日本人離れした整った容貌で、(たか)い品格と知性を伺わせる、澄んだ湖面のような静謐な眼差しを持っていた。

 身に纏う衣装は、どこかゴシックめいた和装のような奇抜なデザインで、一瞬現代の市井の人物かと疑う様相だったが、漂うその気配は間違い無くサーヴァントのものだった。

 

「──真名を、由井正雪と申します」

 

 




【真名 変質】

◆アーチャー/アン・ボニー
◆ライダー/メアリー・リード
・マスター:ディートリヒ・フラゥゾマー

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