【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第十六話 位相幾何の果て(キャスター陣営講座編)

 

「クラスは、キャスター。──真名を、由井(ゆい)正雪(しょうせつ)と申します」

 

 どこかゴシックめいた和装を纏う、中性的なサーヴァントが、ハスキーな声で応えた。

 両手を上げて、戦う意思が無い事を示している。

 初夏の朝の渓谷で。

 岩壁に穿たれた洞窟から流れ出る清流に、涼やかな風が吹き抜けた。

 

「こちらからも、質問をしてもよろしいか」

「……あっ、はい」

 

 呆気に取られていた梨花(りんか)が、慌てて返答した。

 

「貴女は、ルーラーのサーヴァントですね?」

「ええっ⁉︎ 」

 

 梨花が、ドン・キホーテとサンチョが喫驚した。

 梨花の喫驚の理由は、「聖杯からしか得る事ができない情報を、なぜ通常のサーヴァントが知っているのか」というもの。

 ドン・キホーテとサンチョは、自分たち以外のサーヴァントの口から「ルーラー」の単語が出た事による驚き。

 そのゴシック和装の人物──由井正雪は、ごく自然な動作で両手を下げると、梨花の反応を是と見たのか、梨花の目を真っ直ぐに見つめて語り出した。

 

「サーヴァントの気配が、有り得ない遠距離から躊躇い無く私に一直線に接近してくるのを察知して、それがルーラーであると確信していました。──人間と合体している訳は問いません。私も、ルーラーに力を借りたいと思って(まか)()した次第。どうか、私の話を聞いていただけないだろうか」

「はい──わたしも、あなたに力を貸して欲しくて来ました。お話を聞かせてください」

 

 梨花が淀みなく応答した。

 そのマスターの姿を見て、ドン・キホーテもサンチョも、警戒を解いて、自ら梨花の左右に分かれて控えた。

 

 小さな清流の(ほと)りで、由井正雪と、ドン・キホーテがそれぞれの武器で大木を斬り倒して、手早く丸太に加工したものを軽々と横に置き、簡易的な向かい合わせの会談席を作り上げた。

 一方に、梨花とドン・キホーテが腰掛け、背後にサンチョが立つ(曰く「自分は旦那様の従者だから」と頑として控えに拘った)。

 向かいの丸太に由井正雪が腰をかけ、姿勢を正して顔を上げた。

 

「──ええっと、どうしよう。どこから話せばいいかな……」

「では、分かっている事から順番に、私から話をしても構いませんか?」

「あっ、じゃあ、お願いします」

 

 さすがに対人コミュニケーション能力はルーラーのサーヴァントもそれほど卓越している訳ではないのか、梨花の年頃らしい(つたな)い交渉術に、サンチョは逆に安心してすらいた。

 

「改めて。私は、由井正雪と申します。現代の義務教育課程の教科書にはほとんど記載されていないのでご存知ないかもしれませんが、当世の文献では主に「慶安の変」という事件で歴史に名を記された、慶安時代の侍でした」

 

 喋りながら、由井正雪はどこからともなく取り出した短刀でリンゴ大の木片を削り、綺麗な円筒形にすると内側を抉り、ほんの僅かに瞑目して魔術を編むと、完成した器でそこの清流から水を掬い取って、梨花に差し出してきた。

 

「どうぞ。手遊(てすさ)びの道具作製スキルと、清浄の魔術を通しただけの水ですが。我々サーヴァントとは異なり、人間の身体には水分補給は大事です」

「あ、ありがとう」

 

 差し出された綺麗な木製のコップを、梨花はおずおずと受け取った。

 ひとくち水を含んで飲み込む。清涼な水が身体に染み渡る。思いのほか山中の探索に夢中になっていたようで、喉の渇きと消耗を思い出した梨花はたちまち飲み干してしまった。

 ──後ろで、サンチョが毒物などの警戒注意を言うか言うまいかと、必死に葛藤していた。

 

「──おいしい!」

「そのまま清流の水を掬えば、器の内部で清浄される仕組みの魔術を施してあります。どうか、適宜補給してください」

「ありがとう!」

 

 梨花は、わくわくといった感じで傍の清流に屈み込むと、二回ほど水を掬っては飲み干して、四杯目の水を掬って丸太に戻ってきた。

 

「──ごめんなさい、お話の途中で」

「構いません。では、続きですが──」

 

 サンチョが、顔面を固くして内心を表に出すまいと必死に堪えていた。

 

──け、警戒心が……いえ、マスターのご意志……でも、でも──⁉︎

──姫の御身には、ルーラーのサーヴァントの抗魔力の加護があるではないか!

 

 サンチョの理性が疼くのを、ドン・キホーテが呆れ半分に(なだ)めていた。

 

「仔細は省きますが、私は生前、()()()()()()()()()()()()()()()()

「──ええええええ⁉︎ 」

 

 思いがけない話の展開に、梨花の大きな喫驚の声が響いた。

 

 

────◆

 

「……まじで……?」

(まこと)でございます」

 

 由井正雪の告白に、市ヶ谷は目を丸くして呆けていた。

 このうえ驚く事があるだろうかと思っていた以上の情報に、市ヶ谷をして喫驚を禁じ得なかった。

 目の前にいる、()()()()由井正雪を見返して、声にならない唸りを上げる。

 

「……そっかあ〜……盈月(れいげつ)の……へえ……そう言う事も、あるのかも……いや、あったんだあ……」

 

 

 鍾乳洞窟の奥から接近してくる気配とは、微かな足音だった。市ヶ谷の耳をして聴こえる程度の。

 隠す気の無い足音だったので、危険な人物では無さそうだなと思いながら待っていたところ、ちょうど帰投した由井正雪が虚空から現れるのと同時に、その足音の主も背後から現れたのだ。

 が。

 なんと、鍾乳洞窟から現れたのも、ゴシック和装を纏う由井正雪だった。

 ──目を丸くして愕然とした市ヶ谷の、その時の心中たるや。

 その由井正雪と、顔を見合わせた"市ヶ谷と共に戦っていた"由井正雪が、表情を変えずに市ヶ谷の方を向くと、深々と頭を下げた。

 

「──申し訳ございません、マスター。私もたった今この異常を知ったばかり。どうか、釈明の機会をいただけないでしょうか」

 

 見れば、鍾乳洞窟から現れた方の由井正雪も、そっくり同じ角度で上体を折り曲げて頭を下げていた。

 言葉を失っていた市ヶ谷の思考が復帰するまで、思いがけないほどの時間がかかった。

 

「──ああ、そうだね。状況が悪化した訳では無さそうだから、ちょっと、お互いに思考を整理する時間を設けようか」

 

 どうにか、ようやくそれだけを絞り出して、市ヶ谷は困惑から立ち直る時間を得た。

 

 聖杯よりマスターに与えられた能力──契約したサーヴァントの能力を照覧する市ヶ谷の眼力によると、由井正雪の持つ宝具が、いつの間にか()()()()()していた。

 これまでは無かった事項だった。

 由井正雪の新たな宝具──いや、自らの覚えも無かった、秘められていた宝具「五蘊盛苦(ごうんじょうく)夢幻泡影(むげんほうよう)」とは、大霊脈級以上の魔力源に接触すると、自身の意図に寄らず自動的に自己増殖を、魔力が続く限り繰り返す、というものだった。

 由井正雪が、(もり)宗意軒(そういけん)によって造られたホムンクルスだと言う事は聞いていた。

 だが、由井正雪自身も、自己増殖能力の事実とその理由は、発現してもなお知らない、分からないとの事だった。

 ──ここまでの情報で、市ヶ谷はひとつの推論に見当がついた。

 すなわち、英霊・由井正雪が、キャスタークラスを得て現界した理由。

 それは、「森宗意軒の、如何なる思惑によってか造られたホムンクルス・由井正雪の、在り方そのものが、強力な魔術装置であり、同時にキャスタークラスたり得た」と言う事だ。

 そしてその「森宗意軒の思惑」とは、「人造人間鋳造」の"先"──人造の生命ら自身による社会体系の構築──ホムンクルス独自の繁殖機能の獲得だろうと市ヶ谷は推理した。

 その繁殖方法が如何なるものを想定していたかは分からない。だが、由井正雪のひとつ目の宝具のように"当人の在り方"なる概念を強化兵器とするように、"その仕組みの在り方"もまた、宝具となる事もあるのだろう。

 やがて島原の乱で命を落とすキリシタンが、そのように造った由井正雪に如何なる理想を夢見ていたのかは、想像するしか無いが──

 ──閑話休題。

 

「──いやあ、実は僕も、ユイちゃんがどうしてキャスタークラスで限界したのか、ずうっと不思議に思ってたんだ。それを疑問にしたまま、ずっと今まで黙ってたんだ。こちらこそ、ごめんよ」

 

 言って、神妙に市ヶ谷が頭を下げると、ふたりの由井正雪が同時に慌てふためいた。

 

「「よ、よしてください! マスターに落ち度はありません!」」

──ファーーーーー⁉︎

 

 由井正雪らの一糸乱れぬステレオボイスとユニゾンアクトに、市ヶ谷の腹がかつて無いほどに(よじ)れた。

 

「「ど、どうしましたかマスター⁉︎ お気を確かに⁉︎ 」」

「──やッ、やめっ⁉︎ それやめっ⁉︎ ッブフォ──⁉︎ 」

 

 片手で腹を抱えて咳き込みながら大笑いして地面を転げ回る市ヶ谷の様子は、まさに抱腹絶倒──

 

 

 ──そして、語られた歴史上の人物「由井正雪」の真実。

 文献にて現代に伝わる男性の「由井正雪」は、やがて隠棲する本人に成り代わった別人である事。

 慶安四年に勃発した「聖杯戦争によく似た魔術儀式」のマスター参加者であった事。

 すなわち「サーヴァントを使役する戦い」に心得がある事。

 そこには、十五騎余りのサーヴァントが現界していた事。

 ──そして現在会敵している中に、知った顔のサーヴァントはいない事。

 

「しかしまあ、150年前にとっくに同じ魔術儀式を編み出されていたと聞いたら、当時の御三家がいったいどんな顔をするか……」

 

 いつものどこか軽薄な、飄々とした顔で市ヶ谷が笑みを含む。

 

「せっかくだから聞くけど、ユイちゃんの人格って今どうなってるの? ふたりいて混乱しない?」

「はい」

 

 問われて、"従来から共にいた方"の由井正雪が答えた。

 

「先ほど、初めて出会った時に、マスターとの魔力パス経由で意識と記憶を同期しました。後から現れた由井正雪も、これまでマスターと共にあった私と同様の経験、思考、そして同じ能力を持っています。そこに混乱はありませんし、例えば「身体がふたつある」が如き完全な連携もできましょう──自分の右手と左手を扱うように」

「頼もしいね。──でも、接近するまでは、お互いに自分がもう一人いるのに気づかなかったんだ」

「面目ありません」

「いやいや、責めてるんじゃなくて──」

 

 たちまち頭を下げた由井正雪に手を振って。

 

「サーヴァントなのに、お互いをリアルタイムで探知、認識できてるわけじゃ無いんだなーって思って」

「同一個体(ゆえ)、でしょうか。自分で自分を探知するなど如何にも無意味」

「ああ──そりゃあ、ナンセンスだわ」

 

 市ヶ谷と、二人の由井正雪が神妙に頷いた。

 

「ですが、一度同期すれば、マスターとの魔力パスを通して、お互いの居場所を把握できるようです」

「なるほど。──ああじゃあそうだ、忘れないうちに」

 

 ふと懸念点に気づいた市ヶ谷が、黒鍵をひとつ取り出して、それを小さな鎖の細工に変形させた。

 

 ──この"黒鍵"と言う概念武装は、聖書の頁を紡いで作られた万能武具であり、使用者の思念と魔力によって刀剣の(かたち)を編んで武器と成す。

 扱いに熟達すると、携行形態からの変形・展開の速度や精度が向上し、その状況に応じた形状へと任意にアレンジして変形させる事もできるようになる。

 だが、そこまで使いこなすには長年工夫を続けて試行錯誤を繰り返す必要があり、その上で市ヶ谷のように千変万化させる使い手は他にいない。

 と言うよりも、市ヶ谷の扱い方は、本来想定されていない運用法である。

 近年の概念武装の技術発達により、「灰錠」を始めとする扱い易い様々な武装が開発され、聖堂教会の代行者に割り振られる任務の情報精度の向上も相まって、最初から必要な武具を携行できるようになり、わざわざ黒鍵を武装に選ぶ者は少数派──よほどの玄人か、変わり者と言われる始末。

 ──閑話休題。

 

 市ヶ谷が、黒鍵を編み直して作成した鎖の細工を差し出した。

 その掌から、余剰の廃材となった塵が落ちる。

 

「そっちのユイちゃん、このピアスを着けてくれないかな」

何故(なにゆえ)ですか?」

 

 市ヶ谷が黒鍵を変形させて作った物は、自身の令呪の形を模した、ひと組の黒いピアスだった。

 

「同一人物と言えど、僕の目線からは、ふたりは区別しておきたいんだ。長く行動していた方に、目印として着けておいてもらいたい」

「しかし、例えば霊体化してしまっては、外れてしまうのではないでしょうか?」

「これも魔術の概念武装だし、余計な仕組みや対魔の要素も全て排除した最小限の形ばかりの代物だ。衣装の一部として霊基に組み込めないか、試してみてよ」

 

 由井正雪は、その一対のピアスを市ヶ谷の掌から摘み上げた。

 それを矯めつ眇めつした由井正雪は、従来の耳に提げていた帯状の飾りを消すと、やがて指先のピアスが光の粒子のように解け、耳に装着された状態で現れた。

 

「──はい。行けそうです」

「うん。よし。ユイちゃん本人を前にして悪いけれど、後から現れた方のユイちゃんを、二号と呼称するよ。混乱を避けるためだから、よろしくね」

「承知しました」

 

 それには、後から現れた由井正雪が返事をした。

 

「さて──ようやく本題に入るけども。ここが、僕らのいた町とは違う場所だって説明はさっきしたじゃん? ──元の町に戻れる(すべ)の見通しが、おかげで立ってきたよ」

 

 ふたりの由井正雪に、市ヶ谷が悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

 

 

────◆

 

「そして気がつくと、この大霊脈の深奥で目覚めた所で、途方に暮れていました。──私のマスターとの魔力パスが、途中で途切れていたのです」

「それって──⁉︎ 」

 

 由井正雪の話を聞いた梨花が、ドン・キホーテと、サンチョと顔を見合わせた。

 ──自分たちと全く同じ状況──!

 

「そこで現れたルーラーのサーヴァントたる貴女。裁定者のクラスの役割とは、まさに聖杯戦争を滞り無く進行させ、問題を排除するものだと聞いています。──恥を忍んでお願い申し上げる! 一時休戦とし、共に私のマスターを探し出していただけないだろうか!」

 

 言って、由井正雪は深々頭を下げた。

 

「いや、あの、顔を上げてください! 私たちの方こそ、この聖杯戦争の異常を探るために、情報を求めている所なんです⁉︎ 」

「なんと⁉︎ 」

 

 由井正雪が、微かに喫驚した顔を上げた。

 梨花が居住まいを正して口を開く。

 

「私の中に顕れたルーラーのサーヴァントの目的は、聖杯戦争に起きた異常を正す事。その異常とは、セイバークラスが二騎、出現した事によるシステム障害なの。それを正さないと、儀式が破綻して、きっと大変な事になる」

「その、セイバークラスのサーヴァントを探しているのですか?」

「ううん。もう見つけてはいるの」

「一方は、まだ自称である疑いがございますが」

 

 サンチョが、注釈を付け加えた。

 

「それはもしや、赤い服の、肥満体型の──?」

「──⁉︎ 」

 

 サンチョが、思わず目を見張ってしまった直後に、自身の失態にほぞを噛んだ。──暫定敵の発言に反応して、こちらの知識の情報を渡すなど──⁉︎

 

「いやそこは黙っておっても話が進まぬだろ」

「──はあ……」

 

 ドン・キホーテが(たしな)めると、サンチョが俯いた。

 そうは言っても、聖杯戦争において、情報もまた武器である、と言う所をサンチョは重視していた──主人であるドン・キホーテが奔放であるが故に。

 だが、今は確かにそれを気にしている場合では無い。

 

「いや。赤い服のサーヴァントについては、こちらも当人の自称と、同盟者からの呼びかけでしか判断できていないのだ」

「でも、セイバークラスのサーヴァントが既に二騎、現界しているのは確定しているの。ルーラーの能力で、そう出てるの。そしてもう一方のセイバークラスだと確定しているのが、アインツベルンさんの所のサーヴァントなの」

「……ああ。──ンン、──ところで……」

 

 そこで由井正雪が、一瞬言い淀んで、咳払いした。

 

「……もしかして、貴女には、良く似た姉妹はおられますか?」

 

 その(かしこ)まった問いかけに対し、梨花と、ドン・キホーテとサンチョが、全く同じ表情であんぐりと口を開いた。

 

「すまない⁉︎ やはり込み入った事情だっただろうか⁉︎ 他家の事情に深入りするつもりは……⁉︎」

 

 呆然としながらも、──ああ。このひと真面目な人なんだろうなあ、と梨花は思いながら。

 

「いえ、わたしも知らない人だけど……会ったんですか⁉︎ 」

「知らない……⁉︎ 」

 

 お互いに喫驚の顔で、しばし見合う。

 

「その、真っ白な髪と、真っ白なお洋服で……」

「はい。南蛮人のような顔貌の、大きな身体の剣士を従えていました」

 

 符号の一致を確認して、同時に得心の息を吐いた。

 

「やっぱり、あの子がアインツベルンの魔術師だったんだ……」

「はい。私が目覚めたのは、つい四半刻──三十分ほど前のこと。私が覚醒するまでどれくらいの時間が過ぎたのかは分かりませんが、私とマスターは昨夜、アインツベルンのマスターとそのサーヴァントに決戦を挑み、計算違いが起こり、そこで意識が途切れました。──大変身勝手な話で恐縮ですが、急ぎ、マスターを探しに行きたいのです!」

「あー、その事なんだけど……」

 

 先ほどまではあれほど冷静だった由井正雪が、逸る気持ちを抑え切れない勢いで言い募る。

 だが、その事情は梨花にも説明に困るものだった。

 

「なんて言ったらいいのか、由井さんのマスターはきっと、ここから凄く遠い町にいると思うの。最低でもここから五キロメートル以上離れた遠い町」

「……それは、おかしいですよ?」

 

 たちまち冷静に戻った由井正雪が、小首を傾げて指摘した。

 

「マスターとサーヴァントとの間に繋がる魔力パスは、物理的な距離の制約を受けません。試した事はありませんが、例えいずれかが瞬時に異国の地に転移したとしても、途切れるものでは無いのです。僭越ながらキャスタークラスを得て現界した身なれば、御説明させていただくと──感覚では「そういうもの」として感じるのですが……」

 

 由井正雪をして説明が困難なのか、しばし煩悶として言葉を探る。

 

「……そう、例えば「探知」の魔術において、多くの者が勘違いしがちな事なのですが、魔術師が物品を魔術で探し当てた時に感じる、その情報の繋がりとは、実は自身と目標を繋ぐ「線」ではありません」

「ええっ⁉︎ 」

 

 由井正雪の講釈に、梨花が喫驚した。

 

「それは「点」でもなく、ましてや「面」でもない。その情報の在り方とは「全方位への外側」であり「全方位からの内側」なのです。それを魔術師は、三次元上での情報に置き換えて知覚したり、地図などを見て二次元的に解釈して、自らに理解しやすい(かたち)に落とし込んでいるのです」

「はあ〜……」

 

 梨花は腑に落ちた顔で頷いているが、隣ではドン・キホーテが白眼を向いて痙攣しており、それをサンチョが必死に介抱していた。

 

「その証拠に、魔力パスに本来方角の概念はありません。すなわち、途切れた魔力パスの行き先は、地上の何処かでは有り得ません。恐らく、いや、確実に、異世界、ないし魔術で創られた指定領域結界や固有結界などの、亜空間です!」

「なるほど!」

「……マスターは、今のお話を、お分かりに……?」

 

 泡を吹いているドン・キホーテを抱き支えるサンチョの言葉に、梨花は当たり前のような顔で頷いて応えた。

 

「うん! 腑に落ち……アーロンお爺ちゃんの事、お願いね」

「承知しました。講義の方はお任せ致します、マスター」

 

 ドン・キホーテの様子に理解を示した梨花に、どこか悲壮な顔のサンチョが訴えた。

 梨花は再び由井正雪に向き直った。

 

「……で、実は、私のサーヴァントも、昨夜(ゆうべ)のアインツベルン城で別れてから行方が分からなくなった時があったんだけど、令呪で呼んだら、戻ってきてくれたの。こっちの二人が言うには、そこはこの町に良く似た場所で、町中が燃えてたんだって。そこで、アインツベルンのセイバーと戦ったの」

「あのサーヴァントが、異界の町に……⁉︎ 」

 

 由井正雪が、戦慄に呻く。

 

「では、十中八九、私のマスターも、その異界の町にいるはず……! いや、しかし、なぜ私を令呪を呼び寄せないのか……私が健在な内は無事で……すると……」

 

 そのまま由井正雪は、自身の考えに耽る。

 口元に手を遣り、思考に没頭しているようだった。

 やがて由井正雪が顔を上げた。

 

「ルーラー殿。私には、その異界の町に関する手掛かり──心当たりがある。今より共に行っては貰えないだろうか」

「そう言う事なら、お願いします。──あ、私の名前は」

「待った」

 

 由井正雪が掌を突き出すのと、ドン・キホーテを投げ捨てたサンチョが梨花の口を両手で塞ぐのが同時だった。

 

「良いサーヴァントと巡り合われた。──一時の協力とは言え、軽々に敵に名を明かすものではありません」

「ご理解いただけた事、痛み入ります」

「……ぷはっ⁉︎ 」

 

 薄くではあるが爽やかに微笑む由井正雪に、サンチョが社交辞令割り増しのにこやかな笑顔で応えた。

 サンチョの手から脱出した梨花は、やや不満げな顔をしたが、聖杯戦争の(ことわり)はようやく理解しつつあったため、何も言わなかった。

 

「ところでルーラー殿──ルーラー殿と呼ばせていただくが──、そちらは既に、同盟を組んでいる様子。もう一方のマスターは別行動中か? あるいは異界の町に── 」

 

 再び口を塞ごうとしたサンチョの両手を、あろう事か梨花が両手で掴み返して、二人とも笑顔で組み合った形で拮抗した。

 

「……マ・ス・タ・ア?」

「だ・い・じょ・う・ぶ・だ・か・ら……」

「いや〜サンチョよ、語るに落ちとらんかそれ」

「旦那様⁉︎ 」

 

 サンチョが悲鳴を上げるが、両手は梨花と掴み合ったままだ。

 遅ればせてドン・キホーテが自らの失態に気付いた。

 

「あ! しまった!」

「さんちょ……山猪……? 変わった名前だが……しかし、南蛮の特徴で、山猪……?」

──素ボケの方で助かりました! 旦那様!

──ワシが言うのもなんだが、どっこいな気がするぞ!

 

 その遣り取りの様子を見て、梨花がお腹を抱えて笑い出した。

 

 

「さて、ではその場所へいざ参らん! 我が愛馬r痛い⁉︎ 」

 

 勢い良くドン・キホーテのヒゲをひと摘み引き抜いて台詞を封殺したサンチョが、姿を輝かせて身を揺らめかせると、大きく膨らんで、紅茶色の毛並みの美しい駿馬となった。

 

「これが天丼と言うものか! ……いや泥沼だったかの?」

 

 栗毛の馬の背で、涙目で口髭の根元を押さえて首を傾げたドン・キホーテが、ともあれ地上の梨花を振り向いた。

 

「さあ! 姫! 共に乗られよ!」

「……え? ちょ、待って、何で……?」

 

 ところが梨花は、差し伸べられた手が目に入らない様子で戸惑っていた。

 

「……む?」

 

 ふと梨花の目線を追うと、何故かそこに()()()()()()()()()()いた。

 

「……は?」

 

 慌てて自分が跨る馬を見下ろすと、それは()()のロシナンテであり、確かにドン・キホーテの中の認識では、これも間違い無く愛馬・ロシナンテであるが、隣にも紅茶色の毛並みのロシナンテが立っていたのだ。

 

「……な、ろ、ロシナンテおまえいつの間に増えたんだ⁉︎ 」

 

 同じく驚愕した様子の、紅茶色のロシナンテが、瞬時に輝きに身を包むとサンチョへと姿を変えた。

 

「こ、これはいったい……⁉︎ 」

 

 サンチョが激しく狼狽して呻いた。

 そんなふたりの様子を見ていた梨花も、その眼に視える異常に、マスターとしての眼力に映る情報に激しく混乱していた。

 

「──あ、アルティ、なに、その──クラス:()()()()()()って──?」

 

 傍らで小首を傾げる由井正雪には、彼らの混乱の意味が分からない。

 

 

────◆

 

 卯波市内の各地で睨み合いを続けていた全ての現場で今、大きな混乱が起きていた。

 本件の本部である卯波警察署に集められた情報を統合すると、突如、鉄架組構成員が集う各地の「株式会社明日照輝(あすてか)」名義のビル、施設の内部から、一様に「白髪に浅葱色の羽織り袴を纏い、日本刀で武装した人物」が大勢現れて、敷地に陣取っていた鉄架組構成員──ヤクザ達を瞬く間に叩き伏せて無力化してしまったと言うのだ。

 それも、複数の施設から、ほぼ同時に、である。

 しかもその「白髪に羽織り袴」の武装集団は、警察機動隊には一切危害を加えず(もろとも取り押さえようとした機動隊員は簡単に躱されたらしい)、建物の屋上から屋根伝いに走り去って行ったと言う。

 そんな彼らの行き先は、また別のヤクザと機動隊が睨み合う現場だった。

 斯様に神出鬼没・疾風迅雷の勢いで、卯波市内で一触即発の現場を片端から無力化していっているそうだ。

 

「ニホンのサムライのような姿で、大群でどこからともなく出現するとか、ニンジャのサーヴァントでもいたと言うのかね⁉︎ 」

「侍と忍者は別物だってば……」

 

 上がってくる奇妙な報告の数々に泡を食って混乱すると言う、珍しい姿を見せるカエサルに、(こう)はげんなりと突っ込みを入れた。

 卯波警察署の本部とされたこの広い部屋では、忙しく出入りする大勢の警察官でごった返していた。

 

「ともあれ署長殿! このまま謎の武装集団にお株を奪われては、警察の沽券に関わるであろう! この際、祝祭の予行演習とでも言って、いちばん強い火器から解禁したまえ!」

「サーヴァントにロケランブッパしても無視されるだけだって……」

「なんとしても取り押さえるのだ! ニホンの警察官(カラビニエリ)は世界二位! ……ちなみに一位は当然、我がローマ帝国であるが、貴様らもすごく優秀なれば──」

「もう、鼓舞してんだかマウント取ってるんだか」

 

 その数なんと、ひとつの施設で二十〜三十人はいたと報告では謳われている。それが十数箇所に同時に湧いたと言うのだ。

 総数で最低でも二百騎以上のサーヴァント。

 それら全てが、目的は不明だが、統率された動きをしている。

 皐が冷静に投げやりになれるのも、隣でカエサルがかわりに狂乱してくれているからだ。

 

(──あのヤクザども──アーチャー陣営の兵隊を潰してくれてるのは有り難いけど、奴らの目的は何だ──?)

 

 もしもこの集団がいずれかのサーヴァントの能力だとしたら、他陣営の蹂躙が普通に狙える能力である。

 なぜ今かと言えば、宝具の準備が整ったから、だろう。それをタイムリミットまでに見抜けなかった者の、負けだ。

 ──斯様に自らの敗北の仮定を考えられる程度には、皐の頭脳は冴えていた。──まるであの時、夜の森でカエサルに諭されてから、目が覚めたかのように。

 

(それなのに、奴らはわざわざ、他のヤクザの拠点をしらみ潰しにするように動いている。もしかして、アーチャーを探しているのか?)

 

 考えた瞬間に、否やの答えが出ている。サーヴァントは、その探知範囲に個体差はあるが、他のサーヴァントの気配を察知できる。サーヴァントが目当てならば、瞬く間にサーヴァントがいる場所に殺到するはずだ。──それがアーチャーでなくても。

 

(それとも、とっくにアーチャーを始末したのか?)

 

 それもまた考え難い。あのアーチャーが、手も足も出せずに瞬く間に倒されるとは思えない。何ならアーチャーの宝具でその大群と拮抗するか、押し返しそうな気すらする。

 だが、例えば火砲の乱射があっただとか、そのような騒ぎが起きたと言う報告も無い。

 

(って事は、別に目的があって動いているのか? ──それは、何だ──?)

 

 どうせ今の皐にできる事は、考えるほかに無い。

 皐は部屋の片隅の空いたデスクの上、片脚を抱いた姿勢で、電話と狂乱が鳴り止まぬ作戦本部を眺めながら、思索に耽っていた。

 

 

────◆

 

「──殺せ。全ての陣地に配した銃を出させよ」

「もうやらせてる。ウチの本隊も傭兵も全員出させた。構わねえからぜんぶ殺せって言っといたぜ」

 

 事務所の奥に設えた、革張りの椅子に無数の火縄銃を組み合わせて拵えた禍々しい玉座にふん反り返る魔王・信長に、スマートフォンを下ろしたイサオが言った。

 なお、ここで言う「本隊」とは、鉄架組の日本人の組員では無く、本土の鉄火場を潜り抜けてきたイサオ直属のマフィアの構成員の精鋭たちである。

 そして血に飢えたタチの悪い傭兵も大勢を雇い入れて潜伏させてある。

 

 市役所炎上から、文字通りひとが変わったかのように苛烈にして獄炎の如き憤怒の鬼と化したサーヴァント──今やクラスまで変わってしまった"クラス:アヴェンジャー"こと織田信長、もとい"魔王信長"は、イサオに全面戦争を命じた。

 元々イサオの目的も、本土である中南米マフィアから出向してきた尖兵であり、日本の裏社会進出の橋頭堡として最も大きな港町を支配する事である。

 地元の人々との生活も楽しかったが、それはそれ。

 早いか遅いかの違いでしか無い。

 

(恨みは無えが、これも仕事なんでな)

 

 そこに感慨は無い。

 ──だが、疑問はある。

 なぜ、織田信長が変質したのか。聞いたことも無いクラスに変わったのか。

 通常の火力で片付けられる範疇の作戦に問題は無い。

 だが、これは本来は聖杯獲得とほぼ同時に市街を制圧する作戦だった。

 魔術儀式とは、大掛かりであればあるほど、僅かな瑕疵(かし)から甚大な破滅を引き起こす。

 その破滅で組織に被害が出ようものなら、本末転倒。仮に聖杯戦争に勝ち残ってもイサオは遠からず処分される。

 それはまあ、別にいい。逆に、長生きをし過ぎたくらいだ。

 だが、イサオの生業とは、準備を怠らず仕事を全うしてこそ、である。

 故に、この不可思議な異常事態も解明し、過たぬように尽力すべき仕事だ。

 

(さあて。どうすっかな)

 

 聖杯戦争における不測の事態あらば、頼るのが聖堂教会の監督役であるはずだが、織田信長が機械に()れぬのをいい事にこっそり連絡を試みているが、一向に出やしない。

 

(──アバウトな仕事で羨ましいぜ)

 

 胸中で毒吐く。

 これまでもまあどうかと言う感じだったが、今の織田信長にはかつてのような遊びが無い。イサオが自らの作戦を事のついでに紛れ込ませるゆとりが無いのだ。

 その代わりのように、どこか会話が通じない側面が強くなっていた。天才肌のアレでは無く、イカレの類い。

 

(一応、聞いてみるか──?)

 

 おかげで会話ひとつにも気を遣う。ヒリつく気配はむしろ馴染み深いが。

 

「──ところでよ。サーヴァントが出てきた場合はどうするよ。ただの鉄砲じゃ屁の突っ張りほどにも役に立たねえしよ」

「その時は、この陣幕を教えてやれ。わし自ら灰燼に帰せしめてくれようぞ」

(マジかよ)

 

 正気の程は相変わらずだが、考えていたよりは動きやすくなった。

 

(ともあれ、言質は取ったぜ、第六天魔王さんよ!)

 

 

────◆

 

「さあ! 参りますわよ!」

 

 まだ火に巻かれていない、夜の係留桟橋に移動した三人は、手前にあったクルーザーから乗り込んだ。

 そこら中の店舗や倉庫から拝借してきた大量のサーフボードや脚立など、長物を大量に担いだアンとメアリーが居並ぶクルーザーを駆け回り、すべての船舶の間と言う間にドサドサと渡して重ね、簡易的な渡し板としてクルーザーを一直線に繋げる。

 そして端の二隻のクルーザーの間に充分な広さの足場を組んで、その上でアンが片膝をつき、射撃姿勢で構えた。

 アンの背丈よりも長い長いマスケット銃を、山の中腹に浮かぶ虚空の洞の下、敵マスターと思しき少女に向けて突きつけ、何故かクラスが変更されたアーチャーの視力で狙いを定める。

 メアリーもその隣にいた。メアリー自身は従来のライダークラスのままで、サーヴァントとしてはお互いに「同行他者」という要素では無くなったが、そのデメリットを補って余りある利点を獲得していた。

 両者共にサーヴァントとしての在り方が変わってしまったが、特にアンは、クラスが変更されても、契約は変わらず継続されていた。

 マスターに掛かる負担はそれなりに増したが、ディートリヒにとっては大した負荷では無い。

 そのディートリヒは、係留桟橋から離れた事務所棟の陰に潜んでいた。

 

「マスター! 準備できたよー!」

「よし! オマエラ、かましてやれ!」

「かしこまりましたわ! マスター!」

 

 狙撃体勢で身構えるアンの、集中力が渦巻く魔力を伴って引き絞られてゆく──

 

 




【真名 変質】

◆ランサー/ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ
◆プリテンダー/サンチョ・ロール・デ・ソポーティ
・マスター:辻松梨花

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