【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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2024.07.17:ディートリヒの記憶内容について修正しました。本筋には何ら影響はありません。


第十七話 輻輳する六曜(矛盾撞着編)

 

 ごう、と炎が吹きなぶられた。

 

「素敵なお客さま! 是非、一緒に踊ってくださいな!」

 

 燃え盛る町の中の開けた場所で。

 アインツベルンの魔術師の少女が底抜けな笑顔で差し出した掌に、シャルロットもスカートの両端を摘んで応え、手を伸ばして進み出た。

 敵サーヴァント──ヘラクレスは後退して、離れた場所で控えている。

 ──アインツベルンが召喚したサーヴァントが「ヘラクレス」である事は、一昨日の朝に廃城跡の地下を調べた時点でラウラには分かっていた。

 だがシャルロットの宝具にかかれば、何者であろうと最期のその時まで彼女を警戒するなど想像だにしない。

 

「私のような、卑賤の身に余る光栄を下さり感謝致します、お姫様。──『故国に愛を、(ラ・レーヴ・)溺れるような夢を(アンソレイエ)』」

 

 炎に照り出された人影が重なった。

 真白き少女の矮躯の急所を、心臓を過たず刃が刺し貫いた。

 即座にバヨネットを引き抜き、力無く崩折れる少女を一顧だにせず、シャルロットはヘラクレスに向き直った。

 ──そしてこの宝具を発動した瞬間に、シャルロットを脅かす何物があろうとも、一切届きはしない。

 

(──やった! アインツベルンを殺った!)

 

 その光景を物陰から見ていたラウラは、勝ち鬨に拳を握った。

 これで敵サーヴァントは木偶の坊。シャルロットを逆襲しようとも宝具の効果で攻撃は届かず、この世との(よすが)たる要石(かなめいし)であるマスター無くしては、たいして経たずに消え去るのみ。

 

 ──だが、それは奇妙な現象だった。

 

(──消えない──?)

 

 ヘラクレスが──敵サーヴァントが、消滅する様子も無く、かと言って逆襲するでも無く、身動きひとつもせずに全くの無反応だったのだ。

 この紅蓮の炎に包まれた地獄の中にあって、揺れる濡れ髪の下の涼しげな笑顔まで微動だにせず。

 目前の光景が、シャルロットが、血溜まりを広げて倒れ伏す自分のマスターが見えていないはずが無いのに。

 マスターが殺されたと言うのに、自律的に瞬きはしても、眉目が寸毫も動かないのだ。

 ──その首がグルンと一回転した。

 

「ぅわ⁉︎ 」

 

 怪訝に眺めていたラウラが、突然の脈絡の無い敵サーヴァントの身動きに喫驚の声を上げた。

 いかな擬似的な肉体と言えど、その可動範囲は人体のそれを逸脱はしないはず──

 だが、見る間にもその偉丈夫のサーヴァントは、口を開けて、閉じて、顔面をぎょろぎょろと変形させ、手首を、足首をぐるりと回してゆく。

 まるで壊れた自動人形だ。

 だが普通ならねじ切れそうな動きをしても、サーヴァントの身体は欠ける事が無い。

 ──顔面の皮膚が胸にまでずるりと落ちた──

 いや、それはまるで、人の形をした器の表面に貼り付けたテクスチャが、履帯のようにスライドしたかのような変形だった。

 人型を為したまま、その表面を皮膚と衣服が這い回る。

 

「な、なに、なにあれ──⁉︎ 」

 

 余りにも常軌を逸した不気味な現象に、ラウラをして生理的嫌悪を催した。

 

「──れ、このひと、霊基が、なんかおかしなふうに──⁉︎ 」

 

 さしものシャルロットも、口元を押さえて後退る。

 やがて顔面を元の位置に戻した両眼を、左右でバラバラな方角に蠢かせた偉丈夫のサーヴァントが、唐突に姿を消した。

 ──先刻見せた、霊体化による高速移動。

 見た事もない異常動作をした偉丈夫のサーヴァントは、何処かへと立ち去っていってしまった。

 

「……な、なんなんだよ、アイツ……?」

 

 ラウラをして、敵サーヴァントが消え去った場所を呆然と眺めるしかない。

 

「──ラウラっ⁉︎ 」

 

 シャルロットが絶叫と共にラウラの傍に実体化して現れた。

 この近距離を、わざわざ霊体化して跳んできたシャルロットが、立ち上がれないラウラを屈んで抱きしめて周囲を警戒する。

 

「な、なに⁉︎ 」

「別のサーヴァントが来ます!」

「……っ!」

 

 異常に次ぐ急展開に、しかしラウラは反応した。

 ──いかなサーヴァントと言えど、アサシン・シャルロット・コルデーには肉弾戦の心得が無い。

 故にラウラは、シャルロットを盾に、ベアトラップの魔術を込めたコインを両手で盛大にばら撒いた。ふたりの周りに、足の踏み場も無い程に大量に。

 

「──お静かに」

 

 ところが、そのハスキーな声と共に、ばら撒いた全てのコインが地に落ちるより先に次々と、真っ直に刃を突き立てられて打ち砕かれた。

 

「戦う気はありません」

 

 静謐な声音と共に、ジャキジャキと金属音を立てて無数の刃が突きつけられた。

 それはまるで人体貫通手品のボックスの中のように刃が無数に交差して、ラウラの、シャルロットの急所と言う急所に添えられていた。身動きができない。

 

「アサシンのサーヴァントと、そのマスターとお見受けする」

 

 ラウラが見上げたそこには、昨日の昼に、アインツベルン城跡で見かけた白髪に中性的な容貌のサムライがいた。

 

「──どうか、私の話を聞いてもらえないだろうか」

 

 それも、見渡す限りを埋め尽くすほど、同じ顔が、大量に。

 ふたりを取り囲んで見下ろしていた。

 

 

────◆

 

 赤黒い汚泥をだくだくと溢れ出す"虚空の洞"の周辺調査を指示された由井正雪は、霊体化状態で虚空の洞とその周辺を観察していた。

 霊体化状態のサーヴァントは、物理的制約を受けない。由井正雪は風のような速さで渓谷の高空を巡っていた。

 そこで、虚空の洞からほど近い山中の、開けた場所に、見覚えのある少女を発見した。

 ──遠目ではあるが、それはつい先刻に立ち会った、アインツベルンと思われる魔術師の少女だ。

 何が判断を曖昧にしたかと言えば、純白だった髪の色が、何故か漆黒に変わっていたのだ。──理由は不明。自分では見当もつかない。

 しかも単独で、町の方を向いて呆と立っているのみ。

 市ヶ谷が懸念したブラックアウトの影響も無いのか、それは分からない。

 近くに敵のサーヴァントが見当たらない。

 それ以上の仔細の観察は、逆に察知される恐れがあったため、由井正雪はここで接近自体を断念した。

 距離を取ろうと思ったその時、彼方から霊体化したサーヴァントの気配が高速で飛来してきた。黒髪の少女のすぐ傍に実体化して現れたのは、アインツベルンのサーヴァントだった。

 続いて、程なく坂道から、地を蹴立てる音を立てて、西洋甲冑姿の老爺のサーヴァントが跨る馬が駆け登ってやって来た。

 驚いた事に、その馬が輝いてその形状を変じると、西洋の女中姿になって西洋甲冑の老爺と並び立ったのだ。異種の生物に完全に変身するなど、如何なる曰くの英霊だろうか。

 そしてその二騎のサーヴァントは、アインツベルンの魔術師の少女と、その偉丈夫のサーヴァントと対立した。

 老爺が構えるは、長大な槍。

 やがてアインツベルンの魔術師に襲いかかった二騎のサーヴァントは、偉丈夫の剣士のサーヴァントと戦闘になった。

 結果から言えば、まさに鎧袖一触。アインツベルンのサーヴァントの超絶とも言える剣技に対して、老爺の槍捌きはお世辞にも上手とは言えず、サーヴァント二人がかりでもアインツベルンのサーヴァントには傷ひとつ付けられなかった。

 追い詰められた西洋甲冑の老爺と女中姿のサーヴァントが、意を決して、協力して突撃宝具を放つものの、偉丈夫のサーヴァントの剣閃の一撃で撃墜されてしまった。

 多大なダメージだったのだろう。最早動けぬ二騎のサーヴァントに対し、偉丈夫のサーヴァントは容赦無く大剣を振り下ろした。

 ──ところが、寸前に二騎のサーヴァントは姿を消してしまい、大剣は虚空を薙ぐに終わった。

 

「──と言う事がありました」

「……僕ら以外にも、こっちの世界に巻き込まれた陣営がいたとはねえ」

 

 地面に正座して語る由井正雪──市ヶ谷の手製のピアスを着けた由井正雪の向かいで、胡座をかく市ヶ谷が呻いた。

 ──なお、この間にも由井正雪の新たな宝具『五蘊盛苦(ごうんじょうく)夢幻泡影(むげんほうよう)』によって増殖した由井正雪が鍾乳洞窟の奥から続々と現れてきており、市ヶ谷の背後で他の由井正雪自身らの導きで整列していた。

 二人目の由井正雪「2号」が霊体化して急行した地底の出現場所──霊脈深部で増殖した由井正雪を待ち受け、ここに来るよう指示を繰り返し、集まった由井正雪らが十人ごとに一列に並べて整列させているのだ。

 果たして今現在どれほど増殖したのか、市ヶ谷は怖くて振り向けないでいた。

 ──整然と整列する大勢の澄まし顔を見ては、今度こそ腹筋の崩壊は免れないと思ったからだ。

 

「十列目に入りました!」

 

 その報告だけでもう市ヶ谷は俯いて震え、笑いを堪えるのも大変な有り様。

 それともかく。

 

「装備や能力からすると、後から来たのはランサーのサーヴァントと、ライダーのサーヴァントっぽいねえ」

「女中姿のサーヴァントは、アインツベルンの森の前で一度見ています」

「女中──ああ、メイド姿、ね」

 

 記憶を探った市ヶ谷が思い出す。

 

「そして、今際のきわで、令呪で撤退させたかな。ふたり同時に令呪を切るとか、ずいぶんと仲良しのマスターがいたもん、だ──?」

 

 不意に喫驚した市ヶ谷が、思念に閃いたその方角を見ると、渓谷の虚空の洞から溢れ出る赤黒い汚泥の滝が、何かをぶつけられたように弾けたのが見えた。

 

「あれは⁉︎ 」

「港からの攻撃だってさ」

 

 由井正雪のひとりが、今も霊体化して遠隔地から虚空の洞の周辺を偵察している。そこからの情報だ。

 由井正雪同士では意識の共有はできない。

 故に市ヶ谷が思念で伝わった情報を説明する。

 

「港の係留桟橋辺りから、長距離の魔力射撃。それが五つに枝分かれしてバーサーカーを襲撃──ああもうバーサーカーと断定するね。バーサーカーも魔力光線を同時に九発撃ってこれらを迎撃した。その港からの一発が、今あの泥を弾いたやつだ。アレを敵魔術師に浴びせようとしたんだろうね。それをバーサーカーが身を呈して庇って、変わりに泥を全部被った。──もうただじゃ済まないだろうね」

「なんと……!」

 

 市ヶ谷の解説に、由井正雪が驚嘆に呻く。

 

「あと、港からの魔力射撃の弾が三人のサーヴァントの分身に化けた。アインツベルンの森の前にいた、もう一方の女の子だ」

「その者の宝具でしょうか?」

「だろうね。どういう曰くかは分からないし、あっさり迎撃されたけど。──まあ、バーサーカーも身動きを止めたし、あとは……」

「十五列目に入りました!」

 

 整列誘導役の由井正雪の声が聞こえた途端、市ヶ谷が口を塞いで肩を震わせた。

 

「……あとは、これほどユイちゃんが増殖を繰り返して、ここの霊脈の魔力も尽きようとしてるって言うのに、一向にこの異世界だか結界だかが解消されないのは、何でだろうねえ……?」

 

 由井正雪の新たな宝具でこの霊脈の魔力を食い潰せば、この奇妙な異世界──結界は解除されると踏んでいたのだが……。

 そこでふと、市ヶ谷は、先ほどの由井正雪の報告内容に引っかかりを覚えた。

 

(僕も疲れてるのかな)

 

 己のコンディションを再認識しつつ、居住まいを正した市ヶ谷は、目の前の由井正雪に改めて尋ねた。

 

「あの辺にいたって言うアインツベルンの魔術師の、髪が黒くなってたって言ってたよね?」

「はい」

 

 由井正雪が、素直に頷いた。

 市ヶ谷の眠そうな眼の、瞳の奥の剣呑な気配は動かない。

 

「──服装は覚えてる……?」

 

 

────◆

 

「『比翼連理(フリーバード)()三連星(トライスター)』!」

 

 アーチャー・アン・ボニーが自らの宝具を真名解放した。

 構えられた長大なマスケット銃の銃口から閃光が迸った。

 それは一撃に見えてその実、ほぼ同時に多重連射したものだが、宝具の効果で固定された銃身は僅かにもブレもしなかった。

 燃え盛る町の上空を一閃した光は、目標地点に迫るにつれ、枝分かれして各々の進路を目指す。

 うち一発は黒髪の少女の鳩尾へ。

 うち一発はその手前でさらに三つに枝分かれして散開した。それらは弾けるようにして舶刀(カトラス)を構えたメアリーの姿に変じると、黒髪の少女を取り囲んで着地した。これら三体のメアリーは、この宝具の効果における分身であり、メアリー当人ではない。

 最後の一発は、軌道を大きく逸れて上昇し、虚空の洞からだくだくと溢れ出る赤黒い汚泥の滝を貫いた。

 汚泥を貫いたかに見えた三発目の魔力光弾は、汚泥に触れた瞬間に魔力を侵蝕されて消えてしまい、モーメントのみが周囲の汚泥を弾き散らす。

 そしてその弾けた汚泥は、アーチャークラスとなったアンの眼力による目論見通り、少女の頭上に飛び散った。

 アインツベルンのサーヴァントが、マスターの護身を最優先で動いている事は、昨日の昼の邂逅で既に分かっている。

 ならば、これら『比翼連理(フリーバード)()三連星(トライスター)』による波状攻撃すべてからマスターを守り切ることは叶うまい。

 ──なぜあの偉丈夫のサーヴァントが、こちらで死んでいた白髪の少女から離れて、同じ顔の黒髪の少女に(はべ)るのかは分からない。

 だが結論から言えば、アインツベルンのサーヴァントは、これらの波状同時攻撃すべてからも黒髪の少女を守り切った。

 迫るアンの射撃に対して、大剣を振りかぶったアインツベルンのサーヴァントは、その剣閃から九条の魔力光線を放った。

 うち一発が少女を狙う光弾を相殺した。

 うち三発が螺旋の軌跡を描いて、少女に襲いかかるメアリーの分身たちを一体ずつ貫いた。

 うち四発が、少女の頭上に降り注ぐ汚泥を薙ぎ散らした。

 最後の一発が射線を遡るようにこちらのアンがいた渡し板を粉砕してその後ろの海で大爆発した。

 

「うひょー! バカみたいな威力!」

「言ってる場合じゃありませんわ!」

 

 全く同時に違いの蹴り足を蹴り合って左右に躱したメアリーとアンが叫ぶ。

 まだアンの攻撃は終わっていない。

 敵があれほどの数の魔力光線を同時に放てる事には驚いたが、「接舷突撃」のスキルを発揮したふたりには及ばない。

 そしてあの撃ち弾いた赤黒い汚泥は、半流動の物体は、どれだけ魔力光線で散らそうと、降り注ぐ全てを防ぐ事は不可能だ。何故ならその衝撃で弾くことはできても、汚泥は霧散せずに光線の魔力が一方的に蝕まれるからだ。

 その降り注ぐ汚泥に対して敵サーヴァントが取った行動は──己が巨大な身を呈して少女を庇う事だった。

 

──マスター! 思惑通りでしてよ!

──マジかよ⁉︎

 

 アーチャーの眼力で捉えた、遠隔地での敵の動きを逐一脳裏で伝えるアンに、ディートリヒはそれでも喫驚に呻いた。

 

(サーヴァントにだって、聖杯に託す願いがあるだろう⁉︎ )

 

 我が身を顧みないにも程がある。それは自殺行為、サーヴァントの存在意義に(もと)る行為だ。

 町を焼くあの赤黒い汚泥の性質については、既にある程度は解析していた。

 接触した物質を侵蝕する過程で圧縮された部位が熱を持ち、結果として炎となって町を焼く。

 その性質は、本来あるべきあらゆる概念的な「正」の流れに逆行する「負」の霊的現出。

 そんな霊的物質の泥に、もしサーヴァントが触れたらどうなるか。試したいとも思わない。

 ──ここまでが刹那の事。互いに魔力を撃ち合い、アンがいた場所を貫いた敵の魔力光線の爆発で海が荒れ、係留桟橋に並ぶクルーザーが、波に揉まれて激しく踊る。

 

「わったった⁉︎ 」

──メアリー! 渡し板をかけ直せ!

「了解ー!」

 

 激しく暴れるクルーザーの舳先から舳先へとを跳ね回るメアリーが、その腕力でサーフボードを船体の縁に突き刺した。

 

「ごめんあそばせ!」

「遊ぶなら帰ってー」

 

 戯言を交わしながら、メアリーが渡した板の上にアンが着地して、その手に虚空からマスケット銃を取っては撃ち、手離しては取って撃ちを繰り返す。

 その射撃は、揺れる船上にあっても微塵の乱れも無い。

 遥か遠く山の中腹、あれ程の攻撃と応酬と、サーヴァントの献身がありながら、何故かあの黒髪の少女はその場から一歩も動いてはいなかった。

 故にアンは、汚泥を背に被る偉丈夫のサーヴァントの股下から、脇腹から黒髪の少女を狙ったが、それは即座に膝を落とした偉丈夫の腰を撃ち砕き、引き下げた肘に阻まれてしまう。

 決して痛痒が無い訳でもないだろうに、どうしてそこまでして──

 

「──まったく! なんなんですの⁉︎ 」

「はいはーい! おかわりあるよー!」

 

 反撃こそして来ないが、浴びた泥に焼かれながら頑なに少女を護る偉丈夫のサーヴァントの反撃を警戒して、アンはメアリーが板を渡してくれた隣のクルーザーへと飛び移っていった。

 

 

────◆

 

「私と同盟を組んでもらいたい」

 

 ラウラとシャルロットを取り囲む、白髪をポニーテールに結い上げた、中性的な容姿のサムライのひとりが言った。

 全員が全く同じ顔、同じ感情が読めない平淡な表情をしていた。

 

「──もし断ったら?」

「今この刃を退いても、貴女のサーヴァントの宝具で私をひとり殺しても、他の私が貴女たちを殺す事は容易い。それは理解できるな?」

 

 取り囲む無数の同じ顔のサーヴァントらを、ラウラは自らの喉元に突きつけられた刃も気にせずぐるりと見遣った。

 いったい如何なる能力か。こんな馬鹿げた数の分身を生み出すなど。

 だが。それはつまり。

 

「……敵は、あの美形の大男って訳だ」

「話が早くて助かる」

 

 ──相手は、人数で圧してもどうにもならない者に他ならない。

 ラウラとシャルロットを絡め取っていた無数の刃が、風のように退いてふたりを解放した。

 密集していた白髪のサムライ達が身を起こして距離を取った。

 その時、流星が海の方から夜空を一閃し、即座に逆方向から光線が同じ夜空を貫いて、波止場の方から大爆発が轟いた。

 さらに海の方角から、流星がふたつ夜空を引き裂いてゆく。

 

「もうおっ(ぱじ)めてるヤツいるじゃん。何処の陣営?」

「山側が、目標の偉丈夫のサーヴァント。海側は、私もまだ会敵した事が無い陣営だ」

 

 ラウラの問いに、白髪のサムライが淀み無く答えた。

 ──新規の情報が得られなかった事に、ラウラが僅かに舌打ちした。

 

「──って言うか、たった今あの色男のマスターを殺したってのに、アイツ山にまですっ飛んでって何してんの?」

「理由は不明だが、マスターの少女にそっくりな少女を護っている」

「──は? なんで?」

「理由は不明だと言った」

 

 ラウラが反射的に上げた怪訝な声に、白髪のサムライが律儀に返答した。

 回答を期待した訳でもないので、それは無視する。

 そのままラウラは顎に指先を当てて考え込んだ。

 

(……考えられるのは、さっきの白い女は実はマスターじゃなかった。別に本物のマスターがいたって事か……?)

 

 だとして、アインツベルン城からの大規模転移魔術と、その後の町を焼く脈絡の無さの説明はまだ付かないが、「強力な魔術師がアインツベルンにもうひとりいた」、「そいつが本物のマスターだった」と言うならば、先ほどそこで偉丈夫のサーヴァントが消えなかった事も、ここ二回の唐突な高速移動も一応説明はつく。

 ……それはつまり、ラウラはアインツベルンの影武者にまんまと一杯食わされた事になるのだが。

 

(〜〜ッッとに忌々しい……⁉︎ )

 

 今度は遠慮無く盛大に舌打ちした。

 

「……で。 あの色男をヤるとしてさ。海側の茶々入れが邪魔なんだけど、それはなんとかしてくれんの?」

「ああ。請け負おう」

 

 本物のマスターが山の方にいるとして、一度影武者を掴まされたラウラとしては、今度はサーヴァントを直接狙う事が肝要だ。また偽者のマスターを掴まされては堪らない。

 そして偉丈夫のサーヴァントを暗殺するにあたって、海側から背中を撃たれてもつまらない。

 それらの懸念の解消に、白髪のサムライは呆気なく首肯して見せた。

 この一連のサムライの反応に、ラウラはある事に気が付いた。

 

「……もしかして、オタクのマスターがピンチとか?」

「余計な詮索をするならば、この場で斬って捨てるだけだが?」

 

 どうやら当たりらしい。

 ラウラは器用に肩を竦めて追求を辞めた。このサムライに事態を急ぐ理由がある事と、割と喰える人種だという事が分かっただけで充分な収穫だ。

 

「じゃあアタシらはあの色男のトコに行ってくるわ。 シャルロット、アタシのこと運んで──」

「ああ。その前に、報酬を前払いしておこう」

 

 ラウラの台詞を遮ったサムライが、シャルロットに再び幾重にも刀を突きつけて両腕を掴み、引っぱり起こすと、数人がかりでその場から引き離した。

 

「な、なんですか⁉︎ 」

「──ちょ、オイ! なにすんd」

 

 そしてそこに立っていたひとりの白髪のサムライが、隣のサムライの首を斬り飛ばすと、反対側にいた別のサムライが、首を失ったそのサムライの左足を切断した。

 ──膝からすぐ下を。

 ふたりの白髪のサムライが刀を一振りして鞘に収めると、別のひとりのサムライが、切り離されて転がった左足を取り上げ、ラウラに近寄ってきた。

 

「お──おい、なんだよ──」

 

 目の前の謎の惨劇に混乱して呻くラウラを、その矮躯の両腕を、全身を、再び群がった数人のサムライが取り押さえた。

 ラウラに抗う術は無い。

 

「ちょっと! ラウラになにする気ですか! やめてください!」

 

 シャルロットが絶叫して拘束から逃れようと激しくもがく。

 だが宝具を使って消耗し、マスターであるラウラの容態が不安定なままのシャルロットでは、数人ものサムライのサーヴァントの拘束を振り払う事はできない。

 

「だから、報酬の前払いだ。──受け取れ」

 

 ラウラの元に歩み寄ったサムライが、持ってきた左足を、ラウラの喪われた左脚の傷口に当てがった。

 

「宝具開帳──『烈士徇名(れっしじゅんめい)不惜身命(ふしゃくしんみょう)』!」

 

 ──欠けた月が、たちまち満ちる──

 サムライが誦んじるや、魔力の閃光が迸り、ラウラが治癒の魔術で埋めた左足の断面が熱を帯びると、たちまちその先の左足の感覚が甦った。

 

「──なっ⁉︎ 」

 

 変化はそれだけに留まらず、ラウラを、シャルロットの身を輝きが包むと、先ほどまでの消耗が嘘のように消え去ったのだ。

 身体を押さえつけていたサムライの手が全て離れると、あろう事か、失ったはずの左足が復元されていた。

 傷口を境に肌の色は異なっているが、足首の感覚はあるし、足指も動く。

 

「これ──⁉︎ 」

「違和感はあるだろうが、それはいずれ貴女の血肉となって馴染むだろう」

 

 同時に、大勢のサムライの中のうち三人が、突如糸が切れたように崩折れて、光の粒子となって消えてしまった。

 

「偉丈夫のサーヴァントを倒す約定、必ず果たして貰おう。私は、港の方に行く」

 

 言うや、白髪のサムライ達は、ひとり残らず振り返りながら霊体化して立ち去っていった。

 首と足を切られた死体も、昏倒した個体も跡形も無くなっていた。

 

「──あ……アレもたいがいイカれてんなあ」

「ラウラあッ⁉︎ 」

 

 嗚咽混じりに抱きついてきたシャルロットのおかげで、受け止めたラウラは諸共に地面に転がってしまった。

 

 

────◆

 

(……それにしても、妙だな……?)

 

 アンによる、山の中腹にいると言うアインツベルンのサーヴァントへの射撃戦の最中、物陰に潜み、見えないほど遠いその着弾点の辺りを眺め遣りながら、ディートリヒは胸中で独りごちた。

 先刻、ウルティの亡骸を発見した時は、何が起きたのかは不明だが、マスターが即死した事で、あのアインツベルンの暫定セイバーも消滅したのかと考えていた。

 ウルティ殺害の手際の良さからして、アサシンのサーヴァントの仕業だろう。先刻、アインツベルンの森の前の森の中で、カエサル陣営と取り引きしていた女の二人組の陣営だ。おそらく一昨日の夜にディートリヒのクルーザーに襲いかかってきたのも奴らだろう。

 亡骸の脳の記憶の残滓を探ったところに寄れば、ウルティは召喚直後に令呪を三画すべて使い果たしている。

 バーサーカー・ヘラクレスを令呪の命でセイバークラスに変更させ、完全護衛と絶対尊守を命じて三画だ。

 ──最期にウルティを殺した敵サーヴァントの姿を、宝具がどんなものかを目撃していないかと期待したが、「相手が女である事」以外の認識がぼやけていた。……ウルティの、自分以外の人間への徹底した興味の無さを再度見せつけられたようで、少し悲しくなった。

 閑話休題。

 ディートリヒも聖杯戦争と主力の英霊については一通り調べていた。その中で「もしも喚べたら勝利確定」だと挙げられたうちの一騎が、ヘラクレスだった。

 ただし、相応に魔力消費が激しいとも記されていた。

 コストについては御三家・アインツベルンの事だから貯蔵の仕組みなど幾らでもあるだろう。

 だが、肝心のマスターが絶命しては、いかな最強格の英霊と言えどこの世の縁たる要石無くしては現界は維持できない。どれほど貯蔵魔力を傍に置こうが意味が無いのだ。

 亡骸の温度からして、ディートリヒが発見する数分前に殺されている。数分も経っては、単独行動スキルでも無い限り、どう考えてもとっくに消滅しているはずなのに。

 

(それがどうして、別のそっくりさんと一緒にピンピンしてやがんだ⁉︎ )

 

 マスター権の移譲や令呪の譲渡、サーヴァントの移籍なども文献に記されてはいたが、それはただ"可能だ"と言うだけで"ルール"では無い。「好きにしろ」と言う範囲だ。

 そしてあのヘラクレスは令呪で"最初のマスターへの絶対尊守"の命を受けている。仮に要石たる代替マスターを別に得たとして、現界は維持できても、今度は代替マスターに従う道理が無い。

 そのヘラクレスが、泥を被り全ての攻撃から身を挺してまで守っていると言うその黒髪の少女とは、いったい何者だ⁉︎

 

(いくらアインツベルンでも「同じサーヴァントにもう一人のマスター」を用意するなんぞ、構造的に有り得ない! マスターを失ったサーヴァントが現界を維持できる理由は何だ⁉︎ )

 

 ディートリヒは脳裏で必死にこれまでの魔術師人生の記憶と、聖杯戦争に纏わる文献の記憶を探る。

 

(──分身……いやもしサーヴァントへの命令に紐付けされてるのが"魔術回路を通したスペアの肉体"でも適用されるなら、代替の肉体を通じて……そう言やどっかの魔術師がそうやって次代の肉体を造って延命する研究やってたのを聞いたような気がするな──待てよ? 魂……)

「──動くな」

 

 その時、ディートリヒの背後から喉元に冷たい刃を回り込ませたハスキーな声の主の頭が、耳元で木っ端微塵に爆ぜ散った。

 ディートリヒの顔のすぐ真横の出来事である。

 そちら側の半面を、夥しい血液と肉片がしとどに濡らした。

 

「おわーーー⁉︎ 」

「マスターを人質に取るとか、私たちには通じませんことよ!」

 

 見れば、遠く波止場で揺れるクルーザーの屋根から、アンがこちらにマスケット銃を向けていた。

 纏わり付いた血液も、足元の死体も光の粒子と化して消え去った。──何者かのサーヴァントだったようだが……?

 

──オイコラ危ねえだろ⁉︎

──マスターがやれって仰ったのでしょう? どうせ自分には当たらないからって。

 

 万が一ディートリヒが人質に取られようとも、盾にされても構わず敵を撃て。フラゥゾマーの魔術ならば、誤射だろうが何だろうが自分に害は及ばない。

 ──事前に取り決めた事だ。

 

──とは言え、このままタダじゃ済みそうにありませんわね。

「──なっ⁉︎ 」

 

 思念に閃くアンの声に、改めて周囲を見渡せば、長く綺麗な白髪をポニーテールに纏めた、どこか中性的な容貌のサムライが大勢──五十人近くもが港を取り囲んでいたのだ。

 見間違いかと思ったが、それら全員が同じ顔をしていた。

 いや、取り囲むどころか、船上のアンとメアリーの傍にもそれぞれ数人の同じサムライが刀を突きつけて身動きを封じており、ディートリヒの周囲にも数人が出現していた。

 

──全く同じ顔に同じ姿……分身? ニンジャのサーヴァントか……?

 

 愚にもつかない想像をするが、日本の英霊にそれほど造詣が深い訳では無いディートリヒでは、このサーヴァントの正体に全く見当がつかない。

 

「──まずは攻撃の手を止めてくれて感謝する」

「こっちは死ぬまでやり合ってもいいんだけどねー」

 

 刀を正眼に構えて取り囲むサムライにもメアリーは舶刀(カトラス)を構えて軽口を叩いた。

 

「よせよせ! まだお宝も見えちゃいないんだ!」

 

 ディートリヒはわざと大きな肉声でメアリーに言った。

 ──ここでは戦わない。その意図を敵サーヴァントにも伝えるために。

 何しろ物も言わずに分身?をひとり殺しても、敵のサムライはこちらを抑える構えに留めている。これは何らかの用向きがある動きだ。

 そして、この謎だらけの状況で、話が通じる他陣営の情報は少しでも欲しいところだ。

 

「サムライさんよ! 話があるんなら、聞くぜ!」

「ああ。では聞いてもらおう」

 

 アンとメアリーの周囲のサムライは警戒の構えを解かぬまま、ディートリヒの前に、別の同じサムライが歩み出てきた。

 清冽、怜悧な印象の、だが日本人離れした面立ちの、中性的なサムライだった。

 

(……こいつも分身だかを使うサーヴァント──何かの星の符丁か……?)

 

 フラゥゾマーの魔術の血が、占星術の知識が、その類似の現象の符号の一致に何らかの繋がりを感じて疼くのをディートリヒは感じていた。

 

 

────◆

 

 結局、霊脈の魔力が枯渇しきるまで由井正雪を増殖しきっても、この謎の結界だか異空間だかは解除されなかった。減退や解消の兆しすら見当たらない。

 

「「元の町に戻れる見通しが立ってきた……キリッ!」とか言ってといて、恥ずかしいったらないねえ」

「試行錯誤は重要大事です。とりわけ聖杯戦争中の問題発生においては」

「ユイちゃんが優しくて僕ぁ泣けてくるよ」

「優しさだなんて……事実です」

 

 相変わらずな素ボケを差し込まれて市ヶ谷は、今度は空を仰いで呵責ない盛大な笑い声を上げた。

 

 いま市ヶ谷と大勢の由井正雪らは、荒れた山道を徒歩で降っていた。

 目的地は言わずもがな。由井正雪が発見した、黒髪の少女の元へ向かっているのである。

 その居場所からして、この異常事態に深い関わりのある人物に違いない。

 程なく、その現場へと辿り着いた。

 すぐ傍らの渓谷の上空に謎の洞が空き、轟音をたてて赤黒い汚泥が瀑布の如くだくだくと流れ落ちている。

 山の中腹の、平坦な砂利が敷かれた、なんて事の無い開けた場所。

 海への光景を遮るようにうずくまる、半身を汚泥に塗り潰されたバーサーカーの目の前で、綺麗な黒髪を伸ばした小柄な後ろ姿が立っている。

 市ヶ谷が立ち止まったのは、その後ろ姿からほんの数メートル手前だった。

 相手が普通の神経の持ち主ならば、これほど大勢の足音に、もっと早くに反応して、振り返るなり何なりしたはずだ。

 バーサーカーは恐るるに足りない。攻撃の意図を見せなければ、何もしない木偶の坊だと既に分かっている。

 その泥を被って身動きが取れなくなっているバーサーカーはともかく、黒髪の後ろ姿は微動だにしていない。目前のサーヴァントの異常すら見えていないかのような佇まい。

 ──いや、それはアインツベルンの魔術師の少女に非らず。

 

「──ご無沙汰してます。……辻松、友里さん」

 

 眠たげな苦笑顔で、ごく普通の挨拶のように呼びかけた市ヶ谷の声に、その黒髪の後ろ姿は──初めて反応して──振り返った。

 こちらを振り向いたその顔は、アインツベルンの魔術師の少女とは似ても似つかなかった。

 その顔は、辻松(つじまつ)梨花(りんか)に非常に良く似ていた。

 ──だが、決して瓜二つではない。

 ついでに纏う衣服も白くはあるが、それはごく普通の婦人服だ。

 ──それは、見知らぬ他人が遠くから見ただけでは、アインツベルンの魔術師の少女と見紛うだろう。

 だがそれは肉親ゆえの近似だ。

 彼女の名は辻松(つじまつ)友里(ゆうり)

 辻松梨花の母親にして、市ヶ谷の商売の上客である魔術師・辻松いつき氏の妻である。

 

 ──数年前に亡くなったはずの。

 

 こちらに身体ごと向き直った辻松友里の遥か彼方、平野部の町から何故か花火が数本打ち上がり、上空で、辻松友里の背景の夜空で煌びやかに爆ぜた。

 




【矛盾撞着編】
今話で起きた矛盾点とは、何でしょう?

本作は読みやすいでしょうか?

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  • 文章は読みやすい
  • 内容は分かる
  • 難しい
  • 文章が読みにくい
  • 内容が理解できない
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